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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第五章 ファーストダンジョン
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#5―05



 ただ今、ワールドエントランスのフードコートには、来月駅前にオープン予定のハンバーガーショップがプレオープンと銘打って出店されている。


 何でも都心で大人気の店が暖簾分けして初の支店を出すとのことで、何故ココなのかというと、もともとそこそこ栄えている町で若者が多い上に、ワールドエントランスもできたから――というのがもっともらしい表の理由だ。実はこちらの店の店長になる人物が、百櫻坂高校のOBで、母校の後輩たちに食べてもらいたい、というのが表向きではない大きな理由らしい。


 ちなみにフードコートに出店するだけあって、<ミリオンワールド>とのコラボ企画も当然準備されていて、本稼働が始まってから期間限定で<ミリオンワールド>内にも出店される予定になっている。なので、セットメニューを頼むとゲーム内で使用できるクーポンコードが付いてくるおまけつきである。


 清歌たち五人はせっかくだから物は試しと、今日の昼食はみんな揃ってハンバーガーに決定した。チェーン店のハンバーガーとは一線を画する、肉の旨みがしっかり感じられるふっくらと厚みのあるジューシーなパティが特徴である、ハンバーガーのセットをそれぞれ注文して、テーブルの一つを陣取った。


「ほえ~」


 大きな口を開けてハンバーガーを齧る清歌を見て、自分のバーガーを手に持ったまま妙に感心したような声を漏らす弥生。


 清歌はちゃんと咀嚼して飲み込んでから、弥生に尋ねる。大口を開けてかぶりついても、口の中に食べ物が残った状態で話すようなことは決してしないところは、やはり躾の良さであろう。


「どうかされましたか? 弥生さん」


「あ~、あはは。いや、清歌がそんなにおっきな口を開けて食べるのが意外過ぎて……。ちょっと、ビックリしちゃっただけ」


 言いつつ弥生も自分のバーガーを齧る。一口だけで、これは違う(・・)と理解できる美味しさ。じゅわっとあふれる肉汁と、しゃきっとした野菜、ふかふかで香ばしいバンズのハーモニーが実に素晴らしい。都心に出店し、口コミとウェブの評判で超人気店となった実力はダテではない。


 ちなみに、このハンバーガーショップは味だけでなく、腹ペコ男子も満足できるボリュームも魅力となっている。なので、レギュラーサイズだけでなく若干サイズの小さいスモールサイズが用意されていて、弥生と絵梨はスモールのセットを注文している。――清歌は? などとは聞かないのが、武士の情けである。


「少々、はしたない気もしますけれど、こういうものは豪快にかぶりつくのが、正しい作法だと思いますよ?」


「ま、まあ作法ってほどのもんじゃない気もするが……言わんとすることは分かる。……ん、ウマいな。スパイシースペシャルの方もイケるぞ」


「……ユージが美味しいっていう辛さがどの程度のものか、私は想像したくないわ」


「(モシャモシャ)うむ、これは本当にうまい。……まあ話を戻すが、俺も清歌嬢は豪快な食べ方をしなければならないものは、食べないだろうと思っていたな」


 確かに清歌は、弥生たちごく一般的な庶民と比べて、テーブルマナーを要求されるような食事をすることがずっと多い。外食やパーティーの席だけでなく、いつでも自然な所作ができるようにと、ある種の訓練も兼ねてしばしば家の夕食がコース料理や懐石のこともあるから尚更だ。


 しかし、いかに生まれながらのお嬢様である清歌であっても、年がら年中そんな堅苦しい食事ばかりでは、正直言って面倒くさい。ごく自然にマナーに則った所作ができ、食事を十分に堪能できるようになっているとはいえ、気楽に楽しい食事の方が好きなのだ。


「確かに多くはありませんけれど、全く無いということはありませんよ。ファーストフード店やラーメン屋に行ったこともありますし……」


「「「「ラーメン屋!?」」」」


 清歌が不意に投下した小さな爆弾に、四人が目を丸くして異口同音に聞き返す。清歌としてはそれほどおかしな発言のつもりではなかったので、その過剰な反応に引き気味だ。


「あ、分かった! 例の面白い(想像)お兄ちゃんに連れていかれたんだよね?」


「あー、なるほどな。兄貴に連れていかれるんなら分からなくも……」


 弥生の推測に悠司が同意し、残る二人の表情も「なーんだ、そうか」という感じに頷いている。しかし清歌はさらなる小型爆弾を投下して、その思い込みを吹き飛ばした。


「兄には牛丼屋に連れていかれたことがあります。ラーメン屋の方は、中学時代に友人たちと一緒に、ですね」


「牛丼屋!? って、それも意外だけど……。いやだって清藍女学園、でしょ?」


 弥生たちの過剰な反応に、清歌は眉を下げて苦笑気味である。ドリンクを一口飲んで一拍置いてから、四人が抱いている幻想をぶちこ――ではなく、訂正を試みる。


「ふふっ、弥生さん。以前似たようなことを言ったかもしれませんけれど、清藍に通っている子が、全てお嬢様というわけではありませんよ?」


「そりゃ、うちの凛が通うかもしれないくらいだし、分かってる……つもりだけど……。ねぇ?」


「そ……そね。私も清藍の学生がラーメン屋に居る光景は……、上手くイメージできないわねぇ」


 弥生たちの反応に清歌はピンと来た。彼女たちは少々勘違いをしているのかもしれない。


「もちろん学校帰りに制服のまま立ち寄る、ということはありませんよ? 一応、校則でも禁止されていますから」


 一応、というのは、今どきの中学生が学校帰りに寄り道をするくらい教師の方も理解していて、余り教育上よろしくないと思われる場所でもなければ、殊更罰せられることはないからだ。例えば帰りがけに、コンビニや鯛焼き屋などで買い食いをしたり、ファーストフード店で駄弁ったりするくらいなら、目くじらを立てられることもないが、ゲームセンターはアウトといった感じだ。


「は~、なるほどなぁ。校則のきつさは俺らとあんま変わんないんだな。……そういや中学の頃、例の刑事ものの映画を学校帰りに見たことがあったけど……?」


「映画は……そうですね。場所に問題はないと思いますけれど、帰宅時間が遅くなってしまいますから、バレたらお小言を言われると思います。……たぶんラーメン屋も制服で立ち寄ったら、お堅い先生からは何か言われそうですね」


 悠司の疑問に答えた後で、清歌はクスリと笑って付け加えた。イロイロと好き勝手にやらかしていた清歌たちに目を付けていたとある教師が、眉を顰めて苦言を呈する様子が目に浮かんだのである。


「……まあ、私が清藍の教師だったとしても、制服でラーメン屋に入っているところを見たら、ちょ~っと注意したくなるわね。……っていうか、妙に校則のさじ加減に詳しいみたいだけど……、もしかして例の?(ニヤリ★)」


 絵梨の意味ありげな笑みに、清歌はトホホな表情を返す。気品ある装いの指針(グレイスコード)の名を出さない気遣いが、有り難いやら情けないやら……


「ええ、まあ……。会長たちも服装以外は意識していなかったようですけれど、結果的にそうなってしまったようです。ただ、私はあまり放課後まで一緒ということがありませんでしたので、そちらについてはノータッチです」


「そっか、中学時代はまだお稽古事とかで忙しかったんだよね。……ま、でもそういうことなら、凛が清藍に無事入学できたとしても、校風が違い過ぎてついていけないなんてことはないかな。……うん、ちょっと安心」


 ハンバーガーを堪能しつつ、清歌から得られた情報に別の角度からの感想を言う弥生。なんだかんだでいいお姉ちゃんである弥生としては、妹の中学生活が窮屈になり過ぎないというのは、嬉しい情報である。


 美しい所作がごく自然に身についてしまっている清歌には無縁の話だが、一般的に清藍に外部受験で入学した生徒は、持ちあがりの生徒よりも立ち居振る舞いに気を付けすぎる(・・・)傾向があるという。事前の情報と、千代という親しい友人がいなければ、凛もそうなっていたかもしれない。


「……で? ソーイチはさっきっから何か考え込んでいるみたいだけど、どうしたのよ?」


 確かにラーメン屋のくだりから、聡一郎は黙々とハンバーガーとポテトを食べながら、妙に難しい顔で考え込んでいるようだった。聡一郎は口の中のポテトを飲み込むと、おもむろに絵梨の問いかけに返事をした。


「これは清歌嬢と見ず知らずだったらの話なんだが……。もし、俺がラーメン屋で飯を食っていたとして、隣の席に清歌嬢が座ったらどんな反応をするか……などと考えてしまってな」


 その内容に、清歌を除く三人の動きがピタリと停止し、そして今も大きな口を開けてバーガーにかぶりつき、実にいい笑顔で咀嚼している清歌を見つめてしまう。豪快に食べるのが正しい作法と言いつつ、ハンバーガーを持つ手つきや、紙ナプキンで口元を拭う様はとても上品だ。清歌自身の容姿も相まって、ミスマッチ感が半端ない。


 ハンバーガーですらこれなのだ。聡一郎が言ったような状況で、隣で清歌が勢いよく音を立ててラーメンを食べているところを見たら――


「俺だったら、まず間違いなく疑うだろうな。……自分の目とか正気とかを(ヒソヒソ)」


「同感ね。……フフ、清歌と清藍のお友達がグループで襲来したんじゃ、ラーメン屋の主人もさぞかしギョッとしたでしょうね(ヒソヒソ)」


「考えてみると清歌嬢の友人は流石だな。清歌嬢とラーメン屋に行ったらどうなるか分かっていただろうに、突撃するとは(ヒソヒソ)」


「あのさ~、みんな無関係みたいに言ってるけど、それって今は私らのことになるわけなんだけど……、分かってる?(ヒソヒソ)」


 全く自分たちとは関係ないことのように語っていた三人に、正しく状況を理解した弥生のツッコミが炸裂する。


 清歌と共に行動するようになって一か月余り。弥生は端っから、他の三人も一週間も経てば、周囲から浴びせられる視線についてはそういうものだと受け入れてしまっている。


 今年はたまたま<ミリオンワールド>で遊んでいるが、もしもいつもと同じ夏休みだったら、それこそ清歌をカラオケにプールにテーマパークにと連れ出したり、ファミレスやらファーストフード店やらで駄弁ったりしていたことだろう。


 その時、聡一郎が流石と言った友達ポジションは弥生たち四人だ。そして間違いなく、周囲の反応などそっちのけで楽しむことに全力を注ぐだろう。


「あの……皆さん。いくら小声で話されているとは言っても、この距離では丸聞こえなのですけれど……」


 微妙に困ったような表情で、清歌が控えめに指摘する。


「「「「……あ」」」」


 今更ながら気が付いた弥生たちの様子に、清歌は思わず吹き出してしまう。もしかすると四人は、<ミリオンワールド>内でのグループチャットのようなつもりで話していたのかもしれない。ある意味、フルダイブVRの弊害かもしれない。


 なんにしても、別にコソコソと話すことでもなかったのだ。四人は反省しつつアイコンタクトを取り、揃ってペコリと頭を下げた。


「「「「ごめんなさい」」」」


「ふふっ。はい、よろしい(ニッコリ☆)」







 暖かな日の光を反射してキラキラと水面が輝く泉の畔に、古風なお姫様のような黒髪と、意志の強さを感じさせる鋭い目をした、類稀な美少女が腰を下ろしている。足を崩したしどけない姿には、どこか危うい色気があった。


 彼女が背を預けているのは、寝そべる狼に似た大きな獣だ。精悍な顔、がっしりとした体つきで、艶やかな暗灰色の毛皮に覆われたその獣は、首と尻尾を少女の方へ向けて静かに目を閉じている。少女が優しく鬣に手串を通すと、気持ちよさそうに尻尾が揺れるので、眠っているわけではないようだ。


 そしてその周囲では、ウサギや耳の長い栗鼠の様な小動物が楽しそうに動き回っている。時折、狼の体の上を走り回ったりもしているが、狼の方はちょっと煩わしそうに片目を開けるだけで追い払おうとはしない。


 美しい少女を中心に、獰猛な獣と小さな動物が争うことなく同じ時間を過ごす、奇跡のような光景が、そこにあった。




 ――と、言いたいところなのだが、清歌の膝の上で飛夏がすぴすぴと眠りこけ、その上に雪苺が乗っかっているため、どうにもコミカルな印象になってしまっているのが惜しいところである。


 ちなみに弥生はマロンシープのモコモコを堪能し、絵梨はびみょ~に黒い笑みを浮かべながらカクレガドリを抱き、聡一郎は恐る恐るカピバラを撫でている。


 本日二度目のログインでホームへと降り立ったマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の面々は、早くも清歌が着手したモフモフ天国の虜となってしまったようだ。


 唯一、魔物モフモフにはさほど興味が無く、比較的冷静な悠司はそんな四人を取り敢えず放置し、前回やり残した職人作業の続きを工房でしていたのだが、作業を終えて外に出たとき、思わず呆れてしまった。何しろもうかれこれ三十分は、モフっているのだ。


「……オマエラ」


「なんでしょう?」「え、何?」「なによ、ユージ」「どうかしたのか?」


 若干非難するようなニュアンスで声を掛けた悠司に、四人は揃って、何を気にしているのかわからない、といったていで返事をする。


 五人中四人が何もおかしいと感じていないのならば、むしろ自分の方が変なのでは――などとちらっと頭を過る悠司であった。しかし、このまま延々とモフり続けるというのはいかがなものだろうかと気を取り直し、取り敢えずツッコミを入れることにする。


「いくらなんでも、三十分もモフり続けることはないだろう。……飽きないのか?」


「何言ってるのよユージ、ちゃんとローテーションしてモフってるから、ずっと同じ子ってわけなじゃいのよ?」


「そうそう。みんな手触りが違ってて気持ちいいんだよ~。どの子もいい子だし」


 まるで見当違いの反論に、悠司は思わず額に手を当ててしまう。


 もっとも、弥生たちの反応も分からない話ではない。<ミリオンワールド>内にはなかなか触り心地の良さそうな魔物モフモフがたくさんいるというのに、これまでどつき合うことはできても、友好的に触れ合うことはできなかったのだ。それを存分にモフれるのだから、夢中になってしまうのも仕方がないというものである。


 なお、彼女たちは飛夏で既にモフれるではないか、と突っ込まれるかもしれないが、飛夏の場合は形状が現実離れしている上、毛布になったりコテージになったりと、どことなく動物のイメージからかけ離れた印象になってしまったのである。


「うむ、現実リアルではなかなか素直に触らせてはもらえないからな。……ただ、ボックスハウンドは少ししか触らせてもらえなかったのが残念だ」


「ふふっ、この子はちょっと気位が高いみたいですね。あ、名前は千に颯爽の颯で、千颯ちさです。……ちなみに女の子ですよ」


 雪苺とはまた違った理由で、千颯も清歌以外には触られたくないようだ。主と認めた清歌以外は、ちょっと撫でるくらいは許すけれど、馴れ馴れしくされるのはダメという感じなのである。


「ほほ~、結構可愛らしい名前にしたんだね。……で、千颯はどんなことが出来るのかな? 途中から戦闘バトルの様子は見てたけど、念のため確認しておきたいんだけど……」


「承知しました。ボックスハウンドという魔物の持つ能力は……」


 ボックスハウンドは清歌が初めてゲットしたアクティブの魔物であり、従魔の種類としては完全に戦闘用と言っていい。


 強靭で大きな体を使っての近接戦闘に加え、闇属性の固有能力を幾つか所有している。清歌との戦闘中に見せたキューブ状の<闇箱(ダークボックス)>、口から放たれた<ブレス>、背中から出現した腕は<闇の武具(ダークアームズ)>という能力だ。


 闇箱は単純に射出した場合、マジックミサイルとボール系魔法の中間くらいの威力の魔法攻撃となるが、その真価は攻撃を吸収・射出できるところにある。吸収できる攻撃の威力には制限があり、また射出時の威力はボックスハウンド自身の能力値に依存するという欠点はあるが、攻防一体の魔法である。


 背中から出現した腕が闇の武具・・というのは、能力のレベルが上がると、むき出しの腕だけでなく、甲冑を装備させたり武器も具現化できたりするようになるためである。ただし、あまり複雑なものを作ると消費MPが跳ね上がるため、武器を持たせたい場合は、ただの腕に冒険者用の装備品を持たせた方がいいようだ。


 そしてもう一つ、今はまだ使用できないが<シャドウムーブ>という能力がある。これは主人の影に入り、パーティーメンバーの影から出ることが出来るという一方通行の瞬間移動能力だ。この場合のパーティーメンバーには従魔も含まれる、というのが重要なポイントである。


「……それから、これは特に能力として記載はされていませんけれど、装備が軽めなら背中に乗ることもできますよ」


「わ、それは楽しそう! ……あ、でも清歌しか乗せてもらえないような気がする……かも?」


「同感ね。まぁ、ちょっと残念だけど、騎乗はひとまず諦めましょ」


 主人である清歌の仲間として一定の信頼を得られれば、その内乗せてもらうこともできるかもしれない。もっとも普段の移動については飛夏がいるので、騎乗する必要性があるのは、戦闘中に移動しながら何かをしたい時くらいだろう。


「うむ。なんにせよ、これで清歌嬢も念願の戦闘向きな従魔を得られたわけだ。……で、だ。俺としては早速、例の泉の調査に行きたいのだが……」


 念願だったのは聡一郎なのではないか、という疑問は脇に置くとして、珍しく聡一郎がパーティーの方針について提案をした。ボス戦、またはダンジョンがあるのではないかと期待しているのだ。


「確かに、あんたたちが見つけたっていう泉は、かなり臭うわね……。何かあるに違いないって予想には、私も一票入れるわ」


「ただなぁー、露店も結構軌道に乗ってきた感じだから、ちょっと休みたくないっつーか……」


「あ、そうか。今回は旅行者さんも参加してるセッションだっけ」


 確かに前回開いた時の露店は、安定してお客さんが来ていた。それは旅行者相手の呼び込みに慣れたということと、主に町で活動している冒険者たちの間で、口コミで少しずつ広まった結果である。


 旅行者がいるセッションではこれまで毎回、少なくともプレイ時間の半分は出店していたので、そのパターンはあまり崩したくない。噂を聞いて足を運んでくれる人がいるかも、と思うと、なんとなく無駄足を踏ませては悪いような気がしてしまうのは、基本的にまじめで律儀なリーダーの影響であろう。


「その前に一つ確認しておきたいのですけれど……」


 そう言って清歌が絵梨と悠司に視線を向ける。


「結局、フィールドの魔物を仲間にするための条件というのは、なんだったのでしょうか?」


「あ! そうだよ、それ確認しておかなきゃ」


「むう。そういえば、清歌嬢があっさり従魔にしてしまったから、すっかり忘れていたな」


「そうだったわ。清歌もこれからは戦闘バトルに参加する機会も増えそうだし、話しておいたほうが良さそうね。……ユージ」


「おけ。……そんじゃ、俺らの推測を披露するとしますか」




 恐らくフィールドに居るノンアクティブの魔物には、冒険者に対する警戒心が設定されている。初期状態で装備をなにも身に着けない冒険者で、この警戒心がゼロになり、近づいても逃げることはなくなる。そして何か装備を身に着けた時点で一段階上昇し、一定以上距離を詰めると逃げるようになるようだ。


 恐らく警戒心がゼロの状態でも、触れるようになるまでは時間を掛けて、友好的な状態になる必要があると思われる。そして友好的になって初めて、従魔契約にトライできるようになるのだろう。


「……でもさ。確かテストプレイ時代に、装備をな~んにもつけないで魔物を撫でに突撃して、返り討ちにされた人がいたんじゃなかったっけ?」


 余談だが、その人物はこの一件以後、無謀な裸族だの、魔物愛でる変態だのと言った不名誉な二つ名を奉られることとなった。それに懲りたのか、現在の<ミリオンワールド>では、魔物使いにトライするつもりはないらしい。


「あ~、はっはっは。……いたいた、アイツな~。今何やってんだろ……ちょっと気になるな」


「気にはなるけど、今は置いときましょ。……でも、イイ質問よ弥生。正にそこ(・・)がポイントなのよ。恐らくフィールドの魔物を斃す度に、ノンアクティブの警戒心が上がっていくのよ。それもエリア全体で」


 弥生と悠司は合間を見て、装備を身に着けない状態でノンアクティブに近付いてみて、その反応を確かめていたのだ。そして自分たちと清歌との違いをいろいろ考えてみて、この結論に達したのである。


「私には、最初からノンアクティブの魔物が懐いてくれましたけれど……、それはどういうことでしょう?」


「清歌の場合、初めてフィールドで魔物に会った時には、既にヒナがいたわよね? たぶん従魔を連れている状態だと、警戒心が下がるんじゃないかしら。だから、最初っから友好的な状態になってたのよ」


 清歌はいつも装備品を身に着けていないし、その時点では戦闘に一度も参加していなかったので、警戒心はゼロだったはずだ。その状態で従魔を連れていたため、一気に友好的になっていたのではないか――と考えられる。


「まあ、その点については従魔全般的な話か、ヒナが特別なのかはちょっとわからんのだがな……」


「そね。……でも、多分従魔による差異はないと思うわ。ヒナはちょっと特殊過ぎるしね。で、アクティブの魔物については、どうしたって戦闘になるから、恐らく仲間にする条件はバトルにある……と私らは考えたの」


 しかしながら満たすべき条件をどうやって調べればいいのか――と、考えたところで清歌が飛夏を介して雪苺の言葉を理解していたという事実を思い出したのだ。もしかすると、従魔を連れている状態でアクティブと戦闘を始めれば、途中で従魔を介して交渉することが出来るのではないか。


 テストプレイ時代も突発クエストで従魔を得られたプレイヤーもいたのだが、クリアしたクエストの難易度が低かったため、皆まともに戦える従魔ではなかったのだ。それ故、戦闘に参加させることは殆どなく、仮に参加させても交渉の通訳を頼もうなどと思わなかったのである。


「なるほど、図らずも私とユキがその裏付けを取った形ですね」


 絵梨と悠司の考えでは、ある程度ダメージを与えて弱らせた状態で交渉すると、イエス・ノーの返事が返ってくるのでは、という程度だった。まさか、相手が条件付きバトルを要求してくることや、逆に追加ルールを飲ませられるとは思ってはいなかったのである。


「えっと……、でもそれじゃあ、清歌は今後も戦闘に参加しづらいんじゃないんじゃないかな?」


「ええ、私もそれが気になっていました。戦闘に参加すると、ノンアクティブの魔物を仲間にしにくくなってしまうのですよね?」


 二人の疑問に絵梨と悠司が顔を見合わせて一つ頷く。


「そこなんだが……。恐らくノンアクティブの警戒心は、下げる方法がある。ってか、そうじゃないと魔物使いは、序盤であっさり詰む可能性が高い。恐らくは、町の中で一定時間過ごせば徐々に下がっていく……ってとこじゃないかな、と」


「付け加えて言うと、町に戻らずに連続で戦闘を続けると、警戒心が下がりにくくなるんじゃないかと思うわ。だから私らのメンバーで言うと、弥生と聡一郎はもうちょっとやそっとでは警戒心が下がることはないと思うわ」


 ここが魔物使いにとって非常に厭らしい仕様なのだ。プレイヤーの心理として、序盤は取り敢えず弱い敵と戦ってレベルを上げようとするのが普通だ。そしてある程度レベルを上げスキルも覚えたので、さてそろそろ魔物を仲間にしようか――と思った時には既に、警戒心がそう簡単には下がらない状態になってしまっているのだ。


 テストプレイ時代についてはもはや論外で、絵梨や悠司をはじめとした終盤にスキルを取得して検証を始めた者たちについては、もはや警戒心が高止まりしている状態だったのだろう。


「ふむ。ならば清歌嬢にとってはさほど問題にはなるまい。戦闘中心のプレイスタイルではないし、町での活動時間も多いからな」


「そだね。問題はダンジョンに挑戦する時くらいかな~。……あ、でもダンジョンは別扱いになったりするかな?」


「……そうですね。いろいろと罠を仕込むのが好きな開発のようですけれど、回避しようのない戦闘でペナルティーを加えてくるというのは……ちょっと違うような気がします」


「清歌に一票」「俺も同感だな」







 新たに仲間になった千颯に関する情報と、魔物使いに関する検証結果については皆が共有できた。今後は清歌も戦闘に貢献できることだろう。――実はこの時、全員の頭からスコンと抜け落ちていることがあるのだが、それは後に判明する。


 ともあれ、ホームで確認すべきことは終わったので、そろそろ今回の活動に移りたいところである。


「折角ですから、私は千颯と一緒に泉の方へちょっと出かけたいのですけれど……」


 珍しく清歌が似顔絵屋ではなく、町の外での活動を希望した。なんとな~く、買ったばかりのペットと一緒に散歩に行きたい――というニュアンスなのが気になるところである。少なくとも、戦闘に赴こうという気は欠片も感じられない。


「そっか、気持ちは分かるよ、うん。……それに、いきなり全員で突撃するより、偵察に行った方がいいかも。じゃあ、私も一緒に偵察に行くよ! 二人じゃちょっと不安かもだから、あと一人……」


「うむ、では俺が……」


 弥生の呼びかけに、若干被せ気味に聡一郎が返事をすると、それに絵梨が待ったをかけた。


「ソーイチ、それじゃあパーティーのバランスが悪いわ。私かユージが行くべきところだけど……」


 悠司は絵梨の表情を見て、これは恐らく自分に行ってほしいのだろうなと判断し、もっともらしい理由を付けて偵察組に手を上げることにする。個人的にも長い時間工房にこもっていたので、気分転換に出かけたいところなのでちょうどよかったとも言える。


「男二人で店番ってのもちょっとアレだからな。今回は俺が偵察に行こう」


「むう。残念だが、そういうことなら俺は店番だな」


 聡一郎も納得してチーム分けが決まる。ちなみに聡一郎は殊更店番が苦手なわけではなく、単に外に出る方がより好きなだけである。もっとも、今回は主目的が偵察だからあっさり納得した、という面もあるようだ。


「よし、じゃあみんな、行動開始しますか!」


「はーい」「了解よ」「おっけ」「うむ、承知した」





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