#8―01
十月になり衣替えで夏服から冬服に変わると、校内の様子がガラリと変わる。
百櫻坂高校の制服は、女子はブレザーとベストにチェックのスカートで、男子はブレザーとスラックスだ。黒に近いこげ茶色がベースの落ち着いた色合いで、スカートのチェック柄もあまり主張が無くさり気ない。全体的にシックなデザインである。
「おはようございます」
「あ、おはよう黛さん」「お、オハヨウゴザイマス」「まゆずみさん……おはよー」
教室のドアを開けた清歌が、傍にいたクラスメートと挨拶を交わし自分の席へと向かう。未だにカタコトになってしまっていたり、なにやらポヤ~ンとした声になっていたりする者がいるのは、もはやこのクラスのお約束のようなものである。
今日も美しく輝く長い金髪を靡かせて清歌が前を通り過ぎるのを、クラスメートたちは思わず「ほぅ」と息を漏らして見送る。抜けるような白い肌と明るい金色の髪は、百櫻坂の冬服に良く映えていた。
季節が夏と秋を行ったり来たりするこの時期、清歌のように冬服をキッチリと着こなしているのは少数派で、生徒たちは自分なりの着崩しをしていることが多い。百櫻坂高校は式典などの場合を除き、服装に関して厳しい取り締まりは行われないが、それでも完全に冬服に移行すれば男女ともにブレザーはちゃんと着るものだ。なのでパッと見で様々な色の生徒が見られるのは、ある種の風物詩と言ってもいいだろう。
弥生と絵梨もその多数派の方で、弥生はネイビーブルーのパーカーを、絵梨はクリーム色の薄手のカーディガンを身に着けている。
自分の席に荷物を置いた清歌が、弥生と絵梨、そして珍しく一緒にいるもう一人に声を掛けた。
「おはようございます。弥生さん、絵梨さん、天都さん」
「おはよ~、清歌」「おはよ、清歌」「お、おはようございます、黛さん」
文化祭の一件以来、接点が増えて清歌たち三人と話すことが増えた天都だが、清歌と話すのは未だに慣れないらしく、挨拶はややぎこちなく口調も丁寧だ。
ちなみに天都はグレーのニットのベストを着ている。胸元に開いた本と栞のワンポイントがあるのが、元祖文芸部の彼女らしさである。
「清歌、ニュースよ。天都さんが<ミリオンワールド>の冒険者に当選したんですって」
「それは朗報ですね! ……具体的にはいつ頃からなのでしょう?」
「ええと……ガイダンスとチュートリアルをこの日に受けるので、初日は多分この日になるんじゃないかと思います」
天都はスマホのスケジュール画面を開き、指差しながら予定を語る。どうやら十月の第三週から晴れて冒険者となれるらしい。
「ホント良かったよ~。映画の撮影もやっぱり原作者がいてくれると、心強いからね! ……あ、でも良かったのかな? 天都さん、あんまりゲームをやったりするイメージが無いんだけど……」
弥生の疑問を聞いた天都は、円いメガネのレンズの向こうで目をパチクリとさせた。
「え~っと、私は……その、いわゆるオタクなので、ゲームもやるしアニメもマンガも大好きなんですけど……。あれ? 知らなかったかな?」
「「「えっ?」」」
天都のカミングアウトに、清歌たちの方が驚いて天都をまじまじと見つめてしまう。
レトロなデザインのメガネにいつも三つ編みにしている髪、文芸部に所属していて、休み時間には本を読んでいることが多い。そういった分かりやすい特徴から、てっきり天都はいわゆる正統派の文学少女だとばかり思い込んでいたのである。
しかし考えてみれば文化祭の出し物のシナリオにしても、世界観や登場人物の設定が、純粋なファンタジーというよりもゲームやライトノベル風だった。それ故に弥生などにもとっつきやすいお話だったわけだが、イメージにすっかり騙されてしまったようである。――本人に騙す気は更々なかったのだが。
「実は異世界転生ものの小説とか大好きで……、だからファンタジー世界を体感できる<ミリオンワールド>にはずっと興味があったんです。それに自分で冒険を体感できれば小説の幅も広がるんじゃないかなって」
「フムフム……、そうなんだ。確かに現実では体験できないことがイロイロできるからね、<ミリオンワールド>では」
「そね。ま、純然たるファンタジーとはちょっと趣が違うかもしれないけどね」
「えっ!? そうなんですか?」
「う~ん、イメージとしては最近のRPGを想像すればいいんじゃないかな? 基本的にはファンタジーなんだけどテクノロジーもそれなりに発達してて、ちょいちょいSFっぽいところも出て来る……みたいな?」
「……ああ、はい。なんとなく想像できた……かも」
目を閉じて何度か頷いていた天都がそう答える。弥生の説明でピンと来たということは、本当に普段からゲームもしているようだ。
「それにしても、せっかくですから明日からのイベントにもご一緒できればよかったのですけれど……。そこが少し残念ですね」
「あ~、そうだよね~」「ちょっとタイミングがズレちゃったわね」
今回のイベントは初心者でもチームに貢献できるようなシステムがいくつも組み込まれている。また無事イベントを最後までやり遂げれば経験値もたくさんゲットできるはずなので、上手くすればブートキャンプ的に一気にレベルアップを狙えたのだ。
「あ、イベントの内容はウェブで見たけど、収穫祭って面白そうなイベントですよね。カブとかダイコンとかに足が生えて走り回ってるのかな? それともキャベツが大量に飛来するとか?」
割と無邪気に話す天都に対し、清歌たち三人はビミョ~な表情で顔を見合わせた。
恐らく天都が想像したような、牧歌的な、或いは暢気な魔物もお約束として用意されていることだろう。しかしこれまでの経験上、そんな「みんなで楽しく収穫しましょう!」というだけで、このイベントが終わるわけが無いと三人は確信している。必ず何かしらのサプライズが仕掛けられているはずだ。
「ど、どうしたんですか? 三人とも」
「あはは。ん~と……ま、きっと楽しいイベントにはなるんじゃないかな~ってね」
「そね。それだけじゃあ、無いでしょうけど、ね(ニヤリ★)」
「ええ。恐らく意外性もたくさんあるでしょうね(ニッコリ☆)
三人の不思議な反応に、天都は再び目をパチクリとさせるのであった。
明けて翌日。公式イベント“秋の収穫祭”初日。
マーチトイボックスの一行は、ログインすると一旦中継ポイントで落ち合っていた。今回のイベントは一旦会場となる島に転移してしまうと、開催期間中はリタイヤしない限り他の場所――というか、要するにスベラギに戻ることはできなくなってしまうのである。その為にまずここで最終確認をして、不備があったらホームなりスベラギなりに立ち寄って整える予定なのだ。
「みんな~、忘れ物は無い?」
「はい。問題ないですよ」「ええ。準備万端よ」「っつーか、昨日ちゃんと確認したからな」「うむ。大丈夫だ」
四人の返事を聞いて満足そうにうなずいた弥生は、昨日家に帰ってから気づいたことについて尋ねた。
「このイベント期間中って、悠司の亜空間工房ってどうなるの?」
「ああ、それなんだが、アイテムにイベント注釈が付け加えられてた。ベースキャンプは安全地帯扱いだから問題なく亜空間工房に行けるらしい。まあ、ベースキャンプには作業場もあるらしいから、使う機会はないかもしれんが」
「そね。というか、あんまり人目があるところでは使いたくないわよねぇ」
「なるほど。……まあ作業場が混んでたりしたら、こっそり使ってもいいんじゃないかな。ええと、それからホームにいる清歌の魔物たちはどうなるの?」
「ベースキャンプに従魔を放せるスペースがあるようです。そこでホームにいる従魔を呼び出すことができるので、手持ちの従魔を入れ替えることも出来るようですね」
「ふむ。つまりイベント期間中もちゃんとモフれるというわけだな」
「その為の機能じゃないと思うわよ、ソーイチ。……間違ってはいないけど」
「あはは。……え~っと、確認したいことはそんな所かな。他に確認することが無いようなら、そろそろイベント会場に行こっか!」
「はーい」「オッケーよ」「いよいよだな」「うむ!」
転移先のベースキャンプは、学校のグラウンドほどの面積がある平坦な広場だった。レンガ造りの倉庫が二棟に無人販売所と思しきもの――見た目は田舎で見かける野菜の無人販売所そのものだ――が数か所、職人用の作業場、木の柵で囲まれている場所、テーブルとベンチが並んでいる屋根のあるスペースなどが確認できた。
ベースキャンプの周囲は柵で囲まれ、外には鬱蒼とした森が広がっている。全体的な印象としては、森の中に作られたキャンプ場といったところか。そして東西南北には出入り口があり、それぞれから道が伸びているようだ。
「ここがベースキャンプか~、結構広いね。……で、まず何をするかなんだけど……」
弥生がそう言いつつぐるっと見回して見ただけでも、数人~十数人で固まっている冒険者グループが数組見受けられる。早速ベースキャンプの外に向かおうとしている積極的――というか気の早いグループもいるようだが、方針を決めかねている方が多いようである。
「どうしよう……。今回のイベントはチーム戦なわけだから、やっぱりコミュニケーションは大切だよね?」
仲間内ならばリーダーシップを発揮できる弥生も今回は少々勝手が違う。というのもマーチトイボックスは構成員五人という通常のパーティー上限人数にも満たない弱小ギルドであり、そんな自分たちがしゃしゃり出ていいものか、と考えてしまったのである。
「取り敢えず、招待を受けた方達と同じチームになれたのかは、確認しておきたいですよね」
「あ、そうだよね。え~っと、確かチームメンバーの情報は冒険者ジェムで確認できるはず……あ! イベント専用ページができてる」
イベント専用ページでは現在所持しているコインの数や、チームメンバーのログイン状態、倉庫の状況、無人販売所に出品されているアイテム、イベント専用掲示板などが確認できるようになっている。それによると合計八通受け取った招待状の内、最初に受け取った四っつのギルドとは一緒のチームになっていて、彼らも現在ログイン中となっていた。
「顔見知りがいるのは有難いわね。じゃ、招待を受けたギルドを探しましょうか」
「いや、どうやらその必要はないようだ」
それはどういう意味か、と尋ねる必要はなかった。聡一郎が見ている方から、見覚えのあるオネェさんが、大きく手を振りながら歩いて来ていたからである。
「こんにちわ~、トイボックスの皆さん。招待を受けてくれてありがとう。一緒のチームに慣れて嬉しいわ!」
「こんにちは。こちらこそ、招待して下さってありがとうございました。よろしくお願いします」
「それで早速なんだけど、軽くギルマス同士の顔合わせと、各々の方針を確認しておきたいって思うのよ。そんなに長くはかからないと思うけど、参加してくれないかしら? あっちの屋根のある所に集まるんだけど……」
「あ、それはぜひ参加させて下さい。……ってことだから、ちょっと行ってくるね」
他のチームとコミュニケーションをとるべきだと思っていた弥生は即決する。清歌たち四人もその方針に賛成なので特に異論は挙がらなかった。
「了解。じゃあ俺らはベースキャンプの施設でも確認しておくか」
「おっけ~。じゃあ、話し合いが終わったら合流しよう」
ギルドマスター同士の話し合いは三十分ほどで終了した。そこで決まった方針は以下の通りである。
基本的にはギルド単位で行動し、各々コイン獲得のために努力すること。入手した情報はできるだけ掲示板に書き込み、チーム全体で共有すること。出来れば序盤の内に採取ポイントやドロップアイテムを確認、情報の共有をして、消耗品の量産と、装備品の修理ができる体制を整えること。無人販売所に出品されたアイテムは、必要な数だけを購入すようにすること。レイドボスが出現した場合、総力を以て戦うこと。
その内容は言ってみればごく当たり前のことであり、話し合いというよりも認識を共有する作業といったものだった。なので、時間の多くはお互いのギルドメンバーがどのような構成で、このイベントではどういう方針で活動するのかを確認することに割かれていた。
ちなみに立ち位置があやふやだったのは、ギルド“勇気ある魔物使いの集い”であった。何しろ魔物使いばかりで構成されているために、戦闘面でも生産面でもこれといった強みが無いのだ。ただレベル的に他のギルドよりも一段低かったため、ベースキャンプ周辺にいるであろう弱い魔物を彼らが担当し、他のギルドはもう少し強い魔物から当たるという分業が出来るのは幸いだったと言えよう。また、彼らの従魔の中には、強化や妨害、範囲回復などの能力を持っている個体もいるとのことなので、レイドボス戦では活躍してくれそうである。
一方、マーチトイボックスはというとこのチームの中では最もレベルが高い集団で、最初弥生がギルドの平均レベルを明かした時、他のギルマスたちは目を円くしていた。どうやら少数精鋭のギルドであると認識されてしまったようで、普段気の向くまま遊んでいるだけという自覚がある弥生としては、なんとな~く後ろめたいというか申し訳ないような気になってしまうのであった。
「……なるほどな。大体予想通りってとこか?」
「そね。取り敢えず私らはちょっとベースキャンプから離れてから、いつもの感じで探索と魔物の討伐をやって行けばいいのよね」
「うむ。雑魚は無視して、ある程度強い魔物から狙っていけばいいということだ」
初心者でも斃せる敵がいるということは、今の状況を普通のRPGで例えるなら、強くなった状態で始まりの村に来てしまったようなものだ。なのでベースキャンプ付近の魔物は、はっきり言って瞬殺だろう。
余談だが、今回のイベントで出現する魔物のライブラリ情報は、チーム全体で共有されるようになっている。またこの島全体が、後日どこかに実装されることになっているので、わざわざ斃す必要のない雑魚を相手にする必要はないのである。
「うん、そういう事だね。……で、清歌はどこ行っちゃったの?」
「清歌なら……、あー……っと、ほら、あそこ。ファンに囲まれてるわよ。……それとも自称妹っていった方がいいのかしら?(ニヤリ★)」
絵梨の視線の先を見ると、そこでは清歌が数人の冒険者たちに囲まれていた。皆、何かしらの魔物を連れているので、恐らく勇気ある魔物使いの集いのメンバーなのだろう。弥生には分からなかったが、清歌に招待状を渡しに来た二人もその輪の中にいた。
どうやら従魔談義――というかそれぞれの従魔自慢をしているらしく、清歌は今黒い毛むくじゃらで四つ足の何かを抱きかかえながら、その主人らしい少女から話を聞いているところである。
「……あれっていつ頃からなの?」
「弥生が会合に行って間もなく、私らが移動しようかって思った時に捕まってたから……、かれこれ三十分ってとこね」
「……大人気、だね~」
そう言って力なく笑う弥生に、絵梨たちも苦笑で応じた。憧れのお姉さま――彼女たち視点で――と同じチームに慣れて嬉しいという気持ちは分かるが、いきなりイベントそっちのけでお話に夢中というのはいかがなものかと、厳しく追及したいところである。
――と、話が途切れた時、清歌がこちらに気が付いた。――恐らく弥生が戻って来ていることには気が付いていて、タイミングを見計らっていたのだろう。清歌は抱えていた従魔を地面に降ろし、囲んでいた魔物使いたちと別れて弥生たちと合流した。
「お待たせしました、皆さん」
「ううん全然。……あっちは大丈夫?」
「はい。彼女たちはまだ話し足りないようでしたけれど、同じチームになったのですから、また機会もあるでしょう」
「そっか。え~っと、第一回ギルマス会合で決まったことは……」
弥生は先ほどの説明を簡潔に清歌に伝えた。
「なるほど。それでこれからベースキャンプを出て、ちょっと強めの敵を探しに行く、という訳ですね」
「うん。そゆこと」
清歌はやや目を伏せて数秒考えてから顔を上げて、
「……弥生さん。よろしければ、私は単独行動をしてもよろしいでしょうか?」
と、別行動を申し出た。
「あら、もしかしてここでも従魔探しに向かうつもりなの?」
「ふふっ、それはついでですね。主目的は偵察です」
レイドボスという巨大な魔物が出現することは、既に分かっていることだ。ならば戦いやすい場所や、逆に迎え撃つには不利な場所などを把握しておくことは重要なことだろう。また、魔物の分布なども上空から大凡のところは掴めるはずだ。イベントの成否に大きく関わるそれらの情報は、早めに手に入れておくに越したことは無いだろう。
「ふむ……、地の利が得られれば、戦いは有利になる。確かに清歌嬢が偵察に出てくれれば、俺達だけでなくチーム全体としても有益だろう」
そしてこのような任務ならば、飛夏という高速の移動手段があり、かつアクティブな魔物にも絡まれることが無いように、清歌単独で行くのが一番効果的なのだ。しかし――
「う~ん……それはとっても重要なことだと思うし、清歌が買って出てくれるならお願いしたいんだけど……。清歌?」
「はい? なんでしょうか、弥生さん」
「あんまり無茶なことはしないでよね?」
そう。清歌を単独で行動させると、しばしばとんでもない無茶をやらかすことがあるのだ。しかも今回はイベント会場である未知の島。一体どんな罠が仕掛けられているのか分かったものではない。弥生の心配はもっともなもので、絵梨たち三人も「あ~」と頷きつつ、なにやら訝しげな視線を清歌に向ける。
とはいえ、その程度のことで怯む清歌ではない。弥生の手を取って両手でギュッと包み込むと、ニッコリとのたまった。
「心配して下さってありがとうございます、弥生さん。大丈夫ですよ。何をするにしても、ちゃ~んと安全を確認しますから」
「はぅっ! ほ、ほんと~に、きをつけてくれなくちゃ、だめなんだからね!」
顔を赤くしつつ、弥生はびみょ~にカタコトで念を押す。
清歌が決して“無茶はしない”と明言していないことに気付いていた絵梨は「チョロイ★」と黒い笑みを浮かべ、男性陣二人は手を握って見つめあう二人からそっと眼を逸らした。
ある意味、イベント会場だろうと相変わらず普段通りのマーチトイボックスなのである。
空飛ぶ毛布で高く飛び上がった清歌は、眼下に流れる景色を眺めつつ真っ直ぐに南へ向かっていた。
ベーキャンプから見ると鬱蒼と茂っていた森も、上空から見ると木々の密度は濃いが面積自体はそう広くない。森はこんもりと茂ったほぼ円形で、そこを出ると平原が広がっている。平原は一部が畑や水田になっていて、たくさん実った作物がそよぐ風に揺れている。そして視線を真下からやや上げると、遠くにはベースキャンプがあった場所と同じような円形の森がいくつか見えた。
畑に居る作物というか魔物の姿を見るために少し高度を落としてみると、バランスボール大に大きく育ったカブが、マッシブな足で悠然と歩く姿が目に飛び込んできた。昨日天都が話していた予想がほぼ的中していて、清歌は思わずクスリと笑ってしまった。
お化けカブだけでなく、スラリと背の高いトウモロコシや、集団で移動している小麦、先っぽが二股に分かれて脚になっているダイコン、棒人形のようなひょろっとした体がついているナスなど、ちょっとコミカルな魔物を何種類か確認したところで、清歌は再び高度を上げた。
このフィールドは全体的に見ると結構高低差があるが、普通に起伏のある地形というのとは異なっている。ほぼ平坦な地面が切り立った崖の段差で高低差がついていて、段々畑のようになっているのだ。ちなみに一つ一つの平面は、他と重なっていなければ、ほぼ円形のようだ。つまり森が円形なのは、平面の一つが森のフィールドになっているという事なのである。
(これだけ明確な特徴があるということは、この島全体に何か秘密がある……ということでしょうね。……やはり全景を確かめておきたいですね)
清歌はそう決断すると、最高速度で島の端へと向かった。
畑や田んぼの上を通り過ぎ、森もいくつか飛び越えて清歌はようやく島の南端へ到達した。
ちゃんと安全確認をすると弥生と約束したので、まず清歌は万能採取ツールを取り出し、崖の傍に生えている丈夫そうな樹にワイヤーをしっかり引っ掛けて命綱代わりにした。
ワイヤーを伸ばしつつ島の端まで歩いて行き下を見ると、ゆっくりと流れてゆく雲と、その向こうには海が見えた。もっとも清歌が見たいのはこの島の下部がどうなっているかである。そこで清歌は崖の端っこに寝そべり、そこからギリギリまで身を乗り出して内側を覗き込んでみたのだが――
(やはり、この程度では何もわかりませんね。木の幹のようなものがチラッと見えるような気もしますけれど……)
ワイヤーを伸ばして崖下に降下するという方法もあるが、それでも大した距離は降りられないので、あまり意味はなさそうだ。
清歌は崖から離れて立ち上がると、ワイヤーを回収して採取ツールを袂にしまった。
(やはりここは、空飛ぶ毛布に乗って助走をつけて飛び出すしかなさそうですね)
「ヒナ~、こっちにいらっしゃい」「ナ~」
暢気に日向ぼっこをしてた飛夏が清歌の呼びかけに答えてふよふよと飛んで来て、清歌の腕の中に収まった。
「MPが完全に回復したら、助走をつけて一気に飛びますよ。後は惰性で自由落下しながら可能な限り写真を撮ってから、転移魔法でベースキャンプに戻りましょう」
「ナナッ!」
しばらく付近を散策し、魔物の観察をしたり、新たに一体従魔に加えたりとしている内に飛夏のMPが完全に回復した。
崖から少し離れた場所で、清歌を乗せた空飛ぶ毛布が空高く舞い上がる。そして清歌の号令に応えた飛夏は、最高速で島の外縁部から飛び出した。
自由落下しつつ島から少しずつ離れていく空飛ぶ毛布の上で、清歌は島の方へ振り返った。ちなみに今回ばかりは清歌も立ったままでは少々不安なので、毛布の上に座っている。
「なるほど……これが島の全景ですか……」
清歌はシャッターを切りながら、思わず感嘆の声を上げた。
島の下から――というよりは島を構成する一つ一つの円盤から無数の枝が伸び、それらが一本の太い枝に繋がり、更にそれが非常に太い幹へと繋がっている。樹木としては少々アンバランスなその形状は、現実のバオバブによく似たシルエットであり、葉の茂っている部分が陸地となっているのである。
――どうやら今回のイベントは、一つの巨大な樹木が舞台となっているようである。