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姉の語り。

「……どうしてよ⁉ どうしてあんたが⁉」


 双子の妹、一ノ宮百合華いちのみやゆりか叫び声をあげました。

わたしの傍らには、たった今婚約者と仰られました二条佑樹にじょうゆうきさまがいらっしゃいます。

 ですが、なぜ百合華は今になってそのようなことをおっしゃるのでしょうか。

……たしかに、百合華は佑樹さまに想いをよせていたようでした。

ですが、わたしが佑樹さまと婚約いたしましたのは、二年前のこと。

わたしが海外に留学していたために発表は遅れ、百合華のお相手が決まったあとに公表の予定でしたが……。

なのにどうしてでしょう……。

 ……ああ、もしかしたらこれが百合華にとってはじめてのことだったのでしょうか。

自分の望みが叶わないこともある、という事実をはじめて知ったのでしょうか……。




 物心ついてからずっと両親に愛された覚えはございませんでした。

 いつも両親は百合華にかかりきり。

わたしは側付の亜理砂さんに面倒を見ていただいておりました。

そう、あの頃のわたしは『親』というものが何かも分かってはおりませんでした。

 ですが小学校に上がるとそれを知ることになりなした。

……親のいない子供はおらず、自分のしたことを親に誉めてもらおうとする子供たちに囲まれたのですから。

 そして理解したのです。

妹である百合華だけを溺愛していた、あのふたりがわたしの親だということを。

 本来、無条件で与えられていたはずのものを得られなかったのだと。

 ですが、わたしにとってはもはや意味のないことになっておりました。

同じ家に住んでいても、親とも百合華とも話をしたことがなかったためです。

 代わりに愛してくれている亜理砂さんもいてくださったこともあります。

実際、わたしにとって親と呼べるのは亜理砂さんでした。


 小学校にあがって間もなく、わたしたちは様々なお稽古事を習うようになりました。

わたし自身はよくわかっておりませんでしたが、一ノ宮家は格式の高い名家であったようなのです。

 最初に呼ばれたのは、ピアノの先生でした。

先生はまず見本としてか、優しい曲を弾いてくださいました。


「まずはこの曲を弾けるように頑張りましょう」


 穏やかに微笑みかけてくださった先生に、わたしは好意を持ちました。

 そして、そこではじめて百合華の声を聞きました。


「あたしより下手な人に教わることなんてないわ」


 そういって、ピアノを奏ではじめたのです。

難しいと子供でも分かるような曲を完璧に弾きこなしました。

 弾き終えてどうだ、という顔をする百合華に、先生は教えることはない、と告げました。

 あとで聴いた話ですが、他の習い事でも同じような事をしたそうです。


 たしかに百合華はどの教師の方々よりも上手に事を為していたようでした。

ですが、目上の方に教えていただくのは、技術だけではないはずです。

 教師の方々も、一度だけでもう百合華に教えることはないと父に伝えたようです。

それからは、わたしだけが教えをいただくことになりました。


 最初のとき、百合華が部屋から出ていったあと、先生に訊ねられました。


蘭華らんかさん。

 あなたに教える必要はございますが?」


 百合華と違い、わたしにあのような技術はございません。

ですから、先生に答えました。


「わたしは、ピアノを触ったこともございません。

 ですから先生に教えていただきたいと思います。

 ……正直に申し上げますと、わたしは百合華のピアノが上手だったとは思えないのです。

 百合華のピアノは空っぽでした。

 先生の弾かれたピアノの方が、とても暖かくて好きです」


 先生は驚かれたようでした。

……そうかもしれません。

 わたしは普段から表情を表に出すのが苦手だったのです。

亜理砂さん以外の人とはあまり関わらず、その亜理砂さんはわたしの表情が変わらなくても、感情を察してくれてしまったからでしょう。

 そのせいで他の方々に色々と言われてはいるようなのですが、もはや自分ではどうしようもなくなっていたのです。


 そのわたしが、妹である百合華よりも先生の方を選んだことに驚かれたのでしょう。


「……それでは、基礎から始めましょうか」


 そうしてお稽古事の日々が始まりました。



 わたしは感情を表現することが苦手です。

ですが、それは表情に出ないだけで、感情がないわけではございません。

ピアノや活け花などは、とくに感情を表しやすく感じました。

だから上達も早かったのでしょう。

家でも毎日のようにピアノを奏で、庭で咲いている草花を庭師の方の許可を得て頂いて飾ったり、ということを続けておりますと、家で働いてくださっている方々とも、親しくお話ができるようになりました。

 皆様の名誉ともなれるように、勉強も頑張ることができるようになりました。

その事に幸せを感じる日々は、わたしたちの十歳の誕生日まで続きました。


 その日、わたしはいつものようにピアノを弾いていました。

百合華は両親と共に誕生パーティを楽しんでいるのでしょう。

わたしは気にせずに亜理砂さんとケーキを食べて、そのあとは亜理砂さんやお祝いをいいに来てくださった方々に、ピアノを弾いて差し上げていたのです。

 皆様の嬉しそうな顔を見ますと、わたしも嬉しく感じておりました。


 そこに叔父様がこられたのです。

身分違いの一般の人を妻とされたそうで、父とは縁を切られておられたと聴いていたのですが……。


「……お前が蘭華か?」

「はい」

「征司さま!

 お嬢様に失礼なことを……!」

「亜理砂さん、大丈夫です。

 お客様に対して、申し訳ございません。

 あらためまして、わたしは一ノ宮蘭華と申します。

 よろしくお願いします」


 習った通りに一礼をしました。

すると、叔父様は驚いたようなお顔をされたのです。


「……百合華とは全然似てないな」

「百合華は、母親似ですから」


わたしはどちらかといいますと父親似で、少々きつめの顔立ちをしているようです。

百合華はふわふわした可愛らしい容姿ですが。


「そういう意味じゃない」


 ? それではどのような意味なのでしょう?


「蘭華。お前、俺の娘になる気はあるか?」

「はい?」


いきなりのお申し出には驚きました。


「ああ、まだ名乗っていなかったな。

 俺はお前の父親の弟で、一ノ宮征司いちのみやせいじだ。

 妻が亡くなって数年になるんだが、後継者がいないと困るだろうと御前の父親がいいだしてな。

 本人に会ってから決めようと思ってたんだが、お前は気に入った」


 クックックと笑いながら、おそらくはパーティ会場の方へ視線を送りました。

……ようするに父からすれば厄介払いをしたいということでしょう。


「ピアノと活け花は続けてもよろしいでしょうか?」


 この家には未練はほとんどございませんが、これだけは譲りたくはありませんでした。


「構わん。ああ、そっちのお前の付き人も一緒に連れてっていいぞ」

「! ありがとうございます!」


これにはわたしより先に亜理砂さんが返事をいたしました。

わたしとしましても、今まで通り亜理砂さんが一緒なのはとても嬉しかったです。


「それでは叔父様、なにかリクエストはございますが?」


 改めてピアノに向かい、叔父様にたずねました。


「……そうだな……」


叔父様のリクエストに答えて何曲か奏でますと、とても幸せそうに笑ってくださったので嬉しくなりました。


「お前のピアノは人を幸せにできるようだな」


 そのお言葉がとても嬉しかったのです。



 それから、翌週には叔父様に引き取られることになりました。

お世話になりました皆様との別れは寂しいものでしたけれど、皆様はこの方がいいと仰られておりました。


 そして叔父様、いえ、お義父様に引き取られて数ヵ月後には、亜理砂さんがお義母様となってくださいました。

 おふたりとも、わたしを本当に愛してくださっているのを感じて、とても幸せでした。

 次のわたしの誕生日には、家族だけて祝っていただきました。

その時にいただいたもので、1番嬉しかったことは、わたしに弟か妹が出来るということでした。

 愛する家族が増える。

とてもとても嬉しかったのです。


 やがて、義弟の征之まさゆきが生まれました。

わたしが佑樹さまと出会いましたのは、征之のお披露目のパーティの時でした。


 パーティは和やかに進みました。

義父母やお客様のリクエストに答えてピアノを奏でていたときです。


「あの曲は弾けるのか?」


 ピアノ曲として有名な、激しい旋律の曲をリクエストされました。


「……もうしわけございませんが、その曲を弾きますと、義弟を起こしてしまいますので、いまはご遠慮いただけませんでしょうか?」


 せっかくリクエストして下さったのですが、今回はわたしの演奏会ではなく、征之のためのパーティですから。


「蘭華さん、構いませんよ。

 征之も部屋で休ませますから」


 時間も遅くなってきておりましたから、征之は別室で休ませることになりました。

 そしてわたしは、曲を弾き始めました。


 弾き終わりますと、皆様こちらを凝視しておりました。

義父が拍手をしてくださって、ようやく気づいたように皆様も盛大な拍手を下さったのです。


「なんだよ、お前凄すぎだろ!」


 佑樹さまが興奮して仰いました。


「こんなに凄いとは思ってなかったぞ!

 お前、っと蘭華だったな。

 俺のよー……」


ぐいっと義父が佑樹さまの首の辺りの服をつかんで、引っ張りました。


「そういう話は俺を通せ、というかまだ早い!」

「あの……」

「気にするな。

 このバカが暴走しているだけだ」


 そういって、義父は佑樹さまを引きずって行ってしまいました。

 そのあとは、ほかの方々と談笑したり、リクエストにお応えしたりして過ごしました。

とても楽しく過ごすことができました。


 それからしばらくして、佑樹さまが休日ごとに来られるようになりました。

 おしゃべりをしたり、合奏をしたり、わたしが最近は語学を学び始めていたので、一緒に勉強をしたり。


「色々学んでるんだな」

「はい。実は今、声楽なども始めたんです。

 他国の歌を綺麗に歌うためには、語学が必要かと思いまして。

 それに、言葉がわかれば、海外でも楽しいと思ったのです」

「確かにな。外国で言葉が解れば、観光にも仕事にも役立つ」


 そういって、二人で発音の練習をしてみたりもしていました。


 だからでしょうか。

いつの頃からか、佑樹さまをお慕いするようになったのは……。


 中学二年の頃、正式に佑樹さまのご実家から縁談のお申し込みがございました。

 義母はわたしの気持ちをご存じでしたので、とても喜んでくださいました。

 義父も、しぶしぶというご様子でしたが、受け入れてくださいました。

 ですが、わたし自身が間もなくウィーンに留学をすることに決まっていたのです。

……わたしも一ノ宮の娘です。

自由に好きなことができるのは、中学までと理解しておりました。

 高校からは、とある学園で寮生活をすることになっておりましたので、その前、今のうちだけでも、音楽を学びたいと望んだのです。

 そのため、婚約だけはして、発表は帰ってきてからとなったのです。


 あちらでも楽しく過ごさせていただきました。

時々こちらにこれれた佑樹さまとデートをしたり、友人たちとの演奏会をおこなったり、短期間ですが、充実した日々を送らせていただきました。


 そして3月末には帰国して、学園の入学準備に追われることとなりました。

 入学後は寮に入ることになりますが、佑樹さまと一緒に居られる時間が増えると思うと、とても嬉しく感じました。

 ……義父は寂しそうでしたが。


 それから、学園で久しぶりに百合華を見かけるようになりました。

 いつも、一ノ宮の関係のある家の子息に囲まれておりました。

もっとも、だからといって、わたしは関わるつもりもございませんでしたが。

 ですが、わたしと佑樹さまが一緒におりますと、百合華が必ずのように現れるようになったのです。


「佑樹くん、そんなやつほっといて、あたしと行こう!」


 そうおっしゃって、わたしから引きはなそうとしたことも、一度や二度ではございません。

ですが、わたしと佑樹さまは二人きりということも滅多にはございませんでした。


 この学園は、格式のある家の出の生徒の通う普通科、その他の優秀な能力をお持ちの方々の通われる進学科、運動科、そして音楽科がございます。

 空いた時間に音楽室でピアノを弾いておりましたし、園芸部からよくお花をいただいておりましたので、そこで知り合いました友人たちの誰かも、ほとんどの場合居られたのです。

 彼らのおかげで、穏便に百合華にはお引き取りいただくことができましたのは、幸いでした。

 ……もっとも、佑樹さまは友人たちが居ることを少々不満のご様子でした。

わたしも佑樹さまと二人きりになりたいのはやまやまでしたが、義父のお願いには逆らえません。

 なにしろ、二人きりで不埒なことをしたなら、婚約は破棄だと仰ってましたから。

それで、友人たちにもその事を協力していただいておりまして……。

佑樹さまも、そうでなければ歯止めが効かないと仰いまして……。

それを嬉しく思ってしまいますわたしは、本当に佑樹さまをお慕いしているのだと、しみじみと感じたものでした。


 そしてしばらくの時が過ぎ、本日、佑樹さまのお誕生のパーティが開かれたのです。

わたしたちのような身分のものにとっては、大切な社交の場。

わたしも佑樹さまの婚約者として、ふさわしい所作を心がけておりました。

 幾人もの方々とご挨拶をさせていただいたあと、佑樹さまの弟でいらっしゃる悠里ゆうり様がいらっしゃいました。

お隣には婚約者であられる可愛らしい女性をお連れになっておられます。


「佑樹、来ています」

「知ってる」


 主語を抜かしたやりとり。

お二人が指しているのは、百合華のことでしょう。

悠里様が視線を向けた方には、百合華と百合華の母がおりました。

 百合華は佑樹さまに対して、満面の笑みを浮かべております。

対して百合華の母は、焦ったようなご様子でした。

 無理もないことでしょう。

すでに百合華の父は任をとかれ、一ノ宮とは名ばかりの存在。

いくら優秀であっても、他者をないがしろにする百合華に対して、好意も同情すら持つものはおられなかったそうですから。


 佑樹さまがこちらに視線を合わせてきました。

”大丈夫です” その意味をこめて頷きますと、わたしをエスコートして二人の方に向かいました。


「佑樹くん! お誕生日おめでとう!」


 百合華は満面の笑みで、佑樹さまに抱きつこうとしました。

もっとも、うまく避けておいででしたが。


「ちょっと、どうして避けるのよー?」


 不満そうにぷくっと頬を膨らませています。


「……礼儀を知らないような者の、相手をするつもりはないので」


無表情で告げる佑樹さまに、百合華の母は、真っ青になっています。


「も、申し訳ござません‼ 失礼いたします‼」


そう仰って、百合華を引っ張って行こうとなさいました。

ですが。


「ちょっと、お母様!

 あたしにふさわしい相手は佑樹くんだけなんだから、佑樹くんはあたしと結婚するはずでしょ!

 それなのにどうして離れないとなんないのよ!

 あんたもよ!

 さっさと佑樹くんから離れなさい!

 佑樹くんの迷惑だって判んないの!」

「……」


 呆れてものも言えない、というのを初めて体験いたしました……。

百合華は何も知らなかったようでした。

 ……おそらく、百合華の両親は、ある程度の身分であっても、百合華を嫁がせて、後見としたかったのでしょう。

ですが、それは百合華自身の言葉で、無駄となりました。

 自分の立場も分からずに、他者を低くみる言葉を紡ぐ。

そして、佑樹さまがはっきりと拒絶の言葉を発しました。


「俺の愛しい婚約者は、蘭華一人だ。

 自分の立場もわきまえない、礼儀も知らないような者を、選ぶはずもない。

 俺だけではなく、この場にいる誰もがそう判断をするだろう。

 ……諦めることだな」


 最後の一言は、百合華の母に向けて。

それを聞いた彼女は、崩れ落ちてしまい、百合華はわたしを睨み付けてきました。


「……どうしてよ⁉ どうしてあんたが⁉」


場所も考えずに、叫び声をあげています。

……このパーティは佑樹さまをお祝いするためのもの。

わたしとの婚姻により、佑樹さまは一ノ宮の次期当主と決まっておりますから、当然多くの人々に注目をされております。


「……わたしは一ノ宮の直系です。

 一ノ宮を護る義務があります。

 あなたは、あなたのお父様が、ここ数年お仕事をしておられないのをご存じですか?

 自身のすべてを娘に捧げてしまい、他者との関わりを持たずにいる方を、トップにおき続けることはできません。

 ゆえに、二年ほど前からわたしの義父である一ノ宮征司が当主をつとめております。

 ……本来なら、わたしではなく、義父の息子(おとうと)が後継となるべきなのでしょうが、血筋的にわたしが直系ですので。

 その頃に佑樹さまとの婚約も整いましたので、後継者はわたしの伴侶となられる佑樹さまに決まったのです」


 これもまた婚約の時点で決まっておりましたこと。

百合華はそれすらもご存じなかったのでしょう。


「……いまだに正式に婚約を発表しておりませんのは、あなたの婚約を待っておりましたからです。

 一ノ宮の名を利用することを、義父は許しておられました。

 ですが、それもここまででしょう。

 これ以上、一ノ宮の名を汚す訳には参りませんから」

「名を汚すって、どういう意味よ!」

「……そのままだ。

 礼儀を知らず、自分勝手な行為を行う、まるで子供のような振る舞いをする。

 だが、お前は子供ではない。

 子供なら赦されることでも、お前がしたことはただの無礼な行為でしかない」

「無知であることは、わたしたちのような立場のものにとっては罪なのです。

 なぜ、あなたは知ろうとしなかったのですか。

 家のこと、他家のこと、そしてわたしたちの役目と立場、まわりにおられる方々のこと。

 表向きの言葉だけではなく、知ろうとすればいくらでも真実を読み取ることができたはずでしょう。

 いまのあなたの立場は、それを怠ったことで与えられた、罰でもあるのでしょう」


 百合華はわなわなと震えました。

どうやら怒りで、まともに言葉も発せられない状態のようです。


「……あんたは……!」


 変わらず、わたしを睨み付けたまま、大声をあげました。


「あんたはあたしの引き立て役のくせに!

 お父様とお母様に相手にもされなかったくせに!

 なにを偉そうに言ってんのよ!

 さっさと佑樹くんをあたしに返しなさい!」

「……人はものではございません。

 佑樹さまはわたしの婚約者ではございますが、わたしのものではございません。

 ですが、わたしはひとつだけ感謝をしております」

「なにを……」


 わたしの態度が変わらないので、どうやら戸惑ってしまっておられるようです。

ですが、感謝をしておりますのは本当です。


「……おかげで、わたしはいまの両親の元で、とても幸せですから。

 佑樹さまと親しくさせていただけたのも、そのお陰でしょう。

 ですから、今一度だけはあなた方の態度について不問にいたしましょう。

 そして、願わくば二度とわたしの前に現れないでいただければ、幸いです」


 一礼をもって、百合華の元から離れました。

佑樹さまも一緒です。


「……いいのか?」

「はい。

 他の方々にご迷惑がかからないのでしたら、今回はかまいません。

 ……そもそも、わたしにとっては、あの方々は他人も同然の方々、ですから」


 生まれて間もなくから、まったくといって接点のなかった方々に、いまさら関わる必要性も感じませんから。


「わたしには義父と義母、義弟、そしてあなたが側にいてくださいます。

 その事が何よりも重要なことで、幸せなことなのです……」


 佑樹さまが頬を赤く染められました。

後で聞きましたところ、そのときわたしは綺麗に笑えていたそうです。


「俺も、お前が側にいることが、一番幸せだと感じられることだから」


 とても嬉しいお言葉をいただいて、わたしたちはその場を後にしました。



 会場となっておりますホテルの屋上。

空中庭園がつくられておりました。

わたしと佑樹さまは、休憩と称して庭園を散歩しております。

 空にはどこまでも輝く星空。

 見渡せば遠くに水平線も見える美しい光景を、佑樹さまとふたり占めです。


 不意に佑樹さまに抱き締められました。


「蘭華、今日は俺の誕生日だから……。

 だから、特別なプレゼントを貰ってもいいか?」


 真っ直ぐに見つめられて望まれれば、それはとても嬉しく感じるだけ……。

 わたしはそっと頷くと、目を閉じました。

そして……。

唇にそっと佑樹さまのそれが重なります。


 わたしはこの幸せを永遠とすることができるよう努力し続けることを、佑樹さまとわたし自身に、心のなかで誓いました。

ハッピーエンド。この後、彼女は末永く幸せに暮らしました。

親に捨てられても、本当の意味で愛されていれば、よいこに育つと思います。

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