#1-06
冷蔵庫からペットボトル入りのお茶を持ってきて、五人は完全勝利を祝して乾杯した。
「いや、ありがとう清歌。攻略法を教えてくれたのも、最後の戦いも。本当に大助かりだったし、すごいおもしろかったよ~」
「それは私もです。こうして一緒にプレイしなければ、私はもうクリアしたつもりでしたから、たぶんもうやめていたと思いますから」
「それは、私も同じかな~。っていうかあの連戦イベントはないと思う。一体何が条件だったんだろ?」
「さあ……、単に二人協力プレイなのか、第一段階を撃破したプレイヤーがいることが条件なのか、もしくはその両方か。検証しようにも、もう気が抜けてしまってチャレンジする気になれません」
「ハハハハ、それは同感」
「ちょっと思ったのだけれど、もしかすると<最悪神>は、もともと二人で戦うことを想定していたのかもね」
絵梨はそう分析していた。確かに後半戦はどうやったって一人では対処できない物だし、前半戦も二人で分業するならば、特殊な属性の武器(清歌の場合はナイフだった)がなくともどうにか乗り切ることが出来る。
恐らく絵梨の分析は正しい。だがそれは今の時点では、かなり敷居の高い要求といえるだろう。そもそもこのクエストに挑戦するにはかなりのやりこみが必要となるというのに、発売からすでにかなりの時間が経っているためプレイ人口が少なくなっており、仮にゲームは処分していなくともこのレベルのプレイにはもうついていけないだろう。実際、インターネットの攻略研究掲示板に書き込んでいるプレイヤーたちは皆、ソロでプレイしているようだった。
そう考えると前半戦を一人で、しかもやり込みソロプレイヤーたちの誰もが考えなかった方法で討ち取った清歌のスタイルは、ちょっと異常とも言えるだろう。
「……今更だけど、清歌はどうやってあの斃し方を見つけたの? あんまり考え付かない方法だと思うけれど」
「どうやって……ですか? そうですね」
清歌は紅茶を一口飲んで、暫く自分の思考の経緯を再確認してから口を開いた。
まず全て避けるという選択肢を清歌は切って捨てた。理屈の上では可能でも、自分のテクニックでは現実的ではない。すると打ち合って競り勝つという選択を採らざるを得ず、その方針を元にスキルを再構成。全ての防御系と移動系、加えて魔法攻撃に関係のないステータス上昇系のスキルを外して、その分魔法の威力と速度、チャージ短縮のスキルに回すという、極端すぎる構成が完成した。
「黒い塊に対処できたのは偶然でした。たまたま残しておいた素材で武器を作れたわけですから」
「う~ん、でも、その構成だとダメージを受けたら瞬殺じゃない?」
「確かにそうですけれど、<最悪神>の攻撃は基本的に一撃でも受けてしまったら、あとはもうジリ貧です。だからダメージを受けてしまった後の事は、考える意味がありません」
「……なるほど。確かに筋は通っているわね」
「いや、でも普通はリカバリーのことを考えるから、そこまで思い切れないって。俺だったら自分の理想的なスキル構成をベースにしてチューニングすると思う」
「だが、その思考の潔さは凄い。自分に出来ないことを把握した上で明確な方針を立て、それにそぐわない部分は容赦なく削ぎ落としていく。結果的にピーキーで、他では使えない戦術になってしまっているが……そもそも対峙する敵が異常な奴だから、それもある意味当然かもしれん」
「おお、珍しい。聡一郎が饒舌だ。……実際にプレイしてみたら分かるんだけど、仮に全部避けるっていう方針でも、一回ダメージを受けちゃうと、もうリカバリーは無理なんだよね。言われて初めて気付いたけど」
「じゃあ、ダメージを受けた後のことは考えないスキル構成なら、全て避けきってクリアできる人も……いる?」
「う~ん、達人ならもしかする……かも? 私は、どうかな~。クリア前ならやれたかもだけど、今はもうモチベーションがな~」
「お前にしては弱気な発言だな。でも、その全てを避け切れる達人でも、後半戦はどうにもならないだろう……」
「ああ、使い魔! 確かに清歌が対処できたからよかったものの、後半戦の方が底意地の悪い攻撃よね。見た目は地味で不気味だけど。……そういえば後半戦といえば、あの馬鹿でかい砲撃ってなに? なんて魔法なの?」
「あれは、そのぅ……」
なぜか言いよどんだ清歌は、待機状態だったゲーム機を手に取ると、使用可能術・魔法の一覧から該当の物を表示させてから弥生に手渡した。
「清歌? えーっと……(硬直)」
「どうしたんだ、お前まで。ええっと、<One-O-One Blaster>!?」
「む、本当か? それは」「そんな冗談みたいな……」
素っ頓狂な声を上げた悠司に釣られ、四人が一つの携帯ゲーム機の画面を覗き込む。まるで教室内での様子を再現しているようだった。
解説によると、使用可能条件は犬族(狼はこのゲームでは犬族の上位種になる)の使い魔が呼び出した従属魔のレベル合計が1010以上に達すること。魔法を発動すると10.1秒のチャージ時間の後待機状態となり、タッチパネルに「101」と書いて入力することにより発動できるという。
「その冗談みたいなネーミングと発動条件を見て……、あと実際に使ってみて、このゲームを作った人の正気をちょっと疑ってしまいました。チャージ時間さえ捻出できれば、殆どのボスを一撃で葬れるんです」
どこか疲れた様子で語る清歌に、四人はなんとも言えない表情を向けた。いくらなんでも<百一匹ワンちゃん砲>はないだろう。しかも条件のことごとくに「101」がつくという念の入り用だ。その大きすぎる威力も含めて、ある種の悪ふざけとしか思えない。
「でも、これってかなり条件が厳しいよ。従属魔は一種一体しか呼び出せないし、種類によってはレベルが50までしか上げられないから。殆ど全ての犬族を集めて、レベルも上限まで上げないと、この条件はクリアできないんじゃないかな?」
「つまり、威力に見合うだけの手間が必要と」
「たぶんね。……でもどうして犬族を集めてたの? 竜族とか精霊族の方が強いし、使い勝手もいいのに」
「それはもちろん、かわいいからです(キッパリ)」
「「「……」」」「……なるほど」
なんだかクエストに挑む前にも、似たようなやり取りをしたような気がする。四人はそれ以前の言動も踏まえ、もう突っ込まないことにした。つまり……そういう子なのだ、黛清歌という少女は。基準はよく分からないが恐らく自分ルールのようなものがあり、その部分に関しては強い拘りを見せるのだろう。
「それにしてもキャラメイクといい使い魔といい、清歌は面白いところに凝るよね。ゲーム全般としてはどう? やっぱりキャラメイクを細かく出来るのが好きとか、そういった拘りがあるの?」
「いえ、拘りといっても、ゲームはこれしかやったことがないので」
「え!!」「ないの?」「……(まあ、お嬢様だしな)」「これだけ?」
聡一郎は納得したようだが、三人が驚いたのはそういうことではない。<GOD BEATER>のやりこみは弥生に匹敵するものがあったし、協力プレイの連携もスムーズでぎこちなさはなかった。その堂に入った感じはとてもゲーム初心者のそれではなく、内心で弥生はゲーマー仲間(しかも美少女)を発見できたと喜んでいたくらいなのだ。
「やったことないって、一つも? DQとかFFとかMHも?」
「このゲームのほかには一つも、ですね。テレビに接続するタイプも含めてないです。すみません、その略語もちょっと……聞き覚えがないです」
「いまどき、私たちの親自身がゲーム世代だから、どこの家でも当たり前にゲーム機があるものだと思ってたけど……」
「あ、ゲーム機はあると思います。兄がプレイしているのを見た覚えがありますから」
「黛さんはお兄さんが遊んでいるのを見て、興味がわいたりしなかったのか?」
「そう……ですね、少しくらいは。ですが中学卒業まではあれこれ忙しくしていましたから、積極的にゲームをやりたいと思うほど時間に余裕がなかったんです」
「それってお稽古事……例えばピアノとか?」
「そうですね。ピアノも含めて、他にもいくつか興味を持ったことを。もう全部やめてしまいましたが」
「えぇ!? 全部? 今まで続けてたの全部やめちゃったの?」
清歌ならやりたくないことはきっぱり断りそうだが、もしや親にやらされていたということなのかと思って聞いてみるが、案の定、そうではないらしい。
清歌は両親に何かをやれと言われたことがない。というか両親の方に、清歌に何かを勧める必要がなかった。基本的に清歌は好奇心旺盛で、興味を持ったことは何でもやろうとした。それはピアノやヴァイオリン、絵画や書道・陶芸といった芸術分野から、テニスや水泳・ダンスなどのスポーツ分野など多岐に渡り、両親はその願いを聞くだけでよかったのだ。
「自分から始めたいと思ったことで、続けていたのに……どうして今になって?」
「分かった、飽きちゃったんだ」
「お前……、頼むから何でも自分基準で話すのはやめてくれ。幼馴染としてちょっと恥ずかしい」
「坂本の場合、飽きっぽいというよりも見切りが早すぎる、というところじゃないか。無論、ゲームは除くが」
「ちょっ! だからなんでそんなことばっかり暴露するの!」
「あ、実は兄がそういうタイプなんです。とりあえずなんでも手をつけてみて、ある程度出来るようになるとそこであっさりやめてしまうという……。始める時には毎度私を誘うんですけど、いつの間にか私だけが続けていた、なんていうことが殆どなんです。<GOD BEATER>もその一つでした。通信プレイを練習したかったらしくて、いきなりゲーム機一式ごと手渡されて……」
「そんなの、友達とやればいいんじゃないの?」
「へたっぴなところを見られたくないみたいです。見栄っ張りなんです(とほほ)」
「(うーん、清歌も苦労してるのね)ええっと、ちょっと話がそれたわね。それで、どうしてお稽古事をやめてしまったの?」
清歌が続けてきたお稽古事とは、全て自分でやってみたいと思ったことだ。つまり「自分の手でやりたい、あるいはつくりたい何か」があったということで、それを成し得るだけの技術と経験を身に付けられたのであれば、殊更お稽古事として習い続ける理由はない。これまで続けていたことについては、すでにその目的を達することが出来ていたので、後は自分のやりたいように個人的に続けていけばいい。……という持論の元、後ろ髪を引かれる思いは微塵もなく、全てのお稽古事をすっぱりやめた。なお余談ではあるが、やめるという清歌を引き止めようと説得した教室の先生方は皆、「ごめんなさい(ニッコリ☆)」で撃沈され――「だ……、だからそういうことは言わないでいいんです!」……いや、ちょっと先生方があまりにも不憫で。
一応、先生方も納得はしてくれたようで、険悪にはならずに今でも連絡を取り合っている。たまに小さな子供たちのいる教室の先生からは、指導の補佐に借り出されたりもしていた。