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第一章 一『瞬』の輝き PART4

  4.


「こんにちは、再びお訊きしたいことができました」


 店のドアを開けると、店主が花束を作っている所だった。テーブルの上には春の代名詞であるチューリップ、スイートピー、菜の花が行儀よく並んでいた。


「すいません。ちょっと急ぎのお客さんがいるので、これが終わってからでいいですか?」


「もちろんです。少し待たせて貰います」


 店主は綺麗な螺旋を描き花束を纏めていった。麻紐できつく縛った後、鉄鋏で茎の長さを調整している。


 男の顔写真はすでにパン屋の店員で確かめている。共犯の可能性があるため、万作には引き続き習字教室の生徒に聞き込みを開始させている。


「変わった鋏ですね」


 思わず尋ねると、店主はにっこりと微笑んだ。

「ええ、花屋ではこういった鋏を用いるんです。力が入るように手全体を使って切るんですよ。触ってみます?」


 鋏の形状を確かめる。その鋏は二つの鉄の小刀で出来ており、一つのネジで止まっているだけだった。


「へえ、意外に重いですね。女の子でも切れるんですか?」


「もちろんです。そうじゃないと勤まりませんよ」花束を作り終えると、彼は優しい笑みを浮かべて尋ねてきた。「それで刑事さん、何か掴めましたか?」


「これを見て頂きたいのですが」


 写真を見せると店主は声を出した。どうやら知っている人物らしい。


「その方なら、病院にお花を配達した時に見たことがありますよ。確か庭師ですよ、彼」


 ……病院関係者だったか。


 昨日の捜査が甘かったと心の中で舌打ちする。


「だいたい今の時期までに病院の黒松の手入れが終わるんですよ。この寒い中、薄着にタオルを巻いて仕事をしていたので印象に残ってます」


 店主によると金髪の若者はタオルを巻いていたらしい。なるほど、タオルを巻けば髪の長さまではわからない。


「念のため、お訊きしますが花屋さんにも松は売られているのでしょうか?」 


 黒松、と聞いた時には現場が頭を過ぎっていた。血に塗れた緑色の葉が松葉だったからだ。 


「ありますけど、大体はお正月に使いますね。今の時期にはありません」


 彼のいうことを信じれば、あの松の葉は庭の手入れで落ちた可能性が高い。


「その方の職場はご存知ですか?」


「ええ、『和盆栽』という所です。ここから車で20分くらいですよ」


 目星がついたので万作に連絡を入れると、偶然ですねと声を漏らした。


「実は習字教室の聞き込みをしている中で、秋風さんの庭の手入れをしている業者の話を聞いたんです。するとそこも『和盆栽』というんですよ」


 ……アタリだ。


 彼女はようやく尻尾を掴んだぞと口元を緩めた。



 『和盆栽』は営業していた。大きな一軒家の中に草野球ができるくらいの庭があり、その中で大きな男が猛獣狩りに使いそうな大きな鋏で手入れをしていた。


「すいません、お尋ねしたいことがあるのですが。お時間よろしいでしょうか?」


「ああ、いいよ。もしかして秋風さんの事件のことかな?」


 男はこちらへどうぞと店の応接室に案内してくれた。

 お互いの名刺を交換すると、そこには代表取締役・夏鳥蘇鉄なつどり そてつと書かれていた。


「さっそくお訊きしたいんですが、こちらの会社では大学病院の手入れを請け負っていますよね」


「ん? そうだが、それを訊きに来たのか?」蘇鉄は納得のいかない顔で首を捻った。


「そうです。金髪の若い方がいるとのことですが」


「ああ、それは俺の息子だ」


 ここは先手を打っておいた方が円滑に話が進むだろう。胸ポケットから写真を取り出し、テーブルの上に差し出した。息子の話となると口を封じる可能性があるからだ。


「ある事件のことで伺いました。被害者の自宅から出てきたものです。息子さんはどちらに?」


「なんだい、皐月さつきのことかい」蘇鉄は肩をすかしたように拍子抜けしていた。「てっきり秋風さんの庭の手入れのことかと思ったよ」


 彼の言葉を受けて一旦引く姿勢を見せる。一度、話を任せてみてもいいかもしれない。


「そうなんですか? それは知りませんでした。あの庭も夏鳥さんが請け負っているんです?」


「ああ、昔からの付き合いでね。あそこの庭は俺が全て手がけているんだ。だからてっきりそっちの話かと思ったぜ」


「ということは綾梅さんの件もご存知ということでよろしいですよね」


「ああ……」蘇鉄は神妙な顔を作り黙って頷いた。「先にいっておくが、俺にはアリバイがあるぞ」


 そういって彼は事件当日には近くの居酒屋で飲んだことを告げた。後で裏を取らなければならないが、口調からは嘘をいってるようには見えない。


「質問をさせて頂きます。秋風桃子さんは現在連絡が取れない状態にあります、何か行く先に心当たりはありませんか?」


「いや、知らないね、全く」蘇鉄は途端に目を泳がせた。「ただ、桃子ちゃんが犯人じゃないことはわかる」


 ……またこの対応だ。


 心の中で溜息をつく。自分が知っている人物なら皆、誰もがそういうのだ。そんな人じゃない。そんなことはしない。真実を知らなくても軽々しく言葉を述べることができる人種がいる。


 だが感情だけでは何も解決しない。


「……それは何か根拠があるのでしょうか?」


「俺はな、あの親子の関係を桃子ちゃんが生まれる前から知ってるんだぜ。間違いないよ」


 今度の彼は目を逸らしていない。どうやら本当にそう信じているようだ。


「夏鳥さんがそういうのならそうかもしれませんね。それでは息子さんのことを訊いてもよろしいでしょうか」先ほども訊いたことは敢えて伏せて続ける。「息子さんは今どちらにいらっしゃるんです?」


 蘇鉄の顔つきが一気に変わった。その質問を待っていたといわんばかりに鼻を鳴らした。


「昨日から島根に行ってるみたいなんだ、日本一の庭園を見に行くといってね。今まであいつが庭の仕事に興味を持ってるのか正直わからなかったんだよ、半年くらい前からサーフィンなんかに凝り始めてね。このまま不良になるかと思ったんだが、無用な心配だった。やっと自覚がでてきたんだろうねぇ、庭師としての」


 がははと蘇鉄は大きく笑った。


「島根に行くことは何時決まったんです?」


「先月だったかな」蘇鉄は煙草の火を吸殻でもみ消した。


「今の時期はちょうど庭の手入れも一段落つく頃でね。庭の本を読んでるうちに行きたくなったらしい。今までそんな本を読んでる所は見たことがなかったんだが、いい機会だから行かせることにしたんだ」


 蘇鉄は自慢げにいいながら次の煙草に火を付けた。


「つまり現在はこちらにおらず島根に行っていると」


「そうだ」


「息子さんはこちらにお住まいなんですか?」


「いや、今は一人暮らしをしていてね、歩いて五分くらいの所のアパートに住んでいるよ。車は置いてあったから、バスか電車で行ったんだろう」


 アパートの場所をそれとなく聞きメモ帳に書き込む。


「では蘇鉄さんは奥さんと二人住まいですか?」


「いや今は一人だよ」蘇鉄は低い声で答えた。「嫁は桜といってね、皐月が五歳の頃、病気で亡くなったんだ」


 五歳の頃、と聞いてリリーははっと我に返った。だが今はこの記憶には触れてはならない。


「軽々しく訊いてすいません」大きく頭を下げると蘇鉄は口元を緩ませた。


「いいんだよ、刑事さん。それがあんたの仕事だからな。それに昔のことだ、全く気にする必要はない」


 蘇鉄は暖かい目でこちらを見ながら続けた。


「実はね、俺と桜、楓と綾梅さんは昔からの友達なんだ。幼馴染ってやつだな」


 蘇鉄は遠くを見るように視線を上げながらいった。


「あそこの家は楓が建てて、庭は俺と桜で作ったんだ。家は長持ちするが庭の方はそうはいかない。それで定期的にメンテナンスをしてるんだ。家の方もできればいいんだがね……」


「確か楓さんは―――」


「おっと。その先はいうなよ」


 蘇鉄はリリーの前に掌を広げた。これ以上話すなと威嚇しているようだ。

 一時の沈黙が流れた後、蘇鉄は目線をそらさず低い声をあげた。


「……許さないよ、俺は」

 彼の両腕には力が籠もっている。


「どんな奴が犯人か知らないが、あそこの家庭をぶち壊したやつは絶対に許さない。だから刑事さん、何かあったら連絡をくれ。必ず助けになるからな」


 蘇鉄の口調には激しい怒りが籠もっていた。まるで桃子以外に犯人がいることを知っているような口調だった。



 『和盆栽』を出た後、皐月のアパートを確認してみる。歩いていけるとのことだったので近くのパーキングに車を止めた後、住所の番地を頼りに向かった。


 目の前には古びたアパートが建っていた。住所を確認するが間違いない。淡い外装に蔦が絡んでおり不気味ささえ感じさせる。


 彼の駐車場を確認する。蘇鉄がいったように二百一号室の駐車場には大型のハイエースが止まっている。中にはサーフィン用のボードが積んであった。


 突然、携帯電話が鳴った。万作からだ。


「今どちらにいるんです?」


「庭師のアパートの前よ」

 

「……どうするんです? まさか一人で踏み込むんですか?」


「気持ちはあるんだけどね。でも、今踏み込む訳には行かない」


 おそらくここに桃子がいるのだろう。だが―――。


 蘇鉄の言葉が蘇る。彼は犯人が他にいると確信していたが、桃子の話をした時に狼狽の色を見せていた。きっと彼らは彼女を説得しようと試みているのかもしれない。


 そうだとすれば今踏み込むよりも次の日の方がいい。これ以上追い込むのは危険だ、余計なことをすると最悪のケースも考えられる。

 ここまで来れば解決したも同然だ。彼女は肩の力を抜いて踵を返した。



 次の日の朝、いつも通り紅茶を啜っていると、万作からの電話が鳴った。その内容は彼女の想像通りだった。


「先輩、秋風桃子が出頭してきました」


 その一言で一気に目が冴え渡っていく。

「わかったわ。すぐ向かうから、誰も尋問しちゃだめよ」


「そのようにしておきます」


 秋風桃子の行動は想定内だ。時間が経って考えが変わったのだろう。もしくは彼氏の説得が功を奏したか。結局逃げることを諦めたのだ。

 リリーは紅茶を飲み干して署に向かう準備をした。


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