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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第六章 スタンプラリーイベント
76/177

#6―10




 冷たく銀色に光るコルトガバメント。ベレッタやグロックではない辺りに、開発の微妙なこだわりを感じたりしなくもない。


 ――それはさておき、モデルガン並みにディテールが再現されているコルトのマズルから、プシュッという音を立ててコルクの弾丸が飛び出し、棚の上に乗っている昭和の雰囲気を漂わすドロップの缶をかすめていった。


「あ~、惜しかったね、清歌」


「う~ん、残念です。……ところで気になっていたのですけれど、あの上段に並べられている大きなヌイグルミなどは本当に落とせるのでしょうか?」


「アレは……まあ、なんつーかお約束ってもんで……。どう考えても落とせっこない様な景品も、目玉商品的に並べられてるもんなんだよ」


「そんなことを言うってことは、もしかして清歌はこういう縁日って初めてなのかしら?」


「はい。中学時代に誘われたことはあるのですけれど、なかなかタイミングが合わなくて、結局行けずじまいでした」


 清歌に続いて聡一郎の持つリボルバータイプの拳銃からコルク弾が飛び、棒状のプレッツェルにチョコレートがコーティングされている超有名菓子の箱の間を通り抜けていった。果たして彼が、ミルクチョコと苺チョコのどちらを狙ったのかは謎である。


「むぅ、微妙に狙いがズレるな。……そういえばちょっと気になったのだが、清歌嬢は縁日や祭りなどに行くのを家族に止められたりはしないのだろうか?」


「割と訊かれることなのですけれど、父も母もそこまで過保護……というか、神経質ではありません。実際問題、どこにでも危険は転がっていますからね」


「……そっか。考えてみれば、お祭りだからすごい治安が悪いって訳じゃないもんね」


「ま、人ごみの密度は高いし、変に羽目を外すアホもいるから気を付ける必要はあるけどね」







 夕暮れ時の神社の境内には屋台が所狭しと並んでいて、多くの人で賑わっていた。ところどころに建てられている灯篭や、木々の間に吊るされている提灯には明かりが灯され、スピーカーなど見当たらないのに祭囃子がどこからともなく聞こえて来る。由緒正しく、どこか昔懐かしい神社の縁日の景色である。


 神社と縁日ステージは予想通り、観光メインの――というか屋台で遊ぶためのステージだった。基本的に一本道で両脇に縁日が並んでいるという構成で、地図にしても地形がどうこうではなく、お店の配置図のようなものだった。


 チェックポイントは二か所と少なく、チェックポイント間の制限時間は一時間で固定。それぞれの距離は歩いて十分もかからないという程度なので、単純にクリアすることだけを目的としている冒険者ならば、さっさと走り抜けてしまって別のステージに挑戦することも不可能ではないだろう。


 ――とは言え、イベントはしっかり楽しむことを信条としているマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、あっちこっちの屋台に寄りつつ、すこ~しずつチェックポイントへと向かっていた。


 ちなみにここの屋台では<ミリオンワールド>の通貨は使用できず、スタート時点とチェックポイント通過時に貰える“お小遣い”で支払うことになる。なお、このお小遣いはチェックポイントを通過するとリセットされるので、貰えるというよりも一定額までチャージされるといった方が正確かもしれない。


 気前のいいことにお小遣いは豪遊できるだけの金額を貰えたので、五人はタコ焼きを食べ、金魚すくいをやって、ラムネを飲んで、お面や団扇などの小物を買ってと、次々に攻略して――はたと気が付いた。


「ヤバイ、このお小遣いは…………ワナだ!」


「は? 何言ってんの悠司?」


「いや、だからこの調子で目に付くモンを遊び倒していったら……」


「あっ! 私としたことが……そうだったわ、制限時間があるのよね……」


 どうも雰囲気にのまれてすっかりスタンプラリーというイベントの本分が、頭からスコンと抜け落ちてしまっていたらしい。一時間という時間は余裕があるようで、飲み食いしてゲームを楽しんでいると、結構あっという間に過ぎてしまうものだ。


 付け加えると、現実リアルの縁日の屋台というのは意外とお金がかかるものなので、中高生ではなかなか豪遊というわけにはいかない。それを遊び倒せるだけのお小遣いが貰え、しかも次のエリアには持ち越しができないとなれば、思わず使い切りたくなるというものであろう。


 しかしそれをやってしまうと、あっさりタイムリミットを越えてしまう。従ってスタンプラリーの方もちゃんと挑戦するつもりの冒険者ならば、残り時間と相談しつつ地図から遊びたい屋台をピックアップして遊んで行かなければならないのだ。お小遣いが罠という悠司の物言いは、言い得て妙である。


「ふふっ、私もすっかり夢中になっていました。……幸いまだ時間は大丈夫そうですね」


「ほっ。……良かった~、いつの間にか時間オーバーになってなくって。えっと、じゃあ次は何にしよっか? 定番どころは押さえたいよね?」


「そね。じゃ、次は…………、あ、射的があるわね。食べ物系だとかき氷とか、焼きそばがあるけど……」


「う~ん、私はもうちょっと遊びたい……から、射的じゃダメかな?」


 <ミリオンワールド>内では基本的にお腹がすくことも、満腹になることも無い。つまりお祭りの雰囲気という付加価値を除けば、かき氷も焼きそばも普通の味でしかないのだ。それは既にタコ焼きとラムネで堪能したので、弥生の提案に皆異存はなく、射的で遊ぶことと相成ったのである。







「私と弥生は置いとくとして、清歌たちは結構射的なんてバンバン命中させちゃうかと思ったけど、そんなでもなかったわね」


 射的を十分楽しんだ一行は、次は何をしようかとキョロキョロしつつ、チェックポイントへ向けてゆっくり歩みを進めていた。


「銃のデザインはやたらリアルだったけど、所詮コルクの弾だからなぁ~。どうも微妙に狙い通り飛ばないんだよ」


「そういうおもちゃっぽいところも、面白かったですね」


「そっか、銃自体の命中率が低いんだね。……あっ、そうだ、聞こうと思ってたんだけど銃って言えばさ、清歌がナンパヤローたちをハチの巣にしたサブマシンガンって、ナニ?」


 銃から連想してここに来る前にあった事件を思い出した弥生が、若干物騒なことを言い出したので、清歌は慌てて訂正する。


「ハチの巣にはしていませんよ、弥生さん。あの(サブマシンガン)はただの水鉄砲ですから」


「「「「水鉄砲!?」」」」


「はい。……正確には、<ミリオンワールド>内でサバイバルゲームを遊ぶためのエアガンはペイント弾しか撃てないので、全て水鉄砲という扱いになっているようです」


 ちなみにこのサブマシンガンは、清歌が数多く抱えている玩具コレクションの中でも比較的新しくゲットした物だ。千颯を仲間にする過程で遠目に見た煙幕が、刑事もののドラマなどで見かけるスモークグレネードのようなアイテムに寄るものかと思い、露店(=似顔絵屋)の休憩時間などを使ってあっちこっち探していたのである。そしてメインストリートから横道に入って、更に角を曲がった先にサバイバルゲーム専門店を見つけたのである。


 現実では若干敷居の高いサバイバルゲームも、VRでなら比較的気軽に遊べるだろうし、その上玩具アイテムだから旅行者でも使用可能だ。アイテムとしては水鉄砲であっても、重さや質感などは本物そっくりのリアルさで、ある意味VRなればこそと言えなくもない。――しかし、基本的には中世ヨーロッパ的ファンタジーの世界観に、サバゲーを持ち込むというのはいかがなものかと、開発を厳しく追及したくなるところである。


 ちなみに専門店で買えるサバゲー用の銃火器は全て、リアルモードとトイモードという二種類の設定ができるようになっている。リアルモードにすると音や煙などの演出が本物そっくりになるのだ。


 ナンパヤロー二人組へのお仕置きとしてはリアルモードでも良かったかもしれないが、衆目がある状況では少々刺激的に過ぎると考えた清歌は、トイモードでぶっ放してちょっと冗談めかしたのである。


「……はぁ~、清歌が自重してくれてよかったわ。下手をしたら、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)がヤバい集団認定されるところだったわ」


 清歌の説明を聞いて、絵梨はホッと胸を撫で下ろした。


「ふふっ、今回は彼女たちも言葉が過ぎたところがありますし、まあ、あのくらいでよいかと。……ただ、仮にリアルモードで撃ったとしても、フォローはお願いしておきましたから問題はなかったと思いますよ?」


「……う~ん、ねえ清歌。確かに問題はなくても逆恨みされることってあるんだし……、ホントに気を付けてね」


 <ミリオンワールド>内ではかなり自由というか、結構チャレンジャーな清歌のことが心配な弥生は、ちょうどいい機会なのでその気持ちを伝える。冒険的な意味合いでの危険ならば特に問題はないが、人間相手のトラブルというものはいろいろと厄介だ。オンラインゲームではそういう経験をしたことも、話を伝え聞いたこともある弥生としては、なるべく気を付けて欲しいと思うのである。


 生真面目な表情で見つめてくる弥生に清歌はふわりと微笑むと、ちゃんと向かい合ってからそっと両手を取った。


「心配して下さってありがとうございます、弥生さん。……はい、ちゃんと気を付けるようにします(ニッコリ☆)」


「はうっ! し、しんぱいするくらいは、あ……あたりまえのことだから、ぜんぜんいいんだけど……。あっ、リンゴ飴がある! いこっ、清歌」


「ふふっ、は~い」


 あからさまに照れ隠しをする弥生が清歌の手を引いて、リンゴ飴の店へと歩いて行く。ニヨニヨと成り行きを見守っていた三人もその後に続くのであった。




 リンゴ飴の屋台は近くまで行ってみると、あんず飴やいちご飴も売っている屋台で、清歌たちは三人ほど順番待ちをしてそれぞれお目当ての飴をゲットした。


 飴を片手に輪投げや、束になったひもを引っ張るタイプのくじ引きなどを遊びつつ、五人はチェックポイントへと向かう。


 手を繋いで先頭を歩く清歌と弥生は、二人ともタイプの違う美少女というだけでなく、巫女服とフワフワした金魚帯の浴衣という目を引く衣装を着ているため、男女を問わず擦れ違う人の注目を集めまくっていた。


「お~、こういう場所に来ると改めて実感するな、清歌さんのカリスマ性ってやつを(ヒソヒソ)」


 立ち止まっては振り返る冒険者や旅行者たちを横目に、悠司が小声で感想を言う。


「うむ。それもあるが、衣装の効果もあるのではないか? ……そういう意味では弥生も人目を引いているようだが(ヒソヒソ)」


「フフフ、我ながらいい仕事をしたわ! それにしても意外と巫女服を着ている人っているのね。清歌を見ると離れていっちゃうけど(ヒソヒソ)」


「あ~、あれはなぁ」「う、うむ。それは仕方あるまい」


 ネタ半分のコスプレというつもりで着てみたら、清歌という飛び抜けた美少女と衣装が被ってしまったというのは、ちょっと笑えないアクシデントだったことだろう。浴衣姿の女子ならこの場に溢れかえっているが、巫女服は両手の指で足りるほどしか見当たらないというのも、被った(・・・)という印象を強くしている。


 さて、そんな注目を集めている二人はさぞ居心地が悪いことだろう――と思いきや、割と平常運転で仲良くお喋りをしている。というのも清歌が飛夏を仲間にした頃から、スベラギのメインストリートなど人が多いところでは人目を集めるのがデフォルトで、さらに露店を始めてからはもうすっかり視線をスルー出来るようになったのだ。慣れとは斯くも恐ろしいものなのである。


「それにしてもさ~、ただの買い物なら空いてる方がいいんだけど、こういうお祭りはやっぱりある程度混んでないと雰囲気が無いよね~」


「そうですね。閑散としているお祭り会場というのは、きっと寂しい感じがしてしまうでしょうから」


 そう言えば鏡の塩湖と森林ステージでは他の冒険者と遭遇しなかったのに――と、絵梨は前を歩く二人の会話を聞いて始めて思い至る。お祭りと言えば人ごみがあって当たり前という先入観があったので、気にも留めていなかったのだ。


「考えてみれば、前の二つでは他の冒険者と会わなかったわね。パーティーごとに違う島を割り当ててるのかしら?」


「あー……いや、森林ステージの方では他の冒険者を見かけたぞ?」


「えっ!? いつ見たの?」「嘘っ、全然気づかなかったわよ」


 意外なことを言う悠司に、前を歩いていた弥生も顔だけ振り返る。特に驚いた様子を見せないところを見ると、清歌と聡一郎は気づいていたのだろう。


「俺が気づいたのはスタートから十分過ぎた辺りと、第三チェックポイントの近くだったと思う。どっちもかなり遠目で見かけただけだが……」


「鏡の塩湖の方でも一回見かけました。湖を(ゴンドラ)で渡っているときに、岸辺を歩いているパーティーを見かけました」


「ほう、それは気づかなかった。……森林ステージの話だが、どうやら全く違う方向へ向かっていたようだ。恐らく、パーティーごとに異なるルートを割り当てられているのではないか?」


「……なるほど。大きな島に複数のルートを用意して、それぞれに一つのパーティーを割り当てているのね」


 これは恐らく一種の不正防止策なのだろう。皆一緒のマップで同じルートでは、たとえ地図が良く分からなくても、適当なパーティーの後にくっついて行けばいい。さらに言えば、魔物の襲撃さえも上手に立ち回れば肩代わりして貰うことも出来るかもしれない。


 またそういった不正だけでなく、同一にしてしまうと先行してクリアしたパーティーから町で情報を得ることができるので、どうしても後発組の方が有利になってしまうという問題が発生してしまうのだ。


 そういった諸々の事情を鑑みて、今のような仕様になったのだろう。――絵梨はそう推測した。


 この縁日ステージに限って言えば、ルートは一本道でかつ魔物も全く出現しないので、不正防止策を講じる必要が全く無い。というか、むしろある程度の人ごみで祭りの雰囲気を盛り上げ、屋台に夢中になって貰った方がイベント的には面白い結果が出そうだ。


「……う~ん、こういう場所は賑やかな方が楽しいし、それはいいんだけど……。何でわざわざ引っ掛けるようなことするのかなぁ~」


「わはは。ま、例の開発陣が考えることだからな……、そこは受け入れるしかあるまいて。おっ、アレが第一チェックポイントじゃないか?」


 五人はいつの間にか屋台の立ち並ぶ通りを抜け、長い石段の前に到着していた。その石段のちょうど真ん中辺りに踊り場があり、そこにチェックポイントのスタンプ台が置かれているのが見えた。石段を登り切ったところには大きな鳥居があり、その先が第二の屋台エリアになっているはずだ。


 タイムリミットまではあと少しで、引き返してどこかの屋台に立ち寄ると少々際どいということろだ。やらないと心残りになりそうな屋台というのは特になかった五人は、このままチェックポイントへと向かうことにした。


 石段を十段ほど登ったところで清歌がふと立ち止まり、空を見上げる。


「面白いですね。この石段を登ると、少しずつ日が落ちるようです」


「……あっ、ホントだ! テレビゲームだと地域によって時間帯が決まってることもあるけど、VRだとこういう風に見えるんだ~」


「っつーことは、登り切ったら完全に日が落ちてるってところかな」


「恐らくそうでしょうね。ま、ともあれまずはチェックポイントよ。ソーイチはやっぱりボス戦を期待してるのかしら?」


「うむ。だが仮にボス戦だったとしても、このステージだからな。あまりまともな魔物ではないだろう」


 その予感はこのステージに挑戦すると決めた時に、弥生が感じていたものと同じだ。もっともここまで戦闘バトルとは全く無縁で来たので、いきなりガチで戦わなければならないボスに出てこられても、そのノリには付いて行けないと苦情を言いたくなりそうだ。


 そんなことを考えている内に踊場へと到着する。既に日は完全に落ちてしまい、空は黄昏から夜の色へと変わりつつある。この瞬間の空の色をゆっくり鑑賞できるというのも、実はVRならではの珍しい光景かもしれない


「ボス戦かどうかは分かりませんけれど、折角ですからこれまでに遊んでいないゲームが出てくるといいですね(ニッコリ☆)」


 ゲームを楽しむ気満々という清歌に、さて一体何が出ることやら――と、変に身構えていた弥生たちも肩の力が抜けたようだ。


「あはは、そうだね。じゃあ、小イベント行っくよ~」







 結論から言えば彼女たちの予感は全て的中していた。小イベントはボス戦であり、まともに戦える魔物ではなく、これまでにやっていないゲームをすることとなったのである。


 周囲を森に囲まれた石畳の広場のような場所に転移した五人を待ち受けていたのは、昭和臭漂うブリキ製ロボットを高さ二メートル半ほどに巨大化させたような魔物(?)だった。


 このロボットはいわばゲームの屋台であり、それを順番にクリアすることでダメージを与えられるのである。最初は体のあちこちに出現した球体の的を、ランダムに表れる吹き矢を使って全て割るというゲームだった。


 それだけなら簡単――かと思いきや、そう一筋縄ではいかない。ガション、ガションと音を立てて手足を動かしつつ、実は車輪で動いているという突っ込み所のある構造のロボットは、見た目よりも機動性があったのである。


 幸いこのロボット、見た目通り――というと少々失礼かもしれないが――頭の方はかなりおバカで、最後に攻撃を仕掛けた者を追いかけるだけという反応しかしなかった。それにいち早く気づいた弥生が指示を出し、囮の攻撃で方向転換する隙に、本命の攻撃を当てるという作戦でゲームを次々とクリアしていったのである。


 なおこの小イベントスペースに転移と同時に、五人は着替える前の装備に戻っており、激しく動くのに問題はなかった。実は彼女たちは最後まで気付かなかったのだが、ボス戦だけに武器やアーツも使用可能で、ダメージは出なくとも例えばヘヴィーインパクトやショックバインドで足止めすればもう少し楽にクリアできたかもしれない。


 吹き矢の的当ての次は、ロボットの胴体部分に開いた五か所の穴全てにフリスビーを通すゲームで、その次は両肩と頭の前後に出現したバスケットのゴールにボールを通すゲーム。そして最後はロボットが飛ばしてくる水風船をキャッチし、投げつけてHPを削り切って勝利となった。しかし――


「なんつーか、こう……微妙に物悲しいな」


「水風船を投げつけて、ブリキのおもちゃが錆び付いていくという演出は分からなくもないですけれど……」


「うむ。なんというか……侘び寂がある演出だな」


「侘び寂ってねぇ。……っていうかあの動きが憐れな感じだったのよ、きっと」


「あ~、分かる。ギギギって音を立てて、動こうとしてやっぱり動かなくて、力尽きたように目のランプが消えていく……みたいな?」


 錆び付いてガラクタと化した、かつてロボットだったものを前に、微妙な表情で溜息を吐く五人なのであった。







 小イベント会場から戻った一行は、石段を登り鳥居をくぐって次の屋台が立ち並ぶスペースに到着した。灯篭に提灯そして屋台が立ち並ぶ風景は、石段の下とさほど変わらなかったが、夜が更けた分、よりお祭りという雰囲気が強くなっている気がした。


 こちらの屋台は下の会場とは異なり、若干毛色の違う屋台ばかりだった。クレープやチュロ、ジェラートなどのスイーツや、細長い長方形に切ったピザにホットドッグ、ピロシキといった主食系のもの。ちょっと変わったところではケバブや生春巻き、フォーなどのお店が、見た目はごく一般的な縁日の屋台として立ち並び、その意外性が面白かった。


 気になった変わりだね屋台の料理に舌鼓を打ちつつ、歩みを進めること三十分ほど。何かに呼ばれたような気がして、清歌が立ち止まった。


「清歌、どうかしたの?」


「はい……、何か聞こえたような気が……」


 キョロキョロと周囲を見回すと、屋台の立ち並ぶ通りから少し外れた奥まった場所に、ひっそりと何かのお店があった。


「……怪しい、怪し過ぎる。ってか、あんな場所に屋台なんかあったか?」


「ユージ、それ正解。地図には載っていない店ね」


「え~っ? なんだろう、それ。隠れショップかな……」


 弥生がどうしようかと見つめられた清歌は、ニッコリと微笑むとその手を取って歩き出した。


「とにかく行ってみましょう、弥生さん。確かめなければ何も始まりませんから」


 清歌に連れられる形でゾロゾロと屋台の間を抜けて、暗がりの中にポツンある謎の屋台へと到着する。果たしてそこにあった屋台は、定番のようで実は今時珍しい――というか殆どお見かけしないものだった。


「これは……、まさかカラーヒヨコの屋台!?」


「嘘っ!? 実在していたなんて……?」


「絵梨……ノリは分かるが、ここは<ミリオンワールド>の中だ」


「あはは、聡一郎~、そのツッコミはNGだよ~」


 妙にウケている弥生たち四人に比べて、清歌はキョトンとして、赤青黄色と色とりどりのヒヨコが金魚すくいの水槽のような箱の中でうろちょろしている様子を眺めていた。


「つまりこの屋台は、色を付けたヒヨコを売っているお店……なのでしょうか?」


「あっ! もしかして清歌にはこのネタって分からないんだ」


「考えてみりゃ、俺らだって本物は見たことないんだしな……」


 ある意味、伝統的な屋台とも言えるカラーヒヨコだが、最近は殆ど見かけなくなっている。弥生たちとて、漫画などの中で見て知っているだけで、実物を拝んだことはないのだ。小中学校と海外にいることも多かった清歌が、そんなマイナーな屋台を知らなかったのも無理からぬことだろう。


「なるほど……、不思議な屋台があるのですね……」


 そう言いつつ、清歌はしゃがみこんでヒヨコたちを目で追っている。


 カラフルなヒヨコがピヨピヨと鳴いている様子は、確かに可愛らしくもある。ただ買ってしまったら、育てるにせよ処分するにせよいろいろと大変だ。


「清歌、一応言っておくけど、買ったら後々面倒よ?」


現実リアルでしたら確かにそうですね。<ミリオンワールド>でペットというのは、どういう扱いになるのでしょうか……?」


「そういや、従魔じゃないペットもあったよな、テストプレイの時。……あれってどういう扱いだったっけ?」


「え~っと、確か玩具アイテムになるんじゃなかったっけ? ホームがあれば飼うことができた……はず」


 多少補足すると、犬や猫といった魔物ではないペットの類は、カテゴリーとしては玩具アイテムであり、アイテム欄に収納できないという特徴がある。基本的にはホームに放しておくもので、餌は必須ではないが定期的に与えるとよく懐くようになる。ちなみに寿命の設定もあり、大凡リアルと同じくらいの歳で死んでしまうという、少々手を出すのに躊躇してしまうアイテムである。


 要するに<ミリオンワールド>で現実リアルと同じようなペットを飼いたいという人の為のアイテムであり、既に数体の魔物モフモフを仲間にしている清歌が今更ヒヨコなんぞを欲しがるはずがない。――と、弥生たちは思っていた。


「おっ、お嬢ちゃん買っていくかい? あんた別嬪さんだから、一個オマケするよ」


 店番をしているおっちゃんが、妙に真剣な目でヒヨコを吟味している清歌に軽いノリで声を掛けてきた。


「ありがとうございます。ただ、二匹は私の手に余りますので……、こちらを一つ頂いていきます」


 どうやら目を付けていたらしいヒヨコを一体、両手ですくい上げながら、清歌はニッコリとのたまった。そのヒヨコの色は黄色というよりも明るい金色で、奇しくも現実リアルでの清歌の髪の色によく似ていた。


「まいどあり~。袋に入れるかい?」


「いいえ、このまま連れていきますので。ありがとうございました」


 弥生たちが止める間もなく、あっという間にヒヨコを一匹買ってしまった清歌が、踵を返して屋台から少し離れる。


「ねぇ清歌、別に止めはしないけど……本当に飼うの、ソレ? 仮に大きく育ってもタダのニワトリでしょ?」


「確か屋台のヒヨコはみんな雄だっつー話だから、卵も期待できないしなぁ……」


 清歌の掌に乗るヒヨコを取り囲んで眺めながら、絵梨と悠司が若干否定的な言葉を口にする。しかし清歌はヒヨコの頭を指でナデナデしつつ、意味ありげな笑顔で小首を傾げて見せるだけだ。


 考えてみると、普通のヒヨコがこんなにも大人しいものだろうか? もっとちょろちょろ動き回りそうなものだけど――と考えた時、弥生はピンと来た。


「あっ! もしかしてそのヒヨコって……、魔物だったりするの?」


「正解です、弥生さん。(ニッコリ☆) さ、もう元の姿に戻っていいですよ」


 清歌の呼びかけに応えるように、手の平に乗るヒヨコがポンという煙と共に姿を変える。煙が晴れるとそこには、フェレットをさらに伸ばしたような細長い体で、三角の耳とシャープな顔を持つ、ちょっと不思議な印象の魔物がいた。


「ほう……なるほど、魔物がヒヨコに化けていたのか。流石はキツネというべきだろうか」


「あー、つまり雪苺の時と同じようなパターンのイベントだったわけか。……まさかこんな仕込みがあるとは」


「っていうか清歌、今は従魔を出していないでしょ? 良く分かったわね」


「私も今気が付いたのですけれど、意思疎通のレベルが上がったからか、従魔にしていない魔物の伝えたいことも、おぼろげに分かるようになっていたようです。何かに呼ばれたような気がしたのも、そのせいでしょうね」


「そっか、いつもはヒナとユキが一緒だから、逆に気付けなかったのかもしれないね。……で、従魔にするんだよね?」


「はい、もちろんです。……ただ、ここではアーツが使用できませんので、しばらくはこのまま連れていくしかありませんね」


 清歌の言葉が分かったのか、ヒヨコ改めキツネ型魔物はスルスルと腕を登り、肩から首筋を伝うと、何と胸元に飛び込んで、頭だけ着物の合わせからひょっこりと出した。


「ちょっ! キ、キ、キミは~。いったい、なんてところに、潜り込んでいるのかなぁ~」


 清歌の胸の谷間に体を納めるという暴挙に出たキツネ型魔物に、なぜか怒り出した弥生が顔を寄せて凄んで見せる。傍から見ると、清歌の胸元に顔を寄せて凝視している弥生も、ぶっちゃけかなり怪しい。


「弥生さん、魔物のすることですから、ね。ちょっとくすぐったい程度ですし」


「む~、清歌がそう言うなら……。っていうか、もしかして男の子?」


「ええと……情報ウィンドウには性別の表示がありませんから、恐らく性別がない魔物だと思います。ヒナと一緒ですね」


「ふ~ん、じゃあただの獣タイプの魔物ではないのね。……あっ、いけない、ちょっと時間食っちゃってるから、そろそろチェックポイントに向かわないとまずいわよ」


「ヤバッ、忘れてた。……じゃあ、その子のことはちょっと後回しにして、今は先を急ごう!」


 思わぬところで出会った新たな仲間になる魔物については取り敢えず先送りとして、次のチェックポイントへと急ぐ五人なのであった。







 第二チェックポイントの小イベントは、転移先の会場を見て一目瞭然の“盆踊り”を題材としたダンスゲームだった。一定時間で振り付けを覚えて、中央に立つ櫓の周りにある一段高くなったお立ち台で踊り、どれだけ正確に踊れたかを採点されるのである。


 曲と振り付けはオリジナルのもので誰も知らなかったが、覚える時間が結構あったのでそこそこ上手くできたと言っていい成績だった。


 ちなみにここでも清歌が驚異的な高得点を叩き出したのはもはや言うまでもないとして、次いで高い得点をゲットしたのは弥生であった。彼女曰く、振り付け自体が盆踊りというよりも、モーションセンサー付きのリモコンを振って遊ぶ類のダンスゲームに近い感じで、割と覚えやすかったのだそうだ。ゲーマーとしての経験が妙なところで活きた形であった。




 第二チェックポイントからゴール地点までの間は、ところどころにポツンと灯篭があるだけの、だだっ広い広場だった。屋台はスタート地点付近にある、花火を売っている店のみ。ここに来た者たちは、それぞれ好きな花火を買って空いている場所を陣取り、光の花を咲かせていた。


 マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人も、目に着いた花火を買い込み、ゴール寄りの空いている場所を陣取った。ちなみに花火を買うともれなく水入りのバケツを持たされるという、妙なところで凝っている仕様である。


 大人しめの手持ち花火に、箱入りで縦に勢いよく吹き出す花火、火の玉が何十発と撃ちあがる花火などなど、定番どころはもちろんのこと、ねずみ花火やヘビ花火まで楽しんだ五人は、締めの線香花火に火を付けている。


 線香花火特有の徐々に形を変える火花を見つめていると、なぜかしんみりした気分になるのも、ある意味夏の風物詩かもしれない。


 全ての花火を遊び終えた五人は、燃えカスの入ったバケツをゴミの回収スペース――本当に変な凝りようである――にきちんと置くと、ゴールへと続く石段を登り始めた。


「去年、一昨年とお祭りには行けなかったんだけど、今年は十分楽しめたな~。……VRでだけど」


「そね。いろいろ変わった趣向もあったけど、ちゃんと由緒正しい感じの縁日だったわね」


「考えてみれば……、神社なのですからそれらしい和風の魔物が出てきても、そうおかしくはありませんよね」


「俺は少し、そういうのを期待していたのだが……」


「まさか最初に着替えさせれられた上、装備も無理でアーツも使えないとは予想外だったな」


「うむ。まあ、だからこそクリアするだけなら、時間がかからない作りにしていたのだろう」


「……ソーイチは、あんまり楽しくなかったのかしら?」


「いや? これはこれで面白かったぞ。屋台を豪遊というのも、得難い体験だった」


「あはは、確かに現実リアルの屋台って、結構お金がかかるもんね~。清歌はどうだった? 初めての縁日は」


「とても楽しかったです。いつか現実リアルのお祭りにも、皆さんと一緒に行ってみたいですね」


「うん、そうだね! それにしても現実リアルかぁ~」


「ん? なんか気になるのか?」


「あ~、なんていうか、今年の夏は<ミリオンワールド>三昧だったからね。もちろん凄く楽しかったんだけど、現実リアルでも夏っぽい事をやりたかったかも……って思って。贅沢な話だけどね」


「……それでしたら、夏休み最後の日に、私の家に遊びにいらっしゃいませんか? プールと花火ならできると思いますよ?」


「あ、そっか、<ミリオンワールド>の実働テストはその前に終わりだから……」


「今年は夏の課題も片付いてるし……」


「うむ。何も問題はなさそうだな」


「じゃ、じゃあ……清歌、お邪魔してもいいかな?」


「はい! ぜひ、いらしてください(ニッコリ☆)」





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