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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第七章 石板の……謎?
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#7―05

多忙&体調不良により、いつもの半分くらいの長さになってしまいました……



 弥生は擦れ違う知り合いたちとにこやかに朝の挨拶を交わしつつ、教室へ向かいちょっとゆっくりめに歩いていく。中学まではどこか落ち着きのなかった自分を顧みて、少しでも落ち着きのある振る舞いを最近は心掛けているのだ。それは言うまでもなく、優雅な立ち居振る舞いが板についている、高校で知り合った親友に影響を受けてのことだ。


 クラス委員を長らくやっている弥生は、比較的早い時間に登校するのが日常となっている。この時間を利用して雑用を済ますこともあるし、何より遅刻するというのは立場上ちょっと問題があるからだ。ちなみに男子のクラス委員である芦田は吹奏楽部の朝練でもっと早い時間に登校していて、雑用がある時は切り上げて来るようにしている。


「みんな、おはよ~」


「あ、おはよっ」「おはよ、いいんちょ~」「坂本さん、はよ~っす」


 教室の扉を開け挨拶をすると、ドアの傍にいたクラスメート数人が返事を返してくれる。それに笑顔を返して教室内を見回すと、清歌の姿を見つけて弥生は軽く目を見開いた。彼女は家絡みの事情がない限り遅刻することは無いが、登校する時刻は比較的遅めなのだ。


 さらに珍しいことに清歌は自分の席に一人・・でいた。弥生たちと仲良くなったことで、七月までの孤立或いは孤高の状態は解消され、それまでの反動もあってか清歌の周囲にはいつもクラスメートの姿がある。


 どうでもいい話かもしれないが、健全でヨコシマなる男子諸君は女子たちの防御に阻まれて、未だにまともに清歌とお話しすることがかなわずにいる。彼女の意志とは無関係に、どういう訳か周囲の女子が親衛隊の如くブロックしてしまうのである。弥生が言うところの“お姉さま属性”とやらは、同学年に対しても効果を発揮するらしい。


 さておき、清歌は私物と思しきノートパソコンで何かの作業をしているために、クラスメートたちはそっとしておいているのであろう。


 作業の邪魔をしたくはないが挨拶を欠かすのも良くないと思い、弥生は軽く一声かけた。


「おはよ、清歌」


「おはようございます、弥生さん」


 顔を上げた清歌が笑顔で挨拶を返す。操作する手を止めてしまっているので、弥生は軽く手を横に振って、自分のことは気にせずそのまま続けていいと伝える。


「ちょうど作業が終わったところです。よろしければ弥生さんも聴いて下さいませんか?」


「うん? なになに、何を聴かせてくれるの?」


「それは……、聴いてのお楽しみですよ(ニッコリ☆)」


 そう言いつつ清歌は左の髪を指でそっと耳にかけると、ノートパソコンに繋いでいたインナーイヤー型ヘッドホンの一方を身に着けた。そしてもう一方を弥生に差し出す。ごく当たり前のようにそれを受け取ろうと手を伸ばした弥生は、はたとあることに気づいて躊躇してしまった。


 このヘッドホンは左右のケーブルが同じ長さのタイプなので、一緒に聴こうとすると必然的にかなり寄り添わなければならない。いつもの仲間たちだけしかいないなら――まあニヨニヨされるだろうが――まだしも、クラスメートの前となると話が違う。


(も~、清歌ってば人目を気にしないところあるんだよね……。これって海外生活が結構長いせい? それとも中学まで女子校育ちだったからなのかな?)


 弥生の推測はどちらも正解であり、同時にそれだけでは不足である。スキンシップが多いのは海外生活と女子校生活双方の影響ではあるが、人目をあまり気にしなくなったのは、家柄とその類稀なる容姿から常に人目があるためにいちいち気にしていてはキリが無いという理由による。


「……? 弥生さん?」


 弥生が中途半端に手を伸ばしたまま受け取らないので、清歌が怪訝な表情で首を傾げている。弥生は気にしても仕方ないかと割り切って「なんでもな~い」と首を横に振ると清歌のすぐ左隣から椅子を引き寄せて座り、受け取ったヘッドホンを身に着けた。二人の髪から仄かに香る匂いが混じりちょっとくすぐったい。


 ピタリとくっつく二人の姿に、少しずつクラスメートが増えてきている教室内の空気がざわっとするが、弥生は全身全霊をもって無視する。


「では……、再生しますね」


 清歌が表示されている再生ボタンをクリックすると、横方向に伸びたタイムライン上をバーが移動していく。弥生はその画面を見て、以前アンティーク物を鑑定する番組で見たことのある、大きなオルゴールを演奏させるための楽譜シートに似ているな、と思った。


 ヘッドホンから流れてくる電子音楽は清歌の生演奏とは比べるべくもないが、それにしても何やら微妙にちぐはぐな印象だ。メロディーのピアノはいい演奏をしているように思えるのに、ベースやドラムは少々機械的な響きに感じられる。


 メロディーは弥生にも聞き覚えのあるもので、どこで聴いたものだったかと記憶を掘り起こしてみる。曖昧な記憶なので何度も繰り返し聞いたものではないはずだ。にも拘らず自分が覚えているということは、何か自分が好きなことに関連しているのだろう。そして割と最近のことのはずだ。――という感じで記憶を辿っていくと、やがて正解に辿り着いた。


「清歌、これってもしかして……(ヒソヒソ)」


「はい、<ミリオンワールド>のPVなどで流れるテーマ曲です(ヒソヒソ)」


 清歌が作った曲ではなく、またらしく(・・・)ないやっつけ仕事感がある音楽。しかもそれが<ミリオンワールド>に関するものであるなら、導き出される答えは一つしかない。


「もしかして例の楽譜の曲がこれだったの?」


「正解です、弥生さん。取り急ぎDTMに入力してみました」


 それにしても石板を解読して楽譜に直し、それを更にPCに入力して聴ける状態にまでしてしまうとは、つくづく多芸なお人である。もっとも本人としては完成度にかなりの不満があるようで、眉間に皺を寄せる寸前くらいまで眉を寄せている。


 言ってみればこれはゲーム内のイベントをクリアする下準備のようなもので、楽譜の解読さえできればいいのだ。にもかかわらず、それを打ち込んだ曲の出来栄えを気にするのが、清歌という人間のさがなのであろう。


「も~、清歌ってば、そんな眉を寄せたら美人が台無しだよ。こんな短時間で聞けるところまでできてるんだから、私はそれだけでも凄いことだと思うよ」


 眉間をチョンとつつかれた清歌は、一瞬目を見開いてから自分でも眉間をさすり、弥生に微笑みを返した。


「ふふっ、そうですね。ありがとうございます、弥生さん」


 ところで、ヘッドホンで繋がった二人がヒソヒソ話をすると、自然と顔を寄せ合うことになる。それはもう鼻先どうしが触れ合ってしまいそうなほどに。


 その結果――




 廊下を歩いていた絵梨が急に立ち止まり、たまたま昇降口付近で合流した悠司と聡一郎もつられて立ち止まった。絵梨が目的地である教室の方を指さす。


 絵梨が指し示す方に目を向けると、そこにはなぜか大勢の生徒が教室側の壁、というか窓の前と開いたドアの前にへばりつき中の様子を窺っているという、奇妙な光景があった。ドアが開いているのだから、少なくとも中にいる何者かに締め出されているわけではなさそうだ。


 ちなみに最前列は女子が陣取って壁を作っており、男子はその後ろから背伸びをしたり隙間を狙ったりして教室内を見ようとトライしている。


「何かしら、あの人だかり。私らの教室の前よねぇ……」


「確かに、クラスメートもいるな。……なぜ、教室に入らんのだ?」


「さぁ。っつーか、聞いてみりゃいいんじゃないか?」


「そね。……じゃ、行ってみましょ」


 言うが早いか絵梨はスタスタと人だかりに近づいて、クラスの友人の一人に話しかけた。


「おはよ。みんなどうして教室に入らないのよ? 不審物でも見つかった?」


「あ、おはよ~。……いいから、静かに。中を見てみて?」


 絵梨が投げかけた軽いブラックジョークは苦笑で流し、クラスメートがちょいちょいと教室内を指さす。それに従い教室を覗き込み、絵梨はなるほどと内心で手を打った。


 教室の中央からやや外の窓よりの場所、清歌と弥生が寄り添って座り、頬と頬が触れ合いそうな距離で密やかなお喋りをしている。それはとても微笑ましく絵になる光景であり、同時に美少女二人の秘め事めいた雰囲気で、おいそれと興味本位で触れてはいけないような空気を醸し出している。見る者によっては一種の神聖さすら感じているかもしれない。


 確かに今の二人を見てしまっては、中に入って元気よく「おはよう!」と声を掛ける気にはならないだろう。そうして最初の一人が立ち止まって中を見ている内に、見物人が増えていった、というところだろうと絵梨は推理する。


「おい、絵梨さんや……」「結局、何があったのだ?」


 しびれを切らした悠司と聡一郎に、絵梨はニヤリと黒い笑みを浮かべて教室内を指差す。少し背伸びをして女子のバリケード越しに中を見た二人は、納得するとともに少々拍子抜けした。彼らにとっては現実リアルにせよVR内にせよ、似たような光景は何度も見たことがあるありふれた光景なのだ。


「……っつーか、なんで女子がバリケード作ってるんだ?」


「確かに。ことさら男子に隠す必要もないような気がするが……」


「まあ、あなたたち二人なら問題ないんでしょうけど、ね。大方中を見て二人の関係を邪推でもして締め出された……ってところじゃないかしら?」


 絵梨の言葉に数名の女子がこちらを向いて頷き同意を示す。


 確かにあの光景は、単純に微笑ましいと見ることができないヨコシマなる者が見れば、いろいろとイケナイ妄想を掻き立てられてしまうことだろう。しかしあえて口には出さないが、それは女子も同じことなんじゃ、と思う悠司である。


「しかしあの二人はなぜあんなに近くで……、ああ、音楽を聴いているようだな」


「あ~、一つのヘッドホンで。……うん、絵になるシチュエーションだよな。……っつーか、俺は思うんだが……」


 絵梨と聡一郎だけでなく近くにいた女子生徒数名の視線を集めてしまい、悠司は一瞬怯むも先を続ける。


「弥生は普通に人目を気にするし、さ……黛さんに注意することもあるってのに、割とちょくちょくああいう事をするのは……なんでなんだろうな?」


「「「「あ~~」」」」


 言われてみればあの二人が、「友達っていうにはちょっと近すぎ……かも?」という事をしているのはこれが初めてではない。ちなみに我に返った弥生がニヨニヨされていることに気付いてワタワタする、という一連の流れがこのクラスのお約束になりつつある。


「そーねぇ。……たぶん弥生って、一度割り切った後は何も気にしなくなるのよ。こう、スイッチを切り替えるようにね。……で、元に戻ったら慌てふためくと。このシチュエーションならヘッドホンを付けた時点で割り切ったんじゃないかしら?」


 教室内に視線を戻しながら絵梨は自身の推理を語る。


「ま、なんにしても聞いている音楽が終わるか、時間切れのチャイムが鳴るかまでだから、もうちょっと二人をそっとしておいてあげましょ」


 その後、曲を聞き終わった弥生がヘッドホンを外して顔を上げたところで、廊下にギャラリーが大勢いたことに気付き、大いに慌てふためくこととなる。その予想通りの光景に、妙に心が和むギャラリーたちなのであった。





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