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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第七章 石板の……謎?
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#7―13




 黒髪と襷をたなびかせながら、飛夏を従えた清歌は軽やかな足運びで屋根の上を駆け抜けていた。


 上層の家、さらにその屋根の上から見る景色は、最初の広場から見た景色とは印象が大きく異なっている。半ば砂に埋もれた砂漠の中の町から、草と木々に隠された別荘地へ。色のイメージで言えば茶色と黄土色から、緑と白へとガラリと様相が変わっていた。


 下層では茶系統の色しかない無味乾燥な風景も、上層から見下ろすとカラフルだ。緑とその隙間から見える白い壁とグレーの屋根、縦横に走る下層の茶色い路地、溜池とそこから伸びる水路が複雑な幾何学模様を描いている。


 モザイク画のような景色を眺めていた清歌は、下層の砂山の上にいる魔物を見て目を見開いた。およそ砂の上にいるとは思えないその魔物は、清歌の気配に気づいていたらしくこちらを見上げていて、目が合うと同時に砂の中へと姿を消してしまった。


(あの子はちょっと、気になりますね……。仲間になってくれるでしょうか?)


「ヒナ、ついて来てね。エアリアルステップ……、セカンド……」


 前に蹴り出した足にエアリアルステップを使い、足場を踏み抜きつつ脚を屈めて勢いを殺し、ほぼ真下へと降りて行く。橋から下の層の塀、更に路地、その下の層へとエアリアルステップを駆使しつつ、先ほどの魔物がいた階層へと降り立った。雪苺を出せないために浮力制御は使えないが、エアリアルステップを完璧に使いこなしている清歌には、この程度の芸当はお手の物である。


 ぐるりと周囲を見渡した限りでは、魔物の姿は見当たらない。もっとも清歌は目視で見つけられるとは最初から思っていないので、見回しているのはある種のブラフであり、実は周囲の気配を読むことに注力している。


 どうやら先ほどの魔物は身を潜めたままでいるわけではなく、清歌が視線を外した隙に顔を出し――これは推測である――こちらの様子を窺っているようだ。その時に感じられる気配から大凡の位置は掴めた。


(後はどうやって捕まえるか、ですけれど……。さて……)


 清歌は気配に気づいていない振りをしたまま、魔物がいると思しき場所とは反対の方向へゆっくりと歩き、角を曲がった。


「ヒナ、お願いね(ヒソヒソ)」「ナッ(ヒソヒソ)」


 空飛ぶ毛布に変身した飛夏にひらりと跳び移った清歌は、そのまま真上へ上昇、一つ上の階層の路地を経由して、魔物の背後へと回り込んだ。


 角を曲がった先を覗いてみると、魔物はそこにいるはずの清歌を見失い、姿を現してきょろきょろと周囲を見渡している。気配を消してそろ~りと背後から近寄った清歌は、両脇からひょいっと掴みあげた。


「キュッ!?」


「よ~しよし、落ち着いて下さいね。私はあなたと戦うつもりはありませんから」


 持ち上げられてしばらくジタバタしていた魔物は、やがて清歌には敵対する意思がないと理解したようで大人しくなった。


 砂を被った路地にしゃがみ込んで魔物を降ろし、くるりと反転させて改めて正面から向かい合った。


 こげ茶色とベージュ色の体、赤いくちばし、そして特徴的な目の上にある眉毛のような黄色い羽毛。コロンとした体形が可愛らしい、現実リアルでは飛べない鳥として有名な水族館、もしくは動物園の人気者。カラーリングが茶系統で、足に水かきがなく立派な爪があり、胸元に宝石のようなものが付いているなど細かな差異はあるものの、この魔物は紛れもなくペンギンである。


 ペンギンと聞いてパッと思いつくのは、泳いでいる姿や氷の上で行進している姿、或いは海へと飛び込む様子などであろう。なんにしてもペンギンのいる景色には水が付き物だ。それが乾燥しきった砂だらけの遺跡にいるというのは、なんとも不思議な感じである。


「……キュイ?」


 向かい合って見つめるだけで何もしない清歌を不思議に思ったのか、ペンギンが首を傾げている。


「ふふっ、なんでもありません。……どうでしょう? あなたも私と一緒に来ませんか?」


 清歌が右手を差し出すと、ペンギンは手のひらと顔を何度か見てから右の羽を挙げる。


 その可愛らしい姿に清歌はニコリと微笑むと、羽をきゅっと握った。


「ありがとう、よろしくね。……では、契約」




 さてこのペンギン風の魔物、名前をデザートペンギンという。


砂漠デザートと名がついているが、これは最初に砂漠地帯で発見されたからであり、砂漠だけに生息しているというわけではない。他にも草原や湿地帯などでその姿が確認されている。


 最大の特徴は<潜行>という能力で、これはその名の通り地面の下に身を隠してしまう能力である。潜ると言っても物理的に掘っているのではなく、地面を媒介にした魔法によって潜っているので、薄く砂が積もっているだけの場所でも身を隠すことができるのである。


 そして潜行中は水中を泳ぐペンギンと同じように移動速度が大幅に上昇する。というよりも、姿を見せている時の動きは地上のペンギンと同様よちよち歩きなため、基本的に移動は潜行して行うのである。


 草原や土、砂、石畳、レンガ、フローリングなど表面材質(テクスチャー)が連続している部分は潜行で進めるが、異なる質感へは一旦解除した上で潜行し直す必要があるという制限がある。従って地面に木の根が這っているような森や、岩がゴロゴロ転がっているような場所とは相性が悪い。


 余談だがこの制限から、潜っているように見えるが――発動時に水面に物が落ちた時のような波紋が現れるのだ――実のところ、気配と姿を隠す幻影魔法に近い物なのかもしれないと、某博士は疑っているとのこと。彼女の前でこの魔物を披露するのは少々リスクがある――かもしれない。


 また潜行中に限り、<アクティブソナー>という能力を使用することができる。これは魔力の波動を発して、一定範囲内の地続き(・・・)に存在する魔物や人間などの位置を把握することができる能力で、得られた情報は主人にも共有されマーカーとして確認できる。ちなみに擬態などで身を隠している存在に対しても有効であるが、逆にこちらの位置を知られてしまう可能性もあるという欠点がある。


 戦闘においては、潜行から魔力を身に纏って高速で突進し、再び潜行して姿を消すというヒットアンドアウェイの戦法を得意としている。また口から砲撃魔法を放つことも出来るので、潜行し死角からの奇襲という事も可能である。


 索敵や隠密行動に向いている魔物であり、清歌の従魔では雪苺に近いかもしれない。雪苺よりも戦闘向きだが、地形によって向き不向きがはっきり分かれそうで、使いどころを見極める必要がありそうである。




 デザートペンギンを従魔にした清歌は再び最上層へと向かい、その道中でさらに一体の魔物を従魔にして、目的地へと到着した。


 このフィールドで最も標高の高いこの場所は、ゴツゴツとした剥き出しの岩とへばりつくように苔と背の低い草が生えていて、周囲の街並みとは異なり自然そのままという感じだった。少し歩いたところで見つけた下層へと続く階段も、岩山を切り出して作られているようである。


 神殿の周囲をぐるっと回り、これといった危険はないと判断した清歌は、正面から神殿へと足を踏み入れた。


 大理石と思しき白い石造りの神殿は、外観がギリシャのパルテノン神殿とよく似ており、弥生たちが中に入ったわけでもないのに“神殿”と言っていたのも、この分かりやすいデザインのためである。大きさは本家(・・)と比べるとかなり小さめで、大体一辺二十五メートルの正方形といったところであろう。


 柱や壁には亀裂が入っている箇所や欠けている部分が見受けられるが、屋根や壁などもちゃんと残っていて、遺跡として見るなら保存状態はいいと言えそうだ。


 立ち並ぶ柱の間を抜け、壁の開口部から室内に入り――清歌は目を何度か瞬かせた後で、軽く首を傾げた。


「……何も、ありませんね?」「ナァ……」


 神殿の中はほぼがらんどうと言っていい状態で、奥の壁には台座のような物はあるのだが、その上に乗っているべき石像などはどこにもなかったのだ。


 大きく取られた開口部から差し込む光で意外と明るい室内を歩き、中央で立ち止まって深呼吸をする。神々の像などはなくなっているとは言え、雰囲気は神殿そのものなだけに、どことなく厳かな空気が感じられた。


 ぐるりと室内を見渡して、特に見るべきものも無いと判断した清歌は神殿を後にする。そして当初の予定通り観測双眼鏡を設置して、フィールドの観測を始めるのであた。




 何度かポイントを移動して――神殿があるために一か所から周囲全ては見られないのだ――フィールドを観察していると、魔物らしき気配が近づいて来ていることに清歌は気づいた。


「ナ~?」「……ええ、こちらを窺っているようですね。さて、どうしましょうか(ヒソヒソ)」


 その魔物は清歌の背後で距離を取ったまま、足音を全く立てることなく左右にウロウロしているようだ。行動だけを見るなら、獲物に跳びかかるタイミングを見計らっているようであるが、飛夏と二人だけで行動している今は、攻撃を仕掛けられることは無い筈だ


(……ということは、こちらが気になっているだけということでしょうか? 好奇心はあるけれど、警戒心も強い……。こういう子は迂闊に接触しようとすると、逃げてしまいそうですね……)


 さり気なく双眼鏡の向きを変えて横目で姿を見ようと試みたが、やはり警戒心が強いらしく神殿に身を隠してしまった。それならばと清歌は双眼鏡の向きを元に戻し、袂から手のひらに収まるサイズの手鏡を取り出した。


 背後の魔物が鏡に映るように鏡の角度を調整し、ようやく魔物の姿を捉えることに成功する。小さな鏡では分かり難いが、どうやら上空から撮影した猫科の獣型の魔物と同種のようである。


 猫科特有の精悍でありながらどこか可愛らしい顔立ち、やや青みがかった明るい灰色に黒い斑点のヒョウ柄をした毛皮、長くモコモコした尻尾、俊敏そうなしなやかな体つきは、全体的にユキヒョウによく似ていた。上空からの撮影と鏡に映った像では正確な大きさは分からないが、尻尾を除いた体長は一メートル半ほどだろう。


 現在清歌の手持ちの従魔カードは比較的小さめの魔物が多く、完全に戦闘向きなのは千颯ボックスハウンドだけだ。千颯は攻守ともに優れた心強い魔物だが、かなりの大きさがある為に小回りが利かず、また立体的な機動もあまり得意ではない。


 そんな千颯が苦手とするような状況を、このユキヒョウっぽい魔物はカバーしてくれそうな気がする。――という、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の一員として戦力を増強したいという側面も勿論あるのだが、なにより仲良くなってあの見事なヒョウ柄の毛皮を存分にモフりたい。なので、清歌は是非ともこの魔物を仲間にしようと決意した。


 決意したのはいいのだが、こう警戒されていてはコミュニケーションをとること自体が難しそうだ。千颯の時はアクシデントから襲い掛かって来たので、戦闘から交渉――勝負ともいう――に持ち込むことができたのだが、今回の場合は接近したら逃げられてしまいそうなところが悩ましい。


(恐らくアクティブな魔物でしょうから、最終手段としてヒナを還して戦いを挑むという方法もありますけれど……)


 能力が全くの未知数というこの状況では少々リスクが高そうだな――と、清歌はそのプランを一旦(・・)破棄する。あんまり危険なことはしないようにと、ことあるごとに弥生から言われているので、今回はちゃんと相談してからにしようと考えたのである。


「おもちゃとおやつ、どちらが気を惹けると思いますか?」「ナァ~……、ナッ」


 取り敢えず猫ならばそのどっちかだろうと安直に考えた清歌は、ヒナの意見を取り入れて袂から大きめの猫じゃらしを取り出した。言うまでもなく、これは魔物モフモフと遊ぶために大量に買い込んでいたグッズコレクションの中の一つである。


 気付いていないフリ――猫じゃらしを手にしていた時点でフリもなにもないのだが――は続けたまま、清歌は右手に持った猫じゃらしをゆ~らゆらと振る。


 ユキヒョウ似の魔物はピンと耳を立てると、猫じゃらしを目で追いつつ一歩清歌の方へと足を踏み出した。


 清歌と魔物の長い攻防(笑)の始まりであった。







『もしも~し、清歌? ちょ~っと早いんだけど、こっちはキリがいいからホームに戻ろうと思うんだけど、清歌の方は?』


 ユキヒョウ(仮称)と一進一退の攻防を繰り広げていた清歌の元へ、弥生からチャットが入ったのは予定よりも二十分ほど速い時刻のことだった。弥生のことだから時間いっぱいまで遊びたかったのだろうが、時間オーバーは拙かろうとリーダーとして苦渋の決断をしたようだ。言葉には“仕方なく”という響きが強く滲んでいる。


 ユキヒョウとの距離は未だ五メートル以上。あと二十分続けても、仲間にすることは難しそうである。


『承知しました。では私もホームへ戻ることにします』


『いいの? 時間はまだ少し大丈夫だよ?』


『ちょっと持久戦になりそうなので、今日のところは一旦勝負はお預け……というところですね』


『持久戦?? じゃあ、ホームに戻ってその辺のところも聴かせて。私らも話したいことがあるし』


『はい。では、後ほど』


『うん。また~』


 チャットを終えた清歌は観測双眼鏡から降りて収納すると、さりげない仕草で振り返った。


 ユキヒョウはピクリと耳を動かして若干警戒するも、逃げることは無く清歌を見つめている。――正面から向き合えたのは、今回の攻防による成果と言っていいだろう。


「今日のところはこれで失礼しますね。また一緒に遊びましょう。……では」


「ナ~ナ~」


 こうしてユキヒョウとの一回戦は終わったのである。




 ホームへと転移した清歌は、一足先に戻っていた弥生たちに出迎えられた。


「おかえり~」


「ただ今戻りました……あら?」


 その時、弥生と清歌のちょうど間の草原にさざ波(・・・)が起き、ザバッという音とともに先ほど従魔にしたデザートペンギンがジャンプして飛び出し、ノタノタと清歌の方へ歩いてくる。


「ふふっ、お出迎えありがとう。よしよ~し」「キュッ」


 清歌に頭を軽く撫でられたデザートペンギンは、ちょっと誇らしそうに胸を張り宝石がキラリと光った。


 一方、その姿を見た弥生たち四人は目を見開いて驚きの声を上げた。


「……どうかされましたか? 皆さん」


「いや……、探索中にそのペンギンの奇襲を結構受けてな~」


「直撃を受けなければダメージは問題ないのだが、すぐに逃げられてしまってな。結局斃すことはできなかったのだ」


「っていうか、清歌はよくその子を仲間にできたよね。……一体どうやって?」


「それはですね……」


 清歌は仲間にしたときの経緯を四人に語り、ついでにデザートペンギンの能力についてもざっと説明をした。


「なるほどねぇ……、捕まえた経緯については流石と言うしかないとして。面白そうな能力よね」


「なんつーか、潜水艦みたいな能力だな。戦闘時はミサイルっぽいが……」


「うむ。地形によるところは大きいだろうが、戦力にもなるのではないか?」


「うんうん、隠れている敵を見つけ出せるっていうのもいいよね。なにより……可愛いし!」


 デザートペンギンの前にしゃがみ込んだ弥生は、にへらっと緩んだ表情をして両手で左右の羽をにぎにぎしている。


「ふふっ……、はい。とっても可愛らしいですね」


 そんな弥生とデザートペンギンの微笑ましい姿を見て清歌が言う。果たして彼女がどちらを可愛らしいと評したのかは永遠の謎である。


「ところで、皆さんの探索の方はどうだったのでしょうか?」


「あ~、うん。じゃあ次は、私らからの報告だね」


 取り敢えず最下層を歩き回ってみた結果、これといったお宝などは何一つ発見できなかった。付け加えて言うと採集ポイントも殆ど見当たらず、一部の壁面からレンガや石材を素材として入手できる程度であった。


 また街並み全体に劣化は見られるが、意図的に破壊された形跡や災害の痕跡なども見当たらなかった。同時に生活感というものが綺麗さっぱりなく、人の遺体ないし遺骨も見た限りでは発見できなかった。


「……という訳で、あのフィールドは災害や事故で滅びたのではなく、意図的に放棄された町……という設定なんじゃないか、というのが私たちの結論よ」


「なるほど。……あ、それについては私からも報告があります。例の神殿も外観に目立った損傷はありませんでした。中についても空っぽです」


「空っぽ?」


「はい。祭壇や台座などは残されていましたけれど、そこにあるべき神像や女神像といったものはどこにもありませんでした」


「っつーことは、俺らの推測は正しかったってことか。……どうやらお宝は期待できないみたいだなぁ~」


「ぼやかないぼやかない。下層はダメでも、もしかしたら上層には何かあるかもしれないでしょ?」


「まあな~。……望みは薄そうだが」


「フフ……、そね。ま、あまり期待はしない方が良さそうよね」


 出現した魔物についてはデザートペンギンからの奇襲を受けた他は、サソリやフンコロガシ、トカゲ、ヘビなどのいわゆる砂漠にいそうなタイプの、比較的小型な魔物と何回か遭遇した。強さとしてはサバンナエリアの奥やテーブルマウンテンの上に出現する魔物と同じくらいといったところだ。


 ただ強さそのものよりも、狭い路地や屋内など地形的に戦い難いことが多く、特に破杖槌を振り回す弥生や長いライフルを使用している悠司にとっては、かなり相性の悪い場所だった。


 弥生ならば鈍器、悠司は射撃武器ならばアーツを使いまわせるので、こういった状況に備えてセカンドウェポンを用意しておくべきかもしれないと考えさせられるフィールドだった。


「清歌の方はどうだった? 双眼鏡で何か見つけられた?」


「残念ながら、重要ポイントというのは見当たりませんでした。……少し気になったのは、上層になるにつれて住宅が高級そうになっているところですね。門や扉が固く閉ざされている家も見受けられました」


「ま、重要ポイントについてはそうでしょうね。入り組んでいて死角も多いし。それよりも気になるのは……」


「その閉ざされた住宅の方、だな。下層の家はドアが開きっぱなしだったり、半ば壊れてたりするのが多かったからな。もしかしたらお宝がある……かも?」


「ふむ。魔物の棲み処になっている、という可能性もあるのではないか?」


「あ~、屋内に入ったらボス戦……っていうのは、RPGではよくあるパターンだからね~」


 得られた情報を纏めて相談した結果、下層の探索は一旦切り上げて次からは少し上の層の探索を始めようということになった。下層の家はどれも似たり寄ったりで変化がない上に、得られるものも殆どないため、正直言って飽きてしまったのである。


「それと、次は探索に出る前に、私と悠司のセカンドウェポンを用意しておこう」


「だな。狭い場所でも使える武器を用意した方が良さそうだ。……そういえば、その点、清歌さんの武器は便利だよな~」


「そうですね、私の武器は障害物の制限を受けませんから」


「まあ、使い熟すのが難しそうな武器ではあるがな……。それはそれとして、先ほどから気になっているのだが……」


 そう言いつつ聡一郎が顔を横に向け、とある一点に注目した。


「清歌嬢、あの魔物は……一体何なのだろうか?」


「あ、ホントだ、新しい子がいる」「全然気づかなかったな……」「そね。なんでかしら?」


 草原に足を投げ出して座り込んでいる魔物は、外見を端的に表現すると“ちょっと太ったタレ耳ウサギ”となるだろう。ちなみに毛皮は背中側が灰褐色、お腹側が白のツートンカラーだ。


 ただこの太っちょウサギ、先ほどから座り込んだまま全く動こうとしていない。放し飼いにされている比較的小さな魔物は、元気よく動き回って遊んでいるのにもかかわらず、この魔物はまるでヌイグルミの真似でもしているかのようにじっとしている。弥生たちが気づかなかったのもそれが原因なのだ。


 五人が傍に移動しても全く動こうとせず、時折瞬きをするくらいである。


「え~っと、清歌。この子は……?」


「この子は神殿に行く途中、中層辺りで仲間にした子でナマケウサギという魔物です。あ、聡一郎さん。野菜スティックをお持ちでしたら、一つ手に乗せてこの子に差し出してみて下さい」


「ん? うむ。これで……、いいだろうか?」


 聡一郎はカピバラやウサギに上げるために常時持っている野菜スティックを取り出し、言われた通り手のひらに乗せてナマケウサギの前に差し出す。


 ナマケウサギが野菜スティックを見つめると、なんと浮かび上がりふよふよとその手の中に収まったのだ。そして五人に見つめられる中、両手で持った野菜スティックをポリポリと食べ始めた。――食べ方ものんびりしている。


「……という風に、殆ど動かない子です。ちなみに動く時は二足歩行する……らしいですよ」


 清歌の説明に唖然としてナマケウサギを見つめる四人。なるべく動かないで餌を取るために念力を使用するというのは、横着にもほどがあるのではないか、と思わずツッコミを入れたくなったのである。暢気に野菜スティックを食べているナマケウサギは一体なぜ注目しているのかとちょっと首を傾げるが、やはり動こうとはしない。


「……というか、敵に襲われたらどうするのよ? この子が素早く逃げるところなんて想像できないんだけど……」


「あ、それは<帰巣>という能力で、自分の巣に転移できるようなので、逃げ足については問題ないみたいです」


「あー……、そう。なるほど……、意外とよくできてるわね。それで、他には何か特殊な能力があるの?」


「いいえ。これだけ、です」


 そもそも清歌はナマケウサギを、戦闘や冒険の助けになると思って仲間にしたわけではないのだ。ぽってりとした体で垂れた耳が可愛らしく、ホームにいてくれたらきっと和むのではないかと思って連れてきたのである。


「ま、まあ可愛いしね」「そね。可愛いものね」「うむ。よいのではないか?」「…………」


「あ、能力とは違いますけれど、この子は抱き上げると凄いですよ?」


 清歌は野菜スティックを食べ終わったナマケウサギを抱き上げ、弥生の方に差し出した。


 見た目以上に重いなどという単純な理由で清歌が“凄い”などと言うとは思えない。弥生は内心で首を捻りつつナマケウサギを受け取り――これは本当に“凄い”と驚愕した。


「な……ナニコレ、気持ちいい!!」


 この手触り――いや、感触は何と例えればいいのだろうか? ふにょっというかモチッというか絶妙な柔らかさと弾力があり、とても触り心地が良いのだ。似たような感触のビーズクッションなどはあるが、こちらはホカホカと温かく、なんとも癒されるのである。


 毛皮の手触りそのものなら高級毛布のような飛夏の方が上であろうが、ナマケウサギの感触はそれとは別の方向性の心地良さなのである。


 その後、ナマケウサギは弥生から絵梨へ手渡され、さらに聡一郎、悠司へと移り、それぞれその感触に癒されたのであった。


 ――試験勉強を始める時間がずれ込んでしまったのは、言うまでもないことである。





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