#6―04
イベント参加用ポータルから七人が転移した先は、一見するとポータルゲートが消えただけで何も変わっていない、六つの泉のある広場だった。ちなみに六つの泉は七人が立っている場所を中心にして、時計回りで黄、緑、青、紫、赤、橙という色相環に準じた並びになっている。
旅行者で<ミリオンワールド>初体験の早見と仙代は、何が起きるのか期待していたというのに肩透かしを食らい、拍子抜けしたという表情である。しかしマーチトイボックスの五人は、この奇妙に静かな、一旦こちらを油断させるような雰囲気にピンとくるものがあった。
「これはきっとボス戦だね~。みんな気を付けて! たぶん泉が怪しい?」
「だろうな。……ってか、これで空から襲ってきたらこのシチュエーションの意味が分からん!」
「先輩と早見君も、いつでも反応できるようにしておいて下さい。それから、ヘンなものが出てきても驚かないように」
「ヘンなもの!? っていうと、例えばどんなのだ?」
「まあ、泉から出てくるからと言って、魚とは限らんということだ」
「えーっと、ボス戦っていうのは確定なのかな?」
「確定のようです。皆さん、青の泉から何か来ます!」
油断なく周囲の気配を探っていた清歌が、彼女から見て左手の方にある青色の泉にさざ波が立っているのに気が付いて注意を促した。
全ての視線が青の泉に注がれたちょうどその時、水しぶきを上げて長い魚のような魔物が跳び上がり、七人の頭上から雨を振らせつつ反対の位置にある橙の泉へと飛び込んだ。
魔物の大きさは目測で、体の厚みがおよそ一メートル半、体長は十メートル以上十五メートル未満といったところだ。対して泉は大きいものでも差し渡し四メートル程度で、深さも一メートル程度のように見える。どう見ても泉に収まりっこないサイズなのだが、この魔物は泉の中に魔法陣を発生させてそこに体を納めているらしい。
「冷たっ! も~、このステージは寒いんだから、水を掛けるのは止めて欲しい」
「同感ね。ダメージが無いのは救いかしら……。ま、いいわ、来るわよ!」
橙の泉から水しぶきを上げて再び頭を出した魔物は、今回は跳び上がることはなく、三メートルほどの高さで鎌首をもたげるようにして、七人の方へ頭を向けた。
細長い体で背鰭は頭に近い部分だけ鬣のように大きく、胸鰭と腹鰭はオールのように長く伸びている。全体的なシルエットはリュウグウノツカイによく似ているが、唯一頭部だけは魚というよりも東洋の龍に近い。
イズミノヌシという名の魔物が、その迫力のある顔の口を大きく開けて雄たけびを上げた。
「なんかチャージしてるわね……、水属性で直線状の範囲攻撃。……ブレスが来るわよ! いつでも避けられるようにしつつ遠距離攻撃、聡一郎はブレスを躱して接近戦を仕掛けてみて! 四連、マジックミサイル!」
絵梨の指示に従い、弥生の砲撃、悠司のハンマーショット、そして清歌は雪苺にウィンドカッターを撃たせて自身はマルチセイバーの刀身を一本放つ。全ての攻撃がイズミノヌシの頭に着弾し、相応のダメージを与えた。
しかし残念ながらチャージを中断させるには至らず、遂にイズミノヌシは頭を前に突き出してブレスを放った!
「シールド展開! 二人は私の後ろに!」
シールドを張った弥生の後ろに、早見と仙代が隠れる。このイベントが始まってから数度の戦闘を経て、これがベストと判断されたフォーメーションである。
早見自身は基本的に運動神経が良く瞬発力もあるので、魔物の攻撃もある程度間合いが離れていればどうにか避けることができる。ただ、仙代の方はというとそんなに上手くはいかず、早見はそんな彼女をどうしても気にしてしまうために、結局二人揃ってあまり機敏な動きを期待できないのだ。
ちなみに清歌が仙代に張り付いて護衛をする、というのも悪くはなかったのだが、例の誘惑演技が尾を引いているらしく仙代が挙動不審気味になり、離れている早見も若干注意力散漫になる為に、あえなく没となったのである。
一直線に吐き出されたブレスを真っ正面から受け止めた弥生の斜め後方に、絵梨と悠司がフォローに着く。絵梨は盾を構え、悠司は破杖槌の機能と同じシールド魔法を使用して、左右に分かれたブレスの空白地帯を更に拡げた甲斐あって、後ろに隠れている早見と仙代はノーダメージだ。
<ミリオンワールド>での水属性ブレスは水流が吹きつけられるのではなく、火属性ブレス――要するに火炎放射的な――の色違い、水色のバージョンとなっている。色こそ違えど、轟々と音を立てて勢いよく吹きかけられる炎のようなものに包まれるというのは、なかなかにスリリングだ。
「すっ、凄いな! ザコ敵の攻撃とは迫力が桁違いだ」
「そ、そ、そうだね、かなり怖いかも……」
冒険者のように弱い魔法などから徐々に慣らしていない旅行者にとっては、ボスクラスの魔物が放つブレスに包まれるというのは、凄まじい迫力があったようだ。仙代はかなり怯えて、早見にしがみ付いてしまっている。
「あら、なかなかイイ雰囲気みたいじゃない(ヒソヒソ)」
「や、本人たちはそれどころじゃないみたいだぞ。ってか、今さらつり橋高価でもないだろ、あの二人の場合(ヒソヒソ)」
「ちょっと、二人とも余裕ぶってる暇があったら、回復してくれない!? 結構、削られてるんですけど!」
後ろの二人の様子をチラ見しながらニヨニヨと人の悪い感想を言い合う二人に、先頭で体を張っている弥生が苦情を言う。
確かに、特に問題ない程度のダメージしか受けていない絵梨と悠司に比べ、弥生は初級回復魔法一回分では全快しない程のダメージを受けている。流石に油断し過ぎかと気を引き締め直した絵梨が、弥生に回復魔法を掛けた。
「聡一郎の攻撃に合わせて、こっちも攻撃を再開! 清歌は……って、あら?」
「あー、清歌さんならもうあそこに……」
悠司が視線で示した方を見ると、聡一郎とは逆サイドにブレスを躱した清歌が、千颯と雪苺を従えてイズミノヌシに一気に肉薄していた。
「あの娘ってばもー……、まあちょうどいいわ。前衛は二人に任せて弥生はここから遠距離攻撃ね」
「おっけ~。今回は三人で壁役だね」
「そうみたいだな。っと、ハンマーショット! 聡一郎!」
清歌よりも先に接近した聡一郎に向けて頭を振り向けたイズミノヌシの下顎に、タイミングよく悠司がアーツをヒットさせて仰け反らせる。その隙を逃すことなく聡一郎は大きくジャンプして、胴体にアーツを叩きこんだ。
「纏勁斬、連撃! ステップ!」
蹴りを叩きこんで泉の中に着地すると、水深は大凡目測通りで腰まで水に浸かった。動けないわけではないが、素早く身を躱すことは難しいと判断した聡一郎は、ステップを使って泉の外へ離脱する。
その着地したポイントを狙いすまして、イズミノヌシが大きく口を開けて襲い掛かろうとした。
「させません! ユキ、浮力制御! 千颯はこのまま突撃!」「ガウッ!!」
浮力制御で大きくふわりとジャンプした清歌は、連結させたマルチセイバーの端からワイヤーを伸ばし、イズミノヌシの口を押えるように上手に巻き付け、すかさずアーツを発動させる。
「ショックバインド!」
清歌のアーツが炸裂すると同時に、胴体に跳びかかった千颯が頭を横にして噛みつく。
イズミノヌシは受けたダメージの大きさというよりも、攻撃を邪魔された上に纏わりつかれているのが大層鬱陶しいらしく、声を上げて体をくねらせた。
ふりほどかれた千颯は、深追いせずに泉の外へと離脱する。一方その主である清歌はというと、振り回された勢いを利用しマルチセイバーに掴まってぐるりと周ると、なんとイズミノヌシの頭に着地してしまった。
「ふっ!」
素早くワイヤーを回収して分割したマルチセイバー二本を、清歌は足元――即ちイズミノヌシの脳天に突き立てた。
「グギャァァァァーー!!」
イズミノヌシは鱗にびっしりと覆われていて、魚という見た目からイメージされるよりも、体表面はずっと硬い。これがもし普通の剣ならば硬い鱗に弾かれて深く刺すのは困難だ。しかし光剣タイプの武器は実体を伴わないので、一気に柄まで差し込むことができる。このように光の刀身をより多く接触させる方が、ダメージ量を多少増加させることができるのだ。もっとも――
「グルアァァ!!」
「さ、さやかぁ~~!」「ぬぉ、これはまた……」「高く飛んだわねぇー」
物理的に突き刺さっているわけではなく上に乗っているだけなので、頭を大きく動かされると、容易く飛ばされてしまうのである。しかも浮力制御を解除していなかった清歌は、それはそれは高く放り上げられてしまったのだ。
「(む、チャンス!)ハイジャンプ! エアリアルステップ!」
清歌を放り上げて頭を上げたイズミノヌシの正面に素早く回り込んだ聡一郎が、アーツを利用して高くジャンプして、顎に膝蹴りを入れ、鼻面に組んだ両手を叩きつけた。
清歌から聡一郎へと繋がる連続攻撃を頭部に受けたイズミノヌシは、一時的に脳震盪状態、要するにピヨッてしまったらしくフラフラと頭を揺らしている。
「ちゃ~んす! ちょっと前に出るよ!」
「了解。適当に切り上げて戻ってきなさいよー」
破杖槌を手に駆け出す弥生に、あまり攻撃に夢中になり過ぎないようにと絵梨が釘を刺す。先ほどのブレス攻撃などは、絵梨と悠司の二人では旅行者の二人を守り切れないのである。
「えっと……、あんなに高く放り上げられちゃったけど、黛さんは大丈夫なの?」
「あ、そりゃ大丈夫、問題ないっす」「ええ。あのくらいなら心配は無用ですよ」
当たり前のように返された言葉に早見と仙代が顔を見合わせ、思ったよりも近くにお互いの顔があったことに驚いてパッと離れた。一瞬二人とも戦闘中であることを忘れて、赤くなった顔を逸らしてしまう。
それはさておき清歌である。絵梨は「あのくらい」などと言っていたが、イズミノヌシのほぼ真上に放り上げられた清歌は、目測で高校の校舎(五階建て)よりもずっと高い位置に達していた。そんな衝撃映像を目の当たりにすれば、心配するのがむしろ当然なのではと旅行者の二人は思ったのである。
「掌底破、双!」「ブースト・ヘヴィーインパクトォー!」
二人の心配をよそに前線では、二人がピヨッているイズミノヌシに次々とアーツを叩きこんでいる。その様子から察するに、どうやら本当に心配は無用らしいと、早見と仙代は困惑しつつも理解した。
「フフフ、そんな不思議そうな顔しなさんな、お二人さん。……ほら、そろそろ本人が帰還するわよ。ま、あの娘がただ降りて来るだけ、なんてことはないわね」
絵梨に促されて見上げると、頭を下にして落ちてくる清歌が目に飛び込んできて、二人は思わず目を剥いてしまう。しかしよく見ると落下速度は緩やかで、確かに危険はなさそうなことが分った。
清歌は体を反転させると同時にマルチセイバーを槍形態に変化させ、イズミノヌシの側面に突き立てる。浮力制御で落下速度が緩やかなため、攻撃が多段ヒットの扱いになり、ジワリジワリとイズミノヌシのHPを削っていた。
集中攻撃によって全体の半分までHPを削ったとき、イズミノヌシが頭を振ってカッと目を見開いた。タコ殴りにされて、かなりご立腹の様子である。
「みんな、ヌシがお目覚めよ! 一旦距離を取って!」
全員が泉の外へ下がり身構えると、予想に反してイズミノヌシは攻撃を仕掛けて来ることはなく、泉の中に姿を消してしまった。
「……この浅い泉の中に潜るとは、何と非常識な」
「うむ。本当に潜るんだったら穴を掘らなければ無理だろうな」
「ちょっと二人とも、今はボケてる場合じゃないでしょ?」
「む、ボケとは?」
「(あ~、聡一郎はマジレスだったんだ……)えっと、姿を消したってことは、やっぱり初っ端のジャンプだよね?」
「(ソーイチってば……)ええ、しかもただジャンプするだけじゃないでしょうね。みんな、戻って警戒。急いで!」
絵梨の指示に従って、前に出ていた三人プラス従魔が中央の広場に戻り再び開幕時の配置に戻る。固唾を飲んで警戒することしばし、今度は赤の泉からイズミノヌシが勢いよく真上に跳び上がった。
「アレ……、最初と動きが違うね?」
「そね、なにかしら? ……って、マズい水属性の弾をたくさん出してるわ。みんな気を付けて、来るわよ!」
「む! もしやそれは……」「あ、絵梨さん、それはもしかすると……」
聡一郎と清歌が何かに気づき、ある一つの可能性を伝えようとしたが、残念ながらそれは間に合わなかった。というのも、魔法弾が雨あられと降って来て、その対処に聴く側が手いっぱいになってしまったのだ。
聡一郎は素早く身を躱しつつ、バックルの機能も使って魔法を弾き、清歌はマルチセイバーを二刀流にして魔法弾を次々と切り裂いている。旅行者の二人については、ブレスを防いだ時と同じフォーメーションで弥生たち三人がガッチリと守っている。さらに清歌の指示で千颯が早見達の後ろに着き、闇箱の能力で高い角度から降って来る魔法弾を吸収しては打ち返して相殺するという方法で防御に回っていた。これなら問題はなさそうに見えた。しかし――
「千颯! 早見さんと仙代さんを連れて回避!」
「絵梨、悠司伏せろ! 清歌嬢、弥生を!」
「承知しました!」
大量の魔法弾を目くらましにして、イズミノヌシが急降下して七人に迫っていたのだ。体そのものをぶつけてくるのではなく、オール上に伸びている胸鰭と腹鰭による薙ぎ払いのようである。
それを予期していた清歌と聡一郎がいち早く指示を飛ばす。千颯が闇の武具で腕を二つだし、旅行者二人を掴んで横に跳び、絵梨と悠司は訳が分からないまま身を伏せた。清歌はマルチセイバーを放り投げると、腹鰭の直撃コース上にいた弥生を横から掻っ攫うようにして回避する。
「ハイジャンプ、纏勁斬、連撃!」
聡一郎はタイミングを見計らって大きくジャンプし、オーバーヘッドキックの要領でアーツを喉――と言っていいのかは微妙だが――の辺りに叩きこんだ。
反撃を受けたイズミノヌシは胸鰭を聡一郎にぶつけて振り払うと、緑の泉へと姿を消した。
「聡一郎、大丈夫!?」
起き上がった絵梨が、ダメージを負った聡一郎に慌てて回復魔法を掛けつつ声を掛ける。
「ああ、問題ない。ありがとう、絵梨」
「はぁ~。……お礼を言うのはこっちの方よ。魔法弾は陽動で、本命は体当たりって訳ね」
「申し訳ありません。予想はしていたのですけれど、伝え損ねてしまいました」
「そんな、清歌は全然悪くないよ。聡一郎もだけど、なんか言おうとしてくれてたもん。ね?」
「だな。派手な弾幕に釣られちまった俺らが迂闊だった」
再び全周警戒のフォーメーションを取りつつ、イズミノヌシの攻撃パターンを分析するマーチトイボックスの五人。
一方、突然真っ黒な何かに掴まれて強制的に運ばれた早見と仙代の二人は、元の位置にそっと降ろされて解放された。しっかりと安定していた割に苦しく無く、実に絶妙な加減で優しく握られていたのだが、二人の顔は微妙にひきつっている。
というのも、ここに至るまでに清歌が常に連れ歩いている従魔三体と顔合わせをしたところ、二人とも千颯だけはどうも苦手だったのだ。人懐っこく見た目が暢気で可愛らしい飛夏はすぐにナデナデできるほど慣れることができ、また人見知りで清歌の傍を離れたがらない雪苺もそれはそれで微笑ましくて何の問題もなかった。
しかし、千颯はそもそも獰猛な狼の様な姿の上、現実では考えられない程の巨体なのだ。<ミリオンワールド>での従魔という存在が、今一つ飲み込めていない二人がビビってしまうのも無理からぬことだろう。しかもナイトの如く清歌の傍につき従い、不用意に近づこうものならギラリと光る牙を見せるように口を開くものだからなおの事である。ちなみにこれは、ビクビクしている二人を千颯がちょっとからかっていただけのことで、清歌のみが知っていることである。
「え、え……っと、ありがと」「ありがとう。助かったよ」
「……ガゥ」
そっけない返事を返す千颯だったが、お礼を言われたのは嬉しかったらしく尻尾がゆっくりと揺れている。そんなちょっと犬っぽいところを見て表情が緩む二人であった。
その後イズミノヌシは、再び泉から顔を出すパターンの攻撃を仕掛けてきた。
どうやら前回ダメージを与えた頭への攻撃を強く警戒されてしまったらしく、ワイヤーでの巻き付けもハイジャンプでの攻撃も不発に終わり、再び泉の中へ姿を消すまでに、HPは全体の七割程度までにしか削ることができなかった。
「マズい。こっちのパターンは結構楽かと思ったが、ありゃたまたまピヨらせたからだったみたいだな」
「そね。ブレスで防御の上から削られるのが結構痛いわ」
今回のイズミノヌシは近接攻撃を仕掛けて来る清歌と聡一郎は、ジャンプ攻撃以外はある程度無視し、中央に固まる三人と二人に向けて頻繁にブレス攻撃を仕掛けて来るようになったのだ。おそらく、中央の五人がその場から動かないということに気が付いたのだろう。
設定されたアルゴリズムに従ってパターン化した攻撃を仕掛けて来るのではなく、弱点を見つけて集中攻撃してくるというのは、なかなかの頭の良さだ。戦術的に見ても、敵が抱える護衛対象を狙っているのだから理に適っている。
――とはいえ、狙われている側としては正直言ってたまったものではない。このままではじりじりと削られ続けることになりかねないし、付け加えると護られている二人も正直言っていたたまれない気分になるだろう。
おそらく次はジャンプからの魔法弾、そして急降下攻撃だろう。まだ二度目のシークエンスだからここに変化はないはず。ならば、ここで勝負を仕掛けるべきだ。絵梨はそう判断して、メンバー全員に支持を出す。
「よし、覚悟を決めたわ。悠司予備の盾を二枚出して」
「そりゃ構わんが、どうするんだコレ」
「清歌、千颯に盾を二枚装備させて。降下して来たら、さっきと同じように二人を連れて退避」
「承知しました。千颯、お願いね」
闇の武具で形成した二本の腕に盾を装備する千颯は、ちょっとした戦車のような風情だ。これで防御面は強化される。降下してきたタイミングで清歌と弥生が抜けても問題はないはずだ。
「弥生、清歌。例の必殺技行くわよ! ヌシをこの広場に叩き落として」
「なるほど。承知しました」「おっけ~……じゃないよ!?」
思わずノリでゴーサインを出してしまいそうになった弥生が、慌てて待ったをかける。正直言ってアレは怖すぎるので、遠慮したいところなのだ。
「観念なさい、弥生。アレでヌシを叩き落として、袋叩きで止めを刺す。これが一番確実よ。それにまた何度もブレスに炙られるのは、あんただって嫌でしょ?」
「だな。俺もやりたくないし、ここできっちり止めを刺しておこう」
「うむ。一応イベントの内容的にも、なるべく時間はかけない方がいいのだし、チャンスを逃す手はない」
絵梨の説得に悠司と聡一郎も加わり、弥生は完全に梯子を外されてしまった形だ。
「弥生さん。私もついていますから、大丈夫ですよ(パチリ☆)」
「はうっ! も、も~、仕方ないなぁ。……っていうか絵梨、覚悟を決めるのは私なんじゃ……」
「フフ、そこに気づくなんて余裕あるじゃない」
「もぅ! わかった、やるよ~」
いかにも渋々といった感じで了承した弥生は、破杖槌を構えてシールドを発生させる準備をする。
「お願いね、弥生。仮に叩き落せなかったとしても、ある程度動きは止められるはずだから、みんな追撃の準備を。いいわね!」
「わかったよ~」「承知しました」「了解!」「うむ。ここで決める」
全員で気合を入れたその時、今度は紫の泉からイズミノヌシが跳び上がる。水飛沫が虹を描き、龍のように空に舞い上がるイズミノヌシはなかなか優雅で美しかった。
再び降り注ぐ魔法弾をやり過ごし、イズミノヌシが降下してきたタイミングを見計らって、清歌が弥生をお姫様抱っこして大きくジャンプする。
なお、弥生も移動系アーツのハイジャンプは習得しているのだが、エアリアルステップは癖が強くて使い熟せていない為、この垂直降下攻撃をするのに必要な位置の微調整をすることができないのである。故に、清歌のサポートが不可欠なのだ。
「ブーストチャージ! エスコートありがと、清歌」
「どういたしまして、弥生さん。浮力制御解除のタイミングはこちらで合わせますので、いつでもどうぞ」
「うん! じゃ、三……、二……、一……、アターック! うひゃあぁぁぁ~~~」
やることが分っていて、かつそれが既に経験済みのことだったとしても、怖いものは怖いのだ。納得済みのこととは言え、やはり何か別の手を考えるべきだったのではないかと、今さらのことが頭を過る。
しかしそんなことを思っていられるのも一瞬の事、ドスンという衝撃と共に首のやや後ろ、背鰭を叩き折りつつ背中へと弥生が着弾した。その衝撃でイズミノヌシの腹が地面を擦るほどに降下するものの、まだ勢いは失っておらず、泉の中へと逃げ込もうとしていた。
「もういっちょ! ブーストスマーッシュ!」
それを予期していた弥生は、背中の上で更にアーツを発動させる。背中から強化版の吹っ飛ばし攻撃を受けたイズミノヌシは、その巨体を遂に地面へと叩きつけられうこととなった。
「アーマーピアッシング!」「四連、マジックミサイル」
そこへ更に悠司のアーツと絵梨の魔法が炸裂し、弥生に遅れて頭に着地した清歌が、再び二刀流状態にしたマルチセイバーを脳天に突き立てる。そして最後に、悠司のアーツで鱗を破壊されたこめかみを狙って、聡一郎のアーツが極まった。
「ステップ! 掌底破・双!」
「ィギヤァァァァーーー」
イズミノヌシが断末魔の悲鳴を上げ、体を痙攣させる。清歌と弥生がその体から飛び降りると同時に、六個の泉の中央に横たわる巨体は光の粒となって消えた。
破杖槌を地面に立て、弥生が胸を張って高らかに宣言する。
「よ~~っし! 大勝利ぃ~!」
戦利品を回収したマーチトイボックスプラス旅行者二名の一行は、次のチェックポイントへ向けて歩みを進める。
ちなみに戦利品は、水棲の魔物がドロップする素材の中でも、結構な高レアリティの物で時間を掛けた甲斐が十分にあるものだった。さらに旅行者二名も仙代が最後に流れ弾を一発受けただけで無事だったので、ボーナスとして水属性つきの素材もたくさんゲットできたので、特に生産組の二人はホクホクしている。
現在は深い森の中、コンパスと地形から現在地を推測しながら歩いているところだ。ただ次の目印となる湖は既に見えているので、「迷っているのでは?」という心配はない。
「う~ん。それにしても空気は美味しいし、景色もキレイねぇ。景色よりも人ゴミの方が目に付くなんていう、観光地によくある残念なこともないし。こういう場所ならハイキングも悪くないわね」
両腕を伸ばし、絵梨が実に気持ちよさそうに言う。ちなみに仮に現実でここと同じような場所があっても、彼女は同じような感想は言えないだろう。なぜなら<ミリオンワールド>内では、スタミナというパラメータは存在するが、いわゆる肉体的な疲労感は無いからである。
「確かにそうなんだけどさぁ……、絵梨はちょっと油断し過ぎじゃない? 一応、ここも敵が出るフィールドなんだしさ」
破杖槌を肩に担いで周囲を一応見回している弥生が一応注意を促す。確かに絵梨は手持ちの武器は収納して、暢気に周囲の景色を楽しんでいる。
「ふふっ、大丈夫ですよ、弥生さん。千颯とユキのエイリアスが常に警戒してくれていますし、地図は私と悠司さんが確認していますから」
「うむ。俺も警戒しているから大丈夫だろう。それにどうもこのイベントは、オリエンテーリングがメインのようだ。戦闘はボス戦を除けば、ちょっとした味付け程度と考えていいのではないか?」
「そう言えば、ここまでで見たモンスターってヌシ以外は、ほぼ瞬殺だったよな。あれって皆が強すぎるのかと思ってたんだけど……」
「まあ実際、現時点では俺らのレベルは最高クラスなんだけど……、それでもここに出る魔物はちょっと弱い印象だな。……お、アレだな。みんな~、あそこの艀にある舟に乗って、湖を渡るぞ~」
ほどなくして辿り着いた艀の先から見渡す湖はエメラルドグリーンに澄み渡り、一行が思わずゴンドラに乗ることを忘れて見入ってしまうような美しさだった。
「……こういう景色、一度は見てみたい絶景っていう特集で見た覚えがあるわ。確か中国の……九寨溝、って言ったかしら?」
「うむ。そう言えば塩湖の方もその特集でやっていたな。ウユニ塩湖、だったか?」
「塩湖の方は有名だよね。……さて! 呆けていても仕方ないし、景色は舟からでも楽しめるよ。みんな、乗り込むよ~」
弥生の号令で、十人はゆうに乗れる全体的に長細い形状の舟に乗り込む。なお千颯は体が大きすぎるために一旦送還し、今は飛夏が呼び出されている。
舟は二人並んで座れる程度の広さがあり、二本の長いオールが用意されているところからすると、大型のゴンドラのように舟の前後に一人ずつ漕ぎ手が立つものと思われる。漕ぎ手に立候補した清歌が前に、同じく立候補した聡一郎が後ろに立った。
「こちらの準備は大丈夫だ。清歌嬢」
「はい。では、参りましょう」
二人が呼吸を合わせてオールを漕ぐと、舟はゆっくりと水面を滑り出した。変に舟が揺れることも無く、オールが派手に水飛沫を上げることも無い。二人とも実に見事なオール捌きである。
「お~、さっすがだね! 普通のボートだったら私も漕げるけど、こういうタイプって上手く漕げる自信がないよ」
「ありがとうございます、弥生さん。……それにしても静かで澄んだ、いい空気ですね。何か歌いましょうか?」
「歌っ! いいねいいね、弾き語りは何度も聴いたことあるけど、アカペラって初めてかも」
「……あら? でもちょっと待って。歌うとしたらどんな歌が相応しいのかしら。中国風の歌? ……それともカンツォーネ?」
周囲の風景に合わせるのならば中国かもしれないが、ゴンドラのような舟の漕ぎ手が歌うならカンツォーネが正しいような気もする。そんなかなりど~でもいいことで、地味に議論が盛り上がる七人なのであった。