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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第七章 石板の……謎?
90/177

#7―09

2017年最初の投稿になります。

今年もよろしくお願いします。




 九月も第三週に入ると予報通りに残暑も収まり、秋の気配を微かに感じられるようになった。勉強をするのにも適した季節になった――と言えるのだが、試験期間に入ってしまい勉強せざるを得なくなる百櫻坂高校の生徒にしてみると、そう喜んでばかりもいられないようだ。


 そんな日の放課後。部活動もなく、かといって大っぴらに寄り道をして行くのも如何なものかという手持ち無沙汰感で、教室内には奇妙に弛緩した空気が漂っている。試験期間なのだからさっさと帰って、或いは図書館にでも行って勉強するべきだ――というのは正論で、スイッチを切り替えるように頭を試験モードにするのはなかなか難しいのだ。


 なんとな~く残って駄弁っているクラスメートたちをよそに、手早く帰り支度を整えた弥生が立ち上がり、いつものメンバーに視線を送る。


「よしっ、じゃあ行こうか? 清歌~、絵梨~、聡一郎~」


「そね、移動しましょ」「はい。参りましょう」「了解した」


 何やらウキウキとした様子の弥生を先頭に三人がその後に続き、そそくさと教室を去っていく。


 何故そんなに急いでいるのかと尋ねる間もなく去って行った四人を見送ったクラスメートたちは、しばしポカンとするのであった。




 廊下で悠司と合流した一行は、十五分ほど歩いて駅前のワールドエントランスへと到着した。中に入るとそこは記憶にある雰囲気よりもかなり騒々しく、五人は思わず入り口付近で立ち止まる。


 実働テスト期間中は基本的に冒険者プレイヤーがメインで、旅行者のいるセッション時でもその人数は比較的少なかった。従ってテスト期間終盤にもなれば冒険者は手続きに戸惑うこともなくなるので、ロビーがこんなにもざわついていることは無くなっていたのである。


 思い返してみれば、初めてのセッション時などはどこか熱っぽい喧騒があったような気もするのだが、何しろその時は自分たちもそちらの側だったので、今一つ記憶が曖昧――というか、客観的ではないのだ。


 それにしても、こんな風にロビーで戸惑っている様子の新人冒険者や旅行者の人達を見ていると、何か妙な気持ちが沸き上がって来る。首を捻っていた弥生はその正体を突き止めて、小さくパチンと手を打った。


「あ~、分かった。中三の時に新入生を見た時みたいな感じがするんだ……」


 独り言のようにつぶやいた弥生の言葉に、四人は「あ~」と大きく頷いた。


 ほんの一か月足らずとはいえ、<ミリオンワールド>に関して言えば先輩なのだ。新たに参加する後輩たちの、どこか初々しい様子に新入生を見守る上級生のような気持ちになっていたのだろう。


 とはいえ、ロビーで微妙な間隔を空けて右往左往する人達は、さっさと受け付けを済ませてログインしたい彼女たちから見ると、正直言って邪魔である。


「なるほど。……っていうか、かなり人が多いな。待ち合わせか?」


「そね……。待ち合わせなら、もうちょっと脇に避けていてほしいところよねぇ」


「まあ、入り口に固まっててもしょうがないから、受け付けに行こうよ」


「そうですね。では、参りましょう」


「ひゃうっ!」


 先を促しつつも見慣れないロビーの状況に戸惑っていた弥生の手を、清歌がギュッと握り悠然と一歩踏み出す。


 常にお嬢様オーラを放つ類稀な美少女たる清歌が、別ベクトルの可愛らしさを持つ弥生と手を繋いで歩いていると、それはもう目立つことこの上ない。人ごみは先ほどまでとは違った意味で“どよっ”とするが、自然と道を空けるように綺麗に分かれたので歩き易くはなっていた。


 ――果たして清歌がどこまで狙ってやっているのかは永遠の謎である。


 ちなみに後を付いて行く三人は、何度目かになるこういった状況には免疫が出来ているので、一つ苦笑を漏らしたぐらいで平然としていた。恐らく一番とばっちりを受けたのは、凄まじく注目された状況で五人の応対をすることになった受け付け嬢であっただたろう。


 最新技術の塊である<ミリオンワールド>は、同時に膨大な個人情報も扱っているため、セキュリティがかなりしっかりしている。


 冒険者の場合、受け付けは認証パスだけでなく、アバターを作成するときに用いた画像データを使用した顔認証での本人確認を行い、これをパスしないと上のフロアへ繋がるエレベーターホールへ行けないようになっている。旅行者の場合は身分証明書とチケット、そして予約する時に設定したパスワードの入力が必要になるのである。


 ただのアミューズメント施設と考えるならばかなり仰々しいものであり、ロビーの雰囲気もどこぞの研究施設のようだ。実はデザインなどはある種の演出なのだが、そういった物々しさが初めて訪れた者を戸惑わせているのだろう。


 ホールでエレベーター待ちをしている時、弥生がふと思い出したことを口にした。


「そういえば清歌、お土産グッズの現実リアル出力の話ってどうなってるの?」


「あ、その件ですけれど、もう少し時間がかかるようです」


「……結構大変な交渉になってるってことなのかしら?」


 もしかしてなるべく自分たちの――無論、清歌のオマケではあろうが――利益になるように、代理人さんが必要以上に頑張ってしまっているのではないか? 絵梨の言葉にはそんなニュアンスがあった。


「大凡の話は決まっていると聞いていますので、単にスケジュール的な問題のようです。本稼働の準備を優先すべき時期でしたから」


 開いたドアに五人が乗り込み、悠司がいつものフロアのボタンを押した。


「まあ、そう急ぐ話でもないからな。新人冒険者の対応に不備があるようでは本末転倒だろう」


「確かに私たちとしては急ぐ話でも無いけど……。新しいサービスの一つになるんだから、運営側としては本稼働と同時に始めたかったんじゃないかしら?」


「まぁ、できればそうしたかったんだろうな。学生グループ相手の簡単な交渉で、まさか代理人が出て来るとは思ってなかったんだろう」


「そね。ましてや相手はあの黛家だものねぇ……」


「ちょっと二人とも~? そういう言い方は失礼じゃないかな?」


 清歌が、というよりも黛家がまるで厄介者のような物言いは流石に不味いのではなかろうかと、弥生はリーダーとして注意しておく。もっとも当事者の清歌はそれほど気にしていないようだ。


「ありがとうございます、弥生さん。ただ、黛の名が重い(・・)のは事実ですからね。三森さんもかなり驚かれていましたし……」


「……そうだったね」「驚いていたわねぇ、無理も無いけど」「ま、普通の反応ではある」「うむ。少々気の毒だったな」


 例の話し合いの時、清歌が“黛家のご令嬢”であることを知った二人の反応を思い出した四人は、それぞれ「初めて知ったならあんなものだろう」と考えたようだ。巻き込まれた感のある三森に、何やら同情的である。


 そんな友人たちの妙に頼もしい反応を見てクスリと笑った清歌は、ふとあることに気が付いて小首を傾げた。


「清歌、どうかしたの?」


「ああ、いえ……」


 目的のフロアに到着し、五人は話を続けながらゾロゾロと外に出る。


「考えてみれば、最初の本人確認書類と保護者の同意書で、私が黛の娘であることは分かったのではないかと思ったものですから。……私はともかく、父と母の名は広く知られていますので」


「あれ? 確かにそうだよね。……何で知らなかったんだろ?」


 今更ながらの疑問に五人はそれぞれ考えを巡らせつつ、受け付けカウンターでウェアを受け取り、ログインルームへと歩みを進める。


「恐らく……、本人確認の書類はその為にしか使っていないってことなんでしょうね。つまり本人確認の処理をしたスタッフは清歌の素性を知っていても、ガイダンスを担当する三森さんには名前と顔写真くらいの情報しか渡されてなかったってことじゃない?」


「ふむ……、そういう事なら個人情報の管理がしっかりしていると考えるべきか」


「なるほどなぁ。……っつーかそういう話とは別に、黛って苗字は割と珍しい方だし、清歌さんを見て黛家のお嬢様だとは思わなかったんかな?」


 それは清歌のことを知っている者にとってはもっともらしい疑問ではあるが、初対面の人間がそこまで察するのは難しいだろう。その辺の実感がある弥生と聡一郎がすぐさま否定した。


「それは……ちょっと難しいと思うけどな~」


「うむ。まあ悠司は隣のクラスだから、あの感覚は分かりづらいのかもしれんな」


 清歌と初対面の人は大体反応が似通っていて、まずはその容姿と雰囲気に圧倒されて思わず見入ってしまい、我に返ると慌てて距離を取る――という感じになるのだ。


 清歌たちのクラスの四月がまさにそんな感じで、弥生ですらなんと話しかけていいのか躊躇ってしまい、ファーストコンタクトの機会を逸してしまったのである。清歌が黛家のご令嬢であると広まったのは、割と近くに黛邸があることや車で送迎されていることなどからクラスメートの一人が恐る恐る尋ねた後の事である。


 黛家の名は誰もが知っていても、同じ学校に通っているクラスメートがその関係者であるとは、「まさかこんな所にいるとは……」という思いが先立ち、なかなか結び付かないのである。


 隣のクラスで接点がなく、遠巻きに第三者の視点で見るしかなかった悠司には、そういった機微が理解できなかったようだ。


「なんて言うか、こう……“出来過ぎだ”って思っちゃうのよね、きっと。完璧な容姿と立ち居振る舞いで、その上あの黛家のご令嬢だなんて、そんなフィクションみたいな存在が目の前にいる筈が無い……ってね?」


 出来過ぎという表現が妙にしっくりきて、悠司は「あ~」と納得の声を上げた。


「……冷静に考えれば、容姿はともかく完璧な立ち居振る舞いっていうのはごくごく普通の庶民ではそう身につくものじゃないんだけどねぇ」


 絵梨はそう言いつつ清歌の姿を足先から頭のてっぺんまで見る。今日もいつもと変わらない実に優雅で品のある歩き姿だ。やはりこれが一般庶民の女子高生とはとてもじゃないが思えない――と、今なら思える。


 絵梨に続いて弥生たちまでまじまじと見つめるので、清歌も少々居心地が悪そうに曖昧な笑みを浮かべた。


「ええと、一応褒められているということ……なのでしょうか?」


「あ……あはは、ごめんごめん。もちろん褒め言葉だよ、ね?」


「そそ、褒めてる褒めてる」「うむ、無論褒め言葉だ」「むしろ疑われる方が心外だな」


 びみょ~にわざとらしさが滲み出ている言葉に、清歌は珍しくちょっと拗ねたような表情を見せ、四人の笑いを誘うのであった。







 およそ半月ぶりに<ミリオンワールド>にログインしたマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、まず無味乾燥な中継ポイントで落ち合っていた。


「……結構ブランクがあったから、チュートリアルの時みたいにログインするまでに時間がかかっちゃうかと思ったけど、みんな大丈夫だったね」


「多分もう体で覚えちまってるんだろうな。なにしろ八月はほぼ毎日ログインしてたんだから。」


 まずは全員無事ログインすることができたことに、弥生が感想を述べた。再開をずっと楽しみにしていたので、気持ちが高ぶってログインに時間がかかるかも、と思っていたのである。


「……さて、じゃあまずは予定の確認だね」


 事前の話し合いで、本稼働が始まったら平日は三時間のログイン、日曜祝日などは特に予定が無ければ二時間のログインを二回と決めてある。そして今回の試験期間中は、ログイン時間の半分を勉強に充てる予定だ。


 試験勉強については今回試した結果を見て、今後どうするかを決める予定である。VR内での試験勉強にあまり効果が見られないようであれば、今後は大人しく試験期間は<ミリオンワールド>を控えるつもり(・・・)でいる。なんとな~く、結果がどうあれ今後も採用されそうな予感はあるが、一応建前――親に説明するために必要だった――としてはそういうことになっているのだ。


「予定……っつっても、ホームに行って試験勉強を始めるんじゃないのか?」


「そね。先にゲームを始めちゃうと時間を忘れちゃいそうだものね」


「そういうことじゃなくって、みんな……あ、清歌は除いてだけど、筆記用具とか持ってるの?」


「「「……あ!」」」


 数多くの玩具アイテムコレクションを抱える清歌は普通の鉛筆やペン、ノートの類も持っているが、流石に全員分は持っていない。なので、それぞれ自分用の勉強道具を買いそろえなければならないのである。


 ちなみにシステム的な機能として搭載されているメモパッドやメールなどはキーボード入力なので、レポートを書くというならともかく試験勉強には向いていない。やはり勉強というのは手でノートに書いて覚える方が効果的なのである。


「だからまずはスベラギで買い出しだね。清歌、文房具のお店とかも知ってる?」


「はい。文房具店も知っていますので、ご案内しますね」


「ありがとう、お願いね。……で、ついでに冒険者協会に立ち寄って、ナヅカ博士に連絡をお願いした方が効率的だと思うんだ」


 ゲーマーという人種はとかく効率を重視する傾向があり、RPGにおいては複数のイベントをスケジュール管理して同時進行させるようなことを、割と当たり前にするものだ。弥生の発言はその延長線上にあるものと言える。


「……ああ、確かにその方がいいでしょうね。石板に用事があるからって学院に無断で突撃するわけにはいかないものね」


「ナヅカ博士は石板にご執心の様子だったからな。迷惑かもしれんが、面識もあるし今回もお願いするか」


 リーダーの提案にメンバー全員異論はなく、<ミリオンワールド>再開一日目はまずショッピングからということになった。




 弥生の提案通り、必要そうな文房具類の買い出しをし、更に冒険者協会でナヅカ博士に石板の件で分かったことがあると連絡を依頼してから、五人はホームの浮島へと移動した。


 ちなみにやたらと品ぞろえが豊富だった文房具店でアレコレ目移りした挙句、少なくとも試験勉強には必要ないものまで買い込んでしまったのはご愛敬である。


 さておき、浮島へと移動した五人は早速試験勉強を始める――とはならなかった。それは何故かというと――


「よしよーし、今日もいい毛並みですね」「ナ~」「う~ん、このモコモコ感が……」「やっぱりいいわねぇ……モフモフ」「うむ、これは正義だな」


 浮島へと移動した直後、清歌の元へ従魔たちが群がって来て、そのままモフモフタイムとなってしまったのである。


「……おーい、そろそろ試験勉強を始めようや」


 モフモフにはさほど興味を示さない悠司が、たっぷり十分ほど待った後で遠慮がちに声を掛けた。


 ちなみに悠司はモフモフが苦手なわけではなく、自分までモフりに夢中になってしまうと歯止めをかける者がいなくなってしまうために自重しているのである。なので肩の上に登って来たナップルリッスンは、そのまま好きに遊ばせている。


「え~」「もう……でしょうか?」「癒しは必要よ……」「うむ……」


 何やらトロンとした声で、このまま魔物モフモフたちと一緒にお昼寝タイムに移行してしまいそうな勢いだ。


「オマエラ……、目的を忘れるなー。っつーか、試験勉強の後に存分に癒してもらえばいいだろうに……」


 割と本気で呆れている悠司の声に、流石にこれ以上は拙いと感じた弥生はマロンシープから体を離した。「もう遊んでくれないの?」とでも言いたげに見上げてくるマロンシープのつぶらな瞳に気持ちがグラリと傾きかけるが、内心で気合を入れてどうにか立て直す。ここで流されてしまってはリーダーの面目が丸つぶれである。――名残惜しそうに右手がモコモコの毛並みを撫でているのは見逃してあげて欲しい。


「あ、あはは……。さて、モフモフ成分も補充したことだし、そろそろ本題に入ろっか。……清歌?」


「はーい、承知しました。みんな、これから私たちは試験勉強をしますから、少し離れた場所で遊んでいてね?」


 飛夏を抱えたまま清歌が呼びかけると、従魔たちはちょっと残念そうな鳴き声で返事をして、それぞれ浮島のあちこちへと散っていった。


 こうしてようやく本来の目的である試験勉強を始めることとなる。ログインしてから既にかれこれ一時間以上経過していた。




 VR内での勉強は予想以上に捗った。試験の成績という結果が出るまで本当のところは分からないが、少なくとも五人はそのように感じていた。


 一つには浮島ホームに設置した飛夏のコテージという、とても快適な環境であるというのが理由だろう。暑くも寒くもなく、風が木の葉を揺らす音や従魔たちの声などの外から聞こえてくる音が、完全な静寂にならない適度なノイズとなっている。また長時間座っても全くストレスを感じない椅子というのも勉強に向いていた。


 もう一つの理由はVR内の仕様そのものだった。現実リアルではお腹が空いたり喉が渇いたり、或いは座りっぱなしで疲れたり用を足しに席を立ったりと、生身であるが故のどうしようもない事情で集中が切れてしまうことが多々ある。しかしVRではそれらが無いため、やる気さえ持続すれば集中して勉強を続けられるのだ。


 ちなみに状態異常として存在する空腹や疲労は戦闘やトラップで受けるものなので、ホームに引き籠っている今はそれらにかかる心配はない。またパラメーターのスタミナもスキルやアーツの使用で減るものであり、ノートに書くという動作では全く変動しない。VR内での勉強は、本当に本人のやる気次第でいつまでも続けられるのである。


 五人はその後、小休止でお茶を飲んだり、折角だから英語のリスニングにも慣れておこうと清歌による英語テキストの読み上げ――もちろんネイティブな発音と速さで、である――を挟んだりしつつ、四時間ほどの試験勉強を終えたのであった。


「はぁ~、終わったぁ~」


 弥生が溜息に似た吐息を漏らし丸テーブルにくんにゃりと突っ伏する。今日の勉強会ではまず基礎的な部分をさらった感じなので先生役の出番は比較的少なかったのだが、それでも教える側というのはただ聞いているよりも疲れるものなのだろう。


「ふふっ、先生役お疲れ様でした。弥生さんも悠司さんも教えるのが凄くお上手なんですね。とても分かりやすかったです」


「や、清歌さんにそう言われると、なんだか恐縮するね」


「まぁなんていうか……、もう結構慣れちゃったからね」


 弥生と悠司のジトッとした視線が一人の方へ向く。視線を受け止めた絵梨は澄まし顔でティーカップを傾けていた。


「あら? ということはもしかして私のお陰で、二人の教え方スキルが向上したという事なのかしら?」


「「………………(ジトーッ)」」「絵梨……、流石にその物言いは……」


「も……もー、冗談よ。弥生とユージのお陰でいつも助かってるわ。アリガト」


 流石に居心地が悪かったらしく絵梨はちょっとバツが悪そうだ。そんな様子を見た弥生と悠司は、お互いをチラッと見て「まあいいか」と苦笑していた。







 一休みしてからコテージを出た五人は、まず重要な用事を済ますことにした。


「じゃ、まずはギフトジェムの方からだね」


 そう、先日決めておいたギフトジェムとプレゼントチケットの交換品を決定することである。


 弥生はギフトジェムを地面に置くと、ウィンドウの選択肢から“浮島の浮上機能追加”を選択、決定した。


 五人が見守る中、ギフトジェムが光の粒となって消えていく。――それ以外は何も変かが無いように見える。


「……あれ? そういえばこの機能追加って、どうやって操作すればいいんだろ?」


 はて? と一同首を傾げる。と、その時清歌は視界の隅に何か光るものを見つけた。


「あ、弥生さん。クエストボードが光っていますよ?」


 清歌の指さした先には、この浮島を再生させるクエストを受注したクエストボードがある。正確にはクエストボードそのものが光っているのではなく、光が立ち上る円柱状のスクリーンに囲まれているといった方が正しい。RPGなどではお馴染みの、重要ポイントを示すマーカーである。


「え? あ、ホントだ。行ってみよう」


 五人がクエストボードの傍まで来ると、光は自然にフェードアウトするように消えた。見たところクエストボード自体には特に変化はないようだ。


 弥生がタッチパネル部分に手を触れると、中央の六角形のテーブル部分に浮島の全体像がホログラムで浮かび上がった。さらにその周辺に現在地や高度、状態、追加機能などについてのステータスも表示されている。ちなみにホログラムの浮島がゆっくりと回転しているのは、この手の表示におけるある種のお約束である。


「おお! カッコイイなこの表示。ちょっとSFっぽい気もするが……」


「確かに純粋なファンタジーっていうより、宇宙船とかのステータス表示みたいね。それより、やっぱり弥生の推測は正しいみたいね」


「へ? 私の推測?」


「ほら、この間言ってたじゃない。浮島の機能追加はまだ続きがあるんじゃないかって。こんな表示が用意されてるくらいだから、たぶんそうなんじゃないかって思ったのよ」


「あ~、わざわざ速度とか位置の表示があるもんね……。ま、それは置いておいて……、早速浮上機能を使ってみようよ。どのくらいの高さまで浮上する?」


「弥生さん、一度高度を設定したら途中で変更することはできないのでしょうか?」


「え~っとね……」


 弥生がタッチパネル部分に表示されたマニュアルに目を通す。ちなみにマニュアルとはいっても数行の説明が書かれているだけの、本当に簡単なものである。


「……移動中はいつでも停止させることができるみたいだよ?」


「では、一度限界高度まで上昇させてみませんか?」


「ふむふむ。……実は私も、高度千メートルからこの世界を見てみたいと思ってたんだ。みんなはどうかな?」


「私は構わないわよ」「うむ。俺も異存はない」「ま、何時でも止められるんならそれでいいんじゃないか?」


「おっけ~。じゃあ……ポチッと」


 メンバー全員の同意を得て、弥生は高度を設定して浮上開始のボタンを押す。


 これでガクンと揺れるとか、或いは地面の下から低く唸るような音が聞こえてくるなどと言った分かりやすい反応があればよかったのだが、少なくとも弥生にはなにも変化していないように思えた。


「……本当に動いてるのかな、コレ?」


「一応状態が浮上中になってるから……、動いてるんじゃないか?」


 口ではそう言いつつも、悠司自身動いているようには感じられない。一応浮島の周囲をぐるっと見渡してみるが、やはり現実リアルの一日につき五メートルという遅い速度では、目で見て分かるような変化はなかった。


「ええと……たぶん一日経ったら一階登ってるって感じのはずだから、明日になればちょっとは変化が感じられるんじゃないかしら。だからまぁ、取り敢えず次にいってみましょ」


「りょうか~い。じゃあプレゼントチケットの交換をっと……」


 弥生はアイテムウィンドウを表示させ、パーティー全員のプレゼントチケットを使ってのアイテム交換を選択する。メンバー全員に確認のウィンドウが表示され、同意したことで手続きが完了した。


「あれ? なんか追加で表示が出てきた。えーっと……、アイテムの届け先? リーダーの所持品に届けるか、ホームに配達するか……って、配達?」


 思わず五人は顔を見合わせる。まさかとは思うが、宅配便がホームへやってくるとでもいうのだろうか?


「……っつーか、仮に宅配便が来るとして、この浮島にどうやって届けるんだ? ワイバーンにでも乗って来るのか?」


「さしずめ飛竜急便ってとこ? まあ、配達なんて言っても実際にはホームの敷地内に転移して来るってところじゃない」


「なるほど。……まあ、百聞は一見に如かず。ちょうど俺たちはホームにいることだし、配達してもらえばよいのではないか」


「そうですね。かの開発スタッフさんがされることですから、私も興味があります」


 意見の一致を見たので弥生は一つ頷き、配達の方を選択した。


 固唾を飲んで周囲に目を配るが――どうやら絵梨の推測は外れたようで、アイテムが転移してくる様子はなかった。ではまさか飛竜急便や怪鳥急便などが来るのか、と空を見上げ――そこに四角い影を見つけた。


 どうやら立方体の箱に十字にリボンがかけられているらしく、“ザ・プレゼントボックス”といったものだ。まだ大分距離があるので、結構大きいもののようである。


「いやいやいや、まさか落っこちて来るのか!? 中身がぶっ壊れんじゃないか?」


「ふむ。そうなったら運送会社に補償してもらうしかないな。飛竜急便だったか?」


「ええっと……、あのねソーイチ。それは冗談だから……」


「いや、俺も冗談のつもりで言ったのだが…………」


「そ……そそ、そうよね。(ソーイチが故意にボケるなんて……)」


 などと言うあほなやり取りをしている内に、プレゼントボックスは見る見るうちに降下してきている。これは本格的にヤバいかと誰もが思った瞬間、上面の四つの頂点からパラシュートが開き一気に速度が落ちた。


「ふふっ、どうやら飛竜急便さんにクレームをつける必要はなさそうですね」


「あはは。……それにしてもコレって配達っていうのかな~。なんか物資の投下って感じだよね」


「まあ、これが現実リアルなら無責任すぎる配達よね」


「っつーか、どうせならもうちょっとファンタジーな演出で配達をして欲しかったんだが……」


「……例えば、魔女が箒に乗って届けてくれる……などでしょうか?」


「それをやってくれれば満点だな。なんにしても今回はちょっと詰まらんな」


「だね~。まあ、毎回毎回ネタを仕込むのも大変だろうから、今回は大目に見てあげようよ。……あ、降りてきたよ」


 パラシュートでゆっくりと降りてきたプレゼントボックスは、ちょうど花畑の真ん中辺りに静かに着地した。同時にパラシュートは光の粒となって消える。


「よし、じゃあ開けてみよっか!」





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