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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第七章 石板の……謎?
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#7―00

今回から新章となります。




 心地良い眠りからゆっくりと覚醒した絵梨は、アラームのメロディーを鳴らしている認証パス(スマホ)に手を伸ばす。ディスプレイに表示されている時刻を寝ぼけ眼で確認すると、眉を顰め、まだ寝ていても大丈夫な時間ではないかと二度寝の態勢に入り、そこではたと気が付く。ここは自室ではなく、清歌の寝室だった。


(そっか、車で送って貰うところを見られたくないから、早く起きようって話していたんだったわね……)


 もぞりと体を起こして乱れた髪にざっと手櫛を通し、枕元に置いておいた眼鏡を掛ける。弥生と清歌はもう起きているのかと、隣へと目を向けると――


「……あら(ニヤリ★)」


「おはようございます、絵梨さん(ヒソヒソ)」


「ええ、おはよう。……写真を撮りたくなる光景ね(ヒソヒソ)」


 おそらく昨夜自分が眠ってしまった後もお喋りを続けていた二人は、そのまま眠ってしまったのだろう。そして清歌が目を覚ましてみると、弥生が腕にしがみ付いていて身動きが取れなくなっていたようだ。


 清歌の肩に額を付けてスヤスヤと眠る弥生の表情はとても幸せそうで微笑ましく、起こしてしまうのは少々忍びない。カーテンの隙間から漏れる朝日に淡く浮かび上がる、二人の寄り添う姿は、絵梨でなくとも思わず写真を撮りたくなるほど絵になっている。


「ふふっ、私は構いませんけれど、流石に寝顔を撮るのは憚られますね」


「そね。……ま、心のアルバムにとどめるだけにするわ」


 とは言ってもいつまでも弥生の寝顔を眺めていては、折角早く起きた意味がなくなってしまう。十分堪能して心のアルバムに残した二人はアイコンタクトを取り、無言で頷いた。


「弥生さん、起きて下さい。朝ですよ……」


「ふにゃ……、あ……、清歌ぁ~。おはよ~……」


 清歌に肩を優しく揺すられて目を覚ました弥生は、半分寝ぼけているのかだいぶ舌っ足らずな口調だ。ふにゃっとした笑顔の弥生に清歌は思わず微笑む。


(さやかにおこしてもらえるなんて……、なんかうれしいな~。あれ~? なんだか、かおがちかい……よう……なぁ……っ!!)


 起き抜けの頭がようやく回転を始め、弥生は清歌の腕にしがみ付いていることに気が付くと、バッと大袈裟に転がって離れ、勢い余って隣の絵梨の膝に乗り上げてしまった。


「ぐえっ!」


「……ぐえ、じゃないわよ、弥生。ほら、ちゃんと起きなさいな」


「う、うん、ごめ~ん絵梨。清歌も、起きられなかったよね、ごめんなさい」


 清歌は首を横に振ると、ニッコリ笑った。


「いえ、私も起きたばかりですから。……それに、弥生さんの可愛らしい寝顔を拝見するという役得もありましたから、ね(ニッコリ☆)」


「ふぇっ!?」


 妙な鳴き声を上げた弥生がギギギとぎこちない動きで振り返ると、絵梨も人の悪い笑みを浮かべ、しかも意味ありげにスマホをゆっくり左右に振っている。無論、撮影は控えており単なるブラフなのだが、そんなことを知る由もない弥生は顔を真っ赤に染めると、タオルケットを被って丸まってしまうのであった。


 ちなみに撮影はしていないと説明し、丸まった弥生が外に出てくるまで、およそ五分もの時間を要した。







「んっ! このローストビーフ美味い! みんな食べたか?」


「ほぅ、じゃあ次はそれにしてみよう」


「レタスもいいけど、玉ねぎを一緒に挟むといいぞ。ついでにマスタードもたっぷり」


「ユージ……、マスタードはほどほどでいいわよ。私はレタスとスライスチーズを一緒にするのが好きだわ」


「こっちの生ハムも最高! バゲットも買っておいてよかった~。清歌、食材の提供ありがとう~。っていうか、こんな高級品……いいのかな?」


「どうもサプライズのつもりだったようで……、喜んで頂けたのならなによりです。弥生さんお手製のポテトサラダも美味しいですね」


 清歌たち五人は、添えれぞれ身だしなみを整えると、清歌の自室に集合していた。本日の朝食は様々な食材を用意しての、セルフサービスサンドイッチである。


 テーブルに並べられているのはサンドイッチ用の食パンとスライスしたバゲット。挟む具材はレタスや玉ねぎ、アボカド、サラダ菜、ピクルス、ポテトサラダにたまごサラダ、チーズ、生ハム、ローストビーフなどなど。加えてバターに各種ジャム、マスタードやマヨネーズなどが並べられ、テーブルの上はかなり華やかだ。


 たまごサラダやポテトサラダなど少々手間が掛かるものは、昨夜作って置いたものだ。そしてローストビーフやモッツァレラチーズなどのちょっと豪華な食材類は、清歌がメイドさんに「サンドイッチの具材になりそうなものを適当に」と頼んでおいたところ、今朝部屋に届けられたものである。


 でん、と塊で出てきたローストビーフと生ハムの原木に目を丸くする四人の前で、鮮やかな手際でスライスしていたメイドたちの表情を見るに、どうやらちょっとしたイタズラのつもりだったようだ。なおどちらも黛家の食材ストックにあったもので、今日の為に特別に購入した物ではない。


「んぐんぐ。……やー、朝から豪華なものを食べられてラッキーだな」


「うむ。普段あまり食べないものだから、思わず手が伸びてしまうな」


「うんうん。……朝早いからこんなに食べられるかな~って思ったけど、やっぱ美味しいと食べちゃうね」


 テーブルの上一杯に広がっていた食材は、見る見るうちに減っている。どうやら若彼女たちの食欲は、美味しいものが食べられるならばいつもよりかなり早い時間であろうと関係ないようだ。


 バゲットに生ハムとレタスをたっぷり挟んでかぶりついた清歌は、しっかり咀嚼して飲み込んだ後でふと気が付いたことを口にした。


「そういえば……、なぜ、こんなに朝早くに起きる必要があったのでしょうか?」


 清歌自身は普段から朝のトレーニングの為に早起きしているので、いつもの起床時間と大差ないが、弥生と絵梨は身だしなみを整えている間、結構眠そうにしていた。


 ちなみに今日は時間がなかったので、朝のトレーニングは軽いストレッチをする程度にしている。せっかくだからと付き合った弥生と絵梨が、清歌と比較すると絶望的に硬い自分の体にガックリしていたのは、男子二人には秘密にしている。


「なぜと問われれば……一応理由はあるのだが……」


「ええ。……でも実はそんな大層な理由じゃないのよねぇ」


「まあ、いつもの時間でもいいっちゃあ、いいんだが……、なぁ?」


 聡一郎、絵梨、悠司と微妙に歯切れの悪い口調で、説明を弥生へと投げる。なんだかんだでこのグループのリーダーは現実リアルでも弥生なのである。


「あ~、えっと……私は別にどっちでも良かったんだけどね。みんな清歌んちの車で学校まで送って貰うのを、見られたくなかったみたいなんだよね」


「ああ……。なるほど、そういうことでしたか」


 と、一度は納得した清歌ではあったが、すぐに「はて?」と首を傾げる。夏休みの間、実は弥生たち四人は黛家の車に乗って自宅まで送られることが、何度もあったのである。


 基本的に四人はワールドエントランスに向かうのは、高校生らしく自転車を用いていた。基本的にというのは、雨が降っていたり、明らかに天気が崩れそうなときなどは、徒歩だったりバスを利用したりしていたのである。そういう時の帰りは、清歌の迎えに来た黛家の自動車リムジンに同乗させてもらっていたのである。


 無論、弥生たちも初回は遠慮したのだが、駅前から黛邸に帰還するルートからちょこちょこ寄り道をするだけで四人の自宅へ送れるのだと説明されれば、殊更断る理由もなくなってしまい、その申し出に甘えることとなったのである。そして雨に濡れることも無く、お喋りしながら早く自宅に帰れる快適さを一度味わってしまっては、もう二度目以降は断るという選択肢は存在しなかったのだ。


 ――と、そんな経緯があったので、弥生たちは黛家の車で送られることにも既に慣れているのではないかと、清歌は考えていたのだ。ゆえに、弥生を除く三人が学校へ車で行くことに殊更抵抗を感じるのは、不思議――というか不自然に思えたのである。


「清歌さんがそう思うのはごもっとも……なんだけど。なんつーか自宅の前まで送って貰ったところで家族になんか言われるだけだけど……」


「そうよねぇ。クラスメートからグダグダ言われるのは、ちょっと……鬱陶しいわね。まあ、大した手間じゃないんだけど……」


「うむ、適当にあしらえば済む。……だが、ちょっと早起きするだけで避けられる面倒なら、それに越したことは無いと思ったのだ」


 口々に事なかれ主義的な発言をする三人が、なんとなくらしく(・・・)ないように思い、清歌は弥生へと視線を向ける。


 弥生は頬張っていたサンドイッチをもぐもぐしつつ、ひょいと肩を竦めた。レタスとモッツァレラチーズとアボカドに、マヨネーズと胡椒で味付けしたサンドイッチは、割とテキトーに挟んだ割には結構美味しいと自画自賛しているところである。


「むぐむぐ。……そういうのって、たぶん通過儀礼みたいなものだから、一回でも経験しちゃうと後はスルーされるようになると思うんだ。だから私は別にいつもの時間でいいんじゃないかな~って思ったんだけど……」


「…………あんたのそういうところは、素直に凄いと思うわ」


 三人は弥生の語った内容は事実と認めつつも、避けられる面倒なら避けたいと思っているらしい。特に一人だけクラスが異なる悠司は、クラスメートに見つかれば一人で追及を受けることになってしまうために、他の二人よりも切実だ。類稀なる美少女でありスーパーお嬢様である清歌とお近づきになりたいと思っている者は、それこそ山ほどいるのである。


 恐らく絵梨たちが面倒ごとを避けたいと考えているのも、そんなヨコシマな輩どもを清歌に近づけたくないと考えているのだろう。――まあ、保身が八割といったところだろうが。


 なんにせよ、ようやく清歌も納得できた。中学時代はお嬢様学校の清藍女学園であり、車で送り迎えされている生徒も珍しいものでもなかったので、今一つピンと来なかったのである。


「確かに、始業式前に変な騒ぎになるのは煩わしいですね」


「そね。どうでもいい話を聞かされる前に、無駄にメンタルを削られるのは避けときましょ」


「あ~、百櫻坂の式典って講堂で座れるから、寝そうになっちゃうんだよね……」


「ヲイ、弥生。……頼むからグースカ眠りこけたりするなよ?」


「うむ。クラス委員がそれではサマにならん。寝不足そうだが、大丈夫か?」


「だ……、だだ、大丈夫だよ!(……たぶん) あっ! そういえば、今日から生徒会長選挙が始まるよね。香奈さんの様子はどうだったの?」


 どうも不用意な発言が藪蛇になってしまったようで、不利を感じた弥生はあからさまに話題を変えた。彼女の名誉のために捕捉すると、異本的に真面目な性格の弥生は、式典の最中に居眠りをしたことは無い。ちなみに授業中にちょっとヤバかったことは――数回ある。


「あー、姉さん()特に変わった様子はなかったな」


「姉さん()? では、誰かの様子がおかしかったのか?」


「この間家に来た仙代先輩がなんだかピリピリしてたな。……今になって姉さんの対抗馬が現れたらしい」


 例の告白大作戦イベントの時にちらっと聞いた話では、今回の生徒会長選挙は香奈以外に目ぼしい対抗馬はなく、ほぼ信任投票のような形になるだろうということだった。なので、悠司から聞かされた話はかなり意外で、四人は思わず食事の手を止めてしまった。


「あら……、それは選挙対策委員長としては無視できない話ね。有力候補なの?」


「まあ、一応有力って言ってもいいらしい」


 仙代が収集した情報では、会長選に立候補するのは香奈の他に男子が二名。その一方が香奈の対抗馬になると目されている、定期考査では常にベストスリーに入っている秀才で、まあまあのイケメンなのだそうだ。ちなみに眼鏡属性持ち。


 なんでも女子に対しては素っ気ないクールなキャラで、「そこがイイ!」と一部に人気があり、女性票が流れるのではないかと仙代は予測していた。


「……多少女性票が動いても香奈さんの優勢は動かないでしょ? そんなピリピリすることは無いんじゃないかしら?」


「そうなんだが……。この先輩って、なんか姉さんを妙にライバル視してるんだと。だから立候補も単なる対抗意識からしたんじゃないかって、仙代先輩は憤慨してた」


 割と良くある話で、ライバル視しているのは彼の方だけで、香奈の方には全くそんな意識がなく、それがまた対抗意識に繋がるという悪循環に陥っているのである。


 なんにしても面倒臭い相手であり、香奈自身というよりも彼女を推す周囲は「余計な真似をして……」と、愚痴を言いたい心境なのである。


「あ~、まぁ、香奈さんは何て言うか、スルースキルが結構高いからね……」


「む? ……彼女の場合は、技術スキルというよりは素なのではないか?」


「ソーイチ、それは言わぬが花ってものでしょうに……」


 弥生たちほど香奈のパーソナリティを知らない清歌は、口を挟むことなくたまごサンドを食べながら聞き手に回っていたのだが、ふと変なことを思いついてクスリと口元に笑みを浮かべた。


「? 清歌、どうかしたの?」


「ああ……いえ。ただ、その対抗馬という先輩の行動が、“気になる女の子に意地悪をしてしまう男子”のようだな……と、思ってしまったものですから」


「あはっ! 清歌~、そんなまさか小学生男子みたいなこと……。ってアレ?」


 そんなバカなと反射的に笑ってしまった弥生は、もしかしたらそれも可能性としてはあり得るかもと考え直し絵梨たちの表情を伺った。すると、三人ともサンドイッチを十分に咀嚼せずに飲み込んでしまったような、奇妙な顔をしていた。


「確かに話を聴く限り、単なるライバル視だけという訳でもなさそうだな。試験はともかく、選挙は手間が掛かるからな……」


「えー……、いや、だけど高校二年にもなって……なぁ?」


「なぁ、って言われてもねぇ。……ああ、でも生真面目な秀才タイプか……。女子に対してクールっていうのも、単に免疫がないってだけ? だとすると、こんな変な形で気を引こうとする可能性だってある……かも?」


 なにやら開けてはいけない箱の蓋が、パカッと音を立てて開いてしまったようである。少なくとも彼女たちは選挙期間中、かの先輩のことをそういう先入観無しに、百パーセント公平な視点で評価することはできないだろう。


 静かに野菜ジュースを飲んでいた清歌は、グラスを置くとぺこりと頭を下げた。


「すみません……、なにか余計なことを言ってしまったようですね」


「いや! 別に清歌さんが謝るようなことじゃないって」


「そうそう。何もそれが事実って決まったわけじゃないんだし」


 悠司と弥生のフォローに清歌は微笑む。


「ありがとうございます。……けれど、この話はここだけにした方が良さそうですね」


 その提案に四人は同時に大きく頷いた。下手をすると選挙妨害どころの騒ぎではない。もし仮にこれが真実だったなら、かの先輩のクールなキャラは完全に崩壊し、好きな娘に告白も出来ないカッコ悪い男という十字架を背負って、残りの高校生活を送ることになってしまう。ジョークの類としても、ちょっと軽く口にはできない。


「……まあ、でもこれで面白くもない生徒会長選挙を、ちょっとは楽しめそうじゃなんない?(ニヤリ★)」


 絵梨の物言いは少々趣味が悪いという気もするが、かの先輩の選挙活動やら演説やらを見るたびに、自分たちが思わず生暖かい目を向けてしまうだろうことは、容易に想像できる。ならば所詮自分たちは外野と割り切って、ニヨニヨと見守るのが吉かもしれない。


「ま、私らは直接関係ないもんね~」


「そね、気楽なもんよ」


「はい。……あの、悠司さんは香奈さんのお手伝いはされないのでしょうか?」


「ああ。俺も姉さんの活動にはノータッチだ。っつーか、学校で姉さんの手伝いをするってのは、ちょっと恥ずい気がする」


「なるほどな……、姉弟とはそんなものか」


 実はこの時、清歌が中学時代に支持者集めの副会長アイドルをやっていたということと、香奈の選挙対策委員長を自任する仙代と知己を得ているという二点を、五人は見落としていた。――そのことに気付くのは、ほんの少し後の事となる。


「あ、そろそろ出かける時間が近いよ。急いで……って、いつの間にかほとんど食べちゃってるね」


「はい。……では、軽く後片付けをしてから、学校へ向かいましょうか」


 テーブルに残る食材を男子二人が急いで腹に詰め込み、食器類をざっと洗って片付けを済ませると、五人は夏休み明け初日の学校へと向かうのであった。


 ――なお余談だが、早起きの甲斐あって、弥生たちはリムジンから降りるところをクラスメートに見つかることなく学校へと辿り着けたのである。





連載、再開しました。よろしくお願いします。

夏休み明けですが、百櫻坂は二期制なのでまだ後期ではありません。

こういう場合は、“新学期”と言っていいのでしょうか……?

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