#6―11
神社と縁日ステージをクリアしたマーチトイボックスは、その後も一回のログインにつきスタンプラリーを一つクリアしていた。
正統派オリエンテーリング的なステージの海と川と滝ステージは、川の源流と思しき場所からスタートし、海がゴールのステージだった。スタート直後の上流は深い森で視界が悪く、最短ルートを行くと滝のある崖を下る必要があったり逆にロッククライミングが必要になったりと、普通ならば結構難儀なコースだ。
しかしそこはそれ、浮力制御や浮遊落下に万能採取ツールのワイヤーなどなど、移動手段は各種取り揃えている彼女たちにとっては、ちょっと工夫すればさほど苦労することも無くクリアできる程度の障害だった。
むしろ彼女たちが苦しめられたのは、密度の濃い木々を利用して立体的な機動で攻撃を仕掛けて来る、猿や小型の豹に似た魔物の方だったと言える。
次にトライした巨大遺跡ステージは、スタート地点で入手する二つの水晶玉の色を、各所に配置されている装置を使って変化させ、その組み合わせを以てギミックを作動させていくという、いわゆるRPG的なダンジョンだった。
恐らくゲーム慣れしていないプレイヤーへの配慮なのだろう、ギミックとしては比較的難易度が低く、幼い頃から各種ゲームに慣れ親しんできた弥生の敵ではなかった。
このステージで最も苦労した――というか予想外だったのは、第二と第三チェックポイント間のエリアが殆ど水没しており、ダンジョン内で入手した特殊なアイテムを使用してダイビングをしなくてはならなかったところだろう。
ちなみにこの水没エリアにはクラゲ型の魔物が多数漂っており、薄暗い遺跡の中で体の一部をイルミネーションのように光らせるそれらは、幻想的でとても美しかった。――あまり見惚れて近付き過ぎると、触手を伸ばして攻撃して来るので注意が必要だったが。
さて、そうして最後にトライすることとなった湿地と浮島と遊歩道ステージは、曲がりくねった川が流れる広大な湿地帯を、幅が一メートルほどしかない木製の遊歩道とボートを利用して踏破するというステージだった。
全体的に起伏の少ない平坦なフィールドで見通しは良く、上下移動に苦労するようなことはなかった。ただ遊歩道が必ずしもチェックポイント間を最短距離で繋いではいないので、結構歩かされることとなった。浮力制御を使用して高くジャンプしながら最短距離=湿地を行くという提案も出たのだが、このステージは鳥型魔物の数が非常に多く、それはかなり危険だろうと結局実行されることはなかった。――誰が提案したのかは、敢えて語るまでもないだろう。
現在五人はチェックポイントと小イベントを順調にクリアし、後はゴール地点へ向かうのみである。ちなみに今回は初めて全ての小イベントが中ボス戦で、群れを成して襲って来る鳥型の魔物に、巨大なワニの魔物となかなか手強い相手だった。三番目の魔物も強かったには違いないのだが、こちらは強さ云々というよりも見た目に突っ込み所が多い魔物だった。
「……なんと言いますか、薄気味悪い魔物でしたね」
「あ~、だよね~。悪い意味でぜつみょ~なデフォルメだったっていうかさぁ……」
「あ、分かるわ、ソレ。多分ちょっとバランスをいじってるだけ……なんでしょうけど、それで凄く気色悪くなってるのよねぇ」
「……まあ、アレだ。外鰓から雷を飛ばしてくるのは、結構いいアイディアだったんじゃないか?」
第三チェックポイントに出てきた中ボスは、エレクトリックアホロートルという魔物だった。白い体で手足の先や尻尾の鰭そして外鰓の一部などが黄色いサンショウウオ、要するに巨大なウーパールーパーである。
ただこのウーパールーパー、一般的には可愛いといわれる顔に微妙なデフォルメとと模様が施されており、それがどうにも不気味だったのである。例えるなら映画やアニメ作品などで出て来る、悪役系ピエロのようなデザインとでも言えば分かりやすいだろうか。
「しかしこう言ってはなんだが、現実のウーパールーパーそのままのバランスでも、巨大化させたらそれはそれで結構不気味なのではないか?」
「あら、ソーイチもアレはダメ? 私もどうにも可愛いって思えないのよねぇ」
CMなどで引っ張りだこになるほどのブームになったのはかなり昔の話でも、水族館などでは今も可愛い水棲生物としてウーパールーパーは普通に展示されている。しかしながら、聡一郎と絵梨にはどうやら不評のようだ。もっとも――
「あの幼い感じの顔が、妙に作りものっぽい感じがしますよね」
「そうそう、なんか無理に可愛く作った仮面を被っているみたいでイヤなんだよね~。無表情だしさ」
どうやらかの両生類は清歌と弥生も、好きではなかったらしい。
「言ってることは分からんでもないが……。ってか、皆妙に攻撃的だったのは、もしかして奴が気に入らなかったからなのか?」
悠司の問いかけに四人は顔を見合わせると清歌は肩を竦め、弥生は頬をポリポリとかき、絵梨は視線をそっとそらし、聡一郎は腕を組んで瞑目した。敢えて突っ込んだからこそ、半ば冗談でこんな反応をしているのだとは思うが、それでも多少は本気が混ざっているのが見受けられ、悠司は呆れてしまった。
「オマエラ……」
「あ、あはは。っていうか、悠司はアレを可愛いって思うの?」
「ああ、いや、俺は別にどうとも思わん。強いて言えば奇妙なイキモノだなぁ……ってくらいだ。ただちょっと前に妹を水族館に連れて行った時、可愛いってやたら騒いでたもんだからなぁ……」
「「「「…………あ~」」」」
妹を殊の外可愛がっている悠司――これはまあ一家揃ってだが――としては、妹が可愛いと言っていたモノを口々に否定されると、微妙な気持ちになってしまったのである。
魔物のオリジナルであるウーパールーパーは可愛くないという共通認識を確認し合った四人は、何とも気まずい思いをするのであった。
そんな小さな事件を挟みながら、一行はゴール地点へと向けて進んでいる。
第三チェックポイントからゴール地点までは浅く水の張った湿地となっていて、用意されていた大きなボートに乗り、生い茂る背の高い葦に似た植物をかき分けつつ進む必要があった。なおボートは動力付きで、徒歩と同じくらいの速度を出せる。舵は最後尾で絵梨担当し、残る四人は時折襲い掛かって来る鳥型の魔物に対処するべく武器を構えていた。
「シュートッ!」「ハンマーショット!」
襲い掛かって来たペリカンに似た大きな鳥型魔物に弥生が砲撃を放ち、続いて悠司がアーツで怯ませる。その隙に浮力制御をかけた清歌がジャンプとエアリアルステップを駆使して空中で斬撃を加え、更にボートへ向けて蹴り飛ばした。
「掌底破ッ!!」
聡一郎から止めのアーツを受けて吹っ飛ばされたペリカンもどきは、着水する前に光の粒となって消える。このようにこのステージ一帯に出現するザコの魔物は、弥生と悠司の遠距離攻撃で先制し、清歌と聡一郎が止めを刺すという連携で危なげなく斃すことができていた。
「このステージは比較的ザコが弱いわね。塩湖ステージと同じくらいかしら?」
「いや、あれよりはこちらの方が強い。……とは言っても、森や滝と比べれば弱いが」
「……つーかココは、ボスはかなり手強かったが、ザコの強さで言えば遺跡の方が強かったんじゃないか?」
「あ、それは私も思った。もしかすると、遺跡とココは観光と冒険の中間って位置づけのマップなのかも」
「確かに仰る通り、この湿地帯と遺跡には綺麗な景色のスポットがたくさんありましたね」
周囲を見渡しながら、清歌は弥生の推測に同意する。このエリアにしても、緑が生い茂る一見すると草原のような場所を、ボートで進むというのはなかなか面白い体験だ。
「そういえば冒険と観光っていう分類は、私らが便宜上付けた分類だったものね。作り手は単にステージの難易度で考えているのかも」
こうして水の上を行くことしばし。跳び上がって襲って来たピラニアに驚かされたり、若干浅くなっていた場所に座礁してしまってボート押して戻したりと、いくつかのアクシデントを乗り越え、残る道程は時間にしてあと五分ほどとなっていた。これをクリアするとスタンプラリーイベントはコンプリートとなるので、ちょっと感慨深いものがある。
「これでスタンプラリーイベントはコンプリートだね~。そう言えば結局全然気にしてなかったけど、タイムポイントってどのくらいになったのかな?」
弥生が破杖槌で肩をトントンと叩きながら、これでイベントが終わりというところから思い出したランキングについて口にした。
「そーねぇ……、正確な数字は私も覚えてないけど、均すと大体一ステージにつき三十分オーバーってところね」
「三十分? そんなもので済んでたんだ?」
「それはアレだ。小イベントで結構タイムポイントボーナスをゲットしてたからじゃないか?」
悠司の推測は正しく、小イベントで実際に消費した時間は冒険メインのステージでは合計四~五十分程度はあり、単純に消費した時間としてはもう少し多い。小イベント内で提示されたお題をクリアし、タイムポイントを減少させたからこそ平均三十分オーバーという成績になっているのである。
ちなみにチェックポイントでカウントされるタイムポイントは、時間で言えば全て二分以内に収まっている。これは時間制限が甘く設定されていたのではなく、五人とも移動系アーツが充実していることで、地図上の最短ルートを踏破できたことが主な要因である。――ある意味で、空飛ぶ毛布を封印してもしなくても同じ結果だったと言えるかもしれない。
「<ミリオンワールド>もオンラインゲームの一種だし、ガチ勢は居るでしょうから、多分上位は一ステージにつき十分以内に収めて来ると思うけど……、私らも意外と上位にランクインするんじゃないかしら?」
「まあ、そりゃどれだけ他の連中が小イベントに参加してるかにかかってるわな」
「へ? ……あ、そっか。オリエンテーリングで時間オーバーしたら小イベントはスルーするってやり方もあるのか。……う~ん、でもそれはあるかなぁ」
「弥生にはなんか異論があるのか?」
「異論ってほどじゃないけどさ。ゲーマー的には小イベントに挑戦するなら、全部回収したくなるものじゃないかなって思って」
「ああ、それは分かるわね。スルーしちゃったら、クリアした後で『やっぱ、やっとけばよかった』って後悔したりねー」
確かにゲーマー心理としてはイベントに参加するのは基本であり、それが期間限定であれば尚の事だ。しかし一方でランキングに拘るのも同様なので、今回のイベントはその両立が難しいという、ゲーマー泣かせの仕様だったと言えよう。
そんな話をしつつ、最後に襲撃して来たペリカン三羽編隊を撃退し、五人は遂にゴール地点へと到達した。
ちなみにこのステージはクリア報酬として交換チケットが貰える。これは後日リストが公開され、チケットの枚数に応じたアイテムと交換できるというシステムで、森ステージと遺跡ステージの報酬としてもゲットできるほか、ランキング報酬にもなっている。
弥生から順番にスタンプを押していき、最後の聡一郎がスタンプを台座に戻したとき、その上にこれまで見たことの無いウィンドウが表示された。
「なんだろう……。あ、これってイベントのリザルト表示だね。これで成績を確定してしまっていいかって」
「……なるほど、リトライすることも出来るのね。その場合は、前の成績は消滅すると」
「ふむ。恐らく鏡の塩湖ステージならば、リトライすれば確実にタイムを短縮できるとは思うが……」
聡一郎が曖昧に濁した言葉の続きは四人とも理解できた。あの時はこのイベントの初回であり、また旅行者二名という一種の護衛対象を抱えている状態だったので、その分間違いなく時間がかかっているだろう。
しかし、旅行者の二人と一緒の冒険というのも面白かったし、例の二人をくっ付けるのに協力したというのも良い思い出だ。単なるゲームの記録に過ぎないとはいえ、それを無かったことにしてしまうのには少々抵抗を感じてしまうのである。
「……うん。私はこのままの記録で確定したいけど、どうかな? あの時だけなんだけど、先輩と早見君も私らのパーティーの一員だったんだからさ」
弥生の提案に四人は頷いた。その顔には「それでこそリーダーだ」と書いてあるかのようだ。
「じゃあ、確定……っと、これで良し。さて、じゃあまだ少し時間があるし、久しぶりに蜜柑亭にでも行ってイベント完了の打ち上げをしよっか!」
「それはいいですね」「ええ、のんびりしましょ」「うむ。ちょっと寛ぎたい気分だな」「まったりするか~」
かくして、彼女たちのスタンプラリーイベントは無事終了したのであった。
イベント島からスベラギへと帰還したマーチトイボックスの五人は蜜柑亭へと赴き、良く冷えたオレンジジュースでイベント終了の乾杯をした。
イベントの感想や早見と仙代のその後などを話題に雑談をしばらくした後、清歌はいつものようにピアノを弾き始めた。<ミリオンワールド>内では肉体的に――特殊な状況下を除き――疲れることが無いとはいえ、精神的には普通に消耗するものだ。今回のステージは中ボス戦が三連続となかなかハードだったので、そんな冒険の後でよく演奏ができるものだと訊いてみたところ――
「楽しんで演奏をするとリラックスできますから(ニッコリ☆)」
――ということらしい。もちろん本気の演奏をするなら話は別だが、清歌にとってのピアノ演奏とは呼吸をするように自然にできるものであり、自由気ままに弾くことでリラックスすることができるのである。
「なんつーか俺なんかにゃ、そういうものなんだ、としか言いようがないんだが……」
「まあ清歌嬢は、音楽の授業以外ではほとんど楽器に触ったことの無い俺達では想像もつかない境地に居るのだろうな」
「あら、ソーイチだって試験勉強の前に軽くトレーニングしたりするじゃない。その方が集中できるから、とか言って」
「トレーニングは日課だからな。…………なるほど、清歌嬢にとってピアノは日常にあるものということか。うむ、納得した」
「これだけの演奏で日常っていうのがまた……」
音楽と言えばアニソンを含む日本人アーティストの楽曲程度しか聴かない悠司にしてみると、音が軽やかに弾む楽しげな今の演奏でさえ、十分以上に惹きつけられるものがあるのだ。そこへ目を閉じて音楽に合わせて頭を揺らしていた弥生が指摘する。
「清歌が本気で演奏したら、こんなものじゃないからね~。聴いたことない悠司がそう思うのも無理ないんだろうけど」
「ああ、そね。二人は聴いたことないのよね~(ニヤリ★)」
<ミリオンワールド>を始める前に弥生と絵梨が二人で黛邸を訪れた時、清歌が自室で聞かせてくれた本気の演奏は、心が震えるというのはこういうことかと実感するような素晴らしさだったのだ。
余談だが、弥生はこの前後にも一人で黛邸を何回か訪れている。単に絵梨と予定が合わなかっただけのことだが、誰もが弥生のように「ちょっと友達ん家に遊びに行く」などという感覚であの屋敷にお邪魔できるわけではない。こういったある種の図太さは弥生の美点であり、絵梨などはよくも一人で遊びに行けるものだと感心していた。
「くっ、自慢かっ。……ってか、こっちでは本気で演奏をするつもりはないってことなのかね?」
「それはだって、店の雰囲気を壊しちゃダメでしょ。蜜柑亭はバーであって、コンサートホールじゃないから」
「それにそもそも<ミリオンワールド>内の楽器じゃ、清歌の実力にはスペック不足みたいよ? ま、いいじゃない、今度遊びに行った時に聞かせてもらえば」
「ふむ、そういえばそうか。楽しみが増えたな」
「……そういやギャラリーもあるって言ってたよな。見せてもらえるといいなぁ」
演奏が一段落した清歌がテーブルに戻り、鎮座していた飛夏と入れ替わりに椅子に座り、飛夏は膝の上に乗せた。
「さて、清歌が戻って来たところで、今後の……っていうか実働テスト最後のログインの予定についてなんだけど……」
弥生が話題を切り出すも、いつものような元気さが無い。あと一回となってしまい名残惜しい、というわけではない。少々間を置くとは言っても九月には本稼働が始まるので、これで終わりというわけではないのだ。では何故歯切れが悪いのかというと、要するにさしあたってやることが無いのだ。
「当初の予定としてはレベルを二十まで上げて得意分野を取る。それからホームをゲットしてギルドも立ち上げる、だったわよね」
「ま、想定してたのとは違う感じだがホームはゲットできたしギルドも作った。ダンジョンも一つクリアして、最後のスタンプラリーイベントも制覇した。……確かに、次は何をすっか微妙に定まらない感じだな」
「そうか? 第二の町を探すとか、スベラギ東の砂漠に足を踏み入れてみるとか、やってみたいことはあるだろう」
聡一郎のいう事はもっともだが、ここでネックとなるのがあと一回というところだ。やってみたいことはいずれも、事前の調査もなしに一回のログインで片が付くようなものではなく、当然長い間をおいてしまうことになる。ある程度探索を進めてもすぐその続きにトライできないと分かっていると、微妙にテンションが上がらないのである。
「ふむ。……言われてみれば確かに、手を付けたものを長時間放置するというのは少々落ち着かない気がするな。だが、ではどうする?」
<ミリオンワールド>を始めてから今に至るまで、やりたいことや目標が常にあり、一つ達成すると割と直ぐに次の目標ができるという状況が続いていた。それは今も同じなのだが、どれも本稼働後にじっくり取り組みたいものばかりというのが悩ましい。
それぞれ頭を悩ませていると、清歌がふと思い出したことを口にした。
「そう言えば、結局ダンジョンの報酬はどうしましょうか? 皆さんは何か思いつきましたか?」
「あー、そういや忘れてた。あの後すぐにスタンプラリーの発表があったからなぁ」
「俺も同じくだ」「不覚にも頭から抜けてたわねぇ……」
これは一つやることができたか――と思いきや、弥生が待ったをかける。
「あ、それなんだけど、選ぶのは本稼働が始まった後にしようよ。っていうのも、例のチケット報酬と照らし合わせて考えた方がいいと思うんだ」
「あら、慎重ね。……でも確かに、その方が良さそうね。リストに被るものがあるかもしれないし、組み合わせると面白いものがあるかもしれないし……」
「……そりゃ構わんけど、そうなるとますますやることが思いつかんな。いっそおもちゃ屋の新商品開発でもするか?」
継続的に開いているおもちゃ屋の露店は、口コミで少しずつ評判が広まっているらしく、先日ステンドグラス装備の盾が売れている。何でも防具生産系のギルドを立ち上げてホーム兼店舗をゲットしたので、その看板代わりに飾りたいのだそうだ。かなりの大所帯らしく、資金は全員でコツコツ貯めたらしい。
余談だが彼らにおもちゃ屋の情報をもたらしたのは、例のオネェキャラ冒険者だったとのこと。本当に顔が広い御仁である。
ともあれ、そんなこんなで旅行者だけでなく冒険者のお客さんも増えてきた現在、もうちょっと商品の種類を増やしてもいい頃合いかもしれない。
「本稼働が始まったら旅行者も毎回いるようになるんだし、その布石として商品を増やすのもいいわね。……って言っても、コスプレ装備以外は清歌任せになっちゃうんだけど」
「商品開発も楽しいですから、私は構いませんよ。……ただ新商品については何も考えていませんでしたのでアイディアが……」
新しいステンドグラス装備や飛夏以外のフィギュアを作るという、これまでの延長線上の品物ならばすぐにでも取り掛かれるが、全く新しい商品となるとそうそうポンと思い浮かぶものではない。
このプランもダメかと皆が思いかけたところで、弥生がパンと小さく手を叩いた。
「じゃあこうしよう。新商品のアイディア探しも兼ねて視察に行こうよ」
「視察ぅ~? ちょっと弥生、あんた何時から政治家になったのよ(ニヤリ★)」
「……実は今朝、どこぞの県で海外視察にバカみたいにお金かけて非難轟々ってニュースを見たんだ。……ま、まあ、それは置いといて」
弥生がパントマイムで箱を動かす仕草をすると、何と本当に手元に箱が現れた。清歌を除く三人がギョッとして注視している前で、さらに箱がパカンと開き直径十五センチほどの花火が打ち上がった。
間違いなく清歌作のコミックエフェクトであり、箱の内側を黒くして花火を見やすくしているところなど芸が細かい。なお花火自体は、鏡の塩湖で打ち上げたもののリサイズ版のようだ。
「あー驚いたー、相変わらずいい出来……は良いとしてだ。弥生、自分で話の腰を折ってどうする……」
「あはは、ゴメンゴメン、なんか使ってみたくなっちゃって……。みんなもたまに、ユーザー定義ウィンドウを覗いてみるといいよ。面白いのがいっぱいあるから」
「ふふっ、気に入って頂けて何よりです。……それで視察というのはなんのことでしょうか、弥生さん」
「ああ、うん。だから今までスルーしてたアトラクション島を見に行ってみない、って話なんだけど、どうかな?」
これまでアトラクション島には何時でも行けるのだから、家族やクラスメートなどが一緒の時にでも行けばいいかと思っていた。しかし考えてみると、旅行者相手の商品を売っているというのに、旅行者の主な行き先であるアトラクション島には一度も行っていないというのはおかしな話という気がしたのだ。
例えばアトラクション島の方に土産物屋の類がないのなら、何かその場所をモチーフにした商品を作るのもアリだろう。その辺りを確認するためにも、一度はちゃんと“視察”に行ってみるべきという弥生の提案は至極もっともである。
「考えてみると、俺らの店は言ってみれば冒険者になりたい旅行者向けなんだよな。単純に遊びに来た旅行者向けの土産物ってのを考えるのもアリだよな」
「ふむ。ガッツリ遊ぶつもりではなくそういうことならば、時間的にも一回のログインで三か所回ってちょうどいいかもしれん」
どうやら今度こそ否定の意見はないようだ。
「それじゃあ最後のログインは、視察がてらアトラクション島を巡ってみるってことで!」
「はい。承知しました」「ええ、そうしましょう」「うむ。了解した」「おけ。良いアイディアが出るといいな」