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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第五章 ファーストダンジョン
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#5―10



 一般的にRPGにおけるダンジョンという場所は、ストーリーに密接に関わっている――要はストーリー上の斃すべきボスがいる――場所である場合と、主にレベル上げやアイテムを入手することを目的とした場合の二通りに大別できるだろう。


 前者の場合はボスを斃してクリアすると、何某かのイベントが発生することが多く、それによって次の目的地が判明したり、斃すべき次の敵が分かったりするのである。


 一方、後者の場合はボスを斃すとアイテムの入った宝箱と、帰還ポイント――魔法陣や扉など――が出現するというパターンが殆どである。またこちらのタイプは突入する度に構造が変化する、インスタンスダンジョンという場合も多々ある。


 さて、今回マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)が挑戦したダンジョンはストーリー的な背景はなく、どちらかと言えば後者に近い。なので、クリアしてもイベントが発生することはなく、代わりに宝箱が出現した。ちなみに、例のオーソドックスな“ザ宝箱”というデザインである。


「じゃ、開けるよ~」


 全員とアイコンタクトを取った弥生が、両手で宝箱の蓋を開ける。そこにあったのは――


「お~! 見て見て、でっかいオーブがあるよ」


 弥生が宝箱から取り出したのは、黄金の台座に乗った、翡翠のような質感の直径二十センチほどの宝玉だった。


「……ただの換金アイテム、じゃないわよね。ダンジョンのクリア報酬なんだし」


「うん。え~っとね、なんかリストがあって、その中から好きな報酬を選択して貰えるみたい。ちなみに、残念ながら選択できるのは一個だけだね」


 ちなみに正式なアイテム名はギフトジェムなのだが、どこからどう見てもオーブなので、誰も弥生に訂正を加えようとは思わなかった。


「おや、こっちで選ばせてくれるとは珍しく親切だな。で、どんなもんが……、あ、こっちにもリストが出た。なになに……」


 パーティーメンバーであればリストの参照は出来るらしく、それぞれの目の前にウィンドウが出現した。報酬の選択肢は――まず選ばれないであろう、ど~でもいいモノも含めて――かなりの数が用意されていて、ざっと見ただけでも三十は下らない。これは選ぶのに時間がかかりそうだ。


「ふむ、模擬戦パペット……、これは面白いな。これまでの戦闘で受けたことのある攻撃と魔物の姿をセッティングして戦闘訓練をすることのできるゴーレム、だそうだ。ホームでしか使用できないとあるが、俺達は問題ないからな」


「なるほど、聡一郎らしいな。だったら俺はこの、素材の出る小槌かな……」


「生産系に向いた報酬もあるのね。……私ならこっちの、素材の湧く杯の方がいいわね。こっちは魔物系の素材が出るみたいだから」


「私は……、この実りの樹がいいですね。ホームに植えておくと、ランダムで色々な実が生るそうです」


 従魔は基本的に食事を必要としないのだが、それでも好物を与えると喜んで食べるのだ。この実りの樹があれば、ホームに放し飼いにしている草食動物系の従魔はきっと喜んでくれるだろう。


 リストの中から目ぼしいものをピックアップし、あれがいいこれがいいと希望を言い合う。自分の役割に合ったものになってしまうのは、当然のことである。収拾がつかなくなりそうだったので、リーダーたる弥生は、クールダウンさせるためにこのオーブの仕様について説明をする。


「ちょ~っと待って。……断っておくけど、選べるのはパーティー全員で一個、だからね?」


「あ……」「一個選択って」「……そういうことか」「あまりウマい話は無いのだな」


 ランダムで強制的に決まるのではなく、好きなものを選べるというのはずいぶん良心的だと思いきや、やはりそうは問屋が卸さないようだ。


「ついでに言うと、選択する時は全員でオーブに手を翳さないといけないから、抜け駆けも無理だよ」


 清歌たち五人が仲間を出し抜いて勝手に報酬を選ぶようなことは有り得ないので、弥生が付け加えた説明は無用のものだ。しかし例えば臨時でパーティーを組んでこのダンジョンに挑んだ場合には、必要な使用制限であろう。


 ちなみに臨時パーティーでホームに設置するタイプの報酬を選択した場合は、それぞれのホームであれば自由に移設が可能であり、自動的にローテーションで移動するような設定にもできる。


「まあ、こっち()今ここで選ばなきゃいけないって訳じゃないから、取り敢えず持って帰って、相談しながらじっくり選ぼうよ」


「ま、そーだな。時間制限がないんなら、ちょっと気長に考えるか。もしかすっと、今は全くいらないものでも、何かのイベントで役に立つのがあるかもしれんし」


「そね。急いては事を仕損じる、ってね。……あら、弥生? こっち()って言ったわよね、宝箱の中には他にも何かあったの?」


 弥生は「よくぞ聞いてくれました」と笑顔を見せると、ギフトジェムを一旦悠司に預け、蓋を開けたままの宝箱から、あるものを取り出す。


「宝箱の中には…………、じゃん! なんと、宝箱が入ってました~」


「「「「お~~」」」」


 自慢げに宝箱を持った両手を前に突き出す弥生に調子を合わせて、四人は大げさに驚いて見せる。チームワークがいいのはいつものことだが、初ダンジョンクリアでいつもよりテンションが高くなっているようだ。


 ――その時、ギフトジェムと弥生の持つ宝箱が入っていた、大きい方の宝箱が光の粒となって消える。そして転移する時に感じる浮遊感とともに、五人はダンジョンの入り口である泉へと戻っていた。


「あ、そっか。クリア報酬を全部回収したから、ダンジョンから追い出されたんだね。……ほんじゃ、続きはホームに戻ってからにしよう!」







 ホームへと帰還したマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)一行は、飛夏のコテージへと入り、とても癒される座り心地の椅子に身を預けて、ほっと一息ついた。なんだかんだで初のダンジョンアタック、しかも丸一回分のセッションを単独行で攻略するという予想外の展開で、皆それなりに気を張っていたのである。


「や~、けっこ~疲れたね~」


「ボスもなかなかの強敵……というか難敵だったわね」


「テレビゲームだと、飛んでる敵にも普通に剣で斬りかかったりするんだがなー。VRだと、そう簡単にはいかないんだな」


「……やはり、遠距離攻撃のアーツがないと、対応しきれない敵がいるな。おかげで俺は、今一つボス戦が消化不良気味だ」


「攻撃を当てるだけなら、移動系アーツを組み合わせればできそうですけれど、それでちゃんとダメージを与えられるかというと……」


「うむ、微妙なところだろうな。アーツは踏み込みの予備動作を取れないから、そもそも発動自体ができんだろうしな」


 攻撃を当てること自体は問題なくできるという前提で話す二人に、弥生と絵梨は顔を見合わせ、悠司へと視線を向けた。苦笑しつつ首を横に振る反応を見る限り、運動神経が人並み以上であってもそう簡単ではないようだ。


「あ、なるほど、そういう仕様なのですね。……踏み込みのタイミングでエアリアルステップと同時で使用することはできませんか?」


「……! う~む、それは試したことがなかったな。そういえば――」


 そもそも今二人の話題に出てきているエアリアルステップでさえも、実は結構癖のあるアーツなのだ。特に連続で使用するには、空中でジャンプしつつ次に踏み込む位置を明確にイメージする必要があるので、そう簡単にはいかない。まして、清歌のように真横にジャンプしたり、反転して地面に向かって踏み込んだりなどというアクロバティックな芸当は、聡一郎ですら訓練中なのである。


 運動神経が良い人たちのは流しつつ――あまり深く考えると落ち込むので――弥生はお茶と菓子類をテーブルに広げ、ついでにギフトジェムと小さな宝箱も取り出した。宝箱は手のひらに乗る程度のサイズで、デザインはコレの入っていた大きな方の宝箱と共通である。


「ハイハイ、二人とも。そんな曲芸じみた技のアイディアは、後で存分に議論して頂戴な。今はこっちの確認の方が先よ」


 絵梨はパンパンと手を叩いて、地味に盛り上がっている清歌と聡一郎の議論を制止した。


「うむ、了解した。実際に試しながらの方がいいしな。……では、宝箱の中を確かめてみるとしよう」


 四人の視線に促され、弥生は「じゃ、早速」と宝箱を手に取り、ぱかりと開け――ようとしたのだが、箱を開けることはできなかった。


「アレ!? なんで開かないのコレ」


 実はひっかけで開けるのではなくスライド式なのか、或いは別の場所に蓋があるのか、はたまたどこかにスイッチでもあるのか――と弥生は思いつく限りのことをあれこれ試してみたが、どれも外れだったようだ。


「ダメだ~、開かない! なんでクリア報酬が開かない箱なの~」


「どれどれ……。ふん! ……んーーー、ハァ。確かにこりゃ開かんな」


「ちょっとユージ……、ココでは能力値的に力が強いのは弥生の方でしょ? 力任せで開くなら弥生が開けてるわよ。ええと…………、あら、鍵穴があるじゃない」


 宝箱は弥生から悠司、そして絵梨の手へと渡り、どうやら鍵がかかっていることが判明する。ということは、恐らく力任せやアーツで箱自体を破壊するという方法は、試しても無駄だろう。なぜならば、宝箱というのはそういう仕様なのである。


「しかし……鍵か? もしや、鍵開けのアーツでも必要なのだろうか?」


「そね……、そういう可能性も否定できないわ。でも、何が入ってるのかも分からないのに、今から取得するのも……。というか、それで本当に開くとは限らないのよね」


 さてどうしたものか、と再びテーブルに置かれた宝箱に五人の視線が集中する。


(……そういえば、私のコースにあったダミーの宝箱には、鍵は掛かっていませんでしたね。あ、鍵と言えば……)


 清歌は袂からアイテムウィンドウを取り出すと、所持アイテムの一覧から貴重品を表示させる。果たしてそこには、お目当てのアイテムがちゃんと残っていた(・・・・・)


「もしかして……、この鍵が使えるのでしょうか?」


「む!?」「なん……だと!?」「鍵って消えたはず、よね?」「うん。扉を開けたら無くなった……よ?」


 清歌が手に取った鍵は、まさしくボス部屋へと続く扉を開けた、あの鍵であった。







 清歌が初めてその魔物に遭遇した時、それが魔物だとは気づいていなかった。基本的に魔物にはマーカーが表示されているのだが、背景オブジェクトに擬態している魔物にはそれが表示されない。これはマリワタソウの一件で、既に経験している注意点である。


 清歌のコースにしてはちょっと大きめな浮岩の端に、二メートルほどの一本の樹がぽつんと立っていた。その樹にはホオズキそっくりの形をした、ただしサイズの比率的には大きすぎる果実が六個生っており、その鮮やかな朱い実は中心部がぼんやりと光っていた。


 全体的な印象としてはちょっとデザインに凝り過ぎてしまった街灯という感じで、夕暮れ時に見たらさぞ雰囲気があることだろう。もっとも朱色のおぼろげな光は、見る人によって風情があると感じるか、なにやら不吉なものを感じるか、意見が分かれるところかもしれない。


 さて、好奇心旺盛な清歌としては、こんな面白そうなものを遠巻きに見るだけで済ます訳もなく、もっと良く観察するべく近づいたのである。


「えっと、清歌? 話の流れ的に、すっごくイヤ~な予感がするんだけど……」


「大丈夫ですよ、弥生さん。ダンジョンに居ることも、あちらこちらに罠があることも忘れていませんから。ちゃーんと頭の隅では、常に警戒しています」


「まあ清歌がそう言うなら、きっと大丈夫なんだろうけど……。(でも清歌ってば、結構無茶するからなぁ~)」


 手を伸ばせばあと一歩で触れることが出来る、というところまで近づいた時、突如果実全体が炎に包まれた。そして炎だけが果実から分離し、火の玉となって清歌と従魔たちに向かってゆっくりと(・・・・・)向かって来た。


 オニビという名のこの魔法――後にライブラリを見て判明した――は、見た目はファイヤーボールそっくりだが、着弾しても爆発しない代わりに消滅することもなく、一定時間燃え続けるという、似て非なるものだ。また最高速度は遅いものの速さを調節でき、また誘導性もあるという特徴もある。


 ダメージ量は接触している時間に比例するので、極端な話、避けるのが無理な時は覚悟を決めて駆け抜ければ、大ダメージを受けるということはない。問題はクールタイムが短く、割と連発することが出来るので、延々とオニビに追いかけられる羽目になりかねないという点なのだ。つまり、一見弾を飛ばす魔法のようでありながら、実際は設置型のトラップに近い魔法なのである


「あ~、やっぱ魔物だったか。……にしても、植物系が火属性の魔法を使うのは珍しいような……」


「あ……いいえ、この魔物もやはり虫系でした。樹木全体が魔物ということではなくて、オニノトモシビという魔物が果実に擬態していたのです」


「オニノトモシビ……? ああ、鬼灯ホオズキってわけね。それで使う魔法がオニビとは……、ダジャレなのかしら?」


 オニノトモシビは虫の分類としては甲虫に近く、植物のホオズキではぺらぺらの袋状の部分は、見かけによらず硬い甲羅になっているのだ。ちなみに樹木には口で齧りついている状態であり、基本的に樹液のみを摂取して生きている。そういった生態の為かアクティブの魔物としては警戒範囲が非常に狭く、遠巻きに見ているだけだったならば、これが魔物と気づくことはなかっただろう。


 清歌の行動はまさに藪蛇になってしまったわけだが、常に警戒を怠らない彼女は、突然の魔法にも慌てることなく難なく身を躱した。躱した後も追いかけられたことと、微妙に速度をずらしたオニビを連発されたことには少々驚いたものの、清歌と千颯が囮としてオニビを誘導し、その隙に雪苺が魔法で攻撃するという戦法で対処することが出来た。


 ちなみに千颯の闇箱ダークボックスによってオニビのいくつかは吸収したのだが、いかんせん数が多すぎる上、下手に放出すると敵味方のオニビが混在して紛らわしいために、闇箱を直接ぶつける方法で使用していた。


 そんな攻防を繰り返しているうちに、雪苺の魔法が樹との接合部、即ち口に命中するとあっさり地面に落とすことができることが判明。その状態では体全体を炎に包めないために、オニビを完全な状態で放つことができなくなることも分かり、それ以降は有利に戦いを進めることができたのである。


 ただ、攻略法が分かったのは良いが意外に防御が硬く、また耐久力も高かった為、全てを斃すまでにはかなり時間を食ってしまうことになった。


 今回のダンジョンは清歌にとって、従魔たちとの戦闘訓練とレベル上げも兼ねているので、基本的に遭遇した魔物はすべて倒すつもりで挑戦している。しかしながらこのオニノトモシビは、強さの割に入手できる経験値は少なく、またドロップアイテムも他で手に入るものばかりという、骨折り損な魔物だったのである。


 にもかかわらず、オニノトモシビはそれから何度も出現した。


「でも警戒範囲は狭いんだから、回り込めば戦闘は回避できるのよね?」


「ええ、その通りです。そこがなんと言いますか、意地の悪いところで……」


「……ああ、なるほど。そう言えば宝箱をどうやって見つけたのか、って話だったな」


「ってことは、まさか……」


 さしもの清歌もオニノトモシビの相手は費用対効果が悪いと感じ、それ以降に遭遇したのは全てスルーしていた。――枝ぶりがいい風情のものは、しっかり写真撮影はしていたが。


 さて、途中で中ボス戦を挟み、更に何度目かのオニノトモシビとの遭遇時、そろそろ見慣れてきているはずのそれに、清歌の鋭い感覚が何か違和感を察知した。立ち止まって改めて確認したところ、今回だけオニノトモシビらしきものが七体、枝についていたのだ。重なり合うようについているのも、パッと見では数が分からないようにしているように思える。


 これは何かあると確信した清歌は、雪苺のウィンドカッターで一個ずつ枝から落とし、特に何の反応も見せなかった三つ目を素早く回収。オニビによる追撃を振り切って、さっさと逃げ出したのである。


 安全な場所で改めて確認すると、大きなホオズキの実、というか偽オニノトモシビには継ぎ目があり、そこから二つに割るように開くとそこには――


「この鍵が入っていた、というわけです」


「ふむふむ、そんなことが……。中ボスを斃して鍵をゲットした~って聞いてたから、もう宝箱探しはしてないんだって、思いこんじゃってたよ」


「そね。私も中ボスを斃そうなんて少しも思わなかったし……。考えてみれば、鍵は重複してゲットできないなんて、どこにも書いてなかったわねぇ」


「ボス部屋の鍵を開けた時に鍵は消えてしまったので、こちらも消えてしまったかと思っていたのですけれど……」


「ちゃんと残っていたってワケか。俺も宝箱探しをしてみりゃよかったかな」


「いや、俺も一応あちこち見ていたつもりだが、それらしきものはまったく見当たらなかったな。やはり鍵を二つ手に入れるのは、至難の業なのではないか?」


 恐らく聡一郎の感想は正しい。攻略に取り掛かる前に相談したように、鍵の入手方法はコースによって推奨されているものがあり、事実、それなりに苦労しつつもちゃんとゲットできるという難易度が設定されていた。しかし清歌のコースにいた中ボスの揚羽蝶は、そう簡単に弱点に気づけないというかなりの高難易度だったのである。


 清歌の例を踏襲すると考えると、弥生たち四人のコースでは、宝箱が一体どんな隠し方をされていたのか、ちょっと想像がつかないレベルだ。


 清歌にしても、たまたまボスの弱点が、彼女の才能と相性が良かっただけだ。これがもし、純粋に力で押してくるのタイプのボスだったならば、ゲーム的な能力値の低さがネックとなって斃すことはできなかっただろう。


 つまるところ、清歌は非常に運が良かったのである。


「じゃ、清歌。それでこの宝箱を開けちゃってちょ~だいな」


「承知しました。では、早速……」


 弥生から宝箱を受け取った清歌は、鍵穴に鍵を差し込み捻ってみる。するとわずかな抵抗とともにカチャリと音が鳴り、役目を果たした鍵は光となって消えてしまった。


 弥生たちとアイコンタクトを取り一つ頷くと、清歌は蓋をおもむろに開く。宝箱のサイズ的にアクセサリーか何かではないか、という予想は見事に裏切られた。――というか、清歌にはそれが一体何なのか全く分からなかった。


「えっと……。すみません、これは一体何なのでしょうか?」


 清歌は宝箱からそれを手に取り――この時宝箱も光の粒となって消えた――テーブルの真ん中に置いた。


 それは銀色に輝く金属製の直方体と、その長辺の中央から丸い棒が伸びているという、強いて言えばT字型のコルクスクリューに似ている何かだった。


「むう、なんだこれは? 小さなハンドル……なのか?」


「ゼンマイを巻く鍵……のようにも見えますね」


 見た目からの感想を言い合う清歌と聡一郎を他所に、弥生たち三人は何とも言えない表情で絶句していた。なぜならば、これの正体が想像できてしまったのだ。


 銀色のハンドルが付いたものはかなり旧型のものだろうが、より洗練された形のものは今でも現実リアルのそこかしこに見かける。コインを数枚投入し、ハンドルをぐるっと回すと、上部のケースの中に入っているカプセルが一つ転がり出てくるという、アレである。実物で遊んだのはもうずいぶんと昔のことだが、弥生と悠司は近所のスーパーの前に置いてあった奴を何度も回しては一喜一憂したものである。


 ともあれ、そのカプセルトイの機械とオンラインゲームという二つの要素から連想されるものが、一つあるのだ。


「えっと、これってやっぱり……ガチャ、なのかな?」


「ああ……、それしかないんじゃないか? ……つってもまあ、課金してコイツを買ったわけじゃないんだが」


「ま、その通りかもだけど、清歌の苦労で買ったようなものだからねぇ。……まあ、とにかくちゃんと確認しましょ」


 絵梨はそう言って、ハンドルっぽい何かを手に取り詳細情報を表示させた。


「ええと、アイテム名はロトリーハンドル。ギフトジェムに接続して回すと追加で一つ報酬を得られる。選択は不可能でランダムだけど、ごく稀に報酬リストに入っていないものが得られる可能性がある。……これはやっぱり……」


「やっぱガチャだね!」「ああ、ガチャだな」「ええ、紛れもないガチャね」


 所謂、基本(・・)無料を謳うゲームには付き物と言っていいガチャと呼ばれる、ランダムドロップのシステム。それによって得られるのはゲーム内で使用できるキャラクターだったり、武器や防具というった装備だったり、はたまたそれらを強化するアイテムだったりするが、そう簡単にいいものが出てこないのは言うまでもない。


 大抵のゲームでは無料で定期的に数回はできるシステムが搭載されているが、それだけではなかなかいいものが出るわけもなく、課金という泥沼に嵌っていくという、恐ろしい魔のシステムなのである。


「まあ、でも今回は悩むことはないね。清歌が回せばいいんだから」


「え!? 私ですか?」


「あら、驚くことないじゃない? だってこのハンドルは清歌が個人的にゲットしたようなもんでしょ?」


「それは……、そうかもしれませんけれど。どうも私は、こう言うものに苦手意識がありまして……」


 基本的に優柔不断なところはなく、即断即決な清歌にしては妙に腰が重い。そこへ聡一郎がズバッと切り込んだ。


「ふむ。つまり、清歌嬢は籤運が悪いということなのだろうか?」


「お、おい聡一郎。そんな身も蓋もない言い方をせんでも……」


「ふふっ、お気遣いありがとうございます。……ええと、籤運が悪いというのとも少し違いまして……。なぜか、欲しかった物とは違う方向性の物が当たることが多いのです。必ずしも悪いものではないのですけれど……」


「ふむふむ、なるほど。……ということは、やっぱり清歌に回してもらうのが良さそうだね!」


「ええ」「ああ、いいんじゃないか」「うむ。異存はない」


「ええ~!? そういう結論ですか?」


 珍しく困った顔で声を上げる清歌に、思わず笑ってしまう四人なのであった。




 その後のちょっとした話し合いの結果、リストから選ぶ方はじっくり吟味してから決めることにして、取り敢えずガチャの方は今回してしまおうという結論になる。


 その結果はというと――確かに清歌が自己申告した通り、実りの樹が欲しいと言っていた彼女の希望とは異なり、とあるアーツであった。その上、リストに掲載されていないレアドロップだ。しかし――


「これって……、いったい何に使うアーツなのかしら?」


「う~む。俺にはまったくわからんな」


「実用性って意味じゃ、微妙なのは確かだよなぁ。自由度は高そうなんだが……」


「う~~ん、私じゃ使いこなすのは難しいかも。あ、でもプリセットがいくつかあるから、遊ぶには面白そうじゃない?」


「私はいくつか使い道を思いついたのですけれど……。なんというか、面目ないです」





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