#4―09
結果的に午前のログイン時間いっぱい、つまりゲーム内で六時間を費やして、マーチトイボックスの五人はそれぞれのゴールまでたどり着くことが出来た。もちろん、お題である鍵をゲットした上でのことである。
<ミリオンワールド>は基本的に、いわゆる安全地帯でなければログアウトはできず、もしそれ以外の場所で時間切れになった場合は、最後に立ち寄った街のメインポータルゲートに戻される仕様になっている。
さて、では攻略中のダンジョンを外に出ることなく中断するにはどうしたらいいのか? 答えは単純で、ダンジョン内に設けられている安全地帯を利用するか、または使い捨てアイテムであるコテージを利用すればいいのだ。なにゆえ魔物の巣窟であるダンジョンに安全地帯があるのか、という謎については、ツッコミを入れてしまうと開発に「じゃあ安全地帯、いらない?」と返されてしまうので、あえてスルーしておくべきであろう。
ただあまり頻繁に安全地帯が現れるようではダンジョンに緊張感がなくなってしまうので、ボス戦も含めて三時間以内にクリアできるような小規模なものはボス部屋の前に、六時間以内の規模ならばプラス中間地点に一つ。さらに大規模なものになると、大凡三時間ほど攻略を進めると安全地帯が現れるようになる。
もっともこれはあくまでもテストプレイ時の経験則であり、必ずしも保証されているルールというわけではない。また大凡三時間の攻略とは言っても、それは順調に進行できた場合の話なので、大規模なダンジョンに挑戦する時はコテージを用意するのがセオリーである。
そんなわけでいったんログアウトしたマーチトイボックスの五人は、現在フードコートのテーブルを一つ占領して、食後のお茶を飲みつつ報告会の最中だ。
「……という感じの中ボスだった。俺には良く分からんのだが、戦闘をしているというより、パズルを解いているような感じだったな」
聡一郎の報告を聞いて、清歌は単純に「面白い仕掛けの敵ですね」と感心していたようだが、残る三人の反応はなんともびみょ~な表情だった。
聡一郎が対戦したジェリーアンツは、まず間違いなくパズルゲーム、それもいわゆる“落ちゲー”と呼ばれるジャンルのものに間違いないだろう。スライムっぽいモノがくっつくところや、弾けるように消えるところ、消滅する時に妙な効果音が鳴るところなどは、超有名なパズルゲームをパク――もとい、オマージュしているものと思われる。
ちなみに仕掛けに気づいた後、楽にクリアできたのは聡一郎の身体能力があればこそで、普通はそう簡単にいくものではない。次々と仕掛けて来る突進攻撃を捌きつつ、意図的に紫色の個体をつくり、色が元に戻る前にくっ付けるというのはそう簡単な作業ではない。
このメンバーであれば、清歌ならば問題なくこなし、悠司はちょっと苦労しつつどうにかクリアし、残る二人の場合は結構なダメージを覚悟しなければクリアは難しいだろう。
「……でもさ、ネタとしてはちょっと不完全じゃないかなぁ」
なんだって虫系の中ボスだというのに、スライム的なモンスターがモチーフになっているパズルゲームを持ってくるのかと、少々呆れ気味の弥生が、不満の形でツッコミを入れる。
その不完全というキーワードに首を捻る清歌と聡一郎に、弥生はまず元ネタになったであろうゲームの基本ルールをざっくりと説明した。
「言われてみれば、そね。やっぱり連鎖がなくちゃ、片手落ちってもんよねぇ?」
「確かに、そだな。……ああ、でも聡一郎が試さなかっただけで、連鎖もあったのかもな」
「……む? では、どうすればよかったのだろうか?」
「想像なんだが、三連にくっついて青くなった奴には他の色をくっ付けられたんじゃないかね?」
「……で、青を消したら他の色も一緒に消えると。まあ連鎖とは言えないかもしれないけど、確かにありそうな話ね」
連鎖という概念を知らなかった聡一郎は、紫色をくっ付けられると分かった時点で、これが唯一の攻略法だと信じ込んでしまったために、紫色に他の色をくっ付けるという発想が湧かなかったのだ。なので、もしかすると悠司の思いついた方法も可能だったのかもしれない。
「なるほど。聡一郎さんの攻略法だと、かなり忙しく動く必要がありそうですけれど、その方法ができるなら、少し楽ができそうですね」
清歌はそう感想を言いつつも、例えば自分が予備知識なしにジェリーアンツに遭遇したら、おそらく聡一郎と同じことをするのだろうな、と思っていた。なまじ彼女たちはそれを苦も無くできてしまうために、楽をするためのシステムを探ろうという発想が湧かないのである。
「ねぇ、絵梨……。私らがそいつに遭遇したらさ~」
「ええ。連鎖システムがなかったら逃げるしかないわね……」
弥生と絵梨が渋い顔で顔を見合わせる。運動神経が発達していない二人にとって、ジェリーアンツは少々厳しい相手なのは間違いないだろう。
何やらどんよりとした空気が漂い始めたので、身体能力の必要性について言及してしまった清歌は、内心ちょっと焦りつつ――無論、顔には全く出していない――話題を変えるべく弥生に尋ねる。
「弥生さんの方の中ボスは、どんな敵だったのでしょうか? やはり何か特殊な仕掛けが?」
「ああ、う~んとね、私の方も仕掛けはあったけど特殊ではなかったかな」
弥生が斃した中ボスはカブト虫っぽい魔物で、角を除いたサイズはジェリーアンツとほぼ同じで、数十体の群れ全体でボス扱いという点も同じだ。カブト虫の角部分はマズルになっていて、そこから爆発する砲弾を放って攻撃をしてくるのである。
中ボスのいる島の中央には小さな魔法陣が規則正しく敷き詰められるように描かれていて、一定時間ごとに三か所から同時に出現するのである。そして出現している数秒間に、三か所の敵全てに攻撃をヒットさせなければダメージが出ないというルールなのである
――要するに、モグラ叩きなのだ。
「あら、モグラ叩きなんて反射神経のいるゲーム、良くクリアできたわね」
「ふっふっふ、バカにしないでちょ~だい! 魔法陣が配置されてる範囲って、結構狭いんだよね。だからちょっと離れてヘヴィーインパクトで一網打尽!(ドヤッ☆)」
胸を張りドヤ顔で弥生が語る攻略法に、しかし清歌を除く三人の反応はかなりびみょ~だ。
「う~む、それは……」「弥生、その攻略法は……」「ルール、ガン無視だな」
「えぇ~! せっかく頑張ったのに、みんなそんな反応!?」
どうにも芳しくない友人たちの反応に口を尖らせる弥生に、清歌がニッコリ笑ってフォローをする。
「そうですよ、皆さん。物語のヒーローみたいで、とてもカッコイイと思いませんか?」
例えば物語などである種のルールに縛られて戦うような場合、ピンチに陥った主人公は、しばしばルールの穴や抜け道を見つけてどんでん返しをすることがある。また、仲間のピンチに颯爽と現れたヒーローが、そんなもの知ったことかとばかりにルールごとブチ壊してしまうというパターンもある。
それらを踏まえれば、弥生の攻略法は実に主人公的とも言えるだろう。――ただ、モグラ叩きを必殺技でクリアするのはどうなんだ? という疑問を抱いた絵梨たちの方が、むしろ自然な反応かもしれない。
「なるほどねぇ、そういう見方もできるのね。……ま、ちゃんとクリアできたってことはルール違反ではないんでしょ。まあ、弥生もちゃんと頑張ったってことで」
「だな。頑張った頑張った。すごいぞ~、弥生」
「ぐぬぬ……、なんだか納得いかない反応だなぁ~。まあ、一応褒めてくれてるみたいだからいいけどさ。……じゃあ次は、清歌の番だね。結局、中ボスは斃したって言ってたよね?」
自分がいじられているときはあまり食い下がることのない弥生は、今回も適当に流して清歌へと話題を振った。
「はい。私が斃した中ボスは……そうですね、間違い探しでしたね」
清歌のコースにいた揚羽蝶のような中ボスは、二羽で一つの中ボスという扱いであり、恐らくこのダンジョンの中ボスは全体としてそういう仕様になっているのだろう。
複雑でかつ美しい羽の模様はステンドグラスを思わせ、もし現実で普通のサイズで存在するなら、世界中のコレクターが躍起になって探し求めるに違いない、とても優美な魔物だった。
たまに降下して来るとき以外は、高い位置を飛んでいるために遠距離攻撃しか届かず、また通常攻撃にせよ魔法にせよ、身に纏った障壁に阻まれてまともなダメージが出ないという、ジェリーアンツに似た性質を持っている敵であった。
一方、揚羽蝶の攻撃手段は羽ばたきによって鱗粉を飛ばし、それが集まり魔法となるというもの。そしてストロー状の口を伸ばし、降下して突き刺してくると言う突進攻撃の二種類である。
「蝶の口は蜜を吸うためのものでしょうに……。もしかして、やっぱり刺さったら吸うのかしら? HPとかMPとか……」
「さあ……それは。突進攻撃は簡単に回避できましたので、結局一度も受けませんでしたから。もしかすると、そうだったのかもしれませんね」
「ふむふむ。そんで肝心の間違い探しっていうのは、どういう事だったんだ?」
「二羽の揚羽蝶を比べると、羽の模様に異なるポイントを見つけまして、これは何かあるなと。……案の定、そこに攻撃を加えると大きなダメージを与えることが出来ました」
ちなみに一度間違い探しに成功すると模様が変化し、またクリアする度に難易度が上がるという仕様なのだ。
戦闘を始めた当初、清歌はユキと千颯による遠距離攻撃を一体に集中して行ったのだが、思うようなダメージは出なかった。また羽に攻撃が当たったとき鱗粉が飛び散って、魔法攻撃がより強力なものになってしまった為、早々に真っ向勝負は諦め、回避&観察モードに入ったのである。
「間違い探しか~、私だったらどうだろ。解けるかな……?」
「あ、写真を何枚か撮っていますよ。やってみますか?」
清歌は認証パスを取り出すと、個人ページにアクセスして撮影した写真を表示させた。
清歌の撮影した揚羽蝶の写真は、浅い被写界深度で背景の光が柔らかく滲んで、幻想的な一枚となっていた。シャッターチャンスを逃すことなく、動く被写体をピタリとフレームに収めているのは素晴らしい腕ではあるが、仮にも戦闘中に何をやっているのかと、一度は厳しく指導しておくべきかもしれない。もっとも――
「うわぁ~、綺麗な蝶々~」「それより写真の出来が……」「うむ。見事だ」「っつうか、一眼で撮ったみたいだな」
仲間たちは、清歌のそういうところについては既に慣れっこになっていて、すんなり受け入れてしまえる度量の深さを身に着けてしまっているのだ。まあ、慣らされてしまったとも言えるのだが、ともあれ、清歌が指導を受けることは今後もなさそうである。
なお余談だが、実は<ミリオンワールド>の写真機能はむやみやたらと高機能で、ハイエンド一眼レフデジタルカメラの機能はほぼすべて搭載されていると言っていい。ただ、機能を全てオープンにしても殆どの人間にとっては無用の長物で、むしろ邪魔になってしまう。なので、オプションで設定しない限り、スマホのカメラ程度の機能しか表示されないのである。
さて、肝心の間違い探しの方は、一回目はクリアできたのだが、次に撮影されていた四回目の写真は、清歌にヒントを貰うまで誰も当てられなかった。
「気づいてしまえば簡単な仕掛けですから、思ったよりあっさり斃せました(ニッコリ☆)」
ニッコリとのたまう清歌に、弥生たち四人は反応に窮して微妙に顔を引きつらせてしまう。――どう考えても、ゲーム的な難易度で言えば聡一郎や弥生よりも数段上なのだ。
何しろ間違い探しのポイントがある翅は四六時中ひらひらと動いている上、二羽の蝶を同時に、かつ同一のポーズで観察することはできないのだ。映像的な記憶力に極めて優れている清歌なればこそ容易くクリアできたのであって、弥生たちではクリアは極めて難しいだろう。
彼女たちが中ボスと呼んでいる鍵を持っている魔物は、ゲームシステム的にはごく一般的な魔物と同じ扱いで、恐らく逃走が可能だ。清歌のコースは宝箱の発見がメインのお題と思われ、故に中ボス(仮)の難易度が高すぎても問題ないとされたのだろう。
(……確かに問題はないのかもしれないけど、コレって清歌並の目がなきゃクリアできないってことよねぇ。開発はナニ考えてるのかしら……)
絵梨は開発陣に対する突っ込みは内心で留め、自分たち生産組の報告を始める。
絵梨と悠司の場合は素材集めが大変だったのは本当なのだが、どちらかと言えば足で稼ぐ類の苦労で、実際歩いた距離で言えば絵梨と悠司が最も長い。ただこういった話は内容に起伏がなく、ぶっちゃけ話としてはかなり地味なものになってしまうのも、悲しいかな真実である。
「……っていうか、私らが話すことってあんまりないわね」
「だよな。結構苦労したはずなのに、ドラマが無いんだよなぁ……」
生産職は基本的に、地味な縁の下の力持ち的存在になってしまうが、ダンジョンの攻略までそれに倣うことはないのではないかと、思わず深い溜息を吐く二人であった。
前回ログアウトしたボス部屋の手前から再開した五人は、鍵を手に扉の前に立った。
ボス部屋へとつながる扉は高さ三メートルほどもある大きな両開きのもので、武骨な金属の光沢が、いかにもこの中には強い魔物がいることを想像させた。中央に大きな錠前があり、サイズに見合った大きなカギ穴があるのだが、よく見るとそれは黒く塗られた模様で、本当の鍵穴はその模様の真ん中に開いている小さな穴である。この辺はちょっとした遊び心なのだろう。
『みんな、準備は良いよね? 中に入った時点では位置がバラバラだと思うから、まずお互いの位置を確認すること。で、どんな攻撃を仕掛けて来るか分からないから、あんまり固まり過ぎないように注意するように。いい?』
『承知しました』『了解よ』『おっけ』『うむ。了解した』
『ま、事前情報がないから、後は出たとこ勝負だね。じゃ、いっくよ~!』
弥生の掛け声に合わせ、全員が鍵を差し込みガチャリと回すと、錠前は光となって消えた。そして扉がゆっくりと軋みながら、自然に開いていく。
五人が踏み入れたボス部屋は、円形のいわゆるコロシアムのような場所だった。弥生と聡一郎が敵と対戦した島とは異なり、周囲を高い岩の壁にぐるりと囲まれている。
周囲を確かめつつ、清歌が足を踏み入れると、背後で扉が閉まる音が聞こえる。隣の扉から入った弥生の方を見ると、扉は閉まると同時に消えて壁になってしまっていた。
全ての扉が閉まると同時にフロアの中央に魔法陣が現れ、一枚、二枚と浮き上がり、最終的に六枚が立方体の面を構成するように並び、地面から四メートルほどの高度で静止する。五人が固唾をのんで見守る中、立方体の中に徐々に光が集まり、そして遂には魔法陣ごと弾け飛ぶ。光が収まったそこにいたのは――
「これは……蜻蛉、なのかな?」
「全体的なシルエットは、確かに蜻蛉のようですね」
「ええと名前は……竜飛蟲? ……って、つまりドラゴンフライってことじゃない。確かに漢字を当てると魔物っぽいけど……」
空を飛ぶ魔物は比較的細長い体に、長く引き伸ばした楕円形の翅が二対ついていて、全体的なシルエットはまさしく蜻蛉である。ただ細部はかなり異なり、頭の顎は大きく発達し、六本の脚もゴツくてかなり長い。
そして何より、腹の先の方が大きく膨らみ水晶玉の様な器官が付いていて、先端は針のように尖っている。水晶玉状の器官は、いわゆるプラズマライトのように内部で青白い光が輝いていて、どう考えても、先端からビーム的な何かを飛ばしてきそうな雰囲気である。
「ま、取り敢えず先手を取って反応を見ましょうか。弥生、清歌、遠距離攻撃斉射。私と悠司は補助魔法。聡一郎は……アレが降下して来るまで、待機!」
「むぅ。……俺がやりにくい相手のようだな」
残念なことに聡一郎は現状、遠距離攻撃の選択肢が殆どない。一応、ダーツやナイフといった投擲武器も用意しているが、それらはあくまで牽制用――投擲のアーツは持っていないのだ――であり、ボスを相手にまともなダメージが出るとは思えない。故に空を飛ぶ相手とは致命的に相性が悪いのである。
「ま、それは今後の課題ってことで。シュート!」
「ユキ、千颯、魔法斉射」
清歌は従魔たちに魔法攻撃を命じつつ、ちょっとした思いつきを提案してみる。
「聡一郎さんに浮力制御を掛けて、蜻蛉の上に飛び乗って貰う、というのはどうでしょうか?」
「む、それは面白そうだな」
「面白そうって、ソーイチ……。それも一つの手だけど、まだ奴の攻撃パターンが分かってないから、今のところは保留で。遠距離攻撃も一応効いてるみたいだし」
ただやはり地上から空を自在に飛ぶ蜻蛉を狙い撃つのは難しく、命中率は五割といったところだ。与えたダメージから考えると、遠距離攻撃だけでは仕留める前に回復アイテム込みでMPが枯渇しそうだと、絵梨は推測した。清歌の提案は一理あるが、この手の魔物は降下して直接攻撃してくるのが、ゲーム的お約束だ。まずはそこでカウンターを当てて見るべきだろう。
「承知しました。……? 蜻蛉の動きが……」
清歌と弥生からの遠距離攻撃に、補助魔法を掛け終わった悠司からの狙撃も加わったタイミングで、それまで上空で旋回していた竜飛蟲がホバリングで静止した。
「あ、やっぱり狙いは私だね。シールド展開!」
「魔法攻撃の兆候はないから、多分突進が来るわ!」
絵梨の警告とほぼ同時に、竜飛蟲が弥生めがけて急降下した。
メンバーの中で最も小柄な弥生はゲーム的な数値としてはもっとも重く、スベラギ周辺に居る魔物の攻撃程度では、直撃を受けたところで仰け反ることすらない。しかし、巨大なダンジョンのボスともなれば話は違う。竜飛蟲の突進をシールドで受け止めた弥生は、そのまま壁めがけて勢いよく押し出されてしまった。
「んぐぐ……、す、ご、い、勢い、だなぁっ! みんなっ、今!」
気合を入れて足を踏ん張り、踵が壁に着くというギリギリまで押し出されつつも、どうにか受け止めた弥生が、仲間たちに檄を飛ばす。
「アーマーピアッシング!」「四連マジックミサイル」「ステップ! 掌底破ッ!」
動きが止まったタイミングを逃さず、連続攻撃を叩き込む。聡一郎のアーツによるノックバックで動きが止まったところで、清歌が一気に肉薄し取り出した武器で翅の付け根辺りを斬り付ける。
「ギィィアァァーーー!」
これまでとは比較にならないダメージを受け、竜飛蟲は声を上げて上空へと逃げた。その大きすぎる声に五人は耳を塞がざるを得ず、また翅が起こした突風で身動きが取れなかったため、追撃はできなかった。
「弥生さん、ご無事ですか?」
「う、うん。結構ダメージを受けたけど、押しつぶされなかったからなんとか。……いうか清歌、それ……ナニ?」
弥生の指摘に、絵梨たち三人も清歌に改めて注目する。清歌が手にしている武器は鎌、それもいわゆる死神が持っていそうな巨大な鎌だ。ただシルエットは死神の大鎌そのものなのだが、刃の部分が若干ギザギザになっていて、材質も金属ではなく骨のような質感だ。
「このダンジョンの宝箱から手に入れた武器ですよ。他にもいくつかありますけれど、どれも虫にちなんだ武器になっていました。これは、ご覧の通りカマキリですね(ニッコリ☆)」
両手で大鎌を構えて微笑む清歌はその整った容姿も相まって、背筋がゾクリとするような美しさだ。和風ファンタジーの物語ならば、こんな死神もアリかもしれない。
「ふわぁ~」
そんな清歌の姿に、弥生は戦闘中であることも忘れて思わず見惚れてしまう。どうやら死神に魂を抜かれてしまったようだ。
ちなみに清歌がこのダンジョンで見つけた武器は他にもいくつかあり、そのどれもが固有の形状を持った装備品で、進化させることが出来ないものばかりだ。その上、攻撃力は初心者装備に毛が生えた程度という、ゲーム的にははっきり言ってハズレアイテムなのである。宝箱の中身が本命ではなかった上、ゲットした装備も見てくれだけという、二重でがっかりさせる仕掛けなのである。
「ちょっと二人とも! 見つめ合ってる暇はないわよ! 蜻蛉がチャージ中、雷属性で着弾後爆発。ターゲットは清歌よ!」
「承知しました。では、弥生さん、また後ほど。千颯、お願い」
「って、清歌!? 大丈夫なの~」
清歌は大鎌を収納し千颯の背中にひらりと飛び乗ると、壁に沿って反時計回りに走り始めた。
竜飛蟲はホバリングで清歌へと照準を合わせつつ、下に曲げた腹の尖った先端にバチバチと放電する魔法の球をチャージしている。悠司と絵梨がチャージを妨害するべく攻撃を加えたのだが、チャージ中は体全体を防御魔法で覆っているらしく、それは叶わなかった。
「っつーか、何で清歌さんが狙われてんだ?」
「分からないわ。ダメージ量ならソーイチが一番なんだけど…。来るわよ!」
千颯に跨った清歌が、弥生から見てちょうど反対側に到達した時、竜飛蟲から魔法弾が放たれた。
「ユキ、浮力制御。千颯はこのまま全速力で回避!」
清歌はそう従魔たちに命じると、千颯の背中から大きくジャンプする。直後、清歌たちがいた場所に魔法が着弾し、バリバリと雷のような音を立てて、ダメージ領域と思われる光るドームが大きく広がっていった。
清歌は壁を蹴ってドームの頂点を跳び越える。爆発の領域は既に広がり切っているので、どうやら回避に成功したようで、見守っていた弥生たちはホッと胸を撫で下ろした。しかし、回避できればそれでよしとするような清歌ではない。
「エアリアルステップ、……セカンド!」
清歌はエアリアルステップでさらに高く跳び上がり、二度目のステップではほぼ真横に踏み込んで、竜飛蟲との距離を一気に詰める。そして再び取り出した大鎌を振りかぶり気合とともに一閃、左の複眼を切り裂いた
「うそ!」「清歌!?」「すげっ!」「おお!」
清歌は崩した姿勢の制御も兼ねて頭を蹴り、反動で距離を取る。そして清歌が射線から離れると見るや、弥生たちの遠距離攻撃が次々と放たれた。弱点への直撃を受けて怯んでいる竜飛蟲は、回避することが出来ず次々と着弾した。
「グギヤァァァアーーーー!!」
再び響き渡る大きな叫び声に、五人はそれぞれ耳を塞ぐ。或いは単なる叫び声ではなく、一種の特殊攻撃なのかもしれない。
危なげなく着地した清歌は、竜飛蟲をひたと見据える。先ほどの複眼への攻撃はダメージそのものは大したことはなかったが、左目の機能を破壊することが出来たようだ。これはもしかすると――
「絵梨さん。もしかして、弱点への攻撃はダメージの大きさに関わらず、その部位を破壊できるのでしょうか?」
「っ! なるほど、もしかしたらこのボスはそういう設定なのかも。ってことは清歌へのヘイトが急に上がったのは、翅の付け根が弱点だから……? みんな、羽の付け根を狙って集中攻撃。上手くいけば地上に落とせるはずよ!」
それからしばらく羽の付け根を狙っての集中攻撃が続いたのだが、良い結果を出すことはできなかった。というのも直接攻撃を警戒したのか、竜飛蟲はそれまでよりも高い高度を維持し、魔法による爆撃をメインに攻撃してくるようになってしまったのだ。たまに仕掛けて来る突進攻撃も、受け止められてカウンターが来ることを学習したらしく、弥生をターゲットにすることはなかった。
――膠着状態に陥ってそろそろ三十分になろうとしていた。
「指揮官どの~、どうしよう? このまま続けても埒が明かなそうだよ?」
「私もそう思ってた所よ。まさか、こんなに警戒して来るなんて……。虫の癖に頭がいいわねぇ……」
弥生の言葉に、絵梨が実に忌々しそうな口調で返事をする。普通のゲームなら、プレイヤーが弱点を攻撃するためのチャンスが用意されているようなものだが、まさか敵が警戒して攻撃パターンを変えて来るとは思っていなかった。まあ、ある意味で非常にリアルとは言えるかもしれない。
「現状、俺の出番が全くと言っていいほどないな。これだけ距離があると、投げナイフごときではまるでダメージが与えられん」
はっきり言って暇な聡一郎の言葉にも、不満の色が滲んでいる。今のところ緊張感は維持できているが、このまま膠着状態が続いてしまうと、思わぬミスをしてしまう可能性も無くはない。
と、その時。竜飛蟲が狙いを定めていた悠司から、急に腹の先端の向きを変え、弥生へと爆発雷撃魔法を放った!
「うそっ、こっち!? シールド展開……。きゃぁ~~」
「っ! 千颯、全速力! 」
弥生は間一髪シールドによる防御は成功したものの、踏みとどまることは出来ずに吹っ飛ばされた。これは壁に激突するかと覚悟を決めたところ、何かにガシッとキャッチされて、予想していた衝撃はこなかった。
「あれ? いったいなにが……」
「ふぅ、間に合ってよかったです。千颯、ありがとう」
弥生が周囲を確認してみると、闇を固めたような黒い腕で自分が掴まれているのを確認し、思わずドキッとしてしまった。ただ、すぐ傍には清歌を背中に乗せた千颯の姿があり、黒い腕は千颯の能力であることを思い出したので、なんとか声を上げずにすんだ。せっかく助けてくれたというのに、悲鳴など上げては自己嫌悪ものである。
「ありがとう、清歌。千颯も、アリガトね」
弥生を地面に降ろし、闇の武具を消した千颯は小さく唸ることで彼女に返事をした。
「それにしても、フェイントまで混ぜてきたわね……」
「うむ、厄介だな……」
「集中力が切れたら、ちょっとヤバイな」
ホバリングしている竜飛蟲を睨み、それぞれが懸念を口にする。清歌はそんな皆の様子を見て一つ頷くと、ゆっくりと自然に気配を消しつつ壁際を移動して、影の中に身を潜めた。
『皆さん、ちょっと賭けに出てみます。ご協力をお願いできるでしょうか?』
竜飛蟲が音を感知できるのかは分からないが、清歌が念の為にチャット機能で語り掛ける。説明された作戦は確かに賭けと言っていいものだったが、他に取れる策もこれと言って無く、結局そのプランに乗ることとなった。
『清歌、今からこっちに引き付けるわ。準備は良い?』
『はい。いつでも大丈夫です』
清歌に最終確認を取った絵梨は、他のメンバーとアイコンタクトを取り、攻撃を開始した。
「行くわよ! 四連マジックミサイル!」「シュート!」「タウントショット!」
中断されていた攻撃が突如再開され、しかも悠司のアーツによって引き付けられたため、竜飛蟲が体の向きを変える。影に潜んで姿を隠していた清歌に、左側面を晒した瞬間――
「千颯! 思いっきりお願いね(ヒソヒソ)」
呼びかけに応じ、千颯がそのマッスルな闇の腕を使って、清歌を竜飛蟲めがけてぶん投げた!
先ほど清歌が左目の部位破壊に成功したために、竜飛蟲は左側の視界のかなりの部分を失っている。その為、放り投げられた清歌は気づかれることなく、その背中、昆虫の部位で言うところの胸と腹の境目付近に着地できた。
「フッ!」
振り落としてくるまでの短い時間を最大限に活かすため、清歌は素早く大鎌を取り出すと、翅の付け根めがけて振り回し連続で切り裂いた。
翅の動きが止まり、光となって消えたのを確認するが早いか、清歌はジャンプで離脱した。
「グギギャグャアアァァーーーーー!!」
空を飛ぶ術を失った竜飛蟲は、今までよりもさらに大きな声を上げ、遂に地面へと墜落した!
「さっすが清歌!」「よっしゃ大成功!」「うむ! これでこっちのものだな」「油断しない! まだヤル気満々みたいよ!」
実際、竜飛蟲はまだ戦う気があるらしく、長い脚を蜘蛛のように曲げて体を支え、長い腹をサソリの尻尾のように前に向けるという、地上戦闘モードになっていた。
しかし、それは一種の最後のあがきだ。本来常に空を飛んで戦う魔物が、その能力を失ってしまえば、地上で同レベルの強さを発揮できるはずもない。
爆発雷撃魔法を連発し、また大声による牽制を織り交ぜて対抗してきたが、移動能力が極端に落ているために側面や背後を突くのはさほど難しくはなかった。
地上戦に移ってから四十分余りが過ぎ、遂に竜飛蟲のHPがあと僅かとなる。
「……ヘヴィーインパクトーッ! 動きは止めたよ! 聡一郎、止め!」
「応! 掌底破・双!」
弥生の攻撃によって足止めされた竜飛蟲に、聡一郎が前半戦の鬱憤を晴らすかのように掌底破のバリエーションを叩きこむ。通常の掌底破を当てた後にさらに踏み込み両手で掌底破を叩きこむというこの技は、威力が大きくなる半面、スタミナの消費が跳ね上がりアーツ後の隙も大きくなるという使いどころの難しいものだ。
はっきり言って今回の場合は、掌底破のみで止めを刺せたので、双を使用する意味はあまりない。要するに、やることの無かった前半戦にフラストレーションを貯めていた聡一郎が、ちょっとスカッとしたかっただけなのである。
側面から聡一郎のアーツの直撃を受けた竜飛蟲は、体をくの字に曲げて仰け反ると、しばしの間痙攣した後、ばたりと地に倒れ伏した。そして、動かなくなった巨体が光の粒子となって消えてゆく。
「ふうーーー」
聡一郎が長く息を吐く。清歌と弥生は互いに微笑むとパチンとハイタッチをし、絵梨と悠司は顔を見合わせると、にゅっと親指を立てた。
初ダンジョン、攻略成功である。