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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第六章 スタンプラリーイベント
79/177

#6―13




「結局、アトラクション島にも土産物屋は見当たらなかったわね。……意外、でもないのかしら」


 膝の上に乗せたお気に入りのカクレガドリをナデナデしながら絵梨が言う。


「そうだな……。つまり、開発陣や運営は<ミリオンワールド>を、あくまでバーチャルなものとして、現実リアルとは切り離して考えているということなのではないか?」


 しゃがみこんでウサギとカピバラに野菜スティックを食べさせている聡一郎が、その疑問に自分なりの考えを答えた。


「っていうか……<ミリオンワールド>って、そもそもオンラインゲームの延長線上で作られてるわけでしょ~? だから観光地の土産物屋なんて作ろうって、考えなかったんじゃないかな~」


 微妙にとろんとした声で語る弥生は、マロンシープのモコモコした体に背中を預けて足を延ばし、日向ぼっこをしている。


「まぁ、当たり前の話なんだが、今まではゲームの中で土産を買って帰ろうなんて考えるわきゃ無いからな。……あ~、でもテーマパークには普通にありそうなもんだけどな」


 腕を組む悠司の傍では、ナップルリッスンが構って欲しそうに首を傾けて見上げている。


 三つのアトラクション島の視察――と称した観光――を終えたマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、三十分ほど残した時間を使ってホームの浮島へと戻って来ていた。


 メンテナンス期間中のゲーム内時間がどういう扱いになるのかはともかく、現実時間としては半月ほど会えなくなってしまう島の魔物と清歌の従魔に会いに来たのである。――もちろんただ会うだけでなく、モフりにも来ている。


 清歌は膝の上に飛夏を乗せ千颯に背中を預けている。そして飛夏の上には雪苺が乗り、千颯の鬣に手櫛を通す清歌の右腕には縁日から連れてきたキツネ型の魔物が纏わりついている。


 ホームとなった浮島でメンバー全員が魔物とモフれるこの状況は、<ミリオンワールド>を始めてから一か月に及ぶ彼女たちの成果である。


「……なにかマスコットキャラクターがいれば、いろいろなグッズも作れるのでしょうけれど、そのようなものは見当たりませんでしたね」


「「「「……あ~」」」」


 かの有名なネズミのキャラクターを例に出すまでもなく、マスコットキャラクターはテーマパークには付き物――というか、順序としては有名なキャラクターを元にテーマパークが作られることが多い。しかしながら、そういったマスコット的キャラクターは遊園地島にも特に見当たらなかった。


 テーマパークで買うお土産というものは、要するにマスコットキャラクターのグッズと言ってもいいのだから、遊園地島にそれらを扱う店が無いのも、ある意味当たり前のことである。


 もっともマスコットキャラクターこそいないものの、清歌たちがプレイした峡谷のブルームシップや、遊園地島のアトラクションで協力して操縦した宇宙船など、グッズのモチーフになりそうなものはいくらでもある。それでもどこにも見当たらない以上、やはり開発陣は<ミリオンワールド>内の土産物にニーズがあるとは思っていないのだろう。


「まあ土産物屋がなかったっつーのは、ある意味競合店がないってことなんだが……。なんか新商品のアイディアって浮かんだか?」


「……残念ながら今のところ、私には何も浮かばないわ。清歌が言っていたように、分かりやすくキャラクターでもいればよかったんだけど……」


「だよね。アトラクション島はどこも楽しかったけど、私らの店の商品になりそうなものっていうと……宇宙船のフィギュアとか?」


「そうですね。……それから遊園地島には面白いデザインの建物がたくさんありましたから、そのミニチュアも商品になりそうですね」


「ふむ……。だが今の商品ラインナップを考えると、同じように並べると違和感がないだろうか?」


「そういや、その辺の事は考えてなかったよな。……考えてみると、あんまり商品の種類を増やし過ぎるとあの場所じゃ手狭になって来るよな……」


 二ブロック分の露店スペースを確保しているマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の玩具店は、今のところ割と余裕をもって商品を展示できている。しかし例えば話に出た遊園地島のミニチュアをシリーズで揃えるなら、スペースがいっぱいになりそうである。


「う~ん、確かにスペースの問題はあるよね」


「木彫りの魔物とステンドグラス装備も増やしたいところですし……」


「……かといってどこかの店舗を借りるほど、私らはおもちゃ屋にそこまで力を入れてるわけじゃないものね」


「だよな~。流石に貸店舗っつーと費用もバカにならんだろうからな」


「うむ。まあおもちゃ屋は露店のままでよいのではないか? スペースが足りなくなるようなら、日によって商品ラインナップを変えるという手もあるだろうし」


 そもそも彼女たちが露店を始めた目的は、旅行者との交流という意味合いが大きく、利益はそれほど求めていない。流石に店舗を借りて本格的な商売をするつもりはない。――というか、現在の売り上げを考えると、店舗を借りてしまうと利益を出すのはちょっと難しいだろう。


 結局のところ、彼女たちのおもちゃ屋は遊び(ロールプレイ)の一環として、「こんなアイテムを作ってみたけど、どう?」という感じのネタを、冒険の合間に提供しているようなものなのだ。


「そだね。私らは冒険が本業……のつもりだし、これからもお店はあくまでも副業って感じで行こうよ」


 なんとなく清歌だけは一人街中で路上ライブやら、似顔絵屋やらをやりそうな気配はあるが、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)全体の方針としては、あくまでも冒険をメインに据えるということなのだろう。リーダーの方針に四人も頷いている。


「新しいフィギュアのモチーフになりそうな写真もたくさん撮りましたし、視察に行ってみてよかったですね」


「なるほど。写真を撮っておけば、新商品のデザインを考えたりできるってことか」


「新商品が形になったら、私らはまた集中して生産作業ね。……ま、なんにしても本稼働以降の話だけどね」


 絵梨の本稼働以降という言葉に反応して聡一郎がふと顔を上げた。新しい野菜スティックを取り出してカピバラにあげつつ弥生に尋ねる。


「本稼働以降と言えば、弥生には次のギルドとしての目標はあるのか?」


 弥生はマロンシープに預けていた体を起こして腕を組み、少しの間目を閉じて考えを纏めてから口を開いた。


「やっぱり次は第二の町を目指すのがいいんじゃないかな? その途中でダンジョンとか見つけたら、そっちにチャレンジするのもアリって感じで」


 実働テスト中はダンジョンを一つ踏破クリアしイベント島にも行ったが、一般的なフィールドという意味では、結局スベラギの島から出ることは無かった。それで冒険がマンネリになって退屈するようなことは無かったが、もっと行動範囲を広げていろいろな島に行ってみたいという思いもあるのだ。


「そうですね。他の島に行けば、新しい魔物モフモフとも出会えるでしょうし」


「……流石は清歌さん、まったくブレないな。……ま、まあ、次の町を探すってのはRPGのセオリーだし、それでいいんじゃないか?」


「そこは良いのだが、当てはあるのか? テストプレイ時にはスベラギしかなかったが……?」


「まあ、そこもセオリー通り、さしあたってスベラギの端を目指せばいいんじゃないかしら?」


「うん、私もそう思う。前のQ&Aイベントでレベルが足りてるのは分かってるし、本稼働が始まったら第二の町探しを始めるよ~」


「承知しました」「ええ、それでいきましょ」「新しい場所の開拓だな」「うむ。再開が待ち遠しいな」


 ――こうしておよそ半月後に始まる本稼働以降の目標を決定して、清歌たち五人の実働テストでの活動は幕を閉じたのであった。







 八月いっぱいの実働テストの期間中、清歌たち五人は一日二回目のセッションを終えると、まずは私服に着替えて受付けでVRウェアの返却と手続きをしてから、フードコートやロビーなどで十~十五ほど時間を潰し、その後に帰宅するというパターンで行動をしていた。後に予定が入っている場合はその限りではないが、VR空間から現実リアルに戻り、生身の体に慣らす時間をちゃんと取っていたのである。


 最終セッション日である今日は駄弁って時間を潰すのではなく、実働テスト中のアンケートに回答することにしている。このアンケートは実働テスト参加者全員に義務付けられているものであり、グループ参加者はグループとしての返答も可とのことなので、彼女たちは五人一緒に回答することにしたのだ。


 ちなみに締め切りは十日後まででありそれほど急ぐ必要もないのだが、今日はもう一つ残らなければならない予定があるのだ。


 ――三日前の事。手続きを終わらせて帰るところを運営スタッフに呼び止められ、話したい要件があるから時間を取って貰えないかという打診を受けたのだ。昨日一昨日と清歌に用事があり全員揃わなかったため、最終日の今日ということになったのである。


「それにしても……運営スタッフさんからの話って、なんだろうね?」


「さぁなぁー、俺らは何も違反行為はしてない。…………よな?」


「うむ。実働テストが始まる前に受けたガイダンスの注意事項は、きっちり守っているぞ」


「っていうか、ナンパの仲裁もやったんだし、ある意味模範的プレイヤーでしょ。……まあ約一名、予想外の行動をする子がいるけど……」


 予想外の行動をやらかすといえば――と四人の視線を受け止めた清歌はというと、キョトンとした顔で小首を傾げた。今日は纏めずに下ろしている長い金色の髪がサラリと揺れる。


 毎度のことながら、現実リアルとアバターの清歌はギャップが激しい。黒髪を金や茶色に染めるというのはクラスメートにもいるくらいよく見かけるものだが、その逆は見たことが無いというのもその印象を強めているのかもしれない。


(清歌って不思議とどっちも似合うんだよね……。やっぱり立ち居振る舞いが優雅だからかな? なんとなくお姫さまっぽいもんね。まぁ、中身はかなり個性的なんだけど……、でもそれが素敵っていうか、可愛いっていうか……)


 などと今は関係ないことを考えている弥生のことはさておき、清歌の様子を見るに、彼女自身はそれほど突飛なことをしているとは思っていないようだ。


「ふふっ、私も他の方に迷惑をかけるようなことはしていませんし、問題はないと思いますよ? 強いて言えばナンパの仲裁ですけれど、あの時は運よく運営の方に直接許可を頂けましたからね」


 ナンパの仲裁を強引に終わらせた清歌の行動は、つまるところ街中で水鉄砲を撃って玩具の煙玉を爆発せた程度のことだ。仮に許可を得ていなかったとしてもせいぜい迷惑行為として注意されるくらいで、その場合でもナンパの仲裁という行動と相殺で、記録としてはお咎めなしとなった可能性が高い。


「先日お話しを伺ったスタッフさんからは、悪い話という印象は受けませんでした。心配する必要はないと思いますよ?」


 清歌の言うように、用件を伝えてきたスタッフからは何かを咎めるような雰囲気はなく、むしろいい話を伝えに来たというような雰囲気だった。また基本的に<ミリオンワールド>内で違反行為をした場合は、まずVR内でGM(ゲームマスター)から警告を受ける。従って今回の件は、警告やお小言の類ではないと考えていいだろう。


 しかしそうなると、運営からの話というのに全く想像がつかなくなる。――果たして何のようなのだろうか?


「考えてみれば何か警告をする程度なら、私らの予定を聞く必要なんてないわよねぇ。……ま、思い悩んでも仕方ないわ。取り敢えず、やることやっちゃいましょ」


「そだね。お話の前に。アンケートの方をちゃっちゃと済ませちゃおっか。……あ、あそこのテーブルが空いてるよ!」


「じゃ、席は取っておいてくれ。俺たちはなんか飲み物買って来る」




 小一時間ほどかけて五人はアンケートの全てに回答し、内容を運営へと送信した。ちなみに基本的にグループのリーダーである弥生の認証パス(スマホ)で入力と送信をし、個人の回答が必要な内容についてのみそれぞれの端末で入力を行うという形である。


「よし、……送信完了! これで本当に実働テストが終了したね~」


「そね。アンケートっていうよりは、報告書って感じだったけど……」


「確かに俺らは実働テストに参加してたんだから、報告書って認識で間違ってないんじゃないか?」


「そうですね。……ただ感覚的なものは文章にし辛いですから、こういった記述式のアンケートで伝えきれないように思いました」


「むぅ、それは確かに難しいところだな。VR内で実演しながらヒアリングをした方が、より正確になるのだろうが……」


「それは流石に手間が掛かり過ぎるよ……。っていうか、思ったんだけど。アンケートだけで小一時間もかかるって、途中で面倒臭くなる人もいるんじゃないかな?」


 基本的に根は真面目な人間が揃っている彼女たち五人は、テスト参加者としてのプレイの経験が今後の<ミリオンワールド>に活かされるならばと、ちゃんと真面目に回答をしている。しかし必ずしもそういうプレイヤーばかりではないのだから、あまりにも長いアンケートが面倒になって、適当な回答をする者もいそうである。


 余談だが実働テスト期間終了後にこのアンケートに回答するというのは、参加者の募集要項にしっかり記載されているので、適当な回答をしたり回答し忘れたりなどというのは違反行為に当たる。もっとも、募集要項の全てを熟読している者がどれほどいるのかというと――それはまた別の話である。


「残念ながら、そういう方も少なからずいらっしゃいますね……」


 五人の輪の外から声を掛けられそちらへと目を向けると、見知った顔――とは言っても一回きりだが――がそこにあった。


「「「「「三森さん?」」」」」


「お久しぶりですね、皆さん。お元気そうで何よりです」




 実働テストの期間が残すところ三分の一になろうかという頃から、運営宛にとある内容のメールが頻繁に届くようになった。曰く、ゲーム内で購入したアイテムをどうにか現実リアルに出力できないか、と。


 このメールを見た運営スタッフは最初、「なにをアホなこと言っているんだか」と見流した。というのも、ゲーム内のアイテムといって想像するものと言えば、まずは武器や防具など、次いでポーションなどの道具類だ。それをリアルで出力などできる筈が無いだろう――と思ったのである。


 しかしそのメールをよくよく見ると、差出人は旅行者だったのだ。仕様で装備品を購入できない旅行者が、一体何のアイテムを買ったのかとログを確認してみたところ、丸っこい魔物の置物や、妙に高いクオリティーの似顔絵といった見たこともない玩具アイテムの数々があったのである。


 確かに玩具アイテムはプレイヤーの手で作成することができる。似顔絵は手で描いた後で玩具アイテムとして確定すればそれだけでいい。置物の方も原型となる物を手彫りで作った後で、いくつかのアーツを使用してプロセスを踏めばレシピを作成することも可能だ。しかしそういった脇道に逸れまくった遊び方をするのは、もっと後の事であろうと――もっと言えばそうそう現れるものではないと考えていたのだ。


 そんな玩具アイテムを量産し、旅行者を主なターゲットにした店を開いている。どうやら開発と運営の予想から大きく外れる個性的なプレイをしている一団がいるらしい。興味を持った運営は、軽く調査に乗り出した。


 ログの解析によって判明した件の露店に向かうと、置物だけでなくステンドグラスのように美しい装飾が施された武器や玩具アイテムに作り変えられた装備品など、面白いアイテムがたくさん陳列されており、いちプレイヤーとしてログインしていた運営スタッフは新鮮な驚きを感じたのであった。


ちなみにこの時調査に行った運営スタッフは、木彫りとクリスタルの飛夏を買い、ちゃっかり自分の似顔絵も描いてもらって、同僚から羨ましがられたというオチが付いている。


 ともあれ<ミリオンワールド>というゲーム内で“お土産を買う”というのは開発にしろ運営にしろ想定外のことだったが、それが武器などの物騒なものではなく、フィギュアや絵画などならば現実リアルに出力するのは容易だ。今は技術的な進歩により、手のひらサイズ程度のフィギュアならば比較的安価に出力することができるし、絵画もVR内で使用されている紙に近い物に、高精細にプリントすることも可能だ。


 仮に出力するとして価格設定などそれがビジネスとして成立するかを議論している内に、冒険者からもちらほら同じようなメールが届くようになり、これだけニーズがあるのならばとゲーム内アイテムの現実リアル出力サービス企画が本格的に立ち上がったのである。


 差し当たっては、実際に出力されたものがユーザーの期待に応え得るものなのかどうか、サンプルを作ってヒアリングをする必要がある。と、ここでもう一つ問題があることに運営は気が付いた。そう、ゲーム内で作られたプレイヤー作成のオリジナルアイテムはプレイヤーの著作物――特に似顔絵は完全に――であるため、グッズを作るには許可を得る必要があったのである。


 幸いそんな個性的なことをやっているのは、現状ではかのグループだけだ。どうせなら面識があるものが話しに行った方がいいだろうということで、彼女たちのガイダンスを担当した三森が説明しに来たという次第である。




「……と、こういった話なんです。……?」


「ちょっとフライングで申し訳ないんですが、今日は調査に行った運営の物が買った置物と似顔絵をサンプル出力したものを持ってきているんですが……?」


 清歌たち五人は三森の案内でワールドエントランスの小会議室へと通され、そこで待っていた担当のスタッフと三森の二人から説明を受けることとなった。


 最初は一体何事かと緊張していた四人――いつも通り自然体の者が一名いた――も、三森が悪い話では無くどちらかと言えばいい話だとにこやかに説明を始めたので、リラックスしてちゃんと聴くことができていた。


 二人による説明は丁寧で分かりやすく、また内容自体も確かに悪い話では無かった。無かったのだが、それは別の問題がある内容であり、弥生たち四人は頭を抱えつつ清歌に視線を向け、清歌はわざとらしく素知らぬ顔を決め込んで、視線を明後日の方角へと向けていた。


 予想とは違った反応を見せる五人に、三森と担当スタッフは顔を見合わせた。ゲーム内で自分たちが作ったアイテムが、現実リアルに出力されると聞けば少なからず喜んでくれるだろうと思っていたのだが――これは一体?


「あの、皆さんどうかしましたか?」


「え~っと、ですね。いろいろと複雑な事情がありまして……」


「事情……ですか? それはいったい……」


「あ、その話の前に、そのサンプル出力したっていうのを見せてもらってもいいですか?」


「え、ええ。では……こちらがそのサンプルになります」


 担当スタッフがテーブルの上に飛夏のフィギュア二種と、簡単な額に入った似顔絵を並べた。フィギュアの方は直径十センチほどで円筒形のアクリルケースに収められていて、サイズ的にはVR内よりもかなり小さくなっている。一方似顔絵の方は原寸大で出力されている。フィギュアがリサイズされているのは、恐らくコスト的な問題でそうなっているのだろう。


「わぁ~、あっちでは見慣れてるものだけど、現実リアルで見るとなんかちょっと不思議な感じがするね」


「ああ、だな。んー、しかしこのフィギュア、ホントに本物そっくりだなぁ。……って、バーチャルの方が本物ってのも妙な話だな」


「フフ……、確かに本物そっくりって言葉は普通ならVR内の物に使うわよね。それにしても木目とかも綺麗に出てるわね……。コレって塗っているのかしら?」


「これはフルカラーの3Dプリンターで出力されているようです。クリスタルの方は透明度や屈折率が違いますから、質感の違いが目立ちますね」


「俺などはそちらもよくできているように思えるが、やはり清歌嬢の目では違いが分かるのだな。似顔絵の方はどうだろうか?」


「そうですね……、おそらくパッと見で印刷と分かる人は少ないと思いますよ」


 五人の反応は概ね良いもののようで、三森達はホッと胸を撫で下ろした。清歌の反応が若干芳しくないというか、可もなく不可もなくという感じだが、その辺りが先ほど彼女たちが言っていた事情という事なのだろうか?


 一頻りサンプルを手に取って確認をした五人は、その事情とやらについてどう話すべきかヒソヒソと相談を始めた。


「彼女たちは一体何が気になっているのでしょうね?(ヒソヒソ)」


「さ、さぁ……、私もガイダンスを担当しただけですから。……ただ、いろいろと個性的な子たちで、強く印象に残っているんですよね……(ヒソヒソ)」


 などと三森たちもヒソヒソと話していると、段取りが決まったらしく五人は居住まいを正した。


「えーっと、ですね。結論から言いますと、私たちの作った玩具アイテムの現実リアル出力については即答できないんです。……というか、私たちだけの一存では決められないんです」


 まずはグループのリーダーである弥生が最も重要な点について切り込んだ。予想外の言葉に反応を決めかねている運営の二人に対して、絵梨が質問の形で言葉を繋ぐ。


「私たちは特に問題ないんですけどね。この子……黛清歌、という名に聞き覚えはありませんか?」


「え? 黛清歌さん……ですか? ……あっ! え!? まさか黛って、あの黛グループの人、なんですか?」


 三森は思わず清歌のことを凝視してしまう。ガイダンスの時にも感じたが、彼女の醸し出す雰囲気は明らかに一般人とは異なっている。黛家のお嬢様とすれば、驚くと同時に納得できるというものだ。


「ええ、まあそうなんですけど、今重要なのはそこ(・・)じゃなくて、ですね……」


 清歌がナニモノなのか、三森たちがどこかで聞き及んでいて頭の片隅にでも記憶が残っていれば話が早かったのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。もっとも弥生たち四人も、清歌自身から聞くまでは彼女のアーティストとしての一面は知らなかったのだから、三森たちのことをとやかく言う資格はないのだ。


 一方、清歌が黛のお嬢様だと知って大いに驚いた三森と担当スタッフは、その事実すら重要ではないという絵梨の言葉に困惑していた。


 弥生と絵梨からのアイコンタクトを受け取った清歌は、一つ頷いてから口を開いた。


「実は……、私は主に西欧でアーティストとして活動していまして、それなりの評価を頂いています。<ミリオンワールド>で造ったものはあくまで遊びの一環ですから、“私の作品”と言えるようなものではありませんけれど、現実リアルに出力されて売り物になるというなら……安易にOKは出せないのです」


 穏やかな表情で、しかし同時に毅然とした態度で語る清歌には、誇張やら冗談やらの気配は微塵もなく、運営スタッフの二人は思わず固まってしまった。


 そんな様子の二人に弥生たち四人は顔を見合わせて小さく苦笑を漏らす。どうやら運営の二人は、自分たちがかつて感じて来た驚きを感じているようだ。ここは先輩としてちょっと場を和ますべきであろう。


「まあ、アレだ。バレなきゃいいだけっていう気もするんだけどな」


「うーむ、いささか問題発言のような気もするが、日本では清歌嬢の知名度は余り高くないし、バレない公算も高い……か?」


「そね。所詮、清歌自身の手造りじゃなくて、レプリカだものねぇ」


「……っていうか、清歌自身は別に構わないって思ってるんでしょ?」


「はい、私自身は協力するのに吝かではありませんよ。ただ、ちょっと口煩い人がいますので……即断はできません」


 そんな清歌たちの会話を聞いてどうにか再起動した三森が改めて清歌に尋ねたところ、結局彼女自身とではなく代理人と交渉する方が良さそうだということになり、後日代理人から担当スタッフの方へ連絡がいく運びとなった。


 学生プレイヤーにちょっと協力をお願いするだけのはずが、黛家のご令嬢の代理人と交渉するなどという大事になってしまい、内心担当スタッフは涙目だ。――もっとも話が大きくなってしまったが故に、交渉は上司に任せるべきだろうと、すでに逃げる算段もしていたのであった。


「それでは、私たちはこれで……」


 話を終え、弥生たち五人が立ち上がる。


「はい。……あ、皆さん。実働テスト、お疲れ様でした。皆さんの活動はとても個性的で、貴重なデータを取れたと開発の方も感謝しているそうです。ありがとうございました」


 個性的、という言葉に五人は思わず顔を見合わせてしまったが、いいデータが取れたのならば何よりである。


「こちらこそ、今年の夏休みは<ミリオンワールド>のお陰で、とても楽しく過ごせました。ありがとうございました」


「「「「ありがとうございました」」」」


 弥生に続いて四人もお礼の言葉を言って、会議室を後にするのであった。







「なんていうか、最後にとんだサプライズがあった感じだね~」


「確かに。まさかこんな話が来るとは……驚きだ」


「そう言えばおもちゃ屋のアイディアは、そもそも悠司からだったな」


「そね。……さて、交渉はどうなることやら。清歌はどうなると思ってるの?」


「そうですね……、私は協力したいと思っていますので、その方向で調整して頂けると思います。……皆さんもそれでよろしいでしょうか?」


「うん、もちろん。私らの露店で売ってるアイテムが実物になるなんて素敵じゃない? 現実リアルでも欲しいって思ってくれる人がいたのも嬉しいしね」


「ええ、そうね」「うむ。期待には応えたいな」「俺も同じくだ」


「はい。……では、吉報をお待ち下さい」





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