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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第五章 ファーストダンジョン
65/177

#5―11



「ええと、じゃあ取り敢えず試しに……こんなのかな?」


 弥生がアーツのプリセットから一つを選び、首を傾げつつウィンドウのボタンをポチッと押す。すると――


「なるほど、こんな感じになるのね。……マンガとかゲームじゃ当たり前だけど、VRで見ると結構インパクトがあるわね」


「ふふ、確かにコミック風で可愛らしいですね」


「結構立体的に表示されるんだな。触れは……しないか。ま、そりゃそうだわな」


 妙に立体的で存在感のある(ハテナ)マークが、弥生の頭の上でゆっくりと少し上下に動きながら浮かんでいる。弥生が傾げていた首を元に戻すと、それに合わせてちゃんと頭上に移動している。動いた後は反動で左右に揺れたりして、妙に芸が細かい。


 アーツの仕様は知っているので触れないことは分かっているものの、念の為に悠司は手を伸ばしてみたのだが、やはりスカスカと素通りするだけだった。


「う~む。それで(ハテナ)マークが表示されて……だからどうだというのだ?」


 実用一辺倒な感想を述べる聡一郎に、一同が苦笑する。ただそのニュアンスは若干異なり、清歌を除く三人は「そんな身も蓋もないことないこと言って」とでも言いたげな感じだが、清歌はと言うと自分の引き当てた追加報酬のことなのでどちらかと言うとトホホな表情に近い。


「まあ、それを言っちゃおしまいなんだが……。ちょっとしたジョークグッズみたいなもんだと思えば面白いだろ。その内、こう……何か使い道がピンとくるかもしれないし」


 ピンと言ったところで悠司がウィンドウをポチッとすると、今度は悠司の頭の上に電球が出現して明りが灯った。かなり古典的な演出だが、確かに何か閃いた時に使う表現である。


 清歌がガチャ――もとい、ロトリーハンドルを回して入手した報酬は、<コミックエフェクト>というかなり特殊なアーツだった。


 ちなみにダンジョンクリア報酬はアーツや武器などは人数分入手でき、ホームに設置するタイプのアイテムは一つだけとなっている。


 このコミックエフェクトというアーツ。ネーミングから分かるように、いわゆる漫画的なエフェクトを表示するだけ(・・)のアーツだ。弥生や悠司が試しに使ってみたものはプリセットされている基本的なもので、設定しておけば任意の顔文字を表示したり、吹き出しを表示したりもできる。


 面白いところでは、少女漫画的に背後にぶわっと花を咲かせることや、長ーい睫毛で縁どられた大きな白目(瞳は無い)を目の前に貼り付けることもできる。


「おほほほほ、どうかしら? このエ~レガントなバラの花は。ワタクシにぴったりではなくって?」


「弥生……、恐ろしい子!」


「わははは! ってか、その白目はコミック的って意味では分からなくはないんだが、こういうモザイクを掛けるのとか……、こんな風に目に黒い線を入れるのとかがプリセットで標準装備ってのは、かなりブラックだとは思わんか?」


 弥生と絵梨のやり取りを見て大笑いしていた悠司が、微妙に犯罪臭の漂うエフェクトを発動させている。顔の前にモザイク表示になる楕円形の板が現れ、次に両目を覆い隠すような黒いラインが表示される。


 なお、これら顔の前に表示されるエフェクトの類は、使った側からは殆ど透明の板が見えるだけで、視界を遮ることがない。――本当にムダに凝った仕様である。


「フフフ……ユージ、貴方一体何をしたのよ? 週刊誌の疑惑記事に載ってる写真みたいよ?」


「ええと、そういう時は……コレだ!」


 体全体を隠す大きさのすりガラスっぽい板が出現し、弥生の姿を曖昧に隠す。それを見た絵里はニヤリと笑い、敢えてすりガラスの中に入らずに隣に立った。


「……そうですか、彼とは古い友人なんですね。それでこのニュースを初めて知ったとき、貴方はどう思われましたか?」


「実はー、あたしは何時かこういう事を仕出かすんじゃないかなーって、前から思ってたんですぅー」


 絵梨のインタビューに、弥生が不自然に甲高い声で返答した。少々不憫な気もするが、二人の前で不用意なエフェクトを使ってしまった悠司の失策である。


「オマエラ……、人を犯罪者に仕立て上げるような子芝居は止めてくれまいか。……っつーか、そういう時は普通、そんなことをするとは思えない……とか、真面目なイイ人だったんです……とか言うもんじゃないか?」


「「あはははははは!」」


 最初は一体どう使ったらいいのかと懐疑的だった弥生たちは、いつの間にやらすっかりコミックエフェクトで遊ぶことに嵌ってしまったようだ。聡一郎がこのノリについていけていないのは、彼女たちほどには漫画に親しみがないためだろう。


 ――このように、例えば街中で活動するストリートパフォーマーや、使い方によっては露店などでの客引きにと、工夫次第で色々と使い道はあるのだ。さらに消費MP・スタミナは極小でクールタイムもないため、街中のみで活動している低レベルのプレイヤーでも連発できるというおまけつきである。


「なるほど、そういう使い道はあるのだな。だが、そういう工夫というか思い付きは、俺には向かんからな……」


「あのねぇ、ソーイチ。まあ、確かに向いてないのは私らも分かってるけど、別に使えないなら使えないで、別に放置で構わないんじゃないの?」


「……そうなのだがな。なんと言うかせっかくもらったスキルを使わないというのは、勿体無くはないか?」


「あ~、ま~ね~」「分からなくはない」「清歌のお陰でゲットできたものだしねぇ」


 さて、これまでまったく会話に参加しようとしない清歌はというと、コミックエフェクトの拡張機能のすべてを表示させて、あれこれといじり倒していたのだ。そしてやっつけ仕事ではあるが、ある程度使えそうなモノがいくつか出来上がった。


「……では、ちょっと外に出てみませんか? ちょっとだけ実用的なものを作ってみましたので」


「さ、清歌!? 作った……って、さっきから何かやってるな~って思ってたけど、もう作っちゃったの?」


「はい。もっとも、エディターでちょこちょことアレンジしただけですので、作ったという程のものではありませんけれど」


 などと笑顔でのたまう清歌に促され、全員でコテージの外へと出る。


 コテージのある花畑から少し離れ、彼女たちが普段アーツの素振り――というか慣らしをしている、障害物の無い芝生の広がっている場所へと移動した。


「では、皆さんはこの辺りで見ていてくださいね」


 清歌は四人から五メートルほど離れて振り返ると、右手を前に突き出して手の平を翳した。


「では、行きますよー。……はっ!」


 掛け声と同時に、手の平から「は」という立体的な平仮名が出現し、徐々に拡大しながら弥生たちの方へと飛んで行った。


「わわっ! 何コレ!」


 弥生は思わず声を上げて文字を避けてしまったが、通り過ぎて消えた文字を見た後で、避ける必要などなかったことを思い出した。避けたのが自分だけだと恥ずかしいなと思って他の三人を見ると、皆身構えたり飛び退いたりしていたので、弥生はちょっと安心した。


 先ほど悠司が試してみた通り、コミックエフェクトは触れることはできないし、ダメージが出るようなアーツでもない。故に避ける必要は全くないのだが、目の前にカタマリが飛んで来てしまったら反射的に避けてしまうのも良く分かる話だろう。


 取り敢えず一つ目の披露をした清歌は、ちょっと悪戯っぽい笑顔で弥生たちの元へと戻って来た。


「ふふっ、漫画的というのを意識して作ってみたのですけれど、どうでしょうか? いきなり飛んで来たら、驚くのではありませんか?」


「うむ。……なるほど、つまり清歌嬢は牽制用の飛び道具に使えると、そう考えているのだな」


「はい。コストも殆どゼロですから他のアーツに影響は与えませんし、戦闘中でも問題なく使えるかと思いまして」


「対人戦だと特に有効だな……、俺も思わず避けちまったし。だが魔物相手には効くのかね?」


「どうかしら? 主に視覚に頼って行動している魔物になら、効くかもしれないわ。その辺は要検証ね」


「ふむ。……少なくとも目くらましにはなるし、いろんな使い方ができそうだよね」


「目くらましというなら、こういうのも作ってみました……」


 そう言いながら清歌は弥生の隣に並ぶ。いかに見た目だけで何も影響はないとはいえ、これから披露するエフェクトは、仲間相手に至近で向かい合って放つのは少々憚られるのだ。


「では……、ファイヤーブレス!」


 フーッと息を吹き出す口の先から、五十センチほどの長さの火炎が伸びる。ちなみにこのアーツはエフェクトを特定の位置に発生させるものなので、わざわざ口を開けるという動作は必要ない。ブレスと名付けたので、その方がそれらしく見えるだろうと思ってのことである。


 ただ、なんとなくイメージ的にはドラゴンが吐くブレスというよりは、大道芸人がやる火吹き芸のようで、清楚なお嬢様然とした清歌とのミスマッチ感が半端ない。


 どうにも清歌がオモシロい方向に進んでしまっているように思えて、絵梨と悠司がびみょ~な表情で顔を見合わせる。もうちょっと自分に似合ったものを作った方がいいと、清歌に言っておくべきかと思っていると――


「わわっ! 凄い清歌。アレだね、竜人とかそういうイメージだね~」


「おお、これなら近接戦闘中に効果的に使えるな! あまり正々堂々という戦い方ではないが……」


 弥生と聡一郎がそれぞれ好意的な感想を言ってしまったので、そのタイミングを逸してしまった。二人の言っていることも的外れというわけでもないので、火吹き芸については流すことにして、絵梨は別のことを尋ねる。


「清歌は戦闘にも応用できるかもって、飛び道具と近接攻撃を作ったのよね。今のところ作ったのは二種類だけなのかしら?」


「いえ。あともう二つあります。……と言ってもその二つは基本的に同じもので、ちょっと設定を弄ったバリエーション違いですね」


 清歌が「ポイズンフォグ」といって発動させたエフェクトは、見るからに毒々しい紫色と黒が入り混じった霧が前方広範囲に広がるといったものだった。しかも赤紫から青紫まで脈動するように色が変化するというおまけ付きである。


「うわぁ~、ちょっとこの霧の中には入りたくないなぁ~」


「う……うむ。少なくとも初見では絶対に近寄らないだろうな……」


 よくもまぁこんなにも毒々しい霧を作れたものだと、四人は呆れ交じりに感心してしまう。ある意味、色彩が心理に与える影響を清歌が良く理解しているという証左であろう。これを展開すれば、一種のバリケードとして敵の行動を制限することができるに違いない。


 ちなみに清歌は知らないことだが、実際に継続ダメージや状態異常を引き起こす霧を発生させる魔法は<ミリオンワールド>に存在する。発生領域などの特徴をそれらに合わせれば、真偽の判断がさらに困難な、厭らしいことこの上ない技となる可能性もあるのだ。


 確かに実用的ではあるが、弥生たちの表情から今一つ受けが良くないことを察し、清歌は毒々しい霧はさっさと消して、最後にして一番の力作を披露することにする。


「……今のは副産物のようなものでして、本命はこちらです。戦闘用ではありませんけれど。……ダイヤモンドダスト」


 ポイズンフォグよりもさらに広範囲に無色透明の小さな粒が現れる。よ~く目を凝らして確認すれば、六角形の極めて薄い板が不規則に回転しながら浮遊していることが分かるかもしれない。


 霧と比較するとかなり荒い密度で散らばっているために視界を遮ることはなく、自然なランダムさで日の光を反射してキラキラと輝いている。それは真冬のニュース番組で年に一度くらいは目にする、同名の自然現象にそっくりであった。


「うわぁ~、キレイだね~。清歌、これスゴイよ!」


「ありがとうございます。弥生さん。ちょっと頑張ってみました」


「確かに綺麗……。本物は映像でしか見たことないけど、よくできてるわね……」


「ってか、ちょっと頑張ったって……。清歌さん、あの短時間でよく四つも作れたな。オリジナルを作るのはかなり大変そうじゃないか?」


 悠司もこのアーツはプリセットだけでなくオリジナルも作れるというのを知り、じゃあちょっとやってみるか、と軽い気持ちでエディター画面を開いてみたのだ。


 するとプレビュー画面を中心に大量の項目と数値設定のスライダー、そしてタイムラインなどが一気に表示されたのである。専門的すぎる画面にうんざりした悠司が、そっとエディター画面を閉じたのは言うまでもないだろう。


「今お見せしたものは、基本的な素材を少しアレンジした程度ですから、それほどでもありません。エディターも良くできていて、使い易かったですから」


「アレが!? ……本当に使い易かったの?」


「あ……、そうですね。あのような画面を初めて見た方は、ちょっと面食らうかもしれませんね。私は一応CGやムービー編集にも、ちょこちょこ触れていますから」


「あー……、そりゃそうだよな。清歌さんだもんなぁ……」


 清歌の種明かしに悠司は大いに納得した。というか、考えてみればアートと名の付くものには片っ端から興味を持つ清歌が、最先端の表現に手を出していないという方が有り得ないのだ。悠司は大げさに驚いてしまった自分にツッコミを入れたい気分であった。


「それから、このオリジナルのデータはコミックエフェクトを使えるもの同士なら、共有できるようです。今、設定をしましたので確認してみて頂けますか?」


 弥生たちが確認してみると、確かにアーツの選択肢にオリジナルという項目が増えていて、先ほど見た四つのエフェクトが登録されていた。それらは清歌側の設定によって、飛んで行く文字の再定義や発動キーワードの設定を変えることができるようになっている。


 清歌からの説明を受けた四人は、極太の火炎を吹いてみたり、“拳”という文字を飛ばしてみたり、サイケデリックな色彩の霧を発生させてみたりと、アレコレ遊んでみるのであった。







 自由度が高い、というのはそれだけで一種の魔力がある。例えばゲームやコミュニティサイトのアバターを作る時、数多くある設定項目やパーツの選択肢に拘るあまり、予定していた時間の全てを費やして何も始められなかった、などとはよくある話である。


 コミックエフェクトもどうやらそういった趣があるようで、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人はかなり長い時間、検証と称して遊んでいた。


 もっとも、プリセットで遊ぶだけならばすぐに飽きてしまいそうなので、これだけ長い時間遊んでしまった主原因は、弥生たちの思い付きを吸い上げて、次から次へと新たなオリジナルエフェクトを作り上げてしまった清歌にあると言えよう。


「いや~、ヤバいね。モフモフもそうだったけど、ハマっちゃうと時間を忘れちゃうね」


「そーねぇ、気付いたらこんなに時間が経ってたなんて、我ながら驚きね」


「うむ。だが、お陰でいろいろ使えそうなものもできたし、よいのではないか?」


「っつーか、清歌さんの技術があまりにも凄すぎて、そっちの方が驚きなんだが……」


「ありがとうございます。……ただ、このエディターは本当によくできていますので、ちょっと時間を掛けて慣れれば、プリセットを元にアレンジを加えるくらいなら誰にでもできるようになると思いますよ?」


 清歌はそう言っているものの、その慣れるまでの時間が大変そうだ。なにしろ彼女が使い易いというエディター画面は、プロ仕様の3DCGソフトと大差無い仕様なのだ。確かに経験のある清歌にとっては使い易いのかもしれないが、大多数のプレイヤーは画面を見た瞬間、使いこなすのは諦めてしまうだろう。


 実際にエディター画面を見て挑戦する気持ちがポッキリ折れた悠司などは、清歌の言い分が微妙にズレていると感じて、何やら悩ましい表情をしていた。


 ある意味このコミックエフェクトというアーツは、オリジナルを開発できる清歌と、ゲーム的な応用力のある弥生たちが揃っているマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)にぴったりのものだったのである。――まあ、引き当てた清歌の希望とは違っていたようだが。




 コミックエフェクトについては皆十分に遊んで満足したようなので、絵梨は気持ちを切り替えて今後の活動方針に関わる重大なことを話し合うべく、手を二度叩いて注目を促した。


「ハイハイ! じゃあ皆、コミックエフェクトの検証も終わったところで、ひとつ重大な議案があるわ」


「なに、絵梨? 何か問題なんてあったっけ?」


 そう口に出した弥生だけでなく他の三人も、絵梨の懸念が全く想像できていないことが表情から見て取れた。絵梨は眉間に皺を寄せて腕を組んだ。


「なんていうか、これは私が迂闊だったんだけど……。っていうか、問題がなかったから気付かなかったのよねぇ……」


「……だから、何をかね。絵梨さんや?」


「っていうかユージ……、これは私ら二人が気を付けるべきことだったのよ? さっきのボス戦で、清歌がなんだかへんてこりんな武器を使ってたのはどうしてよ?」


「あっ!」「……そうだった!」「すっかり忘れていたな」「……はい?」


 そう、清歌が道中の宝箱からゲットした怪しげなネタ武器を使っていたのは、未だにまともな装備品を何一つ持っていないからなのである。


 ダンジョンに入る前まで清歌の戦闘経験は片手で数えられるほどであり、その戦闘時も彼女自身の身体能力と雪苺の魔法でどうにかなってしまっていたのだ。千颯を得てからは戦闘面では申し分ないほどまで強化されたこともあり、今回のダンジョンも問題らしい問題は起きなかった。


 ただそれはたまたま運が良かっただけであり、能力値的には弥生たち四人よりかなり低い清歌は、相性の悪い相手と遭遇すると、場合によっては瞬殺されるか、或いは完全に膠着して千日手になりかねない。


 そういったリスクがあることを知りながら、まともな装備品を何一つそろえていなかったのは、確かに生産組のミスだったと言えるだろう。もっとも、リーダーたる弥生が全く気付かなかったことや、当の本人は未だに微塵も気にしていないということの方がより問題とも言える。


「宝箱からたまたま見つけた武器を使っただけなのですけれど……、なにか問題があったのでしょうか?」


「あ~、そうじゃなくってね、清歌。そう言えばダンジョンに一緒に行こうっていうのに、私らは清歌の装備のことを全く考えて無かったな~って……」


「ま、結果的に、今回は特に問題がなかったわけだけどね。でも、じゃあ何も準備しなくていいって話じゃないでしょ?」


 二人に言われて清歌は得心した。どうも現実リアルの感覚が捨てきれていなかったようで、清歌は装備品という代物をまるで気にしていなかったのだ。


 ――というのも黛流の護身術というのは、いついかなる時でも自身の身を守れるようにすることが基本理念なのだ。故に基本は無手に防具無しであり、様々な武器に対処できるようにという訓練の過程で、武器の扱いも習熟していくのである。


 しかし現実リアルではそれでよかったとしても、<ミリオンワールド>内では事情が異なる。ここは現実にはないアーツや魔法が飛んでくる世界であり、また装備品を常に実体化させずに携帯することも可能なのだ。ならば、非常時の備えをしておくに越したことはない。


「装備品……、ですか……」


「清歌。何か気になることでもあるの?」


「はい。大したことではありませんけれど、袂からアイテムを取り出す動作に慣れてしまったものですから、それが変わってしまうとちょっと不便になるかもしれないと思いまして……」


「確かに清歌にはその恰好が似合っているし、それを変える必要はないと私も思っているわ」


「む? では装備品……防具はどのようなものにするというのだ?」


「だから和装に合わせたものにすればいいのよ。ユージ、確か籠手とすね当てがあったわよね?」


「あー、あるな。……なるほど、それに加えて鉢金と、弓道の胸当てみたいなブレストプレートだったら、その装束のまま装備できるな」


「なるほど……だいたいイメージが掴めました。ええと……」


 清歌は袂からスケッチブックと鉛筆を取り出すと、サラサラとあっという間にデザイン画を起こしてしまった。清歌が愛用しているノースリーブで膝上丈の着物とサンダルの上に、先ほど挙げられた防具を身に着け、その上に上衣を羽織るといういで立ちである。


「わ、カッコイイね。清歌の戦闘モードだ!」


「うむ。それに、これなら今までと同じ動作ができるだろう」


 全体的には幕末は戦国をネタ元にしながら、アレンジし過ぎて史実からはかけ離れたものになってしまったゲームで、なぜかガチで戦うお姫様や、くのいちが着てそうなイメージになっている。


「まあ、軽い物ばかりだから防御力はそれなりだけど、清歌は単純な物理攻撃は避けちゃうことの方が多いから、これでいいでしょ。その分、錬金で魔法防御を上げるようにするわ」


「……ってなわけで、清歌さん。こういう感じで一式揃えちゃっていいかね?」


「はい、よろしくお願いします」


「え~っと、じゃあ次は武器を決めなくちゃね。……せっかく今のイメージを崩さないんだから、武器も似合うようなものにしたいよね~」


 そう言って弥生はスケッチブックに描かれた、清歌(戦闘モード)を見直す。


 和装からすると真っ先に思い付くのは刀だ。できれば太刀と脇差のセットで、場合によっては二刀流というのがよりカッコイイ。次に女性に似合うという点では、薙刀や和弓というのもいいだろう。ちょっと捻って小太刀や鎌槍、もしくは忍者イメージで苦無というのもアリかもしれない。


 等々、ああだこうだと意見を出し合うが、これといった決め手がない。清歌がそれらの武器を大体扱えてしまいそうだというところも、逆に決められない一因となっているのが何とも悩ましい。


「うーん、ここはちょっと視点を変えてみましょ。清歌、魔物使いの心得で覚えられる攻撃アーツはなかったはずだけど、得意分野の方ではどうなのかしら? 何かアーツを覚えられるの?」


 絵梨が発した別の角度からの意見に、清歌はなぜか微妙に目を泳がせた。どうやら何かアーツは覚えられたらしいが――


「その……、魔物使いの真髄では習得できる攻撃アーツがあります。というか、既に一つ使えるようになっています。ある意味、魔物使いらしいと言えなくもないのですけれど……」


「え? 魔物使いらしい……って、ナニ?」


「それが……、鞭のアーツです」


「「「「あ~~~」」」」


 魔物使い、というよりそこから連想される調教師やジョッキーといった職業には、確かに鞭は付き物と言っていい商売道具だろう。そういう意味では、魔物使いの真髄で鞭系アーツを習得できるというのは分からない話ではない。


 なお普通に使える清歌には関係の無い話だが、鞭は取り回しが非常に厄介なため、不人気武器の一つとなっている。アーツに関しても、総合的な火力では他の武器に劣るものではないものの、癖の強い技ばかりでこれまた扱いにくいのである。


「鞭が嫌……という気持ちも少しだけありますけれど、それよりもこの装備ならやはり、刀や薙刀が似合いそうだなと思いますね」


「だよなぁ……。や、でもせっかくのアーツを死蔵するのも……」


「まあ、でも斬撃系のアーツは買ってしまうっていう手もあるわよ?」


 絵梨の物言いは、予算が潤沢なマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)なればこそのものである。ごく普通のプレイヤーであれば、心得や得意分野で覚えたアーツはなるべく活用しようと考えるのだ。


「む! そう言えば……、単にアーツを使うだけならば例の採取ツールのワイヤーでも行けるのではないか?」


「でも基礎的な攻撃力が無いんじゃ、アーツを使ってもダメージが……。あ~っ!」


 弥生はあることを思い出し、叫ぶと同時に頭の上に電球をピカッと灯した。相変わらずゲーム的なことに関しては、頭一つ抜きんでた器用さを発揮するようだ。


「アレだ! マルチプルフォトンセイバーにすればピッタリだよ! 剣に槍に薙刀にもなるし、長くワイヤーを伸ばせば多分鞭のアーツも使えるんじゃないかな?」


 チュートリアルの時に話だけ聞いて弥生が諦めた武器を、万能採取ツールの話から思い出したのだ。


「ああ……あったわね、そんな武器。確かにアレなら全ての要素を兼ね備えているけど……。この衣装に似合ってるかっていう、肝心のところはどうなのよ?」


「や、案外似合うんじゃないか? ほら、某SF超大作の光剣を使う騎士は、ちょっと和服っぽい服装だろ?」


「そう、それ! 実は私もそれを想像してたんだ~」


 と、ここで清歌がある意味で決め手となる一言を発した。


「ああ、その騎士の武芸なら演じられますよ。……中学時代の文化祭で、生徒会メンバー全員でちょっとしたパフォーマンスをしまして」


 その時はごく普通の袴姿で、持っている獲物も刀――無論演劇用の小道具である――だったのだが、誰がどう見ても例の騎士の殺陣たてだったのである。長い金髪をポニーテールにした袴姿の清歌が、舞うように剣を振るう姿に、観客は黄色い悲鳴を上げたそうな。


「じゃあ、武器はマルチプルフォトンセイバーで決まり! ……で、いいのかな?」


「はい。ぜひ、それでお願いします。……ふふっ、考えてみると、当初の予定通りという気もしますね(ニッコリ☆)」


 こうしてようやく、<ミリオンワールド>を初めてからと考えると本当に長い時間を掛けて、清歌の扱うメインの武器が決まったのである。





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