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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第五章 ファーストダンジョン
60/177

#5―06




「清歌、カマキリの様子はどうかな?」


「巡回している二体は、一体が六時の位置を通過しました。徘徊している方は泉の反対側をうろうろしています」


「ってことは、今がチャンスか?」


「……ただ、泉へ直進すると、おそらく蜘蛛の警戒範囲に引っかかると思います」


「え? 蜘蛛なんてどこに居るの?」


「泉にだいぶ近い場所の、右側から枝が大きく張り出している樹が分かるでしょうか? その樹の上に潜んでいます」


「ふむ。木の上……ということは、地上をうろついているものとは違う魔物と考えた方が良さそうだな」


「はい。以前クエストボードで見たことのある蜘蛛とは形がかなり異なっていますので、別種だと思います」


 現在マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、例の泉へ歩いて五分ほどの位置にある倒木の影に隠れて、突撃のタイミングを窺っているところである。







 時は遡って昨日のこと――


「あのー、この辺りの露店で似顔絵屋をやってるって聞いたんですけど……」


「うむ。それはこの店で合っている。だが申し訳ないが彼女は今、外の冒険に出ていて不在なのだ」


「えー、ショック! タイミング悪かったかー。ま、冒険者だからそういうこともあるかぁ……」


「すまないが、そういうことなのだ。が、他には置いていないモノがいろいろとあるから、見ていってくれると嬉しい」


「ふーん? ……あ、ホントだ、お土産屋さんみたいね」


 聡一郎は基本的に寡黙である。一見、人当たりという意味では店番にはまったく向かないように見えて、意外とお客さんからの受けは良い。礼儀正しく、言葉づかい自体は清歌の次くらいに丁寧なので、ある種のキャラとして確立しているのだ。ルックスも硬派なイケメンと言って差し支えないものなので、女性客の人気はそこそこ高い。きっちりした服装で、こだわりのある喫茶店のマスターでもやっていれば、案外ハマり役かもしれない。


 ちなみに聡一郎が女性客の応対をして、ちやほやされていると絵梨の機嫌が急降下するとかしないとか……


 そんな二人が店番をすること二時間あまり、偵察に出ていた三人が帰還した。


「ただいま~」「ただ今戻りました」「お、いくつか売れてるなー」


「お帰りー、結構早かったわね。もう少しかかるかと持ってたけど……、その泉って結構近いの?」


「いや、そんなことはない。街道から離れた森の深い場所だからな」


「ま、そこはほら、飛行タイプの魔物に見つからない辺りまで、ヒナでひとっ飛びだからね」


 ちょうど今はお客さんがいないので、偵察組がそのまま報告を始めることにする。


 弥生が予想した通り、やはり泉は重要なポイント――ダンジョンの入り口だった。


 泉の周囲にはカマキリ型の魔物が常に三体うろついていて、これが門番的な役割を果たしているようだ。ただ、斃さなくてはならないボスというわけではなく、ただのアクティブな魔物で、事実、隙を見て泉に突撃することが可能だった。


 泉の前には石板があり、その説明によると――


「ダンジョンは四人から六人のパーティー専用で、他の冒険者とかち合うことはないみたい。で、石板にパーティーを登録すると泉がポータルになって、ダンジョン……っていうか島? に転移できるようになるの」


「なるほど。……制限時間はあるの?」


「特に表記はなかったから、おそらく制限時間はないだろうな。ついでにアイテム持ち込み数の制限とかも記載されてなかった」


「ふむ……。ポータルで転移するということは、どんなダンジョンに飛ばされるか見当がつかんということか」


「ま、そういうこったな。まあ、一度だけしかチャレンジできないって記載もなかったから、リタイヤ覚悟で突っ込むのもアリじゃないか?」


 何度でもトライできるダンジョンなら、難易度が高すぎてリタイヤしたとしてもレベルを上げてリトライすればいいのだ。確かに、取り敢えずレベル上げも兼ねてチャレンジするというのもいいかもしれない。


「だね。まあ、でもせっかくの初ダンジョンだし、クリアするつもりでチャレンジするよ?」


 そう纏めた弥生の言葉に、四人がそれぞれ頷く。ダンジョンに挑むこと自体には、誰も異存は無いようだ。


「じゃあ、今回はこのまま露店を時間いっぱいまで続けて、明日二回分のログインを使ってダンジョンに行こう!」


「弥生さん、明日の午前は旅行者の方もいるセッションですけれど、よろしいのでしょうか?」


「うん、そうなんだけどね。一回のセッションでダンジョンをクリアできなかったら、次にまたがっちゃうでしょ? 明後日がメンテナンスでお休みだから、出来れば明日中にクリアしたいんだよね」


 弥生の言い分はもっともだ。ダンジョンにチャレンジするにしても、日をまたいで翌日ならともかく、丸一日以上も時間が経ってしまうと、緊張感やモチベーションが削がれてしまうだろう。


「じゃ、私は一旦ホームに戻って、ポーションとか消耗品を作って来るわ」


「よろしく~。私らは……あ、お客さんの少ないタイミングを見計らって、手分けしておやつとか飲み物も補充しておこう」


「……ヲイ、リーダー。ピクニックじゃねーぞ」


「ふふっ。長丁場になれば休憩も必要ですから、持っていて損はないのではありませんか?」


「うむ。疲れた時には甘いものが有効だ」


「…………(ま、いっか。荷物になるわけで無し……)」







 清歌の周囲に浮かんでいる雪苺のエイリアスから届く映像ウィンドウには、三体のカマキリ型の魔物と、蜘蛛型の魔物が表示されている。さらにもう一つ周辺マップのウィンドウも表示されていて、そこには自分たちとエイリアスの位置がマーカーで表示されていた。


 彼女たちの基本方針は偵察時と変わらず、カマキリたちの隙を突いて泉へなだれ込むというものだ。カマキリは攻撃力、防御力共に優秀な魔物であり、一体と戦っている間に二体目がやって来てしまう可能性が高い。――二体までならばまだどうにか戦えなくもないが、三体目まで釣ってしまった時のことは正直言って考えたくない。


 今回の目的はあくまでもダンジョンアタックなのだから、その前に危ない橋を渡る必要はないのだ。


「清歌さん。蜘蛛の大きさって分かるかな?」


「そうですね、葉や枝と比較して考えると、脚を除いた本体の大きさがこのくらい……でしょうか」


 そう言いつつ清歌は両手で、直径がバスケットボールより二回りほど大きなサイズを示した。現実リアルでこのサイズの蜘蛛に遭遇したら卒倒ものだが、<ミリオンワールド>の魔物としてはかなり小型の部類である。


「やっぱり地上にいる奴とは別物だな。……っつーことは、獲物を罠で捕らえるか、状態異常にしてから攻撃してくるタイプだろうな。そのサイズならやれるか?」


「悠司、何考えてんの?」


「もうちょい近づいて、俺がハンマーショットの狙撃でふっとばして、その隙に泉まで走る……って作戦はどうだ?」


 いずれ襲ってくる魔物だろうから、こちらから先制攻撃を仕掛けるという悠司の案は理に適っている。


「……悪く無い案だが、その場合、蜘蛛とはどこで戦うことになる?」


「泉の周辺はちょっと開けてるから、そこで迎え撃つ。……ってか、ポータルでダンジョンに逃げ込んじまえばいいんじゃないか?」


「ふむふむ、なるほど。じゃ、その方針で行こう! 悠司~、外さないでよ~」


「確かに、外しちゃったら作戦も何もないわね。ユージ?」


「うむ。責任重大だな、悠司。外すなよ?」


 愛用のライフルを取り出す悠司に向けて、弥生たちが次々と激励――というより、何かのフリのような言葉を掛ける。


「オマエラ……。暗示をかけるようなことを言うのは止めてくれまいか」


「まあまあ悠司さん。外しても罰ゲームを要求したりはしませんから(ニッコリ☆)」


 罰ゲームという言葉に弥生と絵梨の瞳が「キュピーン☆」と輝く。その様子を見て、これは外すわけにはいかないと決意する悠司であった。




 ひそかな決意を以てライフルを構え、スコープを覗く悠司。予めそこに居るという確信があったからこそ、生い茂る葉の隙間に蜘蛛の姿を見つけられた。この位置ならば十分ライフルの射程内であり、外す心配はない――ハズだ。


 悠司を除く四人は走り出す態勢を整えて、後はスタートの合図を待つのみである。


「みんな、準備はいいか?」


「オッケ~」「いつでもどうぞ」「大丈夫よ」「うむ。問題ない」


「じゃあ、いくぞ。ハンマーショット」


 銃声とともに光る弾丸が放たれる。果たしてその弾丸は、木の陰に隠れている蜘蛛に見事に命中した。言葉では表記し難い、空気の抜けるような鳴き声を上げて蜘蛛が吹っ飛んで行く。


「な~んだ。……ナイス、悠司」


「あら。……せっかくの前フリが意味なかったわね、悠司」


「オマエラ……。もっとストレートな反応をしてはくれまいか」


 泉に向かって走りながら、素直じゃない表現で悠司を称賛する弥生と絵梨。ライフルを収納し、少し遅れて四人の後に続く悠司は、もし外したら本当に罰ゲームだったのだろうかなどと考え、ほっと胸を撫で下ろしていた。


 そんな三人のやり取りに清歌はクスリと口元に笑みを浮かべつつ、抜かりなく周囲の気配を探っている。ちなみに狙撃が成功した時点で戦闘が始まる為、現在清歌につき従っている従魔は雪苺と千颯だ。


「飛んで行った蜘蛛の気配が良く分かりませんね……。聡一郎さん?」


「ああ、俺にも分からん。少なくとも見える範囲にはいないようだ」


「そんなに吹っ飛んだんだ……クリティカルでも出たのかな? ま、チャンスだと思って、とにかく泉に急ごう!」




 泉は直径二メートルほどの円形で、周囲は開けていてちょっとした広場になっている。その縁を取り囲むように背が高く枝が大きく横に張り出した樹木が生えているので、見上げても空の見える面積は狭く、全体的に薄暗い場所だった。――この泉を上空から発見できたのは、もはや奇跡に近い偶然と言っていいだろう。


「ああ、これが石板とやらね。ええと……、まずパーティーリーダーが登録をして、メンバー全員が同意するとポータルが起動する、と。弥生ー、出番よー」


「りょ~か~い」


 蜘蛛はどこか遠くへ飛んで行ってしまい、既に戦闘は終わったものと考えているのか、絵梨と弥生のやり取りは暢気なものだ。悠司はというと泉の中にポータルの球体が沈んでいるのかと覗き込んでいる。


 と、その時、清歌と聡一郎が不穏な気配を感じ、同時に振り返った。


「弥生さん、急いで下さい」「うむ。何か来る!」


 耳を澄ますとカサリカサリと乾いた音が、それも一つや二つではなく折り重なるように聞こえる。なにやら生理的嫌悪感を覚える、黒い悪魔()を連想させるような、実に不吉な音である。


「げ、マジか」「う~わぁ~」「これは、ちょっと……」「むう……」


 石板に手を翳して手続きをしている弥生を除く四人が、不吉な音の元を確認して声を上げる。そこに見えたのは薄暗い森の中に赤く点々と光るもの――群れとなって押し寄せる蜘蛛の目だった。


 冷静に戦力だけ(・・)の話をするならば、弥生の範囲攻撃や延焼するファイヤーボールなどを駆使しつつ、聡一郎と千颯で確実に一体ずつ撃破すれば、殲滅も不可能ではない。が、正直言って見た目が気色悪い、中途半端に大きい蜘蛛の群れと戦うのは、避けられるものならば避けたいところである。


 なので、とっととダンジョンに逃げ込んでしまうが吉だ。悠司の発言が見事に予言になったようである。


「手続きは終わったよ~……って、ナニあれ!? 気持ち悪っ! みんな早くOK押して~!」


 手続きを終えた弥生が振り返って状況を理解し、蒼褪めた顔でドン引きする。これまで<ミリオンワールド>内でも大型の蜘蛛や、カマキリ型の魔物と戦った経験があり、殊更虫が苦手というわけでもない。とはいえ、うじゃうじゃと押し寄せる虫は、サイズが巨大なものとはまた異なる嫌悪感があるのだ。


 清歌たち四人はじりじりと近寄って来る蜘蛛軍団を警戒しつつ、表示されたウィンドウのOKボタンを押す。


 すると背後で、ザバッという音がして回転するリングが泉から浮き上がった。そのリングが水を吸い寄せるように集め、球体を形作る。見た目は町にあるポータルとほとんど同じだが、球体が水だけでできているせいか少し不安定な印象を受ける。


 もっとも今の五人には、そんなことをじっくり観察する余裕はない。とにかくとっととこの場から離脱したいのだ。


「みんな、準備はいい? ってか、良くなくても転移するからね!」


「お願いします!」「やっちゃって」「いいから、はよ!」「こっちもいいぞ!」


「オッケー。行くよ~っ、転移!」


 体が浮き上がるような独特の感覚と同時に五人はダンジョンへと転移し、蜘蛛軍団からの逃亡にも成功するのであった。







 弥生が降り立った場所は波が打ち寄せる砂浜だった。砂浜と言っても海水浴ができるような広い場所ではなく、非常に狭い無人島のような場所だ。


 そして視線を上げると、この島の端からつり橋が伸びていて、浮島へと繋がっている。橋の手前には石畳になっている箇所があり、その両端には柱が立っていた。


 どうやら数々の小さな島が連なり一つの大きな島を成し、それ全体がダンジョン扱いということなのだろう。


 普段ならこのいかにもゲーム的な光景に感動するところだが、今の弥生にとっては、兎にも角にもダンジョンに無事到着できたという安心感が大きい。あの、うじゃうじゃ迫って来る蜘蛛は、かなりホラーな光景だったのだ。


「いや~、参ったね。まさかダンジョンに突入する直前に、あんなことになる……なん……て? って、アレ!?」


 いつものように、振り返りつつ仲間たちに話しかけた弥生は、その相手が誰もいないことに、この時初めて気づいた。この小さな島に降り立ったのは弥生一人だったのである。


「みんなどこ~! ……って、まさかこのダンジョン、パーティーメンバーが分断されるタイプ? 初っ端でそんなのアリ!?」


 混乱したのもほんの一瞬のこと、ゲーム経験値の高い弥生は、あっさり何が起こったのかを把握し、状況を確認するためにメンバー全員に連絡を入れた。


『もしも~し、こちら弥生です。みんな、ちゃんとダンジョンに着いた? 取り敢えず行動する前に、状況を確認するよ。今、私は一人なんだけど、誰か二人以上の組になってたりする?』




 転移後、絵梨が目を開けると、自分が砂浜に立っていることが分かった。しかし砂浜には違いないが、ここは妙に薄暗い。これはいったい――と見上げるとなぜか天井が、それも洞窟のようにゴツゴツとした岩盤が見える。横から差し込む光だけなのだから暗いはずである。


(……柱がなくても天井があるなんて、流石はファンタジーね)


 物理法則をまるきり無視した構造に感心しつつ周囲を見渡して確認すると、この場所はほぼ円形で、少し離れた場所に上へ続く通路が見えた。通路の手前だけ石畳になっていて、両サイドには天井に届いていない柱が立っている。恐らくあの場所がスタート地点なのだろう。


「見た感じ、ここは一種の塔なんでしょうね。ダンジョンらしいと言えば、らしいけど。……っていうか、みんな遅いわね」


 改めてきょろきょろと周囲を見回すが、何度見たところで弥生たちの姿はどこにも見当たらない。まさかとは思うが、あの迫って来ていた蜘蛛に捕まって、転移ができなかったのだろうか?


 大量に迫って来る蜘蛛が足に取りつき、更にその上を別の蜘蛛がよじ登って体にくっついて――と、想像して絵梨は思わず身震いした。はっきり言ってこれ以上は、あまり想像したくない。今後あの蜘蛛に遭遇した場合、下手に手を出さずやり過ごした方が良さそうだ。


 微妙に思考が本筋とは逸れつつあったとき、弥生から連絡が入った。どうやら無事ダンジョンには到着したようだが、別のポイントに転移させられてしまったようだ。


『こちら絵梨。私も一人よ。ちなみに私のいるとこは砂浜で、なぜか頭上に岩盤があるわ。上に続くスロープがあるから、階層構造になってるんじゃないかしら』




 弥生に次いでゲーム経験値の高い悠司は、転移直後に一人であることに気づき、どうやらパーティーを分断するタイプのダンジョンなのだろうと見当を付けた。


 いずれ弥生から連絡が入るだろうと確信している悠司は、意地の悪いシステムのダンジョンを作った開発に軽く悪態を吐きながら、周囲の様子を確認する。


 上は天井に塞がれていて見えないが、横に壁はない。海の向こうに目を凝らしてみると、割と近い場所に島があり、それはつり橋によって浮島へと続いている。また、かなり遠くの方に、岩盤が層状に重なって塔のようになっているものも見えた。


(……つか、現実リアルじゃ上り坂のつり橋なんて見かけないよな。地味にファンタジーな構造だ)


 ――などと、どーでもいいことに感心していると案の定、弥生から連絡が入る。そしてそれに続く絵梨の返事から、恐らく自分のいる場所は絵梨と似たような場所に転移させられたのだろうと判断した。


『あー、悠司だ。こっちも同じく一人だな。ここは……恐らく絵梨と同じ感じだと思う。実はかなり遠くに岩盤を重ねた塔みたいなのが見えるんだが、そこが絵梨のいる場所なんじゃないか?』




 さて聡一郎はというと、転移直後はなぜか自分一人しかいないことに少々驚いたものの、いずれにしても帰還用のポータルが見当たらない以上前に進むしかないだろうと、ウォーミングアップを始めた。


 もうちょっと考えても罰は当たらないのではと突っ込みたいところもあるが、ある意味、見事な割り切りである。


 ちなみにVR内において、本格的に運動をする前のウォーミングアップというのは必要ない。それでもなんとなくやってしまうのは、普段からしていることをやらないと、どうにも落ち着かないからである。


 さて、そろそろ体も温まって来た――あくまでも気分的に――と思ったところで、弥生からの連絡が入った。


(ふむ……、一人だけにされたのは俺だけではないのだな)


 自分の降り立った島の外の様子を改めて見回してみると、スタート地点らしき場所に向かって左右方向にそれぞれ一つずつ、悠司の言っていた塔が確認できた。距離的に言えば、右手側の方が離れているように見える。


『こちら聡一郎。俺も一人だ。俺のいる場所はかなり狭い島で、つり橋で次の島に繋がっている。悠司の言った塔みたいなものが、ここからは二つ確認できるな』




 最後の清歌はというと、転移した直後に気配を探り危険がないことを確認し、同時にこの場には自分と二体の従魔しかいないことに気が付いた。


 清歌のゲーム経験と言えば、携帯ゲーム機の<GOD BEATER>のみだ。なので、てっきりダンジョンと言えば塔や城などの建物か、または洞窟の様な閉鎖的な場所なのだと思っていたのだが、ここは妙に開放的な明るい場所でちょっと拍子抜けしていた。


(蜘蛛が襲ってくるには、まだ間があったはずですよね。ということは、皆さんが転移に失敗したとは考えにくい、と。はて、ではこの状況は……?)


 ゲーム知識が自分には圧倒的に不足していると理解している清歌は、答えが出そうもないことを考えるのはあっさり放棄し、取り敢えず自分にできる方法で情報収集をすることに決める。この切り替えの早さは、聡一郎と共通するところがあるようだ。


 清歌のいる島は、正直言って島というのは烏滸おこがましいというようなサイズで、左右二メートル、前後五メートルという程度のものだ。そしてその先からは、天辺が平らな浮き岩が連なることで通路を形作っており、ところどころ分岐して軽く迷路のようになっている。


 周囲を見渡したところ、清歌のいる島から見て、左右に小さな島と塔のようなものがそれぞれ見える。


 さて、次はスタート地点らしき場所を調べて――と思ったところで弥生からの連絡が入る。弥生の言葉から自分たちが分断されていることを察した清歌は、八割がた無理だろうと思いつつ、飛夏の空飛ぶ毛布で合流出来ないかと試してみることにする。


 清歌は呼び出した飛夏と雪苺に、島を離れて遠くへ飛んで行けるのかを試してもらいつつ、弥生たちに報告を始めた。


『こちら清歌です。私も同じく一人……、あ、もちろん従魔たちとは一緒です。私のいる場所はかなり狭い島で、宙に浮かぶ岩が連なってここから先に伸びています。島のような大きな岩は確認できませんね。それと分岐があって、ちょっとした迷路になっています』


『りょ~かい、みんな報告ありがとう。ちなみに私のいる場所は、聡一郎と同じタイプだね。もしかすると六人で来たら、もう一人、清歌と似た場所に飛ばされた……かも?』


『ああ確かに、そね。ま、それはちょっと置いておきましょう。今更言うまでもないけど、これはパーティーが分断されるタイプのダンジョンよね……』


『また厄介な……。っつーか開発も、最初のダンジョンくらいもっとフツーにしてくれんものかね』


 悠司のぼやきに、弥生と絵梨が多いに同意する。残る二人はゲーム的なお約束をあまり知らないために、「そういうものなのか」と思う程度だ。


 RPG的な一般論として、フィールドにあるダンジョンというものは入口周辺のレベル帯と同じか、やや高いくらいの設定になっている。それに倣って考えると、このダンジョンはスベラギ近辺で活動する冒険者向けと考えていい。


 従って、弥生と悠司が言うように、<ミリオンワールド>での初ダンジョンがここになる可能性は十分あるのだ。突入直後に引き離してしまう仕掛けを初心者相手に施すのはいかがなものか、と開発を厳しく追及したいところであろう。


 ここで確認に出していた飛夏と雪苺が、清歌の元へ帰還した。清歌の顔を見てフルフルと体を横に振っている。


『私からもう一つ、報告があります。念の為、合流できないかとヒナとユキに試してもらいましたけれど、島の外へ出ることはできないようです。見えない壁に阻まれて、それ以上は先に進めない……そうです』


『そっかぁ~。ありがと、清歌。ダメ元だけど試してもらおうと思ってたから、ちょうどよかったよ。……まあ、そういうズル対策はちゃんと取ってるよね~』


『だな。ってことは、頑張って一人で進まにゃならんのだが……、ルール説明が欲しいところだな』


『うん。たぶん、スタート地点に近づけば分かるんじゃないかな。じゃ、みんな移動するよ~!』


 弥生の号令に従って、清歌は通路の手前にある石畳へと足を踏み入れる。すると、目の前に石畳のブロックの一つが浮き上がり、そこに文字が浮かび上がった。


 説明を要約すると――


 そもそもこの場所は、<ミリオンワールド>を創造した女神が、暇つぶし(・・・・)にいくつかの島を組み合わせて作ったもので、ちょうどよさげだったので冒険者の訓練用としてダンジョンに転用したものである。


 ダンジョンに入るとパーティーメンバーそれぞれが、別々のコースに転移させられる。この転移先は初回のコースが記録されていて、リトライしても変化しない。


 パーティーメンバーの一人でも戦闘や地形によるダメージなどでリタイヤすると、全員がダンジョンから追い出される。なおリタイヤした者はダンジョンの入り口でHPが一の状態になる。


 それぞれのゴールがボス部屋の入り口に繋がっており、扉を開けるには全員が鍵を入手する必要がある。


 鍵の入手方法は、コース上に隠されている宝箱から発見する、鍵をドロップする特定の魔物(マーカー表示あり)を撃破する、鍛冶またはアクセサリー合成によって作成する、と三つある。なお、生産スキルを持っている者は、ダンジョン内でのみ使用可能なレシピを習得済み。


『……いや、暇つぶしって、そりゃあちょっと……』


 その設定はもうちょっとどうにかならなかったのかと、悠司が力なく突っ込む。


『ふふっ。確かにもう少し、設定に凝って欲しかった気もしますね』


『ま、そこは突っ込まないでおきましょ。女神さまだって、退屈を持て余すことがあるのよ。……きっと』


『うむ。この際、設定は何でもいいだろう。ともかく今はダンジョンだ』


 やる気になっている聡一郎が、かなり身も蓋もない物言いで、設定についてはバッサリと切り捨てる。


『オッケ~。……まあ、多分皆もそう考えてると思うけど、鍵の入手方法が三種類って言っても、コースごとにやりやすいのがあると思うの。ちなみに私だと、魔物のドロップだね』


『私は生産ね』『俺も同じく』『俺は討伐だな』『私は宝箱でしょうね』


 島が一種の闘技場のようになっているであろう前衛の二人。採取ポイントが数多くありそうな生産組の塔。清歌のコースは少々微妙なところだが、立体的な迷路状になっていることから宝箱が隠されていそうな雰囲気だ。


『恐らく心得に合わせてコースが設定されたのね。たぶんどのコースでも、三種全て達成できるとは思うけど』


『なるほど。……そういえば、鍵は手持ちの素材で作れないのだろうか?』


『それは確認済みよ。レシピに“ダンジョン内で採取した素材に限る”って注釈があるわ。難易度的にはかなり易しいから、作るのは問題ないわね』


『俺らの場合は、作業中の安全確保に気を付けなきゃな。そういや、清歌さんも生産スキルを覚えたんだっけ?』


『はい。……あ、一応レシピを覚えています。とはいっても、レベルが足りない上に道具もありませんので、鍵を作るのは諦めるしかありませんね』


『そっか……。あ、清歌? 一応注意してほしいんだけど、ダンジョンの中は魔物のほぼ全部がアクティブだから、常に千颯と一緒に行動してね』


『心得ました。心配して下さって、ありがとうございます、弥生さん(ニッコリ☆)』


『い、いえいえ~、ど、どういたまして~』


 空間を超えて清歌の笑顔が届いたのか、弥生の言葉が微妙に挙動不審気味だ。


(噛んだわね)(うむ。噛んでいたな)(噛み噛みだな)


 武士の情けでツッコミは内心にとどめ、ニヨニヨする三人である。


『さ……、さてと。注意点の確認はこのくらいだね! 先ずは鍵の入手を目指して出発しよう! 何かあったらその都度連絡ってことで』


『承知しました』『ええ。了解よ』『初ダンジョンだな!』『うむ。腕が鳴るな』


 こうして、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)は、ちょっと想定外の初ダンジョン攻略に乗り出すのであった。





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