表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第六章 スタンプラリーイベント
74/177

#6―08



「……ちょっと思ったんだけどさ、森林ステージはなんかすんごく正統派のオリエンテーリングだったよね。……って、本当のオリエンテーリングを知ってるわけじゃないから、イメージなんだけど」


「あー……まぁ、俺も単なるイメージだけどそんな感じを受けた。それだけに難易度は高かったよなぁ。地図から地形を正確に読み取らんと、すぐに迷っちまいそうな感じだった」


「うむ。それに魔物の襲撃も巧妙だったし、鏡の塩湖に比べて強かったな。中ボスの方は同じくらいの強さだったが」


「たぶん鏡の塩湖の方が特殊だったんでしょうね。あっちはチェックポイントを辿ると、景色が楽しめるようになっていたもの。観光がメインのステージってところでしょ」


 現在マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、スタンプラリーイベントのステージを一つクリアした後に余った時間を利用して、露店を開いているところである。


 お客さんに対応をしつつ合間に話す話題は、クリアした二つめのスタンプラリーについてだ。なお、清歌は似顔絵のお客さんである旅行者カップルと雑談をしているので、こちらの会話には参加していない。


 余談になるが似顔絵を描く時に清歌は特に自分から話しかけはしないものの、お客さんの側から話しかけられれば手を止めることなく笑顔で応対するので結構会話が弾む。


 弥生たちにとってかなり衝撃だったのは、いわゆるナンパ方向の下心満載で話しかけて来る男性客相手でもにこやかに、かつ華麗に受け流すという鮮やかな対応をしていたことである。そもそも作業中に話しかけられないような雰囲気を作ることも清歌ならばできるのだろうに、なぜわざわざナンパヤローの相手までしてやるのかと訊いてみたところ――


「ふふっ、あしらい方はちゃんと心得ていますので問題ありませんよ。むしろ楽しんでやっている似顔絵描きで、ピリピリした空気を作る方が面倒ですね」


 などと、ニッコリのたまって弥生たちを絶句させていた。どうやら清歌にとってナンパ男をあしらうことなど、初対面の相手と普通に会話をすることと大差ないらしい。考えてみれば清歌のようなお嬢様にとって、その手の対処法は必須のスキルなのだろう。


 閑話休題。今回五人は、鏡の塩湖と彩の泉ステージは観光メインだったので、次は最もオーソドックスなステージに挑戦してみようと相談して、山と森林のハイキングステージを選択し、これをクリアした。


「事前の予想通りだったけど、ずいぶん正統派の冒険だったわね。これは私の想像だけど、海と川ステージと、湿地ステージは同じような正統派じゃないかしら。逆に遺跡と縁日の方は、なんか特殊なルールがありそうね」


「ふむ、旅行者が選びそうなステージの方ということか。……観光コースも悪くはないが、俺としては今回のような正統派の方が面白い。戦闘バトルも緊張感があって良かった」


 鬱蒼とした森には数多くの魔物が生息していて、個体としてそれなりの強さがあるだけでなく、地形を活かして襲撃して来るという手強い相手ばかりだった。少なくとも瞬殺できるような魔物ではない。


 しかもただ単に手強いというだけでなく、戦闘が長引けばある程度移動することもあるしポジションも変わるため、戦闘後にいちいち現在地を確認し直さなければならないという問題があるのだ。


 ただでさえどっちを向いても樹木ばかりという方角を見失い易い場所だったので、それを怠ると逆に時間を大きくロスしかねなかったのである。


 チェックポイントを通過すると、今度は木々の密度がやや薄くなり山登りのエリアとなった。見通しが良くなった分戦いやすいかというとどっこいそんなはずもなく、大きな岩があったり、ぬかるんで足場の悪い場所があったりなどなど、こちらもかなりハードな戦闘となった。


 なお次のチェックポイントを通過すると再び森林エリアとなり、これを交互に繰り返すというステージ構成となっていた。


戦闘バトルは……、まあこれまでも強敵と戦うことがあったからいいんだけど、それよりあの地図は酷いと思わなかった?」


「あっ、それよそれ。私も最初に見た時、ナニコレって思ったわ」


「いや、っつーかむしろ今回の方がちゃんとした地図だったんだが……」


 このステージで最初に面食らったのは、支給アイテムの地図を開いてみた時だったのだ。鏡の塩湖ステージの地図は縮尺と位置関係が正確な絵地図といったもので、地図を見慣れていない初心者にも分かりやすい、いわばRPGのワールドマップ的なモノだった。一方、今回の地図はというと絵的な雰囲気の全くない無味乾燥なもので、橋や川などの記号の他は等高線ばかりという、初心者にはひじょ~に見づらい仕様だったのだ。


 悠司が言ったようにこちらの方が正式な地図であり、これを読み解いてチェックポイントを巡るというのは、確かに本格的な冒険、あるいはリアルなサバイバルという雰囲気があった。


「地図を読める清歌とユージがいて助かったわ、ホントに。ま、当たり前のように罠が仕掛けられてたけど……」


「あー、あったなぁ、罠。最短ルートがデカい岩で塞がれてたのには開いた口が塞がらなかったな」


「私は橋にびっくりしたな~。地図にはちゃんと橋のマークがあるのに、吊り橋どころかロープが渡してあるだけなんて酷いよね! ……あれ? っていうか、普通はどうやって渡るんだろ?」


「ふむ……、傾斜があればフックを引っかけて一気に滑り降りるというのも出来そうだが、そうではなかったからな。……おそらくレンジャーのように、膝を引っかけて逆さにぶら下がって、少しずつ進むのが一番安全なのではないか?」


「残念ながら私と弥生には無理そうね。……でもソーイチ、それって結構時間がかかるんじゃない?」


「確かにかかると思うが……、迂回するよりはましなのではないか?」


「「「あ~~」」」


 チェックポイント間を繋ぐルートは特に決められていないので、無数にあると言ってもいい。ただ地図を読み取って現実的なルートを考えると、最短ルートと迂回ルートが用意されていることが分った。


 迂回ルートを選択すれば、なだらかで歩き易く簡単なハイキングという道程になる。清歌たちは選択しなかったので知らないことだが、こちらを行けば魔物とのエンカウントも少なく強さもほどほどでしかない。しかし当然距離的には一番長く、制限時間内のクリアはかなり難しいものと思われた。


 逆に最短ルートは距離的にはかなり短いが道が険しく、また遭遇する敵も手強くなる。そしてなによりこちらの方には、必ずどこかに罠が仕掛けられていたのである。


 なお仕掛けられていた数々の罠については、生身の身体能力だけではクリアできるか怪しい者が約二名いるのだが、移動系アーツが充実している上に雪苺の浮力制御があるので、どうにかクリアできている。弥生が話題にしたロープ渡りも、浮力制御を掛けていれば手でぶら下がってすいすい進めるのである。


「今思い返してみると第一チェックポイントの小イベントは、その後の罠を暗示していたのかもしれませんね」


「あ、清歌お帰り~。似顔絵屋さんは一段落したの?」


「はい。ちょうどお客さんが途切れましたので、お喋りに混ざりに来ました」


 似顔絵屋のスペースを見ると、普段清歌が座っている椅子では飛夏がすぴすぴと眠りこけている。その上には現在小休止中であるという説明が、一文字ずつ泡のように浮かんでは消えるというのを繰り返していた。恐らく清歌がコミックエフェクトで自作したのであろう。


「お疲れ、清歌。……確かに言われてみれば、ルート上のアクシデントに似たモノが用意されていたような気がするわね」


「これをクリアできれば最短ルートも大丈夫ですよーってことか? や、だったらアーツ使用可能で全員クリアしなきゃならない……ってな設定にして欲しかったんだが……」


 第一チェックポイントの小イベントは、丸太やロープなどで作られた障害物を突破するという、いわゆるアスレチックと呼ばれる施設と系統としては同じもので、より高い難度のゲームも用意されていた。その高難度のゲームに、その後の最短ルート上に用意されていたアクシデントに近い物が複数あったのである。


 ちなみにこの小イベント、アーツや魔法の類は使用不能で、かつ現実リアルと同様に疲労するという条件下でクリアしなければならないという、超リアル仕様だった。ただその分クリア条件は少々甘めの設定で、五人中三人が突破できればクリアという扱いになり、かつクリア扱いになるパス権が全員合わせて三回分あったので、ちゃんと全てのゲームを突破できた。――言い換えると、悠司がものすごく頑張ったということである。


「あらいいじゃないユージ。結局クリアできたわけだし、敢闘賞も貰えたんだから」


「そうそう。それに悠司がクリアできた時って、こう……なんていうか感動があったよね!」


「あー、確かにソーイチと清歌の時とは違う感動よね。なんにしても私らではどう足掻いたって無理なゲームをクリアしてるんだから、凄いじゃないの」


「……オマエラ」


 奇妙な話だが、清歌と聡一郎が高難度のゲームを危なげなく鮮やかにクリアするより、同じゲームを悠司が結構苦労しつつどうにかクリアする方が、感動という意味では上だ。そこには短い物語があるのである。――と、この時は完全に無責任なギャラリーとなり下がっていた弥生と絵梨などは思うのだ。


 せっかく苦労してクリアできても微妙にズレた評価しか受けないことに不満を感じつつ、しかし間違いなくパーティーには貢献できているのだからまあいいか、と思ってしまう悠司は、相変わらず縁の下の力持ち的ポジションなのであった。


 なお他にも賞は用意されており、聡一郎はMVPを、清歌は技能賞を獲得し、それぞれ商品として記念ピンズ(アクセサリー効果ありの譲渡不能アイテム)をゲットしている。これらは必ずしも受賞できるわけではないので、三人は程度の差こそあれ間違いなく優秀な成績だったのだ。


「ああいった体を使うゲームも面白いのだが……、俺は中ボス戦だと思い込んでいたから、ある意味で驚かされたな」


「そういう先入観は確かにあったわね。でも次の二つは中ボス戦だったし、ソーイチも満足だったんじゃない?」


「うむ。どちらも手強くて、良い経験になった」


「確かに中ボスは苦戦したなー。っつーか、蜂軍団の方はヤバかった。アレはマジで死ぬかと思ったわ」


「あ~、あれはねぇ~。あのサイズの蜂が、群れになって襲ってくること自体が怖いもんね。それにコマンダーがコソコソ隠れてるなんて思わなかったし」


「以前のダンジョンでフェンサーに遭遇した時は二回りほど小さなサイズでしたから、あの大きさはボス仕様だったのでしょうね」


 清歌がサラッと言った言葉に、弥生は驚いて清歌をまじまじと見つめてしまった。ダンジョンは無事踏破しているし、今のキョトンとした様子からも問題なく対処できたのは分かっているが、あの時の清歌はまだ丸腰だったのである。


「清歌はフェンサーと戦ったことあったんだ……。っていうか蜂軍団は一対一でもやりづらい相手だけど、大丈夫だったの? あの時はまだまともな武器がなかったでしょ?」


「はい。けれど採取ツールがありましたし、ユキと千颯がいてくれましたから」


 ワイヤーで絡めとって従魔の攻撃に繋ぐという連携で斃したと聴き、更に驚かされる。従魔たちを上手に再配する清歌はある意味とても魔物使いらしく、また千颯の戦闘能力があればこその戦い方であろう。ただそんな頼りになる千颯にも欠点はあり、今回はそれが問題となった。


「……千颯は戦闘では本当に心強い子ですけれど、不向きな場所があると痛感しました」


「あー、確かに地形的に千颯は活躍できなかったからなぁ」


「単なる高低差があるっていうならともかく、あの密度の森の中とか極端に狭い場所では千颯の大きさでは活躍できないわね」


「はい……、これは魔物使いとして由々しき問題です。私も早く、どんな状況でも同じくらいの戦力になれるようにならなければいけませんね」


「…………ねぇ、清歌。そのココロは?」


「もっとたくさんの魔物モフモフを仲間にしたいですね」


 ニッコリのたまう清歌に、弥生たち四人は思わず吹き出してしまった。戦力や対応力云々も嘘ではないのだろうが、どう考えても魔物モフモフをもっと増やしたいという方が本音なのは明らかで、清歌もそれを全く隠そうとはしていないのである。


「プッ……。ま、浮島ホームにはまだまだ余裕があるし、第二次魔物(モフモフ)天国計画もいいんじゃない? でもそれは、スタンプラリーが終わるまでは我慢なさいな」


「は~い。承知しました」


 念のため釘を刺してきた絵梨に、清歌はクスリと笑って返事をした。せっかくの期間限定イベントをスルーするつもりは清歌にもないので、第二次魔物(モフモフ)天国計画は九月以降の本稼働後ということになりそうである。


「……さて、じゃ話が纏まったところで、次はどうする?」


 悠司の問いかけに自然とリーダーたる弥生に視線が集まった。六つのステージ全てに挑戦することは既定路線なので、順番についての拘りは特に無いのだ。


「う~ん、観光メインの次に冒険メインのステージを選んだから、この順番で行こうか? だから次は観光ステージから選ぼうよ。私は……そうだな~、縁日に行ってみたいと思うんだけど、どうかな?」


 四人とも弥生の提案に異存はなく頷いている。


「よし! じゃあ次は縁日に決まりだね! お祭りかぁ~、楽しみだな~」


「マテ、弥生。あくまでスタンプラリーなのを忘れるなよ? 縁日に遊びに行くんじゃないからな?」


「分かってるってば。……で~もっ」


 いったん言葉を切って弥生は四人を見渡し――


「神社と縁日がモチーフのステージだよ? 絶対、縁日絡みのミニゲームをクリアしなきゃならなくなると思うんだよね~」


 ――と、予想というよりも期待しているような明るい口調で続ける。多分に願望を含んでいても、ことゲームに関する限り弥生の勘は非常に良く働くので、心に留めておくことにする清歌たちなのであった。







 セットしたコーヒーメーカーがコポコポと音を立てて、コーヒーがもう少しで淹れ終わるかなと香奈が思った時、玄関のチャイムが鳴った。


 ドアホンの小さなディスプレイを覗いてみると、そこには仙代が手土産らしきものを手に佇んでいた。ただそれだけなのにどことなく雰囲気が柔らかく、幸せそうに見えるのは、本人が変わったのか、或いは告白が上手くいったと報告を聞いたから自分の見る目が変わったのか。――果たしてどちらだろうか?


 そんなことを考えつつ玄関のドアを開けて、仙代を招き入れる。


「いらっしゃーい。暑いでしょ、上がって上がって」


「ありがと、今日も暑いねー。今日は悠司くんと妹ちゃんは?」


「二人とも遊びに出かけてるから、今は私だけ。……だからリビングでまったりティータイムができるよ」


 リビングルームに仙代を通し、香奈は二つのカップにコーヒーを用意する。一つはブラックで、もう一つはミルクと砂糖を入れる。ケーキを皿に移し、コーヒーと一緒にトレイに乗せてリビングへと運ぶ。


「はい、お待たせー」


「ありがとう。好きな方を取っていいよ……って言っても、香奈はティラミスだよね」


「うん。じゃあこっちを貰うね」


 香奈はティラミスとブラックコーヒーを自分の方に置き、フルーツたっぷりタルトとミルク&砂糖入りコーヒーを差し出す。


 では早速頂きまーす――の前に、まず今日の主目的を果たすべく仙代は香奈に向き直ると、神妙な顔つきでぺこりと頭を下げた。


「この度はお口添えいただき、本当にありがとうございました。どうぞこのお礼の品(ティラミス)をお納め下さいませ」


「うむ、くるしゅうない。……ふふっ、私は悠司くんに話を通しただけで、実際にはなんにも協力は出来なかったけど、上手くいって良かったね」


「うん。ありがとう、香奈」


 というわけで、今回仙代は“告白作戦inミリオンワールド”の結果報告と、悠司たちの冒険者グループとの繋ぎを頼まれてくれたことへのお礼にやってきたのである。


 ティラミスの濃厚な甘さが口いっぱいに広がり、香奈の表情が思わずほころぶ。香奈は女性らしく甘いものが大好きで、ティラミスは特に好きなケーキの一つである。仙代も甘いものは好きなのだが、どちらかというと甘酸っぱいフルーツが多く使われているものの方が好みだ。


「ん~、美味しい。口利き料としては、ちょっと貰い過ぎな気がしちゃうな」


 そう言って香奈はコーヒーを一口飲む。不思議なことに香奈は甘いもの好きではあるが、コーヒーにせよ紅茶にせよ砂糖を入れない。なんでもお茶は苦みも含めて、そのままの味を楽しみたいらしい。


「それにしても、お礼はありがたく受け取るけど、こんなに急ぐことはなかったんだよ? この間みたいに学校帰りでも良かったのに」


「えーっとね、それは……その、そうなんだけど、学校の帰りだと……」


 仙代は何やら口の中でゴニョゴニョと言って、それを流し込むようにコーヒーを口にふくむ。よく見ると少し頬が朱くなっている。


「あっ、そっか、そうだよねー。学校帰りは彼氏くんと一緒だよねー。いやー、これは私の気が利かなかったわねー。私としたことがうっかりしてたわー。ほんとーにごめんなさいねー」


 ジトーッとした視線で見つめられながら、わざとらしい棒読みで図星を刺されて、仙代はさらに顔が火照っていくのを感じて思わず手で扇いでしまう。生まれて初めての彼氏という存在に慣れるにはまだまだ時間がかかりそうで、暫くは早見を彼氏と言われるたびにこんな反応をしてしまいそうだ。


 学校でも殊更隠す気は無いので、一緒に帰って放課後デートとかしたいなーとも思っているのだが、こんな調子で大丈夫なのか、自分の事ながらちょっと不安になってしまう仙代であった。


「えっと、まあその通りなんですけど……。私が部活を続けられるのも多分あとちょっとだから、帰る時間がなかなか合わなくなっちゃうんじゃないかなーって思うし」


 同じ部活をして一緒に帰る、という高校時代の貴重な思い出を作りたいということのようだ。


 照れながらも嬉しそうにささやかな希望を語る仙代を眩しそうに見ていた香奈は、一度ちゃんと本心を聞きたいことがあったと思い出した。


「ねえ、ムギ。私が会長選で当選したとして、ムギが部活を続けたいって思っているなら、無理に生徒会を手伝ってくれなくても大丈夫だよ? あっ! 勘違いしないでね? もちろん私は手伝ってくれると本当に嬉しいし、心強いって思ってるからね」


 目を見開いた仙代の様子に、香奈は慌てて補足をする。こういう時は自分の本心もちゃんと伝えなくては、いらぬ行き違いが生まれてしまうものである。


 香奈としては、せっかく彼氏彼女という関係になれた友人を、直後に自分の都合で引き離すようなことをしては気が引けてしまう、といったところなのだ。自分もそれに協力していたから、尚更そう感じるのかもしれない。


「それは大丈夫。予定通り生徒会を手伝うよ」


「でも、掛け持ちっていう方法もあるし……」


「あー、えっと、ゴメン。私の言い方が悪かったみたい。正確には部活は続けられなくなっちゃうと思うんだ」


 仙代は陸上部のマネージャーをしており、百櫻坂高校の運動部におけるマネージャーとは、いわゆる雑用係ではないのだ。選手たちの記録を管理したり練習メニューを作ったり、希望者には栄養管理のアドバイスをすることもあるという、結構本格的なものなのである。


 当然の事ながらスポーツ科学などを専門に学んだ指導者がついていて、そちらの分野に将来進みたいと思っている生徒にとっては一種の体験学習になると、地味に人気があるのだ。事実、それをこの学校の志望動機に挙げるものもいる。


 そんなこととはつゆ知らず、雑用係の延長線上と考えてマネージャーとなった仙代は入部当初かなり面食らった。しかし単なる雑用よりも遥かに選手の為になる、やりがいのある仕事だと分かり、早見が入部してからは本当に充実した部活ライフだったのである。しかし――


「そういうマネージャーだからこそ、選手皆を平等に見なくちゃいけないんだ。ただの幼馴染だった今までは普通に接してこれたけど……、今はもう絶対アッくんを特別扱いしちゃうから……」


「そっか。ムギも選手だったら問題なかったのにね……」


「あはは、私に運動部の選手は無理だよー。……そんなわけで、私はマネージャーを続けない方がいいと思うの。だから生徒会の手伝いをさせて欲しいんだ」


「そっか、分かった。その時はお願いね。……あっ、でもじゃあ私が会長選に落ちたらどうするつもりなの? 帰宅部になって、図書館で彼氏の帰りをいじらしく待つのかしら?」


「ひあっ!? い、いきなり何を……っていうか、会長選に落ちることなんて絶対ないから、そんな未来は考えていないよ!」


「そっかなぁー。……うん、ありがと」


 顔を見合わせて笑顔を交わす。部活と生徒会については二人ともそれぞれ思うところがあったので、相手の本音をちゃんと聞けてホッとしたのだ。


「あ、それで<ミリオンワールド>はどうだったの? 私も妹といつかは言って見たいと思ってるから、色々聞かせてよ。……もちろん、告白するところまで、ね」


「んぐっ。えっと、告白は最後だったから……本当にイベントをクリアした後にしたんだよ。えっと<ミリオンワールド>でまず驚いたのは…………」


 今後の学生生活に関わる重要なことを話し終えた二人は、<ミリオンワールド>の話にときどきコイバナを織り交ぜつつ、香奈の妹が帰宅するまでずっとお喋りを楽しんだのであった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ