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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第七章 石板の……謎?
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#7―12




 石造りの家々が階層状に立ち並び、それぞれが階段や坂、そして橋によって繋がり、立体迷路のように複雑で味のある街並みを構成している。住むには少々――否、かなり不便そうだが、立体的で絵になる風景の町には、その不便さもひっくるめて好んで住んでいる人や、観光に訪れた人たちでかつては賑わっていたことだろう。


 そう、かつて(・・・)はである。今では家屋の一部は壁や屋根が崩れ、広場や道端には雑草が生え放題。階段や橋は崩れ落ちているものが多く、また下層の方は砂に埋もれてしまっている区域もある。遺跡と化した街には退廃的な魅力があるとも言えるのだが、普通に歩くのにも少々危険な状態となっていた。


 特に興味のある事にはまっしぐらで、足元が見えなくなってしまうような御仁は周りがよくよく注意しておかなければならないだろう。例えばこの人のような――


「おぉ~、これは興味深いね! 遺跡は私の専門外だけど、これは多分最初から浮島だったんじゃなくって、町の一部を切り取ってそのまま空に上げたんだろうね。街並みを保存する為か、商業的に利用しようとしたのか、はたまた技術的な実験だったのか……、それは分からないけどね。う~ん、でも無人になってしまったってことは、何らかの問題があったってことだよね……。もしかして下層にいくにつれて乾燥……っていうか砂漠化していることに何か関係があるのかも? よしっ! ルーナ、早速調査に……」


 思い立ったら即行動、とばかりに早速足を踏み出そうとするナヅカ博士の首根っこを、ルーナがむんずと掴んで引き留めた。


「むぐぅ。ル、ルーナぁ……、何するの? 息が詰まっちゃうところだったよ?」


「先生……、不用意に飛び出すのは危険です。ここは未知のエリアなんですよ? どこかに魔物が潜んでいるかもしれないんです。なにしろ身を潜める場所はそこら中にありますからね」


 ナヅカ博士の苦情に対し、呆れ気味の口調でルーナが窘める。ルーナがしっかりと危険人物の手綱を握っているので、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人としては一安心というところである。


 ここは空に浮かぶとある浮島。例の石板から転移してきた場所である。







 ――少々時間を遡る。


 石板を転移ゲートとして自由に使用できるようになるには、自力で演奏する必要があると分かったナヅカ博士は、石板の前にしゃがみ込んで何やらブツブツと言いながらいじけていた。


 取り敢えず使い物にならない博士は放置して、清歌が事前に書き写しておいた解読法や楽譜をルーナに渡し、軽く説明をする。


 一方他のメンバーは今日これからの行動について相談中である。というのも予定では、石板が転移ゲートだった場合はそのまま足を踏み入れて、時間いっぱいまで――無論、遊び(・・)に使う時間という意味で――探索をするつもりだったのだ。


 無論、このまま予定通りに行動することも出来る。ただすっかりいじけてしまったナヅカ博士を残して「行ってきま~す!」とゲートを使用するのは、なんと言うかびみょ~に気が咎めるのだ。


「んー、単に心情的な話じゃなくて、今後もこのゲートを継続的に利用するなら博士の機嫌を損ねるのは得策じゃないからなぁ……」


「そね。まあ、流石にそこまで大人気ないことをするとは思えないけど……、気を遣っておいた方がベターよね」


「ふむ……。では今日はお開きにして、あの二人が演奏できるようになるまで待つのか?」


「え~~! それはちょっと……なんか納得いかないよ~」


 聡一郎の提案はある意味最も無難な選択ではあるが、折角石板の謎を解いたというのにしばらくはお預け状態になってしまう。思わず反論した弥生だけでなく、提案した当人も表情と言葉の響きで、この選択肢には不満があると物語っていた。もちろん絵梨と悠司も気持ちは同じである。


 いっそナヅカ博士が「ゲートを使用して転移先の様子を見てきてほしい」とでも言ってくれれば話は早いのだが、残念ながら今の彼女にはそんな心の余裕は無いようである。


「……あ、もしかしたら……」


 顔を上げた弥生は、仲間たちの視線を受け止めつつ思いついたことを言う。


「二人をパーティーに加えれば、一緒にゲートを使えないかな?」


「は? NPCをパーティーに入れるって……、ああ、なるほど同行者にするのか。いや、でもあれは旅行者を連れて行く場合のシステムじゃなかったか?」


「仮にそれができたとしても、ゲートは使えるのかしら?」


「ふむ。……百聞は一見に如かず。取り敢えず試してみればよいのではないか?」


「ソーイチ……。そりゃそうだけど……ねぇ?」


 絵梨が渋い表情で弥生と悠司を見やると、二人も似たような表情で頷いていた。


「うん? 何か問題でもあるのか?」


「問題っつーか……、もしこれでダメだった場合、ぬか喜びさせた分ナヅカ博士のガッカリが今よりもデカくなりそうなのがなぁ……」


「……むぅ、なるほど……な」


 仮にもスベラギ学院の教員であり、また本人が“大人”であると自称しているのだから、そこまで気を遣う必要もないという気はする。しかし膝を抱えていじいじしている小さな後姿を見ていると、あれ以上落胆させてしまうのは忍びないという気持ちが沸き上がって来るのである。


 と、そこへ清歌が戻って来た。後ろにはルーナもついてきている。


「ただ今戻りました。……皆さん、どうかされましたか?」


 四人が揃って悩ましい表情をしているのを見て、清歌が軽く首を傾げた。


 ざっと説明を聞いたルーナは五人の――清歌も弥生たちと同じ感想を持ったのだ――懸念を笑って一蹴した。


「その点についてはお気になさらず。トライアンドエラーは研究の基本ですからね。気を遣って下さってありがとうございます。本来なら先生の方から、皆さんにご自由にゲートを使って構わないとお伝えするところなのですが……」


 ルーナは「まったく先生は」とでも言いたげに首を横に振る。


「……ともかく、試してみましょう。上手くいかなかった場合でも、皆さんはどうぞゲートを使って下さい」


「えっと、私たちはそれでもいいんですけど……。本当にいいんですか?」


「もちろんです。……とは言え……、はぁ~。まあ、あれ以上テンションを下げてしまうとイロイロと障りが出てきそうなので、まずは私だけがパーティーに入って、ゲートが使えるようになるか確認するということで、どうでしょうか?」


 浮き沈みの激しいナヅカ博士のテンションにすら配慮するルーナは、生徒や弟子というよりも、もはや保護者と言うべきなのではないかと絵梨は内心でニヤリとしていた。


 ともあれ、結論から言えばNPCを同行者としてパーティーに参加させることは可能で、またゲートに関しても起動させるのは無理だったが使用することできた。


 それを知ったナヅカ博士のテンションは、グラフにすれば九十度近い急勾配で上昇し、先頭を切って転移ゲートに突撃したのであった。







 転移した先は学院にあった石板と似たような石板の上で、眼前には遺跡と化した立体的な街並みが広がっていた。周囲を見回してみるとどうやらここは浮島の端っこにつき出したテラス兼エントランスといった場所らしく、眼下にはスベラギらしき陸地も確認できた。


 ちなみに結構狭い上に膝の高さ程度の塀で囲まれているだけなので、高所恐怖症の人ならば直ちに離れたくなるような場所である。


 幸い高所恐怖症の人間はここにはいなかったがあまり落ち着ける場所ではないので、一行は慎重に足を踏み入れ、すぐ目の前にある砂に半ば埋もれた広場へと移動した。


 取り敢えず広場の安全を確認すると、ナヅカ博士が早速ウロチョロし始めルーナがそのお目付け役として付いて行く。ナヅカ博士の意識が離れたので、清歌はこっそりと飛夏を空飛ぶ毛布に変身させ、浮島の全体像を見るべく空高く飛び上がっていった。


「博士が言っていたように、都市の一部を切り取って丸ごと浮島にしちゃったっていう感じみたいだね。どっちかっていうと島じゃなくって建物っていう感じ?」


「確かに陸地がどこにも見当たらないな。この砂の下も……」悠司が足で砂を左右に除ける。「……石畳だしな」


「自然が見当たらないから尚更そう感じるんでしょうね。そういう意味では、正統派な西洋風の街並みって言えるのかもしれないわね。上層の方には緑も見えるけど……」


「確かに少々寂しい雰囲気の場所だな。廃墟や遺跡とはそういう物なのだろうが、景色に動きが無さすぎる」


 普通なら人の動きが絶えない町の面影が残っているだけに、余計この静まり返った空気が寂しく感じるのだろう。


(空に浮かぶ時の止まった遺跡……か)


 弥生はちょっと不安を感じると同時に、物語の舞台のような場所に何やらわくわくして来るのを感じていた。とは言え、ここで思いのままに駆け出してしまったらナヅカ博士と同じになってしまう。スリッパ制裁は御免被りたいところなので、弥生はリーダーらしく確認すべきことを済ませるべくウィンドウを開いた。


「え~っと、この場所は……やっぱりフィールドっていう扱いだね。町でもダンジョンでもない。……ってことは魔物もいるはずなんだけど……聡一郎?」


「少なくともまだ姿は見ていない……が、時折こちらを窺うような気配は感じるな」


「これだけ複雑に入り組んでると、隠れる場所なんぞいくらでもあるからなぁ……。空からは何か見えたかな?」


「あ、そうだね、そろそろ呼び戻そっか。清歌~!」


 空に浮かぶ四角い影に向けて声を掛けると、ひょっこり顔を見せた清歌が「はーい」と返事をして急降下してきた。


「おかえり~、偵察ありがとう、清歌。……で、何か見えた?」


「はい。まずは撮影してきた写真をご覧になって下さい」


 そう言いつつ清歌は撮影した写真を次々と開いていく。上空から撮影しただけあって、広場から見える景色とは全く違う印象の写真が何枚もある。特に上層にある家と思しき写真などは、蔦に覆われた上に家の中央を貫くように木が生えていて、緑に埋もれていた。砂が積もっている下層とは印象が真逆だ。


 写真と清歌の証言から、この島の全体像は大凡掴むことができた。島全体の形状はほぼ正方形で、一番標高の高い場所は中央部にある神殿のような建物のある場所だ。街並みにはある種のパターンがあり、今いる場所のような広場から路地が伸び、また別の広場に繋がっているという構造になっている。そして階段や坂で上層へと繋がっていて、二層目以降は路地ではなく橋になっている箇所が多いようだ。


 問題は殆どの階段と橋が朽ちているところで、一応繋がっている物であっても、上を歩いたら崩れ落ちてしまいかねないような印象だ。しかもその橋や階段を通らなければ行けないエリアがある、という箇所に限って大きく崩れ落ちているという、なんとも意地の悪い仕様になっている。


 なお上空から観察したところ、上層の緑がある区域には小動物型の魔物や、それよりもやや大きい獣型(猫科)の魔物の姿が確認できている。ただ下層については上空から見ても死角が多く、魔物は発見できなかった。


「……ってマテマテ! 床に穴が開いてる所があるぞ!?」


「あらホントね。落ちたらスベラギまで真っ逆さま……ってことかしらねぇ。と言っても、この位の穴、跳び越えるくらい簡単でしょ?」


「そうだが……。俺が言いたいのは、最下層が砂に覆われてるのは、崩れ落ちそうな床をカモフラージュするためなんじゃないかっつー話なんだが……?」


「「「「あ~~」」」」


 悠司の不吉な推測に、思わず四人揃って納得の声を上げる。落とし穴など設置型トラップの基本中の基本ともいえるものだが、踏み抜いたら最後、強制スカイダイビングというのはいかがなものかと、ツッコミたいところである。救いがあるとすれば、地面に到達するまでには時間的猶予があるので、転移魔法を十分使用できるという点であろう。無論、落ち着いて操作できればの話ではあるが。


「確かに最下層だけ砂だらけっていうのは、な~んか怪しいよね……。む~、なんだか罠だらけって感じだね、このフィールド。歩き回るだけでもメンドクサソウだよ……」


「確かに足元に注意を払わなければいけない場所ですね。……ただ、私が確認した限りでは、一応(・・)、生身でも全ての場所に行けるように配慮されているようです」


「はい? それは移動系アーツ無しでってことなの?」


「ええ。例えば……この大きく崩れている階段などは、この横から突き出ている棒に取りついて、さらに上の棒に跳び移れば上層へ行けますね」


「え゛」「はい?」「あ~、なんとか……できるか?」「うむ。恐らく可能だろうな」


 清歌が示した写真に写る殆ど原形をとどめていない階段は、横の壁から棒が付き出しており、これがしっかり固定されているならば清歌の言った方法で上層へ飛び移ることも出来るだろう。


 ただしそれは鉄棒の蹴上がりができることが前提で、更に鉄棒の上に乗ってジャンプする必要がある。生身でやるにはかなり難度が高いと言わざるを得ない。


「……しかし、こちらの落ちている橋はどうにもならないのではないか?」


「あ、そちらは橋から一旦下の塀の上に降りて、そのまま助走をつけて……ここに跳び移り、さらに反対に跳んでこの場所に取りつけば、後は簡単によじ登れると思います」


「うわー、そりゃ俺には無理だな。塀の上を走れるほどバランス感覚に自信がない」


「ふむ……。俺が挑戦するなら最初のジャンプでこちらに取りついて、力業でよじ登って行った方が確実だろうな」


「ああ……、聡一郎さんの体格と力があれば、その方がいいかもしれませんね」


「流石だな、二人とも……」


 ちなみにもはや話についていけなくなってしまった、身体能力に関しては平均以下の約二名は、魂の抜けた虚ろな表情で聞き流していた。


 清歌の指摘した通り、生身の能力だけでも突破できるように救済ポイントが用意されているのかもしれないが、体操部に所属している人でもなければ無理というレベルが要求されるのでは救済の意味がないのではないか? 弥生としては、このフィールドを設計した開発スタッフを厳しく追及したいところである。


「ふふっ、弥生さん。これはあくまでも身体能力だけで移動する気なら、という話ですから。先ほどは配慮と言いましたけれど、どちらかと言うと開発の方のアリバイ作りという印象を受けますね」


「アリバイ作り……。つまり“生身でもクリアできる構造になっている”って言うためにわざわざ作ったってことね」


「う~ん……あり得る、かも? ま、どっちでもいいか。私らは移動系アーツも揃ってるから問題ないだろうし」


「だな。……で、今日はどうする? 残り時間いっぱいまで、ココを探索するのか?」


「そのつもりなんだけど……、博士とルーナさんがどうするのかにもよるんだよね……」


 そこへ噂をすれば影という感じにナヅカ博士とルーナが戻って来た。――より正確には、ルーナがナヅカ博士を引き摺るように連れてきたと言うべきであろう。どうやらこのフィールドにいる――とナヅカ博士は確信している――未知の魔物を求めて、今にも飛び出していきそうなところを強引に引き止めたようである。ナヅカ博士が少々ブー垂れていた。


 弥生が写真を見せながらこのフィールドに関してざっと説明して今後の予定について尋ねると、ルーナが意外な返答をした。


「私たちは一旦学院に引き上げます。皆さんに同行したいのは山々なんですが、移動系アーツが殆どない私たちでは足手まといなってしまいますので」


 ナヅカ博士の方もそれでいいのだろうかと弥生が視線を向けると、彼女も渋々といった感じで頷いた。


「う~ん、残念だけど仕方ないよね。いろいろと興味深い場所だけど、私たちの場合、ココを調査するには念入りに準備しとかないとダメそう……。キミ達に頼りきりっていうわけにはいかないからね。護衛をお願いするなら、ちゃんと依頼を出すべきだし、今日のところはどういう場所なのかこの目で確認できただけで良しとするよ」


 清歌たち五人がスベラギ学院の生徒で、ナヅカ博士の下で学んでいるのであれば問題ないのだろうが、彼女たちはたまたま石板の謎を解いたというだけの冒険者に過ぎない。護衛依頼を出したわけでもない冒険者におんぶにだっこ状態で調査をするのは、お互いにとって良くないとナヅカ博士は考えたのだろう。


 興味を持ったことには猪突猛進の困ったチビッ子という側面ばかり目立ってはいるが、ナヅカ博士はれっきとしたスベラギ学院の教員なのだ。――あからさまに“不本意だ”という表情をしているのはご愛敬である。


 そうと決まれば話は早い。七人は学院へと引き返しパーティーを解散した。


「みんな今日はありがとう! 石板の起動法が分かっただけでも大進歩だよ!」


 学院へ戻ったことで気持ちを切り替えたのか、ナヅカ博士が元気よく明るい笑顔で五人にお礼を言う。横に控えて居るルーナも深々とお辞儀をしていた。


「いえいえ。こちらこそお時間を取って頂いてありがとうございました」


「いや~、ちょうど急ぎの仕事が片付いたところだったからね。あっ、そうだ! 伝え忘れるところだった。キミたちはこれからさっきの遺跡(フィールド)を探索するんでしょ? 便宜的に私の研究室の外部受講生という扱いにしておいたから、次からはいちいち私のアポイントを取る必要はないよ。冒険者ジェムを受け付けに提示するだけでオッケーだから」


 思いもよらなかったナヅカ博士からの申し出に、清歌たちは思わず顔を見合わせ、次にルーナを見る。彼女も頷いているところを見ると、ナヅカ博士が独断と勢いで決めてしまったことではないらしい。


「私たちとしては、とてもありがたいことなんですけど……。大丈夫なんですか?」


「うん。大丈夫大丈夫。キミ達に協力してもらったのはこれで二度目だし、特に今回のことは大きかったからね! あ、そのかわりと言っては何だけど、調査に進展があったら報告してくれると嬉しいな」


「はい、分かりました。ありがとうございます」


 弥生が代表してお礼を言いお辞儀するのに合わせて四人も頭を下げる。


「このくらいなんでも無いよ! じゃっ、キミたちは調査がんばってね~」


「今日はありがとうございました。それでは、私たちはこれで失礼しますね。……さて、では先生はこれから特訓ですね(ニヤリ★)」


「ううっ、やっぱりやらなくちゃいけないんだよね……。自分の眼で確かめたいものもあったし……、しかたないかぁ~」


 肩を落としてトボトボと歩くナヅカ博士と、その肩をポムポムと叩いて慰めるルーナの後ろ姿を五人が見送る。


 興味のある事にはまっしぐらなナヅカ博士としては、いちいちマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)に護衛依頼を出さなければ研究対象に近づけないというは我慢できないことなのだろう。ここはルーナの特訓を受けてもらうしかない。


 弥生はナヅカ博士の健闘を祈って心の中で敬礼すると、仲間たちに声を掛け、再びゲートから転移した。


「あ、私はパーティーから抜けて単独行動をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「え? あ~、そっか。ここはダンジョンじゃないから……」


「はい。出来れば戦闘は避けて、魔物(モフモフ)探しをしたいと思います。あと一番高い場所で双眼鏡を使ってみようかと」


「あ~、そりゃいいな。あの神殿みたいな場所なら見晴らしもいいだろうし、なんか重要ポイントとやらも見えるかもしれん」


「そね。だったら今日は下層の探索をメインにしましょ。空飛ぶ毛布が必要になりそうなのは、上層からだからね」


「ふむ。双眼鏡でもう少し詳細な情報が得られれば、今後の探索が楽になるだろうし、その方が有難いか」


 全員の同意が得られた清歌は、パーティーを抜けて飛夏とのペアになった。


「先ずはあの神殿を目指すの?」


「はい。途中で魔物に出会ったら仲間にできないか試しつつ、最上層の神殿を目指すつもりです。……では、お先に失礼します(ニッコリ☆)」


 清歌は綺麗なお辞儀をすると、くるりと振り返り走り出した。


 空飛ぶ毛布を使うかと思っていた四人の予想を裏切り、清歌はハイジャンプとエアリアルステップを駆使して壁の上へ跳び、屋根の上を駆け抜け、更に上層へと跳び移り、アッという間に四人の視界から姿を消してしまった。アーツを駆使しているとはいえ、見事な身のこなしに弥生は思わず見惚れてしまっていた。


「ほえ~、清歌カッコイイ……」


「毎度のことながら凄いわねぇ。……ソーイチなら同じことをできるのかしら?」


 絵梨の質問に聡一郎は生真面目な表情で腕を組み、頭の中で先ほど見た清歌の動きをトレースしてみる。


「似たようなことはできると思うが……俺は清歌嬢ほど身軽ではないし、エアリアルステップの使い方も上手くはないからな。全く同じことは無理だろう。それに清歌嬢が思い切った行動をとれるのは、飛夏のお陰で魔物に襲われる心配がないからというのもあるしな」


「ああ、なるほどな。……しかしまあ、空飛ぶ毛布であっさり行けるところをわざわざ走っていくってのが、清歌さんらしいっつーかなんつーか……」


「あはは。……なんか飛び出す前に楽しそうな顔してたから、たぶん単純にああいう事をやってみたかったんじゃないかな~って思うよ?」


「あ~~」「あれはそういう意味だったのね……」「ふむ、よく見ているな」







 バカン!


 古びてガタが来ていたクロゼットを強引に開けると、かぶっていた埃がもうもうと周囲に広がった。


「ゴホッゴホッ……。ちっ、ろくなものがないわね」


 埃の直撃を受けてせき込んだ絵梨が、中を覗いて忌々しげに舌打ちをする。


「絵梨……、何というかその盗賊のような物言いはどうかと思うのだが……」


「あら、私としたことが……。まあでも、私らが今やってることって、要するに遺跡あらしみたいなものよね?」


 絵梨の身も蓋も無い物言いに、弥生たち三人が渋い顔になる。否定しきれない事実故に反論できなかったのである。


 現在、弥生たち四人は最下層にある民家の一つに入り、中を物色――もとい、探索しているところである。


 砂は屋内にまでは侵入しておらず、遺跡の風化度合いと比較するとまだ状態はいい方だ。とはいえ、それはあくまでも比較的ましという話で、埃はかぶっているしあちこち立て付けは悪くなっているしで、ドアを開けるだけでも一苦労という感じだった。


「<ミリオンワールド>では流石に民家に侵入して、勝手にクロゼットを開けるなんてことはできないけど……」


「まあ、今やってることはナニかっつーと、遺跡あらし……みたいなもんだわな」


「う~む……、冒険者稼業などそういうものと考えることにするべきだろうな。深く追及しても、いいことはなさそうだ」


「そそ、割り切りが重要よ(ニヤリ★)」


 などとうそぶきつつ、絵梨はさらに次のクロゼットのドアを開けにかかった。その様子に苦笑しつつ、弥生たちも割り切って探索を再開した。


 いくつかの家屋を探索してみて分かったのは、目ぼしいもの――ぶっちゃけ金目のものは何も残されていないということだった。民家に残されているのはせいぜい食器類や衣服の類くらいのもので、あとは割れた壺やボロボロになった絵画と思しきものが残されているくらいだ。


 弥生は一通り探索を終えた部屋――おそらくリビングルーム――を改めて見回してみる。暖炉や棚といった備え付けの物は当然残っているものの、ソファやテーブルなどの調度品が全くないためガランとしている。


「なんていうか……、引っ越した後っていう感じだね。この遺跡にある家全般がそうなのかな?」


「引っ越した後か、確かにそんな印象だな。……っつーことは、この遺跡は計画的に放棄されて、住人が退去するだけの十分な時間はあったってことになるな」


「うむ。……となると、価値のある物はすべて持ち出されていると考えるべきだろうな」


「それは残念ねぇ、宝箱でもあるんじゃないかって期待してたのに……」


「う~ん、分かるけど……、ここはダンジョンじゃなくってフィールドなんだから、たぶん宝箱はないんじゃないかな?」


 弥生の指摘に絵梨は「そういえば」と頷く。入り組んだ路地とたくさんの部屋という構造がまるでダンジョンのようで、フィールドであるということをすっかり忘れてしまっていたのだ。


「そういえばそうだったわね。それにしても……、考えてみればこういう状態でよかったのかもしれないわね」


 意味あり気な台詞を言う絵梨に三人の視線が集まる。


「もし、何らかの事件とか不慮の事故で一夜にして滅んでしまった……みたいな設定だったとしたら、この遺跡はどんな雰囲気になっていたと思う?」


「え? えーっと、一夜にして滅んだってことは、それまで普通に人が生活してたってことだよね……。ということは……」


 路や市場には人が行き交い、広場では子供たちが遊び、民家では家族の団欒の光景が広がっていたのかもしれない。もしそれが何かの災害で一瞬にして滅んでしまったとしたら?


 恐らくお宝という意味ではいろいろなものが残されていたことだろう。宝飾品や置物の類、高価な食器、調度品、古い時代の貨幣――などなど、裕福そうな屋敷でも物色すればそれこそ一財産になるかもしれない。


 が、同時に人が生活していた痕跡もまた、生々しく残っているはずだ。そこら中に骨が転がっていたかもしれないし、この乾燥している下層ならば、場合によってはミイラ化した遺体にすら遭遇したかもしれない。


 いかにゲームとはいえ、このリアルな<ミリオンワールド>でそんな状況に直面した場合、果たして図太く金目の物を物色できるかどうか――正直言って弥生には自信がなかった。


「う~ん……。あんまりそういう状況は想像したくないなぁ~」


「その場合、遺跡あらしどころか、墓あらしになっちまいそうだもんなぁ……」


「うむ。確かに放棄された町でよかったと言うべきかもしれんな」


 意見の一致を見たところで四人は顔を見合わせて、ちょっと気の抜けた溜息を吐いた。


 いずれにしても、この遺跡の傾向は把握できたと言っていいだろう。民家にはほとんど見るべきものは無いようだから、マップを埋めることと、棲息している魔物を確認するという作業に注力すればいい。


 四人はそう方針を定めると、探索を終えた民家を後にするのであった。




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