#6―09
階段教室のように段差をつけてデスクがずらりと並んでいるとある場所、教室ならば黒板やホワイトボードのある場所には大小のディスプレイが浮かび、デスクには<ミリオンワールド>運営スタッフが着いている。
顧客のクレームに対応するコールセンターと、警備関連の情報を管理している管制室を足したようなこの場所は、<ミリオンワールド>内のトラブルに対処するためのチームが常駐しているVRオフィスだ。
ゲームのシステム的なトラブルに関しては、無論開発スタッフが対処しアップデートを行う。しかしオンラインゲームにおけるトラブルは、必ずしもシステムに起因するものだけではない。様々な個性を持つ人間が同じ場所でプレイしている以上、現実で起きる可能性のあるトラブルは、残念ながらオンラインゲーム内でも発生してしまうのである。
特に一般的なオンラインゲームではアバターとプレイヤーの同一性が低いため、キャラづくりと称して悪い方向にハジけてしまう者もいて、ごく普通の良識あるプレイヤーと軋轢を生むこともある。あくまでもゲーム内、ディスプレイ越しのことなので本当の意味での実害はないとはいえ、心無い言葉で不快な思いをした、などという話はそう珍しい話でもない。
<ミリオンワールド>ではアバターとプレイヤーはほぼ同じと言ってよく、かつ本人確認をした上でのプレイが義務付けられているので、詐欺行為などの重大な違反行為はこれまでに発生していない。しかしマナー違反レベルのことからプレイヤー同士の諍いに発展するケースや、しつこい勧誘やナンパの類はしばしば発生している。それらは人間同士ならば当たり前に起きる程度の問題であり、ここに常駐しているスタッフはその対処に日々追われているのだ。
「ふぁぁ~……。それにしても、あとちょっとで実働テストも終わだな。アカウント停止処分なんて嫌なことが起きなくて良かった~」
正面ディスプレイ前の中央、つまり一番偉そうなポジションに居る男性が大きな欠伸をして感慨深げに言うと、傍に控えている秘書風の女性がそれをぴしゃりと窘めた。
「室長、確かに実働テスト終了まであと一息ということろですが、あまり気を抜かないで下さい。スタッフの緊張感が削がれます」
「硬いな~、羽月クンは。冒険者さんらのプレイスタイルが安定してきてからは、小競り合いも起きなくなっているだろう? 最近、我々の仕事はナンパの仲裁くらいじゃないか」
「それも大切な仕事です。あと今はイベント開催中ですから、平時とは違う問い合わせも数多く寄せられています」
「ああ、そっちもあったか。でもそっちの対処は、件数こそ多いけどトラブルの仲裁に入るよりも気楽だろう」
「それは……。まあ、殆どは対応マニュアル通りの回答で問題ありませんから」
「だろう? そもそもルール説明をちゃんと読んで、ダイアローグも活用すれば必要ないような質問ばかりなんだけどねぇ……」
「仰る通りですが、説得力がありませんね。……室長は以前、僕はマニュアルって読まないんだよね、と仰っていたように思いますが?」
「(ギクッ!!)……と、ところで<ミリオンワールド>ではナンパが多いような気がするって話、結局本当だったのかな?」
「あからさまに話を逸らしましたね。……分析チームの報告によると、やはりナンパの発生率は高いようです。詳細はこちらをご覧ください。<ミリオンワールド>内は男女比が男性側に偏っていますから、それも影響しているかと」
室長は受け取ったデータに目を通して何度か頷いた。日々運営に送られてくるメールに、「トラブルという程ではないがナンパが鬱陶しかった」という内容のものが割と多く見受けられたので調査、分析を行っていたのだ。
「予想通りだけど冒険者同志というケースは少ないか。旅行者はぶっちゃけ一見さんだから、ちょっと気が大きくなるんだろうね」
「冒険者は下手をするとアカウント停止処分になりかねないというのが、ブレーキになっているようです。先日のQ&Aイベントが功を奏していますね」
「ああ、繰り返したら処分の対象になるってあれか。まあ、逆にそれが効き過ぎて、冒険者側が旅行者のナンパに対して強く出られない、なんてこともあるみたいだけど」
「そのケースで言えば先日、露店でナンパらしき兆候があって様子を見に行かせたのですが……、それはもう見事なあしらい方で介入する余地がありませんでした。笑顔を絶やさずにのらりくらりと躱して、むしろナンパをしている旅行者が憐れになるほどでした」
「ハハ、そんなことがあったのか、それは頼もしい。だけどみんながみんな、上手にあしらえるわけじゃないからね。……断る際は、多少強く出ても問題ないってアナウンスした方がいいかな?」
「それは要検討ですね。……と、言っているそばからナンパが元でちょっと騒ぎが起きていますね。……これは珍しいですね、冒険者が旅行者をナンパしているようです」
「ヤレヤレ、ヘンなフラグを立てちゃったかなぁ。ま、取り敢えず誰かを様子見に行かせて……」
「いえ、珍しいケースなので私が行きます」
「おや、羽月クン自ら赴くとは一大事だね。……じゃあたまには僕も行ってみようかな。気になるし」
「室長が持ち場を離れてどうするんですか!? ここにいて下さい」
「大丈夫大丈夫、ここはVRなんだよ? 何かあっても瞬時に戻って来れる」
「……そういう問題ではありませんが、分かりました。ですが、我々は基本的に様子見ですからね。くれぐれも余計な真似はしないで下さい」
「……ヤレヤレ、本当に君は硬いな~」
<ミリオンワールド>におけるNPCは基本的にAIによって制御されており、そのAIは大きく分けて三段階に性能が分かれている。
重要なポジションにある上位NPCには、性格や記憶、感情なども含めて、ほぼ現実の人間と同等と言えるレベルの超高性能のAIが搭載されている。清歌たちが遭遇したキャラクターの中では、蜜柑亭のジルやマスター、スベラギ学院のナヅカ博士と助手のルーナなどがこれに当たる。
商店などで働く店員――店主には超高性能AIが搭載されている――などの冒険者と頻繁に関わる可能性のあるNPCと一部の住人NPCには、次に高い性能のAIで動いている。性格や記憶、感情もあり、超高性能AIとあまり変わらないように見えるが、実際にはいくつかの基本パターンにバリエーションを付けた人格設定となっていて、個人的に親しくなるような付き合いも出来ないようになっている。
最後にいわゆるその他大勢の下位NPCは、群衆として一括管理されていて個別の感情や記憶は基本的に持っていない。これらのNPCはプレイヤーと接触があると、性別や年代、居住地域などで細かく分類されたAIにスイッチし、一時的に中位NPCと同等の自律的な行動をするようになる。会話の内容などは統計的に集約され、同一の話題が何度も出ると、噂話としてNPC全体の知識になるのである。
さて、トラブル対応チームのスタッフは、実際にトラブルが起きた場へ赴く時、ポータルへ転移して現地まで歩く場合と、トラブル発生場所に野次馬として集まった下位NPCを仮のアバターとして利用してしまう場合とがある。
今回のトラブルは結構大きめな騒ぎで周囲には人だかりができていたため、室長と羽月は手ごろな下位NPCに乗り移って――彼らはそのように表現している――現場に来ていた。
経緯としては単純な話で、冒険者の男性二人が、三人組の女性旅行者をナンパしたところ断られ、更に若干しつこく食い下がったところ、売り言葉に買い言葉といった具合で口論になってしまったというだけのことなのだ。ちなみに男性二人は二十歳前後、女性はそれよりも若く高校生くらいのようだ。
男性冒険者の側は若干しつこかったものの、当初はそれほど強引に誘っていたわけではない。また女性旅行者側は最初遠回しに断っていたのだが、三人の中にいた少々気の強い子が食い下がって来たのに軽くキレて、かな~りきつい言葉で拒絶したのが口論のきっかけとなっていた。
『しかし、男の方は大学生っぽいが、女子高生相手に何をムキになってんだか……』
『大学生と言っても二十歳くらいでは、高校生と精神年齢にさほど違いはないでしょう。ヒートアップして引くに引けなくなってしまったんでしょうね』
『なるほどね。……で、どうしようか、この騒ぎ。そろそろ収拾をつけた方がいいと思わないかい?』
『はい。ただナンパそのものは違反行為ではありませんし、双方ともに非があると言える状況ですから、どうしたものか……』
『だよねぇ。……おや、我々より先に仲裁に入ってくれた子たちがいるね』
見ると対峙する男女の間に四人の冒険者が割って入り、先ほどよりも距離を引き離していた。年齢は高校生くらいで、男女二人ずつのグループだ。
『冒険者のようですね。上手く収めてくれれば、私たちが出る幕も無いのですが……』
『それにしても言っちゃなんだが、ナンパした方された方よりも、仲裁に入った四人の方がイケメンに美少女揃いってのは、なんつーか……残酷な話だな』
『一番残酷なのは、それを指摘してしまう室長ではないかと、私は思いますよ』
仲裁に入った冒険者グループは経緯を見ていたらしく、どちらにも非があることは承知しているようだ。その上で、せっかく<ミリオンワールド>を楽しみに来た旅行者に、冒険者が悪印象を与えるようなことをするのは良くないと説いている。ついでに女性には紳士的に接するべきだという一般論も語っていた。
女性旅行者側は冒険者四人に守られる形になったことで頭が冷えたらしく、ナンパをしてきた二人にもう何も言い返していない。しかしナンパをした二人の方は邪魔をされと思ったらしく、ちっとも冷静になれていない。
もしかすると彼らは自分たちよりもレベルの高い男子が、美少女二人と連れ立って仲裁に入られたこと自体が気に入らないのかもしれない。などと羽月は少々意地の悪い感想を内心抱いていた。口に出さないだけ室長よりも優しい――のかもしれない。
さておき、四人による仲裁は女性旅行者にのみ効果があり、男性冒険者の方には効いていない。或いは四人はこのまま怒りの矛先を自分たちに引き付けて旅行者を逃がし、頃合いを見て自分たちも逃げる算段なのかもしれないが、果たして自分たちはこのまま見守るだけでよいのだろうか?
『う~ん、まあ僕らは“プレイヤーの自主性を可能な限り尊重する”が基本スタンスだから、このまま静観で問題ないんだけど……』
『ええ、ちょっと彼らに仕事を押し付けてしまったような気がして……』
『そうなんだよねぇ。……まぁ、羽月クンの予測通り彼らがトンズラしたら、冒険者の方に注意するくらいかな』
運営としてどう対処すべきかチャット機能で話している二人に、とある冒険者がさりげなく近寄り、小声で話しかけてきた。
「すみません、もしかしてGM……運営スタッフの方でいらっしゃいますか?」
室長と羽月は顔を見合わせて目を見開き、さらに声の主を見て限界まで目がまん丸になる。そこにはこれまでテレビ画面越しですら見たことの無い、トンデモない美少女がいたのである。
古風な日本的お姫様の髪型に、少し変わった和服――と、一応言っていいだろう――に身を包んだ彼女は、顔立ちそのものは西洋風で、そのミスマッチ感が独特の雰囲気を醸し出していた。
いっそ実在している人物ではなく、作り物のCGと言われた方が納得できるかもと一瞬羽月は考えたのだが、同時に人の手でここまで完璧な美少女を作れる筈が無いとも思えた。彼女の容姿は遺伝子の悪戯という、一種の奇跡による産物なのだろう。
(……なんて呆けている場合じゃなかった!)
未だ彼女に見惚れている上司よりも早く再起動した羽月は、どうにか表情を取り繕うと、まずは気になったことを尋ねることにした。
「はい。私達は運営のトラブル対策チームの者です。……ちなみに、あなたはどうしてそれが分かったのですか?」
「そうですね……、誰かに話しかけられた訳でもない町の住人に、急に意思が宿ったように見えたことと、お二人がチャットで会話をされているように見受けられましたので。もしかしたらこの騒動の様子を確認に来た、運営の方なのではないかと」
運営の二人は彼女の素晴らしい観察眼と洞察力に舌を巻いた。どうやら彼女は下位NPCがスイッチ式のAIであることは以前から気づいていて、その上でAIとは異なる行動をとっている自分たちを運営の人間であると見抜いたようだ。
「いや、凄いね君は。……ああ、それで私達に何の御用かな?」
「実はあちらで今、トラブルの仲裁に入っている四人は、同じギルドの仲間なのです」
「ほほ~。ん? じゃあ君は何でここに?」
「それは……、私がナンパの仲裁に入ると、別方向に話が拗れそう……と止められてしまいまして(トホホ)」
眉を下げて残念そうに語る彼女自身は仲間とともに仲裁に入りたかったようだが、室長の見る限り恐らく仲間の対応は正しかっただろう。羽月も「さもありなん」と目を閉じて何度も頷いていた。
彼女が騒動の外に残った理由はもう一つあり、もし仲裁が長引きそうだったらGMに相談するという役目である。なるほどバックアップ要員を控えさせていたということで、彼女たちのギルドには冷静で堅実な判断のできるブレーンがいるようだ。高校生くらいなのに大したものだ、と羽月は感心していた。
なにゆえ最初からGMコールしなかったのかというと、旅行者の三人とは面識があったからと、彼女は経緯を説明した。なんでも普段開いている露店に“本日お休み”の看板を出しに行ったところ、たまたま通りかかった旅行者三人組に品物を売って、多少お喋りをしたとのことだ。今日をずっと楽しみにしていたと語っていた彼女たちが、冒険者とのトラブルで嫌な思い出ばかり残しては残念だと思い、仲裁に入ることに決めたのである。
「ただ……思ったよりも時間がかかりそうですから、そろそろ終わらせてしまおうと思いまして、その作戦に許可を頂けますでしょうか?(ニッコリ☆)」
「許可? それは、一体どういう……」
とてもいい笑顔でわざわざGMに許可を得てから行うような作戦を立てる彼女は、綺麗な顔をして結構イイ性格をしているな、と羽月は微妙に顔を引きつらせる。
その作戦は確かに特に問題がないものだが、見た目は派手でしかも危険極まりないものなので、騒ぎになりそうではあった。もしかしたら後で注意されるくらいはあるかもしれないので、すぐ傍に居合わせた自分たちに許可を得ようと考えたのも分かる話だ。
「ほう、面白いじゃないか。僕が許可するから、存分にやっていいよ~」
「室長、またそんないい加減な……。ルール上セーフでも、見た目的に少々問題がありますよ?」
「なに、そこは我々がフォローすればいいさ。それはともかく、君が目立ってしまうのはいいのかい?」
「私は構いませんけれど……そうですね、では……これを使いましょう」
そう言って袂から一枚のウィンドウを取り出し何かを選択すると、彼女の顔を覆い隠すキツネのお面が現れた。
「それでは、私はこれで失礼します」
「あ、ああ。行ってらっしゃい」「事後処理は任せて下さい」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
彼女は実に優雅にお辞儀をすると、人ごみの中をすいすいと泳ぐように抜けていった。
「驚きました。あんなに個性的なシステムの使い方をしている子がいるとは……。あのお面は、自作のアイテムでしょうか?」
「いや、あの色のウィンドウは魔法選択だったから……、コミックエフェクトだな。……自作ってところは同じだが」
「は、はあ。…………いったいどんな子なんでしょうね、彼女は……」
『みなさん。GMの方から許可を得ましたので、強引に終わらせて逃げてしまいましょう。事後処理もGMの方がして下さるそうです』
『おっけ~、清歌。旅行者さん三人を連れて中央ポータルまで行ったら、後はそのままイベント会場に飛んじゃおう』
『分かったわ』『おっけ』『承知した』
『……で、清歌。どんな作戦なのかそろそろ教えて欲しいな~、なんて思うんだけど』
『ふふっ、それは見てのお楽しみです』
『『『『…………』』』』
騒ぎの中心にキツネのお面をつけた少女が現れた。新たな人物の登場に、遠巻きに様子を見ているギャラリーがざわついた。
「彼女たちも言葉が過ぎたことは反省していますし、この辺りで退いては頂けませんか?」
「な、なんだとっ」「ってか、そのお面は何なんだ。バカにしてんのか?」
「このお面はちょっと事情がありまして……。それはともかく、引き際を心得ているというのも、良い殿方の条件だと思いますよ?」
「「んぐっ!」」
痛いところを突かれたのか、男性冒険者二名は言葉に詰まる。自分たちでも引き際の見極めを誤ったと自覚していながら、なんにもせずに引きさがっては男としての沽券にかかわる、とでも考えているのかもしれない。ヒートアップした頭では、このまま続ける方がよっぽどカッコ悪いということに気づけないようだ。
お面の少女は肩を落として一つ溜息を吐くと、改めて男性冒険者へと顔を向けた。
「女性を強引に誘っておいて反省の色が見られないのでは、仕方ありませんね。ちょっと懲らしめさせて頂きます」
「はっ!? 懲らしめる?」「ってか、一体何する気なんだ!?」
「ふふっ。では、反省……」少女は袂に両手を引っ込め再び伸ばすと、手に取ったソレを二人に向け、ひたりと狙いを定めた。「……して下さいね」
彼女が両手に持っていたのは、いわゆるサブマシンガンと呼ばれるフルオートの短機関銃だ。これが現実の銃ならば、引き金を引くと毎分千四百発もの弾丸をぶっ放すという恐ろしいシロモノである。
これにはギャラリーだけでなくナンパされた女性旅行者や仲裁に入った四人もこれには驚き、そこかしこで悲鳴が上がった。
「んな!!」「ちょ、まっ!!」
彼らの言葉など聞く耳もたないとばかりに容赦なく引鉄を引くと、「プシュシュシュ~」という妙に気の抜ける発砲音と共に銃口から大量の何かが一気に吐き出された。
ナンパに端を発した惨劇――にはならなかったようで一安心だが、緊迫した状況からの落差が激しく、当事者もギャラリーも一様にポカンとしてしまっていた。
そんなびみょ~極まりない空気などお構いなしに、何度かに分けて全弾撃ち尽くしたお面の少女はサッと武器を袂にしまうと、今度はパイナップルと称される手榴弾を手に持っていた。
「こちらはオマケです」
などと言いつつピンを抜くと、銃撃を受けて呆然としている冒険者二人の足元へポイッと投げ捨てる。次の瞬間、手榴弾は「ぼふん」というこれまた気の抜ける音と共に爆発し、綿菓子がぽこぽことくっついているように見える妙にファンシーな煙が広がった。
「なんだこりゃ!?」「なんも見えねぇ!」
文字通り二人組の冒険者を煙に巻いた彼女たちは、ナンパに合っていた三人の旅行者を連れて逃げ去ってしまったのであった。
「なかなか見事な手際でしたね。……さて、では私たちの出番ですね」
「良い仕事してたな~。こっちも負けてられんね」
室長と羽月は連れ立って、煙が晴れつつある騒動の中心へと向かい、二人組の冒険者と対峙した。
「私達は運営のトラブル対応チームの者です」
「事情は知っているから、まあ取り敢えず大人しくするように」
身分証を示した二人は、借り物のNPCアバターから自分自身本来のアバターへと姿を変えた。運営スタッフの制服という外見だけでなく、常時表示となった“GM”というマーカー表示を見て、冒険者二人の顔色が変わる。
「えっと、その……俺たちは……」
「ああ、大丈夫大丈夫。経緯は見ていたし、旅行者の女の子たちの方にも非はあったみたいだから、今日のところは特にペナルティーを与えるつもりはないよ」
「……ですが。ここまで騒ぎを大きくしてしまったのは良くありませんね。こういう事を何度も繰り返すと、処罰の対象となる可能性がありますので、今後は気を付けて下さい」
ペナルティー無しと聞いてあからさまにホッとした様子の二人に、羽月がぴしゃりと言い放つ。実際、これまでにもナンパが元のトラブルはあったが、ここまで騒ぎが大きくなってしまったのは初めてのことだ。
こんな大きな騒動を何度も起こされては、他のプレイヤーの迷惑にもなるので、迷惑行為として処罰の対象とせざるを得ない。そうならないよう釘を刺すために、羽月たちは二人の前に顔を出したのである。
「今回はまあ、イエローカードってところだ。今後は気を付けるように」
「は、はい。分かりました」
「……大きな騒ぎになりましたし、本来は軽いペナルティーを与えるのが妥当なところなのですが……」
羽月はいったん言葉を切ると、冒険者二人の姿を下から上までまじまじと見て、苦笑を浮かべた。――あのタイミングでよくもまあ彼女は、こんな芸当ができたものだ。
「まあ、今回は既に制裁を受けているようなので、それは無しということにしましょう」
「は、はぁ」「制裁っすか?」
「……一度、お互いの姿をよくご覧になって下さい」
冒険者二人が互いの姿を見て、同時に「は!?」と声を上げる。彼らの装備の上にはそれぞれ“ナンパ”に“ヤロー”とインクを落としたような点で書かれていたのである。――煙が晴れた後も、ギャラリーたちから妙に注目されていたのはこれが理由だったらしい。
「ああ、そのペイントの色は一時間ほどで消えるから安心するといい。まあこれに懲りたら、ナンパはほどほどにな」
「「……すんませんでしたー」」
大きく頭を下げた後、冒険者二人は取り敢えずこの場から直ぐに離れたかったようで、いずこかへと転移して行った。
それを見送った運営の二人もVRオフィスへと転移した。取り敢えず今回の件はこれで落着ということでいいだろう。
「あの子たちのお陰で、私達としてはかなり楽に片が付いてしまいましたね」
「だねぇ。毎回こう上手くいくといいんだけど」
「……まったく、その通りですね」
マーチトイボックスの五人はナンパ騒動の現場から抜け出すと、旅行者の三人とは分かれ中央ポータルへと来ていた。
ちょっと時間をロスしてしまったが、恐らくスタンプラリーイベントはクリアできるだろう。今回チャレンジするのは比較的短時間でクリアできると思われる、観光メインのステージなのである。
早速五人は神社と縁日ステージを選択し会場へと転移した。
「あれ、なにここ? 和服屋さん?」
「和服……というより、浴衣の専門店のようですね。それより、悠司さんと聡一郎さんの姿が見えませんけれど……」
「男子は別の場所に飛ばされたってことかしら?」
転移した場所はこれまでのように祭壇のようなものがある場所ではなく、浴衣を専門に取り扱っているお店といった雰囲気の場所だった。浴衣を着たマネキンが立ち並び、また数多くの布地のサンプルも飾られている。伝統的なデザインのものだけでなく、フリルの付いているものや、腰から下がスカートのように広がっているものなどバリエーションも豊富だ。
「あ、説明が表示された。このステージは専用の衣装を選んで行かなきゃいけないみたい。それとチェックポイントの小イベント中を除いて、武器防具は装備不能で、スキル類も全部使えないみたい」
「それってつまり、ここでは私らも旅行者と同じってことかしら?」
「そういうことになるね。……まあ、とにかく着る物を選ぼう!」
「はい。……折角ですから弥生さん。私の衣装を選んで頂けませんか?」
「ふぇ!? わ、わたしが、さやかのを?」
「(ニヤリ★)あら、イイじゃない。じゃあ弥生のは私が選ぶから、清歌は私のをお願いできるかしら?」
「はい、承知しました。……絵梨さんは、可愛らしいのも似合いそうですよね」
そうして衣装を選ぶことしばし、それぞれが選んで貰った衣装に着替えた。ちなみにあまり時間を掛けるわけにはいかないので、拒否権はなしということになっている。
お互いの感想は取り敢えず後回しにして、三人は衣装を選ぶと現れたポータルから、スタート地点へと転移した。
「あら、二人とも結構似合ってるじゃない」
スタート地点となる大きな鳥居の前で合流した悠司と聡一郎を見て、絵梨は開口一番、そう感想を述べた。なお男子二人は過去の経験上、買い物で女子を待っていた時、決して「遅い」と言ってはいけないと学習しているので、待たされたことについては何も口にしなかった。実に賢明な判断である。
さて、悠司は髷という髪型に合わせて無地の浴衣を、聡一郎は動き易さを重視して作務衣を選んでいた。悠司は着流しのお侍さん風で、聡一郎はどことなくお努め中の修行僧のような雰囲気を醸し出しており、それぞれなかなか似合っていた。
「う、うむ。絵梨たちも、それぞれ似合っている。……と、思う」
「ああ、似合ってる。確かに似合ってるが……、それは誰が選んだんだ?」
三人がそれぞれ自分以外の衣装を選んだと聴き、なるほどと納得し悠司は大きく息を吐いた。
絵梨は伝統的なデザインの浴衣だ。白地に色とりどりの朝顔の花が咲いている可愛らしい柄が、線の細いスタイルの絵梨に良く似合っている。普段はあまり可愛らしい柄を好まない絵梨はちょっと恥ずかしそうにしつつも、満更でもない様子が見えた。
弥生はというと水色をベースに金魚が泳いでいる柄で、しかもフワフワの金魚帯という、明らかに狙ったデザインの浴衣だった。低い背丈で童顔な弥生には、確かに似合ってはいる。ただ本人は微妙に――いや、かなり不本意のようだ。
問題は清歌である。藤色の袴に白衣、そして黒髪を紙で一つに束ねたその姿は、どこからどう見ても巫女さんであった。袴が緋色でないのは、ちょっとだけ自重したのかもしれない。
「弥生……、確かに清歌さんに似合ってるのは分かる。分かるが……」
「い、いいじゃない。っていうか、これ見よがしにこの衣装が置いてあって、清歌に着てみて欲しいな~って思っちゃったんだもん。しょうがないじゃん。それに浴衣だと、清歌の場合普段とあんまり変わらない感じになっちゃうし」
「あ~、まぁな~」「ふむ、確かに」「確かに、そね……」「そう言えば、ミニ丈の浴衣もありましたね」
悠司とて似合っていないとかいうつもりは毛頭なく、単に清歌にコスプレの定番衣装とも言うべきものを着せるのはいかがなものか、と思っただけなのだ。
「まあ、清歌さんが気にしていないんなら、別にいいんだが……?」
「はい、弥生さんに選んで頂いたものですから。ただ……」
「ん? 何か気になることが?」
「ふふっ……。いえ、ただ神職の装束を着た者が縁日で遊んでいるというのは、ちょっと面白い光景かな、と思ったものですから」
「「「「あ~~~」」」」
清歌のちょっとした懸念に、大いに納得する四人なのであった。
感想からご指摘を受けたので、光剣の仕様に関する補足を。
光剣系の武器は、実体が伴わないので物を受け止めることができません。これは物が光をすり抜けるのであって、光剣が障害物をすり抜けて攻撃できるということではありません。
一定の距離しか光が届かない懐中電灯のようなもので、光の当たる部分に攻撃判定があるということになります。
ちなみに設定としては、斬撃属性のある魔法を一定の範囲に発生させる装置としています。この設定だと常時MPを消費しそうなものですが、そうすると武器としては欠陥が多すぎるので、そこはゲームということで若干緩くしてあります。