#5―02
Q:ミリオンって言ってますけど、本当に百万も島があるんですか?
「もちろんあります! ……と、言いたいところですが、現状ではそこまで実装されていません。ただ看板に偽りがあっては拙いので、データはすでに用意されています。
現在のプレイヤーの皆さんの行動範囲では、どんなに奇跡的な偶然が重なったとしてもたどり着けない様な島は、今のところ必要がありませんので。
もちろん、プレイヤーの進行状況に合わせて、いつでも実装できるようスタンバイしています」
「ちなみに、ぶっちゃけ百万の島の内九割以上が、いわゆる無人島です。またその内の半数以上が、初期状態では魔物も存在しない島となっています。
ちなみにこれらの所有者のいない無人島は既に実装されているものもありまして、特定の条件を満たせば、プレイヤーの土地として所有することも出来ますよ」
Q:現在のプレイヤーレベルは最高でいくつですか? また、ボリュームゾーンは何レベルくらいですか?
「なるほど。……実は実働テストも折り返しを過ぎて、そろそろ皆さんも他のプレイヤーの状況を知りたい頃かと思いまして、運営に統計を取って貰っています。
詳細は後日、プレイヤーズサイトで公表しますが……、ちょっと先行して、一部を発表しましょうか?」
「わかりました。では、私の方から発表しますね。現在のプレイヤーの最高レベルは二十三です。ボリュームゾーンは十三~十五でおよそ五割強の方が、このレベル帯ですね。
少々詳しく言いますと、一日三回あるセッションの内、平日は一回参加で、土日は二回参加という方が全体の半数以上を占めています。その方々は、大凡ボリュームゾーンのレベルですね」
Q:いわゆるメインストーリーはあるのですか?
「パッケージソフトのRPGのような、ゲーム全体を通じてのメインストーリーというものはありません。……というのも、世界観自体が複数の世界を集めたものとなっていますので、横の繋がりが殆どないからです」
「では、物語的な要素はクエストだけってことになるんですか?」
「いえいえ。……これは本稼働が始まる九月以降のアップデート後の話ですが、町にはそれぞれ固有のストーリーが実装される予定です。
それらのストーリーは、バトルや冒険をメインにプレイしている方でも、町での生活を楽しんでいる方でも進行出来るように調整中ですよ」
Q:第二の町に辿り着いた方はいますか?
「この質問はちょーっと、返答が難しいんですよねぇ。……うーん、まずは結論から言ってしまいましょう。現在、スベラギから別の町へ辿り着けたプレイヤーは、まだいません。
返答が難しいというのは、スベラギから近い町はいくつかありますが、単純距離で近い町、到達可能レベルという意味で近い町、距離的にはずっと遠くても条件を満たせば一足飛びに到達できる町など、“第二の町”候補がいくつかあるからです」
「あ、書き込みで追加の質問が来ました! え~、到達可能レベル的第二の町は、何レベルが必要ですか? だ、そうですが……」
「えー、そうですね。プレイヤースキルというか、生身の身体能力がある方なら、多少運の要素もありますが……レベルそのものは十もいりません。
ああ、やっぱり皆さん驚いたみたいですね。……まあ、これはかなり運が良かった場合の話ですし、なにより移動距離的に一番遠いので、いろいろアイテムを買い込む必要もあります。
なので、そういった諸々も含めると、どの“第二の町”に到達するにしても、レベル二十は必要になると思います」
Q:違反行為によるアカウント停止はありましたか?
「幸い、これまでアカウント停止になるほどの違反行為は発生していません。ちゃんとルールを守ってプレイして頂けて、嬉しい限りです」
「ぶっちゃけ一般的なオンラインゲームと違って、<ミリオンワールド>は不正ツールなどを使う余地はありませんし、現状ではRMTできるほど資産を持っているプレイヤーは、ごくごく少数に限られますからね」
「いやいや、せっかくのイイ話なのに水を差さなくても……。え~、それはそれとして、アカウント停止にならない程度の違反行為はあったんですか? と書き込みが来ていますよ?」
「迷惑行為は何件かありましたが……、実はその全てが多少強引な勧誘。まあ、はっきり言ってしまうとナンパです。セクハラ行為はなく、粘着という程でもなかったので、対象者にはメールでの警告を行っています。
あ、これは勘違いしないでいただきたいのですが、軽度の迷惑行為でも運営の警告を無視して同じことを繰り返した場合は、アカウント停止処分になる可能性がありますので、気を付けて下さいねー」
Q:開発や運営の方は、個人的にプレイしているんですか?
「今のところ、我々開発は一プレイヤーという形では参加していません。いやー、遊びたいのは山々なんですが、何しろ忙しすぎるもので……。
あ、仕事の一環としてVR内での現状把握の為に、インすることはありますよ」
「私達運営スタッフもプレイヤーという形では参加していませんが、いわゆるゲームマスターという形で、VR内にインしている者がいます。
ちなみにゲームマスターは、NPCと同じマーカー表示となりますので、一般プレイヤーからは判別できないですよー」
「……なるほど、いろんな質問が来てるんだねぇ」
「そね。フフ……、当然と言うべきか、やっぱりネタに関するツッコミはないようね」
「全体的に、自分以外のプレイヤーがどうしているのか、という質問が多いように見受けられますね」
「あー確かにそだな。清歌さんはピンとこないかもだけど、<ミリオンワールド>は一応MMORPGだから、どうしても他のプレイヤーの動向は気になっちまうんだろうな」
「俺たちは、他のプレイヤーとほとんど関わりがないから、この質問は都合が良かったかもしれん」
現在、マーチトイボックスの五人は、ログアウトしての小休止を経て、再びホームの飛夏コテージへと戻って来ていた。基本的に運営を信頼している彼女たちは、小休止を推奨されているのならば、それを無視するという選択肢はないのである。
さて、本日前半のログインでは、飛夏の新たな能力であるコテージが、余りにも居心地が良くてまた~りしてしまったが、一応それぞれが取得した得意分野を確認し合い、バトルでの検証も済ませてある。なお、相変わらず清歌は、パーティー外で周辺警戒に当たっていた。
「そういえば……、そろそろ二度目の生放送が始まる頃じゃないか?」
「あ、そうだね。ええと……イベント放送の視聴は……」
弥生が冒険者ジェムを操作して、生放送をウィンドウ表示させようとしたところ、テーブル上のミニ飛夏が短く鳴いた。
「そうなの? 弥生さん。イベントの生放送ならヒナが表示させられるようです」
「え、ホント!? う~ん、キミはホントにできる子だね~。じゃ、お願いできるかな?」
「はい。ではヒナ、お願いね」
お任せあれとミニ飛夏が一鳴きすると、五人が座っていた椅子がするすると移動し、若干弧を描いた横並びになり、テーブルもそれに合わせた形に変形する。さらに五人の対面に位置する窓が閉じ、大きなウィンドウが現れた。この時、他の窓も小さくなり、コテージ内の明るさが控えめになる。――名付けるなら、シアターモードといったところか。
モーフィング能力の高い柔軟性に驚くのも束の間、ウィンドウに表示された生放送に、五人の目が等しく点になる。
「これって……」「コンサートですね」「ええ、ライブでもいいかも?」「うむ。司会の……」「ああ、Ma-Yaだな」
そう、ウィンドウに表示された生放送の画像は、会場こそQ&Aイベントをやっていた野外ステージと同じであるものの、やっていることは司会進行役のMa-Yaこと絢乃によるライブそのものだったのだ。
おそらくNPCであると思われるバックダンサーや、曲に合わせた三次元的映像による演出もあり、ちゃんと事前の準備があったものと見受けられる。どうやらただのQ&Aだけでは盛り上がらないと思った開発・運営サイドによる、サプライズということのようだ。
「っつーか、観客がサイリュームみたいなのまで持ってるんだが……」
「だね。……あっ、スゴイ! 観客が揃ってサイリュームを振ってる。……そんなにMa-Yaファンがいたのかな?」
どうでもいい余談ながら、悠司と弥生の会話に出てきたサイリュームとは、厳密には商品名であり、正しくはケミカルライトというべきものだ。さらに付け加えると、<ミリオンワールド>内なのだからケミカルですらなく、光るスティック状アイテムと言うのが正確――「や、そこは別にサイリュームでいいんじゃ」「そ、そうだよ。多分それが一番分かりやすいんだから」――まあ、ごもっともですが、一応断っておくべきかと。正確な表記は大事なのです、ハイ。
「なんとなく、あのライトにしかけがありそうな気がしますね」
「しかけ? ……あ、なるほど。システムアシストが組み込まれてるのかもしれないわね。それなら一糸乱れない動きにも、納得だわ」
実は清歌の直感と絵梨の推測はまさしく正解であり、来場者に貸し出されたスティック状アイテムにはモーションスイッチというものがあって、それを押すとシステムアシストが働くようになっているのだ。ちなみにライトのオン・オフは自動で行われるようになっているため、スイッチの類はない。
「うーん、このままヒナシアター(仮称)でコンサートを見ててもいいんだけど……、ね?」
「はい。ぼんやり見ているだけというのは、ちょっと時間が勿体ないですね」
「そね。ここは当初の予定通りイベント放送を見つつ、露店をやりましょう。……ああ、Ma-Yaのファンっていうなら、遠慮せず会場に行っていいわよ?」
絵梨が念のために尋ねると、四人は一様に首を横に振った。ゲームオタク界隈に熱狂的なファンを持つ絢乃も、マーチトイボックスの五人の中にファンはいなかったようだ。清歌と聡一郎に至っては、Ma-Yaという名のアイドルを何かのテレビ番組で見たかもしれない、という程度の認識でしかない。
なんにしても、ファンでもないアイドルのライブでは会場まで赴く理由としては弱く、五人は揃って露店を開く為、スベラギへと転移するのであった。
スペースは既に確保してあるので、五人は中央広場のポータルから毎度おなじみの区画へと向かった。露店の展開も慣れたもので、手分けしてテキパキと店の準備を済ませてしまう。
いつも通りのディスプレイに加え、今日はイベントの放送――まだ絢乃のライブをやっている――をウィンドウ表示させておく。ちなみに今日はポータルのある広場や、商店街の要所要所にイベントの映像が、宙に浮かぶ大きなウィンドウで表示されている。清歌たちは確かめていないことだが、旅行者向けのアトラクション島でも、同じように表示されている。
絵梨と聡一郎が中央広場へと呼び込みに行き露店から離れてすぐ、二人組の女性冒険者が清歌たちの前で足を止めた。
「あっ! やった、ねね、ツイてますよ、私たち。……ちょ、本当にすんごい美少女なんですけど(ヒソヒソ)」
「ホントだ! ねえ、ここで似顔絵を描いて貰えるのよね? ……た、確かに。話は聞いてたけど……、想像以上ね(ヒソヒソ)」
清歌たちと同じくらいの年恰好の子と、大学生くらいの二人組だ。二人とも軽装で、今の見た目だけではどういうプレイをしているのか、ちょっと判断ができない。何やらヒソヒソ話をして、ポッと頬を染めているが――そこは触れないであげるのが優しさというものであろう。
「はい。お二人ご一緒にでしょうか?」
「は、はいっ!」「ええ! い、一緒でお願いします」
微笑んで応対する清歌に、ちょっとどもってしまう二人なのであった。
二人一緒にということで、椅子を二つ出して並んで座って貰う。今回はデフォルメの方を希望とのことなので、ポーズを取ってもらう必要は特にない。着物の袂から椅子を出すと、相手が目を丸くするのは、もはや毎度おなじみとなりつつある。
モデルの特徴を確認しつつ、サラサラと滑らかに鉛筆を動かす清歌を横目に、二人の最初の言葉がちょっと引っかかっていた悠司が尋ねる。
「ちょっと聞きたいんですけど、お二人はココのことを知っていたんですか?」
「うん。知り合いの冒険者から聞いてたんです」
「いつでも営業してるわけじゃないって聞いてたから、一度目で会えてラッキーだったわ」
聴けば彼女たちは、主にスベラギの中で活動している、職人と商人がメインのギルドに所属しているとのこと。コツコツと貯めてまとまった資金ができたので、先日念願の小さな店舗を借りることが出来たのだが、インテリアが少々殺風景なので飾るものを探していたのだそうだ。
ちなみに、彼女たちに似顔絵屋の情報をもたらしたのは、お客さん第一号である、例のオネェキャラ冒険者だ。雑談でインテリアの話が出たとき、自慢げに立派な額縁に入った自分の似顔絵を披露し、この店のことも紹介してくれたのである。
「あ、あとでクリスタルのネコの置物も頂くわね」
「ホントはステンドグラスが欲しいんだけどねー、まだそこまで余裕がなくって。あはは」
二人は完全にネコだと思っているようで、そこについては敢えて訂正せず、清歌たち三人はスルーする。抗議の声を上げそうな飛夏が、現在コテージ化後の反動でまだ実体化できないでいるのである。
『ありがとうございましたー! えいっ!』
ウィンドウの中ではライブを終えた絢乃が、掛け声とともにクルリとターンを決め、ステージ衣装から司会者の衣装へと魔法少女さながらの変身――普通とは逆回しの変身シーンだが――を遂げた。
『ではではお次はー、なぜなに<ミリオンワールド>の第二回です!
第一回は事前に募集した質問の中から特に多かった質問についての回答でしたが、第二回では開発と運営がピックアップした質問についての回答をしていきますよ~」
イベント会場では再びQ&Aのコーナーを始めるらしく、コンサート用のセットが光の粒となって消え、最初の時と同様にパネリスト用のデスクが出現する。なにも毎度モノリスの演出までする必要はないと思われるが――気に入っているのだろうか?
中継映像から流れてくる会話を聞き流しつつ、弥生と悠司がしばらく店を訪れた旅行者の接客をしていると、似顔絵のお客さんである冒険者がイベント中継の映像を凝視して声を上げた。
「あれ? 今やってる話って、もしかして貴方のことじゃない?」
「……はい?」
「では、次の質問に移りましょう。えいっ!」
ステージ上で絢乃がステッキを振ると、背後の大型ウィンドウに質問が現れた。
「スキル屋で<絵画>というスキルを見つけましたが、似顔絵もこのスキルで描けるのですか……だ、そうです」
開発側の席に座っている一人が頷くと、マイクを手に回答を始める。
「これはスキルの説明にも書かれていることなので、この質問をしてくれたプレイヤーは知っていることかもしれませんが、念のため。
絵画スキルというのは今見ているものを、手持ちの画材を用いて描き出すというスキルで、スキルレベルが上がれば、扱える画材の種類が増え、完成品の質が向上します。
ただ、見ているものを元に描くので、基本的に写実的な絵になります。もちろん人物を描くこともできますが、似顔絵と言うよりは、肖像画といったものが出来上がりますね。
特徴を捉えてデフォルメして似顔絵を描くようなスキルは、今のところ存在しません」
開発の回答に客席の一部がざわつき、同時に追加質問の書き込みが複数表示される。それらは、似顔絵を描いているところを確かに見たという報告と、スキルがないのならそれは何か外部ツールなどを使っているのでは、という疑惑を投げかけるものとに大まかに分けることが出来た。
不正疑惑の書き込みに、会場のざわつきが大きくなる。
「なるほど。どうやら露店で似顔絵描きをしているプレイヤーを見たことがある、という方が、会場にも数名いらっしゃるようですね。不正なのでは、という疑問を投げかける声もあるようですが……どういうことなのでしょうか?」
「それについては簡単なことで、その似顔絵を描いているプレイヤーは、スキルによるアシストなどは使わず、全て自分の手で作業しているからです」
マイクを持っていない方の掌を広げて見せ、簡潔かつ明瞭に回答する開発スタッフに、運営側のパネリストが補足を加える。
「……これは繰り返しになってしまいますが、今のところ<ミリオンワールド>内で重大な不正は起きていません。その似顔絵を描いている方も、ログなどから全て手作業で行っていることが確認できています」
普通なら、スキルが存在しない以上、手作業で行っていると考えるのは、ごく当たり前の話のはずだ。にもかかわらず、即不正疑惑に繋がってしまっているのは、<ミリオンワールド>に於ける生産職が、ミニゲーム仕様での作業であることが影響していると推察される。つまり手作業でアイテムを作るということ自体が、<ミリオンワールド>では異端なのである。
「更に書き込みがありました。……あ、これはイベント会場外からの投稿ですね。中継を見て下さってありがとうございます!
たった今似顔絵を描いて貰ったところですが、作業中はずっと手を動かしていて、何も不審なところはなかった。また、何かしらのスキルを使っていたと考えるには、スタミナ的に無理があるので、開発がスキルの存在を意図的に隠している可能性も低そうだ。……とのことです」
絢乃が読み上げた書き込みの最後の部分、まさかの隠蔽疑惑を指摘された開発側スタッフは苦笑気味である。
「あはは、まさか隠ぺいを疑われるとは……。えー、それはともかく、特徴を捉えてデフォルメする似顔絵の技術をスキルにするのは難しいので、似顔絵というスキルが追加されることは当面ないと思います。
従って、似顔絵を描きたいなら、手書きで頑張るしかないですねー」
「フォローの書き込みをしてくださって、ありがとうございました」
「ううん、いいのいいの。こんなにいいモノ描いて貰ったんだから、このくらいなんてことないわ」
「そうそう。不正疑惑を掛けられるなんて、バカバカしいもんねー」
女性冒険者二人組は、完成した似顔絵を大層気に入って、ついでにクリスタルな飛夏の置物を買って、ホクホク顔で帰って行った。
イベント会場外からの書き込みは二人の内、年上の女性がしてくれたものである。似顔絵にあらぬ疑いを掛けられたことに、当の清歌以上に憤慨して、すごい勢いで入力していた。
「あ、二人ともお帰り~」「おか~」「お帰りなさい。お疲れ様でした」
似顔絵も終わり、お客さんもちょうどいなくなったところで、呼び込みに行っていた二人が戻って来た。
「うむ。ただ今戻った。……イベント中継は、みんな見ていたようだな」
「ただいまー。なんていうか、余計なことを考える人っているのね」
「うむ。普通は手作業で描いていると分かりそうなものだがな……。おかしな話だ」
中央広場の大型中継ウィンドウでイベントの様子を見ていた二人が、先ほどの質問について感想を述べる。現実の清歌と知り合いであり、その特異な才能を知っている四人にしてみれば、不正疑惑など笑い話以外の何物でもない。
もっとも一般的なオンラインRPGの中で、プレイヤーが似顔絵屋のロールプレイをしているのであれば、“似顔絵師”というような職業があるのかと思う方が普通とも言える。なので、不正の方はともかく、似顔絵を描くのに適したスキルがあるのでは、と疑うのも無理のない話である。
「……っていうか、清歌は不正疑惑とか言われても、全く気にしてないみたいだよね?」
「ええ、確かに気になりませんね。……その、免疫ができてしまっていると申しますか……」
弥生の言葉に、清歌は曖昧な笑みで肩を竦めつつ答えた。
清歌のように突出した才能があっても――否、あればこそ、やっかみや嫉妬が根底にある、誹謗中傷の類は数多くあった。名声が確たるものとなっている現在はともかく、幼い時分は神童という称賛とセットになっているかのように、心無い言葉も枚挙に暇がなかったのである。
ただ清歌としては、そんな過去の重苦しい話は弥生たちには聞かせたくない。知られたくないとか、心の闇になっているとかではなく、単純に心優しい親友たちに暗い顔をさせたくないのである。
「まあ、こう見えて私も、過去にはイロイロあった……と、いうことですよ(ニヤリ★)」
故に、清歌はイロイロを強調しつつ、敢えてわざとらしい演技をする。きっと弥生たちなら、分かってくれるだろうという確信があるのだ。
「そっか~、イロイロかぁ~。うんうん、あるよねぇ、生きてればた~くさん」
「いやいや、おまえの庶民的想像なんぞ遠く及ばない、すんごいイロイロがあったに違いない。なぁ?」
「そね。何しろ超絶お嬢様の経験した、上流階級的イロイロですもの。ね?」
「うむ。社会の暗部や、世界の闇とやらにも触れているのかもしれん。清歌嬢の強さはその辺りで培われたのだろう……」
互いに気心が知れているために普段は結構ズケズケとモノを言う四人だが、肝心なところではちゃんと気持ちを察することができるのである。――まあ、それは現在の話であって、過去にはそれこそイロイロあったのは言うまでもない。
清歌が言いたくなさそうにしている空気を察して、冗談めかした会話で流す弥生たち四人。そのくせ内容的には結構的を射ているというのが、なかなか侮れないところである。
その後、マーチトイボックスの五人が露店での商売を一段落させ、ちょっと一休みするために蜜柑亭へと赴いた頃、イベント会場ではプレイヤーとパネリストが混じっての雑談会となっていた。ちなみに、事前にメール配信されていた、会場イメージの円卓と同じステージになっている。
「そんじゃ、結局未だに魔物使いで、フィールドの魔物をテイムできた人はいないってことになるんすか?」
「結論から言えばそうなりますね。魔物使いの心得を取得した人自体が少ないっていうのもありますが……」
「そりゃ、あんな警告されちゃーねー」
「あ、そうそう。アタシも興味を持ったんだけど、なんかメンドクサイっぽかったから、やめちゃったんだよね」
「あれ? でも魔物を連れている人いますよね? ……えっと、丸いのを」
「あ! アタシも見たよ。丸くてふよふよ浮いてるやつ!」
「それなら俺も見た。マンガ的なネコっぽいのな。ってか最近白くてちっさいのも加わっていたような……」
「な、新情報!? それも仲間にした魔物か?」
「え~、あまり個人の情報については明かせませんが、現在従魔を持っている冒険者はすべてクエストの報酬として得られたものです。ちなみに人数は……」
「従魔を持っているプレイヤーですね? え~、今のところ四人ですね」
「四人!? <ミリオンワールド>全体でたったの四人……ですか……」
「人数の少なさは想像できてたけど……。あの、さっきから話に出ている空飛ぶ丸ネコを持っている冒険者は、かなり早くから連れ歩いているのを、私見てるんです」
「僕も見たことあります。警告されてた割に、あっさり従魔をゲットできるんだなって、ちょっと不思議に感じたのを覚えてます」
「私もそう思ったんです。疑いたくはないんですけど……」
「前にも言ったように、不正はありませんよ。これは絶対です」
「ただまあ、かのプレイヤーさんの場合、普通ではあり得ない条件を満たしてクエストを発生させてしまったんですよね……。正直、我々開発スタッフですら、想定していませんでした」
「ん? 想定していないのに、イベントはあったんすか?」
「理論上では発生する可能性があったので、準備だけはしておいたんですよ」
「なるほど……。あの、同じ種類の魔物を従魔にすることは出来るんですか?」
「可能です。……ただ、あの魔物を従魔にするのはかなりハードルが高いので、可能性はゼロではないというところですね。ああ、無論、かのプレイヤーさんがクリアしたクエストというのも、相応の超高難度だったと申し上げておきましょう」
「……<ミリオンワールド>の開発スタッフが、超高難度って言うってことは」
「あんま、想像したくないね。まあ、俺は別に丸ネコが欲しいわけじゃないし」
「私は……ちょっと残念ね。余裕が出たら、魔物使い系のスキルを取ろうかと思ってたし」
「ああ、ぼくも同じことを考えてました。……ずっと先のことだと思いますけど」
「だよねー。アタシも今カツカツで冒険してる感じだし」
「もうちょっとバトルが楽になればね」
「そうそう。あの、もうちょっとバトルを易しくできないんですか?」
「バランス調整については、今のところ考えていません。……というのも、現状でちゃんとバトルが成り立って、レベルを上げている方がいるわけですから」
「それに、カツカツではあっても、詰んでしまった……という方は、今のところいませんので」
「確かに、ギリギリやっていけるバランスではある……か」
「アタシも詰んでしまうってほどじゃないなー。まあ、確かに駆け出し冒険者なんて、現実に居たらこんな感じかも……とは思うけど」
「ああ、まさにそうです。開発側としては、駆け出しの大変さを体験してほしいと思って、今のバランスに調整したんですよ。最初っから順風満帆というのは、冒険者という言葉にそぐわないと思いませんか?」
「そりゃそうですけど……」
「まあ、その意図については理解できなくもないんですけど……」
「では、ここで一つヒントを。冒険者という職業が出てくるようなファンタジー小説で。冒険者になりたての登場人物は、最初はどうやって稼いでいますか?」
「そりゃもう、貰ったチート能力でバッタバッタと無双を……」
「そして襲われている美少女を颯爽と助けて……」
「ゆくゆくはハーレムを!」
「……これぞまさに、王、道!」
「んなわけあるかー!!」
「「「「わははは」」」」
「まあ、そういう類の話が一時期から大量に出回ってますけど……。運営の方が言ってるのは、そうじゃないでしょ?」
「オーケー、古典的な方な。理解した!」
「話を戻すと……、古典的な展開だと、薬草採取とか街中の雑用とかで稼ぐかな?」
「……でもさー、<ミリオンワールド>だと、冒険者協会に登録するためにレベル十まで上げないとでしょ? それまでは採取クエだって受けられないし……。だからアタシは地道にカピバラ狩りをしてるけど」
「では、その狩りの戦利品をどうされていますか?」
「そりゃ、資金にするために売っちゃう。バザーか店売りかはその時々で違うけど、とにかく売らないと、ポーションと買えないし」
「なるほど。あまり知られていないようですが、露店を開いて戦利品や採取品を売ると、同時に経験値を入手できます。それから、冒険者協会を介さなくとも、交渉次第では街中で雑用クエストを受けることもできるんですよ」
「へー、そうなんですか」
「露店の経験値は知ってたけど、時間を拘束されるのがな……」
「そうよね。……ああ、でも、詰んだかもって思ったとき、街中で雑用クエストを探すのは使えるかも」
「ってか、その話はゲーム開始直後に聞きたかった……」
「「「「あははは、確かに!」」」」
「……なんか、また清歌のこと話してなかった?」
「そ、そうでしょうか? ……そうですよね」
「まあ、ヒナは目立つからねぇ、仕方ないんじゃないかしら。有名税ってやつ?」
「だな。っつーか、突発クエストって今。どのくらいの難易度なんだろうな」
「魔物使いで従魔を手に入れたのが、清歌嬢以外に三人ということから察するに、まだそれなりの難易度なのではないか?」
「うーん、というよりも、あれはきっと総ログイン時間で難易度が下がっていくタイプだろうから、私らと同じだけプレイしてれば結構下がってるかもしれないわ。それが三人なんじゃないかしら」
「ふむふむ。……っていうか、みんな“丸い”で通じてたのが面白くなかった?」
「ふふっ、確かにヒナはまん丸ボディが可愛らしいですからね」
「ナー、ナ、ナナッ!」
「……? ヒナは何て? 怒ってるみたいだけど……」
「“丸”の方ではなく、“ネコ”と言われたのが心外だったようです。ヒナは竜種ですからねー」
そう言って、膝の上に乗せた飛夏の背中をナデナデして宥める清歌。雪苺も撫でているつもりなのか、飛夏の背中の上でふよふよとバウンドしている。
そんな和む光景に、マーチトイボックスの面々だけでなく、蜜柑亭にいた全員の表情が緩んでしまうのであった。