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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第七章 石板の……謎?
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#7―07




 生徒会長選挙の投票日。清歌たち五人は、部活動の朝練をする生徒たちと同じくらいの早朝に登校していた。向かう先は教室ではなく、特別教室棟にある第三音楽室である。目的は勿論、例の石板を解読した曲の演奏を全員で合わせて練習するためである。


 百櫻坂高校には音楽室が三つあり、第一音楽室は授業に使用される十分な広さのある教室で、放課後や朝練の時間帯には吹奏楽部が部室として使用している。第二・三音楽室はその半分程度の広さで、通常の授業に使用されることはない。基本的に第二音楽室はコーラス部の部室として使用されており、第三は事前に申請をすれば誰でも利用できるようになっている。


 なお軽音楽部やジャズ研究会、ゴスペル同好会、邦楽同好会、三味線同好会等々、数多く存在する比較的小規模の音楽系部活動は専用の部室棟を使用している。この部室棟は防音設備の整った部屋がずらりと並んでいるというもので、音楽科のある学校で練習室とか実習室などと呼ばれるているものと同じと考えていい。


 当然部屋数には限りがあるので、弱小同好会は練習日をずらしての相部屋となっている。音楽系の部活動は、この専用の部室を持っているか否かで格付けされていると言っても過言ではない。


「それにしても、第三音楽室ってこんな簡単に借りられるものなのね。知らなかったわ」


「……俺は音楽室が第三まであること自体、知らなかったのだが……」


「ソーイチ、あなたねぇ……。ああ、音楽を選択していないんだったわね。じゃあ知らないのも無理ない……のかしら?」


「あはは……。まあ、第三音楽室を知らなかったっていうのはともかく、申請すれば借りられるっていうのは、あんまり知られていないみたい」


 弥生がそれを知っているのはクラス委員として様々な用事をこなしていく中で、校内の様々な施設に関する使用の申請方法などをちゃんと学んでいるからである。


 百櫻坂学園は施設・設備が豊富で、それこそ全容を完全に把握しているのは教師にしても生徒にしてもごくごく一握りに限られる。弥生も一般生徒よりは良く知っているというだけで、所詮一年生のクラス委員長に過ぎないので全てを把握いるわけではない。


「簡単に予約を取れたのは今の時期だからだと思うよ。期末試験が終わったらイベントが目白押しだからね~」


「あー、そらそうだろうな。……っつーか、音楽系の部活はここを予約しないのか? 朝練でも部室棟の争奪戦はあるって聞くが……」


「それは簡単な話で、部活動はこっちを借りられないんだよ。ま~、選択肢が一つ増えたところで競争率は殆ど変わらないだろうからね」


「なるほど、確かにそうでしょうね。……それに、少人数の同好会で使用するには、第三音楽室は少々広すぎるかもしれませんね」


 途中で立ち寄った教員室で受け取った鍵を使い弥生がドアを開け、五人は第三音楽室の中へ入った。音楽室の半分程度の広さとはいえ、アップライト型のピアノとドラムセットが置かれている以外には何もないため割とスペースは広い。清歌が言ったように少人数の同好会が一団体だけで使うには、もったいない広さと言えよう。


 それをたった五人の彼女たちが使うのはどうなのか、などと突っ込んではいけない。そもそも第三音楽室を使うのは、クラスやイベントのチーム単位が想定されているのだ。


 音楽室内に入った清歌が真っ先にピアノの前に行き、軽く音を出して調律の具合を確認する。ピアノは国産メーカーのごく普通の学校向けモデルでそれほどいいものではないが、一応定期的にメンテナンスはしているようで、合唱の練習などに用いる分には問題なさそうだ。


「清歌さん、俺らの歌なんて調律を気にするレベルじゃないから、そんなに念入りにチェックする必要はないんじゃ……」


「ああ……。いえ、これはもう癖のようなものですね。初めて触れる楽器は最初に一通り調べないと、なんとなく落ち着かないものですから」


「なるほど。……俺たち打楽器組は、このドラムセットから拝借すればいいのだろうか?」


「はい、そうですね。聡一郎さんはスネアドラムを、絵梨さんはフロアタムを使うといいと思います。スティックの予備が無ければ私の物をお貸ししますけれど……」


「フロアタムって、この床に置いてある大きめの太鼓よね? あ、バチは大丈夫みたい。何種類か用意されているから、その中から適当に使うわ」


 打楽器組の絵梨と聡一郎が、清歌のアドバイスに従ってドラムセットの中から二つの楽器を持ち出す。絵梨のパートは本来バスドラムなのだが、ドラムセットのバスドラムはペダルで叩くものなので、今回はフロアタムで代用するのである。


「では、声楽組のお二人の音合わせをしますので、絵梨さんと聡一郎さんは軽く練習していてください」


「分かったわ」「うむ。了解した」


 絵梨と聡一郎はそれぞれ譜面台を用意して楽譜をセットして練習を始めた。偶然の一致だが家での予習は二人とも菜箸を使っていたので、ちゃんとしたスティックだとかなり感触が違っている。


「……っていうか声楽って」「そんな大層なもんじゃないわな……」


「ふふっ。歌詞のある曲ではありませんので、歌というものちょっと違うかな……と思いましたので。では、弥生さんから音を合わせましょう」


「は~い、お願いしま~す」


 清歌が弥生のパート通りにピアノを弾き、弥生がそれに合わせて声を出す。弥生の番が終わると同様に悠司の音合わせをして、最後に二人同時に合わせて音合わせは特に問題なく終わった。二人とも大きく音を外すことも無く、ちゃんと予習できているようである。


 ちなみに歌の上手い下手で言えば、悠司はごく普通レベル、弥生はカラオケに行くと「歌が上手いね!」と言われるくらいのレベルだ。


 さて、音合わせが終わったところで本命の全員合わせての演奏である。最初は打楽器パートのリズムが乱れたり、声楽パートが互いにつられて音が乱れたりもしたが、何回か合わせている内にどうにか“楽譜通り”というレベルまでもっていくことができた。言うまでもなく清歌の演奏は完璧であり、それはギターでも同様である。


 なおPVなどで流れる原曲――いくつかのバリエーションがあるのだ――に比べると、若干テンポを速めにして演奏している。というのも、その方が打楽器担当の絵梨と聡一郎のリズムが安定するのである。ある意味やり易い勢いに任せるようなやり方なので、演奏の技術を磨くという意味では良くない手なのだが、これはあくまでもクエストをクリアすることが目的の演奏なのでそれで良しとしたのである。


 余談だが、清歌は本番の楽器と同じ方がいいだろうと、今日の朝練に私物のギターを持ってくるつもりでいたのだが、弥生たちからの「待った!」がかかり備品のピアノを使うこととなったのである。それはなぜかというと――




「そっか。清歌の部屋ではピアノしか聞いたことなかったけど、他の楽器も持ってるんだね」


「はい、ギターの他にも数点持っています。……それから、私個人のものではありませんけれど家には音楽室もありますので、そちらには一通り主要な楽器が揃っていますね」


「音楽室……。黛家、恐るべしだな……」


「ふむ。しかし考えてみれば、楽器演奏はいわゆる嗜みの定番だからな。黛家ともなれば、楽器が一通りあってもおかしくはないのではないか?」


「そーねぇ。っていうか……私物のギター? ねぇ清歌、ちょっと確認しておきたいんだけど、そのギターってどのくらいのモノなの? ええとつまり、ぶっちゃけおいくらほどするのかしら?」


「……確かあのギターを購入した時の金額は、日本円にすると……○×△□(ゴニョゴニョ)くらいだったと思います」


「なぁっ!! ちょ、清歌」「持ってきちゃダメよ!」「止めといた方がいいだろうなぁ」「うむ。用心したほうがいい」


「えっ!? ……皆さんがそう仰るのでしたら、分かりました。では、私のパートはピアノで弾くことにしますね」




 ――などというやり取りが前日にあったためである。


 百櫻坂学園のセキュリティは一般的な私立学校と比較してしっかりしている方で、これまでに盗難や不審者の侵入などの事件が発生したことは無い。


 とはいえ、移動教室や昼食などで教室を離れることも多く、個人用の鍵付きロッカーもギターが入るサイズではないので、高価な楽器を教室に放置するタイミングがどうしてもできてしまうのだ。教員に預かってもらうという手もあるが、恐らく預けられた側が胃の痛い思いをすることになりそうなので、それも避けた方がよさそうである。




「皆さん楽譜通りに演奏するのは大丈夫そうですね」


「うん。後は本番まで忘れないように自主練をしておこう。いい?」


「りょーかい」「おっけ」「うむ」


 清歌がパート分けした楽譜は、弥生と悠司が分かりやすい主旋律を担当するようになっているので、ハモり側が音程にさえ気を付ければ、難易度そのものはそれほど高くはない。打楽器パートはもともと単純で、いわば曲にアクセントをつけるためのようなものなので、やはり難易度はそれほど高くない。


 だからこそ、音楽といえば授業とカラオケ程度しか経験のない弥生たち四人でも、この短時間で演奏できるようになったのである。


「それにしても楽譜の解読だけじゃなくて、演奏まで殆ど清歌任せになっちゃってるよね。……ありがとう、清歌」


 音楽関連の事柄ならこのメンバーの中では清歌が担当するのがある意味当たり前なのだが、こういう時弥生はちゃんと感謝の言葉を口にする。そういうところが、彼女の人望に繋がっているのであろう。


「どういたしまして。……とは言ってもこの曲は、ある程度音楽を学んでいればそう難しいものではありませんから大丈夫ですよ」


 使っていたスネアドラムとフロアタムを片付けていた聡一郎が、清歌の言葉を聞くと妙に難しい表情をして手を止めた。


「どうしたの、ソーイチ?」


「いや……、清歌嬢が言うところの“ある程度”というのは、いったいどの程度なのだろうか? などと考えてしまってな」


 聡一郎と手分けして譜面台の方を片付けていた絵梨が大きく頷くと、腕を組んで先を続ける。


「あー、確かにそういうところってあるわよね。清歌っていろいろ飛び抜けてるものだから、ごくごくフツーの一般人にとっての話なのか、それとも清歌基準なのか……判断できないところがあるのよねぇ」


「それは俺も思ってた。清歌さんが簡単そうに言う事って、たま~に“そんなに簡単なことじゃないんじゃ……”って突っ込みたくなることがあるからなぁ」


 ピアノの鍵盤をサッと拭って後片付けをしていた清歌が思わず苦笑を漏らす。実のところ同様の指摘は中学時代の生徒会メンバーから散々されていたので、清歌自身にもその自覚は一応あるのだ。


 これまで清歌は同年代の演奏を聴く機会が少なく、あったとしてもコンクールの場での演奏くらいだった。つまり普通に教室などで習っている同年代の子が、どれ程の演奏ができるものなのかをよく知らないのである。


 なお中学時代について若干補足すると、会長を始めとした生徒会メンバーたちは、その辺を良く分かっていない清歌が微妙に周囲とズレた発言をするのを期待して、あの手この手で誘導していたところがあるので、必ずしも清歌が自分から不用意な発言を連発していたわけではない。


「も~、清歌はそんなに大変なことじゃないから気にしないで……って言ってくれてるんだから、そういうツッコミは今しなくてもいいでしょ?」


「あら、ツッコミとは心外ね。私らはただ、清歌はそこらに転がってるちょっと上手な人たちなんかとは桁違いのスキルがあるって言っているだけよ? 決して貶しているわけじゃないわ」


 弥生の窘める言葉は実に正論なのだが、その程度で動揺することのない絵梨はしれっと言い訳を述べる。「むしろ褒め言葉なのよ」とでも言っているかのようなニュアンスで、釈然としない弥生はちょっと頬を膨らませる。


 そんな弥生を見て、清歌はなんとなく胸がポッと暖かくなるのを感じた。中学時代の仲間たちは、概ね絵梨たちと似たような反応ばかりだったので、本気でフォローしてくれる弥生の気持ちが嬉しかったのである。


 清歌は衝動のままに弥生の背中にぴとっとはりつくと、手を前に回してそのふかっと柔らかい躰を優しく抱きしめた。


「ありがとうございます、弥生さん。私の味方は弥生さんだけみたいですね~」


「ひゃうっ! う、うん。もも、もちろんいつだって、わたしはさやかのみ……みかただよ~(さ、さやかがぴとって……。む、むねがあ……あたって……)」


 弥生をヌイグルミのように抱き締める清歌と、何やらキョドッている弥生。それを見てニヨニヨする絵梨と、そっと眼を逸らす悠司と聡一郎。――早朝でも平常運転の五人なのであった。







 昼休みが終わりに近づくと、全校生徒がぞろぞろと講堂へと移動を始めた。今日は午後の授業がなく、生徒会長選挙が行われるのである。


 候補者一人一人が壇上で最後の演説を行い、その後に投票というプロセスはどの学校の選挙でも似たようなものだろう。百櫻坂が少々異なるのは投票の方法で、用紙に記入して投票箱に入れるという形ではなく、端末に入力する方法を採用しているため集計があっという間に終わるというところである。ちなみに無効票を投じたい者や、棄権したい者の為の選択肢もちゃんと用意されている。


 演説をする順番はトップバッターが香奈、次に第三者先輩、そして対抗馬先輩とくじ引きで決定している。印象という面ではトップはいささか不利なのだが、悠司の話では香奈は特に気にした様子はなかったらしい。


「それにしても、やっぱり下馬評に変化はなかったみたいだね」


「そのようですね。お昼の放送などでは、やはり香奈さんが一番相応しいという印象を受けましたから」


「最後の演説でよほどの大失敗でもやらかさない限り、香奈さんの当選は確実でしょうね。……もうちょっとドラマが欲しいような……」


 絵梨が何やら怪しげな含み笑いで不穏なことを言い出すので、弥生が慌てて遮った。


「ちょっ! 変なフラグを立てるのは止めようよ~」


「フフ……そね、ユージに恨まれそうだから今日のところは自重しておくわ。あ、そう言えばユージから聞いたけど、結局清歌は香奈さんの選挙活動に間接的に協力したのね」


「ええ。……ただ、ポスターについてちょっと意見を申し上げた程度ですから、協力と言えるほどのものではないかと」


 清歌のやったことは、香奈と仙代からポスターのデザインを見せられ、それについてより印象に残るようにアドバイス――というか添削指導をしたのである。時間的にはほんの数分で済むことであり、また選挙活動や生徒会への参加を断ったという経緯があったので、その程度のことならばと引き受けた次第だ。


 最初に断られることが前提の難しい依頼をして、その後に簡単な依頼を引き受けてもらう。形としては交渉の常套手段と言えるが、二人がそこまで計算ずくだったのかは定かではない。


「清歌はそう言うけど、やっぱり香奈さんのポスターが一番なんていうか……そう、洗練されたデザインでカッコよかったよ」


「そね。香奈さんの選挙活動にプラスになっていたと思うわ」


「ありがとうございます。弥生さん、絵梨さん」




 残念ながら――もとい、幸いなことに絵梨が望んだようなドラマチックな展開はなく、順当に香奈が生徒会長に当選した。最後の演説も落ち着いてしっかりと伝えたいことを話し、かつ熱意も感じられる素晴らしいものだったので、これは当然の結果であった。


 ちなみに有効投票の六割以上を香奈が獲得し、対抗馬先輩と第三者先輩残りの票をほぼ半々ずつ獲得していた。第三者先輩が想像以上に頑張ったというべきか、対抗馬先輩が意外と不甲斐なかったというべきか微妙なところである。


 講堂から出ようとしたところで清歌たちは、偶然悠司を含むお隣のクラスの三人組にばったり遭遇した。大勢の生徒たちの流れがあるので立ち止まるわけにもいかず、六人はそのまま連れ立って講堂を後にすることになる。


 悠司と一緒にいる二人は有村と宮沢である。先日来、宮沢は清歌の話題に過剰反応する傾向があるので、悠司は平静を装っているが内心はヒヤヒヤものである。事実、宮沢は清歌の方にチラチラと視線を向けており、剣呑――とまではいかないものの、友好的ではないのは誰の目にも明らかである。


 びみょ~に重めの空気が漂い始めたので、弥生は雰囲気を変えるべく明るい声で悠司に話しかけた。


「あ、そうだ当選おめでと~、悠司。香奈さんにもよろしく伝えておいてね」


「おー、サンキュー。ここんところ姉さんもちょっと緊張してたみたいだから、これで一息つけるわ」


「ふーん、それはちょっと意外ね。壇上の香奈さんは、凄く落ち着いているように見えたのに……」


「まあ、ピリピリして俺とか妹にあたるような姉さんじゃないから、ちょっと難しい顔をしてることが多かったってくらいだけどな」


 清歌は気配や視線には敏感で、特に敵対的な視線には鋭敏な感覚を持っているので、宮沢から向けられる視線にはすぐに気づいている。同時にその理由もなんとなく察することができたので、敢えてその視線はスルーしつつ会話も聞き役に徹していた。


 ある意味で中学時代の友人が抱いていた懸念が現実のものとなったとも言えるが、直接的な被害――被害(・・)と言えるほどのものでもないが――を受けているのが悠司であるという点が異なっている。相変わらず、なぜか気苦労の絶えない悠司なのである。


「それも今日で終わりだね。まあ、生徒会長になったらなったで大変だろうけど……」


「香奈さんの場合は、生徒会運営の勝手は分かってるだろうし何とかするでしょ。ところでお祝いとかはするの?」


「ああ、一応いつもよりもちょっと豪華な夕食に、ケーキも買ってお祝いすることになってる。外食しようって話もあったんだが、父さんの都合がつかなくってなー」


「へ~、でもいいじゃない。お家でお祝いっていうのもさ」


「まあな。……あ、そういう訳だから俺は今日先に帰るわ。結衣と合流してケーキを買いに行かねばならんのだ」


 さも重要なミッションに赴くような口調で言っているが、何のことは無い、妹と二人でお出かけが嬉しいというのを誤魔化しているだけなのだろう。弥生と絵梨はヤレヤレという表情になり、清歌も若干生暖かい微笑みを浮かべていた。


「ナ……ナニカナ? 君たち」


「べーつーにー、私は言ってもいいんだけど……、聞きたいの?」


「…………否、やめておく。精神衛生上、良くなさそうな気がする」


「フフ、賢明な判断ね。……ああ、でも丁度良かったのかもしれないわね。私らはこれからクラス会議で、もしかしたら長引くかもしれないから」


「ん? ああ、文化祭の件か。そっちはホントに順調みたいだなぁ……」


 溜息まじりの悠司に続いて有村が口を挟む。


「ウチのクラスはまだ最初の話し合いすらしてないんだけど、そっちはもう出し物が決まりそうなのか?」


「う~ん、どうかな。一応、今日は出し物のプレゼンをして多数決を取るつもりだけど、票が割れちゃうかもしれないし……」


 弥生の考えとしては票が割れてしまった場合、半分くらいまで絞り込んだ上で、それぞれのプランの改善点などの意見を出し合うところまでやるつもりだ。そしてその意見を取り込んだ上で再度プレゼンをして、一つに決定するのである。


 かなり回りくどい手順だが今はまだ時間的余裕があるので、なるべく多くの意見を取り入れたいと弥生は思っているのだ。せっかくの文化祭なのだから、出来ればクラス全員――は無理でも、大多数が納得できる出し物にしたいところである。


「……そうだよねー。時間があればじっくり話し合いができるけど……」


「ウチは切羽詰まってから始めて、多数決で強引に決めることになりそうな予感がするよな……」


「「「はぁ~~」」」


 弥生の考えている計画を聞き、翻って自分のクラスは――と、宮沢と有村が思わず愚痴を零す。


 念のためフォローしておくと、どちらかといえば悠司たちのクラスの状況の方が一年生の平均に近く、弥生たちのクラスが突出して順調に計画を進めているのである。そして大抵の一年生は、文化祭が何かと悔いの残る結果になってしまうので、二年生からはそのリベンジを果たすべく凄い熱意で臨むことになるのである。


「そういえば、弥生たちがアイディアを出した例のプランは結局どうなったんだ?」


「それが結構大きな話になっちゃってさ。実は……」


「弥生、ちょっと……」


 絵梨の制止する言葉に振り返ると、清歌も視線で訴えかけていた。


 彼女たちが出したアイディアは、<ミリオンワールド>を使用するのが前提という少々反則気味のプランだ。それ故に面白くなりそうなので、あまり他所に漏らすべき情報ではない。悠司だけなら問題ないところだが、この場で話すのは避けるべきだろう。


 弥生は小さく頷くと、差し障り無い部分だけを話すことにした。


「企画系喫茶店のグループの人にも話を持って行って、合同のプランにすることになったんだ。今日のプレゼンはそっちの人にお任せで、私らはフォロー役ってところ」


「ほほ~、なるほど。……ま、正式に決まったらまた教えてくれや」


 有村や宮沢がいては話せないこともあるのだろうと察した悠司は、あっさり話を流した。ちょうど教室の前に着いたところだったので、話を切るのにタイミングも良かったのである。


 それぞれ軽く挨拶を交わして別れると悠司たち三人は教室へと入り、清歌たちは隣の教室へと向かった。


「ふぅ~、なんか緊張したよ~」


 教室に入ったとたん、弥生は肩を落として大きく息を吐いた。正直言ってああいう空気は御免被りたいところである。


「ええ、確かにちょっと気を遣うシチュエーションでしたね」


 そう言いつつ、清歌は余裕綽々のいつもと変わらぬ様子である。嫉妬ややっかみの類を向けられるのはもはや慣れっこなので、宮沢が向けて来る敵意の視線程度で揺らぐような柔な精神ではないのだ。


「そーねぇ。……でも清歌が何も喋らなかったのは良い判断だったと思うわ。悠司と親しげに話しでもしたら、火に油ってかんじだものね」


「だねー。あ、でもそうなった場合、教室に戻った後の悠司がどうするのか……ちょっと興味があったかも?」


「フフ、それは確かに興味深いわね」


「無責任な第三者としてなら、面白そうですけれど……ね」


 それぞれ勝手なことを言った清歌たちは顔を見合わせると、思わず吹き出してしまう。つまるところこれは恋バナの延長線上にある話であり、傍から見ている分には結構面白いものなのだ。清歌にしても今回に関しては所詮脇役である。


「ま~、煽る必要はないけど、幼馴染としては成り行きを生暖かく見守ることにするよ」


「それがいいでしょうね。清歌はあんまりお隣に近づかない方がいいかしら?」


「はい、一応念のために。……今さらの話ですけれど、考えてみると悠司さんは普通にモテそうなタイプですからね」


 悠司という人物を客観的に評価すると、整った容姿に割と高い身長、運動神経も良く、性格は温厚で家族思いと、異性からモテそうな要素がずらりと揃っている。ちなみに中学時代には、バレンタインデーに「それはちょっと義理とは言えないんじゃ?」というチョコを幾つか貰っていたという事実もある。


 ただ付き合いの長い弥生と絵梨はその事実を素直に認めたくないところがあり、何とも言えない表情で顔を見合わせていた。


「ふふっ。まだ付き合いの短い私だから言えることなのかもしれませんね。……あら? そう言えば、なぜ私だったのでしょうか……。普通に考えると、幼馴染の弥生さんの方が……」


「ああ、確かに……。悠司が気になってる子からしたら、弥生の方に敵意を向けそうなものよねぇ」


 清歌と絵梨の疑問に、しかし弥生はあっさりと答えを返す。悠司の行動パターンなど、弥生にとっては手に取るように分かるのである。


「それは多分、私とは単なる幼馴染だってもう話しちゃってるんだよ、きっと。……で、清歌と親しくなったことを不用意に言っちゃったんじゃないかな~」


「ああ、そういう事ですか」「なるほど。ミスったわね、ユージ」


 自分の席へと戻った弥生は、一つのクリアファイルを取り出した。その中にはグループ分けした各班から提出された、プレゼンの資料が収められている。


「あはは。……さて! この話はこの辺までにして……っと。今日はこれからが本番だからね。もしかしたら私らのプランのプレゼンで、二人にも意見を聞くことがあるかもしれないから、その時はよろしくね」


「はい、承知しました」「ええ、任せなさいな」





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