#7―14
チャイムが鳴り響くと同時に、教室の中は大きく息を吐く音で満たされた。前期期末試験の最後の科目が終わったのである。
やり遂げたという歓喜、どうにか乗り切ったという安堵、これで試験勉強は終わったという開放感、そしてもっと頑張ればよかったという後悔。様々な感情が入り混じってはいるものの、生徒たちの表情は総じて明るい。試験の結果と前期の成績については取り敢えず脇に置いておいて、これからやって来るイベントに視線は既に移っているのだろう。
筆記用具をしまい、最後尾からやって来た回収係に答案用紙を渡した弥生は、神妙な表情で机の上にひじを付いて両手を組み合わせると、口元を隠すような姿勢をとった。
かの有名なアニメに出て来る、言動がやたら偉そうな某司令官のようなポーズだが、弥生は別に悪だくみをしているわけではない。付け加えると試験の出来に不安があって、親にどう言い訳をしようか思い悩んでいるという訳でもない。
何故なら弥生は、かなりの手応えを感じていたからだ。まだ結果は出ていないから必ずしも良い成績とは限らないのだが、いつもの五人で軽く答え合わせをしてみたところでは、どの科目もなかなかの高得点が狙えそうなのだ。苦手科目であっても、少なくとも平均点を上回るのはまず間違いないと断言できる。
(う~ん、もしかしてやり過ぎちゃった……かも? でも悪いことをしてるわけじゃないし……。これは一度みんなでちゃんと話し合わないとダメかな~)
どうやら自分たちは頑張り過ぎてしまったのかもしれないと、試験が終わった今になって弥生は思っていた。
今回、取り敢えずものは試しということで、試験期間中の勉強を<ミリオンワールド>内でやっていたのだが、試験の前日からはログイン時間の全てを――気分転換と休憩にモフったりはしたが――勉強に充てていた。これは積極的に成績を上げにいったのではなく、流石に試験中は冒険、即ち遊びに身が入らなかったからというのが本当のところである。
VR内での勉強が予想以上に効率的だった上に、実時間以上の時間をかけていたのだから、良い結果になるのはある意味当然のことと言えよう。実のところ初回ということもあり、<ミリオンワールド>内での試験勉強がちゃんと効果があるという事を証明する必要もあり、気合も入っていたのだ。
ともあれ、これで試験期間中にも関わらず<ミリオンワールド>をプレイしていたことについて、両親からとやかく言われることはなさそうだ。
ただ一方で試験勉強を始める前に感じていた、なんとな~くこれはズルなんじゃないか――という後ろめたい気持ちを思い出してしまうこととなったのであった。
「そうですね……、私も恐らくいつもより良い成績だったと思います」
「確かに、今回の試験は我ながらよくできたと思うわ。自分で言うのもなんだけど、中間試験とは比べ物にならないデキだったわねぇ……」
「俺も同じくだ。まあ、体感での勉強時間はいつもよりも多かったのだから、当たり前と言えばそうなのだが……」
「なんつーか、やっぱビミョーに気になるやり方ではあるよな。かといって、効果があるのを知ってて、敢えて使わないってのも……な」
試験終了後に合流した五人は、ワールドエントランスのフードコートにて昼食を食べながら、試験の結果とVRを使用しての試験勉強について話し合っていた。
本日のメニューは清歌がロコモコ丼で弥生が親子丼、絵梨が天丼、悠司が麻婆豆腐丼(激辛)、聡一郎がカツ丼となっている。ちなみに丼物で揃っているのは、弥生がメニューを選んだ後で清歌が「では私も……」と言って丼を選び、後はその流れで連鎖的に決まってしまったという次第である。
「今回は初回ってことで、ちょっと時間を長めに取っちゃったんだけど……、次からはどうしよう? やっぱり現実の時間と同じくらいに抑えた方がいいかな? それとも……、試験期間中は<ミリオンワールド>を控える?」
弥生の問いかけに、四人は箸やレンゲやスプーンの手を止める。
今回は<ミリオンワールド>再開と試験期間のスケジュールがぶつかってしまったという理由から、どうしてもプレイしたいという欲求を満たす為に、ログイン時間の半分を試験勉強に充てたのである。本来ならば、試験期間くらいゲームは控えるべき、というのが常識的――または優等生的――な意見であろう。加えて誰もがVRを使用できるわけではないという現状を鑑みると、なんとなくフェアじゃない気がするということもある。
しかし試してみたところ効果的であることが実証されてしまったために、それを使わないのは勿体ない、ゲームと試験勉強の両立ができるならばそれでいいじゃないか、とも思ってしまうのだ。弥生が最後に付け加えるように「控える」と言ったのも、試験勉強に<ミリオンワールド>を利用していきたいという内心が現れているのだろう。
「……実は、それほど気にすることは無いのかもしれませんね」
沈黙を破ったのは、考えをまとめた清歌であった。
「例えば、学習塾に通っている人がいる一方で、経済的な事情などでそれができない人もいますし、高額な報酬で優秀な家庭教師を雇って個別に指導を受けている人だって中にはいます。学習環境は平等ではないのですから、VRを利用するのもその延長線上にあると考えていいのではないでしょうか」
「……そっか、考えてみれば塾に通うにしたってお金はかかるんだもんね」
「誰でも使えるわけじゃないっつーのは、何もVRだけじゃないってことだな。高額な報酬の家庭教師ってのは、思いつかなかったが……」
「うむ。……まあ、それはかなり特殊な例としても、確かに学習環境は人によって違うからな。学校側……というか教師が十分にフォローしてくれるわけでも無し」
「そね。塾に通えるかどうかに比べれば、VRを使って勉強するくらい大したさじゃ無いのかもしれないわね。何せ先生役が同級生なわけだし」
「そりゃそうだけどさ~。教えてもらった本人が言う台詞じゃないんじゃないかな?」
「あら失礼、私としたことが。……本当に感謝してるのよ? コホン……ところで、その家庭教師の話は清歌自身のことなのかしら?」
ジト目の弥生に追及された絵梨がしれっと答えつつあからさまに話題を逸らす。清歌はクスリと笑うとその疑問に答えた。
「私の話では無く、中学時代にそういう話を噂で聞いたという程度です。全く面識のない人でしたから、本当の事かどうかまでは……」
清藍女学園は世間一般に思われているほどお嬢様ばかりが通っているわけではないが、名家や富豪のお嬢様が一般的な学校よりも多く通っているのもまた事実である。そういった裕福な家で両親が特に教育に熱心だと、科目別に家庭教師を雇っているなどと言う話も聞くほどだ。どういうわけか清歌の周辺――例えば当時の生徒会メンバーなどは皆、ごくごく普通レベルの教育方針の家であった為に、噂で聞く極端な例と比較してずいぶん大きな差があるものだと驚いた経験があったのだ。
それに比べればVRによって時間を引き延ばすことくらい些細なことと、清歌は考えたのである。
「なんつーか……、お嬢様恐るべし……って感じだな」
「うーむ、そういうのを聞いてしまうと、VR如き何も問題は無いように思えてくるな」
「比較の対象が妥当かどうかって疑問は残るけど……、まあ、そうよねぇ」
「そだね。……じゃ、じゃあこれからも試験勉強に<ミリオンワールド>を使っていくってことでいいね。……さて、カタい話はこれでお終い! 試験も終わったことだし、今日から心置きなく遊べるからね~」
「なんとなく背徳感があったからな~」「ふふっ、そうですね」「これで羽を伸ばせるわ」「うむ、冒険を再開できるな」
明るい声で弥生が宣言し、四人がそれに同意の声を上げる。学生である以上試験は一つの区切りに過ぎず、勉強から解放されたわけではないのだが、今それを突っ込むのは野暮というものであろう。
食事の手を再開しつつ、話題は自然と中断している遺跡フィールドの探索についてへと移った。
「皆さんは、今日も中層の探索をするのでしょうか?」
「うん、そのつもり。まだ攻略してない家がいくつもあるからね」
「行き方が分かってる屋敷だけでも三~四件はあるから、まずはそれからね」
試験前までの探索で、遺跡フィールドについて分かったことがいくつかある。
半ば砂に埋もれている最下層は、上層へとつながる通路としての機能がメインで、採取できるアイテムも目ぼしいものはなかった。家屋については外見からは分からないのだが、中に入ってみると二階建てや三階建てで、上の層への通路になっているものもあった。
清歌が最上層から双眼鏡で見た限りでは、通常の手段だと外から侵入できない区画があり、そういった場所は下層の家の中を経由する必要がありそうだった。もっとも清歌たちの場合は、いざとなれば空飛ぶ毛布でひとっ飛びすればいいだけなので、無縁の話ではある。
一つ上の層に上がると街並みの様子がガラリと変わり、採取できるアイテムも増える。魔物との遭遇率は下層とあまり変わらない印象だが、通路や橋は崩れている場所も多く、足場の悪い場所での戦闘となることがあった。総じて危険度は下層よりも高いと言っていいだろう。
そして中層より上には門や扉が閉まっている屋敷があり、その中に侵入すると数段強い門番的な魔物との戦闘になるのである。一種のボス戦と言ってもいいのだが、戦いが始まっても門や扉が閉まることはないので、いつでも逃げることができるというのが、通常のボス戦とは違う点である。
門番を斃すと屋敷の中を探索できるようになり、いくつかの部屋の中には宝箱が置いてありアイテムを入手できた。ちなみに門番の攻撃を躱して奥の部屋に入ろうと試みたところ、どの扉も固く閉ざされていて先に進むことはできなかった。要するにごく小規模なダンジョンのようなもの、というのが弥生たちの出した結論である。門番が復活するのか、そして復活するのなら同時に宝箱も復活するのかは、要検証となっている。
「館ごとに異なる魔物がいるというところがいい。戦いに緊張感がある。……あのフィールドは面白いな」
「まあ、門番との戦闘が面白いかはさておき、その先にお宝があると分かったから、挑戦する価値は十分あるわな」
「本当にヤバそうなときはいつでも逃げられるから、普通のボス戦よりも気は楽だしね。……清歌の方は? 今日もユキヒョウを手懐けに行くの?」
「はい、そのつもりです。だいぶ仲良くなれましたからね」
清歌は例の神殿で遭遇したユキヒョウ似の魔物と手を変え品を変えて遊んだ結果、手で頭に触れることができるまでに仲良くなれていた。
なお、ユキヒョウを手懐ける努力をしていたとはいっても、清歌とて時間いっぱいそれだけをやっていたわけではなく、だいたい三十~五十分ほどユキヒョウと遊んでは探索に出かけ、神殿に戻ってまた遊んで――ということを繰り返していた。ちなみに探索の主な目的は屋敷の発見とルートの割り出しで、その情報により弥生たちは効率的に屋敷の攻略ができたのである。
「あともうひと押しで、仲間になってくれそうなのよね?」
「そう思うのですけれど……、そのひと押しに何をすればいいのか、ちょっと手詰まりというところですね。決め手に欠けるというか……、何かが足りていないという感じです」
「ふむ……。相手は肉食獣タイプなのだから、やはり手合わせをする必要があるのではないか? 千颯の時のように」
「ええ、それも考えたのですけれど、時間をかけて仲良くなれた今になって戦うということに、少し抵抗がありますので……」
「あ~、そうだよね」「仲良くなっちゃうとね」「確かに、闘いづらいか……」「嫌われちゃ、元も子もないからなぁ」
ホームにいる魔物たちと常日頃から触れ合っているだけあって、弥生たちも清歌の心情は理解してくれたようだ。
「そういう訳ですので、戦いを挑むのは最終手段ですね。……何か別の方法で、力を見せることができればいいのですけれど」
「なるほど~。……あ、もしそっちが手詰まりなら、気分転換がてらこっちに合流して、ボス戦を一緒にやろうよ。屋敷はダンジョン扱いっぽいし、ボス戦だから魔物の警戒度? にも影響はないんじゃないかな」
「そうですね。たまには戦闘をしないと、勘が鈍ってしまいそうですし」
「ホント? じゃ、今日は頃合いを見てどっかで合流しよ!」
そろそろおなじみになりつつある神殿傍、今日も今日とて清歌はユキヒョウとおもちゃを使って遊んでいた。今日はちょっと大きめのボールを使ってキャッチボールをしたり、ユキヒョウが取りに来たボールを新体操のように巧みに操って翻弄したりしている。ちなみにボールを扱うのに邪魔なため、今の清歌は上着を脱いでノースリーブのミニ丈着物姿である。
手を伸ばして跳びかかったユキヒョウを清歌はひらりと躱すと、左手から右手にボールをパスして背中側に隠した。ゆっくり弧を描くようににじり寄って来るユキヒョウが、一気にダッシュして清歌の背後へと回り込む。しかしボールは既に背中に回した右手にはない。振り返った清歌が両手をひらひらさせてボールを持っていないことを示すと、ユキヒョウは不思議そうに首を少し捻った。
「ナ~」
右手背後の割と直ぐ近くで鳴いた飛夏の上にボールが乗っていることに気付き、ユキヒョウは「ズルい」とでも言いたげにグルルと喉を鳴らし、寝そべってしまった。
「ふふっ、今のはちょっとズルかったかもしれませんね。けれどヒナの動きを見逃したのは、あなたの不注意ですよ」
その指摘にユキヒョウは悔しそうに鼻を鳴らす。妙に人間臭い反応に、清歌は思わず笑みを浮かべた。
清歌は器用にバランスを取りながらふよふよと飛んできた飛夏からボールを受け取って収納すると、代わりに縄をぐるぐる巻きにしたボールを取り出し、ユキヒョウの方へ転がす。ユキヒョウお気に入りのおもちゃでこれを転がして戯れたり、ガジガジ齧るのが大好きなのである。
そっぽを向きつつも、渡されたおもちゃで遊ぶユキヒョウのすぐそばにしゃがみ込んだ清歌は首筋から背中にかけて優しくゆっくりと撫でる。
「……まだ、私と一緒に来てくれる気にはなりませんか?」
清歌の問いかけにユキヒョウは答えず、縄ボールと戯れるだけだ。飛夏へと視線を向けると、首――ではなく体全体を横に振った。話は聞こえているし、通じてもいるようだが、まだ仲間になってくれる気は無いようである。
清歌は小さく息を吐いて、これからどうアプローチしたものかと内心で頭を抱えていた。既に従魔にした魔物たちと同じように触れ合うことができるようになっているにも拘らず、契約に同意してくれる気配はない。やはり聡一郎が言っていたように、一度は一戦交える必要があるのだろうか?
『もしも~し、清歌? 今大丈夫?』
そんなことをつらつらと考えていると、弥生からの連絡が入った。
『はい、大丈夫ですよ。何かありましたか?』
『うん。清歌は今、ペンギン……えっと静を連れてるんだよね? だったらちょっとボス戦を手伝ってほしいんだ。予定よりちょっと早いんだけどいいかな?』
『承知しました。こちらも次に何をしようか迷っていたところですので、ちょうどよかったです』
『ホント? じゃあこの間清歌が見つけてくれた庭付きの屋敷で合流しよう』
『はい。では、のちほど』
通信を切ると、清歌は立ち上がった。
「用事が入りましたので、私は出かけますね。あなたはまだそれで遊んでいますか?」
問いかけるとボールを転がしてきたので、清歌はそれを回収した。
さて、では屋敷へ向かおうと思ったところ、ユキヒョウが鼻で突っついてきたのでそちらを見ると、立ち上がったユキヒョウが清歌を見上げて何かを尋ねるように首を少し傾けていた。
「仲間たちからの連絡で、ちょっとお屋敷の魔物を斃しに行ってきます。……ふふっ、私も一応冒険者ですから、一応戦うことも出来るのですよ? では、またね。ヒナ、行きますよ~」
「ナッ!」
清歌はユキヒョウの頭をひと撫ですると、目的地へ向かって走り出した。
目的地には弥生たちの方が先に到着しており、清歌は四人が待つ屋敷の門の前に一つ上の層からひらりと飛び降りた。
「お待たせしました」
「ううん、こっちこそいきなり呼び出してごめん……って、清歌!? どうしたのその服?」
マップの表示で清歌が上から飛び降りてくることは分かっていたので、その点について驚きはなかったのだが、清歌の姿を見た弥生はギョッと目を円くした。
肩も露わで制服よりも短い丈という着物姿の清歌は、普段あまり肌を露出することの無いこととのギャップで、なにやら艶やかというか色香があるというか――とにかくいつもとは違う雰囲気がある。
思わず凝視してしまっていた男子二人が、絵梨にギロリと睨まれて慌ててそっぽを向いていた。
「え? ああ、ユキヒョウと遊ぶのにちょっと邪魔だったものですから」
「そ、そうなんだ……。なんていうか、ちょっと目の毒だから上に羽織って……っていうかこれから戦闘なんだから、装備も忘れないでね」
「はーい、承知しました」
弥生たちには水着姿も見せているのだから、今更この程度の露出はどうということはないのではと清歌は思いつつ、弥生の言葉に従って上着と装備を身に着けた。
「ところで予定より早いですけれど、何かあったのでしょうか?」
「あ~、それがね……」
なんでも今いる階層の屋敷を二つ攻略してきたところ、どちらの魔物も姿を消す能力を持っていたのである。強さそのものはピンチに陥るほどの相手ではなかったのだが、なかなか厄介な敵だったのだ。
二度ある事は三度ある――というか、もしかするとこの階層ないしこのフィールドのボスに共通した能力なのかもと予想した弥生たちは、デザートペンギンの能力が有効なのではないかと考え、清歌を呼んだのである。
ちなみに姿を消した魔物にどう対処したかと言うと、弥生が機転を利かせてコミックエフェクトのダイヤモンドダストを使用して、その反応から大凡の位置を特定したのである。ただこのエフェクトは鑑賞する分には綺麗なのだが、戦闘時に使うと結構視界を邪魔してくることが判明したので、できれば使いたくないのである。
「そういう事でしたか。では今回は静とユキを連れていくことにしますね」
弥生のパーティーに入った清歌は、飛夏をジェムに戻して、代わりに雪苺と静を呼び出した。なお静とはデザートペンギンの名前で、潜水艦のように静かに潜行する能力を持っているところから名付けている。
全員の準備が整ったことを確認した弥生は一つ頷くと、屋敷の庭へと続く門に手をかけた。
「よ~し、みんな準備はいいよね? じゃあ、門を開けるよ?」
ギイィーと金属同士が軋む音を立てて門が開く。その向こうには花壇が幾何学的に配置され、その中央には恐らくかつては噴水であったであろう小さな池のようなものがあった。庭園という程の広さではないが、このフィールドには庭付きの家自体が少ないので、かなり裕福な家だったのであろう。
弥生と聡一郎を先頭に、清歌と悠司、そして絵梨が順番に庭へと足を踏み入れた。
警戒しつつゆっくり間へと進み、先頭の二人が池を中心とした花壇に囲まれているスペースにあと数歩で到達するというというところで、どこからともなく飛び降りてきた魔物が池に着地して、大きく水飛沫を上げた!
「ちょっ! どこから跳んできたの!」
「むぅ、これはトカゲ……いや、カメレオンなのか?」
「あの……、背中に小さな羽らしきものが見えますけれど……」
「っつーことは、こいつまさかドラゴン……なのか?」
「そうみたいよ、個体名ステルスドラゴン。……またずいぶんカッコイイ名前を付けたわね……」
緑色をベースにしたやや派手な色の体躯に互い違いに自在に動く目、頭の上のトサカのような部位、くるんと巻いている尻尾など、カメレオン的な特徴がまず目に付く魔物だ。しかし足はがっしりとして力強く、トサカの左右には角が生えており、清歌が指摘したように背中には一応羽もついているなど、ドラゴン的な特徴も兼ね備えていた。
派手な登場に衝撃を受けて、なんとなく暢気に感想を言い合っていたところ、ステルスドラゴンは大きく口を開けて若干仰け反った。この予備動作から来る攻撃は当然、ドラゴンの代名詞とも言うべき――
「って、風属性、直線方向の範囲攻撃! ブレスが来るわ、みんな退避!」
絵梨の警告を受けて全員が素早く花壇の裏側に退避すると、その直後薙ぎ払うようにブレスが放たれた。
「カメレオンなら口を開けたら舌が飛んでくるもんだと思うんだが、どうかね?」
「ブレス攻撃か、ベロ攻撃か……私はベロ攻撃のがヤダなぁ~」
微妙に気が抜ける悠司のツッコミに、弥生が律儀に返答する。確かに攻撃力云々を別問題とするなら、風属性のブレスとヌルッとした舌が伸びてくる攻撃を比べれば、前者の方がマシと思える――のかもしれない。
「ちょっと二人とも、だからあれはドラゴンだって言ってるでしょ……。まあ、あの小さな羽じゃ飛べないだろうけど」
「確かに。なんにしても曲がりなりにもドラゴンの名を冠しているのだ。気を引き締めてかかるべきだろうな」
「そうですね。……それにしても、皆さんの予想は大当たりでしたね」
清歌の言葉に四人は大きく頷いた。カメレオンのような特徴を持っていて、名前にもステルスがついているとなれば、間違いなく姿を消す能力を持っているはずだ。静を連れてきたのは大正解である。
「じゃあ弥生とソーイチは取り敢えずブレスの終了に合わせて左右から攻撃。清歌は回り込んで奴の注意を引いてちょうだい。あ、奴が姿を消したらすぐに対処をお願いね。私とユージは遠距離攻撃で前衛の支援……って感じでどう?」
「おっけ~、じゃあ、その方針で。みんな、いくよ!」
弥生が気合を入れ、四人がそれに答えて気勢を上げる。こうしてステルスドラゴン戦が始まったのであった。