#5―08
腰をやや落とし、いつでも動けるように構えたまま、聡一郎は周囲に視線を走らせる。聡一郎を中心にして十時から二時の範囲に、半透明の色付きバレーボールのようなものが転がっていた。
よく見るとボールたちはじりじりと、また、ぷよんぷよんと聡一郎を包囲すべく範囲を拡げつつ前進している。聡一郎が時折踏み込みと視線で牽制する度に後退しているので、今のところ完全に取り囲まれるという状態には陥っていない。
何度目かの膠着状態が続き聡一郎が一つ息を吐いたタイミングで、最前列に並ぶボールが五つ程、まとめて跳びかかって来た。
「ハッ!」
素早い突きと薙ぎ払うような回し蹴りでそれら全てを弾き返し、油断なくボールたちの様子を確認する。弾き返されたボールの位置に合わせ、全てのボールが若干後退している。
聡一郎が対峙しているこのボールは勿論魔物であり、しかもこのコースの中ボスだ。そしてただ今、ある意味で絶賛苦戦中である。
これら一見ボールのように見える半透明でぷよんとしたボディーの魔物は、ファンタジー系のRPGに触れたことのあるプレイヤーならば、すわスライムか、と思うのがむしろ自然というものだ。しかしながら虫系の魔物ばかり出現するこのダンジョンである以上、当然この魔物もその法則から外れることはない。このボール、実は蟻なのである。
よ~く見ると頭と胸、そして六本の脚が一応ついていて、ボール状の部分は腹に当たるようだ。恐らくオーストラリアに棲息する、大きく膨らむ腹に蜜を貯めこむハニーアンツという蟻にインスパイアされたものなのだろう。この際、どう考えてもその脚では体を支えられないだろう、というツッコミは無用だ。なぜならこの魔物、足を使って移動するのではなく、腹=ボール状の部分を弾ませるようにして移動するからである。
さて、ジェリーアンツという名のこの魔物は、数十に及ぶ個体全体で一つの中ボスとしてカウントされていて、すべて斃しきらなければ鍵をゲットできないようになっている。もっともかれこれ十数分に渡る攻防の中で、斃せた個体は一つもないので、仮にどれか一つの個体が本体だったとしても関係の無い話ではある。
再び膠着状態となり、聡一郎はジェリーアンツたちに目を配りつつ、ジェリーアンツの特性について考察する。
(う~む、今のところ飽和攻撃を避けることは出来ているが、どうにも攻め手が分からんな。通常攻撃とアーツを加えると色が一時的に変わって、攻撃パターンが変化するのは分かった。だが、色が変わった奴を殴っても、全くダメージを与えられんのは変わらない……か)
ジェリーアンツの腹は、蜂蜜色がデフォルトで、通常攻撃を加えると緑色に、アーツ攻撃を加えるとオレンジ色に、そして緑色かオレンジ色に変化した個体をぶつけた個体は紫色にそれぞれ変化することは分かった。
蜂蜜色はジャンプして突撃、緑色はそれよりも高速で突撃、オレンジ色はハサミ状の顎に火属性の魔法を纏っての噛みつき、紫色は待機というように、攻撃パターンが変化する。なお、色が変化した個体は全て一定時間が経過すると元に戻る。
これまで聡一郎が、この<ミリオンワールド>で戦ってきた相手は、設定的にイロイロとネタが仕込まれてはいても、真っ当に戦闘が成立する相手だった。しかし、ジェリーアンツはどうやっても手応えがなく、普通に戦ってもダメージが徹る気配がない。
(どうも、何かが仕掛けられているようだな。決められたロジックに沿った攻撃を仕掛けないと、斃せないというところまでは分かるのだが……)
だがいかんせん、そのロジックが良く分からない。色の変化に鍵がありそうというのは分かるので、聡一郎も自分なりに考えて試してみたのだ。色を順番に変化させてみたり、様々な色の組み合わせでぶつけてみたり、攻撃を加えるのではなく掴んで投げてみたりとやっては見たのだが、どれもこれといって違う反応は得られなかった。
再度跳びかかって来たジェリーアンツのうち、緑色を両手で一つずつ掴み――ちなみにむにゅっと指が沈み込む、凍らせていない保冷材のような感触だ――蜂蜜色はボレーキックで弾き返す。そして両手の二体は衝撃を与えないように、ポイッと群れの中に放した。
(う~む。全て同じ色に揃えるのは難しいな。元の色に戻る方が早い。……仕方あるまい、あと十分粘ってどうにもならなければ、悠司たちに助言をもらうとしよう)
これは何の根拠もない直感に過ぎないが、弥生と悠司に助言を求めれば割とあっさりロジックは判明しそうな気がするのだ。というのも、カラフルに色が変化するジェリーアンツがわらわらといる様子を俯瞰すると、その光景はまるでパズルのようであり、つまり何かゲーム的なロジックがあるのでは――と思えるのである。
とにかくこれまでと同じやり方では埒が明かない。オレンジ色を除けば直撃を受けても大したことはないので、聡一郎は今までよりも接近し、跳びかかってきたものを片っ端から殴り始めた。
少々補足すると、聡一郎は必ずしも力でゴリ押す、いわゆる“脳筋”タイプの戦い方をするわけではない。いや、むしろ攻防の駆け引きの中で相手の隙を誘い、大きな一撃を入れるといったような、割とテクニカルな戦い方をすることが多い。ただ今回の場合は、自分の不得手とする分野の知識が必要そうなので、下手な考えはもう投げて、ひたすら殴って偶然何かが起きることに期待することにしただけなのだ。
跳びかかってくるジェリーアンツを次々と打ち返し、なんとなくちょっと楽しくなってきたとき、ふとあることに気が付いた。
「考えてみれば、紫だけ攻撃してこないというのも妙な話だな。それに紫だけは、ばらけているような気もする。……何かあるのは、ここか?」
聡一郎は試しに跳びかかって来た緑色を一つ掴み、奥に居る紫色に挟まれている蜂蜜色めがけて投げつけると、両脇の紫色が距離を取るように移動したのだ。
それに注目して観察すると、ごちゃごちゃと無秩序に動いているように見えて、紫色をなるべく分散させるように動いていることが分かる。
「やはり、紫が鍵、か! ステップ!」
確信した聡一郎はステップを使用すると、ジェリーアンツの攻撃範囲外へと一旦退避した。
気付いた事実から推察するに、恐らく紫色を複数並べる、もしくは衝突させることで何かが起こるはずだ。しかし、常に奥に引っ込んでいる紫色をどうにかするには、何か手を考える必要がある。
(……いや、そうか。わざわざ奥に居る奴を狙う必要はない。狙いやすい場所に集めてやればいいのだ)
そう考えた聡一郎は、跳びかかって来た緑色二つを両手でそれぞれ掴んで互いをぶつけてから後方へ放り投げ、後続の蜂蜜色三体のうち一体は蹴り飛ばし、二体は掴んでから二回互いにぶつけて紫色に変化させる。そのまま聡一郎が振り返ると、先ほど放り投げた二体の紫色は左右に分かれ、群れに向かって移動を始めていた。
左手側は無視し、右手の方へ素早く移動した聡一郎は、移動のタイミングに合わせて、両手の紫色で挟み込むようにぶつけた。すると――
「なんだ……、くっついた?」
三体のジェリーアンツ(紫色)だったものは、びみょ~にボールの形を残したまま繋がってしまったのだ。その際、それぞれについていた虫的な部分は光の粒となって消えてしまった。なお、色も青く変化している。
「斃せた……訳ではないようだな。HPが全く減っていない。……ふむ?」
なんにしても変化はあったのだから、これまでよりはましだろう。さらに繋がったジェリーアンツの腹部分は全く動く気配を見せないので、この方法を繰り返せば少しずつ戦いやすくなるのは間違いない。
方針が決まれば話は早い。聡一郎は次々と青色三連ジェリーアンツを危なげなく量産していく。ちなみに途中で紫色二個をぶつけるというのも試してみたところ、その場合は蜂蜜色に戻るだけだった。
五体を残して全て青色に変化させたところで、聡一郎は一旦作業を中断する。このまま三体をくっ付けると、二個余ってしまう。
聡一郎は取り敢えず余ってしまう二体は、三つくっ付けた青色にくっ付けてしまえばいいだろうと安直に考え、両手に掴んだ蜂蜜色を紫に変えて、それぞれ別の青色三連ジェリーアンツに放り投げてみる。
「な……消えた!? これで斃したことになるのか?」
聡一郎は単純に、もう一つくっついて四連になるのではと考えていて、事実一旦は繋がって虫的な部分が消えたのだが、その後色が青に揃った瞬間、泡がはじけるようなエフェクトともに消えてしまったのだ。ちなみに何か気の抜ける声のような、みょ~な効果音が付いていたことも付け加えておく。
常日頃は清歌に並んで何事にも動じない聡一郎なのだが、これには流石に驚いて目を丸くしてしまった。なにしろ、青色のジェリーアンツが消えた瞬間、ボス全体のHPがちゃんと減っていたのだ。
どうにも拍子抜け感が漂う中、聡一郎は残る三体を紫色にすると、無雑作に投げて青色三連ジェリーアンツたちを消してゆく。さらに繋がっているもの同士をぶつけて、残るは二組だ。
このまま終わりではあまりにも呆気なさすぎる。何かが起きることを想定し、少し身構えながら最後のジェリーアンツを投げつけた。
「……、……、……?」
最後のジェリーアンツが例のエフェクトとともに消滅して数秒後、最後のジェリーアンツが消えたポイントに、手の平に乗るほどの大きさの宝箱が出現した。
ボスのHP表示もすでに消えており、間違いなく戦闘は終わったようだ。聡一郎は宝箱を拾い上げ、ぱかりと蓋を開ける。果たしてそこには、金色に光り輝くファンタジーRPG的な鍵が収められていた。
「はぁ~~」
聡一郎は思わず大きく息を吐いた。それは言うまでもなく、緊張感から解放されほっとしたからではなく、あまり真っ当な戦いではなかったことに不満を感じての溜息なのであった。
<ミリオンワールド>の生産職は、生産系能力のレベルに応じて自動的に習得できるレシピというものがある。今のところ、露店などで売られているプレイヤー製の装備品は、ほぼ全て、この自動的に習得できるレシピで作成されたものばかりだ。
それら自動的に習得できるレシピの中には、装備品ではない玩具アイテムも結構含まれている。レベルが上がり覚えたレシピが結構たくさんあったのに、半分以上が玩具アイテムでガックリした、というのはテストプレイをしていた生産系プレイヤー同士の“あるある”話としては、ポピュラーなネタなのである。
さて、話のネタというだけでなく、レシピそのものが一種のネタなのではと思われていた各種玩具アイテムではあるが、中には戦闘はともかく冒険では役立つアイテムというものもあったりする。生産職で冒険もするプレイヤーは玩具アイテムだからとスルーせず、全てのレシピをきちんとチェックすることが大切なのだ。
「こんなデカい脚立、街路樹の剪定でもすんのかーって思ってたんだが、意外なところで役に立ったな……」
半ば呆れた声で感想を独り言ちつつ、悠司は普段使わないレシピの中から作成した、立てて二.五メートルもある脚立をよっこらせと立てかけた。脚立の高さは天井までは少々足りないが、最上段近くで立てば届くだろう。
思ったよりも安定している脚立に上り、天辺をまたぐようにして立つと、採掘用のハンマーを取り出しポイントを叩く。
「まー、リアルだったら、こんな高い脚立の上では作業したくないな。っつか、そもそもこんな不安定な足場で採掘なんて無理か」
ポロリと零れ落ちた鉱石素材をチェックしてみると、ある意味意外なことに当たり素材の内の一つであった。ただ、ここから入手できる鉱石は一つだけらしく、採掘ポイントのマーカーがすでに消えてしまっている。ちなみにフィールド上の採掘ポイントは素材を最低二個は入手でき、更にスキルのレベルと運によってプラスアルファが獲得できる。
必要となる素材は上位の物である為に、鍵を作る分しかこのダンジョンからは採れないということなのだろう。どうせ手間をかけるのだから、ここで上位素材をたくさん手に入れておこうと思っていた悠司は、アテが外れて肩を落としていた。
悠司は脚立を降りて収納し、フロアをざっと見渡して取り残した採掘ポイントがないことを確認すると、次のフロアへ繋がるスロープへ向買って足を踏み出す。その際、念のためにライフルを装備しておくことも忘れてはいない。彼はマーチトイボックスの中では苦労性ポジションなので、転ばぬ先の杖的な準備を怠ることはないのである。
悠司と絵梨が攻略中のコースは、ほぼ円形の岩盤を層状に重ねて塔のような構造になっているもので、ある意味でもっともダンジョンっぽさがあると言えよう。
各フロアは岩がむき出しになっている部分と、草と木々の生えている部分とが斑になっていて、ところどころに上向きの鍾乳石が高く伸びているのが特徴である。ちなみに全体的に薄暗く木々が大きく育たない――という設定の――為に、最も背の高い障害物がこの鍾乳石である。
悠司の場合は脚立を作成して天井のポイントから採掘したが、実はこの背の高い鍾乳石を登り、天井から降りてきている鍾乳石を手掛かりに移動すれば、何の道具も使わずに採掘も不可能ではないのである。まあ、生身でクライミング技術を持っていれば、の話ではあるが。
「ん? こんなとこに採取ポイント? ……って、ナッツアップルの樹か。ちょっと確保していくか」
採取ナイフを取り出してナッツアップルの実を幾つか採取し、殻を割って中身を取り出してポケットの中に突っ込んでいく。簡単に採取できる実を片っ端から回収した悠司は、ナッツを一つ口に放り込んでポリポリしつつ、再びライフルを手に取り次のフロアへ向けて歩き始めた。
事前準備の時はおやつの調達に難色を示しておきながら、現地調達のナッツは摘まむのかい! と、弥生などはツッコミを入れそうなところである。
『不定期連絡。……こちら聡一郎だ。俺は一応、中ボスを倒して? 鍵を入手できた』
その時、聡一郎からの連絡が入った。朗報には違いないのに妙に歯切れの悪い――というか、納得がいっていない感じの口調だ。
『あら、ソーイチが一番乗りみたいね。……の割に嬉しくなさそうね。どうかしたの?』
『う~む。鍵を入手できたのは良かったのだが、なんと言うか……』
『ん? ……ポリ、なんか戦闘の内容が……カリ、つまらなかったのか?』
『……聡一郎さんなら、互角以上の相手と正面から技を競い合う、緊張感のある戦闘を好みそうですけれど……。想像より中ボスが弱かったのでしょうか?』
『お~、清歌、鋭いね! 聡一郎は格下とか、勝ちパターンが分かってる魔物とは、あんまり戦いたがらないんだよねぇ』
確かに清歌の分析はなかなか鋭い。しかし、<ミリオンワールド>のスタッフの性格を考えると、そういう単純な強い弱いという話ではないような気がする。
『確かにそうだが……カリ、ちょっと方向性が違うんじゃないか? ……んぐ。むしろ、な~んかおかしなネタが仕込まれてたんじゃ』
『うむ。悠司の言うとおりだ。詳細は合流した時にでも話すが、基本的に全く攻撃が徹らなかったのだが、手順を見つけた後は割とあっさり決着がついた。……ああ、鍵は小さな宝箱に入って出現したな』
『ふむふむ。ダンジョンのクリア報酬と同じ感じなんだね。聡一郎が中ボスに遭遇したってことは、私もそろそろかな~。……生産組の方はどうかな? 素材は集まりそう?』
『俺の方は特に問題なさそうだな。天井に採掘ポイントを見つけた時はどうしようかと思ったが、背の高い脚立を使ったら何とかなったし』
『私はちょっと芳しくないわね……。ねぇ、誰か虫以外の魔物を見なかったかしら?』
『え~っと、今のところ虫ばっかりだよ』『うむ、同じく』『俺もだ』
『私は虫系以外では、植物系と魔法生物系に遭遇しましたよ』
『植物と魔法生物か……、うーん、困ったわね』
絵梨が考え込んでしまったらしく、しばし会話が途切れる。悠司はポケットからナッツを取り出して口に放り込んだ。ナッツの食感というのは、食べ始めると止まらなくなってしまうのが不思議である。
『……で、絵梨は一体何を探してんの?』
『それがねぇ、魔物の骨が必要なのよ。……虫が骨を落とすわけないじゃない? だから誰か獣系の魔物を見かけなかったかしら、と思ってね』
『そりゃ、難儀だな……カリ、清歌さんが遭遇した植物と魔法生物も……ポリ、骨は落とさないからな……』
そう言いつつ、悠司は何か見落としていることがありそうな気がして首を捻った。
『っていうかユージ、さっきから何をポリポリしてるのよ。そりゃ、私らのコースに不意打ちがなさそうなのは知ってるけど、緊張感なさすぎじゃないの?』
悠司自身にそのつもりはなくとも、余裕があるように感じられたのか、絵梨の口調には多少のやっかみが混じっているように感じられる。
『いや……、たまたま通り道にナッツアップルの樹があってだな……。あ!』
見落としていた何かに気が付いた悠司は振り向くと、ライフルのスコープでナッツアップルの樹、その上の方の枝を確認する。そこには――
『あ~、いるいる、リスを確認した。そういや、あれも魔物だったよな。すまん、斃したことないから、すっかり忘れてた……』
『あ、ナップルリッスン……。確かに、小動物っぽいけどあれも魔物よね。ナッツアップルの樹なんてあったかしら?』
『それ以前に、リッスンが骨を落とすかもわからんから、あくまでターゲット候補の一つ程度に考えておいてくれや』
『う~む。……それはともかく、一ついいだろうか?』
『ナニよ、ソーイチ。なにか問題でもあるの?』
『問題……と言えば問題、なのだろうか? こう、なんというか、ナップルリッスンを斃すことに妙な抵抗を感じないか?』
『あ~、分かる』『確かに、それはありますよね』『そ、そね。分かる、けど……』
(ん? 一体に何に納得してるんだ?)
ここで「何で抵抗があるんだ?」などと空気の読めないことを言うと、デリカシー・ゼロの称号を奉られてしまいそうなので、悠司は口を噤んで話の成り行きを聞くだけにとどめている。
そもそもナップルリッスンという魔物は、小さくて逃げ足が速く狙うのが面倒な割に経験値的に美味しい魔物というわけではなく、また討伐クエストのターゲットになることもなかった、という理由から倒す必要性がなかっただけなのである。なので、本気で狙いに行けば倒すのは容易いだろう。しかし、ホームに放し飼いにされている清歌の従魔たちと触れ合ってしまった現在、あの子と同族なのかと思うと、なんとな~く悪いことをしているような気になってしまうのである。
これがテレビ画面に映る従来型のゲームならば、さほど抵抗もなく割り切って戦えるのだろう。余りにもリアルな感覚を再現できるVRとは、なかなかに悩ましい問題をはらんでいるのである。
なお、この件に関して悠司が今一つ共感していないのは、単にペットをモフるということにあまり興味がなく、これまでホームにいる清歌の従魔たちとは全く触れあっていないためである。決して彼が、可愛らしい小動物をボコることに全く抵抗の無い、冷酷な人間というわけではない。――念のため。
『まあ、クリアの当てができたんだから、敢えて放置することもないわね。ナッツアップルの樹を探してみることにするわ。情報ありがとね、ユージ』
『あ……ああ。っつうか、もしかすると目立ってないってだけで、小動物の類は居るのかもしれないな』
『そっか、私らのコースは平らな闘技場をみたいな場所で小動物が隠れる余地なんてないけど、絵梨たちのコースなら小さな魔物が隠れる場所もありそうだよね』
『言われてみれば素材の収集に注力してたから、邪魔になりそうな魔物以外は気にしていなかったわ。……そっちも気を付けて見るわ』
『ええと……なんと言いますか、申し訳ありません。放し飼いにしてる子たちが、妙な影響を与えてしまったようで……』
『あら、それは気にすることないわ。可愛いし、ホームが賑やかになっていいじゃない』
『そうそう。癒しは大事だよ、清歌』
『うむ。遠慮せず、どんどん増やしてくれ』
(……あー、なるほど、そういうことだったか)
ここに来てようやく悠司は、四人が一体何の話をしているのか理解できた。例えば現実で猫を飼っているプレイヤーなら、猫そのものの魔物とは戦いにくいだろう、というような話なのだ。
どうも実感が伴わないために、変なことを言うと白い目で見られそうだ――などと微妙に保身臭いことを考え、悠司は話を変えることにした。
『なんにせよ、俺ら生産組もほぼ目途が立ったと言っていいだろ。……それで、清歌さんの方はどうなんだ?』
『あ、そうだよ。さっきダミーの宝箱がたくさんあったっていうのは聞いたけど、その後どうなってるの?』
弥生の言ったダミーという言葉について気にはなったものの、話の腰を折りそうなので、悠司以下三名は一旦スルーする。
『あれからまたダミーの宝箱は二つ見つけましたけれど、まだ鍵の入った宝箱は発見できていません。……あ!』
清歌がいったん言葉を切る。どうも何かを発見したような様子だ。
『鍵の宝箱ではなく中ボスの方は、たった今見つけられました。揚羽蝶のような姿の魔物が二羽で一組になっているようです』