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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第五章 ファーストダンジョン
57/177

#5―03

評価、ブックマークありがとうございます!

のんびり展開ですが、これからもよろしくお願いします。



「さて、ようやく俺の突発クエスト報酬が日の目を見るわけなんだが……。どこに設置したもんだろう?」


 ホームの浮島へとログインしたマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、殆ど遺跡と化している、かつては屋敷だった廃墟をそれぞれ見て回っていた。


 悠司の亜空間工房ポータルは、“ホームの壁”であればどこにでも設置できる。この場合のホームとは“ホーム”という意味ではなく、プレイヤーが拠点として手に入れた“ホーム”のことなので、廃墟になってしまっている壁でも問題はない――ハズである。


「ねえ、悠司。それって設置し直すことは出来るんでしょ?」


「ん? ああ、そりゃあな。ホームを引っ越すこともあるかもしれんし、取り外しは自由にできる。一度外すとしばらく設置できない……みたいなペナルティもない」


「そんじゃあ、取り合えずテキトーに設置してみない? 中がどんなのか見てみたいんだよね~」


「うむ、それがいい。設置場所の吟味は後でもいいだろう」


 弥生の提案を聡一郎が力強く支持する。何やら妙に急かす二人に、悠司だけでなく絵梨も微妙にジト目になった。


「オマエラ……、欲望が駄々漏れではないかね? ん?」


「え!? な、な~んのこと、なの、かな?」


「あのねぇ、あんたたち。早く武器をグレードアップして出かけたいって、顔に書いてあるわよ?」


 目を泳がせ、挙動不審気味な二人に、二連続でツッコミが炸裂する。Q&Aイベントの日は、新たに覚えたアーツの使い方や感覚を検証した程度だったので、早く武器も新調して慣らしに行きたいのだろう。


 挙動不審な弥生は小動物の様で可愛いな、などと少々不穏なことを考えつつも、清歌はフォローの言葉を発する。もうちょっとキョドッている弥生を見ていたかった、などとは決して思っていない――ハズ。


「まあまあ、お二人ともそのくらいで。得意分野も決まって、実戦で試してみたいこともあるのでしょうから」


「まあ、なあ?」「それも分からなくはないけどねぇ?」


「ふふっ。……あ、そうです、いずれ設置をやり直すのであれば、こういった小さめの壁に取り付けたらどうなるのか、試してみませんか?」


 清歌はちょうどすぐそばにあった、自分の胸ほどの高さがある壁に手を置いて、悠司に提案する。


 これ以上追及しても、なにもいいことはない。そもそも、余りにもあからさまだったので突っついてみただけなのである。なので悠司は、上手に話を逸らしてくれた清歌の言葉に乗ることにする。


「言われてみれば壁のサイズに特に指定はないな……、どうなるんだろ?」


 悠司は例の水晶玉風のアイテムを取り出し、それをゆっくりと壁に近づける。すると壁まで五十センチほどに近づけたところで、壁面に光る四角い枠が表示された。水晶玉を上下左右に動かすと、枠もそれに合わせて動くので、これが位置決めのプレビューなのだろう。なお枠の形状は長方形に固定で、壁からはみ出そうになると自動的にリサイズされた。


「なにやってんの、悠司?」


「何ってそりゃあ、ドアの位置決めを……って、ああ、この枠は俺にしか見えないのか。……よし、ここでいいだろ。“起動”!」


 悠司がキーワードを発すると同時に、透明な球体が光の粒に変わり壁に向かって降り注ぎ、位置決めした長方形の形になる。そして悠司の手元に残っていたドアが巨大化しつつ、勢いよく壁にペタンとくっついた!


「「「「「………………」」」」」


 なんとな~く、接着剤を塗って壁にドアを貼り付けたかのようで、五人はしばし言葉を失ってしまう。


「そういえば、これって突発クエストの報酬だったんだよね……」


「だな。時間差でボケられると、反応に困るな。……ま、いいや。とにかく入ってみよう」


 最も高いところで清歌の胸ほどある壁は斜めに崩れているので、ドアの高さ自体は一メートルほどしかない。幅は普通なので、ほぼ正方形のドアになってしまっている。


 なんとなく茶室の入り口みたいだなと考えつつドアを開け、先ずは悠司がしゃがんで中に入り、弥生たちがその後に続いた。そして――


 壁の中にいる!!


 などということはなく、亜空間工房の中に入った五人は、現実リアルなら壁の向こう側に抜けるだけのところ、別の部屋に続いていることに驚きつつも、同時にちょっと拍子抜けしていた。


「お~! ってか、これってレンタル工房そのまんまじゃ……。手抜きか?」


「そ……そね。私らが借りたのは一番安い部屋だったから、設備的にもちょうど同じじゃないかしら?」


 そう、亜空間工房に入ってみると、そこには以前何度か借りたことのある、レンタル工房と全く同じ間取りと設備があったのだ。


 実のところ部屋の形と設備の配置は所有者がカスタマイズ可能で、作業しやすいように再配置が可能だ。単にデフォルトの設定が、レンタル工房のデータをそのまま流用しているというだけなのである。


「あ、でもでも、壁が違ってるから、部屋の雰囲気はちょっと違うね」


「ええ……、恐らく取り付けた壁の質感が、工房の壁に反映されるのではないでしょうか?」


「ふむ。言われてみればそのようだな。……というか、窓があるのだが?」


 聡一郎が言ったように、壁にはちゃんと窓もついていて、外の景色――浮島の風景だ――が見える。四方を壁に完全に覆われた工房では息が詰まってしまいそうなので、ここで作業をする者の気分的に窓があるのはいいことだ。何故、外の風景が見えるのかというツッコミはしてはいけない。なにしろここは亜空間(なんでもあり)なのである。


「ま、いいじゃない、外の風景が見えた方が」


「そうですね。……私もいずれここをお借りすると思いますので、明るい自然光のある部屋というのは嬉しいです」


 清歌の言葉に、四人が「おや?」という表情で視線を向けた。確かに清歌も、<ミリオンワールド>内でアレやコレやと作っているが、それらは基本的に手作業のもので、職人設備は必要としない。作業自体はどこでもできるのだ。


「ここの入出は俺が権限を設定できるし、いつでも使ってくれて構わないんだが……」


「清歌も生産スキルを取る気なの?」


「……と、申しますか、既に取っていますから(ニッコリ☆)」


「「「「はい?」」」」


 聞けば清歌の取得した<魔物使いの真髄>には、基礎的な生産スキルが含まれるのだそうだ。何故魔物使いが生産スキルを持つのかというと、魔物が身に着ける道具や装備品を作るためなのだ。それらは一般的な冒険者には不要なもので、また市販されているようなものでもないので、自分で作るしかないという理屈である。


 なお生産スキルが基礎的なものだけなのは、魔物に装備させるもの、例えば鞍や手綱などは道具として意味のあるものであり、防御力などのゲーム的な性能は微々たるものだからである。


「なるほどなぁ。確かに普通の生産職が作るようなもんじゃないし、需要も殆どなさそうだからな」


「そだね。それに従魔(サーヴァント)の方だって、ご主人様に作って貰った方が嬉しいんじゃないかな~」


「確かにヒナを見てると、そんな気がするわね。……あ、でも現実リアルの動物で考えると、鞍と手綱に……あとは蹄鉄くらいしか、動物に装備させるものなんて、思いつかないけど……」


「そうですね……、他に作れるものは……」


 清歌は袂からウィンドウを取り出して、プリセットで習得しているレシピを改めて確認してみて、思わず小さく吹きだしてしまった。


「どしたの、清歌? ……リード、ハーネス、ケージ、猫じゃらし、ハムスターホイール……ってこれ、ペット用品じゃん!」


 訝しんだ弥生が横からウィンドウを覗き込み、途中まで読み上げたところでツッコミを入れてしまう。確かに飛夏に限って言えば、殆どペット感覚でいつも連れ歩いているし、おもちゃで遊んであげるのも楽しそうではあるのだが……。


「ふふっ、ヒノワグマくらい大きな魔物をリードに繋ぐのは、ちょっと難しそうですね。……あ、ブラシや毛刈り鋏といった、お手入れグッズも作れるようです。それと馬車や犬ぞりのように、魔物に引いてもらう物もありますね」


 力が強く足の速い魔物を従魔にすることが出来れば、馬車や戦車などを引いてもらうというのも、結構楽しそうだ。もっとも、清歌の場合はいずれ飛夏がレベル五十に到達すれば、ビークルに変身できるようになるので、移動用としては繋ぎ程度の役目に終わりそうではある。


「……なるほどねぇ。つまり装備品と言えなくもないけど、どっちかと言えば魔物使いの遊び方を広げるためのアイテムって感じかしら?」


「だな。従魔ライフを充実させるためのグッズって感じだ」


「……だが、意外と清歌嬢が欲しいものばかりのようにも思えるな」


 仲間たちの言葉に、清歌は特にコメントはせずに肩を竦めて見せる。自分の遊び方が、一般的な冒険者とはかなりズレているのは自覚しているし、特に聡一郎の発言はまさに図星だったからである。


「ま~、でも考えてみれば、魔物使いをわざわざ選んだプレイヤーって、たぶん魔物と戯れたいって思ってる人でしょ? だったら、このラインナップも分かるような気もするな~」


 弥生はそう纏めると、この話は終わりにして本題に――すなわち、武器のグレードアップを頼むことにする。愛用の破杖槌を取り出し、悠司の方へずいっと差し出した。


「じゃあ、早速だけど武器のグレードアップをお願いね!」


 それを受け取った悠司は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。悠司が取得した得意分野は、職人系で鍛冶に特化して成長する<鍛冶師の魂>だ。まだ全く成長させていないとはいえ、取得した時点で覚えているタレントの効果で生産能力は全体的に向上している。覚えた能力を試してみたいのは、なにも前衛二人に限った話ではないのだ。


「おけ、任せとけ! 絵梨の方も、錬金の能力は上がってるんだろ?」


「ええ、もちろん。……とはいっても、私が取ったのは<薬学の志>だから、最終的にはポーション作成に特化していくんだけどね」


 得意分野を決定した後はそれぞれに特化して成長していくことになるが、それは少し先の話であり、序盤はベースとなっている心得の能力が全体的に底上げされるように成長する。なので、学者系の生産職である絵梨は、得意分野を取得した時点で錬金の能力も上昇しており、さらに簡単なアクセサリー製作も出来るようになっているのだ。


 数十分後。悠司が鍛冶でグレードアップし、さらに絵梨が錬金で付与をすることで、生まれ変わった武器を手に、弥生と聡一郎は意気揚々と工房を後にするのであった。


「では、私はお二人を狩り場まで送ってきますね」


「お願いねー。っていうか、狩りに()つきだなんて、ちょっと過保護じゃない、清歌?」


「ふふっ、ちゃんと私の用事もありますよ? 今日は記念すべき、モフモフの楽園造りの第一歩です」


「あ~、なるほどね」「ほほ~、そいつは楽しみだ」


 二人に見送られ、清歌も足取り軽く出かけていくのであった。







 高い場所から眺める<ミリオンワールド>の風景は、何度見てもちょっとした感動がある。


 空から見える光景が、眼下に広がる色鮮やかな自然だけならば、現実リアルでも似たような体験はできる。というか、清歌に限って言うならば、気球やパラグライダーなどで経験済みだ。そんな彼女でもなお感動するのはやはり、障害物の無い高い場所からこの世界(・・)を見渡すと、数多くの島々が海に空に浮かんでいるファンタジックな景色が、VRによる圧倒的な現実感を伴って迫ってくるからなのだろう。


 空飛ぶ毛布(ヒナ)に乗った清歌と弥生、聡一郎の三人は、スベラギの西門から南の方へ飛び、エリアの境界に広がる森へと向かっていた。


 弥生と聡一郎はグレードアップした武器と、得意分野で覚えた新たなアーツの慣らしの続きをするために。清歌は二人を狩り場へ送り届け、ついでにナッツアップルの森でナップルリッスンを、さらに草原へ移動して草食動物型の魔物を仲間にするつもりでいる。広いホームを入手し、かつタレント<放し飼い>を覚えたので、もう何も自重する必要はないのだ。


「う~ん、風が気持ちい~」


「はい。弥生さんも、もうすっかり空飛ぶ毛布での移動に慣れたようですね」


「まぁね! 大きめに広げてもらってるし、自分から降りようとしない限り落ちないって分かったからね」


 内心では、「高すぎたりフルスピードを出されたりすると怖いけど」と付け加える弥生。確かに最初の頃に感じていた、毛布に乗って飛ぶ頼りなさは感じなくなっているが、スペックの限界を発揮されては恐怖を感じる。それは絶叫マシンに乗っているようなものなのだから、当たり前のことである。


「ん? 清歌嬢、ちょっと停まって貰えるか?」


「承知しました。ヒナ」「ナ~」


 突然の聡一郎の呼びかけに、清歌は飛夏を停止させる。


 聡一郎は眉根を寄せて西の方角、深い森の奥の方を見つめていた。特に変わったところは見受けられないようだが――


「どしたの、聡一郎?」


「…………あ!」「…………む!」


 同時に声を上げた清歌と聡一郎が顔を見合わせる。風で木々が揺れた時、その向こう側で一瞬何かが光ったように見えたのだ。かなり距離がある場所なので、アイテムが落っこちているとかそういうことではなさそうである。


 二人の説明を受け、弥生がうんうんと頷く。彼女のゲーマー的感性が、何かを囁きかけてくるのだ。


「深い森の奥にあるナニカか~。RPG的なお約束だと、遺跡かダンジョンの入り口か、じゃなかったら小さな泉とか……。光を反射してるなら、泉が当たりかな?」


「弥生さん。森の奥に泉があるのが、お約束なのでしょうか?」


「あ~、現実リアルの森でそうなのかは知らないよ? ただゲームでは、イベントが起きたり、妖精が出てきて体力を回復してくれたりする泉が、森の中にあったりするんだよ」


 ならば直接確認するためにひとっ飛び、とそんなに簡単にはいかないようだ。というのも、森の深い場所には空を飛ぶ魔物が確認できるのである。無策で突っ込んでは、飛んで火に入るなんとやら、という結果になるのは目に見えている。


 しかし、せっかく見つけた怪しげなポイントなのだから、せめて位置はある程度絞り込んでおきたい。しばし相談の結果、もっと高い位置から俯瞰すれば泉(推定)が確認できるのではないか、ということになった。


 つい先ほど、「高すぎなければ怖くない」などと思っていたのが、もしかしたらフラグになっていたのかもしれないと、弥生はちょっと後悔するのであった。


 結果、弥生が怖い思いをした甲斐あって、かなり(・・・)高い位置まで上昇すると、小さな泉がしっかり確認できた。それは周囲よりも若干背の高い木々に囲まれていて、三人は「隠されている」という共通の印象を受けた。




「残念ながら、空から近寄るのは無理そうでしたね」


「うん。あの辺りは空を飛ぶ魔物がいっぱいいるみたいだったし、歩いていった方が安全だろうね」


「清歌嬢一人ならば、空を飛んで行けるのではないか?」


「あ、そうですよね。後でちょっと行って……」


「あ、ちょ~っと待って、清歌。今回は一人で行くのは危ないかも。……あんな風にあからさまに隠されてるなんて、きっとナニかあるよ。行くならみんなで、態勢を整えてから行こう。ね?」


 弥生が懸念しているのはイベントバトル、即ちボス戦だ。わざわざ空からの侵入をブロックしているあたり、かなり確率は高いように思える。飛夏の能力では、イベント戦や興奮状態の魔物との戦闘は回避できないのだから、清歌だけで近づくのは少々危険だろう。


「なるほど、承知しました。位置は確認できましたし、探索は後回しですね」


「そうそう。場所は分かってるんだから、いつでもいけるからね~。……あ! ボッチのヒノワグマ発見! 聡一郎、あれでいいかな?」


「……うむ! 見たところ標準サイズの個体のようだし、今なら二人でもいけるだろう」


「では、後ろからこっそり近づきますね」


 清歌は飛夏に指示を出して、一体でノシノシと森の中を行くヒノワグマの後ろから近づき、徐々に高度も下げて行った。


 そろそろ気づかれるかも、というところまで接近したところで、弥生が小声で呼びかける。


「清歌、この辺でいいよ。ヒナもありがとー」


「はい。では、お二人ともお気を付けて」「ナ~ナ」


「うん。いってきま~す」「うむ。では、行って来る」


 飛び降りる二人を見送り、戦闘を始めたのを見届けてから清歌は進路を転換する。まず目指すはナッツアップルの森である。







 ヒノワグマとの対戦はこれが二回目で、当然前衛の二人だけで対戦するのは今回が初めてだ。前回の戦闘で攻撃パターンは覚えたし、あれからレベルも上がり武器も新調している。おそらく今の前衛二人組ならば、なんとかなるだろうと踏んだのだ。


 なおターゲットにヒノワグマが選ばれたのは、体が大きく耐久力が高いので、新しく覚えたアーツの検証に適していたのだ。考えてみると、前回も突発クエストの報酬アイテムを検証する為であり、実験の為にしか出番の無い、びみょ~に可哀想な魔物かもしれない。




 想定通り、弥生と聡一郎の前衛コンビは、有利に戦闘を進めることが出来た。もちろん全く無傷というわけにはいかないものの、絵梨謹製のポーションもグレードアップしているので、回復も十二分に間に合うのだ。


 ちなみに今回の戦闘では、アーツそのものの威力と挙動を詳しく確かめることが目的なので、弥生はスラスターを使ったブースト攻撃は使用していない。


 かなり追い詰められたヒノワグマが、弥生を棍棒のような杖で振り払って距離を取ると、ファイヤーボールのチャージを始めた。


「させないよ……、ヘヴィー、インパクトォーーッ!!」


 魔法攻撃は聡一郎が弾くことも可能だが、MP消費を考えるとそれは最後の手段にするべきだ。弥生はそう考えると走って少し距離を詰めると、チャージが完了する前にアーツを地面に叩き込む。


 大きな音を立てて前方扇状に震動が広がり、足を取られたヒノワグマの魔法チャージが強制的に中断させられる。


「キャンセル成功! ついでに足も止めたよ、聡一郎!」


「承知した! ステップ! ……掌・底・破ッ!」


 弥生の攻撃で足を止められたヒノワグマに、聡一郎が一気に距離を詰める。そして力強い踏み込みとともに攻撃アーツを打ち込む。両の掌を突き出すようにヒノワグマにアーツを打ち込むと、ズドンッという鈍い音を立て、なんとその巨体が後ろに少し押し出され、さらにバランスを崩して後ろによろけた。


「ちゃーんすっ! いっけぇー、グラビティーーヒーーット!」


 ヒノワグマがリカバリーするまでまだ時間があると見るや、弥生は走って距離を詰めると、破杖槌を横に構えて胴を薙ぐように――というよりも野球でバットをフルスイングするようなフォームでアーツをぶち込んだ。


「やったぁ~、ホームラーン!」


 ――どうやら本当にバットを振っているつもりだったらしい。スマッシュほどではないが吹き飛ばし効果のあるアーツの直撃を受け、ヒノワグマは後ろへと飛んで行く。その結果……


「あ!」「……なんと」


 ヒノワグマにとっては不運なことに、飛ばされた先に大木が、しかも後頭部の高さにちょうどコブのようなでっぱりがあったのだ。そこに思い切り頭をぶつけてしまい、自重が災いしたのか目を回してしまっている。ゲーム的に言えば、頭の周りに鳥がピヨピヨと回っている状態だ。


「……テレレテッテレ~」


 ホームランと言った直後に的に当たるというところがバッティングセンターを思わせ、弥生は思わず気の抜けたメロディーを口ずさんでしまう。このネタは聡一郎にも理解できたらしく、少々呆れた顔でがっくりと肩を落としている。


「弥生……、分からんでもないが、気の抜けることを言わんでくれ」


「ゴ、ゴメンね。なんか、そんなつもりじゃなかったんだけど、上手くハマっちゃったからさ……。と、とにかく聡一郎。今の内に止めを刺そう!」


「わ、分かった。……纏勁斬、連撃!」


 聡一郎は鋭いエッジを描く光を纏った両の手刀で斬り付け、更に回し蹴りを打ち込む。足に纏った光が綺麗に弧を描き、その残像が消えるとほぼ同時に、HPを完全に失ったヒノワグマが光となって消えた。


「やったね!」「うむ!」


 二人はパチンとハイタッチをして、勝利を祝うのであった。




 弥生が取得した得意分野は、<破壊力の追及>だ。これは近接武器攻撃系の中で、ハンマーなどの打撃攻撃に特化した成長をするものである。武器攻撃の中で最も破壊力の大きいアーツが習得可能で、硬い装甲をもつ相手でも、その上からダメージを与えられる特徴がある。


 半面、アーツの威力が武器の重量に依存するという特徴もあるので、攻撃力を上げるにはどうしても重い武器を扱わねばならず、取り回しにくいという問題もある。


 今回の戦闘で使用したグラビティヒットなどはその一例で、武器の重量をヒットした瞬間に大幅に増加させるというアーツであり、その増加量は乗算で算出されるのだ。弥生の破杖槌はハンマーとしては比較的軽い部類――というか本来は杖なのだが――なので、絵梨の錬金で重量を増加してもらっているである。


「やっぱり、範囲攻撃ができると攻撃の幅が広がるよね」


「うむ。震動は動きを止める効果もあるから、そういう意味でも大きかった。……あれは直接敵にぶつけるとどうなるのだ?」


「ヘヴィーインパクトは直接ぶつけると、震動分が多段ヒットしてダメージを与えるみたい。……どっちかっていうと地面を叩きつける範囲攻撃は、状態異常狙いかな」


「ふむ。まあ、直接の一撃を地面にぶつけるのだから、その分のダメージはカウントされないからな。それは仕方ないのではないか?」


「だよね。聡一郎の方はどう? ええと、なんていうか、あんまり派手な技じゃなかったよね……」


「う……うむ。まあ、今回使ったのは近接のアーツばかりだったからな」


 聡一郎が選択したのは<武の道>という得意分野だ。近接格闘系の中でも、手数ではなく一撃の威力を重視して特化して成長するものである。


 習得するアーツは基本的に勁を同時に撃ち込むので、ある程度防御力を無視したダメージを与えたり、障害物をすり抜けて攻撃を加えたりすることが出来るという特徴がある。また、徒手空拳のアーツは武器攻撃アーツに比較して、クリティカルの発生率が高いという特徴もある。


 総合的な戦闘力と言う意味では、武器攻撃系と比較して遜色はない。ただリーチが短く、敵の懐に飛び込む必要があることから、<ミリオンワールド>では武器攻撃より使用者は大幅に少ない。格闘系は全体的に、高いプレイヤースキルが求められるのである。


「一応、レベルが上がれば、遠距離攻撃のアーツも覚えられるようだな」


「武闘家の遠距離攻撃っていうと……、波○拳みたいに弾を飛ばすの?」


「うむ。そう言うタイプのもあるし、弥生の砲撃のようにビーム状に放つものもある」


「お~。それは早く見てみたいね! ……じゃあ、レベル上げも兼ねてもうちょっと続けよっか」


「うむ、そうしよう。まだ検証したいアーツもあるしな」







 スキルの検証兼レベル上げの戦闘を繰り返すこと数回、手持ちのポーションもだいぶ減り、集中力も切れてきたようなので、弥生と聡一郎はホームへと帰還した。


「ただいま~! ……って、ちょっと見ない間に魔物モフモフがこんなに!」


 ポータルに転移し、ちょっと辺りを見回しただけで、数体の魔物が目に飛び込んできたので、弥生は目を丸くした。


 ポータルの泉から流れ出る小川ではカピバラが水を飲み、そのそばではウサギが元気に跳びはねている。さらに中央の花畑では、座って昼寝をしているらしいマロンシープと、その周囲をちょこまかするナップルリッスンがいた。


 どうやら清歌は、これまで見たことのある草食動物系(ノンアクティブ)の魔物を、片っ端から仲間にしたようである。


「おう、お帰り、二人とも。やっぱ驚いたみたいだなぁ」


「そりゃ、ちょっと戦闘バトルをして帰ってきたら、こんなにモフモフが増えてたら驚くって」


 フィールドの魔物を仲間にできた冒険者は、これまで一人もいないという話はいったい何だったのかと、激しくツッコミを入れたいところだ。ある意味、Q&Aイベントの後で良かったと言えなくもない。


「っていうか、二人ともこの子見てよ。驚くわよー」


 そう話しかけながら弥生たちの方へ、絵梨が近づいてきた。その腕の中には丸々と太った鳥――のようなものが収まっていた。


 オレンジ色の体に、赤や黄色など暖色系のカラフルな飾り羽と、先に行くにつれ紫色に変化する長い尾羽を持つ色鮮やかな鳥だ。ヒヨコを巨大化したような体に、立派な飾りをくっ付けたようで、ちょっとコミカルな印象の魔物である。


「わ、すご~い、カクレガドリだ! あの逃げ足の速いのを一体どうやって……」


 このカクレガドリはテストプレイ時代にもいた魔物で、サバンナエリア一帯にたま~に出現するノンアクティブの魔物だ。非常に逃げ足が速く、戦闘に持ち込むこと自体が困難なのだが、ドロップアイテムの飾り羽が非常に高く売れるという、金欠の冒険者にとっては幸せを呼ぶ鳥なのである。


 ちなみに名前の通り、自分の隠れ家を持っているらしく、なんでもそこにはお気に入りのお宝を貯めこんでるとかいないとか……


「うーむ、清歌嬢は本気でモフモフ天国に着手したようだな……。そういえば絵梨、普通に抱いているようだが、俺達でも触れて大丈夫なのだろうか?」


「そうみたいよ? たぶんホームに放し飼いにしているから、ここに出入りできる人間には友好的なんじゃないかしら?」


「ふむ……、なるほど。なら俺もちょっと……」


 そう言うと聡一郎は、ぼんやりとしているカピバラの側に座り込んで、背中を易しく撫で始める。ガタイのいい聡一郎が、恐る恐る小動物とコミュニケーションを取ろうとしているその姿は、思わず生暖かい目で見守りたくなる光景だ。


 それからしばらくは、四人とも新たなホームの住人達を構っていたのだが、ふと弥生が顔を上げた。


「……っていうか、清歌は一度もココに帰って来てないの?」


「そういや、職人作業してる時も、清歌さんが帰ってきた様子はなかったな」


 言われてみると、という感じで悠司も首を傾げる。作業中、気が付くと清歌が従魔にしたらしい魔物が現れていた。恐らく放し飼いを覚えると、本人がわざわざホームに来なくても、従魔だけを送り込むことが出来るのだろう。


「そういえば遅いわね……。あの子ったら、夢中になってまたとんでもない場所に行ったりしてるんじゃ……」


 絵梨が清歌の居場所を確認しようとしたその時、四人全員に彼女からの連絡が入った。


『あ、清歌? 清歌も、ちょっと一休みしな……』


『緊急連絡、緊急連絡! アクシデントで魔物と交戦中です! 困ったことに、この戦闘からは……、どうやら逃げられないようですね』


 それは、事件発生の知らせであった。




と、いうわけでモフモフが増量しました。

今のところ、戦闘には役に立たない子たちばかりですが・・;



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