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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第七章 石板の……謎?
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#7―03




 百櫻坂高校の昼食は弁当を持ってくるか、コンビニ並みの品揃えがある購買で買うか、学食に行くか、と三つ選択肢がある。学食は全校生徒を同時に収容可能――とは流石にいかないものの、弁当組や購買組を除けば十分余裕があるだけの広さがある。


 清歌と弥生、悠司はほぼ毎日弁当持参で、絵梨は弁当と購買が半々ほど、聡一郎は購買か学食である。なお自分でお弁当を作っているのは弥生だけだ。


 さて本日の昼休みもいつものように教室で、清歌と弥生、絵梨で集まり昼食を食べたところである。いつも三人だけで固まっているわけではなく、他のクラスメートと一緒になることもある。――今のところ男子禁制ではあるが。


 お昼休みには放送部が校内放送を行っていて、通常はラジオ番組風のプログラムで生徒たちの耳を楽しませている。毎年今の時期は会長選立候補者を招いてのインタビューや、政見放送的なものも流していた。


 ちなみに放送部は結構な大所帯のために部内でいくつかのグループに分かれており、ローテーションを組んでそれぞれが独自に番組を作っている。定期的に番組の人気調査を行って、互いに切磋琢磨しているのだそうな。


 今日の選挙関連の放送は香奈でも対抗馬先輩でもない、第三のノーマーク先輩だったため、清歌たちは完全に放送をスルーしてお喋りに花を咲かせていた。




 お弁当箱(ランチボックス)を片付けて椅子に座り直した清歌が、肩から零れ落ちた髪を背中へとそっと手で払う。手入れの行き届いた艶やかな金髪がサラリと流れて、まだ夏の強さを保ったままの日差しを乱反射させた。


 高校に入ってから普段はワンレングスの髪を結わずに流している清歌は、この髪を払う仕草をよくする。横から見るとうなじがちらりと見えて色っぽいと、密かに人気があるとかないとか。


 こんなに綺麗な金色なのだから鈴の音でも聞こえてきそうだな、などと割とアホなことを考えていた弥生が、少し前から疑問に思っていたことを尋ねた。


「そういえば清歌は制服着てる時って、いつもその髪型だよね。中学の時みたいにいろいろ変えたりしないの?」


 体育の時は髪を一つに束ねたりポニーテールにしたり頭の上にお団子にしたりと、清歌は髪が邪魔にならないように工夫をしている。また私服の時は、服装や天候に合わせていろいろと変えているのを、夏休み中に弥生たちも見ているのである。


「拘りという訳ではありませんけれど、制服の着方も含めて一つに決めてしまうと楽ですね。……中学時代の反動かもしれません」


 生徒会長からの依頼で毎日のように髪型と制服の着崩しを考えていた中学の副会長時代は、やはり相応の手間が掛かっていた。高校ではそういう縛りがなくなったので特に凝ったことはしないでいたら、いつの間にか定着してしまっていたのである。


「あ~、そっかぁ。……確かに分かるかも」


「確かにアレ(・・)は大変そうだったものねぇ。似合ってるからいい良いと思うけど、違う髪型の清歌を見てみたいって人も……」


 絵梨は離れた場所から清歌をチラ見するだけの憐れな男子たちを、若干人の悪い笑みで一瞥してから続ける。


「……いる。……みたいだけどね」


「なんと申しますか……、そういった方面の努力は中学時代にやり尽してしまいましたので、高校では楽をすることにしています」


「あはは。あ、そうだ! ……ねぇ、清歌。ちょっと髪型いじらせてもらってもいいかな?」


「? ええ、もちろんいいですよ」


「あら、面白そうね。……どんな髪型がいいかしら」


 絵梨も一緒になって妙に高いテンションで相談を始める。手持ちのヘアピンがなかったのでアップに纏める髪型はちょっと難しく、あーでもないこーでもないと相談した結果、中学の卒業アルバムでも見かけた細い三つ編みを二本垂らした髪型にすることになった。


 真ん中で分けた髪の右側を弥生が、左側を絵梨がそれぞれ編み込んでいく。


「清歌の髪って綺麗よねー。サラサラ……っていうか、こうスルッとしてる感じ?」


「そうそう。触ってみるとスッゴイいい手触りなんだよ~」


「ありがとうございます。そう言って頂けると、ちゃんと手入れをしている甲斐がありますね」


「いいなぁ~、私もストレートパーマかけてみようかな~。ああ、でもお小遣いがなぁ~」


 フワフワと波打つ髪がコンプレックスとは言わないまでも、毎朝寝ぐせと格闘しなければならないのが面倒臭い弥生から見ると、清歌のサラサラなストレートでコシのある髪はちょっとした憧れなのだ。


 もっともこれは隣の芝生は青く見えるという類のもので、清歌の方から見た評価は当然違うものとなる。


「私はむしろ、弥生さんのようなウェーブのかかった髪型にしてみたいですね」


「……頑張ってやろうとすると、髪が痛むのよね」


「ええ。中学時代に試してみたことがあるのですけれど、整髪料とドライヤーで髪が痛んでしまいそうで……。もしかして絵梨さんも?」


「そそ。中一の……まあオシャレってものにちょっと目覚めた時があって、髪を伸ばしてたんだけど、頑張ってスタイリングしてるうちに痛んじゃって。……それで嫌になって、ショートに落ち着いたってわけなのよ」


 絵梨の告白に、「なるほどー」と清歌が妙に実感がこもった呟きを漏らす。色こそ違えど、清歌と絵梨は髪質に共通点があるようだ。二人だけ共感して仲間外れにされたようで、弥生はちょっと面白くない。


「フフフ。弥生、そうブー垂れるもんじゃないわ」


「そうは言ってもさ~。二人とも、朝起きたら頭がボワンってなってたりしないでしょ? 毎朝かな~り面倒臭いんだよ」


「それは……まあ、ないけどね。でも弥生にはその髪が似合ってるんだからいいんじゃない? ……そうねぇ、例えば清歌みたいな髪型にしてみたとしたら……」


 弥生は編んでいる清歌の髪を見ながら、毎朝見ている鏡の中の自分に、ワンレングスのストレートヘアーをはめ込んでみると――


「ううっ……。自分で言うのもなんだけど、ぜんっぜん、似合わないね……」


 基本的に童顔である弥生には、大人っぽい髪形が合わないのだ。特におでこを見せる髪型にすると、どうにも違和感がある。


「ま、単なる向き不向きの話だから落ち込む必要はないわ、弥生」


「そうですよ。私は弥生さんの髪、フワフワしていて大好きですよ」


「はぅ! だ……、だいすき……って……、その、アリガト……」


「フフフ……(ニヤリ★)」


 清歌のストレートな言葉の直撃に撃ち抜かれて挙動不審になる弥生と、そんなやり取りに何やら黒い笑みを浮かべる絵梨であった。


 余談だが、三人のやり取りは比較的小声で、傍から見ると美少女三人が髪を結いながら戯れているいるようにしか見えなかった。――なので、いつの間にかほぼすべてのクラスメートたちが、息を潜めて様子を窺っていたのであった。


 程なくして完成した髪型は、普段のどこか近寄り難さすら感じられるお嬢様オーラを和らげ、新鮮な可愛らしさが男女問わず数多くの生徒を惹きつけることとなる。その結果、髪が長い女子生徒の間で一時的に三つ編みが流行るのだが、それはまた別の話である。







 いつもとは雰囲気の違う清歌を一目見ようと廊下をウロウロする者が現れたり、仲のいい女子が互いに髪型を変える遊びがあちこちで始まったりと、周囲に妙な影響を与えつつ迎えた放課後の事。


 帰宅する支度を整えた絵梨が、清歌の方へと向かいつつ改めて全身を眺める。そしてなんとなく感じていた既視感の正体に気付いた。


 細くて長い二本の三つ編みというと、いわゆる文学少女的なイメージになりそうなところだが、清歌の場合はちょっと違っている。確かに文学少女的ではあるが、おでこを出して金髪となると古式ゆかしい和風とはいかない。


「どこかで見たようなって思ってたけど、これは……アレね。アン・シャーリー的っていう感じなのかしら?」


「それは……、Anne of Green Gables のことでしょうか?」


「ええ。まあ映画とかアニメのイメージだけど、おでこを出して二本の三つ編みにしてるのよね。まあ色は違うけど、要するに欧米のクラシカルな物語に出て来る女の子のイメージってこと」


「確かにちょっと昔が舞台の映画などで見かけますね。こんなに長くはないですけれど」


「そりゃあ、清歌ほど髪の長い子は少ないわね」


 今一つ二人の会話がピンと来ていなかった弥生が、アン、アニメ、色違いの髪で三つ編み、クラシカルな物語などのキーワードから何を話しているのか連想して、回答に辿り着いた。


「……あっ! もしかして赤毛のアンのこと?」


「正解。有名な文学作品なんだから、原題も知っておきなさいな」


「む~。そもそも私は小説とかあんまり読まないし、赤毛のアンだって小学生の時にちょこっと読んだだけなんだから、しょうがないじゃない」


 成績自体は弥生よりもずっと下である絵梨が、自分の得意分野だったためにからかい半分でわざと偉そうに語る。反論できない弥生はちょっと不満げだったが、割といつものことなのでアッサリ流して、自分なりの解釈を語る。


「……でもイメージは分かったよ。由緒正しい中世ファンタジーが舞台のゲームとか映画とかで、町娘がそういう髪型してるよね」


「ああ……なるほど、そんな感じよね」


「そう言えば先日の企画会議で、演劇映画グループで候補に挙げられた作品にも、そういうものがありましたね」


 その時、音を立てずそろりと三人へと歩み寄っていたとあるクラスメートが、意を決して話しかけてきた。


「……その件で、ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんですけど……」


「ひあっ!」「っ! あ~、びっくりした~」「なんでしょうか、天都あまとさん」


 あまりにも気配が薄かったので、弥生と絵梨は思わず声を上げるほどに驚いてしまった。振り向くとそこには、文芸部に所属している天都睦子(ちかこ)がちょっと不安げな表情で佇んでいた。


 天都は髪を一本の三つ編みに纏めて右肩から前に垂らし、丸いレンズの眼鏡を掛けた、こう言ってはなんだがちょっと地味めの女の子である。外見の印象に違わず性格もどちらかといえば内向的なので、クラスの中でもとりわけ華やかな美少女三人組に自分から話しかけるのに、かなり気後れしていたのである。


「え~っと、その件ってことは文化祭絡みだよね。あ、立ち話もなんだから、取り敢えず座ろっか」


 気を取り直した弥生が横の席から椅子を引っ張り出して座り、絵梨と天都を促した。


「その……、時間は大丈夫ですか?」


「うん、今日は何の予定も無~い」「ええ、大丈夫よ」「私も問題ありませんよ」


 三人の回答にほっと息を吐いた天都は、前に回り込んで椅子に着いた。


「……で、相談って? 確か天都さんは前に書いたオリジナル小説を、候補に挙げてたんだよね」


「うん。ただ演劇にするのは難しいかもしれないから、ちょっと手直ししようかと思って。みんなの意見が欲しいんです」


「オリジナルの小説……ああ、そういえば天都さんは文芸部だったわね」


 絵梨の確認に、天都が何やら奇妙な訂正を加える。


「正確には、元祖(・・)文芸部です」


「……へ?」「元祖……ですか?」「……ナニソレ?」


「今、文芸部は三つあって、あと本家文芸部と真・文芸部があるんです」


 なんでもその昔、文芸部が非常に――異常に、が正しいかも?――大きくなったことがあり、活動内容でそれぞれ分裂して独立したのだそうだ。元祖に本家に真と、一体どれがオリジナルなのか分からないネーミングだが、ある意味どれもホンモノなのである。


 天都が所属している“元祖”は創作活動をメインにした文芸部で、“本家”はエッセイや書評などを中心に、そして“真”は二次創作を中心にイラストも扱っているとのことだ。


「へー、文芸部って三つもあったのね、知らなかったわ……」


「私もです。……天都さんはオリジナルの小説を書くから、元祖文芸部に所属しているのですね」


「ふむふむ……って、文芸部の話は置いておこうよ。手直しって言ってたけど、どういう事?」


「ええと、私の書いたお話は――」


 彼女が創作した物語はオーソドックスなファンタジー的世界観での、コメディー色の強いお話だ。宿屋を営む主人公一家の元に、謎めいた客が訪れお金の代わりにとある宝物で一泊させてほしいと頼まれ、主人は快く泊めてあげる――というところから物語が始まる。翌朝、謎めいた客は忽然と姿を消し宝物だけが残されているのだが、どうもその宝物と持ち主だった客はかなりのいわく(・・・)つきだったようで、それらを巡って次々と人が宿屋を訪れドタバタの騒動が繰り広げられる、という展開である。


 天都が気にしているのは、劇ないし映画にする際にファンタジーという舞台設定が難しくないだろうか、ということらしい。


「難しいようなら現代風にアレンジしようかとも思ってるんですけど……、みんなはどう思いますか?」


 そう言いつつ天都は三人の前に一部ずつ、プリントアウトした小説を配った。清歌たちはそれぞれ手に取って、ざっと目を通していく。


「仰る通り、この物語を演劇にするとなると、衣装や小道具を揃えるのが難しいかもしれませんね」


「でもファンタジー特有の要素が物語に絡んでるし、下手に現代風にアレンジしちゃうと、面白さが減っちゃう気がするのよねぇ……」


「やっぱり、そう思います?」


「うん、私もそう思った。……あ、舞台が基本的に宿屋だけっていうのは向いてると思うよ。聞いた話だと、一年生がやる演劇は教室でやることになると思うから、大人数がいっぺんに登場するような劇は難しいらしいんだ」


 三人は更に意見や感想を出し合い、それらを纏めるとこの小説はアレンジなどしない方がいいものになるのではないか、という結論になった。もし現代風アレンジをするならばという話をしてみたところ、コメディーのネタ部分にファンタジー要素が絡んでいるため、その部分をそっくり入れ替える必要がありそうなのである。


 演劇化で問題になる部分は衣装や小道具なのだから、そこのところを解決する案を考えた方がよさそうだ。そもそも自前の衣装を抱えている演劇部ではないのだから、例えば現代の高校生が主人公の物語でもなければ、何をやるにしても衣装の調達は必要になるのだ。


「あと、これを言ってはなんだけど、文化祭の演劇はその辺りの詰めの甘さっていうか、頑張ったけどこのくらいが限界でした……っていう努力の跡? を見て貰う場みたいなもんだから、あんまり気にする必要はないとも思うのよね」


「絵梨……、それは……ぶっちゃけすぎなんじゃ……」


「でもそれは確かにそうなのかもです。私たちやる側にしても、ちょっと無理そうなのを工夫して準備するのが楽しかったりするものだし」


「そね。だからこのお話はこのままでも大丈夫なんじゃないかしら?」


 そんなこんなで結局、話し合いをする以前と何も変わらないという結論になってしまったのだが、それでも他者からの意見は参考になったと、天都は三人にお礼を述べた。次の会議までに、登場人物が身に着けている物――鎧や剣などの装備品――の設定を、比較的再現しやすいものに変えてみるとのことであった。







 天都が部室へと向かい、清歌たち三人も教室から出て悠司と聡一郎がいるであろうラウンジへと向かう。百櫻坂高校には生徒たちがちょっと集まって駄弁るなり、勉強するなりできる場所が何か所か設けられていて、帰宅部の生徒や特定の部室を持たない弱小同好会のたまり場となっているのである。


 今の時期、特に文科系の部活動は文化祭やその他のイベントに向けて準備に勤しんでいるので、校内はとても活気に満ちていた。


 そんな喧騒の中を歩き、清歌たちはラウンジへと到着した。


「今日はいつもより空いてるね~。……あ、いたいた。悠司、聡一郎、場所取りごくろ~」


「うむ。三人ともお疲れ」


「割と時間がかかったみたいだな。……ああ、こりゃ確かにウチのクラスまで噂が飛んでくるわけだな」


 聡一郎が教室を出る時、清歌たち三人は既に天都に捕まっていたので、遅れた事情は既に悠司にも知らされているようだ。なお、悠司の後半の台詞は清歌の髪型についての話で、それを聞いた彼女たちは顔を見合わせてクスクスと笑っていた。


 三人が席に着いたところで、おもむろに悠司が口を開く。


「文化祭の演劇の話だったんだって? そっちは着々と進行中みたいでいいよなー。こっちは文化祭の話なんて全く進んでないってのに……」


「委員長をせっついてみるというのはどうなったのだ?」


 聡一郎の疑問に対して悠司が渋い顔をする。


「言ってはみたんだが……。ココだけの話、ウチの委員長二人はイマイチ仲がよろしくないんだわ。コミュニケーションをとらないもんだから、臨時のクラス会議を開くってのが……な~」


「あちゃ~」「あらら……」「むぅ……」


「そりゃ、ご愁傷様ね。……ま、こっちも演劇の話って言っても候補になる作品選びの話だし、そもそも演劇に決まったって訳でもないわ。それほど順調でもないのよ」


「んん? ……ってか、それじゃなんだって“手直し”なんて話になるんだ?」


「あ、それはね、その小説っていうのが、候補に挙げた天都さん自身の作品だからだよ」


「オリジナル? 自分で創作した小説なのか?」


「うん。天都さんは文芸……じゃなくて元祖(・・)文芸部だからね。せっかくだから候補選びの段階で、落とされたくなかったみたい。あ、原作を一冊貰って来たけど、読む?」


 弥生が差し出した小冊子を受け取りつつ、悠司はなるほどと頷いた。自分のオリジナル作品で立候補して、文化祭で演劇化を目論むとはなかなかの野心家と言えるであろう。悠司はなんとなく文芸部員に内向的なイメージを持っていたのだが、どうやら考えを改めるべきのようだ。


 女性陣三人から話し合いの経緯を聞き、パラパラと冊子をめくってみる。物語には引き込まれるものがあるし、会話のテンポもよくて結構面白そうだ。しかし――


「なるほどなー。でもやっぱりファンタジーは難しいんじゃないか?」


「あ~、やっぱりそう思うか~」「そうねぇ……、そこがネックなのよ」


「映画にするなら、割と簡単に作れそうですけれどね」


「「「「…………え!?」」」」


 清歌が少し首を傾げながら何気なく零した言葉に、四人が思わず声を上げる。


 文化祭の出し物として考えると、演劇よりも映画の方がハードルは高いだろう。必要となる衣装や小道具などは同じで、その上撮影用機材を調達し、ロケ地を選定、撮影に編集作業と、思いつく限りでもいろいろと面倒なことが多い。ただその分、当日は文化祭を満喫できるというメリットもある。


 訝しむ四人の視線を受け止めた清歌は、なぜか不思議そうな表情だ。


「<ミリオンワールド>で撮影すれば、問題ないですよね」


「そっか、その手があった!」「私としたことが……」「そいつは盲点だったな」「なるほど、そういう使い方か」


 言われてみれば<ミリオンワールド>内で撮影するなら、大抵の問題点は解消される。衣装や小道具の類は普通に本物(・・)が売っているし、撮影機材は動画撮影機能を使えばいい。なんだったら雪苺を使えば、複数アングルで同時に撮影も可能だ。魔法だって使えるし、特殊効果が必要ならコミックエフェクトを利用することもできる。残る問題は、撮影した動画の編集作業くらいだ。


「お~、なんか映画作りやってみたくなっちゃったかも。……って、アレ? じゃあなんで清歌はさっきそれを言わなかったの?」


「実は話す前に、別の問題に気付いてしまいまして……」


「問題? あっ! ……そうよ、メインキャストの人には、どうしたって冒険者になってもらう必要があるものね。運よく抽選に当たったとしても、同時にログインの予約が取れるとは限らないし……」


「はい。仮に私たちの中から悠司さんを除いた四人がメインキャストを演じるにしても、二人足りませんので」


 この物語のメインキャスト、宿屋の主人と女将、その娘、常宿にしている魔法使い、食事の度に入り浸っている騎士、ウェイトレスのアルバイトをしている駆け出し冒険者の合計六人だ。


「ふむ。隣のクラスだが、悠司に付き合ってもらったとしてもあと一人足りないか。……確かに、この提案をしてもぬか喜びさせる結果になったかもしれんな」


 そんな訳で清歌は、<ミリオンワールド>内映画撮影プランをボツにせざるを得なかったのである。本稼働が開始されれば、システムの安定性などの様子を見つつ、順次冒険者を募っていくとのことだが、いずれにしても高い倍率の抽選になるのは明らかだ。


「……実はいっそ凛ちゃんにもお願いしてしまうのはどうか……、とも考えたのですけれど、お隣の悠司さんはまだしも流石に学外の子、それも受験生に協力してもらうというのは憚られますからね」


 清歌に対し、もはや崇拝に近い憧れを抱いている凛ならば、この話を持ち掛ければ万難を排して参加すると言い張るだろう。その未来が容易に想像でき、弥生は思わず目を明後日の方へ向けてしまう。


 ちなみにその場合だと、魔法使いというのが男性なので誰かが――恐らく清歌か絵梨になるだろう――男装するか、脚本を直す必要が出て来る。


「あー、面白そうなだけに残念だなー」


「あらユージ、あんたはお隣さんでしょ?」


 絵梨のツッコミに肩を竦める悠司を横目に、弥生は腕を組んで考え込んでいた。確かに現状では、これをメインのプランとするには少々問題がありそうではある。しかし、単に切り捨ててしまうのはもったいないような気がしてならない。どうにかならないものだろうか?


「どうかされましたか、弥生さん?」


「う~ん、何とかできないものかな~って考えてるんだけど……」


 しばし頭を捻っていた弥生は、やがて組んでいた腕を解いてややテーブルに乗り出して話し始めた。


「たぶんうちのクラスにも、冒険者になって<ミリオンワールド>をやりたいって人はいると思うんだ。そういう有志を募ってみるのはどうかな?」


「気持ちは分かるけど、それじゃかなり不確実なプランになっちゃうわよ? クラス委員長としてそれでいいの?」


「うん、だからメインの企画は別に用意しておくんだよ。つまり、基本的なプランとしては内装とか衣装を物語と合わせた喫茶店にするの。ええと……ファンタジー喫茶、っていうか物語的に言えば、冒険者の宿みたいな?」


 その上で首尾よく冒険者になれたクラスメートがいたら映画の撮影をして、店内で上映をするのだ。


「なるほど、要するに喫茶店のお客さん(イコール)冒険者の宿に来ている客っていう構図にするわけか!」


「まあ、イメージとしてはね。私らが作るものだし、実際にはそんな風にはならないと思うけど。……どうかな、面白そうじゃない?」


「なるほどね……。ゲストの登場人物は現実リアルで稽古をした上で、旅行者として<ミリオンワールド>に来て撮影すればいいものね」


「そうそう。もしみんなが良かったら、天都さんに打診して提案してみるけど……」


 とココで弥生は、清歌が微妙な表情をしていることに気が付いた。否定とも不安とも違う、どこか弥生を気遣っているような表情である


「どしたの、清歌?」


「あの、私は賛成ですし喜んで協力します。ただ……皆さんはよろしいのでしょうか? 恐らく私たちはメインキャスト、“役者”をやることになりますよ?」


 その指摘に弥生たちは一瞬言葉に詰まってしまう。ロールプレイとは本来“役割を演じる”という意味なのだから、役者なんていつもやっているようなもの――とは、なかなか思えるものではない。特に映画の場合は、自分のびみょ~な演技を後で客観的に見るハメになるのだから、一発勝負の演劇よりもある意味キツイところがある。


「う~ん、いざとなったら役者をやってもいいけど……」


「本当にいいんですか、弥生さん」


 弥生ばかり気にかけるところが奇妙に思え、四人の視線が清歌に集まる。特に弥生は、念押しされるようなナニが自分にあるのかとかなり不安そうだ。


「この物語のメインキャストを私たちが演じるとしたら、弥生さんの役は一つに決まってしまいます。それは……」


「もしかして……宿屋の、娘ぇ!?」


 思わず悲鳴に似た声を上げてしまう弥生。ちなみに弥生はクラスの女子の中で最も身長が低いので、仮に誰かクラスメートの女子が冒険者になったとしても、娘役は弥生に決まりだろう。


 実際、髪型とメイクを整えて服装をそれっぽくすれば、下手をすると「小学生にしてはちょっと大人っぽいね」と言われる可能性さえあるのだ。弥生は不本意だろうが、彼女をこの役にしないという選択肢はない。


「フフフ(ニヤリ★) ちょっと弥生、折角いいプランを提案できそうなんだから別にいいじゃない。娘役……十歳だったかしら? を演じるくらい。そもそもこれに決まるとは限らないんだし」


 絵梨は微妙に黒い笑みを浮かべながら、頭を抱える弥生に決断を促す。絵梨自身も役者をやることになるのだが、どうやら弥生の面白い姿を見られるなら構わないと決意したようだ。


 半ば他人事のように語る絵梨に弥生はジト目を向けると、意趣返しとばかりに小声でチクリと刺した。


「む~、そりゃ絵梨は良いよね。聡一郎と夫婦役になれるんだからさ(ニヤリ★)」


「え!? そ……(そうよね、もしかしたらそうなる事も……)」


 思わず想像してしまい、絵梨にしては珍しく耳まで真っ赤になってしまっている。


 その様子を見て留飲を下げた弥生は、「よし!」と気合を入れて覚悟を決めた。


「うん。まあこれが採用されるかも分からないんだから、いっちょ提案してみよっか。みんな、いい?」


「弥生さんがよろしければ、私に異存はありません」「うむ。問題ない」「わ、私も……、ええ、それでいいわ」


「おー、纏まったみたいで何よりだな。……いいなー、なんかそっちのクラスは面白そうで」


 一人だけ別のクラスで疎外感があると思っていた悠司の言葉は、後半にボヤきが混じっていた。


「何言ってんの、悠司。場合によっては友情出演してもらうんだから、ちゃ~んと覚悟はしておいてよね」


「ハイ!? その話、マジだったのか?」


「マジよマジ、大マジ。そね、準レギュラーでキーマンの胡散臭い客あたりが良いんじゃないかしら?」


「ヲイ。友情出演は考えてやらんでもないが、その役はあんまりではないのかね?」


 小説の内容的には“謎めいた客”という表現なのだが、絵梨は敢えて言葉を良い代えて伝える。


 いつものメンバーと一緒に文化祭に参加できるかと浮上しかけた悠司が、がっくりと肩を落とし、皆の笑いを誘うのであった。




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