#5―07
実働テストも折り返しを過ぎ、参加プレイヤー達もそれぞれのプレイスタイルが定まってきている。大まかに分類すると、町の外で冒険をする組、装備品やアイテムなどを作成する職人組、そして町の中で商売や様々な遊びを見つけて楽しむ生活組の三種類に分けられる。
実働テストに参加するだけあって、参加者全体に対しての割合はやはり冒険組が最も多い。しかし、ご存知の通りリアルな戦闘にどうしても適応できないプレイヤーが少なからずいるために、職人組と生活組を合わせると、現状では全体のほぼ半数になる。
さて、その半数に及ぶ街中での活動が中心のプレイヤー、それも商売をしている者たちの間でここ最近、とある露店が話題になっている。――曰く、やたらクオリティの高い謎の置物が売っている。曰く、装備品らしきものが破格の安さで売っている。曰く、売り子がイケメンと美少女揃いである。曰く、似顔絵を描いて貰って店に飾ると商売繁盛するらしい――などなど。
言うまでもなく、マーチトイボックスによる玩具アイテム専門の露店のことである。
扱っている商品がゲーム的には全く不必要な玩具アイテムゆえに競合しないので、他の商売をしているプレイヤー達も単純に興味を持っているようだ。
そんな噂を頼りに職人系プレイヤーが三人、中央広場の露店スペースへとやって来た。男子二人と女子一人という組み合わせで、外見は皆二十歳前後くらい、顔も体格も普通の範囲内という感じである。
「あれ? 聞いた話だと、この辺のはずだよね?」
「ああ。あのオネェさんから聞いた話だとそうなんだが……。あ、ここじゃね?」
「確かにそのようだが、どうやら休業だね。彼……、いや彼女の話では、旅行者のいるセッションでは開いているという話だったけど……」
ちなみに正式開店前に来た例のオネェさん冒険者は、その似合っていないルックスと、割とよくボロの出るキャラづくりから結構な有名人、というかある意味で人気者なのである。マーチトイボックスの客に冒険者が増えてきたのは、彼が知り合いに似顔絵と木彫りのヒナを自慢しているから、というのも一つの理由になっているのだ。
「なーんだ、残念。商売繁盛の似顔絵を描いて貰おうと思ってたのになー」
「あのな、商売繁盛は噂……っつか、ジンクスみたいなもんだかんな?」
「う! わ、分かってるってば、そんなこと」
「まあ、店に飾れば目を引きそうな出来栄えだったから、そういう意味では単なるジンクスとは言い切れないんじゃないかな?」
「そ、そうそう、そうだよ! いいこと言うね! ……あ、なんか貼り紙があるよ?」
「ホントだ。えーっと、“本日はメンバー全員で冒険に出ますので、誠に勝手ながらお休みとさせて頂きます”だってよ。……律儀だな」
一般的に<ミリオンワールド>でのプレイヤーによる露店というものは、冒険や生産活動の合間に開くものなので、常に開いているようなものではない。多くは、大体ここら辺、というアバウトな位置を決めておいて、露店を開く度にスペースを確保するのである。
従って露店を物色する際、お目当ての店が開いていなくても、ちょっと残念に思う程度で、また出直すというのが普通の反応なのだ。休業をお詫びする貼り紙がしてあるところなど、彼らは見たことがない。
「確かに律儀だねぇ。……っていうか、さぁ」
「ん? なんか気になんの?」
「やー、なんていうかリッチな冒険者だよなー、うらやましいなーって思っちゃってね」
「ああ、確かに店を出してない時の場所代くらい、節約する必要がないってことだからね。ま、大した額じゃないけど……」
「……ないが、俺達にそんな余裕はナイ! ってわけで、作業に戻るべ。いつもこの場所でやってんなら、また来りゃいいだろ」
「うん、そーだね。……ってか、私らもたまには生産ばっかじゃなくて、冒険でもしよっか?」
職人作業でレベルも上がったから、近場なら割と安全に出かけられるんじゃ――などと話しながら、三人はスベラギ東エリアの職人街へと向かって行った。
――後日彼らは、再びマーチトイボックスの露店を訪れ、商売繁盛のご利益があるという噂の似顔絵をゲットし、ついでにミニサイズの木彫りのヒナ&カラーバリエーションも購入することとなる。このように、スペースの確保と休業を知らせる貼り紙は、本人たちにその意識がないまま、売り上げに間接的な貢献をしているのであった。
大きな狼のような魔物を従えた美しい少女が、ふわりと上衣を翻しながら、テンポを刻むように軽い足取りで宙に浮く足場を行く。今にもスキップを始めそうなその様子は、とても楽しそうだ。
宙に浮く足場は上面がほぼ平らなところは共通で、様々なバリエーションがある。全体が草に覆われて茂みや樹木も生えているものや、ゴツゴツと岩が転がっているもの、朽ちた石畳など遺跡の一部があるもの、そしてなぜか水が湧きだす泉とそこから流れる小川のあるものなど、一つ一つが箱庭のようでなかなかに興味深い。ある意味、これら足場の連なりは、<ミリオンワールド>の縮図になっていると言ってもいいかもしれない。
なんとも平和なピクニックかと思いきや、実際はしばしば物陰に潜んでいる巨大な虫型の魔物が不意に襲って来るという、なかなかハードな道行きである。
今も木陰に潜んでいた大きな蜂型の魔物が彼女――清歌に襲い掛かった。
腹の直径がバレーボール程もあるこの蜂はフェンサービーという魔物だ。腹の先から伸びる、刃渡りが五十センチはあるレイピアのような針を使い、素早いヒットアンドアウェイを仕掛けてくるという、まさしく剣士のような戦い方をする魔物である。
ちなみにフェンサービーのレイピアは、蜂の針にもかかわらず毒は無い。一方、同族の魔物で、針を飛ばして攻撃して来るアーチャービーの針にはしっかり毒があるので注意が必要だ。
同族の魔物は他にも魔法を使うキャスタービー、防御力の高いシールドビー、そして群れを率いる能力のあるコマンダービーがいる。コマンダーに率いられた群れは、統率のとれた動きで戦いを仕掛けてくる、恐るべき蜂軍団となるのだ。
閑話休題。空を自在に飛び一撃離脱を繰り出すフェンサービーは、単体でも結構厄介な相手だ。しかし清歌は慌てることなく袂から万能採取ツールを取り出すと、素早くワイヤーアンカーを射出して上手に絡め取る。そして後方で待ち構えている千颯の方へと振り回し、地面に叩きつけた。
「ユキは翅を狙って。千颯は止めをお願いね」
ショックでふらついているフェンサービーの翅を雪苺がウィンドカッターで切り裂き、ほぼ身動きが取れなくなったところを千颯が容赦なく噛みついて止めを刺す。鮮やかな連携により、フェンサービーは良いところを全く見せられないまま、光の粒子となって消えた。
それにつけても相変わらずの見事すぎるムチ捌き。彼女が一体どこで、そして何の為にこんな技を身に着けたのか、是非とも知り――「好奇心が猫を……という言葉をご存知ですか?(ニッコリ★)」――たい気もしたのですが、それは気のせいだったようです(汗)――「よい判断ですね」
「ありがとう、ユキ、千颯。よーしよーし(ニッコリ☆)」
今回も良い働きをしてくれた従魔たちを労い、ナデナデする清歌。雪苺は嬉しそうにくるくると回転し、千颯も目を細めて尻尾を揺らしていた。
(弥生さんたちが予想していた通り、ここの魔物は泉周辺の魔物と同じかやや高いレベルという程度のようですね。戦闘能力の高い千颯がいてくれるので、今のところ特に危険は感じませんね)
二体の従魔を褒めると同時にモフモフ成分を補給した清歌は、油断なく周囲の気配を探りつつ歩みを再開する。
どうやら、このルートに出現する敵は正面に立ち塞がるタイプではなく、隠れた場所から不意打ちを仕掛けて来るタイプのようだ。地形的にも大立ち回りは出来ない場所であることから、そう考えて問題ないだろう。気配の察知や観察眼に優れている清歌にとっては、ある意味相性のいい相手と言ってもいい。
『不定期連絡~。みんな、調子はどう?』
もう少しで次の分岐点に差し掛かるというとき、弥生から連絡が入った。
『まあまあ、ってところね。必要な採取素材は集めたから、後は魔物からのドロップアイテムを探すだけね』
『なるほど。俺の方は逆にドロップ素材は集まったから、後は採掘ポイントを探すだけだな』
『む? ポイントはそんなに少ないのか?』
『いや。採掘ポイントは結構あるんだが、ちょっと上位の鉱石を掘り出す必要があるんだ。だから片っ端から掘って、そのポイントを探さにゃならんのだ』
塔に居る生産組の二人は、鍵を作るための準備が着々と進んでいるようだ。ちなみに以前の連絡で、出現する魔物は縄張りを決まったルートを巡回するタイプばかりで、やり過ごすのは容易だと聞いている。
『ふむふむ、りょ~かい。私の方は、今のところ問題なく敵を仕留められる感じかな。多少はダメージを受けるけど、自動回復でどうにかなるレベルだから、ポーションの消費もないし』
『うむ。試合場に一体の魔物が待ち構えているというのは、俺にとってはお誂え向きだ。……面白いな、ここは』
弥生と聡一郎のルートは、十分な広さのある島に一体の魔物が待ち構えているという、試合場のようになっている。不意打ちされる心配が皆無の代わりに、戦闘を避けるという選択肢も無い、完全に戦闘職向きの仕様である。
ちなみに最初に予想した通り、弥生たちの戦闘メインルートにも採取・採掘ポイントは存在しており、鍵を作る方法でもクリアは出来なくはなさそうだ。もっともポイントが少ないため、少しでも見落とせば素材が不足すると予想できる上、鍵をドロップする魔物との戦闘も避けられないと思われるので、わざわざ鍵を作ってクリアする意味はないだろう。
分岐点に辿り着き、敵がいないことを確認したところで、清歌はふと気づいた素朴な疑問を弥生たちに尋ねることにする
『私の方も今のところ特に問題はありません。ところで、皆さんにお訊きしたいのですけれど、<ミリオンワールド>の宝箱は、どのような形をしているかご存知でしょうか?』
『へ? あ~、そっか。清歌は知らなかったよね』
『考えてみりゃ、ゲームの宝箱って結構いろんな形があるよな』
RPGとカテゴライズされるゲームにつきものの宝箱。なぜそこに宝箱が放置されているのか、という疑問はさておき、様々なアイテムや貴重な武器防具がタダで手に入る非常にありがたい存在だ。――なお、そこにある理由が明確な宝箱は、果たして開けてしまっていいものか? という疑問も、この際脇に置いておく。
ともあれ、RPGになくてはならない存在の宝箱は、ゲームによってデザインにバリエーションがある。上面がアーチを描くカマボコ型の伝統的なものを始め、シンプルな直方体の木箱や、コンテナ状のものなどのような箱と言えるデザインだけでなく、なぜか浮いているメカニカルな球体や、宝石のようなマーカーでポイントが示されているだけ、というものまである。ちなみに<GOD BEATER>における宝箱は、荒廃した近未来が舞台ということで、ジュラルミンケースのようなデザインをしている。
殊更それを思い出したというわけでもないのだが、探す物のきちんとしたイメージはあった方がいいだろうと、清歌は思ったのだ。
『……っていうか、そもそもテストプレイの時に、あんまり宝箱って見なかったわよねぇ』
『うむ。ダンジョンで見つけた装備品などは、むき出しで置いてあって、そもそも宝箱に入っていなかったしな』
『宝箱があったのはね……、あったのは~……。あ! ダンジョンのクリア報酬は、宝箱に入って出てきたよね!』
『そうそう、それだ! っつっても、<ミリオンワールド>はダンジョンによって世界観がまちまちだから、宝箱のデザインもそれに合わせて違ってたよな』
『うんうん。……あ、それで清歌の疑問についてだけど、スベラギは伝統的なファンタジーに近いから、宝箱もいかにもそれっぽいのだったよ』
『……ということは、皆さんが作って下さった、ジオラマを収める箱に似ていると考えればよろしいのでしょうか?』
『そね。まあ、枠やら鍵やら金属のパーツがあるから、見た目はもっとゴージャスよ。色はフレームが金で、本体はこげ茶色……だったわね』
『……なるほど。おおよそのイメージは掴めたと思います。ありがとうございます、皆さん』
『どういたしまして~。……あ、でも清歌。今更だけどあんまり当てにしない方がいいかもだよ? なにしろ、例の開発のやることだからね~』
『『『『あ~……』』』』
確かに弥生の言い分には説得力がある。何かと落とし穴を仕掛けるのが好きな開発スタッフのお方々が、普通に仕掛けがあってもおかしくないダンジョンに何も仕込まない、などということはあり得ないだろう。
少々迂闊なことに、マーチトイボックスの五人は全員、その辺りについては失念していたようだ。これはもうちょっと、気を付けて臨むべきかもしれない。
『……考えてみると、宝箱がコース上に“隠されている”とわざわざ明記されている、というのも、少し引っかかるところですね』
『あ~、確かに変な記述だったかも。清歌は先入観を捨てて、宝箱っぽいナニカを探さなきゃだね』
『……私ら生産組も、素材を全部集めるまで気を抜けないわねぇ』
『だな。……な~んか、変なとこに採掘ポイントがありそうな気がするなぁ~』
『俺たちの方も単に強い中ボスがいる……、などということはないだろうな』
『うん、ない! だろうね~。みょ~~なのがいるよ、きっと』
清歌は確信をもって言う弥生の言葉にクスリと笑みを浮かべつつ、それはそれで面白そうだから、自分も中ボスを探してみようかなどと考えていた。
弥生の戦闘時の構えは武術よりもスポーツのそれに近く、武器を構えて戦闘に臨むというよりも、ラケットやバットの類を構えているような印象を受ける。実は以前、清歌と聡一郎に多少なりとも武器の扱いを覚えた方がサマになるのでは、と相談をしたところ、二人は口を揃えて「弥生のやりやすい方法でいい」と言われたのである。
ちょこっと構えや型を習ったところで、それは付け焼き刃にも満たないものに過ぎない。下手に覚えてしまったことが先入観になって、いざ戦闘となったときに臨機応変な対処ができなくなってしまう可能性がある。それはゲーム的な要素を活かして戦うという、弥生のスタイルには合わないだろうと二人は考えたのである。
決してかな~り致命的に運動音痴な弥生に武術は向いていない、などと思ったわけでは断じてない。――ないったらない、のだ!
半身になって愛用の破杖槌を野球のバッターのような構えで持ち、弥生はゴツゴツとした岩のような表皮を持った魔物と対峙している。
ロックキャタピラーという名を持つこの魔物は、巨大な芋虫に岩の装甲を取り付けたような姿をしており、地面を這っているときの動きは鈍く、直接攻撃ではなく地属性の魔法で攻撃をしてくる。が、魔法による攻撃はあくまでも牽制だ。
弥生の方からは仕掛けてこないと判断したのか、ロックキャタピラーが真の攻撃手段を繰り出すべく、くるんと丸まる。岩のような装甲がピタリとかみ合って、見た目は完全に岩のような形状になった。
実はこの島に足を踏み入れた時、魔物の姿はどこにも見当たらなかったのだ。それもそのはず、ロックキャタピラーが今のように丸まって岩と化し、擬態していたのである。この島には半ば崩れた石垣のような遺跡があり、そこに紛れていたのである。
もっとも、これまで必ず魔物がいた島に魔物が見当たらず、その上始めて見る石垣と来れば、そこに魔物がいることはバレバレだった。故に、弥生も不意打ちを食らうことはなかった。
「っていうか、キャタピラーって芋虫だよね? これってどっちかって言うとダンゴムシなんじゃ……。ま、いっか。来るがいい! かっ飛ばしてやるよ~。」
構えた破杖槌をぐるぐると揺らし、挑発する言葉で気合を入れて迎え撃つ準備をする弥生。
その言葉に応えた訳でもないだろうが、見た目は完全な岩と化したロックキャタピラーが、その場で高速で縦回転を始めた。どことな~く、かの有名な音速のハリネズミを思わせる姿である。
どうやってその場に留まっているのか厳しく追及したい気持ちを抑えて待っていると、十分な回転速度に達したらしく、土煙を上げながら勢いよく一直線に転がって来る。
「いっけぇ~、ブーストスマーッシュ!!」
タイミングを合わせて、弥生はスラスターを用いた強化版スマッシュを放った!
直撃を受けたロックキャタピラーは、「ごいんっ」という鈍い音を立てて吹っ飛ばされ、石垣に突っ込む。その衝撃が崩れかけの石垣に止めを刺してしまったらしく、ガラガラと崩れ落ちてロックキャタピラーを覆ってしまった。
「ありゃ~、また失敗しちゃった。……多分、清歌と聡一郎なら上手くやるんだろうな~。……あと悠司も」
弥生が狙っていたのは石垣にぶつけることではなく、島の外に弾き飛ばしてのリングアウトで勝利することなのだ。タイミングよく斜め方向に弾くことができればよかったのだが、少しタイミングが遅かったようである。
ちなみにちょっと嫌そうに悠司の名を付け加えたのは、武術はともかくとしてスポーツ的には結構器用な幼馴染に、ちょっとコンプレックスを感じつつも、敢えて名前を挙げないのも大人気ない――という微妙かつ複雑な感情があったのだ。
「う~ん。強化版スマッシュに壁にぶつけた分の追加を加えても、あんまりダメージが出ないか……。ってことは、やっぱり外に落っことすしかないね」
ロックキャタピラーは見た目通り、非常に硬い装甲を持ち防御力が高い。打撃攻撃はこういった敵とは本来相性がいいのだが、どうやら回転突進攻撃に弥生の攻撃が一部相殺されてしまうようで、思うようなダメージが出ないのだ。
恐らく芋虫状態の時に素早く近づいて攻撃を叩きこむか、もしくはどうにかしてひっくり返して腹側に攻撃を加えれば、大きなダメージを出せるのではないだろうか。
「機動性を活かす~とか、すくい上げてひっくり返す~なんてテクニカルなことは、私の担当じゃないんだよね……。まあ、できないものは仕方ないから、やっぱパワーで吹っ飛ば……わ! シールド展開!」
どうやら石に埋もれていたロックキャタピラーが、強引に回転を始めたようだ。邪魔な石を弾き飛ばし、ついでに攻撃にもなるという一石二鳥の手である。
シールドを張って石つぶてを弾くことしばし、ようやく収まったかと思うと、今度は息を吐く間もなく高速で転がって来た。
まだ構えすら取っていない今は、迎え撃つことは不可能だ。よって弥生はサイドステップで華麗に躱す――ことはできないので、やや大げさに横っ飛びで攻撃ライン上から離脱した。
かなりヒヤリとするタイミングで躱すことに成功した弥生は、倒れ込みながら通り過ぎていったロックキャタピラーの位置を確認する。と、この時、弥生の頭に一つの手がピコンと浮かんだ!
弥生は地面をゴロンと転がりつつ、破杖槌を逆に構えて素早く狙いを定める。
「そんなにチャージは出来てないけど……、シュートッ!」
破杖槌の大マズルから放たれた砲撃魔法が、回転速度がやや落ちつつあったロックキャタピラーの後方から殺到し前へと押し出す。減速して止まるつもりだったところを強制的に加速させられたロックキャタピラーは、そのまま勢いよく転がっていき、遂に島の外へと落下した。
「やった~、大成功! 名付けて、ビリヤード戦法! ……ん~、ネーミングがイマイチ、かも?」
誰が聞いているわけでもないのに、一人で戦闘内容とは関係ないところにセルフツッコミをする弥生。とはいえ、実に弥生らしいゲーム的器用さを発揮した、見事な勝利である。
ちなみに今回のように地形を利用して敵を仕留めた場合でも、勝ちは勝ちということらしく、ちゃんとドロップアイテムはゲットできるという親切な謎仕様だ。弥生は立ち上がってドロップアイテムの確認をし、ちゃんと戦闘が終わっていることを確認してほっと一息ついた。その時――
パチパチパチパチ……
「ふぇ!?」
不意に聞こえてきた拍手の音に、弥生は驚いて思わず声を上げる。一体どこから、とキョロキョロしていると、右手やや後方から声を掛けられた。
「弥生さーん! こっちですよー」
「え? 清歌!?」
弥生が振り返るとそこには、道のように連なった岩の一つに千颯を背後に従えた清歌が佇み、笑顔で手を振っていた。
「あのタイミングで後ろから砲撃で押し出すことを思いつくなんて、弥生さんお見事です!(ニッコリ☆)」
「あ、あはは。そ、そそ、そかな? ……ありがと、清歌」
ちょっとした思い付きがたまたま成功しただけとはいえ、褒められればやはり嬉しい。弥生はちょっと照れくさそうな笑顔で清歌に返事をする。
螺旋を描くように上へと向かう闘技場コースや塔コースとは異なり、清歌の浮き岩迷路コースは、あっちこっちへコースが伸びて分岐と合流を繰り返しつつ、上へと向かう構造だ。従って、コースの一部分は隣接する別のコースの至近を通ることもあるのである。
「あ~、その足場ってやっぱり清歌のコースの一部分だったんだ……」
「はい。戦闘中の弥生さんが見えましたので、お待ちしていました。今の敵が中ボス……ではなさそうですね?」
「うん、正解。まだ鍵持ちの中ボスには遭遇してないんだ~。清歌はどう? 宝箱は見つかった?」
「はい、宝箱は見つけられました。……もう既に五個も」
簡単には見つからないだろうなと思いつつ尋ねた弥生に、清歌からかなり意外な返答があった。
「え!? 宝箱が五個もあったの? ……って、もしかして中身は鍵じゃなかった、とか?」
「はい。中身は武器と換金用のアイテムです。少し注意深く見ていれば見つけられるという絶妙な匙加減で隠されていました」
「あはは、ある意味職人芸だねぇ~。……褒める気はしないけど」
弥生がげっそりとした表情で感想を言うと、清歌も眉を下げて苦笑している。鍵の入っていない宝箱もわざわざちゃんと隠しておく、ということは、プレイヤーをぬか喜びさせようという意図があるとしか思えない。
ただ清歌は見つけた瞬間、これではあまりにも簡単すぎると直感したので、中身を見ても「やはり」と思うだけで落胆は全くなかった。開発の意地悪な仕掛けは、今回も不発気味であり、むしろ彼らの方が今頃落胆しているかもしれない。
ちなみに宝箱は中身によってサイズはまちまちだったが、デザインは全て不定期連絡の話に出てきたものと同じだった。それ故に割と楽に見つけられたという側面もあるので、相談したのは一応無駄ではなかったのである。
「でもお陰で、はっきりしたよね。きっと当たりの宝箱は、かな~り変な隠され方をしてるとか、そもそも宝箱の形じゃないとか……。ナニカあるね、絶対」
「はい、そう思います。……差し当たり私は、見つけた宝箱は全て開けつつ、怪しい場所を探していくことにします」
「それが良さそうだね。大変そうだけど頑張って、清歌」
「ありがとうございます。弥生さんも、どうぞお気を付けて。こちらがこんな状況ですから、弥生さんの方の中ボスもきっと何かあると思いますので」
「うん、りょ~かい! じゃ、お互い頑張ろ~!」
「はい。頑張りましょ~!」
一方その頃、生産組の二人は若干途方に暮れていた。
「おいおいおい、あんな場所の採掘ポイント、どうやって掘れっつんだ?」
あちこちにある採掘ポイントを片っ端から掘り、ちょっと疲れたなーと伸びをしたときたまたま見つけた天井――正確には上層階の岩盤――にある採掘ポイント。
怪しい。怪しすぎる。悠司は思わず突っ込んでしまった後で、あのポイントは絶対掘らなければいけないのではという直感と、そう見せかけておいてガッカリさせるための罠なのではという疑念のジレンマに陥ってしまった。
が、よくよく考えてみれば悠司に選択権はないのだ。なにしろまだ道程は半分も来ていないため、今後もこんなポイントを発見することは十分あり得る。そう考えれば、結局当たりが出るまで虱潰しにしていくしかないのである。
「っつーか、やっぱ便利に慣れるといかんな。一瞬、ヒナがいれば楽勝じゃないかって思っちまった」
なんにしても、今は単独行動中だ。<ミリオンワールド>の開発はイロイロと厭らしい仕掛けをしてくるが、ゲームである以上、絶対に無理な仕様にはしていないはずである。ならば、何か手を考えるしかない。
「取り敢えず、足場をどうにかするしかないわな。……えーっと、なにかよさげな道具は……っと」
さて、もう一人の生産組である絵梨の方はと言うと――
巡回していた甲虫型の魔物を、不意打ちの魔法攻撃で弱らせた上、メイスで撲殺したところだ。そしてドロップアイテムを確認して一つ溜息を吐く。
「はぁーー。……やっぱり虫から“骨”なんて出ないわよねぇ」
レシピに必要なアイテムを見た時は、ごく普通の素材故にスルーしてしまっていたのだが、必要な素材に骨と名の付くものがあるのだ。
魔物の骨はドロップアイテムとしてありふれたもので、錬金に限らずどの生産活動にも顔を出す基本的な素材の一つと言っていい。
しかしこのダンジョン産の素材に限られるという注釈があるとなれば話は別だ。何しろここで遭遇した魔物は、これまで虫の類ばかりなのである。
「ええと……、骨以外は揃ったわね。ってことは、もう虫を倒す必要はない。骨を落としそうな魔物を探すか、あとは何か違うアプローチを考えなきゃいけないわね」
序盤はスムーズに攻略できるように見せかけておいて、実は一癖も二癖もあったダンジョンに、マーチトイボックスの面々は四苦八苦するのであった