#7―11
「あっ、キミたちっ! よく来てくれたねーっ! 石板の謎が解けたって聞いたから、首を長ーーっくして待ってたんだよ! もう、こんな重要なことは仕事なんか放っておいて、もっと早く……ちょっ、まっ……ルーナ待って! 無言でスリッパを構えないでってば! ちょちょ、ちょーっとした小粋なジョークじゃない。そんな目くじら立てないでよぉ……」
ルーナと打ち合わせをした日から現実で二日後のこと。予定通りマーチトイボックスの五人はスベラギ学院を訪れていた。ナヅカ博士の都合――正確には博士の意図を酌んだルーナによって――でログイン直後のことであり、今回の試験勉強は後回しとなっている。果たして予定通りに勉強に戻れるかどうかは――彼女たちの意志の強さ次第である。
なお都合というのは要するに、仕事を片付けたナヅカ博士に“待て”をさせる自信がルーナにはなかったからという、少々情けない、或いは大人気ない理由によるものである。もっともお願いしているのは清歌たちの方なので、その点について特に突っ込むつもりは無かった。
そういう次第で五人はログインしてすぐに、寄り道することもなくスベラギ学園へと向かった。二度目ということもあり、キャンパスに入るのにそれほどの抵抗を感じることも無く、雑談をしながら暢気に歩いていたところ、ナヅカ博士(暴走状態)の急襲を受けて今に至るのである。
「あっ、大丈夫、もちろん分かってるよ! 謎が解けた“かもしれない”なんだよね。でも私たちが頭を捻っても解読できなかったんだから、試してみる価値は十分あると思うよ? 仮説を立てて検証するのは基本だからね! いやー、それにしても起動キーが音楽っていうのは盲点だったよ。そーゆう可能性は十分あるはずなのに、文字だっていう先入観があったせいか頭から抜け落ちちゃっててさー……」
「ふふっ、ナヅカ博士は今日も絶好調のようですね(ヒソヒソ)」
ナヅカ博士の暴走について、微笑んでそう評したのは清歌である。しかし初見ではないとはいえ、この勢いがありまくるトークにそんな普通の反応ができる者は彼女だけで、弥生たちはかなり引いていた。
「そ、そだね。……そ、それにしても、思ったより注目されてないような気がするんだけど……、なんでかな?(ヒソヒソ)」
立て板に水の如く早口で捲し立てるチビッ子博士と、そのすぐ傍でスリッパを手に静かにたたずむルーナ。そして相対するのは冒険者らしき五人組と、ふよふよと宙に浮かぶ丸い猫の様な魔物。どこからどう見ても目立つ集団なのに、学内を行き交う生徒や教師は割とあっさりスルーしているように見受けられる。
「っつーか、むしろ避けられてるような感じがしないか……?(ヒソヒソ)」
「それはつまり……ナヅカ博士の暴走は、学院ではもう名物になってるってことでしょ。下手に捕まったら大変って分かってるのよ(ヒソヒソ)」
「……遠巻きにこちらを窺っている者はいるようだぞ?(ヒソヒソ)」
「話の内容は気になるんじゃないかしら? 研究者としては優秀……らしいから、ナヅカ博士は」
などとヒソヒソ話をしている内に、話の内容は最近の魔物研究の話に移り、さらになぜか従魔の話へと飛んでしまっていた。
前回もみくちゃにされた記憶から警戒感を露わにして清歌の背中に隠れている飛夏と、どうにか視線を合わせようとひょこひょこ動いているナヅカ博士は、傍から見ている分には結構可愛らしい。しかし余計なお世話かもしれないが、そろそろ自制心を働かせて本題に入った方が良いのではないか――というのが清歌たちに共通した思いだった。
なぜならば、隣で控えているルーナがこめかみをピクピクさせながら、徐々に怒気を膨らませていたからである。
「……んせい……先生……、ナヅカ先生! ……ハァ、仕方ありませんね」
ちょっと大きな声で呼び掛けても全く気付くことなく、両手をワキワキさせ始めたナヅカ博士に溜息を吐いたルーナは、やや目を細め、見る者をゾワッとさせる笑みを浮かべると、スリッパを持った手を大きく振りかぶって――
スパーンッ!!
容赦なくナヅカ博士の頭へと振り下ろした! インパクトの瞬間、ルーナはキラッと輝くイイ笑顔をしていたのを清歌たちは見逃さなかった。
「イタッ! 痛いよぅ、ルーナぁ~。だからスリッパで叩くのは止めてっていつも言ってるじゃない」
頭を押さえてしゃがみ込んだナヅカ博士が、ルーナを見上げてちょっと情けない声でした抗議に、ルーナは澄まし顔で反論する。
「私は何度も呼びかけましたよ? それも結構大きな声で。それでも気付かない先生を正気に戻す為に、“止むを得ず”スリッパを使った次第です。信じられないならどうぞ皆さんに確認してみて下さい」
視線で尋ねられた五人はそれぞれ頷く。果たして“止むを得ず”だったかはびみょ~に怪しいところだが、何度もしていた呼びかけに全く気付いていなかったのは紛れもない事実だ。
涙目の上目遣いで見上げてくるナヅカ博士には、どこかいぢわるをしたくなってしまいそうな雰囲気がある。もしかするとルーナは、こんな姿を見たくて厳しい愛の鞭を振るってしまう――のかも?
「で、でもさぁ~、もっと他の方法もあるんじゃないかなって思うんだけど……」
「それはともかく先生、そんなに無駄話をしていていいんですか? 早く実験をしたくてウズウズしていんじゃありませんか?」
「ハッ、そうだった! 急がなくっちゃダメじゃない! じゃあみんな私について来て。演習場の方に石板を用意してあるんだ。ついでに楽器もそっちに運んでおいたから、すぐに始められるよー」
すっくと立ちあがったルーナは、スリッパ攻撃の一件など忘れてしまったかのように、意気揚々と歩き始めた。
実にアッサリと話を逸らされてしまったナヅカ博士に、六人と一匹が全く同時に小さく言葉を漏らす。
「「「「「「……チョロい(ですね)」」」」」」「ナ~」
演習場はテニスコートほどの面積の、壁と屋根があるだけの倉庫のような場所だった。ちなみに床はむき出しの地面なので、建物というより運動場を壁で区切って屋根を付けたといった方が正しいかもしれない。構内に演習場はいくつか点在しており、屋根がないタイプの物もある。
これら演習場は、授業や自主練習などで魔法やアーツの実技練習をする場として利用されている。そのため壁と屋根は魔法で強化されており、ちょっとやそっとのことでは壊れないようにできている。
ラノベの主人公だったら、たぶん何気なく放った魔法で壁をぶっ壊したりするんだろうな――などと考え、絵梨が人知れずニヤリと笑っていた。
「このくらいの広さだと、大人数で魔法の実習なんてしたら危なそうだな……」
演習場の中をぐるっと見回した悠司は、思ったよりも狭いという印象を受けた。聞いていた説明では魔法の実技練習はクラス単位で行っているとのことだったので、この広さでは少々不足だろう。
「授業で行う魔法実習はもっと広い演習場で行いますよ。ここは普段、個人での自主練習や模擬戦を行うのに使用されていますね」
「なるほど~、ま、今回の実験はこの広さで十分ですよね。っていうか、ここならピアノを持ってきても良かったかも……?」
「あー、まあそうだな。っつっても、俺らだけ見てるだけってのも面白くないからなぁ……」
「こういうのは皆でチャレンジした方が楽しいからね~」
「そういえば、お二人は楽器を持っていないようですが……どうされるんですか?」
「私と悠司は歌うことになっているんです。……演奏できる楽器が無かったもので……あはは」
石板は演習場のほぼ真ん中に寝かされており、その近くには頼んでおいたバスドラムとスネアドラムが置かれている。絵梨と聡一郎は自分が担当する楽器を叩いて感触を確かめており、また清歌はギターのチューニングをしているため、弥生と悠司は現在手持ち無沙汰なのである。
そんな雑談をしている内に清歌がチューニングを終えて、二人の元へやって来た。
「お待たせしました、弥生さん、悠司さん。では、まず音合わせをしましょうか」
「おっけー、じゃあ練習通りに……」
「あっ! ちょっと待って」
早速始めようとしたところに弥生が待ったをかけ、悠司は思わず大袈裟に体勢を崩した。
「弥生さんや、せっかくやる気になっているところに水を差さないでくれまいか?」
「ゴメンゴメン。……でも確認しておかなきゃいけないことがあるんだよ。ナヅカ博士、ルーナさん、お二人はどの位戦えますか? ええと、対人戦ではなくて魔物相手という意味で、ですけど」
その問いかけにナヅカ博士とルーナは顔を見合わせた。なぜそんなことを聞かれるのか困惑しているようなので、弥生は少々補足する。
「この手のモノにはトラップが付き物なんで、起動した途端に何かが出て来るっていう可能性も無きにしも非ずじゃないかな~と。まあ、あくまでも念のためです」
なにしろ意表を突くことが好きそうな<ミリオンワールド>開発スタッフのやることだ。石板が起動して「やった!」と思った瞬間、魔物が現れる――なんてことも普通にありそうだ。とはいえ、NPCに“開発スタッフ”などというメタな説明をするのはどうかと思うので、トラップが付き物と言い替えたのである。
「フムフム、確かに遺跡には罠が付き物だよね。……あ、それで私はそれなりに魔法を使えるけど近接戦闘は苦手って感じの、典型的な後衛タイプだよ。強さは……前衛がいればスベラギの南だったら特に問題ないってレベルだね」
「私もタイプとしては先生と同じです。魔法の腕は若干落ちますが、運動神経は先生より……いえ、まぁ普通といったところですね」
「ルーナ……。わざわざ言い替えたのはどうしてなのかな?」
「運動神経に関して、先生は比較の対象として適当ではありませんからね。殆どの人が優れているということになってしまいますから」
「そ、そそ、そんなことないよ! 私の運動神経は普通レベ……」「先生?」「……ごめんなさい、嘘です。運動は苦手です……」
ゲーム内での戦闘はともかく運動自体は苦手である弥生は、ナヅカ博士の情けない声と表情にホロリとくるものがあった。
それはさておき、二人とも後衛の魔法使いタイプ、それも固定砲台に近いものと考えていいだろう。ルーナのスリッパ攻撃はなかなかの鋭さがあるのだが、それはナヅカ博士への愛とストレス故のもので、魔物相手では別の話のようだ。ナヅカ博士の方は反射的な行動も苦手そうなので、二人には後ろに控えて居てもらった方が良さそうである。
しかし、その方針にはナヅカ博士が難色を示した。
「う~ん、でもそれだと石板が良く見えなくなっちゃうよね。実験中の反応をちゃんとこの目で確かめないと意味がないよ」
研究者としてそこは譲れないという事なので、弥生たちとしては無下には出来ない。今回の実験はナヅカ博士の好意で協力してもらっているのだ。なので相談の結果、ナヅカ博士とルーナには千颯の背中に乗って貰い、演奏が終わったら石板の元から速やかに離れる手筈となった。ちなみに、戦闘になる可能性を考えて飛夏は送還し、今は雪苺と千颯という構成になっている。
「スゴイ! 凄いよっ、ルーナ! まさかボックスハウンドに乗せてもらえるなんてっ! これぞ正に一石二鳥! この運の良さはもはや神懸っていると言っても過言ではないねっ! ちょっとルーナ反応が鈍いよ? ボックスハウンドはスベラギ南では最強クラスの魔物で個体数もそんなに多くないから、間近で観察できるだけでも奇跡なんだよ。そんな魔物を従魔にしているってだけでも驚きだけど、この闇の武具を応用して鞍を作るなんてすごい発想だよ! そもそも魔物の能力っていうのは……」
清歌の指示により、闇の武具を使用して鞍を生成した千颯の姿を見たナヅカ博士が、本日二度目の暴走状態に突入した。
「ちょっと、悪いことをしてしまったかもしれませんね……(ヒソヒソ)」
「千颯に乗って貰うように提案したのは私だから、責任の一端はこっちにもありそうね……(ヒソヒソ)」
「っていうか、ナヅカ博士っていわゆる天才なんでしょ? その割には学習能力が……ねぇ?(ヒソヒソ)」
などと話していると、視界の隅にスリッパを大きく振りかぶるルーナの姿が映った。今日のスリッパは血に飢えている――かは分からないが、本日二度目の餌食になってしまうかと心の中で十字を切ったところで、殺気に気付いたナヅカ博士が我に返ってルーナを見た。
「ま、待ってルーナ! 落ち着こうよ! 話せば分かるから、ね?」
「な、に、を、話せば分かるというのでしょうか、先生?」
「いや、だからほら、実験の邪魔になることはしないから。……だ、だからその手を降ろそうよ。そんな物騒なモノもしまって、ね?」
一般的にスリッパは決して物騒なモノではないのだが、ナヅカ博士にとってはもはや恐怖を感じる武器なのだろう。なにやら立て籠もった凶悪犯を説得するような口調のナヅカ博士にルーナは溜息を吐くと、手を降ろしてスチャッと懐にスリッパをしまった。――専用のホルスターでも装備しているのだろうか?
「もう、先生? ボックスハウンドには私も驚きましたけれど、今日の本題はそちらではないんですから、自重して下さいね」
「はーい、大人しくしてます……」
どうやら一件落着したようなので、清歌たちは気を取り直して演奏の音合わせを始めた。
音合わせをしながら石板の様子も観察していたのだが、見たところ特に変化はなかった。
「少しくらい反応があるかと思ってたんだけど……」
「そうですね。……もしかして的外れだったのでしょうか?」
「それはまだ分からないよ、ちゃんと演奏してたわけじゃないからね。さて、みんな準備はいい? 本番いくよ~!」
「はい」「オッケーよ」「大丈夫だ」「応、いつでも」
「ナヅカ博士とルーナさんもいいですか?」
「問題なし。何があっても見逃さないよ!」「はい。先生のフォローもお任せ下さい」
石板のすぐ手前には千颯の背中に乗ったナヅカ博士とルーナが。その外側にぐるっと弧を描くように左から、絵梨、聡一郎、清歌、悠司、弥生という順番に並んでいる。
「よし。じゃあ清歌、お願い」
「承知しました。では、みなさんよろしくお願いします」
清歌がギターのボディーを軽く叩いて拍を取り、そして演奏が始まった。
打楽器の音が加わり、主旋律の歌がハーモニーを奏でる。清歌の演奏だけが突出して優れていてアンバランスではあるが、一応楽譜通りの合奏は出来ているようだ。
演奏が一小節終わったところで石板に変化が現れた。演奏した個所と思しき部分の絵文字が光を放ち始めたのである。
どうやら一小節ごとに正解を演奏しないと、石板は反応を見せないようだ。全て演奏し終わるまで全く変化がないというよりはましかもしれないが、これでは石板の反応を見つつ正解の音を探るという解読法は使えない。仮に清歌のようにこれが楽譜であると直感できたとしても、その後の解読は元の曲を知らなかった場合、かなり困難な作業となっただろう。
石板の反応を気にしつつも慎重に演奏を続け、やがて最後の小節が終わる。
すべての絵文字が光を放ったのを見届けたところで千颯が石板から後方に飛び退り、冒険者組の五人はそれぞれ武器を取り出して身構えた。
七人が固唾を飲んで見守る中、石板の外周に沿って円柱状の光が立ち上る。そして光る絵文字が石板から離れて舞い上がると螺旋を描きながら光のスクリーン上に乗り、やがてリング状に整列した。全ての絵文字が整列を完了したところで、円柱状の光のスクリーンが絵文字の並びへと収束してゆき、最終的には光る六本のリングへと変化した。
その様子は清歌が解読の段階で作成した、横並びに作り直した石板の画像にそっくりの光景だった。
「……成功した……のでしょうか?」
「たぶん、な。安定してるし、これ以上の変化はなさそうだ」
「ナニかが出てくる様子もない……、わね」
「うむ。魔物の気配は感じないな」
「よしっ! 大成功~! やったね、清歌!」
「はいっ! ありがとうございます」
臨戦態勢を解いたマーチトイボックスの五人は、ハイタッチを交わした。
謎を解いてゲートが起動したのだから、取り敢えず飛び込んでみる――のは、普通のゲームの話である。この石板は学院の持ち物であり、今回の実験はあくまでもナヅカ博士の研究の一環として行ったものなのだから、まずは学院の二人による調査が先だ。
という訳で現在の清歌たちは、石板に取りついてあーだこーだ言っている二人を後ろから見ているしかない状態だ。
「ポータルとは違う技術みたいだけど、これは間違いなく何かの転移ゲートだね。対になるゲートがあって、相互に行き来できるタイプの物みたいだけど……」
「ええ。……ですが先生。操作用コンソールもありませんし……、手で触れても魔力が作用する気配がありませんよ?」
「だよね……、どういう事だろ? どうみても起動には成功してるし、正常に動作してるはずなんだけど……」
石板を調べつつあーだこーだ言っている二人は、良い関係を築いている研究者とその助手に見える。これまで清歌たちが見てきた二人の姿は、ボケと(激しい)ツッコミの夫婦――ではなく、師弟漫才ばかりだったので、真面目な二人の様子は新鮮だった。
(なんていうか、この二人ってちゃんと研究者だったんだな~)
などと弥生は少々失礼な感想を抱きつつ、何気なくシステムログを開いた。それは単にやることが無かった為に、普段の戦闘やクエスト終了時にする確認をやってみただけのことなのだが、内容を見た弥生は目をまん丸に見開いて思わず二度見してしまった。
「ちょっと皆、ステータスを開いて。すっごい経験値が入ってるよ! 私はレベル三十五になっちゃってる」
「は!? まさか……って、本当だ。俺はレベル三十四まで上がってるぞ」
「確かにすんごい経験値ね……。ちなみに私はユージと同じく三十四ね」
「う~む、凄いな、一気にレベル三十五か。俺などはスネアドラムを叩いただけなのだが……」
自分のステータスを確認した悠司たちは、一気に上がったレベルについて驚くと同時に喜んでいるようだ。しかし清歌だけは不思議そうに首を傾げている。
「妙ですね……。なぜか私は三十六までレベルが上がっています」
「えっ!?」「へぇ~」「ほほう?」「なんと!?」
イベントやダンジョン以外では基本的に戦闘をすることはなく、また生産職でもない清歌は、他の四人に比べてレベルの上昇は遅い。なので石板起動クエスト――これがクエストだったなら、だが――の前までは清歌のレベルが一番下だったのである。
「あ、でも楽譜を解読したのは清歌なんだし、多く経験値が入ってもおかしくないんじゃないかな?」
「なるほ…………いや、そりゃおかしいだろ。楽譜の解読は現実でやって、こっちじゃいきなり演奏したんだから、解読は経験値に反映されないはずだ」
「あ……、そっか。……でも、じゃあなんで??」
考え込むことしばし、それらしい回答に気付いた絵梨がポンと手を打った。
「分かった! たぶん清歌が二人分のパートを受け持って演奏したからよ!」
恐らくこのクエストは、六人パーティーでそれぞれ一つのパートを演奏してクリアするように設計されているのだろう。それを二人分受け持ってクリアしてしまったため、清歌には二人分の経験値が転がり込んだという訳だ。
「ははぁ……、つまり演奏するパート一つごとに経験値が設定されてるっていうことか。ありそうな話だな」
「うむ、<ミリオンワールド>の開発はそういうところはフェアだからな」
「なるほど、そういう事でしたか。……これはピアノで四パート分演奏しなかったのは正解でしたね」
「あはは、そだね。……って、あれ? 考えてみたら少人数のパーティーでクリアするには、清歌みたいに演奏ができる人がいないと無理だよね、このクエスト」
「そね。……これは推測でしかないけど、少人数で挑む場合はNPCに力を借りることになるんじゃないかしら?」
絵梨の考えでは、この石板開放クエスト(仮称)は本来、情報を集めていって謎を解くお使いクエストの一種なのだ。楽譜を解読して演奏をするという過程で、場合によっては演奏してくれるNPCを探すという分岐もあるのだろう。そしてNPCに力を借りた分だけ、言い換えると自力でクエストを解くウェイトが少なくなればなるほど、クリア時に入手できる経験値が減るというシステムだ。
自分たちの場合、全ての過程をすっ飛ばして完全な自力――清歌頼みではあるが――でクリアしてしまったがために、莫大な経験値をゲットできたのであろう。
絵梨の説明に四人が頷いていると、石板を調べていたナヅカ博士とルーナが突然声を上げた。
「えっ!?」「そ、そんな……。まさか時間制限付きなの!?」
声の方へと視線を向けると、六本のリング状の光はすでに消えていて、ただの石板を前に立ち尽くすナヅカ博士とルーナの姿があった。
五人は二人の元へと駆け寄る。
「あ、みんな。……見ての通り元に戻っちゃったよ。あ、念の為に言っておくけど、私たちが何か変なことをしたわけじゃないから」
「ああ、いえ。そんな疑いは持ってませんが……どうします? もう一度演奏しますか?」
そう尋ねる絵梨をよそに、弥生は石板の元へとしゃがみ込んでいた。ゲーム的に考えるなら、一度面倒なプロセスで起動させたシステムは、二度目以降は簡単に動かせるようになっていなければおかしい。時間経過で自動的に機能が休止状態になるというなら尚更で、もし毎回同じミニゲームを要求されようものならクソゲー認定されてしまうことだろう。
案の定、石板のすぐそばにしゃがみ込んで視線を合わせると、小さなウィンドウが現れた。
「あ、やっぱり。……ポチッと」
ウィンドウに表示されている起動ボタンを押すと、石板からリング状の光が一本ずつ浮かび上がっていき、先ほどの光景に戻った。――表示プロセスも簡略化されているようである。
「へっ!? なになに、今何やったの?? どうやって起動させたの!?」
ずずいっとナヅカ博士に詰め寄られた弥生はちょっと仰け反りつつ答える。
「何を……って言っても、ウィンドウ表示が出てきたんで、起動ボタンを押しただけですよ? ……っていうか、今気づいたんですけど……」
弥生はこの先の話を聞いたナヅカ博士の反応を想像してちょっとだけ躊躇したが、このゲートを使わせてもらうためにも話さざるを得ないと判断し、先を続けた。
「起動キーの演奏をした人だけが、この石板を使えるんじゃないかな~……と思うんですけど……」
実際、起動した石板のすぐ傍という今の場所でリング状の光へ意識的に視線を合わせると、ウィンドウが現れ“転移ゲート”という説明書きが確認できる。他のメンバーたちにアイコンタクトを取ると、それぞれ頷いている。どうやら皆にも同じ表示が見えているようだ。
「ああ……、それは盲点でしたね。どうやら、つい一緒に実験をしているつもりになっていたようです」
割とあっさりという感じで答えたルーナに対して、ナヅカ博士の表情は絶望に彩られていた。
「そ……そそ、それはまさか……、まさか、この転移ゲートを自由に使いたければ、私も演奏をしなくちゃ……いけないってこと。……なの、かな??」
「フフ、そういうことになりますね、先生。まあ、大丈夫でしょう。楽譜と解読法は皆さんが提供して下さるということですし」
「ル……、ルーナはいいよ、ヴァイオリンが弾けるんだから。で、でも私は……」
「先生、音痴な上にリズム感も壊滅的ですからね……。まあ、ここは特訓するしかありませんね。幸い今は急ぎの仕事もありませんし。フフ……、大丈夫ですよ。すぐにできるように、みっちり教えて差し上げますから(ニッコリ★)」
「うう……、仕方ないか……」
ナヅカ博士が石板を前にガックリと手を付き、ルーナがその肩をポンポンと叩いている。
今は優しいルーナだが、きっと練習のときはスリッパ片手にスパルタな指導をするのだろうな――と、清歌たちは心の中で本日二度目の十字を切るのであった。