第一章 一『瞬』の輝き PART3
3.
フランスアの左にある大学ゲートに入った。ここから先は北九州大学病院の敷地だ。目の前に大学が見えるが、この先をさらに進んでいけば病院がある。二つの建物は袂を分けたように二分割されていた。
ここの大学は医学部、看護学部の二種類があり、合わせて生徒数も千人を越えているという。
これまた骨が折れそうな作業だが、動くしかない。大学の事務室で早速事情を話し検索を掛けて貰うことにした。
「そうですね、そういった生徒を探すとなると大変ですよ。今は大学は休みですし、写真があるといっても一年の時にとった写真だけなんです。大学生ですから、生活環境はころっと変わりますし。それでよければ検索させてもらいますが」
男性と女性で分けて貰うと三対七という割合になった。やはり医療大学だ。女性の方が圧倒的に多い。
秋風桃子の女友達は確実にいるはずなので先に検索してもらう。大学入学時の写真のため、まだ化粧もしておらず難なく見つかった。だが意外な事実が判明した。
「その子はですね、実は今海外旅行中なんです」
どうやら大学が主催する旅行に行っているらしい。つまり女友達が彼女を匿うことは不可能だ。
ということは彼氏の方が彼女を匿っている可能性は高い。
丁寧に写真を選抜していくと、条件に合うものは三名ほどいた。
連絡先をチェックし、連絡を入れていくと一名だけ繋がった。どうやら大学校内にいるらしい。
しかしその生徒の姿を見た瞬間、落胆する他なかった。写真の面影はなく色も染めておらず坊主頭になっていた。
「どういった用件でしょうか?」
生徒は面倒くさそうにベルトに手を伸ばしズボンを上げている。名は若葉榎樹というらしい。警察手帳をかざしても力のない目でそれを見るだけだった。
「この写真を見て欲しいのだけど、この子を知らない?」
「知りませんね。見たこともないです。その人が僕に何か関係しているのですか?」
上手く論点をぼかして話すと、彼は趣旨を理解し次第に態度を軟化させていった。
「なるほど。この人が僕に似ているから僕は呼ばれたんですね。でもすいません。これは僕じゃないです。よく見ると全然顔が違うでしょ。それに髪もばっさり切ってます」
「この大学で君と似た感じの人はいないかな?」
「いないと思います、多分。だってその写真、入学当初のものですよ。そんな髪型をずっとしてたらここでは浮いちゃいます。それで今は坊主にしてるんですよ」
どうやら人違いのようだ。よく写真を見ると、確かに輪郭も違うし鼻の形も違う。他の二名にしても同じ可能性が高い。
……次の案を考えなければ。
近くの椅子に座り思案する。目当ての人物がいなかったとしたら次はどこにターゲットを絞るべきか。
職員、病人、その他の店の店員、夜の仕事……。
様々な要因を考え、足を運んだが、結果は惨敗だった。
外灯がぽつぽつとつき始めた。近隣の店も当たったが全滅で、褐色肌の金髪はいるが、長髪ではない人物がほとんどだった。
万作に連絡すると、習字教室は休みだったらしく、秋風綾梅が理由もつけずに休むことは初めてだったようだ。娘と話し合いを設けるためだろうか、それとも他の誰かと会う約束をしていたのかは未だ掴めない。
「間違いなく男の所でしょうね」
「そうね。今の所はそれしか考えられない」
署に連絡を入れると、今日の所は交代制になるようで一時帰宅が認められた。自宅に戻り軽くシャワーを浴びた後、茶葉をお湯に浸しカップに注ぐ。
……母親殺しの容疑、か。
胸の中にある冷えた記憶が心を凍らせていく。あの時の自分の行動が今でも許せず、母親への思いが青い炎のように冷えたまま再燃していく。
……どうしようもないことだって、わかっているのに。
後悔しても、明日は来る。考えまいとするうちに、心の感情はゆっくりと沈んでいき、やがて枯れていくようになった。今のままではミルクティーなど、とても飲めそうにない。
カップに口をつけ、ほっと吐息を漏らす。
やはり自分の体にはストレートティーが一番よく馴染む。
翌朝、橘から連絡があり現場に向かうと、笑顔の眩しい捜査官が天下を取ったように写真立てを運んできた。何でも昨日捜査に使った写真立ての中にもう一枚隠れていたらしい。その写真を見て彼女の瞳は拡大した。
そこには長い金髪をなびかせた褐色肌の男と秋風桃子が写っていた。