#1-08
説明回です。少々長いですがお付き合い頂けると幸いです。
大型液晶テレビには今、<ミリオンワールド>と大きくロゴが表示されたウェブサイトが映し出されていた。ヨーロッパ風世界観の街並み、その大通りからの視点でデモンストレーション映像が映し出されていて、通りの中央にはたくさんの露店が並び活気に溢れ、奥の方には少し白く霞んだ城が見える。時折四角いウィンドウが開き、そこにはさまざまな場面のプレイ映像が流れている。この夏、第一陣プレイヤーによる実働テストを兼ねた正式稼働が始まる、世界初のフルダイブVRアミューズメント<ミリオンワールド>の公式サイトだ。
家庭用ゲーム機やPC用のVRデバイスと呼ばれるものはこれまでも存在していた。オンラインを含むRPGやレースゲームなどのほとんどが対応しいて、プレイヤーの四割弱程度はVRデバイスを用いて遊んでいるという程度には普及している。しかしVRを謳ってはいるものの、それはHMDによる立体視、そして手の(ものによっては足も)微弱な反応を検出し、そこに脳波による思考スイッチと音声入力を併用してコントロールをするもので、かなりの精度で直感的な操作は可能ではあるものの技術的にはセミマスタースレイブシステムの延長線上にあるものだ。要するに、いわゆるフィクション的な「仮想世界にダイブする」というものとは程遠いものだったのである。
とはいえ得られる臨場感は、それ以前の平面ディスプレイとゲームパッドによるプレイとは比較にならないものには違いない。規格の統一がなされてからは低価格化も進み入手しやすくなったこともあって、想像していたVRとは違うと思いつつ「まあ、こんなもので充分かな」と、大方のユーザーは消極的な満足(妥協とも言う)をしていた。
<ミリオンワールド>には、そんな「VRって、ホントウはこういうのじゃないよね」という潜在的な不満がある中に登場した、世界初のフルダイブ型VR技術が投入されているである。
バーチャルリアリティー――それも視覚を中心とした一部の感覚のみではなく、いわゆるフルダイブ型のVR技術が、本格的な研究・開発プロジェクトが立ち上がったのは、今を遡ること十年ほど前のこと。とある国立大学から「神経とコンピューターの相互接続に成功した」との発表があったことに端を発する。これは感覚のフィードバックも可能な義手・義足の開発過程で生まれたものだったが、同時にこの研究がさらに進めば、SF的なフルダイブ型バーチャルリアリティーの実現、さらにVR空間での体感時間延長の可能性も示唆されていた。
近年大きな発見や技術革新が、日本から発せられることがなかったことに危機感を抱いていた時の政府が「モノづくり日本の威信を取り戻そう」と、この新技術の可能性に飛びつき、すぐさま官・民・学の協力によって専門の研究・開発プロジェクトが建ちあげられる。様々な分野から優秀な人材が集められ、また異例といえるほど多額の補助金が出ることも事前に決まっていたことなど、VR技術の開発は政府肝いりと言ってもいいものだった。
さて、そんな多額の税金まで投入されるプロジェクトが、ただのゲーム開発などであるはずも無い。本来の主な目的は、VR空間を利用しての精神疾患患者に対する治療や、すでに実用化していたものの扱いの難しさから普及率が低かった脳波検出型の可動義手・義足の慣熟訓練など医療分野への応用だ。将来的には自衛隊の訓練に使用し防衛費を削減することも目的の一つだった――などとも言われているがこの点に関しては信頼できる情報はなく、真偽のほどは定かではない。
決してサブカルに造詣の深いことが知られていた時の首相が、生きているうちにVRゲームを体験したいと思ったから、などという個人的かつ不純な動機で強く推したからでは――「そんなことは断じてない! 無責任な誹謗中傷はやめていただ……(元首相による割り込みが入りました)」――なら、プレイの予定はない、と?――「そっ! せ……政策立案者の一人として、完成した新技術を確認する責任と義務があり、すなわち本件に関する限りVRを体感することこそが……」――ハイハイ、わかってます、わかってますとも(ニヤリ★)――「くっ…………(怒)」。と、本人がこう主張していますので、あくまでも“個人的趣味ではない”ということで、どうか一つ……
数多くの技術的な壁を乗り越え、VR空間への視覚と触覚の接続が可能になった頃、この技術をゲームとしてビジネスにするための部門が立ち上がる。
これはプロジェクトが立ち上がった当初から視野に入れられていた計画の一つで、利益を求めてのことだけでなく、より多くのサンプルデータを取得するという目的があったからだ。ちなみにこの部門はのちに分社化され、現在はゲームの開発・運営会社となっている。
そんな経緯で開発が始まった世界初のフルダイブ型VRゲームだが、ゲームの全体像を企画する段階で若干迷走する。何しろ、多額の税金を投入されて開発された技術だ。それを、一部のゲーマーのみを満足させるような仕様にするわけにはいかない。また、より広く多くのデータを取得するためにも、ゲームに特に興味をもたない人にも気軽に体験できるようにしなければならないという側面もあった。なので当初は、様々なアトラクション――コースターなどのいわゆる遊園地的なものだけでなく、世界各地の絶景体験、スカイダビングや宇宙遊泳なども含む――を体験できるヴァーチャルテーマパークとして企画されていた。
しかし社内・社外を問わず、「フルダイブVRなのにRPGを作らなくてどうする!」という(どうも偏っているような気もするが……)声は想像以上に多く、それも要素に加えられることになった。
こうして<ミリオンワールド>は、本来の目的に加えて「同一ユーザーから継続的にデータを取得するにはRPGが適している」という理由づけのもと、テーマパーク的な間口の広さと、MMORPG的なゲーム性の双方を満たすものとして世に送り出されることとなった。
余談だが、<ミリオンワールド>が公式には“ゲーム”ではなく、“アミューズメント”と呼称されているのは、VRとゲームという言葉の組み合わせがテレビゲームを連想させるということを懸念したためだ。遊びの意味をより広義にした程度の些細な違いだが、そういうところにもより広い層の人々に体験してもらいたいという、運営側の方針が見える。
ゲーム超初心者である清歌には、<ミリオンワールド>が他のオンラインゲームとなにが違い、どこが画期的であるのかを説明するのは手間がかかるし、なによりこれからプレイするものさえ理解していればいいのである。なので、弥生と悠司は(絵梨と聡一郎は二人ほどにはオンラインゲームについて詳しくない)一般的なオンラインゲームに関する概論的な部分はざっくりと済ませてすっ飛ばし、公式ウェブサイトの画面を表示させながら<ミリオンワールド>の楽しみ方について説明をしていった。
「……つまりファンタジー世界での生活や冒険を体感できるゲーム、ということなのでしょうか?」
「正解! よく出来ました~。……で、どうかなどうかな? 興味湧いた?」
「それはもちろん! VRの正式稼働についてはニュースなどで耳にしていましたし、以前から興味は持っていたんです!」
ことさらゲームに興味を持っていない様子だった清歌の、テンション高めの返答に、弥生たち四人は一様に「おや?」と感じた。が、これから持ちかけようとする内容を考えると好都合、と弥生が小さく手をグッと握る。
「あら? でも清歌は<ミリオンワールド>のことは知らなかったのよね? 内容のリサーチはしていなかったの?」
「はい。なにしろ前評判がすごすぎて……。正式稼働されても、プレイチケットの抽選がしばらくはとんでもない倍率になりそうだという話を聞いたので、これは落ち着くまで待つしかないかな~と。リサーチしてしまったら……」
「あ~、やりたくなっちゃうよね~」
確かに最新の、しかも新技術が満載されたゲームの前情報など、ゲットすればするほどプレイ欲求が高まるのは目に見えている。にもかかわらずそれを実際にプレイできない、プレイしている誰かを指をくわえて見ているしかない――となれば、そのストレスたるや弥生にとっては想像すらしたくないレベルだ。ならば、普通に手に届く場所に来るまで、情報をシャットアウトしてしまおうと考えてしまうかもしれない。
などと、共感するかのように大きくうなずいている弥生ではあるが、彼女の場合はある種の代償行為として情報を仕入ることに躍起になる可能性もまた、否定できないところである。その結果として、プレイ経験者よりも大量の情報やら薀蓄やらを蓄積し、それをもってゲーマーとしてのプライドを保とうとするのだ。まことにゲーマーの性とはやっかいなものなので――「失敬な! そんなことしない……よ?」――いや、疑問形で否定されても……。ともあれ今回に関しては、とある理由から弥生たち四人はプレイの可否に関しては心配がないので、哀しいゲーマーの性を発揮する機会はないようだ。
「以前ニュースか何かの特集でテーマパークのように楽しめる、ということを耳にしていたので、そういうものを想像していたのですけれど……」
「もちろん、そういう遊びも出来るよ。というよりも、<旅行者>だとそういう遊びしかできないって言った方がいいかも」
「そうね。RPGとしてプレイするなら<冒険者>で登録しなきゃいけないわ。ちなみに清歌がさっき言っていたチケットっていうのは、<旅行者>がプレイするのに必要な……テーマパークでいうならパスポートみたいなものね。<冒険者>の場合は年会費を支払うから、あとは予約をするだけでOK」
「オンラインゲーム的に言えば、月額課金型に近いってことになるんだが……黛さんにはピンとこないかな?」
「スポーツジムに会員登録するという感じに近いのではないか? <旅行者>はビジターで、会員登録するのが<冒険者>と」
「ああ、なるほど」
「……ってか総一郎、よく知ってるみたいだけどジムなんて通ってたっけ?」
「行ってみようかと思ってパンフを集めたことがある。残念ながら費用がけっこう掛かるので、結局あきらめたが」
国内のゲームファンという限られた層だけでなく、誇張抜きに世界中から注目されつつ世に送り出されることになった<ミリオンワールド>には、二つの大きな特徴がある。
第一に、<ミリオンワールド>へのアクセスは、専用の施設から行わなければならない。これら施設は主要な駅の周辺(ターミナル駅だけでなくベッドタウンや学校の最寄り駅なども選ばれている)や、幹線道路沿いにすでに設置されている。もっともこれは特徴というよりも、技術的な限界により一般家庭からネット経由でのアクセスができない、という理由からやむを得ずこのような形になっているといえる。
フルダイブ型VRでは五感に関する膨大な情報を、リアルタイムで処理し続けなくてはならないのだが、家庭用PCではスペックがまるで足りないのだ。仮にマシンスペックの問題がクリアできたとしても、人体への入出力には専用のリクライニングシート型デバイス(見た目は高級マッサージチェア)が必要という問題がある。こちらは新技術が詰まった特殊なものだけに、技術の流出防止という観点から一般家庭に普及させられるようなものではないのである。――単に価格的にもゲーム用デバイスの枠には、とてもじゃないが収まらないものなのだが。
第二に<ミリオンワールド>のプレイヤーは、MMORPGとして定期的に課金して継続的なプレイをする<冒険者>と、テーマパークとして入場料をその都度支払って一時的に楽しむ<旅行者>という、二種類が存在していることである。
<ミリオンワールド>はMMORPGとテーマパークという二つの側面を満たすために、大小無数の浮島(海上や空中だけでなく、将来的には海中や宇宙に存在する島も作られる予定がある)によって構成されるという世界観を採用している。拠点となる街の島、冒険の舞台となるフィールドやダンジョンのある島、観光スポットやスポーツ的なアクティビティーが楽しめる島、遊園地的なアトラクションがある島……などなど島ごとに機能が割り当てられているのだ。
ちなみにこのような世界になっている物語的な設定は、「一度滅びてしまった世界を再生させた(無事だったパーツを集めて新たな世界とした)女神が、それだけでは飽き足らず、あちこちの世界から気に入ったものを引っ張ってきた」となっている。もっとも、機能ありきの世界観なので辻褄合わせとも言うが……
基本的なスタンスとして<旅行者>は、RPG的な要素をプレイすることは不可能で、レベルやスキルなどの成長要素はない。したがってRPGにおけるフィールドやダンジョンに当たる島には、立ち入りに制限が付く。一方<冒険者>には成長要素があり、すべての島を(ある種の条件を満たす必要がある島があるのはゲームとしては当たり前として)遊ぶことができるが、アトラクションやスポーツを楽しむ島などではスキルに制限が付くことになる。
ただ<旅行者>も、<冒険者>パーティーに同行(パーティーメンバーの数としてはカウントされない)できるシステムがあるので、RPG的な要素を目の当たりにすることはできる。しかも<旅行者>が同行しているときは、経験値やドロップに若干のボーナスがあり、また専用のイベントも用意されているなど、<冒険者>にもメリットがあるシステムになっている。なんでも、これで冒険を体験した<旅行者>が、<冒険者>になってくれるかも、といった運営の思惑があるとかないとか……
「誘って頂けるのはとても嬉しいです! ですが、<旅行者>のチケットすらままならない現状では、<冒険者>の登録なんてできないのでは……」
「そう思うでしょ? で~もっ! 何の確証もなしに誘ったりはしないよ?」
「弥生……。中原のコネのおかげなのに、なんでお前が自慢げなんだ……」
「コネ、ですか?」
「そ、私の兄さんが開発に携わってるのよ。といっても、ゲームの方じゃなくてVRシステムの方だけど。……その伝手で、私たちはテストプレイヤーをしていたの」
絵梨の言うテストプレイというのは、RPG部分のみに関するもので、一般的なオンラインゲームでいうところのクローズドβテストに当たる。開発中のVRデバイス――正確には一部機能のみを使用可能な簡易型のもの――を用いてプレイし、システム周りの不具合の洗い出しや、難易度の調整などを行ったのである。
このテストプレイヤーは一般からの募集はされていない。開発とその推薦を受けた外部協力者(主に身内から選ばれていた)によってのみ行われており、弥生たちはその外部協力者として参加していた。これはいうまでも無く情報漏洩を防ぐためであり、参加者は第三者に内容を話すことやブログなどに掲載することは固く禁じられていた。
第一陣によるプレイというのは「実働テストを兼ねた」と注釈があるように、いわばオープンβテストに近いものなのである。開発・運営の公表では、八月いっぱいは<冒険者>の追加募集は行わずに集中してプレイ内容の検証を行い、VRシステム使用によって生じるであろう問題点の調整をした後、徐々に<冒険者>の追加募集をする予定とのこと。
ちなみにゲーマー的には気になる点かもしれないので付け加えておくと、テストプレイ版から正式稼働版へと引き継げる要素は何一つない。が、重要なのはゲーム内のことではなく、いくつかの条件に同意すれば第一陣から<冒険者>として参加できるというところだろう。
その辺りのことを絵梨がざっと説明したところで、もっとも重要な情報を、早く喋りたくてたまらない様子だった弥生が明かした。
「でねでね、私らのグループは<冒険者>の枠を六個もらってるの! 余った二つのうち一つは凛に……ええと、私の妹にあげる予定になっているんだけど、もう一つの方はまだ決まってないの」
そこでいったん言葉を切り清歌の方へ身を乗り出すと、普段は滅多にしない真剣な表情で視線を合わせる。
「……ね、清歌。一緒にやらない?」
「ぜひ、お願いします!!」
「ぶふっ!」「え?」「うむ、さすがだ」「あー」
本来ここは、誰しも一度遠慮して見せるところだろう。それが育ちのいいお嬢様ならなおさらだ。そして「遠慮なんてする必要はない」と説得し、「なら好意に甘えさせてもらいます」――という順序のやり取りが、ある種の日本的な様式美であるはず。
つい数時間前まではろくに話したこともなかったクラスメイトに、本能(……いや、煩悩か?)の赴くままにノータイムでおねだりをしてしまった清歌は、流石にばつが悪かったのかちょっと恥ずかしそうだった。
「えっと、すみません。私はその……、基本欲望に忠実といいますか、あまりプロセスを気にしないといいますか……。とにかくお恥ずかしい限りです(てれり)」
「あはは、そんなのはいいんだよ! はっきり言ってくれた方がこっちも誘いやすいってものだしね。よ~し、この夏は五人パーティーで遊ぶぞー!」
「楽しみですね!」
「ま、付き合いましょ」
「腐れ縁だけに、断れないな」
「うむ。また、あの世界で技を磨けるな」
こうして、弥生たち四人グループは清歌という新規メンバーを加えて、<ミリオンワールド>の世界へと乗り出していくことになる。
そしてそれは同時に、一見すると品行方正を絵にかいたような完璧お嬢様でありながら、中身はかなりのマイペースキャラであった清歌に、弥生たちが振り回される歴史の始まりでもあった。
少し後になって――、弥生たちが清歌に振り回されることにも慣れて、それを楽しむことすらできるようになっていたある日の事。
珍しく一人で清歌の部屋を訪れていた弥生は、初めて来た時のことをふと思い出して微妙な表情になった。笑顔ではなく、かといって不快そうなわけでもなく、何か納得がいかないような、そんな不思議な表情だ。
「弥生さん、どうかされましたか?」
「いや、ね、ここに初めて来たときのことをふと、思い出して」
「初めての……というと、夏休み前の時のことですね」
「そ。……あのさ、オハナシのあらすじで“ひょんなことから”ってあるじゃない?」
「? はい、よく見かけますね。突然、なんです?」
「や、私らが今みたいな関係になったきっかけって、そういえばゲームの攻略法だったよな~って。それって、清歌みたいなお嬢様と知り合うきっかけとしては、間違いなく“ひょんなこと”だよな~なんて思ってさ」
「ふふっ そうかもしれませんね。私もそんな風に思ったことがあります」
「だよね~」
「けれど、あの時のことがなくても、いずれ何かのきっかけで弥生さんたちとは友達になれていたんじゃないかな、とも思っていますよ」
「そ……そそ、ソウカナ?」
「ハイ(ニッコリ☆)」
「……そっか、そうだね。……うん。私も、そう思うよ」
これで第一章は終了となります。
若干の訂正がありますので、お知らせを。
下書きを始めた時期と設定メモに修正を加えたタイミングの問題で、ヒロインらの身長が違うものになっていましたので修正しました。
修正後は低い順に下記のとおりです。
弥生153、清歌168、絵梨170、悠司171、聡一郎182