柔らかな世界
パソコンを閉じて、玄関へ向かう。ガチャリと扉を開けると、日光が気持ちいいくらい眩しかった。近所の公園へ行く道のりを歩いていれば、感じる新鮮さ。いつも通っていた道なのに。
そこの突き当りの角を右に曲がった所にあるカフェが、担当者との打ち合わせ場所だった。2人が大好きなのはカフェオレ。早く来た方が相手の分も買っておくのが暗黙の了解だった。
「暖かいな」
繋がれた手をゆらゆら揺らしながら彼は微笑む。少し目線を上げて見える横顔に私は頷く。
「もう4月だよ? 新入生とか新社会人とか……きっとこれからの未来に向けて目を輝かせてるのかも」
「学生時代とか懐かしいな。よく宿題を溜めて怒られていたっけ」
「わかるわかる。数学とか終わらなかったなあ」
公園に入ると桃色の花弁の絨毯の上に立たされた。
「楽にしていていいからね」
向かい合わせになる真剣な眼。準備される画材たち。彼の絵を描く姿を見るのはいつぶりだろう。キャンバスと私へ交互に向けられる視線。威圧は感じない。動き出した筆はまるで自身が生きているかのように繊細にかつ豪快に。水を交えた絵の具はキャンバスと筆の潤滑油のように思えた。脳内と紙の潤滑油はパソコンであったのかな。私の場合は、潤滑油の前に材料が欠落している。
1つ、作品が出来上がっていく。
老夫婦が微笑を浮かべながら通りすぎて行った。
「ねえ」
言葉が唇を伝う。
「何?」
「もうすっかり春だね」
「そうだな。もう春だ」
「家に篭っていて気がつけなかった。暖かな風に甘い匂いの花……こんな感性なんか忘れてた。ただ書こうって切羽詰まってた」
「今からでも気付いていけばいいよ。そのためなら俺は、いつでも雅を家の中から連れ出すよ」
真昼の公園でふわり、笑顔と共に花弁が舞った。
「その表情、すごく綺麗だ」
Fin.




