妹
妹の語り。
バッドエンドで終わります。
気分のよくない言葉も多いので、そのようなものを好まないかたはご注意を。
「……どうしてよ⁉ どうしてあんたが⁉」
あたしは叫び声をあげた。
だって、彼、二条佑樹くんとはずっと結婚するんだと、あたしのものだとずっと思っていたから。
目の前には佑樹くんの婚約者だという、黒髪の女が無表情であたしを見てる。
血縁上のあたしの双子の姉、蘭華だ。
お父様とお母様に捨てられたくせに!
あたしの引き立て役でしかないくせに!
なんで佑樹くんの隣にいるのよ!
あたしの記憶は、生後8ヶ月くらいの頃からはじまる。
「お母様のところにいらっしゃい、百合華ー」
そういって女の人があたしを手招きする。
あたしはハイハイしてその人の側による。
そして、その人が言ったことを繰り返す。
「おかーしゃま」
「え!」
驚いたらしいその表情がおかしくて、あたしはまた「おかーしゃま」と口にした。
「まあ、百合華は賢い子ね」
嬉しそうにそういって、あたしを抱き上げてくれた。
そして、近くにいた誰かにも声をかける。
「いらっしゃい、蘭華」
「あー?」
蘭華と呼ばれたそれは、ちょっと首をかしげると、近くのおもちゃに夢中になった。
「百合華と違って、蘭華は知恵が遅いのかしら……」
女の人はそういって、蘭華も抱き上げる。
「やー!」
おもちゃから離されて、泣きじゃくる蘭華をもて余したのか、お母様は蘭華を近くに来た別の人に渡した。
「もう、いいわ。
その子はあなたがめんどうを見てちょうだい。
わたくしは百合華だけで手一杯ですもの」
「奥様!
蘭華様も奥様のお子でしょう!
それを……」
「だってその子、わたくしよりあなたの方になついているじゃないの。
だから、お願いね」
そのままお母様はあたしを抱いて別室に連れてった。
「ねえ、百合華。
またお母様って呼んで?」
「? おかーしゃま?」
「もう、可愛い!」
お母様にギュッとされて、嬉しくて笑っていた。
それからはずっとお母様はあたしだけのお母様になった。
今まではあたしだけでなく、もう一人も見ていたけど、その必要がなくなったからだ。
「ほう、百合華はもうしゃべれるのか」
「ええ。
だから、わたくしは百合華のお世話だけをいたしますわ」
「そうか。
まあ、百合華の方が可愛らしいしな。
お前ににて」
「まあ、あなたったら」
そういって、お父様もあたしだけの側に居てくれるようになった。
どうでもいいから、もうひとりのことは忘れてた。
やがて小学校にあがると、お稽古事をするようにいわれた。
だけど、教えられたのは簡単すぎてやる気もおきなかった。
「あたしより下手な人に教わることなんてないわ」
あたしは先生とやらよりも完璧に弾きこなして見せた。
まえにテレビで見た曲を、そのときの演奏者より上手く弾けた自信もある。
おかげで、あたしは習い事なんてする必要がないと、みんなに納得させられた。
お父様とお母様にも、「さすが百合華」と褒められて、ますます可愛がってもらえた。
十歳の誕生日、あたしは婚約者候補だという男の子たちを紹介された。
みんな可愛い子だったけど、あたしはお母様に言った。
「やっぱり、あたしと釣り合うのは、勉強も運動もできる子よね」
「そうね。
百合華は運動も勉強も一番だもの」
お母様も頷き返してくれたのが嬉しくて、おもわず抱きついた。
「百合華の夫となるものは、いずれも一ノ宮を継ぐこととなる。
そのことを踏まえて、精進するように」
お父様もおんなじ考えてだったみたいで、男の子たちに釘を刺したあと、あたしに笑ってくれた。
それからしばらくして、家のようすが替わった。
毎日のように飾られていた花がなくなったのだ。
「どうしてちゃんと花を飾らないの?
あんたたちの仕事でしょ?」
「申し訳ございませんが、ここのお花は蘭華様が飾っておられたのです。
蘭華様が居られないため、ここの花が飾られることはございません」
「あんたが飾ればいいでしょ?」
「……あの花は庭師が育てた花を、蘭華様が頂いて飾っておられたのです。
蘭華様も庭師ももうこの八敷には居りません。
花もございません。
……わたしも、今週一杯でお暇を頂きますので、飾ることはありません。
失礼いたします」
花がないから飾れない?
飾る人もいない?
それから、目に見えて屋敷の使用人は入れ替わっていった……。
中学に上がると、婚約者候補の子達と同じクラスになった。
どうやら、お父様の意向らしい。
早めに相手を選べってことかな。
どの子も可愛い子だったけど、群を抜いているのは佑樹くんだった。
テスト結果も、運動会なんかでも、いつもあたしに次いで二位だった。
つまり、あたしの婚約者は佑樹くんで決定かな。
ただ、すこし不満なのが、佑樹くんはあんまりあたしに言い寄ってこないこと。
他の子達は、あたしのご機嫌とりに来てくれるのに、佑樹くんはいつもどこか見てるようで……。
「もう、どこを見てるの!
佑樹くんはあたしのなんだから、ちゃんとあたしを見てないとダメなの!」
「……」
無言であたしをみて、そのままどこかへ行ってしまう。
「ちょっと!」
「まあまあ。
百合華様には僕たちがいるから、いいでしょ」
「そうそう」
他の子達がそういうから、仕方がないから見送ったけど、やっぱり気に入らない!
なんで、いつもあたしの方を見ないのよ!
お母様に聞いたら、照れてるから、と言ってくれた。
お父様も、百合華は可愛いから当然だと言ってくれた。
ふたりとも、いつも家では一緒に遊んでくれていた。
正直、結婚なしでこのままお父様とお母様と楽しく居られればいいな、って思った。
だけど、全寮制の高校に入って、佑樹くんはますますあたしから離れていった。
その側には、いつもあの女が、蘭華がいた。
あの女の友達とやらもいつもあたしの邪魔をする。
もう、イライラする!
そして迎えた、佑樹くんの誕生会。
お母様は、あたしに新しいドレスを仕立ててくれた。
「百合華は可愛いもの。
みんなが百合華を愛するわ。
百合華、今日のパーティで、婚約者を決めましょう」
「お母様? あたしの婚約者は佑樹くんでしょ?
もう決まってるんじゃないの?」
「……それは……。
そう、彼以外の人を選んでみせれば、きっと彼は嫉妬して近くに来てくれるわ!」
ちょっと不満だったけど、あたしはお母様と会場に向かった。
お父様はなんかお仕事で呼ばれたみたいだった。
会場について、あたしは佑樹くんを探した。
「……百合華、あの方などはどうかしら?
グループ内で、なかなかの地位におられるかたよ」
お母様が示したのは、二十代後半の男性だった。
「……いやよ、あんなオジサン」
「百合華……」
ふいっと横を見ると、そこに佑樹くんを見つけて、あたしはおもわず抱きつこうとした。
「ちょっと、どうして避けるのよー?」
佑樹くんは、あたしのことを避けて、無表情で見てくる。
まるであの女みたいで、あたしはぷくっと頬を膨らませてた。
「……礼儀を知らないような者の、相手をするつもりはないので」
礼儀?
佑樹くんはなにを言ってるのかな?
「も、申し訳ござません‼ 失礼いたします‼」
お母様はなんでか慌てて、あたしを引っ張って行こうとする。
佑樹くんの隣には、あの女もいる。
そんなこと、許せるはずもない。
佑樹くんが無表情なのは、あの女が無理矢理くっついているからに違いない。
だからあたしは声をあげた。
「ちょっと、お母様!
あたしにふさわしい相手は佑樹くんだけなんだから、佑樹くんはあたしと結婚するはずでしょ!
それなのにどうして離れないとなんないのよ!
あんたもよ!
さっさと佑樹くんから離れなさい!
佑樹くんの迷惑だって判んないの!」
「……」
女は変わらずに無表情のままこっちを見てる。
代わりのように、佑樹くんが口を開いた。
「俺の愛しい婚約者は、蘭華一人だ。
自分の立場もわきまえない、礼儀も知らないような者を、選ぶはずもない。
俺だけではなく、この場にいる誰もがそう判断をするだろう。
……諦めることだな」
最後だけはあたしじゃなくて、お母様の方を見ていた。
お母様は崩れ落ちてしまっている。
……すべてはきっとあの女のせい。
「……どうしてよ⁉ どうしてあんたが⁉」
だからこそあたしは女を糾弾する。
あたしから無理矢理すべてを奪おうとする女を。
女はひとつため息をつくと、口を開いた。
「……わたしは一ノ宮の直系です。
一ノ宮を護る義務があります。
あなたは、あなたのお父様が、ここ数年お仕事をしておられないのをご存じですか?
自身のすべてを娘に捧げてしまい、他者との関わりを持たずにいる方を、トップにおき続けることはできません。
ゆえに、二年ほど前からわたしの義父である一ノ宮征司が当主をつとめております。
……本来なら、わたしではなく、義父の息子が後継となるべきなのでしょうが、血筋的にわたしが直系ですので。
その頃に佑樹さまとの婚約も整いましたので、後継者はわたしの伴侶となられる佑樹さまに決まったのです」
二年前に婚約済み?
お父様が当主じゃない?
「……いまだに正式に婚約を発表しておりませんのは、あなたの婚約を待っておりましたからです。
一ノ宮の名を利用することを、義父は許しておられました。
ですが、それもここまででしょう。
これ以上、一ノ宮の名を汚す訳には参りませんから」
名を汚す?
この女はいったい何を言ってるのよ⁉
「名を汚すって、どういう意味よ!」
「……そのままだ。
礼儀を知らず、自分勝手な行為を行う、まるで子供のような振る舞いをする。
だが、お前は子供ではない。
子供なら赦されることでも、お前がしたことはただの無礼な行為でしかない」
佑樹くんが答えた。
あたしが無礼?
そんなことした覚えもないのに、どうしてそういう風に言うのよ!
「無知であることは、わたしたちのような立場のものにとっては罪なのです。
なぜ、あなたは知ろうとしなかったのですか。
家のこと、他家のこと、そしてわたしたちの役目と立場、まわりにおられる方々のこと。
表向きの言葉だけではなく、知ろうとすればいくらでも真実を読み取ることができたはずでしょう。
いまのあなたの立場は、それを怠ったことで与えられた、罰でもあるのでしょう」
あたしが無知ですって⁉
何をふざけたこと言ってるのよ!
あんたがあたしから無理矢理奪おうとしたせいじゃないの!
「……あんたは……」
怒りですんなりと言葉が出て来なかった。
一度大きく息を吸って、女を睨み付ける。
「あんたはあたしの引き立て役のくせに!
お父様とお母様に相手にもされなかったくせに!
なにを偉そうに言ってんのよ!
さっさと佑樹くんをあたしに返しなさい!」
「……人はものではございません。
佑樹さまはわたしの婚約者ではございますが、わたしのものではございません。
ですが、わたしはひとつだけ感謝をしております」
「なにを……」
変わらない、落ち着いたままで、女はあたしに感謝とやらを口にする。
「……おかげで、わたしはいまの両親の元で、とても幸せですから。
佑樹さまと親しくさせていただけたのも、そのお陰でしょう。
ですから、今一度だけはあなた方の態度について不問にいたしましょう。
そして、願わくば二度とわたしの前に現れないでいただければ、幸いです」
女は佑樹くんと去っていき、あたしとお母様は警備とかいう人たちに無理矢理どっかの部屋に連れていかれた。
「ちょっと、何をするのよ!」
乱暴にするから、怒って文句を言った。
「……あなたは、自分が罪人だということが、分かっていないのですか?」
「はあ⁉」
何よ、あたしが罪人って⁉
「佑樹様のためのパーティで、このような騒ぎを犯したことですよ。
ましてや、一ノ宮の先代当主が横領の罪を犯したというのに、その娘はそれを懺悔もせずに自分勝手なことしか言わないとは……。
もはや現当主であられる征司様の温情もこれまでだと、ご理解ください」
「はあ⁉」
ほんとに訳のわからないことばかりを言ってる。
お父様が横領?
罪人?
何言って……。
「ああ……」
お母様はこの世の終わりみたいにうなだれている。
……そしてあたしとお母様は、そのまま何処かへと連れ去られた。
歪んだ原因は、両親にあります。
純粋に、言われたことに裏があることを、考えることすらなかったことも理由です。
彼女の精神は、幼いまま成長できなかった……。