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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第七章 石板の……謎?
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#7―15




 ステルスドラゴンの右前脚に弥生のグラビティヒットが炸裂し、態勢を崩したところに聡一郎が飛び蹴りで纏勁斬オーラブレードを横っ面に叩きこんだ。ステルスドラゴンがたまらず仰け反って叫び声を上げ、そこに悠司と絵梨が遠距離攻撃で追撃を加える。


 この隙を逃さず背後に回り込んでいた清歌が、身を隠していた花壇から飛び出して一気に肉薄する。完全に隙を突いていたはずなのに尻尾による薙ぎ払いが襲い掛かるが、これを予期していた清歌は軽やかに跳んで躱すと、更にエアリアルステップで宙を駆けてステルスドラゴンの背中に着地した。


 すかさず清歌はマルチセイバーのワイヤーを首に巻き付け、ショックバインドで怯ませつつ背を走る。頭の上に辿り着いた清歌は、ワイヤーを回収したマルチセイバーを素早く二つに分割すると、二本の光の刃をギョロリと動く左の眼玉に突き立てた。


「グギギィェェーー!!」


 叫び声を上げて頭を振る頭の上で、清歌は素晴らしいバランス感覚でしばらく留まっていたが、口を開けたステルスドラゴンが首を大きく上から下に振ったタイミングに合わせて飛び降りる。


「ユキ、ウィンドカッター、静は真下から顎に突撃!」


「五連マジックミサイル!」「ハンマーショット!」


 ブレスを吐こうとしている口に雪苺とそのエイリアスからの魔法が炸裂し、真下の石畳の()から跳び出した静が魔力を纏って突撃する。従魔たちの攻撃で上がった顎に絵梨の魔法と悠司のアーツが追い打ちをかけて、頭がほぼ真上に上がったところでブレスが放たれた。


 着地して振り向いた清歌は前衛の二人とともに再度接近――しようとしたのだが、尻尾で薙ぎ払って来たので、三人は足を止めざるを得なかった。


「仕切り直すわ! 全員、一旦花壇の影に退避!」


 敵がこちらを近づけさせないつもりならこれ幸いと、絵梨が作戦を立てる時間を確保するために距離を取るように指示を飛ばす。


 花壇の影に隠れたマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、これまでの戦闘から得られたステルスドラゴンの情報を分析する。


『ギョロッとした目が微妙に面白い見てくれだけど、仮にもドラゴンの名を冠しているだけのことはあるわ。……手強いわね』


『うむ。だが防御力はそれほど高くないようだ。パンツァーリザードのように攻撃が全く徹らないということは無い』


『確かに俺の通常攻撃でも、当たれば普通にダメージが出るからな。っつーても、HPがバカ高いからなるべく弱点を突きたいんだが、あの尻尾がなぁ……』


『あ~、あの尻尾に遠距離攻撃は結構叩き落されてたよね……。先っちょの方は鱗で覆われてて、防御力も高いみたいだし』


『視界の広さも問題ですね。後ろからこっそり近寄っても確実に気づかれてしまいます』


 これまでにステルスドラゴンが繰り出してきた基本的な攻撃方法は、前足の爪による斬撃と長い尻尾による薙ぎ払い、そして口から吐き出すブレスの三通りだ。


 攻撃力そのものはブレスが最も高いのだが、大きな予備動作があり、またここには花壇という遮蔽物があるので、避けるのは割と簡単だ。また先ほどのようにタイミングに合わせて頭に攻撃を命中させれば、射線をずらすことも出来るので、これまでに直撃を受けたことは無い。見た目こそ派手ではあるが、注意していれば脅威になるものではなかった。


 それよりも地味に厄介なのは尻尾の方である。普段ぐるっと巻いているために伸ばしてきたときの間合いを測りにくく、しかも自在に動かしてくるのだ。先の方は硬い鱗で覆われているため、ぶつけられるとかなりの衝撃とダメージがあり、また遠距離攻撃の防御にも使われるという攻防両面に使える武器なのである。


 そしてこの自在に動く尻尾を最大限に活かせる視界の広さが、ある意味清歌にとっては致命的に相性が悪かった。


 戦闘時にはマトモな装備品を身に着けるようになったとはいえ、基本的な攻撃力と防御力がともに低い清歌は、隙や死角を突いて接近して弱点に攻撃を加え、反撃を受ける前に離脱するという戦い方をする。清歌の身体能力があればこその戦法で、実際に戦果も挙げてきたのだが、今回の相手はカメレオンを模しているだけあって死角が殆どない。先ほどの攻撃も頭まで登ることができたのはショックバインドが効いたからであって、実のところ尻尾に邪魔されて既に二度失敗している。


 五人は相談しつつ花壇の影に隠れたまま移動し、位置を変えながら断続的に遠距離攻撃でステルスドラゴンを牽制して釘付けにしている。ちなみにどうでもいい話だが、しゃがんで移動している清歌の後ろには、静がのたのたとついて歩いていて、そこだけみょ~にほのぼのとした空気が漂っていた。


『このままHPを削り切るのは時間がかかり過ぎるわね。あのでっかい目玉か尻尾のどっちかの部位破壊を狙うのが良いと思うけど……、どうかしら?』


『そうだな……俺は目玉に一票。さっき清歌さんが左目に結構ダメージを入れたから、多分他を狙うより早いだろ』


『私も悠司さんと同意見です。死角を作れば戦いやすくなると思いますので』


『直接厄介なのは尻尾の方だが、確かに目玉の方が破壊し易そうだ。俺もそちらに一票だ』


 残るはリーダーたる弥生の意見だけなのだが、当の弥生は花壇の影からステルスドラゴンを盗み見つつ眉を寄せていた。


『弥生さん。何か懸念があるのでしょうか?』


『え? ああ、ゴメンゴメン。私も目玉を狙うのに賛成するよ』


『じゃあ、全会一致で左目を狙うってことでいいわね。……で、弥生は何が気になってるの?』


『……う~ん、なんでアレは姿を消さないんだろうな~って、思ったんだけど……』


 弥生の指摘に四人は「そういえば」と、思わず足を止めた。戦闘前は姿を消して当たり前と考えていたのだが、これまでにステルスドラゴンは姿を消すような能力を一度も使っていない。


『言われてみれば……。けどまぁ、ダメージ量で攻撃パターンが変わるってのも良くある話だし、ヤツもその類なんじゃねーか?』


『うん。だからもしかしたら部位破壊をしたら、それが来るのかもなーって考えてたの』


 ゲーマーらしい弥生の分析には説得力がある。部位破壊で戦闘が有利になると思いきや、どっこい姿を消す能力を使うようになってさらに厄介な相手に変貌する――などという意地の悪さは、ありそうな話である。


『なるほどね。……じゃあ皆、とにかくまずは集中攻撃で左目を破壊しましょ。ステルス能力については引き続き留意するように! 清歌、尻尾に邪魔されないようにユキの魔法で引き付けておいてくれる?』


『承知しました。私はワイヤーで頭の動きを抑えられないかやってみます』


『じゃあ私はその頭を叩き落とすから……』


『うむ。俺はそこにアーツを叩き込めばよいのだな』


『そういう流れなら、俺がまずアーマーピアッシングで防御力を下げといた方がいいな』


『分かったわ。じゃあ、悠司のアーツと私の魔法で戦闘再開ね』


 段取りを確認した五人は牽制を入れつつコソコソと移動して、ステルスドラゴンの正面やや右寄りに集結した。


 弥生がアイコンタクトを取り四人が頷いた。強化魔法を掛け直して準備を整えた後で、ライフルを構えて左目に狙いを定めた悠司がカウントを取る。


「三、二、一、アーマーピアッシング!」「五連マジックミサイル!」


 二人の攻撃に合わせて清歌が花壇を跳び越えて走り出し、弥生と聡一郎もその後に続いた。と、同時に雪苺と静による尻尾への波状攻撃も始まった。


 敢えて深く飛び込んで前足のひっかき攻撃を誘った清歌はバックステップでそれを躱すと同時にワイヤーを飛ばし、トサカと角に引っかかる形で上手に巻き付けた。


「ショックバインド! 弥生さん!」


 アーツで怯ませるもステルスドラゴンの首の力は強く、能力値的に軽い――現実リアルの体重も重くはないが――清歌では、魔法で重量を増していてもそう長くはもちそうにない。足を踏ん張り、必死にワイヤーを引っ張りながら弥生に呼びかける。


「ちょっとだけそのままで! ハイジャンプ! からの~、ブーストヘヴィーインパクト~!!」


 弥生が得物を上段に構えて大きく跳び、ギョロッと飛び出ている左目の上部目掛けてアーツを放つ。アーツの震動効果に加えて地面に叩き落とされた衝撃で、ステルスドラゴンが一時的に気絶ピヨピヨ状態に陥る。この隙を逃さず聡一郎が素早く接近する。


「掌底破・双!」


 聡一郎のアーツに続き、弥生が破杖槌で殴り、清歌が槍形態にしたマルチセイバーを突き立てる。いわゆるタコ殴り状態である。


 もっともそれも長く続くことは無かった。清歌の攻撃により耐久力の減っていた左目は、程なくしてパリンと割れるような音を立て、光の粒となって消滅した。


「ギィア゛ァァーーー!」


 ステルスドラゴンが叫び声を上げて、三人を振り払うように体を回転させて尻尾で薙ぎ払う。これを聡一郎はバックルの機能で弾き、弥生はシールドを張って受け、清歌はジャンプとエアリアルステップで回避する。


 これまでのパターンだと、尻尾で薙ぎ払った後にブレス攻撃が来ることが多かったのだが――


「へ!?」「逃げ……ました?」「え、ええ」「あ、ああ、逃げたな」「正確には逃げ込んだ……か?」


 なんと半回転したステルスドラゴンは二本脚(・・・)で脱兎のごとく走り出し、屋敷のドアを体当たりで乱暴に開けると中に入ってしまったのである。


 たっぷり数秒はポカンと立ち尽くしてしまった五人は、顔を見合わせてなんとなく吹き出してしまう。


「あはは……、攻撃パターンが変わるかとは思ったけど、まさか屋敷の中に逃げ込むとは思わなかったよ……」


「ふふっ、そうですね。この場での不利を悟って戦場を変えたということかもしれませんけれど、あの姿は……」


「ありゃー、カメレオンっつーより、エリマキトカゲみたいだったな。なんにしてもドラゴンらしさはかけらもないわな」


「確かにいささか間の抜けた姿だったな。……だが、逃げ込んだということは、屋敷の中の方が奴に有利という事なのだろうな」


「そね。気を引き締めて、慎重に入りましょ。……フフ、まさかあの笑える姿で油断を誘うつもりだったのかしらねぇ?」


 仕切り直すならば望むところと、五人はこれまでに消耗したHPとMPをアイテムで回復させると、扉の両脇に移動した。


 両開きの立派な扉の両脇に立つ聡一郎と弥生が、半開きになったままのそれを全開にして中をこっそり覗き見る。


 扉の先はホールになっていて、正面奥には大きな階段があり踊り場から左右に分かれて二階へと繋がっている。二階は正面と左右に回廊状になっている廊下があり、扉がいくつか見えた。本来なら扉側の壁面にある窓から光が差し込み日中は明るいのだろうが、古ぼけたカーテンで閉ざされているために薄暗かった。幸い広さは申し分なく、二階の廊下で戦うのでもなければ十分破杖槌を振り回せるだけのスペースがある。


 ちなみにこういったお屋敷のホールには付き物のシャンデリアや、壁面に飾られる絵画といったものはどこにも見当たらなかった。


「奴の姿は見えるかしら?」


「ううん、私の方からは見えないよ」「俺の方からもだ」


 二人の報告を受けて絵梨が清歌とアイコンタクトを取り、頷いた清歌は静を抱き上げた。残念ながら扉の中と外は、表面材質テクスチャーが連続していないので、潜行したまま中に侵入できないのだ。


 まずは弥生と聡一郎が慎重に屋敷へと足を踏み入れ、二人の影に隠れて清歌は静をホールの上に降ろし、潜行させてホールの中央辺りまで進ませる。なお潜行させた静の姿は見えなくなるが、パーティーメンバーにはマーカーで位置が分かるようになっている。


 全員が扉の内側に入り武器を構えたところで、弥生が声を掛ける。


「みんな、どこからヤツが来るか分からないから気を付けて! 清歌、お願い」


「はい。では……静、アクティブソナー(ヒソヒソ)」


 潜行中の静にわざわざ声を掛ける必要はない――というか基本的に念じるだけで意思疎通による指示ができる――のだが、タイミングを仲間たちに知らせるためにも小声で指示を出す。するとポーンという小さな音と共に、ホールの中央辺りから透明の波紋のようなものが広がり、床を伝い、さらに壁と階段を上り広がってゆく。


 波紋が正面の階段を上り、踊り場の正面の壁を登ったところでステルスドラゴンの姿がぼんやりと浮かび上がっていく。姿は透明のままだが屈折率の違いで形が分かるというようになっており、言い換えると同じ形状の水の塊がそこにあるように見えるのである。


 ステルスドラゴンは尻尾を二階の手すりに絡ませて壁に張り付き、こちらを待ち構えていた。恐らく部屋の中央辺りまで進んだところで、ブレスで一網打尽にするつもりだったのだろう。


「相手に気付かれる可能性もあると、説明には書かれていましたけれど……(ヒソヒソ)」


「ヤツには気づかれてないみたいだね。ふっふっふ、これは好都合(ヒソヒソ)」


 アクティブソナーに気付いたのなら何らかの反応がありそうなものだが、ステルスドラゴンは透明化能力を解除することなく、壁に張り付いたままこちらの方をじっと見つめている。


「で、どうするよ? 遠距離攻撃で畳みかけるのか?」


「フフフ……、敢えて見えない振りをして、ブレスの射程に入らないように気を付けて放置プレイを楽しむってのも面白そうじゃない(ニヤリ★)」


「……絵梨、あまりおちょくって油断していると、手痛いしっぺ返しを食らうかもしれんぞ」


「生真面目ねぇ、ソーイチは。……でもまあ、おちょくるのは止めときましょうか。もう少し接近して遠距離攻撃で怯ませつつ、前衛が一気に接近して攻撃……がいつものパターンかしら?」


「りょ~かい。じゃあ、静がいるちょい手前くらいまで歩いたら、一気に行くよ~」


 周囲を警戒しているフリをしつつ五人はブレスの射程に入る手前まで歩き、悠司のアーツと絵梨の魔法による攻撃を合図に攻撃を再開した。


 聡一郎がステップを利用して一足飛びに接近、弥生は速射魔法弾を撃ちまくりながら突進し、清歌は右斜めに走り階段の手すりを足場に跳び、エアリアルステップを使って死角に回り込み、それぞれ攻撃を叩きこんだ。


 屋敷の中は確かにステルスドラゴンにとって有利な場――のはずだった。姿を消しつつ二階の手すりに尻尾を巻き付けて縦横に移動し、予測できない場所からブレスを吐いてきたり、背後から尻尾を巻き付けて振り回したりしてくるはずだったのだ。


 そうなれば薄暗い屋敷の中で、どこから来るか分からない攻撃に対処し続けることとなり、かなりの緊張を強いられることとなったはずだ。無論、長期戦になる可能性も高く、場合によっては撤退を余儀なくされたかもしれない。


 しかし彼女たちの場合、敵の切り札である透明化は事実上無効化できているために、単に立体的な機動をするようになっただけに過ぎない。しかも庭園での戦闘で左目を潰しているため、死角ができている。差し引きで言えば、外で戦っていた時よりも若干有利になっているとさえ言えるのである。


 こうして五人が優勢な状態で戦闘は推移し、遂にステルスドラゴンの残りHPが二割を切った。


「よ~っし! あと一息!」


 弥生が気合を入れ直したその時、階段の踊り場にいたステルスドラゴンが大きく口を開けた。五人ともブレスが来ると思い、避けるタイミングを見極めようと身構えた。


「……えっ? チャージの反応が、無い?」


 この時、誰もが失念していたのだ。敵がドラゴンであってもカメレオンをモチーフにした魔物であったことを。そしてこの戦闘が始まった直後に悠司が言っていた台詞を。


 そう、大きく開いたステルスドラゴンの口から飛んできたのは、ブレスではなくイイ感じにねっちょりとした長い舌だったのである。


「えっ! ウソ、うぎゃぁ~、キモチワルイ~~、いやぁ~~!」


 たまたま正面に立っていた弥生がものの見事に捕まり、腰の辺りに舌が巻き付いてしまった。幸い能力値的にメンバーの中で最も重い弥生は、そのまま振り回されるようなことは無かったがじりじりと引っ張られている。テレビゲームならばともかく、このリアルなVRでトカゲの口にパクリとやられるのは、はっきりいって御免被りたいところである。


 予想外の攻撃に呆気に取られてしまっていた四人だが、弥生の悲鳴を聞いて真っ先に我に返った清歌は鋭く目を細めると、ワイヤーを飛ばして伸びた舌の真ん中辺りに絡ませた。


「ちょっとお仕置きが必要なようですね……。ソーンエッジ」


 何やら妙に据わった目つきの清歌が、レベルの上昇で新たに覚えた鞭のアーツを発動させる。これは斬撃属性を持つ魔法の刃を鞭の表面に発生させるもので、攻撃力が上昇するだけでなく、確率で出血の状態異常を発生させることができるというものだ。ちなみにいわゆる連結剣のように繋げると両刃の剣になるような形状ではなく、十字になった小さな三角形の刃四枚のセットが、少しずつ角度を変えながら鞭の表面に無数に生えるという、かなり痛そうな見た目である。


 その痛そうな茨と化したワイヤーを、清歌は容赦なく思いっきり引っ張ったのだ。


 鞭の絡まっていた部分が小さな刃に連続で斬り付けられ、まるで血が飛び散っているような赤い光のエフェクトが発生する。


「ウグァラグァラァーー!」


 ステルスドラゴンが叫び声を上げる――のだが、舌を出しているせいなのか、なにやらうがい(・・・)でもしているような緊張感をそぐ妙な声になってしまっている。


 引き抜いたワイヤーを清歌がもう一度振りかぶると、ステルスドラゴンはもう一度アレを食らっては堪らないと思ったのか、弥生を開放して舌を引っ込める。


 しかし清歌の“お仕置き”はまだこれで終わりではなかった。引き戻しつつある舌の先端にソーンエッジを解除したワイヤーを絡みつかせ、そのまま伸ばし続けたのである。


 珍しく非常に攻撃的な清歌に驚き、手を出せずにいた四人がステルスドラゴンの方を見ると、一度引っ込め始めた舌は止めることはできないのか、なんとな~く引きつった表情をしているように見えた。そしてワイヤーごと長い舌を収納し、パクリと口を閉じた瞬間――


「ショックバインド」


 再び清歌がもう一つの鞭アーツを発動させる。体内で炸裂した電撃に抗う術はなく、ステルスドラゴンは数秒体をビリビリと痙攣させた後で、四肢を投げ出して完全にノビてしまった。


 光の粒になって消えてはいないので、一応まだ息はあるらしい。ただしばらく動き出しそうもなく、戦闘中だというのにホールには奇妙な静寂が訪れていた。


「むぅ、見事だ」「お~、ヤッタ~!」「これはまた……」「清歌さん、パねぇ……」


 清歌の情け容赦ない連続攻撃に、四人は若干温度差のある反応だ。聡一郎は普通に感心し、舌の被害者である弥生はお仕置きが決まってちょっとスカッとしたようなのだが、残る二人はちょっと引き気味である。一方、だらしなく口を開けて伸びているステルスドラゴンからワイヤーを引き戻した清歌は、満足げに一つ頷いた。


「清歌、ありがと~。あの舌、ねっちょりしてるし生暖っかいし……とにかくも~、気持ち悪かったんだよぉ~」


「いえいえ、どういたしまして。……まったく、うら若き乙女に舌を巻きつけるなんて……、不埒な輩です!」


 ステルスドラゴンのことを、まるで弥生を嘗め回す変質者であるかのように清歌が断言する。


 ちなみに従魔たちが弥生にじゃれついてペロペロすることもあり、言うまでもなくそれについて清歌が目くじらを立てることなどない。つまるところ弥生が嫌がって悲鳴を上げたことで、清歌はキレてしまったのである。


「魔物の攻撃に紳士性を求めてもねぇ……。それはそうと、取り敢えずアレに止めを刺しちゃいましょ」


 派手な登場から庭園での前半戦はかなり苦しめられたのだが、屋敷に戦場を移してからはビミョ~にいいところがなかったステルスドラゴン。総合的に見ればかなりの強敵だったはずなのだが、最後は憐れにも何の抵抗すら出来ないまま、五人に袋叩きにされて光の粒となって消えたのであった。――合掌。







 ボスを斃すことで解放されたドアを開け、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)一行は屋敷の探索を進め、かつて主人の書斎であったと思しき部屋に宝箱が置かれているのを発見した。


 宝箱の中には換金用のアイテムとレアな素材類が複数入っていて、これまで弥生たちが攻略してきた屋敷で発見したものより質、量ともに一段上だった。最後は何ともあっけない幕切れだったが、ステルスドラゴンはこれまで戦ってきた屋敷のボスよりもかなり強かったので、これは当然と言ってもいいだろう。


 ただこの部屋には、他と異なる点が一つあった。作り付けの本棚は空っぽで、壁には絵画の一つも飾られていないところは変わらないが、立派な机と椅子が残っており、その机の上に一通の手紙がペーパーナイフを重しにして置かれていたのである。


「じゃあ、開けるよ?」


 弥生が手紙を手に取り、仲間たちに確認を取ってから、封蝋で留められた封筒をペーパーナイフで切って中の手紙を取り出す。二つ折りの紙を開くと光が立ち上り、椅子に腰かけた身なりの良い女性と、足元に寝そべる白い獣の姿が、立体映像ホログラムが浮かび上がった。


 清歌はその映像を見て軽く目を見開いた。女性の足元にいる獣が例のユキヒョウそっくりだったのである。とはいえ今その話は関係ない。清歌はそれを口に出すことなく、ビデオレターに耳を傾けた。


 女性の語ったことを掻い摘んで説明すると、このフィールドはかつて交流のあったエルフや獣人たちの技術協力によって都市の一部を浮かび上がらせた、別荘地兼観光地だったらしい。


 当時は様々な種族の行き交う活気のある美しい町だったのだが、ある時、とある魔術師の一団が隠れて行った“口に出すのもおぞましい魔法実験”によって、島の動力炉が暴走、損傷して機能不全に陥り、島の下層が砂漠化。砂漠化自体は中層の一部まででほぼ止まったのだが、インフラや島での生活を支える仕事をする住人たちは下層に集中しているため、結局島を放棄せざるを得なくなったのだそうだ。なお、その魔術師の一団は全員が捕縛され、最終的には処刑されたとのこと。


 そしてこの魔法実験はフィールドの各所へ影響を与え、比較的大きな屋敷が次々とダンジョン化してしまったのである。


 ――と、これだけならばストーリー的なバックボーンが分かっただけで、ぶっちゃけて言えば知らなかったとしてもどうでもいいことだ。が、最後に一つ重要な情報がもたらされる。このフィールド全体の地図が映し出され、ダンジョンになりそうな屋敷の位置と、入り口とは別のポータルが存在していることが分ったのだ。


「ほほ~、ポータルね。っつーことはこっちからも第二の町を目指せるってことか」


「うん、そうみたいだね。話の内容だと、たぶんエルフか獣人の町なんじゃないかな? まあ、なんにしてもこのお屋敷はこれでクリアだね! 取り敢えず撤収しよ~……って、清歌? どうかしたの?」


 撤収を宣言して仲間たちを見渡したところで弥生は、何事かを考え込んでいる様子の清歌に気付いた。


「ああ……、いえ、ちょっと気付いたことがあっただけですので」


「そう? じゃあ、一旦ホームに戻って一休みしようよ。連戦でちょっと疲れちゃったよ」


 書斎を出て、ホールから外へ出たところで一行は足を止め、清歌を除く四人が反射的に身構えた。目の前に例のユキヒョウが待ち構えていたのである。


 弥生たちがユキヒョウを直接見たのは初めてだが、大きさといい毛皮の色といい、先ほどのビデオレターに映っていた獣とよく似て――いや、そのものといっていい。しかし、あの内容は今よりもずっと昔の話だ。魔物の寿命がどの程度なのかは分からないが、全く変わらない姿で生きているなどということが、果たしてあるのだろうか?


「あの子なら大丈夫ですよ、皆さん。少し、私に時間を下さい」


 弥生たちに身構える必要はないと伝えて、清歌はごく自然体でゆっくりと歩み、ユキヒョウの前で立ち止まる。こちらを見上げている頭を優しく撫でて語りかけた。


「このお屋敷のご主人が遺した手紙を拝見しました。あなたは……、普通の獣ではありませんね? 幽霊なのか、精霊なのか……、そういった存在なのではありませんか?」


 そう言って清歌が微笑むと、ユキヒョウはグルルと小さく唸って観念したかのように目を閉じて頭を下げた。すると白い粉雪のように見える光が、渦を巻くように足元から上に抜けていった。


 光が消えた時、そこには先ほどまでとは違う姿の魔物がいた。全体的な印象はユキヒョウのまま変わりないが、四つの足には青白い炎にも雲にも見える靄のようなものを纏い、背中からも同じものが鬣状に揺らめいている。そして尻尾が二本に増えていて、その先端は青白い炎のようになっていた。


「わ、カッコイイ! なんかちょっと麒麟みたいだね!」


「キリン? ああ、麒麟の方ね。言われてみれば足元とかそういう感じよね」


「何にしても清歌嬢の言う通り、普通の獣ではなさそうだな」


「だな。幽霊……じゃあないよな。精霊とか神獣とかそんな感じだ」


 清歌の後ろから様子を見守っていた弥生たちが、姿を変えた魔物の感想を口にした。


「それがあなたの本当の姿なのですね。……一緒に来てくれる気になりましたか?」


 清歌が右手を差し出すと、本当の姿となったユキヒョウはちょこんと座って前足をその上に乗せた。


「ありがとう。……では、“契約”」


 ――こうして清歌の魔物(モフモフ)ファミリーに、新たな一員が加わったのであった。




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