#6―12
マーチトイボックスの五人にとって実働テスト最後のセッションとなるログインは、予定通り視察と銘打ったアトラクション島巡りに出かけることとなった。
スタンプラリーイベント自体は実働テスト終了まで継続中で、最後までリトライしてランキングを上げるべく努力している冒険者たちも数多くいる。特に縁日ステージは一通りゆっくり楽しんだ後でリトライし、素通りしてタイムポイントをゼロにするのがランキングを狙うパーティーには常識になっている。
ちなみにランキングはステージ別、総合、個人、パーティーなどいくつかの部門別に算出されることになっている。その発表と上位ランク報酬の詳細、チケットの交換アイテムリスト等については、実働テスト終了後から本稼働開始までのメンテナンス期間中に行われる予定だ。これはメンテナンス期間――正確にはメンテナンスだけでなく新規冒険者の登録作業を集中的に行うのに時間がかかるのである――が二週間以上に及ぶ予定なので、プレイヤーのログインができない不満を抑えるネタを提供するという意味合いもあるのだろう。――どれだけ効果があるかは未知数である。
さておき、今回五人は旅行者気分で三つあるアトラクション島を順番に遊ぶつもりだ。先ずは様々な自然を利用したアトラクションを楽しめるという、峡谷の島へとやって来ていた。何故そこを最初に選んだのかというと――
「う~ん、やって来ては見たものの……、ラフティング……は別にやらなくてもいいよね?」
「ええ。……スカイダイビングとバンジージャンプも、今更やらなくてもいいですね」
「だよなぁ~、それとこの地底湖ダイビングっつーのもどっちでもいい感じがするな」
「そうよねぇ。まぁ遊覧飛行はともかく、この小型飛行マシンを使って峡谷内のコースでレースができるっていうのは面白そうじゃない?」
「ふむ。あと乗馬もいいかもしれん。……ただ清歌嬢は千颯に乗れるから、これもどちらでもいいだろうな」
と、こんな具合に遊びたいものが少なそうで、一番短時間で済みそうなのだ。自然を利用した様々なアトラクションというのは、スタンプラリー中の小イベントで似たようなものを幾つか遊んでいて、それが内容的にかぶっているのである。単なる遊覧飛行に至っては、彼女たちは空飛ぶ毛布で割と日常的に楽めるという始末だ。
要するにこの島のアトラクションは、彼女たちにとってあまり魅力的ではないのである。
念のために捕捉すると、偶然イベントの絡みもあって彼女たちに、というか冒険者全般にとっては面白みが少なくなってしまったというだけで、この島が旅行者から不人気というわけでは決してない。一番人気は遊園地島で不動だが、この島とスポーツ系アクティビティーの島はほぼ同じくらいの人気がある。
この渓谷の島は地球上に存在する複数の有名な峡谷をモチーフに設計され、更にファンタジー的な地形である浮島や巨大な樹木などもあるため、敢えてアトラクションを遊ばなくとも十分に観光を楽しめる島なのだ。その為の遊歩道や、主要な絶景ポイント間へと転移できるポータルなどが整備され、飲食物を扱う店もさりげなく点在しているのである。
現在、清歌たちは渓谷の島の中央ポータルから少し離れた場所に輪になり、観光協会で手続きをしたときに貰ったパンフレットに目を通しつつ、行き先を吟味しているところである。
「ところで気になったんだが……、なんでこの島にはカジノなんつーもんがあるんだ?」
パンフレットから顔を上げた悠司が首を捻る。確かに地図上では中央ポータルから目と鼻の先に、しかし地形的に直接見えないように大規模なカジノ施設があるようだ。ファンタジックかつ雄大な大自然が広がるこの峡谷の島には、いささか不釣り合いな施設と感じるのはごく普通の反応と思われる。
「あ、やっぱり変に思うよね、コレ? なんでこんなとこにあるんだろ……」
悠司の疑問に弥生が同意し、絵梨と聡一郎も頷いている。それにある程度納得のいく回答を出したのは清歌だった。
「それは……恐らく、この島がグランドキャニオンをモチーフに造られているからではないでしょうか。すぐ傍にラスベガスがありますから」
「えっ!? あ、そうなんだ……。う~ん、まあ関連付けて施設を作っちゃったのも分からなくはない……かなぁ?」
「フフ。でも面白いじゃない。大自然の神秘って感じの場所のすぐ隣に、凄まじく俗っぽい施設があるなんて」
「……一応、観光地という括りでは、共通しているのではないか?」
「現実ではまあ、相互に人を集める効果もあるんだろうがなぁ。……っつーか、<ミリオンワールド>でカジノやってどうするんだ? 旅行者の小遣いは持ち越さないだろうに」
「あら、意外と一攫千金を狙って冒険者が入り浸っている……かも…………よ?」
絵梨は半ば冗談のつもりで言い始めたのだが、途中で「或いは本当にいるかも」と思ってしまい、最後は疑問形になってしまっていた。
なにしろ賭け事が好きな者は、年齢を問わずどこにでもいるものだ。始末の悪いことにそれは一種の中毒性があり、「あと少し、スッた分を取り戻すまで」などと考え始めてしまったらもう泥沼である。
<ミリオンワールド>では現実の金銭を失うわけではないので、ギャンブルに一獲千金を夢見て身を持ち崩すという、いささか特殊なロールプレイを楽しむことも出来なくはない。――高倍率の運を掴んで冒険者になれたというのに、そんなことに時間を費やしてどうする、というツッコミは覚悟する必要はあるだろうが。
「……ま、まあ取り敢えず、このレースで遊んでみよっか? 景色もそれなりに楽しめそうだし、現実では絶対できないことだからね」
「おっけ~、リーダー。……っつーか、この島はそれを遊んだら絶景ポイントをいくつか見て、それでいいんじゃないか?」
「うん、実は私もそう思ってたんだ。……みんなは他に行きたいところってあるかな?」
「私もその方針で大丈夫です」「私もそれで問題ないわ」「うむ。俺も異存はない」
そうしてやって来た“キャニオンサーキット”は、二~六人まで同時に楽しめるレースのようなアトラクションだ。幅二十センチ、長さ一メートル半ほどの専用マシンに乗り、峡谷内に造られたコースを高速飛行するという、スピード感溢れるなかなかスリリングな遊びなのである。
専用の小型飛行マシンは、シート部分がなだらかに凹んでいる直方体のボディーに、前方にハンドル、そして最後尾には六本の円柱がやや外側に角度を付けて取り付けられているというものだ。さらに側面には輝く球状のクリスタルっぽいものがあったり、何かの回路っぽい謎のラインが引かれていたりと、マシンとは言ってもファンタジー寄りのデザインとなっている。ちなみに“ブルームシップ”という名前で、これでも一応“箒”をモチーフにデザインされているらしい。
五人で一レースとしてエントリーした清歌たちは、手続きを行う小屋の裏手にある駐機場で好きな色のブルームシップを選んで乗り込む。オートバイに似たシートは体がフィットし、想像していたよりも乗り心地は良かった。
「え~っと、みんな準備オッケ~? ……よし。じゃあ、ポチッと……ぅわ!」
準備完了のスイッチを押すとブルームシップが浮き上がり、スタンドが収納された。そしてそのまま自動的にスタート地点である峡谷のど真ん中へと移動した。幸いなことに彼女たちは、空飛ぶ毛布でこの浮遊感と空中での頼りない感覚と、同時にシステム的に安全が確保されていることを理解している。しかし、初めてこれを体験するプレイヤーはかなりの恐怖を感じるのではないだろうか。
「う~ん……、レースゲームもやるけどゲームパッドだからな~。上手くできるかちょっと不安かも……」
「なんつーか、同じレースゲームでもゲーセンとかにある筐体に乗って操作するタイプに近いみたいだな」
「ふむ。先ほどの操作説明では特に難しいことは無いようだったから、大丈夫だろう。それより……そろそろだぞ」
ハンドルの中央部分に小さく表示されていたカウントダウンが残り五秒を切り、コース上に大きな半透明の文字が表示される。レースゲームが好きな悠司などは、何やらテンションが上がっているらしくアクセルをふかしている。
ちなみにブルームシップのエンジン(?)音は、ガソリンエンジンのようないわゆるブイブイという感じではなく、ファンタジーらしくフォンとかウォンとかいった方が近く、あまり大きな音ではない。どちらかというと起動してからずっと淡く光っていたクリスタルや六本の円柱が、アクセルに反応してより強く光ることの方が印象的である。
3――、2――、1――。カウントダウンが終わり、五台のマシンが一斉にスタートした。
――のだが、その動きにはかなりのバラつきがある。悠司と絵梨は一気にアクセルを限界までふかしてすっ飛んで行き、聡一郎は七~八割程でマシンの挙動を確かめながら飛んでいるようだった。清歌は聡一郎に近いがスピードを更に抑え、上下運動も含めてこのアトラクションでどの程度自由に飛べるのかを確かめている。そして弥生はというと、法定速度を守って運転する初心者ライダーのように安全運転だった。
言うまでもないことだが、ほんの数分の説明を受けただけで初めて見た空飛ぶ謎のマシンをあっさり思い通りに操縦できる者など、そうそういるものではない。従ってこのアトラクションはレースを謳ってはいるものの、実際にはかなり簡略化されたものだ。
コース上には見えないレーンが存在し、マシンはそのレーン上しか飛ぶことができず、当然コースアウトで壁にぶつかる心配などは無い。左右の移動とはつまりレーンの変更で、仮に同じレーンにいる別のマシンに接触しそうになると、自動的に後方にいるマシンが近くのレーンに弾き出されることになるのである。同様にコース上にある障害物なども自動的に回避できる仕様だ。専用のコースで模型の車を走らせる、スピード操作だけが可能なレースゲームの玩具に近いかもしれない。
極論するとアクセルを入れ続ければ、何もしなくともゴールできるのである。
もっともそれだけでは面白みがなくなるので、コーナーリングでは自分で体を倒した方がより速く通過できたり、障害物を手動で回避すると減速が無かったり、あまり飛ばし過ぎるとオーバーヒートして一定時間低速でしか飛べなくなったりと、ゲーム的な要素も採用されている。
ぶっちぎりで最後尾を走る弥生は、周囲の景色を楽しみながら相変わらずの安全運転をしている。気分はもはやただのツーリングであり、少なくともレースを競っているという雰囲気は微塵も感じられない。
(う~ん、事故らないのは分かってるけど、結構怖いよね……コレ。みんな良く最高速なんて出せるなぁ、悠司はともかく絵梨まで。……あ、でも絵梨ってば、戦闘の時もたま~に変なテンションで攻撃してる時がある……かも?)
そう遠くない将来、絵梨が自動車などの免許を取得した時は、少し考えた方がいいかもしれないな――などと微妙に失礼なことを思う弥生である。
「……弥生さーん!」
その時、ずっと先を飛んでいるはずの清歌の声が、なぜか下の方から聞こえてきた。
はてこれはどういう事かとブルームシップの下、谷底の方に目をやると、右手下方からギュイ~ンと音を立てているかのような感じで急上昇してくる清歌を見つけた。
弥生と同じ高さまで上昇してきた清歌は、少しブレーキを掛けて速度を合わせた。
「みんなずっと先に行っちゃったかと思ったけど、もしかして待っててくれたの?」
「はい。……と、言いたいところなのですけれど、どのくらい自由に動かせるか遊んでいたらいつの間にか……」
そう言いつつ清歌は、彼女にしては珍しいテヘヘという感じの表情を浮かべる。安全運転でツーリング気分の自分も大概だが、レースそっちのけでマシンの限界を試して時間を忘れる清歌もちょっとどうかと思い、弥生は吹き出してしまった。
「プッ! ……え、え~っと、それでどんなことができるようになったの、清歌?」
「いろいろ試してみましたけれど、やはりレーンで区切られている所為で左右方向の自由度は低めです。ただ上下方向には、割と自由に飛べるようです」
「ふむふむ……。上下方向って、例えばどんな?」
「例えば、そうですね……。では、やってみますので、見ててくださいね」
「えっ!?」
清歌は少し速度を上げたところで一気にアクセルを一杯までふかし、更にブルームシップを引き上げた。するとブルームシップが弧を描くように急上昇し、グルンと宙返りして元の高さへと戻って来た。
「このような感じで、宙返りくらいならできますね」
「す、すごい! ……凄いんだけど、ちょっと……ってか、かなり怖そうだね」
いかにシステム的にブルームシップから落ちる心配がないとはいえ、シートベルトも何もない機体に跨って良くも宙返りなどということをする気になるものだ、と呆れ半分で驚いていた弥生は、そこではたと気づいた。
「もしかして、ねぇ清歌? まさか空飛ぶ毛布でも、宙返りを試したりした?」
「え!? えーっと……、だいぶ前に、そんなことを試したことが……あった、ような?」
言葉を濁す清歌は、目が盛大に泳ぎまくっている。これは「あったような」どころか、アレコレ曲芸飛行を試してみたと見るべきであろう。
「も~、清歌ってば。……まあ、危険はないって分かってるけどさ~。見てる方は結構気が気じゃないんだからね?」
「はーい。気を付けます、弥生さん」
お小言を言う弥生に、清歌が肩を竦めて謝る。顔を見合わせた二人は思わず吹き出してしまった。考えてみるとこの実働テスト中、最初の内は結構無茶をする清歌に本気で心配していたものだが、最近はちょっとしたお約束のやり取り程度になってしまっている。ずいぶん慣らされてしまったしまったものである。
「まぁ、清歌は現実ではちゃんと自重するって分かってるからいいんだけど、ね~……」
「? 何か気になることでもありましたか?」
「実はさっきチラッと思ったんだけど……」
先ほど感じた、実は絵梨がハンドルを握ると人が変わるタイプなのでは、という危惧を聴いて清歌はちょっと首を傾げた。言われてみると――というレベルだが、確かに戦闘の時など、若干アグレッシブになる傾向があるかもしれない。
「……えっと、まあ、今すぐに免許を取れるわけでもありませんし、それに<ミリオンワールド>でスピードを出せれば、現実では安全運転になるかもしれませんから……」
「そ、そそ、そうだよね~。……あ、ところで清歌。なんか服が濡れてるみたいだけど、どうしたの?」
「あ、これは谷底の川まで降りた時に、飛沫がかかってしまったようですね」
「川? ……あ~、ホントだ、川が流れてるね。……っていうか、あんなところまで降りられるんだ?」
「はい。……行ってみましょうか?」
「うん! え~っと、確か前に体重を掛けると降下するんだよね……」
興味を持った弥生は笑顔で頷くと、早速下降するためにハンドルに体重を掛けるように前傾姿勢になった。
ところでブルームシップの操作は基本的に体重移動のみで行い、ハンドルはアクセルとブレーキ操作の為についているようなものである。普通なら左右の移動で加減を確かめながら操作するのだが、ここまでひたすら真っ直ぐ安全運転で来た弥生はこれが初めての操作であり、結構反応が鋭いその加減を知らなかった。その結果――
「あっ、弥生さん! あまり体重を掛け過ぎてしまいますと……」
「ひやぁぁぁ~~~~~~」
一気に急降下することとなってしまったのであった。
その後、殆ど落下する勢いですぐに追いついてきた清歌のアドバイスで機体を立て直し、二人は仲良く並走して最後まで暢気にツーリングを楽しんだ。
――結果、ゴール地点で待たされていた絵梨たち三人に呆れられたのは言うまでもないだろう。
次に五人が訪れたのは、スポーツ系のアクティビティが数多く楽しめる島である。この島は中央に巨大な六角柱状のタワー型ビルが聳え立ち、その周辺に各種アクティビティーの会場があるという、かなり平坦な構造の島である。ちなみにタワー型ビルは案内や手続きを行うだけでなく、屋内型スポーツの会場もこの中に収まっている。
そのビルの中で五人はどんなものが楽しめるのかリストを表示させて、ちょっと唖然としてしまった。現実で考えられるスポーツの類は、殆ど遊べると言っても過言ではなかったのである。
オリンピックや国体にあるような競技は勿論のこと、ボーリングやビリヤード、ダーツといったどちらかというとゲームに近い物や、温泉卓球やらキックベース、どこぞのテレビ番組でやっているような野球盤的ゲームなどの変わったものも各種取り揃えてある。トライアスロンやビーチバレーなどの夏のスポーツと、スキーやスノーボードといった冬のスポーツが同じ場所で楽しめるというのはVRならではであろう。
――とはいえ、この島の目玉はそこではない。現実では実現不可能な数々のスポーツが楽しめるところである。
例えば巨大な球体の内側で行うサッカー。これは球体の内側に重力が働き、張り付くような形でサッカーをできるのである。スローインやコーナーキックという概念が無いためにゲームが途切れることが少なく、また立体的なパスができるという特徴がある。ちなみにゴールは一定時間ごとに向きを変える仕様だ。他にも巨大な立方体の水槽の中で行う水球のようなゲームや、スカッシュとバスケットボールを合わせたようなゲームなど、様々な趣向を凝らしたものがある。
ちなみにこれらのゲームはプレイ登録した人数に応じて、コートのサイズや制限時間などが最適になるように調整される仕様で、また対プレイヤー戦だけでなく、NPCを相手としてのゲームも楽しめるようになっている。これは勿論、少人数のグループでも楽しめるようにとの配慮である。
さて、この島でマーチトイボックスの五人がチャレンジしたアクティビティーはというと、現実では実現できない類のものであり、かつ球技などをアレンジしたものではない、どちらかと言うとテレビゲームをVRで再現してみたという類のものだ。
五人は今、それぞれ透明な板の上に乗りジャンプして上へ上へと移動している。透明な板は下からはすり抜けることができ、上からはちゃんと足場として乗ることができるというゲーム的不思議仕様だ。ちなみにこの足場は誰かが乗ると三十秒後には消えてしまい、その十秒後には同じ高さの別の場所に足場が出現するようになっている。
「あ、赤い板が出た! 清歌、お願い」
「承知しました。……ふっ!」
清歌は走って一段下の足場に飛び降りると、大きくジャンプして赤く光っている板の上に飛び移った。このゲームをプレイ中は、ジャンプ力が自動的に制御されていて、ターゲットにした二段上までの足場にジャンプすることができる。なお、やろうと思えば三段上の足場に手で掴まることも出来るが、そこからは自力でよじ登らなくてはならない。彼女たちの場合、清歌と聡一郎は可能で、悠司はどうにかできるレベルだ。残る二人については――察してあげて欲しい。
「清歌さん、パース!」「はい、ありがとうございます」
悠司からソフトボール大の銀色のボールを受け取った清歌は、再びジャンプして上の足場へと移動した。
このように、このゲームは足場から足場へと飛び移りつつ、スタートする時にチームに一個与えられたボールを最上段のゴール地点まで全員で運ぶというものである。プレイヤーには一人一色が割り振られ、色付きの足場が現れると対応する色のプレイヤーがその足場に乗ってボールを受け取るまで、それよりも上の段にはジャンプできなくなる。ちなみに色付きの足場は、対応するプレイヤーがボールを受け取るまでは消失しない。
このゲームは一チームでプレイするタイムアタックモードと、二チームでどちらが先にゴールするかを競う対戦モードという二通りの遊び方がある。彼女たちがプレイしているのは前者で、このモードの時は爆弾を落として足場を破壊する妨害ドローンが出現する。
ちなみに対戦モードの時は通常の足場は両チームで共通となり、足場をどのように使うかが非常に重要になる。片っ端から足場を踏みつけて消失させ相手チームを妨害するのもいいが、やり過ぎると味方チームも先に進めなくなる可能性があるのだ。
ボールを投げるのもキャッチするのも心許ない者が若干二名いたが、そこは直接手渡しするという安全策を取り、五人は無事ゴールした。ちなみにタイムのランキングは総合ではとても自慢できるような順位ではなかったが、初回チャレンジのみの記録であるルーキーランキングでは二十三位とまずまず健闘したと言っていい成績だった。
「あ~、面白かった~」
「あら、弥生が体を動かすゲームで面白かったなんて珍しいじゃない?」
「ちょっ……、私だって<ミリオンワールド>ではちゃんと体を動かしてるってば。まぁ、スポーツっぽいものは苦手なのは否定しないけど。……でもこれは、なんかレトロゲームをリアルにした感じがしたんだよね~」
「ああ、なるほど。たしかにレトロゲームはこういうシンプルなルールのゲームが多いよな」
「そうなのか? だが、これは対戦でやると足場の取り合いというか、駆け引きが面白そうだ」
「そうですね。……あ、タイムアタックの方でも二回目以降は難易度設定ができるようですよ?」
「え? あ、本当だ、難易度を上げると妨害ドローンが増えるみたいだね。……っていうか、最高難易度の“クレイジー”って、ナニ?」
「「「「………………」」」」
最後に訪れた遊園地島は、まさしく遊園地の敷地を一つの島にしたようなものだった。巨大なテーマパークではしばしばそうしているように、敷地全体を幾つかのゾーンに区切って、それぞれに特色を持たせているところも同様だ。
現在の遊園地島のゾーン構成は、お伽噺的ファンタジー、未開の秘境、未来都市、スチームパンク、海とプールという五つで構成されている。海とプールのゾーンは、十一月以降は雪山ゾーンに切り替わる予定とのことである。
この遊園地島は他二つのアトラクション島と異なり、最初に降り立つメインポータルは島の中央ではなく端っこに設置されている。そしてエントランスゲートをくぐって遊園地の中へと入るのである。合理的に考えれば島の中央に転移してしまった方がすぐに遊べるというものだが、そこは“これから遊園地に入る”という演出をしているのだろう。
そのメインポータルに降り立った五人はエントランスゲートから遊園地の中へと入場し、現実では見られないような施設に目を奪われつつ、パンフレット片手にぶらぶらしていた。
「取り敢えず、今回プールはパスでいいわよね?」
「うん。水遊び系はスタンプラリーの方で結構遊んだからね~。……やっぱり、この超絶叫マシンには行くべきかな? 遊園地の定番だし」
「あ~、さっきからあの辺を猛スピードで走ってる座席だけのジェットコースターか? ……俺は別にどっちでもいい感じだな。そんなに絶叫系は好きなわけじゃないし」
「私もちょっと遠慮したいわ。スピードが出るのは良いんだけど、ぐるぐる回るのは好きじゃないのよねぇ」
「私はちょっと興味がありますけれど……、絶叫マシンの類は結局現実にあるものの延長線上ですから、目新しさはありませんよね」
「ふむ、確かに。定番と言うならば、あの凄まじい大きさの観覧車やお化け屋敷などもあるようだが……どうする?」
支柱が無くゴンドラの付いている巨大な輪っかだけの観覧車は、この遊園地島のランドマークの一つとなっている。この島全体を眺められるというのは良いかもしれないが、正直言ってちょっと時間がかかりそうなのがネックだ。お化け屋敷はファンタジーと秘境、スチームパンクにそれぞれ一つずつあり、どれも面白そうなのだが弥生が強硬に反対したのでボツとなった。
付け加えると、定番ということは即ち現実にもあるものということであり、クオリティやスケールに違いはあっても、清歌が言ったようにそれらの延長線上にあるものに過ぎない。彼女たちとしては、VRならではこそのアトラクションを遊びたいと思うのだ。
「んん? この遊園地にもブルームシップのレース場があるみたいだな」
「……あら、ホントね、近未来のゾーンにコースがある。フフ、ひょっとして水増しかしら?(ニヤリ★)」
「もー、そんな言い方しなくても……。こっちは普通のレースゲームみたいなコースだし、キャニオンサーキットとは違うでしょ……、たぶん」
「……といいますか、確か<ミリオンワールド>は世界観的に、横の繋がりが無い筈ですよね? これは設定として大丈夫なのでしょうか?」
清歌の鋭い指摘に、四人は思わず揃って「あ!」と声を上げてしまった。確かアトラクション島も<ミリオンワールド>に無数にある島の一つなのだから、二つの島に同じマシンが存在するのは少々おかしいと言えるだろう。
「ま、まあアレだ。きっとアトラクション島は一つの親会社が経営してるんだろ。……たぶんな」
「ああ、なるほど。それならどうにか辻褄は合うわね~」
微妙な笑みを交わす絵梨と悠司は、どうやら開発の設定の綻びを見つけて悦に入っているようだ。そんな二人の様子に若干引きつつ、弥生は未来都市ゾーンに面白そうなアトラクションを見つけたのでそれを提案する。
「まあ、ぶっちゃけ設定なんてどうでもいいよ。……で、このアトラクションが面白そうなんだけど、どうかな?」
話のぶった切り方がびみょ~にぞんざいで、あるいは絵梨や悠司よりも弥生の発言の方にこそ、開発はガックリするかもしれない。
それはとある未来の戦争に一隻の宇宙船が巻き込まれてしまった、という物語で進行するアトラクションであった。
現実のテーマパークでも見かける、スクリーン――映像が3Dの場合もある――と映像に連動して派手に動く座席で、疑似的に映画の中に入り込んだように体感できるアトラクション。それに似ていると言ってもいいだろう。
ただし、こちらの方が圧倒的に自由度が高い。戦争の結果という物語の大筋は変わらないものの、自分たちの宇宙船は自在に操縦でき、敵機の撃墜数によってプレイヤーが扮するキャラクターたちのエンディングが変化するのである。また、プレイヤーが大筋の物語の戦闘に介入することで、登場人物の生死などに変化をもたらすことも可能なのだ。
プレイヤーの乗る宇宙船は格闘戦用の腕が付いており、戦闘機と言うよりは足の付いていないロボットといった方が近いかもしれない。最大六人乗りで、それぞれ船長、操縦士、アーム操作、火器管制、通信士、船体制御と役割を分担して宇宙船を動かすのである。
弥生が船長となり、悠司が操縦士、聡一郎がアーム操作、絵梨が火器管制で、清歌が船体制御という分担でプレイを始める。なお通信士は船長である弥生が兼任である。
「五時方向、やや上方から増援来ます! 腕無しが三」
「了解。進路はこのままで、聡一郎は前の腕付きに集中。増援は絵梨でどうにかしちゃって」
「了解、このまま戦艦に取りつく!」「承知した!」「何とかやってみるわ」
プレイヤーが乗り込んでいる宇宙船と同型の腕付き宇宙船と取っ組み合いをしつつ、後方からの増援には機銃とミサイルでぶっ放し、敵側の巨大戦艦に肉薄していく。
「ふん! これで……終わりだ!」「フフフフ、落ちなさいな!」
主に戦闘を担当している二人は、何やらテンションが上がりっぱなしのようである。キャニオンレースの時に話していた絵梨の攻撃的な一面が出てきたようで、弥生と清歌は思わず顔を見合わせてしまう。
腕付きの敵宇宙船を戦艦にぶつけることで葬り、後方からの増援は弾幕で撃ち落とした。そのまま巨大戦艦に接触すれすれまで接近した彼女たちの宇宙船は、アームから発生させたビームの刃と機銃による攻撃を加えつつ一気に加速して離脱した。
「ふぅ~、抜けられたぁ~。清歌、戦艦の様子は?」
「左舷に大きな爆発が起きています。戦力はかなり削れたと思いますよ」
「う~む、流石に撃沈は無理だったか……」
「もっと派手にぶっ放せばよかったかしら?」
「いやいやいや……。あの巨大戦艦にあれだけダメージ与えたんだからいいだろう。正直、スレスレを飛ぶのは肝が冷えたぞ。清歌さん、姿勢制御ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
このアトラクションで重要なのが、清歌の担当する船体制御というポジションである。この役割についた者は球状スクリーンの中に入り、宇宙船の姿勢を体感で制御するのである。またスクリーンはレーダーも兼ねており、常に複数表示されるウィンドウを見ながら状況を把握し、それを船長に報告するという役割もあるのだ。
恐ろしくバランス感覚の良い清歌だからこそ姿勢制御が無意識にでき、索敵などに注力できるが、普通ならばこう上手くはいかない。腕無しのザコを撃ち落とす程度ならまだしも、本格的な戦闘でもしようものなら宇宙船が暴れ出したり、逆に索敵がおろそかになって奇襲を受けたりと散々な目にあうことになるのだ。なお撃墜されてしまった場合は、本筋の物語はそのまま進行し続け、スタート地点からリトライとなる。
そんなわけで殆どのプレイヤーは一回でも戦闘を経験すると、仮に運よく勝利できても物語が終わるまで逃げ回ることが多いのである。彼女たちはまったくもって気付いていないが、ここまで上手く戦えているチームは、開発と運営スタッフを除けば初めてなのである。
結局、ここでも素晴らしいチームワークを見せたマーチトイボックスの五人は、最後まで撃墜されることなく戦い抜いたのであった。
残念ながらこのアトラクションにはスコアは無いのだが、仮にあったとしたらぶっちぎりでトップを獲得しただろう。
「う~ん、ココも面白かったね~。臨場感がハンパなかったよ!」
「はい。コックピット内に煙が出てきたときは驚きましたね」
「あ~、あれは目に染みた……。俺としてはレースゲームなんか目じゃないスピード感で目が回ったわ」
「でも、ちゃんと操船できてたじゃん、悠司」
「まあな。……とは言っても、姿勢制御を清歌さんが完璧にしてくれてたからってのも大きい。あの暴れ宇宙船を見たら……」
「あれってやっぱりプレイヤーの船よね……。絶対、乗りたくないわねぇ……」
「確かに。それにしても、とても面白いアトラクションだったが……、俺としてはもう少し腕付きと取っ組み合いをしてみたかったな」
「フフ、言うと思った。……ああ、でも弾を打ちまくるのはちょっと爽快感があったから、私ももうちょっと打ちたかったわねー(ニヤリ★)」
「「………………」」
もしや絵梨が何かに目覚めてしまったのではないかと、危惧する清歌と弥生なのであった。