#6―01
「おはようございます、弥生さん」
弥生がワールドエントランスの受付で、もうすっかり慣れた手続きをしていると、背後から落ち着いた柔らかな響きの声で呼び掛けられた。
振り向くとそこには、スリムなシルエットのジーンズにゆるっとした長袖のチュニック、そしてシュシュで一つに纏めた長い髪を左肩の前に垂らすというカジュアルな装いの清歌が佇んでいた。
余談だが今日の様なカジュアルな装いでも、お嬢様然とした服装の時でも、清歌は基本的に肌をあまり露出しない。それは良家のお嬢様として肌を大きく晒すのは、はしたないと躾けられているから――というわけではなく、血筋由来の白い肌が強い紫外線に若干弱く、すぐに赤くなってしまうからである。従って学校の制服も、スカート丈は長めで、夏場も長袖のブラウスを着ていることが多い。
ちなみに制服のスカートは丈が長いと妙に野暮ったくなりがちだが、清歌に限って言えば、なぜか清楚なイメージになるという不可思議現象が起きる。そんな彼女に憧れた一部の女子生徒――割と裕福な家の一年生女子が多かった――が、同じようにスカートの丈を長くして、どう見てもダサくなってしまってガックリするということが五月頃まで見られた。
清藍女学園時代のように熱狂的な信奉者がいるわけではないが、百櫻坂高校でも十二分に目立っている清歌なのである。
「あ、おはよ~、清歌」
弥生はいつもと変わらない清歌の姿を見て――いや、清歌を見た自分がいつもと変わっていなかったことに、少しホッとしていた。
清歌が単なるお金持ちのお嬢様というだけでなく、個人として既に世界的に高い評価を得ている凄い人物であると頭では理解はしていた。それが昨日の動画を見て改めて、“清歌は別の世界の住人でもあるのだ”と実感してしまったのだ。
もしかすると清歌のイメージが変わってしまっているかも、と思っていたのだが、実際に会ってみたら全然そんなことはなかった。弥生の中ではもう既に、どんな要素が付け加えられたとしても、清歌は大切な親友の一人に変わりはないと心の整理が付いていたようだ。そんな自分がちょっとだけ誇らしい弥生であった。
弥生と目を合わせた清歌は、ほんの僅かな時間、弥生が緊張していたのに気が付いて首を傾けた。
「……ううん。な~んで~もない! お勤めご苦労様、清歌」
「? ありがとうございます、弥生さん」
「……というか弥生、その言い方だと清歌が高ーい塀の向こう側に行ってたみたいよ? おはよ、清歌」
清歌の背後から、タイミングよく絵梨が現れ軽くあいさつ代わりのツッコミを入れた。絵梨の後ろには悠司と聡一郎もいる。今日は珍しいことに受付でメンバー全員が集合したようだ。
五人は互いに挨拶を交わし、受け付けを済ませてログインルームへと向かう。話題になるのは、やはり清歌の“お勤め”に関してのことである。
「……というわけで、私が参加したのは一昨日の授賞式とその後の晩餐会、それから昨日の講演会の一部ですね」
「ば……ばんさんかい……、そういうのもあるんだね、やっぱり」
「っていうか、話を聞く限りじゃ清歌さんは授賞式だけでよかったんじゃないか?」
「私もそう思ったのですけれど、黛の娘としての勤めなのだから、式典に参加するだけでさっさと帰るわけにはいかないでしょうと、母から言われまして……」
微妙に眉を下げる清歌の様子に、絵梨は何があったのかピンと来た。
「なるほど……読めたわ。晩餐会の方でも、例の受賞した女の子がらみで何かあったんでしょ。違う?(ニヤリ★)」
「当たりです。晩餐会の席は指定されているのですけれど、私はマリーカちゃんの向かいでした」
清歌はちょっと苦笑すると、軽くお手上げポーズをして見せつつ絵梨の予想を認めた。
とは言っても授賞式の緊張ぶりを考えれば、清歌がマリーカの正面の席というのは妥当なところであろう。清歌が近くで見た限りでは、マリーカのテーブルマナーはやはり付け焼き刃という感が否めず、また周囲も大人ばかりなので、清歌がいなければさぞ居心地が悪い思いをしたのは間違いない。
ただこういう場では普通、受賞者の研究や母国のことなどに関することが話題になるのだが、ハイテンションのマリーカが清歌を質問攻めにするという逆の現象が起きてしまったのは、果たして良かったのか悪かったのか。
「ふむ。しかしずいぶんと懐かれたのだな、清歌嬢は」
「懐かれたと言いますか、仲良くは……なれたと思います。一緒に写真も撮りましたよ」
「清歌のファンなんだよね。じゃあ、きっといい思い出になっただろうね~」
「ふふっ、どうもマリーカちゃんは私にかなりの幻想を抱いていたようですから、実像を知ったらがっかりしてしまうかもしれませんね」
マリーカの話を聞いていると、彼女が見た清歌の作品とピアノの音色、そしてステージ上での優雅な立ち居振る舞いから、まるで清歌を天使か女神かのように崇拝しているかのようだったのである。
「う~ん、どうかな? 驚きはしても、がっかりすることはないんじゃないかなって思うけど……」
「……弥生さんは、どうしてそう思われるのでしょうか?」
「え? それはだって、わた…………じゃない、今の無し! えっと、な、な~んとなく、そんな感じがするだけ。……あはは」
思わず「私もそうだったから」とカミングアウトしてしまいそうになり、弥生は慌てて誤魔化した。話の流れ的に、以前の自分が清歌のファンであったかのようで、ちょっと恥ずかしかったのである。――あながち嘘でもないところが余計に。
「??」「なるほど……フフフ(ニヤリ★)」「ほほぅ」「ふむ。勘……か」
「な、ナニよぅ。……あ、でも清歌はやっぱり凄いね。あんな大舞台でも緊張しないなんて、私には絶対無理だよ」
「あの……弥生さん。私も大きな舞台では普通に緊張しますよ?」
「「「「えっ!?」」」」
清歌から飛び出した意外な言葉に、弥生たち四人の足が思わず止まる。それほどまでに動画で見た清歌の姿は、実に優雅で落ち着いた物腰だったのだ。
そんな仲間たちの様子に清歌は、溜息まじりに苦笑してしまう。確かに数々の大舞台を経験している清歌は、緊張すると言っても平常心を完全に失くしたり、まともに動けない程ガチガチになったりすることはない。しかし、何度大きな舞台を経験したところで全く同じ舞台は二度と無く、それ故に完全に緊張しなくなるということもないのだ。
「……それに今回のような舞台は初めてでしたので、戸惑ったところもかなりありましたね」
「今回のような……って、そうか。今回の清歌さんは舞台に立ったって言っても、主催者サイドで出演してたんだもんな」
「ふむ、これまでとは立ち位置が逆だったということか。ある意味、主役ではないのだから、その分気は楽だった……ということはないのだろうか?」
「そうですね……、むしろいろいろと気を遣うことが多くて、ちょっと疲れました。それにしても……」
清歌はそこでいったん言葉を切って、弥生と目を合わせた後、少々わざとらしく眼を逸らして悲しそうな表情をした。
「弥生さんに、そんな風に思われていたなんて心外です……。ええと、確かこんな風に言いますよね。心臓に……」
「毛が生えてる? フフフ……、そうよねぇ。弥生ったら清歌のことをそんな風に言うなんて失礼ねぇ」
清歌に何か意図がありそうなことを敏感に察知した絵梨が、清歌の言葉を継いで便乗する。悠司と聡一郎もここは二人の側に着いた方が得策と考え、揃って何度も頷いている。
「ええっ!? そ、そんなこと思ってないよ? っていうか昨日は皆だって、清歌は大舞台でも堂々としてて凄いなって言ってたじゃん!」
「凄いとは思ったわよ?」「だが、全く緊張して無いとは……」「うむ。思っていなかったな!」
「汚っ! ね、ねぇ、清歌? 私だって清歌の心臓に~なんて思っていないよ。ただ、ステージ上でもいつもと変わらない様子で、本当に凄いなって思っただけで……」
「本当……ですか?」
清歌は体全体を弥生からやや逸らして、流し目気味に弥生の真意を窺う――ような態度をする。少々過剰な演技で、これが演劇ならばダイコンの誹りを免れないところなのだが、弥生としては清歌の長し目にドキッとするやら、誤解されてしまったかと焦るやらでたまったものではない。
弥生は勢いに任せてガシッと清歌の手を取ると、目を見て力強く言った。
「本当だよ! 私を信じて、清歌」
「……じゃあ、先ほど言いかけたことを話して下さったら、信じてあげます」
「それはだから、私も清歌と同じクラスになってからずっと綺麗だなって憧れてたから、あの子の気持ちもちょっとわかるかもって。仲良くなって、性格とかいろんなことが分かってもガッカリなんてしなかったし、むしろ嬉し…………はっ!」
弥生が必死になって説明をしている内に、いつの間にやら清歌がとても嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべている。さらに絵梨たち三人も、ニヨニヨと生暖かい笑顔で弥生のことを見守っていた。
「ふふっ、ありがとうございます弥生さん。そんな風に思って頂けて、とても嬉しいです(ニッコリ☆)」
「はぅ! そ……そんなこと言っても、ごまかされないんだからね! もう、先行くよ!」
そんな捨て台詞を言うと、弥生は真っ赤に染まった顔を見られないように、一人足早にログインルームへと向かった。
急いで先に行ったところですぐに合流してしまうというのに、その短い時間だけでも熱くなった顔を冷ましたかったようだ。怒っていますとアピールするように、いつもより大股にドスドスと歩く弥生の様子を見て、残された清歌たち四人は思わず軽く吹き出してしまった。
「ちょっと、やり過ぎてしまったでしょうか?」
「大丈夫大丈夫、ありゃ、単なる照れ隠しだ」
「そそ、五分もすればケロッとしているわよ」
「うむ。俺たちも早く向かうとしよう」
先日コミックエフェクトのテストをした、ホームの少し開けた場所にて。いつもの衣装の黒系バリエーションに身を包んだ清歌が、肩幅くらいに足を広げて立ち、右手に持った長さ四十センチ程の棒を水平に構えた。銀色に輝くその棒はやたらとメカニカルで、いくつかのスイッチやパーツの継ぎ目などがあり、いかにも多数のギミックが搭載されているといった風情だ。これが清歌のメインウェポンとなるマルチプルフォトンセイバー、その連結した状態のものである。
清歌がスイッチの一つを押すと、両端から黄色に近いオレンジ色の光が棒状に伸びる。光の刃は約七十センチと標準的な日本刀と同じくらいなので、本体と合わせると刃の先から先までは百八十センチ程にもなる。大きく刀身が光っているため、かなり派手な見た目となっていた。
一呼吸おいてから、清歌はマルチセイバー(略称)を使った演武のようなものを始めた。ステップを踏みつつ体全体を回転させるように斬撃を繰り出し、突きを入れてから武器を回転させつつ体の後ろに回し、正面には蹴りを入れる。それは流れるような動きで留まることはなく、刃の光が美しい弧を描いていた。
両端から刀身が伸びている武器と言うのは、SF系の映画やゲーム、或いはアニメなどのロボットがもつ近接兵器としては割とありふれているものだ。しかし、現実の実用的な武器としては聞いたことがない。
だがそれは当たり前の話で、武器としては問題があり過ぎるのだ。例えば斬撃を繰り出せるのは結局片一方の刀身だけであり、また振り下ろす時に反対側の刀身が邪魔になる。さらに武器の長さそのものは槍などの長柄武器並にあるにもかかわらず、実際のリーチは普通の剣と変わりないという有様だ。
取り回し方としては棒術(棍)に近いものとなるが、それにしても振り下ろすにせよ突きを繰り出すにせよ、リーチが半分程度しか使えないというデメリットがある。
要するに、見た目は派手でカッコイイけど実用性に乏しいという、典型的なロマン武器の一種なのだ。
しかしそのロマン武器を、清歌は実に鮮やかに振り回している。縦方向に振り下ろす時は極端な半身になって体の脇を抜くようにし、横薙ぎにする時は体全体を回転させるか、背中から回して反対側の手で受け取るようにするという二パターンがある。
そのどこか剣舞めいた体捌きや、時折意味も無く剣を回して見せるところなどは、先日清歌自身が言っていたように、例のSF超大作に出て来る騎士の武芸がベースになっていた。それにカラーガードやバトントワリング的な――つまり武術的ではない演技の――動きを取り入れて、より華やかで見栄えのするようにアレンジしているのだ。
最後に右手を斜めに下げ、マルチセイバーを背後に構えたポーズで演武を終えた清歌は、少し間をおいてから光の刃を納め、ギャラリーとなっていた弥生たち四人に微笑んで見せた。
「……こんな感じですけれど、いかがでしょうか?」
息を潜めて演武を見守っていた三人は、ほぅと大きく息を吐き、強張っていた体を緩めた。綺麗な見せるための動きの中に、鋭く気迫のこもった斬撃が織り込まれるという緩急のある演武に、いつの間にか見ている方も変に力が入ってしまっていたようだ。さて、残る一人はと言うと――
「はわぁ~……」
未だに夢見心地のまま現実に戻って来ていなかった。
「ちょっと、弥生―。見惚れる気持ちは分かるけど、いい加減解凍しなさいな」
こんな風に普段の態度を見ていれば一目瞭然なのだから、ログイン前のカミングアウトなど今さら恥ずかしがることもないのに――などと思いつつ、友人を覚醒させるべく絵梨は軽く肘打ちをする。
一応フォローしておくと、自他ともに認めるゲーマーである弥生は、例のSF超大作を題材とした数々のゲームもかなりハマってプレイしていたことがあり、その流れで原作の方も大ファンになっていたのだ。なので、物語の見せ場となる光剣での戦闘――正確には型だが――が目の前で演じられれば、興奮してしまうというのも無理からぬことであろう。それを清歌が演じているというのであれば尚更だ。
「……はっ! す、すごいカッコよかったよ、清歌! それに可愛かった。なんか映画そのまんまじゃなくて、女の子っぽい感じがしたよ~」
「うむ。武術的な要素もあるが、むしろダンスのようだった」
「やー、しかし両刃の剣なんて扱えるもんなんだな。驚きだ」
「って言っても、今のはやっぱり剣舞よね。実戦でソレを使うかっていうと、ちょっと怪しいんじゃないかしら?」
「……そうですね。この形態で使うのは、かなり限られた状況でしょうね」
一頻り感想を言い合ったところで、弥生は演武を始める前からずっと気になっていたことを尋ねた。
「ところで……。ねえ、清歌。その黒い服ってさ……前から用意してたの?」
「はい。暗いところで目立たない色合いも持っていた方がいいかと思いまして。……似合っていないでしょうか?」
そう言いつつ清歌は両手を軽く広げて小首を傾げた。中に着ているノースリーブの着物は濃いグレーで、上衣は漆黒、そして襷は赤という組み合わせで、普段の可愛らしい印象とは打って変わって、忍者や隠密といった雰囲気を醸し出している。
これは清歌なりに考えて用意していた物であり、実はかなり前から持ち物の中に眠っていたのだ。ゲーム的な戦闘能力は低くとも身体能力にはそれなりに自信があるので、偵察などで出来ることがあるかもしれないと考えたのである。
つまり今日の為に仕立てた装束ではないのだが、わざわざ着替えている辺り、清歌もあえて狙っているのだろう。
「えっとね、似合ってるよ。似合ってるけどさ……、何も両刃のセイバーで黒の衣装を着なくてもいいんじゃ……」
「まぁなぁ……、俺も一瞬清歌さんが暗黒卿になっちまったかと思ったぜ」
「でもさっきの演武にはちゃんと蹴りも織り交ぜてたじゃない? 両刃のセイバーといい、これで衣装が黒でなかったら片手落ちってものよ」
どうやら狙い通りの評判の様で、清歌は笑顔で感想を聞いている。言うまでもなく、清歌は自分が他者に与える印象をきちんと理解した上で、暗黒面のキャラクターを演じていたのだ。
「そこは分かるのだが……しかし、なぜ普通の光剣ではなくそちらの武芸を? 中学時代に何かパフォーマンスをしたのだったか?」
「はい。生徒会メンバーで台詞の無い演劇……のようなものをやりまして、クライマックスでは二対一の殺陣を演じました」
清藍女学園での文化祭では、必ずしも生徒会が出し物をするわけではないのだが、清歌たちの代はとにかく一般生徒からの人気が高く、その声に応える形で企画されたのだ。
生徒会としての仕事もある為、本番に長時間拘束される演劇は難しく、同時に「副会長が凛々しく活躍する姿が見たい」という生徒からの要望を満たすため、音楽に合わせてショートストーリーを演じるというものになったのだ。歌と台詞の無いミュージカル、と言うのを想像すると近いかもしれない。
ちなみにストーリーをざっくり説明すると、時は戦国、ならず者に恋人の姫君を攫われた姫君が、仲間と共にアジトに乗り込み恋人を取り戻すという物語である。
「クライマックスを二対一にすることになったので、じゃああの映画のシーンを模倣しようということになったのです。……とは言っても結末は逆ですけれど」
「戦国時代に両刃の剣なの? ちょっとおかしくないかしら?」
「あ、いいえ。私は袴姿に薙刀で、敵役は刀を持っていました。……他の部活動から衣装や小道具を調達し易かったから、という理由からですね」
「ふむ……なるほど。薙刀ならばあの動きで二対一と言うのも理解できるな」
「まあ結局は殺陣を練習する過程で、片手剣の武芸も覚えてしまいましたけれど」
そう言ってちょっと肩を竦める清歌であった。恐らく練習とは言っているが、殆ど清歌が指導したということなのだろう。パフォーマンスそのものも、要するにひたすら清歌がカッコイイという独り舞台であり、アイドルとしての副会長職を全うしたのである。
「……ね、清歌。薙刀ってことは、清歌は男役を演じた訳じゃないんだよね?」
「はい? ええ、私は普通に女の役でしたよ。どうかされましたか、弥生さん」
「でも、恋人の姫君を助けに行ったんだよね?」
「はい、そうですね」
「……えっと、それってちょっとおかしくない……かな?」
「それはその~、女子校ですから。……実は最初は姉妹の姫君という設定だったのですけれど……」
「けど?」
「……恋人同士にした方が、客が盛り上がると言って、会長がパンフの原稿を作る段階で勝手に書き換えてしまいまして……。本当にもう、あのカイチョーは……」
「あははは。……苦労させられたんだね~」
マルチプルフォトンセイバーは使ってみると、本当にマルチの名に恥じない多彩な機能が搭載されていた。
それらを次々と試していく清歌を始めは面白そうに見守っていた弥生たちも、全ての機能をあっという間に使いこなしてしまったのには、感嘆を通り越して唖然としてしまうのであった。
さて、多機能を謳ったアイテムにはありがちな話で、この武器も全ての機能が実用的かと言うとそんなことはなかった。先ほどの両側から刀身が伸びる形態もそうだが、そこから刃を発生させる部分をワイヤーで伸ばした三節棍風の形態など、正直言って有効に使えるシチュエーションが思い浮かばなかった。
有効に扱えそうな形態は普通に分離した状態の二刀流、柄の部分を伸ばしての槍、刃を飛ばす遠距離攻撃、そしてワイヤーを伸ばした鞭といったところだろう。場合によっては連結部分をワイヤーで伸ばしたヌンチャク形態も、打撃武器として有効かもしれない。
分離した状態で両手に持ち、半月状の刃を発生させる爪形態は一見使えそうに思えたのだが、普通に二刀流を扱える清歌にとってはそれで事足りてしまい、また向きを変えた連結で一方から長大な刃を発生させる両手剣形態については、刃が実体でない光剣だと、リーチを伸ばすだけなら槍の方が使い勝手がいいということが判明。見栄でハッタリをかます時か、巨大な敵に多段ヒットを狙う時くらいしか使い道がないという結論になっていた。
ちなみに光剣系の武器は刃を発生させるときにMPを消費し、刃を納めるとフィードバックで五~八割程度回復するという特徴がある。無論、刃を射出してしまった場合には回復しない。
清歌は分離させた状態のマルチセイバーからワイヤーを射出し、手頃なサイズの岩に上手に巻き付けアーツを発動させた。
「ショックバインド!」
手元からワイヤーを伝うように黄色い電撃っぽいエフェクトが走り、岩に到達した瞬間バチッと弾けた。そしてワイヤーは巻き付けたまま素早く走り込んだ清歌は、左手に持ったマルチセイバーの刃で斬り付ける。連続攻撃もバッチリのようだ。
ショックバインドは鞭を巻き付けた相手に電撃によるショックを与え、ダメージと同時に麻痺の効果を確率で与えるというアーツだ。威力が低めな分発動時間が多少長く、電撃の発生中は継続ダメージが出るので、総合的には割とコストパフォーマンスが高い。そして今のところ、清歌が使える唯一の攻撃アーツである。
「お~、さっすが清歌!」
「鞭のアーツもちゃんと使えるみたいね。これで清歌の装備問題は解決……って、清歌、どうかしたの? なにか不満なことがあるみたいな顔だけど……」
清歌は元に戻したマルチセイバーを見つめて、何やら微妙な表情で首を傾げている。不満そうというか、何かに納得していない様な雰囲気である。
「いいえ、武器に不満はありません。ただ……なんというか、画竜点睛を欠いているような気がして……」
そう言いつつ清歌はマルチセイバーを連結させて片側から刃を出すと、武器を持っている右手は下げて、左の掌を前に翳して見せる。
それを見て四人も清歌の言わんとすることを察した。確かに光剣での斬撃を繰り出しつつ、例の力を織り交ぜて戦ってこそ真のジェ――げふんげふん、騎士といえよう。
「確かに、それも出来れば完璧だよね。……でも、ありそうな気がしない? 念力とか、掌から電撃を飛ばすとか……そんな魔法」
「そね。……どうせなら完璧にしたいことだし、ちょうど今は次にやることが決まっていないから、スキル屋に買い物に行ってみましょうか」
「はい。ぜひ参りましょう」
相変わらず資金が潤沢なマーチトイボックスは、こういう時迷わず買ってしまおうと決断できる。ちなみに露店が軌道に乗ってからは売り上げも順調に伸びているので、商品開発の為に購入したジェムの費用などは既に元を取り、現在総資産は微増を続けている。
早速スベラギへ移動しよう――と思ったその時、全員が一斉にメールを受信した。
「あら? これは運営からのメッセージですね。<ミリオンワールド>内にいる時に受け取るのは初めてですね」
「そう言えばそだね。……で、内容は~っと、なになに。明日から二日間のメンテナンスが明けた後、実働テストが終わるまでの期間で……イベントを開催する!?」
「ほほ~、なるほどねぇ。残りのセッションも少なくなってきたから、最後に一発、大きなイベントをってことか」
「うむ! ざっと見たが、なかなか面白い冒険ができそうなイベントのようだな」
「じゃあ、詳細をチェックしたら、イベント対策も含めてやっぱり買い出しに行きましょうか」
新たなイベントの告知に、マーチトイボックスの五人は、それぞれテンションを上げるのであった。
そんなわけで、実働テスト=夏休みもラストスパートです。
イベントの詳細については次回にて。