表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第六章 スタンプラリーイベント
68/177

#6―02

 <ミリオンワールド>がイベント準備の為、二日間のメンテナンスに入った初日の夜、弥生は夕食後に自室のベッドに寝っ転がって、今日買って来た新刊コミックスを読んでいた。今年は既に夏休みの課題が片付いてしまっているので、のんびりしていられるのである。


 ちょうど一冊読み終わったところで、認証パス(スマホ)の着信音が鳴った。表示を見ると、悠司がホストとなって弥生を含めたいつもの四人にグループコールがかかってきたようだ


 この機能は登録している端末同士をインターネット経由で接続して、相互に通話できるようにする機能である。使用方法は提案者が相手を選択してグループを作り、後は招かれた者がオンラインになるのを待つだけでいい。ちなみに全員が揃っていない状態でも、ホストの操作で通話を開始できる。


「もしも~し、どうしたの悠司?」


『ああ、ちょっと急いで相談したいことができたんだ。皆同時の方が話が早いから、こっちにしたんだ』


『……ふむ。全員に連絡ということは<ミリオンワールド>絡みなのか?』


『まあ、そう考えるのが妥当でしょうね』


『こんばんは、皆さん。<ミリオンワールド>関連で急ぎのご連絡というのは、珍しいですね』


「あれ? 確かにそうだよね。イベント関連の相談は昨日しちゃったもんね」


『イベント絡みってのは間違ってないんだが、イベントそのものの話じゃない。あー、清歌さんは知らないと思うけど、みんな早見って覚えてるよな?』


「えっと、中三の時クラスメートだった早見君のことだったら覚えてるよ」


『うむ、俺は三年間一緒だったからな。良く覚えている』


『あ、清歌の為に説明すると、早見君って言うのは私らと同じ中学出身で、今は百櫻坂高校の生徒よ。顔はまあ十人並だけど、確か陸上部で何か表彰されたことが……なかったかしら?』


『あいつはハードルが専門だな。今年ももうちょっとでインターハイに行けそうだったらしい。……で、その早見から、今日の昼頃連絡があってだな……』


 聞けば早見は<ミリオンワールド>に旅行者として参加するべく応募していて、めでたくペアチケットが当選したのだそうだ。


 応募した当初は、もし当選したらアクティビティー島で遊んで時間が余ったら遊園地島に行こうと、一緒に遊ぶ予定の幼馴染と話していたらしい。ところが直前になってイベントが発表され、しかもそれは旅行者も参加できるのだという。これはできれば参加したいな、ということになったのだ。――イベント、即ち期間限定というものは、それだけで興味をそそられるものなのである。


『ただ、右も左も分からない初参加の<ミリオンワールド>の上、イベントに参加するってのは、ちと無謀かもしれんって二人で話してたらしいんだが……』


『……もしかして、私らに引率を頼もうって話なの? っていうかユージはクラスメートに<ミリオンワールド>やるってこと、話してたのね』


『いや、俺は話してない。実は早見の幼馴染ってのが、一つ上の女子で義姉ねえさんの友達なんだ。……そっち経由で俺らが<ミリオンワールド>をやってるって知って、引率を頼めないかって話だったんだが……。どうかね?』


 弥生の記憶では早見の幼馴染というのは、中学時代は陸上部に所属していてマネージャーをやっていた。なんでもその幼馴染さんが陸上部に入ったのは、早見が翌年陸上部に入るつもりだったからと、本人が言っていたそうだ。


 ちなみに弥生は、二人が付き合っているのかどうかは知らない。そこまで突っ込んだ話ができるほど親しい男友達ではなく、噂では付き合い始めたというものと、別れたという真逆のものが生まれては消えてを繰り返したので、良く分からなかったのだ。付け加えると、これは弥生が無意識に幼馴染同士で付き合うという関係性そのものを信じられなかった、というのも良く分からないという印象に繋がっていたようである。


 ただそれは中学時代の話で、今は二人でデートするほどに関係が進展しているようだ。――とすると、引率自体は問題ないがかえってオジャマになってしまうのではなかろうか?


 中学が一緒だった絵梨と聡一郎も似たようなことを考えているらしく、即答できないでいる。そこへ切り込んだのは、二人の微妙な関係――あくまでも弥生の想像である――をよく知らない清歌だった。


『あの、お二人が幼馴染と言うのは分かりましたけれど、それは交際されていると考えてよろしいのでしょうか? もしそうなら多少の不安はあっても、それ込みで二人きりの方が楽しいと思いますよ』


「(ナイス、清歌!)だよね。……引率っていうか、旅行者を同行させての冒険っていうのも試してみたかったし、それは構わないよ? でも……」


『そね、馬に蹴られたくはないものねぇ。……で、信憑性の無い中学時代の噂なら私も聞いたことがあるけど、あの二人って結局付き合っているの?』


 切り出してくれた清歌に内心で感謝しつつ乗っかった弥生に、絵梨がさらに補足を加える。恐らくこれで清歌も、二人の幼馴染以上恋人未満な中学時代のことは理解してくれただろう。


『確か去年、早見は付き合っていないと断言していたと思うのだが、何か状況に変化があったのか?』


『それがなぁ……結構、いやかなり……いやいやはっきり言って、関わり合いたくないレベルのメンドクサイ話なんだが……』


『ちょっと待ちなさいな、ユージ。聞かない方がいい気がするから、ここで切っていい? いいわよね?』


『マテマテ、ココで切るなんて鬼の所業だぞ。とにかく最後まで聞いてくれたまへ』


 結論から言えば、早見とその幼馴染――仙代さんという――はまだ付き合っていない。ただぶっちゃけ中学時代からお互い異性として意識していて、単にこれと言ったきっかけがつかめずに幼馴染以上の関係がズルズルと続いているのだ。


 なんでも二人きりでデートに行っても幼い頃から遊んでいたのでその延長線上になってしまい、お互いの部屋に遊びに行ってもこれまた自分の部屋と同じくらいの居心地で、全く緊張感がないのだそうだ。


 それはそれで楽しい時間を過ごせるのだが、気楽すぎる状態というのは、いわゆる恋人同士的な意味で意識することも皆無であるということと同義だ。


 中学の頃は居心地のいい関係を壊したくないと思い、中途半端な関係でそれなりに満足していたのだが、二人とももう高校生だ。そろそろ二人の関係に、はっきりとした区切りを付けたいと思うようになったのだ。精神的にこれまでよりも踏み込みたいし、もっと直接触れ合いたいと思うようにもなってしまったのである。


 ――そんな話を悠司から聞き、弥生は思わず大きく溜息を吐いてしまった。兎にも角にもメンドクサイ話だ。それが自分たちにも関わってきそうとなれば尚の事である。


『メンドクサイ! ……っていうか、もう勝手にしなさいな。いっそ若さ故のなんちゃらで、押し倒しちゃえば万事解決じゃないの?』


『え……絵梨、あまりそういう発言は女子がするべきではない、と思うのだが。……ただまあ、確かに面倒な話だな。踏み込もうと決断したところだけは評価するが』


「私なんかは、幼馴染でそういう感情が湧くってのが不思議で、それ以上は考えられないって言うか……、う~ん……」


『弥生、それは言わんでくれ。俺らとはちょっと状況が違うんだしな』


 物心つく前から一緒だったという点では同じでも、二人は学年が一つ違う。従って同じクラスになって同級生からからかわれるということも無く、またクラスでの失敗やら悪行やらも互いに知られずにいられた。しかも精神年齢が高めの女子の方が年上だったために、小学生男子特有の気難しさを上手く受け止めることができたのである。


 そういったことが功を奏し、二人の関係は破綻することなく、少しずつ育まれて行ったのだ。


『それは稀有な関係ですね。……あ、けれど悠司さんのお話は、早見さんから聞いたお話ですよね。それでは仙代さんの方も同じお気持ちとは、言い切れないのではありませんか?』


「あ……だよね」『私もてっきり……』『くっつくものとばかり思っていたな』


『いや、それがそうじゃないんだわ。メンドクサイっつーのはそこもなんだが、実は早見から話を聴いた後で、義姉ねえさん経由で仙代先輩視点の全く同じ話を聞かされてだな……』


 電話越しに聞こえる悠司のウンザリした声が妙に哀れを誘う。女子ほどには恋バナに興味がないというのに、全く同じ話を二度、しかもその中身と言うのが「もう勝手にしろや」とでも言いたくなるような話なのだ。


 そしておそらく話の流れ的に悠司は、義姉あねからも友人の恋路に協力してほしいと頼まれてしまったのだろう。


「思ったんだけどさ……」


 この連絡に至った内幕が読めた弥生は、最終的に協力するにしても一度くらい突っついておこうかと思い、一つのプランを提示することにした。


「コレって頼まれたのは悠司なんだから、私らとは別行動ってのもアリだよね?」


『まてぇーい! それはいくら何でも友だち甲斐が無いってもんだろう!?』


「へ?」『はい?』『え?』『む?』


『…………バ、バカな』


 ガックリと両手をついていそうな悠司を想像し、四人がほぼ同時に吹き出してしまう。


 みんなで突っついて気が済んだ弥生は、改めて話を纏めて協力することに決めた。家庭の事情もあって義姉あねからの頼み事にはめっぽう弱い悠司を、幼馴染としては見捨てるわけにいかない。結局のところ、最初から断るという選択肢はないに等しいのである。


 旅行者を同行者としてパーティーに加え、イベントに参加することは決まったがそれ以外にも細々(こまごま)と決めておきたいことがある。また清歌は二人とも、弥生と絵梨、聡一郎は仙代とは面識がないため、自己紹介も必要になる。イベントにどれだけの時間が必要なのかは未知数なので、その辺りのことは現実リアルで済ませておいた方がベターである。


 そんなわけで悠司が早見と仙台に素早く連絡をとり、明日の午後にファミレスで打ち合わせをすることとなった。







 八月下旬の午後二時といえばうだるような暑さが普通で、今日もギラギラとした強烈な日差しが降り注いでいる。更に街路樹に止まっているらしい蝉が大合唱をしていて、ファミレス“マリオン”の前は気温的にも気分的にも暑いことこの上なかった。


 弥生と悠司、そして早見と仙代は、待ち合わせ時間の五分前にマリオンの前でばったり遭遇していた。


 早見は身長百七十センチほどで、髪は短くよく日に焼けた肌という、体育会系の部活に励む高校生男子そのものという感じだ。


 仙代はというと百六十センチにちょっと足りないくらいの身長で、セミロングの髪を両脇で一房ずつ結んでいる。あまり日に焼けていない肌にセルフレームの眼鏡という外見は、どちらかと言えば文科系の部活動に所属しているようなイメージである。


「ま~、自己紹介やらなんやらは後回しにして、とっとと中に入ろうや~」


「さんせ~い。絵梨と聡一郎にはメール入れとくよ~」


 暑さで融けてしまったようなぐで~っとした態度と声音であっさり決めた弥生と悠司は、自己紹介をしようとした仙代を半ばスルーしてファミレスの中へと向かう。


 相手が先輩であることを考えれば結構失礼な態度だが、この炎天下で全員揃うまで待つのは御免被りたいのは皆同じで、早見と仙代も特に気にすることなく後に続いた。


「それはいいんだけど、メールを送るのは二人なの? 悠司くんたちは五人グループなんでしょ?」


「あ~、もう一人のメンバーはちょっ~と急用で遅れるから、連絡しなくてもいいんすよ。……おー、生き返るー」


 ファミレスの中はエアコンがバッチリ効いていて、悠司は文字通り生き返る気分だった。あのまま外で十分も待っていた暁には、融けて蒸発してしまっていたかもしれない。


 余談だがファミレスに限らず飲食店は温かいものを提供することもあって、夏場は過剰な程エアコンを掛けていることがある。ここマリオンもその傾向があるようで、冷えやすい女子にとっては次第に寒く感じるかもしれない。弥生はそれを見越して、腰に長袖のシャツを巻いていて、仙代もトートバッグの中に薄手のカーディガンを持っていた。


 店員に後から人数が増えることを話し、八人座れる広い席に弥生たちが落ち着いた時、窓の外の景色が不意に暗くなった。


「あれ? もしかして……一雨来るのかな?」


「来そうだな。一雨っつーか雷雨が……」


 などと言っている傍から空が光り、しばらくしてゴロゴロと雷鳴が響いてきた。それが合図になったように雨が降り始め、一気に土砂降りとなった。


「危ない危ない。もうちょっとでずぶ濡れになるところだったわ」


「……折り畳みの傘ごときではどうにもならんだろうな。この土砂降りでは」


 一足遅く到着した絵梨と聡一郎も、どうにか滑り込みで雨には合わずに済んだらしい。


 なんとなく揃って窓の外を眺めていると、強烈な光が一瞬景色を白く染め、ほとんど同時に何かが破裂するような音が大きく鳴り響いた。かなり近くに雷が落ちたようだ。


 殊更雷が苦手でなくとも驚くほどの雷鳴に、聡一郎を除く五人がビクリと肩を震わせる。聡一郎にしても大きく反応しなかっただけで、目を見開いていた。


 絵梨は席に着きつつ、考えてみればパンツァーリザードの雷ブレス――一応ブレスと表記する――も音量的には同じくらいあったと思い返していた。自分たち目掛けて真横に飛んでくるというのは、迫力もなかなかのものだったにもかかわらず、今ほどビクッとはしなかった。


 不意打ちではなかったというのも大きいが、もしかすると自分で思っているよりも、これはVRであって本質的な危険はないのだと割り切っているのかもしれない。


「絵梨、どしたの? 急に考え込んで」


「ううん、なんでもないわ。……清歌は遅れるから、これで全員ね。早見の自己紹介はいらないから、まずは私らからかしら?」


「おっけ~。じゃあまず私から……」


 自己紹介がいらないといわれて微妙に肩を落としている早見はスルーして、それぞれの名前と、<ミリオンワールド>内ではどんな役回りをしているのかを各自説明していく。ゲーム用語が出てきても問題なく理解している様子から、早見と仙代は二人とも普通にゲームで遊んでいるようだ。


 途中で店員が注文を取りに来たので、それぞれドリンクバーとセットになっているケーキなどを注文した。


 続いて仙代も自己紹介をする。彼女は悠司の義姉である香奈とは親友と言っていい間柄で、生徒会長選の対策本部長的なことをやっているとのことだ。なんでも水泳大会での香奈の水着も、彼女の発案だったらしい。なお、首尾よく香奈が当選した暁には生徒会の仕事を手伝う予定で、陸上部のマネージャーは辞めることになりそうなのだとか。


(……あ、もしかしてそれで一緒にいられる時間が減りそうだから、ちょっと焦ってるのかな?)


 仙代からの説明を聞いて弥生がそんなことを考えていると、悠司が額に手を当てて苦情を訴えていた。


「あの水着の元凶は先輩だったんすか。……効果的かもしれませんが、あんまアイドルみたいなことはやらせないで下さいよ」


「な~に言ってるの、悠司くん。せっかく人気を取れるチャンスを見逃すなんて勿体ないじゃない。っていうか香奈だけにさせた訳じゃないよ? 私も一緒にビキニを着たんだし。そんな過保護なことばっかり言ってると、シスコンって言われるよ?」


「ぐ……。いや、俺はただ、どうせろくな対抗馬がいないんだから、そこまで人気取りをする必要はないって言いたいだけなんすけど……」


「ふーん、へぇー、ほぉー」


 ニヨニヨする仙代に、隣に座っている早見がこれは拙いかもと静止に入ろうとするが、それはワンテンポ遅かった。


「先輩……、この手だけは……、使いたくなかったんですが……」


 顔を伏せた悠司が、何やら中二病めいた台詞を言い始めた。これが<ミリオンワールド>内だったなら、コミックエフェクトで背中から黒い炎を立ち上らせているところである。


「な、ナニよ……」


「先輩のフルネーム、バラしますよ?(ニヤリ★)」


 その瞬間、外では二度連続で空が光り、時間差で大小の雷鳴が響いてきた。そのあまりにもいいタイミングの自然の演出に、仙代はビクンと体を震わせ硬直してしまった。


「だからやめときゃいいのに……。ムギちゃん、今日は初対面の人が多いんだからさぁ」


「あ、アッくん、気付いてたんならちゃんと止めてよ!」


「そんなこと言われてもさ。……って、止めるってどっちを?」


「え!? えっと、それは……どっちも?」


 突然目の前で始まった痴話喧嘩めいたものに、弥生たち四人が思わず顔を見合わせる。中でも悠司は砂糖でも吐きそうな表情で、昨日から二人のこんな関係を聞かされていて、もうウンザリといった雰囲気を醸し出していた。


 その時、注文していたケーキが届き、それぞれドリンクを取りに行って一旦場の雰囲気が流れて仕切り直しとなる。


 苺のタルトを一口食べて気分をリフレッシュした弥生が、先ほどの件はやはり確認しておくべきだろうと、リーダーらしい口調で仙代に話しかけた。


「あの、それで無理に聞こうって訳じゃないんですけど、先輩の下のお名前はなんていうんですか?」


「……言わなきゃダメ、かな?」


「う~ん、ダメって訳じゃないんですけど、話題に出たから気になっちゃうといいますか。それに話の性質上、一回バラしちゃえばこのメンバーではもうそれで突っつくことはできなくなりますよ?」


 フルネームと言っていたのだから、仙代は恐らく下の名前がいわゆるキラキラネームの類なのだろう。ぶっちゃけ同じ学校に通っているのだから、調べようと思えばすぐにでもわかることなのだが、ここは本人から打ち明けるというプロセスを踏んでおきたい。


 名前というのは自分を表す記号のようなもので、どこまでも付きまとってくるものだ。たとえ本人がその名を気に入っていなかったとしても、何度もネタに使われていい気はしないだろう。そう思ったからこそ、弥生もネタという言葉は使用しなかったのだ。


「ムギちゃんさ。パーティーを組んで貰うんだから、ちゃんと話しておいた方がいいんじゃないか?」


「……分かった。私の名前はね……スピカっていうの」


 そう打ち明けた仙代は、トホホな表情でアイスコーヒーを口に含んだ。反応を窺うような視線を向けられた弥生と絵梨、聡一郎はどうにも表情の選択に困ってしまった。そんなに恥ずかしがるような名前ではないのでは――とも思えるが、じゃあそれが自分の名前だったらと考えるとかなりビミョ~なラインである。


「えっと…………って、あれ? じゃあ早見君がムギちゃんって呼んでるのはなんで?」


「あ、それは麦穂の星って書いて麦穂星スピカって読むから……」


 もはや漢字をバラされたところで何も変わらないとはいえ、あっさり話してしまった早見を仙代はジロリと睨み付けた。


「うろ覚えですけど、スピカ……って、確か乙女座の一番星ですよね。和名は真珠星っていうんじゃなかったかしら?」


「あー、それね。私も母さんに聞いたんだけど、乙女座の女神が持つ麦穂の先にある星がスピカなの。なんか和名の真珠星をそのままつけるのは、ひねりが無いって思ったんだって。……まあ、真珠なんて付けられたらキラキラが倍増だから、麦穂でよかったって思うことにしてる。……あ、ちなみに九月生まれの乙女座だよ」


 一度話してしまえば開き直れるらしく、仙代は名前の由来についてはあっさり話してくれた。


 真珠であろうが麦穂であろうが、○○星と書いてスピカという読みをする時点でどっちに出してもキラキラには違いない。――というのは、弥生たち四人と早見に共通した感想だったが、流石にそれを口に出せるものは居なかった。


「じゃあ気を取り直して本題に入りましょー。まずはイベントの内容についておさらいしておきたいんですけど、それでいいかな?」


「私たちが見たイベントの概略はたぶん旅行者向けだと思うから、それでいいよ。ね?」


「うん。坂本さん、それでよろしく」




 今回のイベントは残るセッションの全てを使って行われるもので、“夏の思い出、スタンプラリー大会”と銘打たれている。この期間に実装される新たな島を巡り、チェックポイントでスタンプを集めつつゴールを目指す、というのが大まかな内容である。


 まずイベントに参加するには、町のポータルで申請を行い挑戦する島を決定する。なおトライアル中はパーティーの変更ができないため、参加するメンバーは申請前にパーティーを組んでいる必要がある。パーティーの上限人数は普段と同じ六人で、旅行者を同行させる場合は三人までパーティーに加えられる。


「サイトで見たんだけど、夏休みの旅行先っぽい場所が多かったよね。海とか山とか……あとはお祭りとか?」


「ですね。ええと正確には、山と森林のハイキングステージ、海と川と滝ステージ、湿地と浮島と遊歩道ステージ、巨大遺跡ステージ、鏡の塩湖と彩の泉ステージ、神社と縁日ステージの六つですね」


 イベント開始と同時に参加者にはアイテムとして地図とコンパスが配布され、それをもとにチェックポイントを目指す。ゲームシステムとしてのマップ機能やナビゲーション機能は使用不能となり、また消費アイテムと装備アイテムの所持数にも厳しい制限がつく。


 各チェックポイント間とゴール時の総合タイムには規定時間が設けられていて、時間をオーバーすると一秒単位でタイムポイントとして累積される。注意点はチェックポイントに用意されているスタンプを、パーティー全員が冒険者ジェムに登録した時が通過タイムとなる点。そして規定時間以内であれば、どんなに早く到着してもタイムポイントはゼロという点である。


 各チェックポイントと総合のタイムポイント合計がパーティー全体のポイントとなり、イベント終了時に参加者全体のランキングが行われる。上位ランカーやイベント中に面白いことをやったパーティーなどには、豪華賞品が進呈されるとのことだ。ちなみに参加賞もある。


「えっとサバイバルっぽい要素のあるオリエンテーリング……っていう感じのイベントだって考えればいいと思います」


「そね。あ、それから旅行者のみで参加する場合もほぼ同じ内容ですけど、魔物に襲われることがないところと、ちょっとしたヘルプ機能があるところが違うところですね」


お助け(ヘルプ)機能? そんなのがあるんだ?」


「はい。規定時間を超えるとナビ機能が使えるようになるみたいですよ。旅行者はランキングには参加できないから、そんな救済策を付けたんだと思います」


 オリエンテーリング的なルールのイベントだが、もちろんそれだけではなくゲーム的な要素もちゃんとある。スタンプが配置されているチェックポイントで、小イベントに挑戦するか選択ができるのだ。


 小イベントの内容は島によって様々であると詳細は明かされていないものの、少なくとも中ボス戦はあるらしい。なお中ボス戦の場合は仮にそこで全滅しても、イベント全体としてはリタイヤとはならないので、その点については心配する必要はない。


 チェックポイント間のタイムは移動を開始してからカウントされるので、小イベント中の経過時間は加算されない。しかし総合タイムの方には影響するので、上位ランクインを目指すパーティーにとっては、小イベントに参加するかどうかは悩みどころとなりそうである。


「そうか、ランキングなんてあるのか。僕たちは小イベントもやりたいんだけど……」


「そうだね。……あのさ、パーティーを組んでほしいって思ってたけど、もしランキングを狙ってるなら断ってくれて全然かまわないよ?」


「あ~、そこについては……ですね」


 弥生はいったん言葉を切って、念の為に仲間たちとアイコンタクトをとる。全員頷いているところを見ると、先日の打ち合わせで決めた方針のままでいいようだ。


「私らも小イベントには全部参加する方針だったんで、気にしないで大丈夫です」


「里見たちは、ランキングで上位を狙うつもりはないのか?」


「いや、なんて言ったらいいのか……、結果が分かった勝負をする必要がないっつーか。……まあ、詳細は省くが、はっきり言ってこのイベントのルールだと、俺らがガチでランキングを狙うと、たぶんあっさり上位に入れるんだ」


「うむ。これは実力云々というより、相性の問題だからな」


 悠司と聡一郎の言葉に、弥生と絵梨も深く頷いている。事情を知らない二人は、その様子に首を傾げてしまうのであった。


 実際悠司の言葉は誇張でもなんでもなく、事実としてマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)はこのイベントに関しては非常に相性がいいのだ。


 このイベントで上位にランクインするために最も重要なのは、レベルや能力値ではなく、地図を読み解き、コンパスと周囲の状況から現在地を正確に把握するというプレイヤースキルだ。それができなくてはあっという間に迷って、下手をすればリタイヤせざるを得なくなる可能性もある。


 しかしマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の場合は、そんなことを考える必要がない。もし道に迷ったら飛夏の空飛ぶ毛布で上空から見渡せばいいし、空を飛べない入り組んだ地形であっても雪苺のエイリアスを偵察に出せばいいのだ。


 極端なことを言えば、チェックポイントから真上に飛んで方角を決め、次のチェックポイントまで直進してしまえばいい。仲間を乗せて二往復するだけで、あっさりクリアである。


 勿論空を飛ぶ魔物に妨害される可能性はあろうが、それでも大幅な時間短縮の手段があるということに変わりはない。


 その上、アイテムの所持数制限にしても、飛夏のストレージブレスによる収納があるので大した問題にならないのだ。


 ちなみに清歌が一人で参加すれば楽勝じゃないか、と思えるかもしれないが、もし何某かの避け得ない戦闘があった場合、火力不足で時間切れということになりかねないため、その選択は採れないのである。


 なんにしても彼女たちにとって、このイベントの上位ランクを狙うことは難しいことではない。何しろポイントの上限――意味的には上限で合っている――はゼロと決まっていて、確実に一位になれるのだ。


 そんなわけで、このイベントに関してはなるべく飛夏や雪苺の能力は使わないようにして、どうしても行き詰まったときのみ使うことにしようと決めていたのだ。


「ま、確実に取れると分かってる上位ランクを狙うくらいなら、私らはイベントを目一杯楽しむことにしたってわけよ」


「……っていうかホントのところは、何かズルしてるみたいで気が引けるってだけなんだけどね~」


「あー……アハハ、まあな~」「うーむ、確かに」「ま、ちょっとは……ね」


 弥生が呟くようにボソッと付け加えた言葉は、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)全員の共通した思いなのであった。







 音を立てて激しく振っていた雷雨が、前触れもなくすっと引くように止んだ。風に流された雲の隙間からは光の筋が次々と差し込み、一気に晴れ間が広がっていく。それに伴い夏の昼下がりの街が、本来の明るさを取り戻していった。


「あ、雨が止んだみたい。……これなら虹が出るかも」


 弥生の言葉に全員が窓の外へと目を向ける。その予想通り、雨上がりの晴れ間には七色に輝く大きなアーチが架かっていた。


 ところどころに残る灰色の雲が落とす影と、晴れ間にかかる虹とのコントラストがちょっと幻想的なその光景に、弥生たち六人だけでなく、ファミレスにいた窓際の客たちが思わず見入っていた。


 その時、一台の高級車がするりとファミレスの駐車場へと入り、一人の少女を降ろすと、そのまま道路へと出て去って行った。


 車から降り立った少女は虹に気づいていたようで、店の方には背を向けたまま空を見上げている。真っ直ぐな立ち姿は凛として美しく、淡く透ける生地を何枚も重ねた白いスカートと、輝くような明るい金の髪を雷雨の名残の風になびかせていた。


 現れた瞬間、景色の主役になってしまった彼女を見ていた者たちは、空にかかった虹や、その前の雷雨でさえも、彼女が現れるための演出だったのではないか、などという妙な錯覚に囚われていた。


 もっともこの場には、そういった錯覚に対する免疫が出来ている者が約四名存在している。


「……ねぇ、ちょっと誰よ、コミックエフェクトで虹を出したのは?」


「絵梨……。気持ちは分からんでもないが、そんなことを言うと頭の固い連中から、ゲームと現実を混同しているとかなんとか言われかねんぞ」


「や、でも本当に気持ちは分かる。ってか、敢えて後ろ姿ってところがいいよな」


「一応突っ込んどくけど、清歌は狙ってるわけじゃないと思うよ? というか、清歌の本当に凄いところは、ああいうの(・・・・・)がちゃんとサマになるっていうところじゃないかな?」


 弥生のなかなかに鋭い指摘に、三人は思わず清歌の立ち位置に自分を当て嵌めてみてしまった。正直言って、あんな風に絵になる自信は微塵も湧いてこなかった。




 その後、合流した清歌を交えての話し合いで、イベントの初回は早見と仙代の二人と一緒に参加することに決定した。選択するステージはデートに適していて、かつ現実ではなかなか体験できないところがいいだろうということで、鏡の塩湖を選択することになった。


 ちなみに、ファミレスに似つかわしくない清歌のお嬢様オーラにウェイトレス全員がビビった結果、わざわざ店長が注文を取りに来たり、たまたま座席の位置関係で清歌の正面になった早見が挙動不審になって仙代の肘打ちを食らったりなどなど、いくつかの小さな事件もあったのだが――それはまた別の話である。




ファミレスはジョ○○ンではありません。マリオンです。

ネタが分かった方はニヤリとして頂けると嬉しいです。

……ブルーレイBOX欲しいな~(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ