#1-07
「ね、ちょっと清歌のピアノ演奏、聞きたいな? だめ?」
「もちろんいいですよ。ピアノを聴くならあちらの窓際が一番です。あ、でも椅子が二つしか……」
「いいのよ、男どもは立たせておけば」
「ま……まあ、いいんだが」
清歌が促した窓際にはラグが敷かれており、リクライニング付きのゆったりとした一人がけのソファが二つ、小さなサイドテーブルを挟むように置かれている。なんとなくホテルの窓際付近みたいだ、と弥生は思った。
弥生と絵梨は窓際のソファに座り、グラスもサイドテーブルの上へと置く。男子二人組も窓際へ移動したが、絵梨の言葉通り立っているのでなんとなく所在無さげにしている。
「なんか、とっても優雅でセレブな気分じゃない(ヒソヒソ)」
「まあ……そうね。この場所自体は紛れも無くセレブなわけだけれど……そこにいる私たちの場違いっぷりときたら……」
「その辺について、私はすでに克服した。清歌は同じ神殺しの戦友で、もう友達だもん。だからここはちょっと豪華なだけの、ただの友達の部屋だよ」
「……弥生のそういうところって、素直に感心するわ」
ピアノの準備を終えて椅子に腰かけたところで、清歌が四人にリクエストはあるかを尋ねる。あまりピアノ曲など知らない四人にリクエストなどなく、清歌の好きな曲を弾いてほしいとお願いした。
「では、馴染みのある曲にしますね」
清歌の指が白と黒の鍵盤の上を軽やかに踊る、紡ぎ出されたメロディーは確かになじみのある曲だった。……というかさっきまで聞いていた曲だった。
「あれ、この曲って……プライベートルームのBGM?」
「はい、そうです。ちょっと、私なりのアレンジをしていますが」
ピアノからジャズ風のアレンジがされて流れてくるメロディーは、聞き覚えがあるのにまるで違う曲を聴いているような、とても不思議な感覚だった。清歌がスウィングするリズムに合わせるように体を揺らすと、長い髪がふわりと踊り、その様子はまるで子供がおもちゃを持ってはしゃいでいるかのように楽しそうだ。
また一つ、弥生達の先入観が音を立てて崩れる。お嬢様にピアノという組み合わせならば、てっきりクラシックが来るとばかり思っていた。ところが飛び出てきたのはゲームミュージックで、しかもジャズアレンジ。本人もノリノリなところを見ると、元ネタはともかくジャズは好きなのだろう。
クラシックならば神妙に聞くべきか(これもまた先入観っぽいが)と若干緊張していた絵梨は肩の力を抜き、清歌に話しかけてみることにする。なんとなく、この子ならばきっと演奏をしながら、聴いてもらいながらでもお喋りをしたいと思うのではないか、と感じたから。
「まさかジャズアレンジで来るとは……、意表をつかれたわ」
「ふふ、クラシックが来ると思いましたか? リクエストがあればリストでも、ショパンでも弾きますけれど?」
会話しやすいように少し音量を落としつつ、清歌が悪戯っぽく返事をする。その間もメロディーが途切れることはなく、今はフィールド上の音楽に変化した。どうやらメドレー曲として頭の中でアレンジされているようだ。慣れ親しんだ曲が流れてくるのが嬉しいのか、弥生は目を閉じて頭を左右に揺らしながら聴いている。……頭の中でクエストにでも出かけているのだろうか?
「もしかしてクラシックは嫌い?」
「嫌いではありません。繊細で緻密に構成されているクラシックは、完成された芸術品ですから。ただ……もうちょっと、私は思い通りに弾きたいな、とは思いますね」
「あー、清歌は外見に騙されるけど、過激にフリーダムっぽいからね。見た目は、静かにクラシックを弾いてるのがぴったりなのに……」
「え、えぇ? な、なんだか、私がテロリストみたいな言われようですけれど……」
「そうは言うけど、クラシックだって相当弾けるんでしょ? リストもショパンも、なんて言うくらいだもの。そんな生徒さんがいきなりやめるだなんて、もう一種のテロでしょ。先生もお気の毒に……」
「それはその、一身上の都合ということで……」
通っていた教室の先生からはそれぞれ数多くのことを学び、皆尊敬しているし個人的にも親しくしているので、引き止めてくれたのを断ってやめてしまった事については、悪いことをしてしまったと思っている(続けようとも思わなかったが)清歌だったので、そこをつかれると痛かった。
(お嬢様はテロリスト……なんか漫画か小説のタイトルにありそうだな)
そんなどうでもいいことを悠司は考えつつ、ぼんやりと視線を部屋のあちこちへと巡らせていると、ふと一点に引き寄せられ、それをきちんと認識したとき思わず目を剥いた。そして、ふらふらとそちらへ近づいていく。おかしな反応が気になった聡一郎がその後に続いた。
悠司のたどり着いた先は、テレビも置かれている壁面キャビネットの飾り棚で、そこには黒光りする、あるいは銀色に輝く拳銃が数多く飾ってあった。上の段の横に長くスペースが取られた飾り棚には、ライフルやショットガンまである。
硬直した悠司のこめかみに、タラリと冷や汗が流れる。聡一郎の表情も微妙に硬い。いま二人の頭の中には「テロリスト」の文字が躍っていた。
(こ……これは、まさか本物ってことは……ゴクリ)
「あの……」
「(ビクゥ!)ナ、ナンデショウカ?」
「念のため、ですけれど。モデルガンですからね。それ」
男子二人が移動していたことに漸く気がついた弥生達が、キャビネットの方へ視線を向けると、そこにはまったくこの部屋には場違いな銃器類が整然と飾られていた。
「ちょっと悠司も聡一郎も、本物の銃があるわけないでしょ? なに考えてんのよ」
「いや、でもすんげーリアルなんだよ、コレ。黛さん、手にとって見てもいいかな? いや、だめだったら全然いいんだけど」
「はい、どうぞ。手にとって下さって大丈夫です。エアガンもありますが、エアも弾も入っていないので危険はありません。あ……でも」
清歌は視線を、モデルガンが飾ってある場所とはテレビを挟んで逆の方に向ける。
「あちらに飾ってあるナイフは本物ですから、手に取るなら扱いには気をつけて下さい。よく斬れますので」
「「「「ナイフ!?」」」」
「はい。実はそこにあるほとんどの物が、元々は兄のコレクションなんです。いつの間にか部屋の片隅でゴチャッと埃をかぶっているのがなんだか不憫で……、私が貰ってそこに飾っているんです」
「む、そうか。なら俺はちょっとナイフを見せてもらおう」
「どうぞ。相羽さんなら大丈夫そうですが、一応気をつけて下さいね」
「あれ、清歌。聡一郎ならってどういうこと?」
「えっと、相羽さんは武道をやっているという話は、私も聞いたことがありますから。それに、以前教室で上級生を撃退したときに直接見ましたし。武器類も扱うものですよね」
「なんか、もうなんでもありね、清歌は」
男子は飾られていたモデルガンやナイフを手にとって、それぞれ目を輝かせている。なんで男子という生き物は武器がそんなに好きなのか、と思わないではないがやはりそこは「強さ」や「力」に対する憧れのようなものがあるのだろう。時折、手にしたものについて疑問を口にすると、ピアノの演奏を続けている清歌が淀みなくスラスラと返事をしていた。ただ単に飾ってあるだけ、というわけでもないらしい。
今度は酒場に入ると流れる音楽に変化した。元々の曲がどこか薄暗く怪しい雰囲気をかもし出すメロディーなので、ジャズ風アレンジが恐ろしくよく合い、さらに雰囲気が増している。
弥生はまた目を閉じて体を揺らしながら、清歌のピアノに耳を済ませている。が、口元にはムニャムニャと楽しげな笑みが浮かんでいる。何かよからぬことを考えていそうな、悪い顔だ。
「ねえ、弥生。あなた今、なに考えてるの?(ヒソヒソ)」
「ん~~? たぶん絵梨と同じことだよ~」
「ふーん。……ま、せっかくお近づきになれたのに、夏休みに入って会う機会が減っちゃうのは残念よね?」
「(ニヤ★)そうだね~、もっと一緒に遊びたいよね~」
「いろんなとこに連れて行ってみたいわね。例えば……あそことか」
「ちょうどあと一人。誰を誘おうかと思っていたところだしね」
「決まりかな? 総一郎たちはどう思うかしら?」
「大丈夫! 二人ともすでに清歌のことは気に入っている!!」
なんとなくピアノの演奏の雰囲気に合わせて、密談しているような雰囲気で会話をする弥生と絵梨だった。悪巧みの内容はさしずめ、資産家令嬢の誘拐といったところか。
「ねえ、清歌?」
弥生に声をかけられた清歌は雑談とは違う雰囲気を感じ、演奏をうまい具合にエンディングに繋げて終わらせると、二人の方へと向き直った。
男子二人も雰囲気に気付き手を止めて、弥生へと注目を向ける。が、こちらは何を話そうとしているのかおおよその見当がついているようで、目配せを交わしていた。
「改まって、なんですか? 弥生さん」
「あのね、清歌。よかったら私たちと一緒に、<ミリオンワールド>で遊ばない?」
「…………はい?」