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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第七章 石板の……謎?
87/177

#7―06

体調不良が思ったよりも長引き、今回も短めです。

次回は元の長さに戻せる……と思います。



「確かに<ミリオンワールド>の曲ね、これは。……っていうか、流石は清歌って言うべきかしら。仕事が早いわ~」


 清歌のPCに繋いでいたヘッドホンを外して半ば呆れ混じりに称賛する絵梨に、清歌は肩を竦めて見せる。


 お昼休み。清歌が例の石板を解読して楽譜に起こしただけでなくDTMで聞ける状態にまでしていたので、昼食後に先日も利用したラウンジに集まり一つのテーブルを占領していた。


 既に聴いていた弥生は飛ばし、悠司、聡一郎、絵梨と順番に聴き終えたところだ。ちなみに朝の一幕で絵梨に散々からかわれた弥生が、反撃とばかりに「聡一郎と二人で聴いてみないの?」とニヤニヤしながら絵梨に提案して、思いっきり口と、ついでに鼻も塞がれて悶絶する羽目になっていた。


「この曲が出てきたっつーことは、ある意味解読がちゃんとできてるっていう証明なんだろうな」


 <ミリオンワールド>のPVはテストプレイが始まる前から何度も繰り返し見たものであり、悠司たち三人もそのBGMは良く覚えている。例の石板が楽譜だという清歌の推測が果たして本当に正しいのか、確かめようが無いのではと悠司は思っていたのだが、この曲が出てきたということならば信憑性は高いと言っていいだろう。


「同感ね。……ああ、でもどんな風に解読したのか興味はあるわね。清歌、種明かしをしてくれないかしら」


「承知しました。では、こちらを……」


 清歌は絵梨からのリクエストに応えてバッグの中からクリアファイルを取り出し、プリントアウトされた紙を何枚か並べる。


 石板が楽譜であると直感した清歌は、まず撮影していた石板の画像をPCに取り込み、画像処理ソフトで座標変換をかけて同心円状に区切られている絵を、横方向の平行線状へと直した。


 そうして見やすくした上で、次は魔物と思しき絵を音符に変換する作業に取り掛かかる。簡略化されてアイコンのようになっている魔物は様々なポーズをしていて踊っているようにも見えるが、よく見ると手や足先にくっついている玉は一つの魔物につき三ないし四段階の高さしかない。その玉の高さと魔物の種類を組み合わせて音階を表しているのだろう。


 一つのラインがパートを表しているのか、魔物と玉では表しきれない音の高低を表しているのかは取り敢えず脇に置き、一番上――元の絵では最も外側――のラインを取り出し、まずは仮に音を割り当ててみることにした。元の形状から、一番外側の情報量が最も多かったからである。


「魔物ごとの上下関係はどう設定したのかしら?」


「先ずは見た目が強そうに見える方を上の音階に割り当てて、楽譜に書き直してみました。それがちゃんとメロディーになるか確かめて、上手くいかなければ割り当てを直して……という手順ですね」


「うへ。……えらい大変そうな作業だな~。ヒント無しで暗号を解くみたいだ」


「私もそう思っていたのですけれど、聞き覚えのあるフレーズがあって曲がすぐに判明しましたので、割り当てはすぐに正解が見つかりました。……そうでなければ、もっと時間がかかっていたでしょうね」


 魔物ごとの上下関係が分かってしまえば、後は全てのラインで音符に直していけばいい。ちなみにラインごとにそれぞれ異なる音域が割り当てられていて、二つのラインを一組としてパートを構成していることがこの時点で判明している。


「そうして完成したのが……、この楽譜になります」


「「「「お~」」」」


 四人の前に示された一枚の手書きの楽譜は、複数のパートに別れた総譜スコアになっていた。これが元は円形の石板に描かれていた象形文字っぽい魔物の絵だというのだから、なかなか見事な変身っぷりである。


 清歌が説明した解読法は論理的でこれといった破綻は見当たらない。石板の絵が徐々に楽譜になっていくプロセスを一枚一枚確認しつつ、絵梨は「なるほどね」と素直に感心した。


「それにしても、清歌ですら先に曲が判明したからこそ解読ができたともいえるわよね? ゲーム内に仕込まれてる暗号としては、ちょっと難易度が高すぎじゃないかしら?」


「だよなぁ……。もしかすると、ゲーム的には全部自力で解読するところまでは要求されてないのかもな」


「あ~、確かにそうかも。石板を楽譜だって見破ると、解読のヒントを探すためのクエストが発生するんじゃないかな? あ、解読できる人を探すっていうパターンもあるかも」


「ふむ、なるほどな。……しかし、そもそもアレを楽譜だと見破れる人間がどれだけいるのか、という疑問は残るな」


「そりゃ多分、イベント発生のトリガーが何か他にもあるんだろう。音楽関連のスキルが一定レベルより高い……とかな」


 弥生と悠司の推測が正しいとすると、ごく普通に冒険をしているプレイヤーにとっては、かなりハードルの高いクエストと言えよう。音楽系のスキルを習得できる心得や得意分野も一応有るが、ゲーム的な意味で役に立たないお遊びスキルを育てるのは後回しにするのが普通だ。またそもそもの話、スベラギ学院に足を踏み入れる機会自体が極めて少ないのである。


 なんにせよ、ある意味で隠されていたともいえるクエストだ。首尾よくクリアできれば、きっとイイ報酬をゲットできるはずである。――などと考え、思わずニヤリと黒い笑みを浮かべる絵梨に、ジト目をした弥生がツッコミを入れる。


「絵梨ぃ、なんかわっる~い顔になってるよ? 何考えてるの?」


「あら、私としたことが。……フフッ、ただこれをクリアしたら何が起きるのかしら、って考えていただけよ。清歌のお陰で、<ミリオンワールド>が再開したらすぐにクリアできるでしょうからね」


 頬に手を当てて表情を取り繕った絵梨は、考えていたことから少しずらしたことを話した。


「そっか、正式に受注したクエストじゃないから、何が起きるか分からないもんね」


「ふむ、思わせぶりな石板だからな。魔物が転移して来るなどということもあるかもしれんな」


「謎を解くと同時にボス戦か……。意地の悪い仕掛けだが、それだけに有り得そうなのが何とも……。っつーか、これで“石板はただの音楽ディスクでした”なーんてオチだったら笑うけどな」


「ふふっ、もし音も鳴るならホームに一つ欲しいところですね。……ただ、申し上げにくいのですけれど、そう簡単にクリアとはいかないようです」


 盛り上がっていたところに冷や水をぶっかけるような言葉が、解読した本人から飛び出した。清歌は机の上に置かれている楽譜にそっと触れると、四人の顔を見回して先を続けた。


「この曲は、私一人では演奏できないのです」


「へ? あっ、そうかだからパソコンで……」「なん……だと」「う~む、盲点だったな」「それは……かなり困るわねぇ」


 弥生が言ったように、清歌が独りで演奏できるものならば、なにもわざわざDTMを使用する必要はどこにもなく、弥生たちの前で直接ピアノを弾くか、さもなくば録音したものを披露すればいいだけのことなのだ。清歌が手間をかけてDTMに入力して聴かせたのは、即ちこれを目指してみんなで演奏しようという提案だったのである。


「う~ん、楽器演奏かぁ~。ハッキリ言って自信ないなぁ」


「ん? 確か小さい頃にピアノを習ってたろ?」


「そうだけど、すぐ辞めちゃったしもう全然覚えてないよ~。リズムゲームならバッチ来いなんだけどさ……」


「あら、ダメじゃない、リーダー」「うむ、しっかりしてくれ、リーダー」「情けないぜ、リーダー」


「酷っ!? ……っていうか、じゃあみんなは何か演奏できる楽器があるっていうの?」


 集中砲火を浴びた弥生が反論すると、ブーメランとなって返ってくることは承知の上でリーダーを非難していた絵梨たち三人は、既に眼を逸らして耳を塞ぎ、素知らぬ顔を決め込んでいた。それを見た弥生はガックリと肩を落とし溜息を吐く。


 中学まで正統派の文学少女であり絵梨は、暇な時間は基本的に読書に費やしており、これといった習い事というのもやったことが無い。悠司と聡一郎はどちらかというと体育会系寄りなので、スポーツ関連はあれこれ手を出してはいるのだが、楽器の演奏といえば音楽の授業で習ったリコーダーくらいのものだ。ちなみに里見邸のリビングに置いてあるキーボードは、香奈がたまに結衣といっしょに遊んでいる物であり、悠司はほとんど触れたことが無い。


 音楽にまつわるクエストならば清歌がいれば完璧――と油断しきっていたところに、とんだ落とし穴が仕掛けられていたようである。


「ねぇ、清歌。ピアノ一本ではどうにかならないの?」


 曲を聞いた感じでは、超絶的な技巧を要する曲でも軽やかに弾いてのける清歌ならば、ピアノだけでも全てのパートを弾けてしまえるのではないかと思ったのだ。


「実は一応、パートを統合・再構成してピアノ専用の楽譜も作ってはみたのですけれど……」


「あら、それなら楽勝……ってわけでもないみたいね。問題があるの?」


「はい。まず、どうしても打楽器は統合できませんので、ピアノだけではこの楽譜の全てを演奏することはできません。……なにより」


 そこで言葉を切った清歌は、一同を見回してクスリと笑った。


「あの石板の前にピアノを設置するのは……ちょっと難しそうですね」


「「「「あ~~」」」」


 余談だが設置場所はともかく、運搬に関しては心配はいらない。たとえそれがグランドピアノであっても<ミリオンワールド>では玩具アイテム扱いなので、いったん収納してしまえば何も問題はないのである。


 ともあれ、生徒たちの往来のある場所に大きなピアノをでんと設置するのは憚られる。あの場所に持ち込める楽器となると、一人で持ち運べる程度の大きさの物がせいぜいだろう。それを踏まえると、清歌がギターで難しい部分を担当し、主旋律などの分かりやすいメロディー部分を二人で、スネアドラムとバスドラムに一人ずつ、というのが無難な構成ではないか、という結論になった。


 実は清歌の担当分を増やして、メロディー担当を一人にすることも出来なくはなかったのだが、そうすると一人だけ何もすることが無くなってしまうので却下となったのである。こういうものはパーティー全員で取り組んだ方が面白いのだ。


「……で、結局問題は演奏できる楽器が何もないってことなんだけど……」


 弥生が改めて確認すると、楽器できない組の三人が「う~む」と腕を組む。


「なんつーか、一応皆演奏できる楽器はあると思うんだが……」


「なによユージ、そんなものがあるなら早く言いなさいな。……って、まさか?」


「たぶんそのまさかだとは思うが……、リコーダーだな」


 大抵の者が義務教育課程である程度は演奏できるようになっている楽器。それがリコーダーである。しかも小学校ではソプラノ、中学校ではアルトを習うので、やろうと思えばパート分けして合奏だってできるのである。


 もっとも言い出しっぺの悠司自身も含めた四人は皆、どうにも気乗りがしない様子だ。というのもリコーダーには“小中学校の授業で使うもの”という先入観があるために、高校生となった今演奏するのは妙に気恥ずかしいのである。しかも清歌のギターという技術的に雲泥の差がある演奏に合わせて吹かなくてはならないとなれば、もはやそれは羞恥プレイといっても過言ではない。


 リコーダーも楽器の一つには違いないという認識の清歌はその辺りの機微がピンと来ず、妙に嫌がる四人の様子に首を傾げていた。


「いっそ、あちらで楽器演奏に関するスキルを入手すればよいのではないか?」


「それも手なんだけど、覚えたてのスキルでどの程度の演奏ができるのか、っていうのが問題になるわね」


「う~ん、ってことはやっぱりリコーダーしかないのかな……」


「まあ捨てた覚えはないから、探せばどこかにあるとは思うが……。高校生にもなって家でリコーダーの練習っつーのが、なぁ?」


「そーよねぇ……」「私も凛に何か言われそう……」


「……俺は今手元にないから練習も何も無いな。大人しく打楽器を担当しよう」


「「「汚っ!!」」」


 珍しく逃げを打った聡一郎に三人のツッコミが炸裂し、清歌は思わず吹き出してしまう。


「ふふっ。……一応もう一つ、楽器演奏ではなくハミングやスキャットで歌う、という方法もありますけれど、どうされますか?」


 石板は楽譜だったが演奏する楽器を指定するような記述はどこにも見受けられなかった。もし石板の前で“記述されている音楽を再現すること”が何らかのイベントのトリガーになっているのならば、歌でも構わないはずである。なおその場合は、音域的に男女一名ずつが必要となる。


 清歌の説明を聞いて絵梨と聡一郎が、弥生と悠司へと視線を送った。絵梨と聡一郎は音痴という訳ではないのだが、弥生や悠司と比べると一段落ちるのである。


 たま~に行くカラオケや授業などでその事実を理解している弥生と悠司は、顔を見合わせると「仕方ないか」と苦笑する。


「じゃあ、歌パートは私らで担当するから、打楽器パートはそっちでお願いね」


「ええ。……たぶんリズム感が良いのはソーイチの方だから、スネアドラムをお願いできる? 私はバスドラムを担当するわ」


「では私は、パートごとの楽譜とそれを演奏した音楽ファイルを用意しますね」


「うん。ありがとう、清歌」


「いえいえ、どういたしまして。弥生さん(ニッコリ☆)」


 ――こんな次第で、清歌の解読した楽譜を演奏する目途が立った。クエスト(予想)のクリアに向けての準備は、現実リアルの方でちゃくちゃくと進行中である。





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