#7―01
有難くも退屈な校長のお言葉が終わり、溜息に似た吐息がそこかしこから聞こえ、講堂内の一気に弛緩した。寝不足気味の清歌たち五人もどうにか居眠りをすることなくこの苦行を乗り越え、ほっと一息といったところである。途中落ちかけた弥生も、清歌と絵梨が両サイドから軽く肘打ちをして防いでいたので、ギリギリセーフであろう。
ちなみに百櫻坂高校の始業・終業式は全校生徒を収容できる大きな講堂で行われ、座席はざっくりと学年別に区切られているだけで、基本的に自由に座ってよい。なので清歌、弥生、絵梨は並んで座り、悠司と聡一郎はそれぞれクラスの友人たちと固まっている。
さて続いては夏休み明け恒例の、部活動や個人で休み中に活躍した表彰である。
ところで百櫻坂高校は部活動にも力を入れているが、それは必ずしも強豪校であることを意味しない。というのもその力の入れ方というのが独特で、注目度の高い部活動に集中して予算を割くのではなく、生徒の自主性を尊重するという方針の下、多種多彩な部活動を認めているからである。
中学時代に注目されていた選手のスカウトなども行っていない為、野球やサッカーなどについては伝統的に強い学校と比較するとどうしても劣ってしまうところがある。一方で設備や備品などは最新のものが揃っており、またマネージャーの件に見られるようなバックアップ体制も整っていることから、個人で高い能力を持つ生徒が好んで百櫻坂へとやってくるのである。
今年の夏季休業中に活躍した生徒もその傾向通り、陸上部、水泳部、体操部でインターハイに出場した生徒が、絵画のコンクールで入賞した生徒がおり、壇上で表彰されていた。
「ねね、清歌、清歌(ヒソヒソ)」
「はい、なんでしょう? 弥生さん(ヒソヒソ)」
表彰された生徒と関わりのある者たちがざわついているのに紛れて、弥生が小声で尋ねる。クラスメートや知人が表彰されているわけでもなく、正直言って退屈だったのである。
「清歌はこういうので表彰されたことってあるんだよね?」
「そういえば、中学時代はコンクールとかにも出てたのよね」
「はい。……ただ私に関しては学校の方に公表しないようお願いしていましたので、このような形で表彰されたことはありませんね」
「あ~、そうだったんだ」「それは徹底してるわねぇ……」
黛家によって念入りに情報をブロックしている以上、わざわざ学校でそれを公表す必要はない。もっとも所謂お嬢様方というのは他家の、特に同年代の子女に関する情報にはかなり敏感なので、ある種の公然の秘密という感じだった。ちなみに生徒会メンバーなどの親しい友人には、清歌の口からちゃんと話している。
「ああ、でも考えてみれば、清歌は表彰されなくて正解だったのかしら。……特に清藍女学園では、ね」
「へ? ……あ~、伝説の副会長だったんだもんね。現職中に表彰されたら、確かに大騒ぎだったかもね」
「えー……っと、そんな……、ことは……」
友人二人の鋭い指摘を否定しきれず、清歌は微妙に言葉を濁した。圧倒的なカリスマ性で全校生徒――特に下級生の――心をガッチリ掴んでいた清歌が壇上で表彰され、デモンストレーションでもやった暁にはスタンディングオベーション間違い無しだっただろう。清歌の情報を公表したくなかったのは、或いは学校側だったのかもしれない。
「あはは。……そういえば、もうコンクールに出ようとは思わないの?」
「そのような予定はありませんね。……これまで私がエントリーしたコンクールは、全て先生の薦めがあったから、ですから」
「教室を辞めた今はそんな柵もないから、出場する必要はないってわけね。でも連絡は今も取り合っているって、言ってなかったかしら?」
清歌は曖昧な笑みで肩を竦める。絵梨の指摘は的を射ており、今も師事していた先生から、どこそこのコンクールに出場してみないかという打診を受けている。先生としては、たまには清歌もコンクールに出場し、自身の客観的なレベルを知うとともに刺激を受けたり与えたりして欲しいと考えているようだ。――全て丁重にお断りしているが。
というのも清歌は基本的にコンクールに出場すること――というか、より正確には何某かの賞を取るということに興味がない。いざ出場するとなればしっかり本気を出すが、それも単に性格的に出し惜しみしないというだけの話で、勝ちたいと思ってのことではないのである。
「そういえば……、コンクールに出場する予定はありませんけれど、先日父と兄が、どこぞのビエンナーレに私の作品を出展するという話をしていましたね」
自分の作品を出展するというのにまるで興味のなさそうな清歌の口調に、弥生と絵梨はギョッとして清歌の顔をまじまじと覗き込んでしまう。
「えっ……っと、清歌はそれでいいの?」
「はい。その為だけに作品を作る気はありませんけれど、既に完成した物を出展するというのなら、殊更止める必然もありませんから」
「なるほど……、そういうスタンスなのね」
要するに清歌は、創作活動の時間は自分の自由に使いたいと考えているのだろう。そう絵梨は理解した。ある意味で、それは非常に芸術家らしいと言えるかもしれないが、将来その方面で活動していくつもりならば知名度というのも重要になる。果たして清歌は、その辺りのことをどう考えているのだろうか?
そんなことを絵梨が考えていると、弥生が微妙に残念そうに溜息を吐いた。
「あら、どうかしたの弥生? 色っぽい溜息ついちゃって」
「ちょ、ヘンなこと言わないでよ、も~。……ただ、ちょっと清歌がドレスアップしてコンクールの舞台に立っているところも見てみたかったな~、なんて思っちゃったから……」
なるほど確かに、大きなステージ上で一人ライトに照らされて演奏をする清歌というのは、また違う雰囲気があることだろう。先日の近江賞におけるドレス姿はとても様になっていたし、そんな清歌が主役としてステージに立つ姿を見てみたいという弥生の気持ちは、実に良く理解できる。
「そうですね……、弥生さんがそう仰るのなら、またコンクールに挑戦するのも吝かではありません。ただ……」
いったん言葉を切った清歌は、ちょっと悪戯っぽい笑顔をする。
「「……ただ?」」
「ただ、時間をそちらに取られてしまうので、<ミリオンワールド>をする時間を削ることになってしまうかもしれませんね(ニヤリ★)」
「えっ! え~っと……、やっぱり今の無し! 清歌の晴れ舞台は見てみたいけど、やっぱり一緒に遊びたいよ~」
ひじょ~に利己的な欲望丸出しで前言撤回をする弥生に、清歌は小さく吹き出し、絵梨はヤレヤレとでも言いたげな表情をする。
「ふふっ、私も出来れば皆さんと一緒に遊びたいです。……ドレスアップしてステージ上で演奏する機会なら、いずれ何かであると思いますから、その時は皆さんご招待しますね」
「えっ、ホント? わ~、その時はお願いね、清歌」
「はい!(ニッコリ☆)」
和気藹々という感じで話している二人とは対照的に、絵梨は果たして清歌の言う機会とやらが一体どういう時なのかを想像していた。もしかすると観客の方もそれなりの服装が求められるのではないか、と。
表彰の次にいくつかの連絡事項が伝えられ、始業式はつつがなく終了した。引き続き会場はそのままで、生徒会長選挙に立候補した者たちの公開討論会へと移行する。なお、これは選挙管理委員会が企画と司会進行を担い、現職の生徒会はノータッチだ。
当たり前ながら一年生の清歌たちは、この公開討論会は初めて経験するものだ。なので“討論会”という名称から、かなりお堅い議論が展開されるものと思い込んでいた。
しかし実際には討論会と銘打っているものの、そこまで本格的な議論が展開されるものではなく、例えて言うとバラエティー番組に政治家をゲストに招いて、軽くぶっちゃけトークをするといったノリである。
――というのも高校の生徒会長選挙など、候補者それぞれの主張や公約にそれほど大きな差異があるわけでない。百櫻坂高校の生徒会は権限が大きく予算も多く握ってはいるが、方針としては大まかに、湧いて出て来る数多くのイベントと、同じく新しくできては消えていく部活のどちらに予算を入れていくつもりなのか、という点くらいしか争点がないのである。
なにしろ歴代の生徒会による実績で自由な校風が既に完成されているといってよく、これ以上自由にする必要も、逆に今更厳しく締め付ける必然性もどこにもないのだ。
従って候補者を支持する基準は、結局その為人に帰結するのである。そんなわけで生真面目な討論よりも、候補者の性格などが透けて見えてくるトークショー的なものとなっているのだ。もちろん、各々の主張に明確な差異があるポイントがあれば、それらはきちんと押さえた上での話である。
「……身も蓋もない言い方になってしまいますけれど、役者が違いますね」
「辛辣ねぇ、清歌。……ま、私も異論はないし、アンケートをとれば八割がたは同じ感想でしょうけど」
「ふ……二人とも、ちょっと声が大きいよ~。……確かに香奈さんの貫禄は、他の二人とは比べ物にならないけどさ~」
始業式という学校行事が終わり、討論会も内容はゆる~い雰囲気なので私語をしていても咎められるようなことは無い。とはいえ、候補者の二人をバッサリ切り捨てる二人はもう少し声を抑えるべきなのではないかと、弥生が周囲を気にしつつツッコミを入れた。――その後に続く言葉が二人と大差ないことについては、なぜか気づいていないようだ。
ステージ上には香奈を含む三人の候補者が均等に間隔を置いて、簡易テーブル付きの椅子に座り、司会者からの質問に順番に応えるという形式でトークショー――もとい、討論会は進行している。
清歌たち三人が語っていたように、立候補者三人の様子は、香奈と他の二人とで大きく異なっている。香奈は若干の緊張は見て取れるものの、比較的落ち着いた様子で自然な受け答えができている。一方で対抗馬と目されている男子は緊張を隠す為か口調が少々高圧的になり、残る一人は緊張がそのまま出てしまってかなりどもっている。どちらにせよあまりいい印象ではない。
「それにしても……ねぇ?(ニヤリ★)」
絵梨の言わんとするところを察し、清歌と弥生は小さく頷く。
そういう目で見なければ分からないという程度だが、対抗馬先輩の言葉の端々には香奈を意識しているところがあり、また視線も時折香奈の方へ向けられているように見受けられた。
今朝の会話を裏付ける事実を見つけて、何やら口元がムズムズしてしまう三人であった。そして恐らく悠司と聡一郎も今頃、思わず浮かんでしまいそうになる生暖かい笑みを堪えるのに苦労していることだろう。
「まあ、そっちの話は置いておくとして……。この分だと香奈さんが本命なのは変わらないかもね」
「悠司さんもきっと、一安心していることでしょうね」
「フフフ、そね。恥ずかしい、なーんて口では言ってたけど、きっと本当は手伝ってあげたいって思ってるんでしょうからね(ニヤリ★)」
「悠司は家族思い……ってか、ぶっちゃけシスコンだからね~」
当たり前の事実のように飛び出たシスコンという言葉に、清歌は小首を傾げる。
「あら? シスコンと言っても、それは妹さんについてなのではありませんか?」
「うん、そうだよ。何を隠そう、悠司は二重の意味でシスコンなのだ!」
悠司が聞いたら猛烈な抗議をしそうなことを、弥生が胸を張って断言する。これが<ミリオンワールド>内だったら、背後に“バァ~ン!”とコミックエフェクトを表示させそうな勢いである。
「ま、あんまり隠せてはいない感じだけどね」
「なるほど、優秀でお綺麗な一つ上の義姉と、歳の離れた可愛らしい妹さんですか。……ふふっ、シスコンになってしまうのも分からなくはないですね」
「あはは、そういうもの……なのかなぁ。ってか、こんな噂してると……」
と、その時清歌たちから少し離れた場所から大きなくしゃみが聞こえてきた。それがちょうど対抗馬先輩の喋り出しを遮る形になってしまったので、どっと笑い声が起きる。
「……まさか、ユージが対抗馬先輩の妨害を図ったなんてことは……ないわよね?」
「ええ、それは流石に無いと思います……よ?」
「だ、だよね~、タイムリー過ぎてびっくりしちゃったね。……ちょっと真面目に聴くことにしよっか」
まさか妙な噂をしていたから悠司がくしゃみをした――などと本気で思ったわけではないが、少々お喋りが過ぎたと反省した三人は、遅ればせながら神妙に討論会へと耳を傾けるのであった。
百櫻坂高校は九月以降のスケジュールが結構詰まっていてかなり忙しく、スムーズにこなしていくには、先手先手を打ってあれやこれやを決めていく必要がある。部活の先輩などから情報を仕入れていない一年生が、そのタイトなスケジュールを甘く見積もってドタバタするのは、ある種の風物詩となっている。
幸い清歌たちのクラスはそれほどドタバタする必要はなさそうだ。なぜならクラス委員たる弥生が、香奈からきちんと情報を仕入れているからである。
講堂から教室へ戻りロングホームルームが始まると、弥生はまずその辺りの事情をざっと説明すると、体育祭の出場種目をテキパキと決定し、続いて文化祭についての話へと移った。
百櫻坂高校のGIイベントの中でも文化祭は、花形と言ってよく予算も大きく割り振られ盛大に行われる。
もっとも文化祭や学祭といったものは規模の大小、内容のレベルに差はあれど、そこで催されるもののジャンル的には大きな差はない。飲食物の模擬店系、ミニゲームを楽しめる店やお化け屋敷などのアトラクション系、美術部や写真部などに代表される展示発表系、演劇や吹奏楽などのステージ・パフォーマンス系などに大雑把に分類できる。
取り敢えず実現性や本気度などは脇に置いて、クラスメートから出された意見を片っ端から黒板に書き出していた弥生と男子のクラス委員が、ずらりと並んだ案を眺める。
「う~ん、まさかこんなに案が出るなんて……」
「そうだねぇ……」
ちなみに男子のクラス委員は、名を芦田政之といい、百八十センチを超える長身でクラス会議中は板書を担当している。ちなみに吹奏楽部所属でどことなくぼんやりというか、ぬぼ~っとした印象で、見た目通り性格も温厚な人物である。
黒板に書き出されたものは定番のお化け屋敷や迷路、喫茶店やカレー屋、演劇に映画製作などだけでなく、メイド&執事喫茶やらカジノやらサバイバルゲーム場といったちょっと捻ったもの、果てはガールズバーにホストクラブに雀荘などという、「それを文化祭でどうやるつもりなんだ?」というツッコミを免れない類のものまである。
ある意味、それら全てをちゃんと意見として淡々と書き出していった弥生と芦田は、なかなかの委員長っぷりであると言えよう。
清歌たちのクラスはまとまりもノリも良い方で、クラス会議を行って意見が全く出ずに困るということはこれまでになかった。が、今回はその長所が良くない方に働いてしまったようだ。はっきり言って出された案が多すぎて、このままでは多数決を採るのも難しい。
「はーい、委員長。メイド喫茶とかガールズバーとかって、ヨコシマな男子の願望……っていうか欲望でしょ? 削っちゃっていいんじゃない?」
「なっ、横暴だ! 意見は意見として、全て平等に扱うべきだ!」
「我々はー、不当な意見の黙殺にはー、断固抗議するー!」
「黙らっしゃい! あんたたちの魂胆は分かってるわ。どーせ黛さんのメイド服姿を見たいとか思ってるんでしょ?」
「「「「「ギクゥ!!」」」」」
「ついでにミニスカでネコミミとシッポもあれば最高! ……とかね(ジトーッ)」
「いや、そこはウサミミでもいい!」
「いやいや、メガネもアリだろう!」
「バッ! お前ら、余計なこと言うなって!」
「「「「「ハァ~(男子って……ホント、おバカ)」」」」」
何やらコントめいたやり取りが始まりざわつき始めたところに、パンパンと手を叩く音が割り込む。
「はーい、取り敢えず発言は挙手をしてからでお願いします」
芦田の微妙に緊張感の欠ける口調が、ヒートアップしつつあった議論|(?)に良い感じに水を差した。
「じゃあ、はい、委員長。どう考えても実現できなさそうなのは、消しちゃっていいと思う。そうしないと収拾がつかないんじゃない?」
「ふーむ、なるほど……」
意見を聞いて芦田は黒板を振り返って眺め、自然とクラス全員の視線も黒板へと向かう。なんとなくノリで出した意見まで書き留められているので、確かに実現は不可能であろう案も多い。
「う~ん……」
弥生は腕を組んでそれらを眺めつつ、果たして不可能そうだからとあっさり消してしまっていいものかと考えていた。確かにそのままでは実現不可能なものだとしても、そこからアイディアを抜き出して何か別の良い案が生まれるようなこともあるのではなかろうか、と。
清歌のメイド服姿っていうのも見てみたい――だとか、バーテンダーに扮してシェイカーを振っているところもカッコいいだろうな――だとか、カジノのディーラーも、いやいやいっそバニーさんも――などと、不埒なことは決して考えていない。無いったら無い!
「弥生、どうかしたの?」
「どっ、どどっ、どうも、しない……よ?」
いささか脇道に逸れたことを考え込んでいる弥生を、絵梨が現実へと引き戻した。
脳内に浮かんでいた、ちょっと他人には言えないような映像を何とか消去し、弥生は先ほど考えていた事を全員に向かって話した。
「だけど、これだけの数を多数決で絞り込むのは、あんまり現実的じゃないよね……」
「うん。だからまずはグループ分けしようかな~って。たくさん案は出たけど、傾向はいくつかに分類できると思うの」
喫茶店などの正統派飲食店、メイド喫茶などの企画メインの飲食店、アトラクションは規模の大きさで二つに分け、演劇と映画製作はシナリオが必要なものとしてひとまとめにする。展示発表系や演奏などのパフォーマンス系はなかったので、以上の五つに弥生は分類し、書き出された案の上に芦田が番号を割り振った。――弥生では手が届かなかったのである。
「委員長。お化け屋敷とサバゲーが一緒のグループって、なんか変じゃない?」
「えっ!? そうかな……、二つを合わせるとホラーゲームになりそうな気がするんだけど……」
「へ?」「そう……か?」「迷路のヤツもあるな」「あ~」
確かにシリーズ化されている某有名ゾンビ――設定的には特殊なウィルスによる生物の変異だが――ゲームは、お化け屋敷的な展開とサバゲー的アクションを足したような感じだ。何とも弥生らしい説明は、七割がたは納得してくれたようである。
「……で、まだ時間の余裕はあるから、それぞれ企画を詰めて一つか二つくらいに絞って貰って、後日プレゼンと投票をするって感じでどうかな?」
教室内のあちこちから賛成の声が上がる。弥生が一通り見渡してみたところ、特に反論がある者はいないようだ。清歌に絵梨、聡一郎の三人も、弥生と目が合うと頷いてこの提案を支持してくれていた。それがたった三人だとしても、親友たちが賛成してくれるのはとても心強い。
「反対意見はないみたいだから、この方針でいきま~す。では企画に参加してくれる人は挙手をお願いします。……あ! もちろん言い出しっぺの人は強制参加で~っす!(ニッコリ☆)」
とても可愛らしい笑顔で付け加えられた宣言に、割とテキトーに案を出したノリと勢いだけの者たちはビシリと硬直した。
提案が多いのはクラス委員としては歓迎すべきことだが、無責任な案をたくさん出されて話し合いを混乱させられるのは頂けない。弥生はきちんと企画立案をするという形で、その辺りの責任を取らせようとしたのである。
「辞退しても構わないけど、その時は提案自体が取り下げになるからね。あ、時間的に難しいなら代理を立てるのはオッケーだよ」
結果的に辞退した者はおらず、立候補者も加わってそれぞれ三~六人のグループとなった。実にクラスの半数以上が、企画会議のいずれかに参加することとなったのである。
なお最も人数が多かったのが企画系飲食店である。メイドさんやら美少女バーテンダーやらという、各々の願望を実現すべく、無駄に真剣な会議が繰り広げられることであろう。逆に少なかったのは演劇・映画系である。
「はーい。では各々のグループで話し合いをして、規格が固まったらクラス委員に連絡を下さい。すべて出そろったら、お昼休みに時間を取ってプレゼンをして貰います」
「いいんちょー、期限はどんくらい?」
弥生と芦田が今後のスケジュールを確かめつつ相談をする。来週の生徒会長選挙が終わるとその翌週には試験期間が始まり、十月最初の日曜には体育祭が開催される。文化祭の参加申請の受け付けは試験期間に入るのとほぼ同時で、何回かに期限を区切って抽選が順次行われる予定だ。
「あんまり時間をかけてもしょうがないから、来週の生徒会長選挙までにしよう。みんな良い案を練って下さいね。では、健闘を祈ります!」
「はい。それじゃあ、全体の話し合いはここまで。今日はもうこれで終わりだから、用事がない人はもう帰っても大丈夫ですよー」
クラス委員二人の宣言でロングホームルームが終わった。ただすぐに帰宅する者は少ないようで、早速企画の会議を始めるべく、それぞれのグループに分かれている。立案メンバーではない者も、気になっているグループの話し合いを傍聴――というか見物するつもりのようだ。
弥生が自分の席に一旦戻ると、そこには清歌と絵梨、聡一郎が待っていた。
「お疲れ様です、弥生さん」
「ただいま~。体育祭の方が結構すんなり決まって助かったよ」
席に座って弥生はホッと一息ついた。
ここに集まっていることからも分かるように、清歌たち三人は文化祭の出し物案は出していない。関心がなかったという訳ではなく、あれよあれよという内に出し物のジャンルが一通り出尽くしてしまった為、自分から意見を挙げる必要がなくなってしまったのだ。
「三人とも何も案を出さなかったけど、やりたいものはなかったの?」
「俺は特にこれといって無いが……、中学では飲食店の模擬店がなかったから、興味はあるな」
「私もそうね。ああ、でもカジノってのもちょっと面白そうよね。……そういえば、清歌が何も案を出さなかったのって、ちょっと意外な気がするわね」
三人の視線を受け止めた清歌は、小首を傾げつつ頬に手を当てた。
「実は……この話し合いが夏休み前でしたら、やってみたいことが一つあったのですけれど……」
「夏休み? ……ちなみにそれって何だったの?」
「それは……ジャズ喫茶です(ニッコリ☆)」
「あ~~」「なるほど、ね」「むう。確かに割と現実的な案だが……」
ニッコリのたまう清歌に、弥生たちはそれぞれ納得した。極論すると普通の喫茶店を作り演奏を清歌に任せてしまえば、割と簡単に実現できる。音楽のジャンルをジャズに限定しなければ、客の受けもそれなりに良いだろう。
ただ夏休み、というか<ミリオンワールド>の蜜柑亭でそれに近い経験ができてしまった為、文化祭でやりたいという欲求はなくなってしまったのである。
「それはそうと、この後はどうするの? 弥生は帰れそう?」
実は昨日のお泊りセットなどの荷物と自転車を黛邸に預けっぱなしなので、今日はそちらを経由して帰宅する必要があるのだ。
「う~ん……。まだ企画立案会議をやってるみたいだし、場合によっては私が仲裁に入った方がいいこともあるかもだから、まだちょっと残るよ」
クラス委員としての責任があるから、と弥生は言う。ちょうどその時悠司から、体育祭に関する話し合いが長引いているからまだ帰れそうもない、とのメールが着信した。
それを確認した絵梨は、清歌と聡一郎にアイコンタクトを取り今日の方針を決めた。
「じゃあ、私らもあっちこっちの企画会議を傍聴しつつ、弥生に協力して議論がヒートアップしそうになったら、抑えるようにしましょ」
「えっ!? いいの……かな?」
「はい。お手伝いさせてください」「うむ。問題ない」「単純に興味もあるしね」
「ありがと~、みんな~」
夏休み明けの初日、思ったよりも帰宅時刻は遅くなりそうだ。単なる偶然だが、ボリュームたっぷりの朝食は正解だったな、と思う五人なのであった。