#7―16
とあるオフィスのとある一室にて、<ミリオンワールド>開発陣の主要メンバーが定例の会議を行っていた。
「……という訳で、運営からの報告によれば最前線を進んでいるギルドが、スベラギ南のボスを斃して次のエリアの探索をしています。進捗は……おおよそ三割程度というところでしょうか」
「第二の町はもう目と鼻の先か……」
「あー……いえ、もうちょっとかかるかと。斥候系のプレイヤーが主体になった探索部隊が先行している形なので」
「へぇ~。探索専門の部隊を戦闘組とは別に出せるんだ。そいつは大手だねぇ。……ん? それで戦闘部隊は何をやっているんだい?」
「戦闘系プレイヤーは新人の育成をしているみたいです。レベリングをしたり、ギルド資産で必要なアーツを習得させたりと……そんなところですね~」
「おや? 正式稼働からの新規参入組がもうギルドに加入してるんですか?」
「はい、している人もいます。ギルドへの加入は冒険者協会を利用できるようになればできますので。……といっても新規参入組でレベル十に達しているのは、まだ三割といったところですから、それほど多くはありませんが」
「なので実働テスト組が正式稼働を機に、続々とギルドに加入を始めたようですね。ギルドがメンバー募集に力を入れ始めたっていうのもありますけど、私が思うに、新規組の追い上げを気にしたレベル二十未満の中堅プレイヤーが、ギルドへの加入を決めたってところじゃないかと」
「あはは……、まあ気持ちは分かる。先行プレイヤーとしてのプライドみたいなものはあるだろうからね。……で、ギルドって今はどのくらいの規模になってるのかな?」
「系統別に最も大きいギルドを挙げますと、戦闘系ギルドは“ワールドエクスプローラーズ”で四十三人、生産系ギルドは“クローバー工房”で二十二人、商人系ギルドは“八百万商会”で五十人となっています」
「若干補足しますと……八百万商会は町での商業活動をメインにしてるんですが、自前で狩りや採取を行ったり、商品の生産もしたりもするギルドなんで、一番大きいんです。いわば総合系ギルドって感じですね~」
「なるほど。それとは逆に生産系ギルドはだいぶ少ないように感じるけど……」
「あっ、それはですね~、生産系ギルドは得意分野ごとに十数人程度の小規模ギルドを作っている場合が多いからです。クローバー工房は全ジャンルの職人がいるので一番大きいんですけど、割と新興ギルドなので、職人レベルが一番高いのは専門系のギルドですね」
「ほほ~、つまり専門家集団の方が技術力は高いってことか。ふむ……同系統の素材を大量に入手して融通し合うことで、効率よく職人レベルを上げてる、ということなのかな……」
「それと、そういった集団の方が生産活動にのめり込んでいる、ということかもしれませんね」
「ああ、単純にかけている時間の差か。確かに一つの分野に拘って集まってる集団の方が、ハマっているって感じはするね。……なんにしても、先発組も後発組もこちらの予測からは大きく外れてはいないようだね」
「はい。これならスケジュール通りに、次のイベントを実施ということで良さそうです」
「うん。じゃあ、各自予定通りにイベントの準備に入って欲しい。よろしく!」
「了解でーす。……あ、運営の方から妙なギルドがいくつかできているっていう報告があるんですけど……興味あります?」
「へぇ、妙なギルド?」「それはちょっと気になりますね」
「では、発表しまーす! まず、なんか妙に顔が広いオネェキャラのプレイヤーがマスターの“アタシとふれんず”というギルドです。活動方針は戦闘系よりの総合っていう感じで、まあ普通のギルドなんですけど、コスプレしてたり、話す時に妙な語尾を付けたりする、いわゆる“なりきりプレイヤー”を集めたギルドらしいです」
「それは……、なんだか濃ゆい集団だねぇ。テキスト入力のチャットならまだしも、VRで変な語尾を付けるっていうのは……なんていうか、結構勇気がいるよね」
「勇気ですか……、確かにテキストチャットでも結構鬱陶しい時がありますからね。……ええと、他にも妙なギルドが?」
「次は……そうですね、ではちょっとクイズです。ギルドの名前は“スベラギ警備員”ですが……、活動内容はどういうものだと思いますか?」
「スベラギ警備員? 別に本当にスベラギの治安維持に協力してるとか、プレイヤーの迷惑行為を見回ってるとかではないですよね?」
「警備員……警備員……、ああ! もしかして自宅警備員ってことなのかな?」
「正解です。要するに戦闘に馴染めずに、スベラギに引き籠ってしまったプレイヤーの集まりですね。商人系と職人系を合わせた活動をしつつ、それで稼いだお金で街歩きを楽しんでいるようです」
「そういう楽しみ方もありだからね。……ああ、でも少なくともギルマスはレベル二十を超えてるはずだよね。それも町の中でレベル上げをしたのかな?」
「そのようです。職人作業と商売、それからこまごまとしたお使いクエストなんかで地道にレベルを上げたようですね」
「ある意味、根気があるプレイヤーさんですよね~。さて、お次は“ハイランカー”というギルドで、こちらもまあ引き籠り系プレイヤーに近いんですが、アトラクション島で遊ぶのをメイン活動にしてるそうですよ」
「へぇ、冒険者でアトラクションの方にハマる人もいるのか……。それはちょっと意外だね」
「ええ。……ところでそのギルドはアトラクションで遊ぶ軍資金を、どう調達しているんです?」
「ハイランカーのメンバーはアトラクション島が導入される前に、割と普通に冒険をしていたプレイヤーが多いんです。なので、アトラクションで遊ぶための資金程度なら、採取や狩りで稼ぎ出せるようです。ちなみにレベルは二十前後ってとこですね」
「あ、資金に関連した話でもありますが、先日ハイランカ―のマスターから、アトラクションのプロリーグを作って欲しい、という要望……というか、願望が届いたとのことです。まあメインはあるアトラクションのルール的な抜け穴に関することの報告で、プロリーグに関する話は追伸というか雑談のような形で書かれていたようですが」
「プロリーグかぁ……。面白そうだね」
「面白そうではありますが、現状では不可能でしょう。そもそも“プロ”を名乗れるほど熟練したアトラクションのプレイヤーが、リーグを作れるほどいるとも思えません」
「それもそうか。……ああ、でもリーグは作れないかもだけど、観戦してる人たちからおひねりを貰えるシステムを導入するくらいなら、出来るんじゃないかな?」
「……それなら、確かにできますね。“いいね!”ボタンのようなもので、プレイヤーやチームに投票する形にすれば……」
「うん。ワンクリックの金額を少額にすれば、観戦者も気軽に投票できるだろうしね。それで資金を稼げるようになれば、アトラクションに時間を割けるようになるし、当然技術も上がっていくと。……うん、いけそうだね」
「ただその場合、突出して上手になってしまったプレイヤーが、無双する可能性も出てきますね。最初は無双プレイを見るのも面白いかもしれませんが……」
「あ~、やりすぎは周りを白けさせちゃうか……。アトラクションをメインの活動にするプレイヤーがもう少し増えて、切磋琢磨する状況にならないと難しいかなぁ」
「ええ。……ですが検討する価値はありそうですね」
「うん、よろしく! なんだったら、一度賞金の出るイベントでも企画して、競技人口を増やすことを考えてもいいしね」
「……ちょっと、藪蛇になっちゃったみたいなんですけどぉ~(ヒソヒソ)」
「……ええ、藪蛇でした。ですが遅かれ早かれこうなったと思いますよ(ヒソヒソ)」
「ハッハッハ! ま、そうだろうねぇ。……ところで、迷惑行為スレスレを面白半分に繰り返すような、要注意ギルドは出来てないのかな?」
「迷惑行為はそれなりにあるという事ですが、故意に繰り返す人は今のところいないようです。ゲーム内で罪を犯して、NPCに逮捕されるようなプレイヤーも同様です」
「平和で何よりですね。できればアカウント停止処分なんてしたくないですから」
「うん、まぁその辺はこれからもガイダンスでしっかり伝えていくということで。……それにしても、単なるRPGじゃできない、個性的な遊びをしてくれる冒険者が出て来たのは嬉しいことだね」
「あ、妙な……というわけではないのですが、とても“個性的な”プレイをしているギルドが一つあるんです。たった五人の小規模ギルドで“マーチトイボックス”というんですが……」
「マーチトイボックス……。あれ? それって確か、例のアイテム現実出力サービス企画のきっかけになったっていう、おもちゃ屋の名前じゃなかったっけ?」
「ああ。黛家のご令嬢がメンバーにいるっていう……」
「そう、それですっ! なんとトイボックスの皆さんは今、スベラギの遺跡フィールドを探索してるんですよ~」
「へぇ~、そりゃ凄いっ! あの七面倒臭いお使いクエストをクリアしたんだ!」
「……いえ、それはおかしいです。実働テスト終了後のログでは、石板の解読クエストを進めているプレイヤーはいなかったはずです。正式稼働開始直後にクエストを受注して毎日時間いっぱいプレイしたとしても……、やはり時間的にクリアは不可能でしょう。アレはとにかく待ち時間の多いクエストですから」
「え~? ……ああ、でも待ち時間を考えると……やっぱり二週間じゃ無理だね。ログイン時間のタイミングが合わないと、一か月がかりになるクエストだからねぇ」
「……ところがトイボックスの皆さんは正式稼働三日目には、遺跡フィールドに足を踏み入れているんです」
「まさかっ!」「はぁっ!? 一体…………どうやって?」
「つまり、石板を自力で解読してしまった……ということです。どうやら正式稼働までの休止期間中に、現実で演奏の練習までしていたようです」
「あ、ちなみにトイボックスさんはクリアした後でNPCに楽譜の解読法を教えていましたよ。そのログを確認してみたんですが、やっぱり自力で解読したようですね~」
「信じられませんね……。それに五人では演奏者が一人足りないと思いますが……」
「それは一人がギターで二パートを担当することで対処していました。後は打楽器が二パートと、メロディーは二人が歌ってクリアです。今は……中ほどに到達して、ステルスドラゴンを撃破したところです」
「おや? クエストは超ショートカットしたっていうのに、探索の方はけっこうゆっくりなんだね」
「彼らは別にクエストをショートカットしたつもりはないんでしょうが……。まあ、でも確かにゆっくりですよね……」
「実は私もちょ~っと気になってログを見てみたんですが……、先日までかなり長い時間ホームに引き籠ってたみたいなんですよ。……で、何をやっていたと思います?」
「おっ、またクイズかい? これで普通に生産活動をしてた……なんていうんじゃ、クイズにならないよねぇ……」
「ですねぇ。……確かブランケットドラゴンを持っているプレイヤーですから、従魔と遊んでいたとかですかね? でもそんなに長い時間遊べるかな……」
「あ、従魔をモフっている時もあるんですが、それはメインじゃないんですよ。ちなみに生産活動をしていたわけでもありません」
「う~ん、降参!」「私も思い浮かびませんね……」
「では、正解を発表しま~す! ……どうもトイボックスさんは、ホームで勉強をしていたようなんですよ」
「勉強? それは現実の学校の……ってこと?」
「本当に、ゲーム内で勉強をしてたんですか?」
「はい。ログからはそのように見受けられます。認証パスの画像データを開いているので、恐らく教科書や参考書を撮影して準備していたのだと思います」
「あ~、そういう方法を使えば、教科書を<ミリオンワールド>に持ち込めるのか、考えたねぇ~」
「ですが、いい思い付きかもしれません。ゲーム内で勉強というと突飛な感じですが、VRなら腹が減ることも、トイレに行きたくなることもありませんからね」
「時間も三倍になりますからね~。学生ならではの思い付きだと思います」
「私は大学受験を思い出して、ちょっと彼女たちが羨ましくなりました……」
「ハハハ。……しかし考えてみれば、我々開発サイドですら、<ミリオンワールド>では遊ぶものだと決めつけてしまっていたということだよ。そこに勉強を持ち込んだ彼らの柔軟性には、素直に驚かされるね」
「はい。例のオリジナルお土産アイテムといい、石板クエストのショートカットといい、確かに個性的なプレイをしていますね。要注意……いえ、要注目ギルドですね」
「うん、今後が楽しみだ!」
マーチトイボックスがステルスドラゴンを撃破した日の翌日のこと、タイミングが良いのか悪いのか、“秋の収穫祭”と銘打たれたイベントの開催が告知された。
十月の第二週、日曜に始まり土曜に終わるというスケジュールで、参加プレイヤーは一定数のチームに振り分けられ、期間中は専用の島でのみプレイすることになる。このイベントには素材アイテムと消耗品、そしてお金を持ち込むことができず、代わりにイベント中の通貨であるコインを一定数支給される。
最終的にはこのコインの総獲得数――個人とチーム全体で評価される――で成績が決まる。イベント参加者はそれぞれの成績に応じた賞金と経験値を入手でき、また獲得したコインは様々な景品と交換が可能となる。ちなみに景品リストはイベント終了後に発表となっている。
コインの主な入手方法は、イベント島に生息する数多くの植物系魔物を討伐するとドロップする作物を、これを拠点となるベースキャンプの倉庫に納品することである。その際、イベント限定レシピで加工品にしてから納品すると入手コインが増えるようになっている。
コインはアイテムを作成してベースキャンプの無人販売所に納品したり、武器や防具を修理したりすることなどでも入手できる。他にも採取や探索、倉庫の整理、チーム専用掲示板の管理などなど、様々な形でチームに貢献するようなことをすれば、その都度コインを入手できるようになっている。
魔物の強さも、弱いものはレベル一の始めたばかりのプレイヤーでも対処可能なものから存在しているので、普段は街中で遊んでいるプレイヤーでも十分コインを稼げるようになっている。
そしてイベント期間中、一体の超巨大な魔物が不定期に出現し、これは組んでいるパーティーに関わらずチーム全体で対処することになる。いわゆるレイドボスであり、討伐できれば大量のコインをチーム全体で入手できる。
チームはログイン時間やレベル帯、取得している心得や得意分野などからなるべく平均的になるように調整されることになっている。ギルドや一緒に遊んでいるグループなどで同一のチームになりたい場合は、事前に参加メンバー登録をしておくだけでいい。また、同じチームに誘いたい個人やギルドなどがいる場合には、イベント参加登録後に発行できるようになる招待状というアイテムを相手に渡す必要がある。受け取った側は、招待を受ける設定にしておけば同一のチームになる確率がかなり高くなる。
なお、仮にハイレベルのプレイヤーのみで一つのチームが構成されてしまった場合は、レイドボスが若干強くなるなどのハンディキャップが課せられることになる。
「イベントの趣旨は初心者支援と、資金難に苦しむプレイヤーの救済、それからレイドボスの実装テスト……ってところじゃないかしら?」
「全体的な印象はそうだな。……もしかすると、戦闘に馴染めないプレイヤーも相当数いるのかもしれないな。こういう形にすれば、自然に他のプレイヤーから支援を受けられるからな」
「ああ、なるほど。そういう意味でも初心者支援になるんでしょうね」
今日も今日とて放課後にワールドエントランスへと向かう道すがら、発表されたイベントの内容に関して、絵梨と悠司がそれぞれ感じた印象を語る。
衣替えも間近となった現実の街並みは、次第に秋の気配を感じられるようになってきている。若干風の涼しい今日は、普段から長袖のブラウスを着ている清歌だけでなく、弥生と絵梨も長袖を身に着けていた。
季節の変わり目は体調を崩しやすいものだが、この五人はそういったものとは無縁のようで、今日も元気にお喋りの花を咲かせている。
「ふむ。俺たちは初心者でも資金なんでも無いから、趣旨から言えば当てはまらないわけだが、リーダーはどうするつもりなのだ?」
「もちろん、参加だよ~! って、そんなこと分かり切ってるんだから、わざわざ聞かなくても……」
「いえいえ。やはりこういう決定には、弥生さんの鶴の一声が無ければ」
「も~、清歌までそんなこと言って……」
ニッコリのたまう清歌に、弥生は口を尖らせる。もっとも口調が少し弾んでいるので、照れ隠しなのはバレバレである。
「ま、参加するっていうのに異存はないんだが……、問題は遺跡の探索をどうするかだな。ちょっとイベントの準備もしておきたいところだし……」
「準備? 素材と消耗品は持ち込めないのだから、準備できることなど大して無いのではないか?」
「いや、だからこそ職人レベルを上げておきたいと思ってな。ついでに装備のグレードアップと予備も作っておきたいし……、結構準備することはあるぞ」
このイベントの目玉は何と言ってもレイドボスだ。強敵だろうし、戦闘中に武器が破損することだってあり得る。予備の武器を持っていればベースキャンプに戻って修理する必要もなく、継続して戦うことができる。また修理にも素材が必要なのだが、その素材がイベント島で入手できるとは限らないのだ。
絵梨にしても回復アイテムは重要なので、イベント島に入ったらまずは採取とポーションづくりをすることになるだろう。その際、職人レベルが高いに越したことは無いのだ。
このところ試験勉強と遺跡探索に注力しており職人作業をしていないので、ここらでガッツリとレベルを上げておきたいと、悠司は考えたのである。
「初めてのレイドボスだし、不測の事態はあり得るよね……、っていうか絶対なんかあると思う。じゃあ、遺跡の探索は一旦中断しようか? 一応ゴールの場所は分かったんだから、焦ることは無いし」
弥生の決断に四人が同意する。となると弥生と聡一郎はレベル上げと素材集めを兼ねた狩りに、絵梨と悠司は職人作業をすることになるのだが――
「清歌はどうする? また魔物探しに出かける?」
「たまには俺たちと狩りに出かけるというのもありだが……」
清歌は一応職人系のスキルを身に着けているが、これまで全く育てていない。今からイベント開始まで職人仕事をやってみるのも選択肢の一つ――と考えたところで、弥生たちに伝えておかなければならないことを思い出した。
「そういえば、皆さんにお伝えしなければならないことがありました。アイテムの現実出力サービスの話ですけれど、十月の中旬に開始と決まりました。ちょうどイベントが終わった頃からですね」
「お~、遂に決まったんだ。楽しみだね~」
「はい。……そういう訳なので、私はちょっと新商品の開発をしてみようかと思います。それと、このところお休みしていた露店の方も開いてみようかと」
「そっか、たまには露店も開かないとね。……じゃあ今日は戦闘組と生産組に分かれて活動だね。気分転換がてら露店も開くってことで、どうかな?」
「はい」「ええ、そんな感じでいきましょ」「オッケ」「了解した」
ログイン時間も折り返しを過ぎたところで、マーチトイボックスの五人はキリのいいところで露店を開くことにした。
狩りに出かけている二人よりも先にいつもの露店スペースに到着した清歌たち三人は、手慣れた感じで開店準備を始める。
「なんだかんだでこの店にも慣れたっつーか、やり始めると結構楽しいもんだよな」
「そね。最初はこのラインナップで大丈夫かしらって思ったけど、蓋を開けてみれば結構イイ感じだし、何より意外なことも起きたものね」
「ふふっ、確かにそうですね。運営の方から連絡が来た、と聞いた時には何事かと思いましたけれど……」
「あ~、あれには驚いたわな」
「ああいう時って何故か、良くない方向に考えがいくのよねぇ……。何でなのかしら?」
「それはアレだ。普段のおこな……」「何か言ったかしら?(ギロリ)」「いやいやいや、何も言っておりませんよ。ハイ」
準備の手を止めることなくコントじみたやり取りをする二人に、清歌はクスクスと笑いを零しつつ、似顔絵屋の方の準備を始める。ちなみに最初に設置した椅子には既に飛夏が鎮座し、その上にはコミックエフェクトで“準備中”の表示がグルグルと回っていた。
そろそろ準備も終わろうかという頃――
「「あの……、すみません、お、お姉さま!」」
――と、まだ幼い印象の残る声に呼びかけられた。二つの声が、ちょっとどもったところまで見事にハモっている。
「はい?」「「お姉さま?」」
そのちょっと普通ではない呼びかけに、絵梨と悠司は思わず問い返した。この場合、当たり前のように自分が呼びかけられたと理解し、普通に応対した清歌の反応の方がどちらかと言えばおかしい。――慣れとは恐ろしいものである。
清歌に呼びかけたのは、恐らく中学生くらいの冒険者の二人組で、ショートカットとポニーテールがそれぞれよく似合っている元気の良さそうな女の子だった。そしてショートカットの子は肩にオウムを丸っこくしたような鳥を乗せ、ポニーテールの子は足元にイノシシの子供――いわゆるウリ坊――を連れていた。
二人は交互に、しどろもどろになりつつもどうにか自己紹介をして、さらに自分たちは小規模ながら――といっても八人なのでマーチトイボックスよりも多いのだが――魔物使いだけのギルドを作ったのだと説明した。
「じ、実は私たちは以前から、たくさんの従魔を従えているお姉さまに憧れていまして……」
「次のイベントでは、ぜひお姉さまと同じチームで、その……ま、魔物使いの闘い方を、間近で拝見したい、と、思いまして……」
二人は一旦言葉を切ると、大きく深呼吸してから顔を見合わせ、一つ大きく頷いた。
ショートカットの子がウィンドウから一枚のカードを取り出すと、ガバッと頭を下げつつ、両手でカードを清歌へ差し出した。同時にポニーテールの子も同じように頭を下げる。
「「よろしくおねがいしましゅ!!」」
今度は噛んだところまで見事にハモっていた。
清歌はチラリと横目で絵梨と悠司にアイコンタクトを取る。二人とも微笑ましいものを見るような表情で、小さく頷いた。
「私もギルドで参加するつもりですから、必ずしも同じチームになれるとは限りませんけれど、それでもよろしいですか?」
「「はいっ!」」
「では、こちらは受け取っておきます。二人とも、ありがとう」
カードを受け取った清歌が笑顔でお礼を言うと、顔を真っ赤にした二人は元気よく「ありがとうございました!」と再度頭を下げると、きゃあきゃあ騒ぎながら走り去った。
二人の勢いに呆気に取られていた三人は、数秒の硬直の後、同時に大きく息を吐いた。
「ふふっ、こちらまで緊張してしまいましたね」
「あ~、なんつーか、見てるこっちがハラハラしたな」
「同感。……それにしても清歌はずいぶん余裕のある対処だったわね。さすが、と言うべきかしら(ニヤリ★)」
人の悪い笑みを浮かべる絵梨に、清歌は肩を竦めて見せる。
と、そこへ外から帰って来た弥生と聡一郎が現れた。びみょ~な雰囲気を漂わせる三人を見て、二人とも怪訝な表情をしている。
「ただいま~。……って、何かあったの?」
「え~っと、なんつーかアレだ、清歌さんがファンレターを貰った……みたいな?」
「そね。まあ、内容としてはそれで合ってるんじゃないかしら?」
「もう、お二人とも。弥生さん、受け取ったものは別の物ですから、真に受けないでくださいね」
「え? え? ……何の話なの?」
突然飛び出て来たファンレターなどという言葉に、目を白黒させてしまう弥生なのであった。