#8―00
今回から新章となります。
<ミリオンワールド>に於いて、プレイヤーやギルドの“自宅”となるホームを入手する方法はいくつかある。もっとも簡単な手段は、中央広場の冒険者協会本部に併設されているギルド会館のスペースを借り受ける方法である。
ギルド会館は要するに集合住宅で、単身者向けのワンルームタイプから、二十人程度の規模なら余裕で集合できる内部が二階建てになっているタイプまで存在する。資金が潤沢であれば、一つのフロア全体を丸ごと借り受けることすら可能である。
ちなみにギルド会館の外観はタワーマンション型で高さは二十階建て程度なのだが、内部の部屋数は――言い換えると容積は――見た目よりも遥かに多く、しかもプレイヤーの増加に合わせて順次増築される。限りある町のスペースに全プレイヤーの家を用意するのは困難で、この辺りはゲーム的な仕様になってしまっているのである。
このギルド会館はいわゆる賃貸物件であり、比較的安価な家賃で借り受けることができる。ただ同じ規模ならば同一の間取りしかなく、その上デザイン的にも無味乾燥なので、ぶっちゃけあまり人気は無い。
とはいえ、資金に余裕がないソロプレイヤーや弱小ギルドが確保できるプライベートスペースとしては、ほぼ唯一の選択肢なので数多くの冒険者が利用している。
さて、そんな弱小ギルドの一つである“勇気ある魔物愛好家の集い”は、資金的な制約からギルド会館でホームを借り受けていた。当然これは妥協の結果であり、広い庭のある一軒家――家はこの際小さくても良い――を買って、可愛い魔物たちを庭に放し飼いにすることが当面の目標となっている。その頃までには、たくさんの魔物を仲間にしている予定なのだ。
「じゃあ、モフモフ御前に招待状はちゃんと渡してくれたのね」
「はいっ! ちゃんとお姉さまに受け取って頂けました」
「ただ、招待に応じてもらえるかどうかは分からないです。お姉さまもギルドで参加するつもりと言ってましたので」
「あのお姫様だったら引く手数多だろうから、それは仕方ない。ですよね、ギルマス?」
「ええ、取り敢えず招待状を受け取って貰えただけでも僥倖ね。二人とも、任務ご苦労!」
「「はーい」」
このホームは広いリビングルームと二つの部屋という間取りで、十五人程度のギルド向が主に利用しているものだ。勇気ある魔物使いの集いでは、その内一部屋をギルドマスターの執務室に、もう一部屋は倉庫に割り当てている。
勇気ある魔物使いの集いはホームを賃貸することはできるものの割とギリギリで、余分なところに予算を割けないために殆ど素の状態のままだ。家具と言えるものは、リビングルームにちょっと大きなラグが敷かれ、執務室に机と椅子があるという程度である。
もっともこのギルドのメンバーにとって重要なのは、センスのいい部屋ではなく、魔物たちと戯れることのできるスペースなので、ある意味で家具の無いこの状態のままがベストなのかもしれない。
さて、その無味乾燥な執務室にてギルマスとサブマスターが、お使いに行ってもらった二人からの報告を受けていた。会話の中に出て来た、モフモフ御前、お姫様、お姉さまとは、言うまでもなく清歌のことである。
「できればここで御前と友好的な関係を築いて、是非とも契約の秘密を教えてもらいたいところだけど……」
「闘い方を見たいというのも嘘じゃないけど……、まあ、そっちが本音ですね」
机の上で手を組み合わせているギルマスは二十歳前後と思しき、割とキツイ系のギャルっぽいお姉さんだ。そして横に侍るサブマスターは同年代の男性で、オールバックの髪型が似合っていて、これまた目つきが鋭い。ちなみにギルマスの従魔は机の上でぷよぷよしているクラゲっぽい魔物で、サブマスのは足元に寝そべって微動だにしないイグアナっぽい魔物である。
本来はギルマスが清歌に招待状を渡しに行くべきだったのだが、年上の、それも見た目がきつい雰囲気の自分がいきなり押し掛けては印象が悪いのではと考え、お使いを頼んだのだ。
「フィールド上の魔物と契約出来たのって、一人だけなんだったっけ?」
「お姉さまを除けばそのはずだよ」
「僕らの知らない魔物使いもいるだろうから、断言はできないが……」
魔物使いの心得を選択したプレイヤーは横の繋がりが強い。というのも魔物を連れて街中を歩いているだけで魔物使いであることは一目瞭然で、話しかけるにしてもまずその魔物について褒めるという、鉄板のきっかけが有るからである。お互いが魔物を連れていたなら、お互いの従魔を褒めつつ、どこで手に入れたかなどの情報交換をして――などとやっている内に親しくなっている、というわけだ。
要するにペットの散歩中に出会った飼い主同士が、何度か話している内に親しくなるのに似たプロセスである。
そんな魔物使い同士の情報ネットワークによると、今のところフィールド上の魔物と契約出来たのはたったの一例で、しかもそれはどうしてできたのか分からない、殆ど偶然のようなものだったらしい。――清歌を除いては。
魔物使いたちの間では、既に清歌は生ける伝説的な存在だ。ゲーム開始早々に見たことも無い可愛らしい猫の様な魔物を連れ、いつの間にか白いフワフワした毛玉のようなものが増え、さらにこれは未確認だがボックスハウンドを仲間にしてしまったという情報もある。
かの魔物使いの姫君は、契約の条件を完璧に割り出しているのではないか? ――そう考えられたとしても不思議な話では無いだろう。
現在、従魔を持っている魔物使い系プレイヤーはかなり多くなっている。それは例の突発クエストの報酬や、八月末に行われたスタンプラリーイベントのチケットで貰うなどの方法でゲットできたからである。またレベル二十を超えて魔物使いの真髄を選択した後だと、冒険者協会で受注できるクエストの中に、ごくごく稀に魔物の卵が報酬の物が出現することも分かっている。ちなみにこのクエストに関しては、余りにも難易度が高すぎるために、クリアできた者は確認できていない。
な~んだイベントで従魔がゲットできるならいいじゃん――などと言ってはいけない。それはつまり他に欲しいアイテムがあっても、それを諦めているということなのだ。さらに言えば、魔物使いたる者、フィールドの魔物を一から手懐けて仲間にしてこそ一人前なのでは、という思いがあるのである。
そんな中で発表された今回のイベントだ。
招待状を渡し、首尾よく清歌と同じチームになることができれば、期間中は顔を合わせる機会も増える。また同じ目的のために力を合わせていれば、自然と仲良くなることもできるだろう。あわよくば、いろいろと貴重な情報を教えてもらえるかもしれない。
――などと少々ヨコシマなことを考えてしまった、勇気ある魔物使いの集い一同だったのである。
「普通にモフモフ御前と親しくなれればいいんだけど、なかなかうまく接触できないんだよね……」
「固定パーティーで活動しているみたいですし、スベラギに居るときはお店をやっていますから」
「お姉さまの似顔絵は大人気ですから、いつも人がいますしね。私も描いて貰いたいんですけど、お小遣いが……ううっ」
「ギルド予算から出そうにも、誰が行くのかで揉めるのは目に見えてるからね」
「そうそう。……まあ、なんにしても招待状は渡せたんだし、後は運を天に任せるしかないわね」
さて、ギルド会館以外でホームを入手するとなると、スベラギ――無論他の町でもいい――に点在する空き物件を購入するしかない。一応マーチトイボックスのように、クエストで島を丸ごと一つゲットする方法もあるが、こちらは島を見つけること自体がそうそうできるものではないので、選択肢として適当ではないだろう。
スベラギには不動産屋というものが無いので、物件は足で探すしかない。空き物件には立札があり、金額や間取りなどの情報が掲載されていて、購入手続きもこの立て札で行うことができる。ちなみに購入前に中を確認することも可能だ。
夢の庭付き一戸建てのマイホームだけに高額だが、ローンでの支払いも可能なので、ある程度安定した運営ができているギルドならば、購入のハードルはそれほど高くはない。
スベラギのメインストリートにある冒険者協会から横道に入り、五分ほど歩いて交差点を南に曲がってさらに三分ほど歩いたところに、その家はあった。
アイボリーの壁、出窓、レンガタイルによる飾り、スレート葺きの急勾配な屋根、小窓、煙突。ファンタジー世界にマッチしたこの可愛らしい一軒家こそ、ギルド“アタシとふれんず”のホームである。
そのギルドマスター執務室にて、現在幹部三人による会議が行われていた。議題は先日発表されたイベントに関してである。
「……じゃあそんな感じで、各自準備をよろしくね~」
「承知。皆にぬかりなく準備するよう、伝えておくでござる」
「ところでマスタ~。招待状はどうするのかニャ? お付き合いのあるギルドにはやっぱり出すのニャ?」
「もちろん、そのつもりよ~。招待状を出さずに、新しい出会いを求めるのもいいんだけどねぇ。今回のイベントは初のレイドボスも出るということだし、連携を取りやすい知り合いが多いに越したことは無いわ」
「左様でござるか。ならば装備でお世話になっているあちらと……、それから素材の買取をして貰っている……」
「あっ、それからお付き合いがあるって程じゃないんだけど、個人的に誘いたいところがあるのよねぇ」
「マスターの知り合いなのかニャ?」
「そ。この子たちを誘いたいと思うのよ」
この子たちと言ってギルマスは執務室の壁を、正確には壁に飾られた一枚の絵を指差した。それは清歌作の、耽美マシマシで描かれたギルマスの似顔絵であった。ちなみにその下には飾り棚があり、綺麗な絵皿や花瓶などとともに木彫りのヒナも整然と並べられている。
「つまり、例の玩具店を誘いたいと考えているのでござるか?」
「面白そうだから賛成なのニャ。……でもマスタ~、戦力にはなるのかニャ?」
「正直言って、戦力としては未知数なのよねぇ。でもあの子たちを誘うと、面白いイベントになりそうな気がするの。……そう囁くのよ、私のゴースt」
「やめるのニャ!」「その台詞は危険でござる!」
「あら残念。まあ冗談はともかく、あの子たちがかなりの資産を持っているのは確かよ。ということは、戦闘面か……あるいは情報面か、何かしらの強みを持っているのは間違いないでしょ?」
「確かに」「マスタ~の言う通りニャ」
知らぬは本人ばかりなり――とは良くある話で、実はマーチトイボックスは結構注目されている集団なのである。
初めはその人目を引く容姿や、清歌の連れている空飛ぶ丸ネコなどがちょっと噂になる程度だったのだが、おもちゃ屋が軌道に乗り始めた頃から、この集団はタダ者ではないとマークされるようになったのだ。
彼女たち独自の玩具アイテムに、それを量産する方法を確立していること。割と休みがちなのに、露店のスペースを確保し続けられる資金力。清歌が客引きも兼ねて露店に連れて来る従魔の数から察するに、契約の条件も割り出していると思われること。何やら最近はスベラギ学院の方で目撃されたという話も聞くこと。――等々、気になるポイントがわんさか出て来る。
それらから推測するに、どうやら彼女たちは他の冒険者とは全く異なる路線を突き進み、それでいて安定したギルド運営ができているようなのだ。
恐らくは彼女たちが独自に掴んだ情報も数多くあるのだろう。しかし彼女たちは自分たちのギルドで完結してしまっていて、その抱えている情報が外に出てこないのである。
一応は面識のあるギルマスとしては、このイベントという絶好の機会を活かして、よりお近づきになり、あわよくばイロイロと聞き出せればと考えているのだ。無論、得られたモノに対する対価もちゃんと支払うつもりでいる。
「と、いうわけで、特に反対が無いようだったら、招待状を渡そうと思うのだけど、どうかしらん?」
「賛成なのニャ!」「拙者にも異存はござらん」
「よろしい。じゃ、手分けして招待状を配っちゃいましょ。おもちゃ屋さんには面識のある私が言ってくるわぁ~」
それぞれイベントの準備を着々と進めるマーチトイボックスの五人は、休憩と気分転換、そしてとある問題を片付けるために蜜柑亭を訪れていた。
テーブルにはオレンジジュースのグラスとミニサンドイッチ&ポテトの盛り合わせの皿、そして四通の招待状が乗っていた。
「……う~ん、なんで四通も招待状を貰っちゃったんだろ?」
「なんでって……そりゃ分からんが、この中の三つは一応面識のある相手からだな」
「そね、あのオネェさんを始め、露店で大きな買い物をしてくれた人だったわね」
「似顔絵を描いているときに、こちらを窺っている魔物を連れた方を何度か見かけたことがあります。あの子たちではありませんけれど、もしかしたら魔物使いギルドの方だったのかもしれませんね」
「むしろそちらの目的は明白ではないか? 清歌嬢に魔物との契約のコツを聞きたいのだろう」
「「「「あ~~」」」」
勇気ある魔物使いの集いの二人から招待状を受け取ってから立て続けに、合計四通の招待状を受け取った五人は、正直言って困惑していた。
自分たちが気の向くままに遊んでいる内に、いつの間にやら一般的な冒険者とはかけ離れた場所を爆走しているという自覚はあるのだ。他の冒険者との交流など、露店のお客さんとちょっと話したくらいのものでしかない。
今回のイベントはレイドボスが目玉なのだろうから、連携が取れる実力の確かな戦力が重要となる。そういう意味では、一度も一緒に冒険したことの無い、おもちゃ屋を経営している奇妙な集団を誘う理由が分からないのだ。
「……ということは、他のギルドも同じようなものなのかもしれないわね」
「つまり、俺らの持っている情報が目的……ってことか」
「情報……って、具体的には?」
「あ~、そうだな、森の泉から行けるダンジョンとか、玩具アイテムの量産方法とか、石板クエストとか……だな」
「それほど数があるわけではないな」
「身も蓋も無いわね、ソーイチ……。でも、そーよねぇ。他所のギルドと交流がないものだから、秘匿していると思われているのかしら?」
「弥生さんはどうお考えなのでしょう? 例えば今回のイベントでご一緒することになった方たちから情報を教えて欲しいと言われた場合、私たちはどう対応しますか?」
「あ~、そっか。清歌はきっと魔物の契約についていろいろ聞かれるよね。……う~ん、殊更隠してるわけじゃないんだし、私は教えちゃっていいと思うよ。あ、でも石板の解読法は止めておこう。アレは多分裏技に近いクリア方法だと思うし、ちょっと公開するのはマズいと思うから」
「承知しました」「了解した」「ま、対価は貰ってもいいかもだけどね」「そりゃまあ、応相談ってことで」
四人が頷いたところで弥生は改めて本題に入る。
「で、結局この招待状をどうするかなんだけど……」
どうやら思ったよりも注目されているということから考えると、これからも招待状を受け取る可能性がないとは言い切れない。そうなった時、受ける受けないの基準をどう設定するかが問題である。
「もういっそのこと、受け取った招待状は全て受ける設定にしてしまってよいのではありませんか?(ニッコリ☆)」
どうしたものかと四人が考え込む中、清歌がニッコリとのたまった。
考えるのを放棄するかのような発言に弥生は一瞬ギョッとしたが、意外に悪くないかもしれないと思い直した。
結局面識があるとはいってもそれは露店のお客さんとしてちょっと話した程度で、自分たちがこれまでに深く関わった冒険者なりギルドなりは皆無だ。であれば、全ての招待を受けてしまって、後はシステムの選別に任せてしまっていいのではなかろうか。――悩む必要もなくなるし。
そう弥生が説明すると、絵梨たち三人もそれに同調した。
「結局、俺らは招待を受けても受けなくても、殆ど初対面と変わらんっつーわけだ」
「ふむ。ならば平等に、全て受けて問題ないか」
「そね、その方針でいいんじゃないかしら」
他のギルドの思惑などつゆ知らず、相変わらずのマイペースでイベントの準備を進めるマーチトイボックスの面々なのであった。
“こだわりのある魔物使いの集い”にしようかと思ったのですが……やめておきましたw