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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第六章 スタンプラリーイベント
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#6―14



 八月末、未だ残暑は厳しく、強い日差しは真夏の頃とそれほど変わらないようだ。予報では今年の夏は比較的早く残暑が収まるということらしいが、どうやら秋を感じられるのはもう少し先のことのようだ。


 そんな明るい陽射しが差し込む清歌の部屋では、たった四人の観客のためにピアノの演奏会が行われている。現在演奏中の曲は、リストの「パガニーニによる大練習曲」第三番。ラ・カンパネッラの名で知られる有名な曲で、今回演奏した曲目は全て誰もが一度は耳にしたことがあるようなものをチョイスしていた。


 悠司と聡一郎が清歌の部屋を訪れるのはこれが二回目で、五人全員がここに集まるのは、夏休み前に初めて来たとき以来のことだ。あの時の清歌は、弥生たちがとっつきやすいようにとゲームミュージックをアレンジし、楽しい雰囲気を作ることを第一に演奏していた。言い換えると、ピアニストとしての清歌による演奏とは、必ずしも言えないものだったのである。


 弥生と絵梨はその後、何度か本気を出した清歌の演奏を生で聴く機会があり、ことあるごとに男子二人に自慢していた。無論それは冗談交じりのネタなのだが、悠司と聡一郎は内心で結構羨ましいと思っていたのである。


 そこで夏休み最終日に黛邸に遊びに行く機会ができたとき、まずは清歌のピアノを聴かせてもらおうと男子二人は打ち合わせしていたのである。ついでに、この後で弥生だけが見たことあるという、清歌の作品が展示されているギャラリーも見に行く予定である。




 清歌の繊細な指先から紡ぎ出される音楽に、弥生は目を伏せて耳を澄ましている。それは清歌の演奏を集中して聴く時に弥生がよくする仕草だった。そうやって感覚を研ぎ澄ませていると、一つ一つの音の粒たちが様々な色彩の光を放ち、自分の周りを舞い踊っているように感じられるのだ。


 音楽に詳しいわけではなく、ピアニストの演奏を何度も聴いたことがあるわけでもない弥生には、清歌の演奏がどの程度のレベルにあるのか論評することは出来ない。しかし清歌の演奏に身を任せて、キラキラ光る音たちに触れていると確かに感じ取れる何か(・・)があることは分かる。


 それは感情のようであり、エネルギーそのもののようであり、時には景色のように感じられることもある。きっとそれが清歌の音楽の個性なのではないかと、弥生は思っていた。


 鍵盤の上を踊っていた清歌の指が最後の音を鳴らし、やがて静寂が訪れる。


 余韻を楽しみながらゆっくりと瞼を上げた弥生が拍手をすると、一瞬遅れて絵梨が、そしてさらに遅れて悠司と聡一郎も拍手をする。初めて清歌の本気の演奏を聴いた男子二人は、我に返るのに時間がかかったようだ。


立ち上がった清歌が優雅に一礼をして微笑む。


「凄いものだな……。いや、これまで聴いていた演奏も十分凄いと思っていたのだが……う~む……」


「だな……、なんつーか圧倒される演奏だった。……これがピアニストとしての清歌さんなのか……」


 腕を組んで微動だにせず耳を傾けていた聡一郎は、感じたことを言葉にしようとするが上手くいかず、一方半ば呆然とした様子の悠司は、鳥肌の立った腕をさすっている。そんな二人の様子を見て、絵梨はさもありなんという風に頷いていた。彼女も最初は二人のように言葉を失っていたのだ。


「不思議なんだけど清歌の演奏を聴くと、色とか温かさとかを感じられる気がするんだよね……。なんていうか、清歌の描く景色に包まれているような気がするの」


 独り言のように言う弥生に四人の視線が集まる。こんな風に弥生は、絵梨たちには上手く言語化できないようなことを、サラッと表現してのけることがある。それはある意味、清歌との出会いによって見えるようになった彼女の才能と言っていいかもしれない。


 無意識に零れ落ちた言葉に弥生自身がハッと我に返り、四人の視線が集まっていることに気づく。


「弥生、あなた……」「おー、なるほど……」「むぅ、上手く表現するものだな」


「な……ナニよ~。そ、そりゃあ、私は音楽に詳しくなんてないけど、そんな風に感じるのは本当なんだからいいじゃない……」


 無知な自分がずいぶんと語って(・・・)しまったかと、弥生はちょっと口を尖らせて言い訳をする。絵梨たち三人には揶揄するような気は全くなく、素直に称賛しただけなのだが、弥生はそうは受け取らなかったようだ。


「あら、折角素直に感心しているのに……。ま、私らのことは別にいいじゃない、清歌は嬉しそうなんだから。ねぇ?」


「はい。ありがとうございます、弥生さん。そんな感想を頂けるなんて、とっても嬉しいです(ニッコリ☆)」


「はぅっ!」


 清歌の満面の笑顔の直撃を受けて、何やら挙動不審になってしまう弥生なのであった。







 清歌のミニコンサートを聴き終えたところでちょうどいい時間だったので、五人は昼食を摂ることにした。今回は黛家からの提供ではなく、ここに来る前に買ってきた悠司お勧めの――正確には香奈のお勧めだが――ベーカリーで買ってきた数々のパンと、簡単な野菜サラダである。


 ちなみに今日は全員黛邸に泊まり、明日はそのまま学校へ向かうこととなっている。百櫻坂高校は夏休み明け初日に授業はなく、九月以降に予定されている数々の行事に関する話し合いや、手続きなどを行う日に当てられているため、特にこれといった荷物がないのである。――なお、言うまでもないことだろうが、弥生と絵梨は清歌の部屋に、悠司と聡一郎は客間に泊まる予定である。


「わっ! このカレーパン結構辛いね。……美味しいけど」


「ん? そっちは普通のカレーパンだぞ。こっちの激辛はもっと辛い。と言っても、激辛って程じゃないんだが」


 弥生と悠司はそれぞれ紙製の四角い包み紙に入っているカレーパンを食べていて、悠司の方にのみ“激辛”のハンコが押してある。パンの外見自体に差はないので、見落としたら大惨事になりそうだ。


「……私はどっちも遠慮しておくわ。このカツサンドはカツがサクサクで美味しいわ。お勧めよ」


「このギョーザパンというのも、ちょっと不思議な感じですけど美味しいです。形も可愛らしいですし」


 清歌が手に取っているのはギョーザを模した――というかギョーザをデフォルメしたクッションのような形状のパンだ。生地は白くモチッとしているので、どことなく中華まんに近い味わいである。


「ほう、最初に変わり種からいくとは……。このクリームパンもいけるぞ。カスタードと生クリームが両方入っている」


「ソーイチこそ、まず甘いパンに手を付けるなんて……。そういうのはまず女子に断りを入れなさいな」


「否、食い物に関しては男女平等。早い者勝ちだ」


「なるほど。じゃあ俺はこの激辛チョリソードッグを……」


「それはユージしか食べないわよ!」


「あはは、確かに」「ふふっ、確かにそうですね」


 香奈お勧めのベーカリーはどちらかと言えば女性客が多い人気店であり、見た目も可愛らしいパンが数多く取り揃えられている。基本的に味も申し分ないのだが、悠司が自分用に買ってきた激辛モノや、たまに間違った方向に突き抜けた創作パンがしれっと並んでいることもあり、それもちょっとした名物となっているらしい。


 なお、清歌が食べたギョーザパンもその名物・・が元になっていて、何度か試行錯誤した後、定番メニュー化したという曰くのある一品である。


 テーブルに山積みになっていたパンも、高校生の男女五人にかかれば物の数ではない。四十分ほどでペロリと平らげ、綺麗さっぱり胃袋に消えてなくなった。


「美味しかったね~。サスガは悠司……のお姉さん(・・・・)のお勧めなだけあるね!」


「ヲイ。確かに姉さんから聞いたパン屋だが、俺もしょっちゅう買いに行く常連なんだぞ……。まぁ、気に入ってくれたならいいんだが」


 食後のお茶を飲みつつ妙に“お姉さん”強調して言う弥生に、悠司が律儀に訂正を加える。実際、里見家で件のベーカリーを利用する時は、悠司が妹を連れて買い物に行くことが多いのである。激辛パンが多いところも、辛いもの好きな悠司にとってはポイントが高い。


「あー、お腹いっぱい。この後の予定は食休みがてらギャラリーを見に行って、その後プールって流れでいいのかしら?」


「うん、いーよー」「おう、お楽しみ第二弾だな」「うむ、俺も楽しみにしていた」


「期待して頂けるのは嬉しいのですけれど、両親と兄が私の作品を好みで飾っているだけですから、それほどのものではありませんよ」


 清歌はやや苦笑気味に、過度の期待をしているらしい弥生を除く三人に釘を刺した。彼女の辞書に謙遜という言葉は存在――してはいるが、滅多に使用されることは無いので、「それほどのものではない」というのは言葉通りの意味である。


 ギャラリーに飾られている数々の作品は、それぞれに気に入っているところ不満なところなどあり、それなりに思い入れも愛着もある。ただ、いずれも清歌が理想とする表現には未だ到達しておらず、自身の評価としては総じて“まあまあ”の出来というところなのだ。


 ――とは言え、それは清歌による評価に過ぎず、一般人から見た感想はまた別のものとなる。四人の中で唯一ギャラリーに足を踏み入れた弥生は、三人に向けられた視線に対し首を何度も横に振っている。弥生から見た清歌の作品の数々は、どれもとても素敵なものだったのである。


「では、そろそろ参りましょうか」


「うん! ……あ、プールに行く用意もしていった方がいいよね~」







 黛邸にあるプールは、屋上の一部がガラス張りのサンルームになっており、そこに設置されている。流石に競技ができるような広さではないが、泳いだり水遊びをしたりするには十分な広さがある。また高台にある黛邸の屋上にあるために眺望も良い。


 設備的には当然シャワールームとサウナ室が併設され、プールサイドはデッキチェアとパラソルを置いても十分に余裕のある広さがある。さらになんとバーカウンターもあるという、まるでリゾートホテルのプールの様な贅沢仕様なのであった。


 ――ガリガリガリガリ……


 プールにぷかりと浮かんだ大きな浮き輪に腰をすっぽりと納めた絵梨が、水面を漂いつつ夢見心地に呟いた。


「良かったわ~、ギャラリー。……弥生が前に感動したっていう絵も綺麗だったけど、私は静物画……あの生け花を描いた小さな作品がすごく好きだったわぁ~」


「お~、絵梨はそっちだったかぁ。俺は……そうだな、どれも良かったけどやっぱり風景画が好きだったな……。ええと、印象派っぽいっつーのかな? あの空気感がいいんだよ……」


 その隣で色違いの浮き輪に両腕をかけ、水に浮かんでいる悠司が自分の感想をのほほんとした口調で述べる。


 ――ガリガリガリガリ……


 浮き輪が二つ浮かんでいる場所とは逆サイドを泳いでいた聡一郎が、サバッとプールから上がる。何往復か泳いで少し息が上がっており、どこか満足げな表情をしている。


「ソーイチはどれが良かったの~」


「む、俺か? ……そうだな、絵画もとても良かったが、俺は立体の……木彫の作品に心惹かれるものがあった。抽象的な形状なのに……、そう、なぜか仏像のような佇まいを感じたのだ」


「あ~、それ……ちょっと分かる気がするわ~。そこにあるだけで、ひっそりと静かな空気になるっていうか……」


「なるほど~。……う~ん、妹の情操教育にいいかもしれん。今度、美術館にでも連れて行ってみるかなぁ」


 ――ガリガリガリガリガリガリッ


「みなさーん。かき氷ができましたよー」


 バーカウンターで弥生と手分けしてかき氷を作っていた清歌が、プール遊びをしている三人に呼びかける。なおかき氷器は伝統的な手回し式で、黛家提供である。


 一方、弥生はかき氷のシロップやトッピングの材料を用意していた。各種フルーツだけでなく、抹茶シロップや餡子、練乳などなかなかのバリエーションである。


「シロップとトッピングはお好みでどうぞ~。ってか、モノによっては早い者勝ちだよ!」


「ナヌ!」「ちょ、待ちなさ……わぷっ!」「え、絵梨、大丈夫か!?」


 弥生の煽り文句に慌てた絵梨が、浮き輪から出ようとして見事にひっくり返り、彼女にしては珍しくボケ担当となってしまうのであった。




 かき氷をスプーンですくって口に運ぶ。ガリガリとした氷の食感とシロップの甘さは、正しく夏の風物詩だ。今年は<ミリオンワールド>の縁日でも食べたが、やはり現実リアルで食べるのは一味違う。


「ねぇ、清歌。前も思ったんだけど、ギャラリーって季節ごとに作品を入れ替えたりするの? なんか夏っぽい……っていうか夏に合った感じの作品が多かったような気がするんだけど……」


 弥生の問いかけに清歌は微笑んで頷く。


「はい……、もっぱら選ぶのは両親と兄ですけれど。季節ごとにいくつか入れ替えていますね」


「へぇ~、そりゃ凄い。できれば入れ替えの度に見に来たいもんだな……」


「ふふっ、今度は妹さんを連れていらっしゃいますか?」


「えっ、マジ!? いいの!? あ……」


 どうやら先ほどの悠司の発言はバッチリ清歌の耳に届いていたようだ。思わず食いついてしまった悠司は、ヤバッと口を押えた。


「皆さんも、気に入って頂けた作品があったようで嬉しいです」


むしろギャラリーを見せてくれた自分たちの方が嬉しいと思っていた四人に、清歌が爆弾を投下する。


「本当に気に入った作品があれば、差し上げてもいいのですけれど……」


「ハイ!?」「ちょ、清歌!?」「ナンダッテ!」「……んぐっ!」


 思わず目を剥く四人を見渡して、清歌は微笑と苦笑が微妙に混ざったような表情をする。


「もちろん誰にでも……、というわけではありませんよ? 皆さんなら大切に飾って頂けると分かっているからこそ、です」


 以前、似たようなやり取りをしたことを思い出し、清歌は先手を打って補足する。清歌とて誰にでもホイホイ譲ってしまえるほど、自分の作品をぞんざいに扱っているわけではない。あくまでもこの四人になら譲ってもいいと思うからである。


 実際もうだいぶ前に、恩師や親しい友人、或いは仲のいい親戚のお祝いなどで、清歌は自分の作品を贈ったことがある。その時はまだ今ほどには清歌が評価されていなかったので、それをしても大丈夫だったのだ。


 その後、清歌の作品が高く評価されるようになり、その名が知られるようになってからは、家族や代理人からあまり作品を軽々しく扱わないように言われているので、ちょっと友人にプレゼント――というのは難しいのである。


「ああ、この間言っていた“口煩い人”が関わっているのね」


「ええ、そういうことですね。とはいっても結局私の作品ですから、私がどう扱おうと構わないのですけれど、ね(ニッコリ☆)」


 ニッコリのたまう清歌は間違いなく本気だ。きっと彼女は、本当に誰かに作品を贈りたいと思ったなら、その通りに行動するのだろう。


「……というか、清歌さんは作品を手元に置いておきたいとは思わないのか?」


 悠司の素朴な疑問に、清歌はスプーンをかき氷に刺しこんだ状態で手を止め、少し考えてみた。


 作品に対してはそれぞれに思い入れがあり愛着もある。ただそれは、ずっと手元に置いておきたいという気持ちとイコールではない。そういった執着は清歌にはなかった。


「そうですね……、ことさら手元に残しておきたいとは思いませんね。……ただ、できればなるべく大切にして下さる方の手に渡ればいいな、とは思いますよ」


「ふむふむ。……そうよね。考えてみれば、アートは人に見られてこそだものね」


「なるほど。自分のアトリエに閉じ込めていては、あまり意味がないのかもしれないな……。ふ~、ご馳走様! 美味かった……が、なんか冷えたな。ちょっくらサウナに行くか……」


「お。……それなら俺も付き合おう」


 大盛りにして貰ったかき氷を、途中でシロップの味を変えつつ食べていた悠司と聡一郎は、内側から冷えてしまった体を温めようと、サウナへ向かおう――とした。


「あっ、ちょっと待ちなさいな二人とも」


「む?」「ん? なんかあるのか?」


 二人を呼び止めた絵梨は、カウンターの内側にいた清歌と弥生を引っ張り出し、三人で横並びになった。そして何やらヒソヒソと耳打ちをしている。


 水着姿の少女三人が一列に並んで自分たちを見つめているという状況に、男子二人は思わずたじろいでしまう。びみょ~に嫌な予感が沸き上がり、さっさとサウナルームに逃げ込んでしまう衝動に駆られる。


「折角プールに来たっていうのに、清歌の作品についての話ばっかりで、肝心の言葉を聞けていないわよ?(ニヤリ★)」


「か、かか肝心の言葉、とは?」「う……うむ、それは一体……」


 半歩後ずさる男子に対し、清歌たちは一歩踏み出しわずかながら距離を詰めた。


「そりゃ~モチロン、女の子三人が水着姿を披露しているんだから……(ニヤリ★)」


「……殿方は、ちゃんと感想を言わなければなりませんよね?(ニッコリ★)」


「「…………ぐ!」」


 それはある意味聞かれて当然の事。しかし同時に高校生の男子諸君には、かなり難易度の高い要求と言っていいだろう。なによりこの場合、“感想”とは言っているが、それは当然のように褒め言葉を要求されているのだ。水着姿の同級生女子を前にして、直接褒め言葉を掛けるというのは誰にでもできることではない。


 清歌はチューブトップにストラップを付けたようなトップスと、ミニのスカート付きのボトムというデザインの水着に、薄手のパーカーを羽織っている。


 弥生はちょっと大胆にビキニであり、腰にはパレオを巻いている。スタイル的に弥生はビキニじゃないと、ぴったり合うサイズが殆どないのである。


 絵梨はワンピースタイプの水着だが、胸元と背中がイブニングドレスのように大きく開いているデザインで、露出という意味では他の二人とあまり差がない印象だ。


 三者三様、それぞれのスタイルに似合った水着であり、またお揃いの明るい色調の花柄とくれば、まるでアイドルグループのように見える。実際、容姿的にはそんじょそこらのアイドルになんぞ負けない三人なのだ。


 ちなみにこれらの水着は清歌たちが用意した物ではなく、黛家のメイドさんが用意していたものの中からチョイスしたものである。もともと水着を買いに行く時間がなかったこともあり、三人は学校指定水着でいいかと決めていたのだが、「学校外でそれを着るなんてとんでもない」「可愛い水着を着るのは女性の嗜み」などとメイドさんたちに言われ、これらの水着を渡されたのである。――メイドさんたちがどうやって弥生や絵梨のサイズまで調べたのかは永遠の謎だ。


 さて、蛇に睨まれた蛙の如く固まっている悠司と聡一郎ではあるが、何も言わないままでは埒が開かない。


「そ、その……なんだ。三人とも、よく、似合っている。……と思う」


「そ、そうそう、良く似合ってる。……っていうか、あんまりジロジロ見るのは、憚られる気がして……な」


 そう言って二人は顔を見合わせると、サウナルームへと駆け込んでしまった。


「……ちょっと、からかいすぎちゃったかな?」


「かもしれないわね。……でも二人とも、もうちょっとナニかいうことは無かったのかしら。意気地なしねぇ……」


「ふふっ。……けれど絵梨さん。こういう状況でスルスルと褒め言葉が出て来る方というのも、逆に信用できないような気がしませんか?」


「「……確かに!」」


 サウナルームの中には聞こえないよう気を遣いながら、小さく笑ってしまう三人なのであった。







 その夜のこと。既に部屋の明かりは落とされ、隣からは絵梨の安らかな寝息が聞こえてくる。少し気持ちが高ぶっている所為か、弥生はまだ眠りについていなかった。


 清歌ももう眠ってしまっただろうか、と思った時、ふと窓の外から虫の声が聞こえてくることに気づいた。


「……虫の声?」


「まだまだ暑いですけれど、季節は秋に変わりつつあるみたいですね」


「うん。明日からは学校だもんね~」


 絵梨を起こさないよう、声を潜めて二人は言葉を交わす。


「九月からは行事もたくさんありますね」


「まずは生徒会長選挙に、体育祭に文化祭でしょ。ほかにもいっぱい……うん、どれも楽しみ」


「クラス委員さんは大変でしょうね」


「まあ~、でもそれもきっと楽しいと思うから。それに……困ったらみんな手伝ってくれるでしょ?」


「はい、もちろんです。……弥生さん」


 清歌がベッドの上で寝返りをうつ気配を感じてそちらを見ると、暗い部屋の中でもはっきりと視線が合うのが分かった。


「なぁに、清歌?」


「これからも、よろしくお願いしますね」


「えっ? な……なに、急に改まって」


「ふふっ、いいえ。ただ、言いたくなっただけです」


「も、も~。こちらこそ、だよ、清歌」


「はい。……あ、そちらに行ってもよろしいでしょうか」


 そう言うと清歌はベッドからするりと降り、弥生の隣に横たわる。


「へ? あ、ちょっ……。い、いいけど、暑く……ない?」


 もぞもぞと清歌のために場所を空けつつ、弥生は尋ねた。


「かもしれませんね。……けれど、この方が楽しいですよ」


「……もう寝ちゃうのに?」


「弥生さんは、すぐに眠れそうですか?」


「あはは、ちょっと無理そう。……もう少し、夜更かしする?」


「はい。もう少しだけ」


 夏休みの終わりを名残惜しむように、密やかなお喋りはもう少しの間だけ続くのであった。





今回で第六章は終了となります。

また、ここまででお話は一区切りで、次章からは学校寄りの物語になる予定です。


申し訳ありませんが、諸般の事情により十月いっぱい(二週分)は一時連載を休止させて頂きます。

これで完結というわけではありませんので、再開後もお付き合いいただければ幸いです。

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