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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第六章 スタンプラリーイベント
73/177

#6―07



 第三チェックポイントの小イベントを開始すると、折角雨が降って鏡の塩湖となった景色が、再び靄に包まれた白い世界に戻ってしまった。――より正確には全体的に靄が満ちているというわけではなく、一つの方向のみ見通しが良く、それ以外は先ほどよりも靄が濃く一メートル先も見通せない。つまり両脇が靄の壁でできた一本道と言ってもいいだろう。道幅はおよそ五メートルといったところだ。


 考えるまでもなく進む方向は決まっている。ただボス戦のような気配も無く、前回の川下りのように目的がはっきり見えているわけでもない。


 はて、これは一体――と周囲を見渡していると、七人の足元に光る魔法陣っぽい何かが現れた。っぽい(・・・)というのは、魔法陣と言えば普通幾何学模様やそれらしい文字――例えばルーンなど――などが配置されているものだが、これは二重の大きな円とその間に七つの円が配置されているだけなのだ。小さな円の直径は六十センチほどで、人一人がちょうど入れる大きさである。


「魔法陣……ってか、アレだ。ボードゲームのルーレットっぽいな」


「あ~、どっかで見たことあると思ってたけどソレかぁ。そんで、小さな円が七個あるってことは……」


「ふむ。この小さな円の上に立てばいいということだろうか?」


 七人は顔を見合わせてそれぞれ一つ頷き小さな円の中に入る。すると小さな円が一つずつ時計回りに輝き出した。はじめはとても速く点滅しているように見えていたのが、次第にゆっくりとなりやがて止まった。光る円の上にいたのは――


「ムギちゃん……、当たっちゃったね……」


「うん、大当たりっ! ……でも、なんかこれって、当たらない方が良かったような気がするんだけど。……みんな?」


 光る円の上に乗っている仙代は、一旦早見と顔を見合わせ、そして嫌な予感は気のせいだと言ってほしくてマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人を見渡す。しかし残念ながら彼女たちにはそれを否定する根拠がどこにも見当たらなかったようで、気の毒そうな表情で首を横に振っていた。


「あっ、ルール説明が出てきたよ。……えーっと、タイムアタック? って、先輩が消えた!?」


 ルール説明を読みあげようとした瞬間、仙代の姿が転移する時のように消える。もっとも今回に限っては探す場所が限られる。一本道の先、七~八メートルほど離れた場所に、大きな鳥籠に閉じ込められた仙代をすぐに見つけることができた。


「アッくーん!」


「ムギちゃーん! くそっ、出られないー!」


 魔法陣に残されている六人の方も、いつの間にか一番外側の縁に沿って見えない壁ができていて、外に出ることができなくなっていた。仙代は鳥籠の隙間から手を伸ばし、早見の方は見えない壁をドンドンと叩いて互いの名を呼んでいる。気分は引き裂かれた恋人そのものだ。


 ちなみにサイズ的にルーレット魔法陣の中に入れなかった千颯も、足元に光る円が出現してそこから外には出られなくなっている。普段はあまり見られないお座りポーズでちょこんと座っている姿がなかなか可愛らしい。


「お~い! 早見も先輩も落ち着け~! これはイベントなんだから、本当にどっかに攫われたりしないから!」


「「あ!」」


 悠司の呼びかけで当たり前のことに気づいた二人は、同じように顔を赤くして照れ笑いを浮かべていた。


「あら、開発の魔の手に引き裂かれた悲劇の二人をもうちょっと見ていたかったのに、ちょっと残念ね」


「……絵梨、それは流石に趣味が悪いというものだろう」


「フフフ、まあそうなんだけど。……いいじゃない、二人をネタにニヨニヨして楽しむくらいは(ヒソヒソ)」


 聡一郎に窘められた絵梨が、早見には聞かれないようにこっそりと耳打ちする。その不意打ちに不覚にもドキッとしてしまった聡一郎は、若干体を硬直させつつ相槌を打った。


 互いのことを本気で心配している二人を傍からニヨニヨするのは悪趣味ではあるが、絵梨の言わんとすることも分からなくはない。砂糖を吐きたくなるようなやり取りを間近で見せられると、ちょっと無責任な見物をしてみたくなるという気持ちは、聡一郎にもあるのだ。


「えーっと、ルールは結構単純だよ。先輩を助け出せばクリア。クリアタイムによって何かこのイベント専用のボーナスアイテムが貰えるんだって」


「魔物は出るのかしら?」


「うん。でも斃すかどうかに関わらず、短いタイムでクリアした方が高得点になるから、無視しちゃってもいいかも」


「それにしても鳥籠から助け出すだけでしたら、そう難しい話ではありませんよね?」


「うむ。……だから、あの鳥籠ごとどこかへ連れていかれるのではないか?」


「ま、そんなところでしょうね。と、いうわけですから先輩、何があっても慌てずにそこで待っていてくださ~い。早見君も、魔物が出るから前に出過ぎないように」


 鳥籠の中で所在なさげにこちらの様子を伺っている仙代に、絵梨が呼びかけた。彼女に落ち着いていてもらわないと、早見が慌てて飛び出していきかねない。


「はぁい。大人しく待ってるから、なるべく早く助けに来てねー!」


「了解で~す! じゃあ、足の速い清歌と聡一郎は前に出て先輩の救出をお願いね。私らは早見君を護衛しつつ後を付いて行くってことで、おっけ~?」


 弥生が魔法陣に閉じ込められたままの五人を見回しながら方針を確認する。全員が頷いたのを確認してから、弥生はイベントスタートのボタンに指を伸ばした。


「よしっ、では、位置について、レディー……、ゴー!」


 弥生がボタンを押すと同時に足元の魔法陣が消え、見えない壁も消え去った。それと同時に先行する予定の聡一郎と清歌が、鳥籠へ向かってスタートダッシュを決める。


 これで鳥籠に取りつくことができれば話は早いのだが、流石にそんな簡単なイベントではない。両脇の靄の壁から一体ずつ現れた白い飛竜ワイバーンが、足で握っていた鎖を鳥籠に引っ掛けて飛び上がったのである。


「ワイバーン!? 初めて見る魔物だな……。取り敢えず、ハンマーショット!」


 悠司のアーツに続き絵梨のマジックミサイルと弥生の速射魔法がワイバーンに向けて放たれる。ヒットするかに思えたそれらは、しかし振り向いたワイバーンが口から白い火球を吐き出し相殺してしまった。


 三人の遠距離攻撃とほぼ同時に、清歌が鳥籠に取り付こうと万能採取ツールのワイヤーアンカーを飛ばしたのだがこれもあと一歩で届かず、やむなく回収して武器をマルチセイバーへと持ち替えた。


「ちっ! やっぱ速攻は無理だったか」


「だね、そう簡単にはいかないよ。……清歌、聡一郎! 気を付けて、横からソルティードッグ!」


「うむ。大丈夫だ」「はい。千颯もよろしくね」「ガウッ!」


 靄の壁から三体ずつ飛び出してきたソルティードッグを、聡一郎はボレーキックよろしく次々と蹴り飛ばし、一方清歌は槍形態にしたマルチセイバーを器用に扱ってひょいひょいと放り投げ、千颯が噛みつきと闇の武具(ダークアームズ)で殴り飛ばしていた。驚くべきことに二人とも、若干速さは落ちているものの走る足は止めていない。


「すみません。流れ弾が二体、そちらへ行きます!」


「オッケー、問題ないわ! 弥生、悠司。両脇にぶっ飛ばしちゃって!」


 流れ弾となって飛んできた二体のソルティードッグを、弥生と悠司がアーツで靄の壁の中へと弾き飛ばした。


 清歌と聡一郎にしても必ずしも斃したわけではないのだが、両サイドの靄の中に吹っ飛ばした個体は、未だ再登場していない。どうやらコースアウトさせた魔物は、撃退したという扱いになるようである。


「…………よし、やっぱり。清歌、ソーイチ、ザコは適当にこっちに回しちゃっていいわ! 弥生とユージが適当に吹っ飛ばしちゃうから」


「分かった!」「よろしくお願いします!」


 前衛二人が更に鳥籠との距離を詰めていくと、今度は前からゴロゴロと大小三種類の白い球が転がって来た。その数、合計十二個。恐らくこれらの球は、三段重ねに合体してソルトマンになるのだろう。


 見た目は真っ白いボールのようでも、これらの球は塩の塊と似たようなものだ。重量的にソルティードッグのようにホイホイ飛ばすのは難しいだろうと判断した清歌と聡一郎は、ソルトマンの対処を弥生たちに丸投げすることにして、全ての球を躱した。


 後続の弥生たちが合体前の球を左右に弾き飛ばしている時、聡一郎が清歌よりも数歩早く鳥籠を間合いに捕らえる。


「ステップ、ハイジャンプ……。纏勁斬、連撃!」


 一気に距離を詰めて鳥籠に飛び乗った聡一郎が、鎖に(・・)アーツを叩きこむ。すると鎖全体が光になって、パキンと割れるようなエフェクトともに消え去った。


 バランスを崩した鳥籠がガクンと一方に傾く。


「わ、わわわーー!」


 当然、中で大人しく座っていた仙代も床を滑り落ち、檻にへばりつくような態勢になってしまった。特にやることの無い囚われのお姫様状態だった仙代は、次々と迫って来る球を華麗に躱す二人を「凄いなー」などと暢気に見物していたのだが、どうやら気を抜き過ぎていたようである。


「クギェーー!」


 フリーになったワイバーンが、鳥籠の上でもう一方の鎖を狙っていた聡一郎に襲い掛かる。この足場の悪い状況で、空を飛ぶ敵と一対一(タイマン)はいくら何でも分が悪い。聡一郎は無謀な挑戦は避けて鳥籠から飛び降りた。


 そこにワイバーンが急降下して追撃を掛けるが、それを見逃すような清歌ではない。マルチセイバーのワイヤーを飛ばし首の辺りに絡みつけると、すかさずアーツを発動させた。


「ショックバインド! 千颯!」「グワゥッ!!」


 ショックバインドの効果で痺れたワイバーンが墜落し、そこに千颯がダッシュで近寄り渾身の右ストレート(by闇の武具の右腕)で、靄の壁の中へと殴り飛ばした。


 片方のワイバーンの撃退に成功した清歌と聡一郎はアイコンタクトを取り、一本になった鳥籠の鎖を破壊するべく再度仕掛けようとした。しかし――


「ちょ、ちょーっといいかな。たぶん、この鎖を切ったら鳥籠が落っこちるよね? 結構、衝撃が来るんじゃないかなーって思うんだけど……」


「うむ。……だが、衝撃が来ると覚悟しているなら何も問題はないだろう」


「この程度の高さでしたら着地の瞬間に足を大きく屈めれば、衝撃はだいぶ軽くなりますよ」


「…………へ、へぇーー」


 助けてもらう分際で贅沢とは思いつつ、このまま鳥籠ごと落っことされるのはちょっと怖いなと思い仙代は懸念を伝えたのだが、いかんせん相手が悪かったようだ。清歌と聡一郎なら問題なく対処出来てしまう程度のことなので、バッサリと切り捨てられてしまう。


「ちょっと清歌、聡一郎~。みんなが二人と同じことができると思ったら大間違いなんだからね? え~っと、浮力制御は先輩に掛けられないの?」


 そこに助け舟を出したのは、鳥籠の中で若干絶望的な表情をしている仙代を不憫に思った弥生であった。なんだかんだで<ミリオンワールド>内ではそれなりに危険なことも経験している自分たちならともかく、初体験の旅行者、それも平均的――泳ぎは平均以下――な身体能力しか持たない仙代には少々酷というものであろう。


「それは無理ね。確か旅行者には普通の魔法はかけられないはずよ。……清歌、鳥籠の扉を開けて助け出すことはできない?」


「扉……、確かに壊すことができるかもしれませんけれど、鎖よりも時間がかかりそうです」


「あ~、ワイバーンからちょっかい出されそうだよね……。ま、そこは私らがちゃんとフォローするから、取り敢えず一度試してみよう」


「……その前に新手が来たぞ! サラマンダーが三体。聡一郎、清歌さん、気を付けろ! 白い三連星だ!」


「なんだ、それは?」「白い……三連星? なんでしょう、それは?」


 RPGに限らず色の揃った敵が三体出てきたときの定番とも言える台詞は、残念ながら前衛二人には通じなかったようで、首だけでガックリする悠司であった。とはいえ、悠司とて単なるボケをかましたわけではない。この手の敵は作る側も、プレイヤー側の期待を裏切らないよう、ちゃんと仕込みがしてあるものなのだ。


「だからジェットでストリームな攻撃が……」


「ユージ、その説明じゃわからないわよ。二人とも! 要するに高度なコンビネーションを仕掛けて来るかもってことよ。気を付けて」


 ――などと後衛組がアホなやり取りをしているうちに、前衛後衛間の横から三体連続で出現したホワイトサラマンダーが、これまで見たことないようなスピードで前衛の前に回り込んだ。


 白い()煙を上げながらドリフトで回り込んだホワイトサラマンダーは、一見正面から見ると重なって一体のように見えていたが、一番前の個体がブレスを吐くと、後続が少しずつズレて二体目三体目と次々とブレスを吐き出した。


「わ、凄いですね!」「うーむ。なかなか面白い連携だ」


 清歌と聡一郎とってはこの程度の攻撃なら避けるのは簡単だ。それぞれびみょ~に場違いな感想を言いつつ、ジャンプとエアリアルステップでブレスによる領域を跳び越え、再び鳥籠への接近を試みる。


 しかしホワイトサラマンダーは前衛二人にターゲットを絞っていたようだ。二人が頭上を跳び越えたと見るや、全く同じタイミングで三体揃って再びズザザーッと塩煙を上げながらぐるりと百八十度ターンを決めた!


「ちょ、ちょっと待ちなさい! トカゲにそんな動きが出来るわけないでしょ! 自動車じゃないんだから……」


「っていうか、これってアノ三連星の攻撃じゃないよね!?」


「んなことより、聡一郎、清歌さん! 三方から囲まれるぞ!」


 ホワイトサラマンダーは中央の個体が前衛二人を追い抜いて再度反転し、包囲する態勢を取り、今度は跳びかかろうと身を屈めた。


「聡一郎さん、千颯、タイミングを合わせて避けて下さい」


「承知!」「ガウッ!」


 清歌はマルチセイバーを組み替えると、両手剣モードの長大な光の刃を発生させつつ身を屈めてぐるりと一閃する。そうして三体まとめて跳びかかりの出鼻を挫くと、素早く駆け出し前の個体を踏みつけて大きくジャンプし、鳥籠にワイヤーを引っかけた。


「なっ! 奴を踏み台にした!?」


「おまっ……、それは俺が予約してた台詞……」


「フフフ、なによそれ。早い者勝ちよ(ニヤリ★)」


「っていうか、黛さんはそのネタを知らなかったはずなのに……」


「まぁ、それをできちゃうのが清歌なんだよ。っていうか、早くサラマンダーを仕留めるよ! 悠司はワイバーンに牽制を入れて! ステップ! ブーストグラビティーヒット!」


 弥生はここが勝負どころとホワイトサラマンダーへと一気に肉薄し、アーツを用いて叩き潰す。残る二体の内一体は聡一郎が仕留め、もう一体は千颯が掴んで靄の向こうへとブン投げていた。


 一方、鳥籠に取りついた清歌は、慎重に檻を伝って扉へとたどり着いたところである。空を飛ぶワイバーンに釣り下げられ、ゆらゆらと不安定に揺れる鳥籠を降りるのは清歌にとっても結構難儀だ。


 マルチセイバーから光の刃を出し、扉に取り付けられている頑丈そうな錠前に突き立てた状態で留める。ダメージが連続で入った錠前が光り、やがてパキンと割れて消え去った。


「お待たせしました、先輩。……えいっ!」


「あ、ありがと……って、ええーーっ!」


 鳥籠の扉を開けて中を覗き込んだ清歌は、先輩に一言挨拶をするとついでのように扉の蝶番も破壊してしまった。落下した扉がガシャーンと派手な音と塩煙を上げた。


 呆気に取られている仙代に清歌はニッコリと笑い――


「では、私はちょっと上の魔物の相手をしてきますので。早見さん! 先輩を受け止めてあげて下さいねー」


 そう言うと清歌は浮力制御を掛け、鳥籠から跳び上がった。さらに雪苺にエイリアスを複数生成させて、ワイバーンの気を逸らせるように全方位攻撃を仕掛けさせた。


 雪苺からの攻撃で翻弄しつつ、清歌は隙を見てはエアリアルステップで横に(・・)踏み込み、光る斬撃を加える。


「ひあぁ~、まゆずみさん、かっこいい~、なぁ~~」


 そんな清歌の華麗なる姿を鳥籠越しに見つめる仙代は、なにやら頬が朱く染まっている。――もしや、再び新しい扉が開きかけているのだろうか?


「わわ、アレはマズい気がするよ~。ほらほら早見君、先輩をキャッチに行って。早く早く!」


「え、ええ、そうね。魔物が出てきたらこっちで何とかするから、ほら、急いぎなさいな!」


 仙代に新しい扉を示してしまった責任からか、弥生と絵梨がかなり本気で早見を急かす。冗談というか早見を焚きつける為の演技だったはずのものが、二人の関係に致命的な亀裂を入れてしまっては目も当てられない。


 弥生たちも仙代が本気になるとまでは思っていないが、不安の芽は早めに摘んでおくに限る。なにしろ清歌が相手となると、まさか(・・・)が起きてしまいそうな気がするのだ。


「お、おう。分かった」


 頭の上に(ハテナ)マークを浮かべつつ、早見は鳥籠の元へと走る。


「ムギちゃん! 今ならモンスターもいないから、飛び降りて!」


 意識がどこか別の領域へ飛びかけていた仙代は、早見の呼びかけで我に返ると、扉の枠を両手で掴んで下を覗き込んだ。


 三メートルほど下に、走りながらこちらを見上げている早見がいた。


「で、でで、でもアッくん。……結構高さがあるよ? 大丈夫、かな?」


「大丈夫! 僕が受け止めるから!」


 力強く断言する早見に、仙代はドキッとして思わず胸を押さえる。同時に飛び降りることの恐怖は綺麗に消え去っていた。


 仙代は一歩踏み出し鳥籠の縁に足を掛けた。


「行くよ、せーのっ!」


 掛け声とともに仙代が思い切って飛び降りる。そして早見がその体を見事にキャッチした。――結構大きかった衝撃を完全に殺すことができず、尻もちをついてしまったのはご愛敬であろう。


「お帰り、ムギちゃん」「うん、ただいま。アッくん」


 囚われの仙代が早見に抱き止められた瞬間、鳥籠と残っていたワイバーンが光の粒となって消えた。――タイムアタックイベント、クリアである。







 第三チェックポイントからゴール地点までの道程は、この上なく快適だった。というのもタイムアタックイベントのクリア報酬で、魔導馬車とやらをゲットしたからである。


 魔導馬車というアイテムは、馬の付いていない馬車の車体だけのような外観で、御者台の中央にハンドルとアクセル、ブレーキが付いていて、魔導原動機なる動力で動くという、要するに自動車的なモノである。ちなみに屋根とドアが付いている箱型の物ではなく、荷台に車輪が付いているだけのシンプルな馬車である。


 なお魔導馬車はクリア報酬の最上位アイテムで、清歌たちは最速クラスでイベントをクリアしていたのである。クリア報酬は他にも自転車や、一定時間街道システムをどこでも使えるようになる使い捨てアイテムなどがあり、全て移動に関するアイテムだった。


 魔導馬車は一体どういう構造なのか揺れも少なく、鏡の塩湖を行く旅はとても快適で、同時に徒歩よりもかなり速く移動できた。それによって浮いた時間は、時折馬車を止めて記念撮影をしたり、戦う必要が特にない魔物との戦闘バトルをしたりと、プラスアルファの遊びに使うことができた。


 こうして最後のルートはこのイベントを初めてからもっとも簡単に、そして最も短時間でクリアし、七人は遂にゴールへと到着したのであった。






「……空飛ぶ毛布は最初ちょっと怖かったけど、空からの景色は綺麗だったね。風も気持ちよかったし」


「うん、そうだったね。あ、でもみんなが言ってた意味が分かったね」


「あっ、たしかに空飛ぶ毛布でひとっ飛びしたら、このイベントは簡単にクリアできちゃいそうだよね」


 現在、コースクリアのご褒美イベントを利用し、時間帯を真夜中、それも雲一つない星空が広がっている天候を指定して、鏡の塩湖の中央付近に七人は転移していた。なお、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は頃合いを見計らい、早見と仙代からさりげなく距離を取って、二人の視界に入らない場所から様子を見守っている。


 満点の星空が鏡写しに上下に広がる幻想的な光景の中、早見と仙代は寄り添って、しかし拳一つ分だけ離れて今日の出来事について話していた。


 楽しいこと、ちょっと怖かったこと、エキサイティングだったことなど話題は尽きないはずなのに、二人の会話は弾んでいるとはいい難く、今も言葉が途切れてしまっている。


 というのも互いに何かを言い出そうと相手の様子を伺い、その度に何故か目が合って思わず顔を逸らし、誤魔化すように何か話題を探す――というのを繰り返しているためである。


 流石にそろそろ二人とも、互いに相手を意識しまくっているということには気づいているようで、ではどちらが先に切り出すのかという、いわばチキンレースのような状態になっていた。


 ここで言い出せなければ、もう一生告白なんてできない様な気がする。なにより親友の弟とその友達を巻き込み、ここまで御膳立てしてもらっておいて、何も出来なかったでは申し訳が立たない。


意を決した仙代は、この素敵な景色の空気を大きく吸い込むと、なけなしの勇気を総動員して早見へと向き直った。


「アッくん。私……、私ね、あなたのことを……」




 三つ並んだ塩塚に身を隠したマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の面々は、少し離れた場所に見える男女のシルエットをやきもきしつつ見守っていた。


『なんていうか、こう……、じれったいわねぇ』


『う……、うむ。なんというか、背中をドンと押したくなるな』


『ほー、聡一郎でもそういう感想になるんだな。……だけどまあ、あの様子から察するに、相手が告白しようとしているのには気づいてるんじゃねーかな』


『あ、私もそう思う。う~ん、こういう時って告白したいもの? それともされたいもの? どっちなのかな……』


『たぶん……どっちも、よ。自分から勇気を出して踏み込みたいって気持ちも、思いを伝える言葉を相手から聴きたいっていう気持ちも、たぶんどっちも本当じゃないかしら』


『……そっか。そういうものなんだね』


 その時、寄り添う二つの人影に動きがあった。背が低くてスカートを履いている人影、仙代の方が早見に向き直り半歩踏み出すと、早見の顔を見上げて何事かを伝えている。それはシルエットでしかないのに何故か表情も分かりそうな、必死さがこちらにまで伝わって来るようだった。


 向かい合った早見が一つ頷くと、感極まった仙代が飛びつくように抱きついた。早見の方はちょっと慌てて手をワタワタさせていたが、やがておずおずと仙代の背中に手を回した。


「「「「「ふぅ~~~」」」」」


 思わずため息を漏らした五人は、顔を見合わせ吹き出してしまった。いつの間にやら皆、固唾を飲んで真剣に見守っていたようだ。


「ま、なんにしても上手くいったようで良かったな」


「うむ。そう言えばそもそも悠司が頼まれたことだったからな、気をもんだだろう」


「そう言えば、結局双方から頼まれていたっていうネタ晴らしはするの?」


「あ~、今となっては笑い話になりそうだね。それもいいんじゃないかな?」


「ふふっ、確かにそれもいいかもしれませんね。……それはそれとして、皆さん。ちょっとお二人を祝福してあげませんか?」


 クスリと笑って清歌は一枚のウィンドウを四人に見せた。それはコミックエフェクトのユーザー定義ウィンドウで――


「わ、これスゴイ」「うむ。鏡の塩湖にも合うな」「そうだな。ちょっとからかうぐらいいいだろ」「ええ。盛大に冷やかしてあげましょ」




 好きな人に抱き締められるという幸せを噛み締めていた仙代は、不意に響いたドーンという大きな音に驚いて空を見上げた。


 そこには夜空を彩る星よりもなお明るい、美しい大輪の花火が咲いていた。


「「わぁ~~!!」」


 思わず二人は離れて声を上げてしまう。離れても自然に手を繋いでしまっているのは、彼氏彼女という関係になった証かもしれない。


 こんなにタイミングよく花火が打ちあがったということは、協力してくれた五人が何かをしてくれたのだろう。きっと皆が自分たちを祝福してくれているのだろう、とここまではちょっと照れ臭さはあるものの普通に感動していたのだが――


「こ、これって僕たちの似顔絵!?」


「し、しかも相合傘にハートマークまでー!?」


 清歌がそのスキルを無駄に使いまくった花火で、夜空一杯を使って冷やかされまくった二人は、恥ずかしさの余り身悶えている。


 そんな二人の様子を見てマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、静かに親指をにゅっと立てるのであった。





白い三連星の動きは、大元のネタとしてはかなり前の自動車のCMです。

バ○ュー○アタックはあまりメジャーではないんでしょうね……。残念(泣)

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