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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第七章 石板の……謎?
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#7―02




 清歌たちのクラスにまとまりが良くノリがイイという個性があるように、悠司のクラスにも運動部員、それも有力な選手が多く、勝負ごとに熱くなりやすいという個性がある。なので、春の球技大会の時もそうだったように、今回の体育祭についても競技ごとのメンバーの選定や、騎馬戦などのチーム分けなどについて、かなり長い時間をかけて議論を続けていた。


 体育祭は全員が最低一種目に出場する義務があり、かつ上限は四種目までと決まっている。またプログラムの都合上、連続した競技に出場することはできない。高得点を狙える種目は終盤に集中しているので、それらを運動能力の優れている者に上手く割り振ることが重要なのである。


 一方で体育祭実行委員会の思いつき――モノによっては悪ふざけやジョークの類ということもある――により、毎年様々な趣向を凝らした種目も用意されており、そういったものの中にはさほど運動能力を必要とされないものもある。文系部員や帰宅部の生徒は、それらを選択することが多いようだ。


 さて、悠司はというと体育の授業や球技大会での活躍などで、運動が得意であることは周知の事実なので、最低二種目は出場しなければならなそうな空気である。


 取り敢えず「絶対にどれかに出てくれ」と言われている終盤の種目からハードルを選び、もう一つ個人的に面白そうだと思った、バレーのサーブで的を倒して得点を競うという種目を選んでおいた。あとは選手が埋まらなかった種目で、どこかに入ることになるかもしれない。


 自分の種目を決定した後、話し合いの成り行きを見守っているとメールが着信した。見ると、お隣のクラスでもホームルームが――正確にはその後に企画を詰めているのだが――長引いているらしく、「そっちも存分に会議をしていいわよ」とのことだった。


 ちなみにメールの相手を絵梨にしたのは、基本的に聡一郎は休み時間以外に着信を確認せず、弥生はクラス委員長で議事進行をしているかもしれず、清歌に至っては未だにグループ送信以外にメールを出したことが無いという、消去法的必然によるものである。


(それにしてもあちらさんは、体育祭についてはあっさり片付けられたのか……。なんて忌々し……もとい、羨ましい)


 弥生の委員長歴は結構長く議事進行はお手の物だ。少々強引に決めざるを得ない場合でも、筋の通らないことはやらないので安心して任せられる。対してこのクラスの委員長はその辺の経験値が低く、しかも二人の連携――というか意思疎通がうまくできていないところがある。こう言っては何だが、もうちょっとサクサク進めて欲しいものだ。


 悠司としては体育祭よりも文化祭の方が面白そうだと思っているので、余計にこの会議が無駄に長いと感じてしまうのかもしれない。


(まあでも、ウチの場合は体育祭の方が盛り上がりそうだから、こっちに時間をかけるのも仕方ないか)


「里見くん、どうかしたの? なんか難しい顔してるよ?」


 メールを見て難しい顔をしている悠司に話しかけてきたのは、お隣の宮沢花音(かのん)さんである。毛先をちょっと内巻きにしたボブカットがトレードマークで、卓球部所属の快活な女の子だ。誰もが認める美少女――というわけではないが、明るく朗らかな性格と表情で、単純な容姿以上に可愛らしく見えるというタイプである。


「あー……いや、お隣さんはもう文化祭の始めてるらしくってさ。ウチらはちょっと出遅れてるかなー、ってね」


 悠司はスマホを軽く振ってメールにそんなことが書いてあったと示し、愚痴っぽく聞こえないように気を付けながら話した。


「あ、お隣に友達がいるって言ってたよね。……でも、まだ早くない?」


「そう思えるかもだけど、体育祭が終わったら文化祭までにもイロイロとイベントがあって、アッという間に時間が過ぎる……らしいんだ」


 特に一年生は初めて経験するイベントの数々に気を取られやすく、文化祭準備の勝手も分からない為に、時間的余裕がなくなりがちなのである。


「へー、そうなんだ。……ね、里見くんは文化祭で何やりたい?」


「俺は……そうだなー、何やっても面白そうだけど……、お化け屋敷なんかよさそうかな……」


 模擬店については<ミリオンワールド>でやっていることだし……、ということでパッと思いついたことを答える。遊ぶ側としては好きでも嫌いでもないお化け屋敷も、作る側として驚かせる仕掛けを作るのはなかなか面白そうだ。


「お化け屋敷かぁ……、確かにお化けの仮装するのってちょっと面白そうかも」


「宮沢さんは? 何かやってみたいことあるの?」


「うーん……、私はやっぱり模擬店をやってみたいな。喫茶店とかクレープ屋とかパンケーキ屋とか……」


 悠司は調理実習で宮沢と同じ班になったことがあり、彼女が結構手際よく料理していたことを思い出した。


「……どうせなら衣装も揃えてやりたいよね。里見君は……」


「おーい、まだ体育祭のことも決まってないのに、もう文化祭の話かー?」


 悠司と宮沢の会話にツッコミを入れたのは、その前の席に座る有村(ありむら)宗介(そうすけ)だ。悠司との会話を遮られてことが不満らしく、宮沢がむっとした表情で有村をジロリと睨み、有村はその視線を流してニヤッと笑った。


「体育祭から先はイベントが立て続けだから、早めに決めた方がいいって話をしてたんだよ。ね?」


「うん、まー、そういうこった」


 悠司と宮沢そして有村の三人は中学がそれぞれ異なり、高校に入ってから知り合った。一年の入学直後に実施された遠足――割と近くにある観光地の山でのハイキング――で一緒の班になり、球技大会では互いの出場種目で応援し合い、調理実習などの授業でも一緒になり、などなどしている内に仲が良くなったのである。


 付け加えると、単に仲が良くなっただけではなく、どうやら宮沢は悠司のことが恋愛方面で気になっているようだ。――いや、ようだ(・・・)、というよりもハッキリと気があり、控えめにではあるがちゃんとアピールもしている。


 悠司自身もそれに気づいてはいるものの、友人としてはともかく恋愛感情は持っていないので、はっきりと言葉にされていない限りはスルーすることにしている。有村が二人の会話に割って入ったのも、その辺の機微を察してわざとやっているようである。


 有村からすると、悠司の周囲には幼馴染の美少女が二人に、次期生徒会長――彼の中ではさっきの討論会で確定した――のこれまた綺麗な姉がいる。その上、夏休みのちょっと前からは類稀なる美少女の清歌まで、よく一緒に遊ぶようになったと聞いており、正直言って悠司の彼女になるのは、めちゃくちゃ高いハードルがあるような気がしてならないのだ。――あくまでも有村の主観では、である。


「っていうか、まだ決まってない種目があるの? なんか時間かかってるよね」


「ほとんど全部決まってるんだがなー、借り物競争が埋まらないみたいだな」


「「あー……」」


 なにかとネタを仕込みやすい借り物競争は、立候補してやりたがる芸人体質の者はごく少数派で、出来れば選手という名の生贄イケニエになどなりたくないのが普通だ。残念ながら既にクラス全員が義務である一種目のエントリーは終わっているため、どうにかして選手を決めなくてはならない。


「借り物競争かー、私もやりたくないはないけど、マンガみたいな借り物は流石に無いんじゃ……」


「マンガみたいってーと、あれか? 一番美人だと思う女子……とか、異性の制服……とか、脱ぎたてのストッキング……とか、そういうのか?」


 ――ストッキングはマンガでもあまり聞いたことが無いが、それは恐らく有村の趣味なのだろうということで脇に置くとして、問題は借り物の中には一部に個人の主観に基づく、一種の踏み絵的なものがあることである。それゆえに、立候補する者が少ないのである。


「脱ぎたて……って、有村のヘンタイ!」


「なっ、濡れ衣だ!? 俺は例えばの話をしただけであって……」


「えーっ? ほーんとーにぃーーー?(ジットリ)」


 宮沢が冷ややかな目で有村を睨み付ける。少々不穏な空気が漂ってきたので、悠司は助け舟代わりに姉から仕入れていた情報を明かした。


「まあストッキングは有村の趣味なんだろうが……、実際結構ヤバい借り物が含まれているらしいんだ、これが」


 仕込まれていた借り物(ネタ)には、“Dカップ以上の二年生女子”だとか、 “ここ一か月以内に告白が成功した者”など微妙に頼みづらいお題や、“メガネが似合いそうな異性”だの、“ロングヘアーにして欲しい人”だのといった、そもそも明確な答えのないお題があったらしい。


「そ、そりゃまた……。ってーかお題に選ばれる方が、恥ずかしい目に合いそうだな」


「う、うん。私はどっち側にもなりたくないよ……」


「……だな。まあ、誰も好き好んで選手にはなりたくないだろうな~」


 こういう状態になってしまった以上、多少強引にでも決めてしまうしかない。借り物競争は余り運動能力を必要としないので、一~二種目しか出場しない者の中から、プログラム上出場可能な全員でジャンケンなりくじ引きなりをすればいいだろう。議長役がちょっと文句を言われるのを覚悟してそう提案すればよいのだが、ここのクラス委員は今一つそういうリーダーシップをとれないのである。


「結局最後はくじ引きとかになっちゃうんだから、委員長も早く決断してくれないかな……」


「ヤベッ……、俺くじ運ないんだよなぁ……」


「まあ、そうなったら潔く運を天に任せるしかないな。……俺はプログラム的に出場できないから関係ないんだが」


「な! 裏切ったな、里見ぃー!」「里見くん……抜け目ないね……」


「心外な。これはあくまでも偶然だ」


 裏切り者呼ばわりは聞き捨てならないと、悠司は腕を組んで反論する。どうせ出場するなら勝てそうなものの方が面白いだろうと選んだものが、たまたま借り物競争の前の競技だっただけの話だ。決してこの事態を想定していたわけではない。


 結局このままでは埒が開かないということで宮沢と有村がくじ引きを提案し、どうにか選手の枠がすべて埋まった。なお幸いなことに、提案した二人は選手にならずに済んで、胸を撫で下ろしていた。


「は~、ようやく終わったね……」


「……勝負ごとに拘るのは別にいいんだがな~」


 溜息を吐く宮沢に悠司も同調する。今回の話し合いが長引いた理由は、配点の高い種目に有力選手を上手く割り振ることに注力し過ぎたことにあるのは間違いないだろう。ある意味で真剣に取り組んでいる結果なので、テキトーに早く決めてしまえばいいのに、とは言いづらいところが問題である。


「……ってーか、普通に頑張れば戦力的にウチらの学年優勝は、ほぼ確実なんじゃないか?」


「うん、前評判ではそういうことになってるみたい」


「だよな。だったら選手決めのうちから、こんなに気合入れる必要ないんじゃねーかなー」


 有村も二種目に出場することになっており体育祭もそれなりに頑張るつもりだが、無駄に長引いた感がある今回の話し合いには少々ウンザリしていたようだ。その気持ちは分かるだけに、宮沢も大きく頷いている。


「前評判……なぁ」


 確かに悠司たちのクラスは、戦力的に体育祭向きで順当にいけばかなりの高得点が狙えるだろう。学年別の優勝だって十分狙えるはずである。


 問題なのは、お隣のクラスにはジョーカーがいるということだ。それも二枚も。もし清歌と聡一郎が配点の高い種目に三つエントリーして容赦なく実力を発揮すれば、それだけでかなり大きな得点になるはずなのである。


 ただあの二人のことだから、配点が高いだけで面白みのない競技よりも、普通の体育祭にはないような一風変わった競技を好みそうな気もする。そうなれば仮に二人が無双したところで、得点自体はそれほどでもない。


「何か気になることでもあるの?」


「いや、お隣さんが……ってか、お隣さんにいる二人がちょっと気になるなって」


「お隣さん……って、あ! 水泳大会で大活躍したっていう話?」


「あー、俺は屋内プールの方にいたから、それ見らんなかったんだよなぁ。……もしかして体育祭でも大暴れするのか?」


「いや、そうなるかもってチラッと思ったんだが、あの二人なら性格的に変わった競技を好んで選びそうな気がするから、たぶん大丈夫だろう」


「へー。……そういや水泳大会も、屋外プールメインで参加してたって話だよな。そうだよ、その所為で……、俺は……、美少女三人組の水着姿を……、くぅっ!(涙目)」


 有村は水泳大会の件から、切り札(ジョーカー)の二人が変わった競技を選びそうということに納得する。と、同時に悠司たちのグループに、清歌に弥生に絵梨という異なるタイプの美少女が三人もいることを思い出し、それを鑑賞――もとい観戦できなかった不運をかなり本気で嘆き始める。宮沢が白い目で睨み付けていることにも、気付いていないようだ。


「おーい、有村ー。なんかイロイロ駄々漏れてるぞ~。……まあそんな訳だから、配点の高い種目に出ても、頼まれて一つだけ……とかだろうな」


「そっか。……里見くんもそうだったよね」


 悠司は「まあね」と相槌を打つ。――と、ここで悠司にしては珍しく、不用意な一言を漏らしてしまった。


「特に清歌さんはなー、面白そうなんて理由だけで、思い付きとしか思えないような地雷競技を選びかねんからなぁー。……大丈夫かな」


「………………ふーん」


 妙に平坦な声が宮沢から聞こえてきて、悠司と有村は思わずビクリとする。彼女を見るとそこには、目が笑っていない笑顔という、単に怒っているよりもよほど恐ろしい表情があった。


「よーく、分かってるんだねー、黛さんの事。いつの間にか名前呼びになってるし」


 悠司と宮沢は別に付き合っているわけではなく、宮沢に責められる謂れはない。実際、彼女の台詞は単に事実を述べているだけなのだが、表情と口調からヤキモチを焼いているのは明らかである。こういう態度をされてしまうと、なんとな~く悪いことをしているような気になってしまうのは何故だろうか?


 悠司は何気ない風を必死で装い、言い訳に聞こえないように事実を言う。


「まー、一緒に<ミリオンワールド>をやってるからな。俺らのグループは、お互い名前呼びにするって決めたんだわ」


「ふーん……。そっか、<ミリオンワールド>かー。そっちも羨ましいなぁ……」


「確かに。俺もかなーり興味あるな」


 どうやら宮沢の不機嫌は収まったようで、悠司は内心ほっとしていた。好意を寄せられるのが嬉しくないなどと言うつもりは毛頭ないが、一応ただの女友達という現状は結構気を遣うこともあって大変なのである。


 悠司は「どうしたもんかなー」と内心でぼやきつつ、気分転換に座ったまま伸びをして、首をぐるりと回した。その時、廊下側の窓の向こうに、三人の女子生徒が連れ立っているのが見えた。それは悠司のよく知る三人で――


(ん? あれは……、姉さんと仙代先輩に……清歌さん?)


 三人は渡り廊下の方へ向かっているようだ。今日は授業がなく、またホームルームの時間は終わっているものの、どのクラスも話し合いが長引いているようでまだ廊下に人影は殆どない。渡り廊下、もしくはその先の特別教室棟は、密談するのに最適であろう。悠司の姉とその親友は、決して気に入らない下級生をシメるような性格ではないので、あくまでもお話をするだけだ。


 このタイミングなのだから恐らく、と言うかまず間違いなく生徒会長選挙絡みの要件だろう。選挙戦の応援要員か、或いはもっと踏み込んで新生徒会の役員にでも勧誘しているのかもしれない。


 なんにしても清歌には迷惑をかけていることだろう。自分と直接の関係はないとはいえ、一言謝っておかなきゃな――などと考える、気苦労の絶えない悠司なのであった。







 クラス全体の会議が終わってから小一時間ほど経過したころ、ようやく一息つけた弥生は自分の席へと帰還し、くにゃんと突っ伏した。


「お疲れ、弥生」「お疲れ様。大活躍だったな」


「ありがと~。ちょっと疲れたよ~」


 ねぎらいの言葉を掛けてくれた二人に、間延びした口調で弥生が返事をする。


 実際彼女は大活躍であり、あちこちの企画会議から呼ばれては意見を求められたり、対立している者たちの調停をしたり、妥協案を提示したりと飛び回っていた。結果的に弥生が教室に残っていたのは正解だったようだ。絵梨や聡一郎も顔を出していた会議を見守りつつ、対立しそうになると先手を打って弥生や芦田を呼んで、さらにそのフォローに回るなどしていた。


 ちなみに対立が全く無かったのは演劇・映画製作組だけだった。というのも彼と彼女らはそれぞれ推薦する物語を挙げ、そこから現実的なものをピックアップするまでで今日のところは解散したのである。後日それぞれ内容を読み込んだ上で、さらに絞り込む予定である。


「ところで、清歌の姿が見えないんだけど……」


「うむ。清歌嬢はいつの間にか教室から消えていたのだ」


「ソーイチ、それじゃまるで事件の前フリみたいよ。ま、私も気づかなかったんだけどね。……ドア付近にいた子から聞いたんだけど、なんだか呼び出されたらしいわよ。香奈さんと仙代先輩に」


 その情報を聞いた弥生は思わずドアの向こうに視線を向けてしまうが、無論見える範囲に清歌の姿はない。このタイミングでその二人組に呼び出されたのだから、用件は容易に想像がつく。若干眉を顰めつつ視線を戻すと、絵梨がやや苦い表情で頷き、聡一郎は腕を組んで瞑目した。


「悠司が何も言っていなかったから、香奈さんにそういう気はないんだと思ってたけど……」


「そね。でもまあ、悠司を通じて頼むんじゃなくて、直接交渉しに来るのは正々堂々としてて良いわね」


「それは私もそう思うけどさ~」


「なに、清歌嬢ならばたとえ上級生相手でも、いつも通り自分の意志を通すだろう。何も問題はない」


 聡一郎の妙に力強い言葉に、絵梨は「そりゃそうか」と頷いた。弥生も一応頷いてはみたものの、何とな~く自分よりも清歌を信頼していると言われてしまったようで、微妙に釈然としない表情をしていた。


 面白いことに三人――いや悠司も含めた四人は、誰一人として清歌が生徒会役員になったり、選挙活動に協力したりするとは思っていなかった。







 クラスの会議が終わった悠司と、先輩とのお話が終わった清歌が合流して、いつもの五人が揃ったところで、学食へと移動することとなった。疲れていたのは皆同じで、ちょっと一息入れたかったのである。


 テーブルの一つを占領しそれぞ飲み物を手に席に着く。一口飲んで、溜息混じりの息を吐くところまで見事にシンクロしており、五人は思わず笑ってしまった。


「あはは、真剣に話し合うのって疲れるよね~。悠司のクラスは文化祭で何やるのか決まったの?」


「いんや。こっちは体育祭の種目決めで時間かかって、文化祭どころじゃなかったんだわ」


「はい!? そっちはこんな時間まで、延々と種目決めをやってたの?」


「言わないでくれ……。俺もさっさと文化祭の話を始めた方がいいって思ってたんだ。まあ、こっちは体育会系が多くて学年優勝をガチで狙ってるから、仕方ないってことで」


 それにしても時間がかかり過ぎだなと絵梨は感じたが、恐らく進行役が上手くまとめられなかったのだろうと結論付け、それ以上突っ込むのは控えた。自分たちのクラスは初めに弥生が文化祭の件をチラつかせて、体育祭のことはサクッと決めてしまおうという空気を予め作っていたのだ。その上で最後まで決まらなかった不人気種目は、恨みっこなしのくじ引きかジャンケンであっさり片付けてしまった。誰もがそんなに上手くできるわけではないのである。


「まあ、こっちはそんな感じだ。……で、そっちはもう文化祭も決まったのか?」


「いや、まだ決まっていない。今はグループに分かれて企画を練っているところだ。来週プレゼンをして決定することになっている」


「ほほ~、なるほど。順調なようで羨ましい限りだな」


「ふふっ。企画会議ではそれぞれのグループで結構揉めていましたから、必ずしも順調とは言えないかもしれませんよ?」


 清歌の言葉に、同じクラスの三人が大きく何度も頷く。妙に実感のこもったその様子を訝しんだ悠司に、調停役として飛び回っていた経緯を説明する。


 確かに弥生たちは苦労したようだが、それは間違いなく前に進んでいる証でもあるわけで、悠司から見るとやはりお隣さんは十分以上に順調に見える。翻って自分たちは、グルグルと同じ場所で堂々巡りをしていたようなもので、ただ時間を浪費しただけという気がしてならないのである。


「あー、やっぱ俺も委員長に文化祭の事を急かすかな。……なんにしても来週には決まる予定なん…………あ!」


 来週、生徒会長選挙、姉と仙代、と連想した悠司は、教室から目撃した清歌たち三人のことを思い出し、清歌に向けてパチンと手を合わせた。


「すまん、清歌さん。たぶん……ってか間違いなく、姉さんが生徒会絡みのお願いをしに行ったよな?」


「ええ、確かにお話を伺いました。けれど悠司さん、そもそも謝られる類のことではありませんから」


「……あれ? 悠司は何で清歌が香奈さんに呼び出されたことを知ってるの?」


「たまたま見かけたんだよ。渡り廊下の方に向かってる姉さんたちを」


「渡り廊下ね、確かに今日は人気ひとけがなさそうだから、密談には最適ね」


「……それで清歌嬢、どんな話だったか聞いてもいいのだろうか?」


 四人の視線を受け止めた清歌がふわりと微笑み、どことなく緊張していた空気が緩んだ。


「はい。お話は生徒会役員への勧誘と、選挙の応援演説の依頼でした。……あ、どちらもお断りしましたよ」


「そっか。うん、まあだいたい予想通り……かも?」


「そね。……清歌は高校では生徒会に入るつもりはないのかしら?」


 清歌はアイスティーを一口飲み、目を閉じて数秒考えてから答える。


「そうですね、高校で生徒会に入るつもりはありません。……私にはそういう責任のある役職は向いていないようですから」


「あら、そう? 中学時代はちゃんと副会長をやり遂げたのよね?」


「ええ、まあ……。ただ、あれはいつも通りの私のまま、副会長と言う肩書を付けていればいいというだけでしたからね。……殆どお飾りのような副会長とは言え、一年間生徒会をお手伝いして分かりました。極端な言い方になってしまいますけれど、どうやら私は責任感というものが欠けているようなのです」


「へ!? そんなこと……」「ない、わよね?」「うむ」「……だよな」


 口々に否定してくれるのが嬉しくて、清歌は微笑んで感謝の言葉を言う。


 責任感が欠けている、とは言ってもそれはあくまでも究極的な意味である。中学時代を例に挙げても、副会長を引き受けた以上、無理をしない範囲できちんと仕事をこなしていたのだ。


 ただ仮にこれから生徒会の役職に就いたとして、生徒会の仕事がある日に、どうしても行きたいコンサートのチケットが取れたとしたら? もしくは親しい友人から頼られでもしたら? 清歌は迷わずコンサートや友人の方を取るだろう。高校の生徒会程度なら別にそれでいいのではないかと思うかもしれないが、恐らくどんな立場になったとしても、最終的には自分がやりたいことの方を優先するだろうと、清歌は思うのである。


 言うまでもなく、それは可能な限り両立させる努力をした上で、どうにもならなかった場合でのことだ。それをしないであっさり責任を放棄してしまうようでは、責任感云々以前に、人としてかなりダメであろう。


 そんな清歌の説明を聞き、四人は納得と安堵の溜息を吐く。責任感が欠けている、などと微妙に不穏な言葉が飛び出したために、ちょっと身構えていたのだ。


「……なるほど。責任感に欠けてるなんつーから驚いたが、そういうことかー」


「うむ。仕事とプライベート……では、少しニュアンスが違うか? だが、そういう感じのことだろう?」


「だいたい合ってるんじゃないかしら。要するに……」


 絵梨はニヤリと笑って弥生をちらりと見やった。そして妙に真剣な表情で清歌に向き合うと――


「仕事と弥生、どっちを選ぶのよ!」


 などと言い放った。


「ふぇ!? わ、私!?」


「それは勿論、弥生さんですよ(ニッコリ☆)」


「はぅっ!」


 迷いのない清歌の宣言に、弥生が赤面して頭からプシュ~っと湯気を上げる。一連の流れには、見事なまでに淀みがない。クラスでは頼れる委員長でも、このグループ内では相変わらずのポジションの弥生である。


「も、も~、そうやってまた私のことからかって~」


 ギロリと睨み付ける弥生の視線を、絵梨は澄まし顔でアイスカフェラテを一口飲んで躱す。


「ふふっ。……弥生さん、からかっているわけではなくて本当のことですよ。何かの仕事と弥生さんからの頼まれごとのどちらかを、どうしても選ばなくてはならないときは、私は迷わず弥生さんの方を選びます。……それは皆さんでも同じことですよ」


「ありがと、清歌。でも、両立できるように努力した結果なら、責任感が欠けてるとまでは言わないんじゃないかしら?」


「うむ。最初から放り投げるのではないのだからな」


 絵梨と聡一郎のフォローに弥生と悠司も頷いているが、清歌は首を横に振る。


「いいえ、最初から結論ありきということは、恐らくどこかで仕事の方は切り捨てても構わないと考えてしまっているのだと思います。……そういう人間は、あまり責任のある役職には就かない方がいいでしょうね」


 四人がそれぞれ考え込みながら、清歌の言葉に耳を傾けていた。どうも話が真面目過ぎたらしく、いつの間にか神妙な空気にしてしまったようだ。清歌は内心で「ちょっと失敗したかな」と思いつつ、明るい口調で話の軌道修正を図る。


「もちろん、皆さんが生徒会長に立候補されるなら、喜んで協力しますよ? 生徒会役員でも応援演説でもお任せ下さい(ニッコリ☆)」


「……フフフ。それ、いいわね。弥生を会長に担ぎ上げて百櫻坂を牛耳ってみようかしら。ねぇ?」


 清歌の意図に気が付いた絵梨が、再び弥生に協力(・・)してもらってそれに乗っかった。


「ふむ。計画を練ればやれないことも無いだろうな。メンツは揃っている」


「そうだなぁ……、清歌さんを広告塔にして宣伝すれば、余裕で行けそうだな」


「もう! また清歌を客寄せパンダにするなんて……。っていうか、私が会長なのは決まりなの!?」


「そりゃ、リーダーなんだから当たり前だろう? 清歌さんは広報担当で、絵梨が参謀ってところだろうな」


「……それで、悠司と聡一郎はなにすんの?」


「俺たちは……雑用係?」「うむ。要するにヒラ役員だな」


「汚っ! 二人だけ楽するなんて、許さないんだから~!」


 ちょっと大げさに男子二人を非難する弥生を見て四人が笑い出し、弥生は一度頬を膨らませてから微笑んだ。どうやらいつもの空気に戻れたようである。


「も~、毎回人をダシにして~。一応言っておくけど、生徒会長になる気はないからね?」


「あら、それは残念。……そういえばさっきの話で気になったんだけど、清歌は黛のお役目については、きちんとやっているわよね? 例の近江賞の時みたいに」


 あの時の清歌は明らかに気が進まない様子で、<ミリオンワールド>をお休みしてしまうことをずいぶん気にしていた。それは先ほどまでの話と矛盾するのではないかと絵梨は思ったのである。弥生たちも「そういえば……」と、清歌へ疑問の視線を投げかけている。


 清歌はごくごく自然な表情で、四人の疑問に答える。


「黛の娘としての役目は義務や責任とは全く別の次元の話で、私にとって、それはするのが当たり前の事です。私が黛の娘であることは紛れもない事実で、それは私自身を形作る一部なのですから」


 胸に手を当てて語る清歌からは、黛の家を大切にしているという思いが滲んで見えるようだ。


 フィクションなどでは巨大な名家や資産家に生まれた人物が、一族としての役目を煩わしく思って放り出してしまったり、家なんて自分とは関係ないなどと豪語したりするのは、割とよく見かけるシーンだが、清歌にはそういうわだかまりはないらしい。


「そっか。……うん、清歌のそういうところ、いいなって思うよ」


「ええ。それでこそ、黛清歌なんでしょうね」


「もしかすると、そういうところからお嬢様オーラが生まれるのかもな~」


「ふむ。内面からにじみ出る品性……というところか。なるほどな」


 弥生たちはなにやら妙に称賛してくれているが、清歌としては幼い頃から当たり前のようにしてきたことに過ぎない。一体どこに褒められる箇所があったのかと、清歌はちょっと首を傾げてしまうのであった。





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