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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第五章 ファーストダンジョン
55/177

#5―01


 ご存知のように、<ミリオンワールド>は八月いっぱいの実働テスト中、VR空間内の体感時間を二倍に設定されている。実のところ、技術的にはもっと引き延ばすことは可能であり、九月以降の本稼働では三倍に設定される予定だ。


 現在は継続的に利用することでプレイヤーに何らかの影響があるのか調査をし、また多人数が同時にログインしている状態での安定性を検証、不具合の洗い出しなどを行っているところである。


 ちなみにシミュレーションによると、三倍までシステムは安定稼働が可能と結果が出ており、二倍にしているのは負荷を軽くするというだけでなく、後発プレイヤーとの差をなるべく少なくするため、という理由もある。もっともマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)をはじめ、毎回がっつりログイン限界時間いっぱいプレイしている者たちには関係の無い話ではある。


 さて、本日は体感時間を三倍の状態で行う。特別セッションの第一回目にして、開発と運営スタッフ自身が参加するQ&Aイベントだ。


 一般的にオンラインゲームは、リリースされた時点で完成されているパッケージソフトとは異なり、アップデートや追加パッケージによって少しずつ要素が追加され、形を変えていくものである。そしてプレイヤー人口の増加、最低でも維持をするためには、ユーザーからの意見や感想を吸い上げてユーザビリティを向上させるのは、非常に重要なのである。


 今回のイベントは、プレイヤーに開発が直接回答することで、疑問や不満を解消することが目的であり、同時にここで得られた意見は今後のアップデートに活かされるのだ。







 本日はイベントを兼ねた特別セッション故に、ログイン可能時間帯がいつもとは異なり、十三時から二十二時まで稼働し続け、その中で最大四時間プレイできる。ちなみに四時間連続でログインすることも可能だが、運営のアナウンスでは途中でログアウトして小休止することが推奨されている。


 マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人はいつものように集合して、十三時ぴったりにログインする。普段なら直ぐスベラギに移動して、その日の予定を話し合うところなのだが――今回はログイン直後の無味乾燥な中継ポイントで、一旦落ち合っていた。


「お~。移動先の選択肢が増えてるね!」


「どれどれ……、お、ホントだな。イベント会場と祭壇の広場にギルドホームと。まあ、ギルドホーム以外は今回だけなんだが」


 前回よりも多くなっている転移先の選択肢に、ちょっと感動を覚える。今回限定の二つはともかくとして、ゲーム開始からの目標だったギルド結成とホーム入手ができたのは、素直に嬉しいものだ。


「……で、今回はまずは得意分野を決定して、ホームで落ち合う……ってことでいいかな?」


 弥生の確認に四人がそれぞれ頷く。今回は旅行者も参加するセッションなので、露店も出す予定だ。しかしながら、とにもかくにもホームとした浮島で何ができるのかを確認しないと、どうにも落ち着かないという意見の一致があったのである。


「じゃあ、みんな。得意分野をサクッと決めちゃおう!」


「はい。では後ほど」「ええ。ちゃっちゃとやりましょ」「うむ」「おけ。じゃ、ホームでな」







 清歌が転移した先は、<ミリオンワールド>を開始直後に導かれた、柔らかい光が差し込む森の広場だった。妙に懐かしく感じるのは、気のせいではないだろう。


(実際には半月も経っていませんけれど……、<ミリオンワールド>のある日は、体感時間で考えると六時間増しですからね)


 前回と同じ場所であれば、特に周囲を確認する必要もない。清歌は例の石柱に向かってスタスタと歩いていく。


「こんにちは。お久しぶりですね」


 清歌が呼びかけると、石柱の天板中央に置かれていたダイアローグジェムが浮かび上がり、ペコリとお辞儀(?)をした。


『お久しぶりです、清歌さん。その後、冒険は順調ですか?』


 ダイアローグジェムはちゃんと清歌のことを覚えていてくれたようだ。単にシステムにログが残っていただけ――などと無粋なことは言ってはいけない。


「はい。それなりに順調です。従魔も二体になりましたし、ギルドを作ってホームも手に入れましたから」


 ニッコリとのたまう清歌に、ダイアローグジェムは顔を(◎_◎;)のような表示にして、ちょっと仰け反った。


『そ、それはすごいですね。まさか魔物使いの心得を選んで、そんなに順調な冒険をしているなんて……』


「それは私の力だけでなく、一緒に冒険をしてくださっている皆さんに、助けて頂いていますから。……それにしても、まさか(・・・)、ですか?」


 清歌はスゥっと目を細め、見る者を委縮させるような迫力のある微笑を浮かべ、ダイアローグジェムを見つめる。


『ギクゥ! あ、あはは、はは……。い、いえいえ、ま、まま魔物使いの心得は扱いが難しいと、も、申し上げたじゃあ、あああ~りませんか! それが既に、にに二体も従魔を持っているなんて、じゅ、純粋に驚いているのですよ、ええ!』


「どもってましてよ? ダイアローグジェムさん(ニッコリ★)」


 ガクガクブルブルしなから、妙に早口でまくしたてるダイアローグジェム。前回もそうだったが、ただのガイド用キャラクターなのにやたら凝った反応をするものである。その労力はどこか別の場所に割くべきなのではないかと、一度開発スタッフを厳しく追及すべきかもしれない。


「ふふっ。……頼りになる友人によると、魔物使いに仕掛けられていた謎についてはほぼ解明できたようですから、もう問題ありませんよ」


「……ほっ。あの~、それなら突っ込まなくても良かったのでは……?」


「どうも<ミリオンワールド>の中で数多くのネタに接しているうちに、私たちのギルドはメンバー全員、ツッコミ体質になってしまったようですね」


 冗談めかして言う清歌に、脱力するダイアローグジェムなのであった。


「……え~、ゴホン。では、気を取り直しまして本題を。ここでは得意分野を選んで頂くのですが、以前選んだ心得を取り直すことも可能です。取り直す場合は、レベル一からやり直しになり、レベル二十までは入手できる経験値が増えます」


「なるほど。……私は取り直すつもりはありませんので、得意分野をお願いします」


「分かりました。……では、こちらをどうぞ」


 天板が光り、ジェムがひとつ出現する。魔物使いの心得のジェムと同じ深いワインレッドで、縦長の四角錐を上下二つくっ付けたような形をしている。


「えっと、一つだけ……なのでしょうか?」


『ハイ! 魔物使いの心得は他と異なり少々特殊で、得意分野は<魔物使いの真髄>の一つだけとなります』


 他の心得の場合はそれぞれに得意分野を、例えば戦士を選んだ弥生の場合だと、得意とする武器の攻撃属性を選択することにより、選択した系統の強力な上位アーツを中心に成長をしていくことになる。


 しかし魔物使いとは、心得を選択した時にダイアローグジェムが説明したように、その能力や得意分野といったものを従魔に依存しているのである。例えば清歌はブランケットドラゴンによって戦闘以外の便利機能に特化した能力を、マリワタソウによって偵察と魔法攻撃という能力を既に得ている。


 つまり魔物使いとは、良く言えば得意分野を同行している従魔によってスイッチ可能だということであり、逆を言えば、有能な魔物を仲間にできなければ、得意な分野そのものが無いということになりかねないのである。


『……ご存知のように魔物を仲間にするのは簡単ではなく、強力な魔物程その条件は厳しくなります。今ならまだ、心得を選び直してやり直すことも可能ですが、どうされますか?』


 恐らくこれも、必須伝達事項に設定されているのだろう。ダイアローグジェムが再び念を押してくる。この念の入りようから察するに、開発スタッフでさえ強力な従魔をゲットするのは難しいと思っているのではないだろうか。


 とはいえ、もはや言うまでもないだろうが、清歌が魔物使いの心得を選択したのは、たくさんの魔物モフモフを仲間にして、思う存分可愛がることなのである。モフモフさえしていれば、それが強かろうが弱かろうが関係ないのだ。


 清歌は何の気負いもなくひょいと手を伸ばし、ジェムを手に取った。


「いいえ。私はこのまま、<魔物使いの真髄>を選択します。……“起動”」


 使用されたジェムが光の粒子となり、清歌を螺旋状に取り囲む。心得の時と異なり、今回は右回りと左回りの二重になっていて、やはり少しずつ体のあちこちに吸い込まれていく。


『……これで、得意分野の設定も終了ですね。ではお帰りは、あちらのポータルゲートからどうぞ!』


「はい。いろいろありがとうございました」


『いえいえ。では清歌さん、よい冒険を!』


 清歌はダイアローグジェムに改めてお辞儀をすると、踵を返してポータルゲートへと向かうのであった。







 すり鉢状の野外ステージ風イベント用特設会場は、驚くべきことにステージ自体が一つの島であり、宙に浮かんでいた。客席の最上段から外に目を向ければ、眼下には今、スベラギ南のサバンナエリアが広がっている。特設ステージ島は緩やかな速度で移動しているらしく、今は西の湖沼エリアの方へと向かっているようである。


 メールに添付されていた画像では、特設会場が浮島であることまでは分からなかったので、客席に集まったプレイヤー達は予想外の状況にざわめき、端に集まって外を眺めていた。清歌視点で見ると忘れがちなことだが、一般的な冒険者は、こんな風に上空から<ミリオンワールド>の景色を眺めることなど不可能なのだ。


 観客たちが眼下の景色に見入っていると、まるで屋内ホールの照明が落とされたかの様に、唐突に周囲が暗く――夜になった。


 現実では有り得ない演出にどよめいていると、キラキラと光の粒が、客席からステージ中央の真上、客席の最上段ほどの高さに緩やかな弧を描いて集まっていく。


 次第に集まっていく光が人型になり、ローブにとんがり帽子という大まかなシルエットが分かるようになった瞬間、一気に光が弾け飛び、そこには二十歳前後と思しき女性が現れていた。


 シルエットから受けた印象は伝統的魔法使いのようだったが、ローブは宝石やフリルがあしらわれ、帽子にも可愛らしくリボンが巻き付き、中に着ているのはミニスカートと、今どきの魔法少女っぽい衣装である。カラーリングも白をベースにしたもので、魔法使い特有のダークな印象はこれっぽっちもない。


 観客たちが固唾をのんで見守る中、魔法少女風の女性はローブをひらひらと揺らしながらゆっくりと降下し、ステージに降り立った。


 バシャッという音とともにスポットライトに照らされた女性が、手を前に翳すと、短いステッキの様なものが現れる。彼女はそれを口元に寄せると、観客に向けて元気よく語りかけた。


「お集りの皆さーん! ようこそ、特設会場へ!

 これより、ミリオンワールドQ&Aイベント。題して、ミリオンワールドスーパーカンファレンスを開催しま~す! あ、和訳すると、とある方面から苦情が来そうなので止めて下さいね?

 ワタクシ、本日の司会進行を務めさせていただきます、自他ともに認めるゲーマーにしてアイドル……いいえ、もはや重課金の為にアイドルをやっていると言っても過言ではない、Ma-Yaこと間藤(まとう)絢乃(あやの)です!

 どうぞよろしくおねがいしまーっす!」


 最初の挨拶を言い終えた瞬間、観客が大きくどよめいた。それもそのはず、彼女は現役のアイドルにして女子大生、そしてオンラインゲーム業界では有名なゲーマーなのである。


 テレビやラジオなどメジャーなメディアでも芸能活動をしているゆえに、大多数に周知であり、オンラインゲーム経験者が多い<ミリオンワールド>プレイヤーにとっては、それ以上のアイドルなのである。


 そもそも絢乃がアイドルデビューする切っ掛けというのが、とあるオンラインゲームで自分そっくりのアバターをつくり、公式イベントに参加したことだったという、変わった経歴の持ち主なのだ。


 容姿については、清歌とでは勝負にもならないが、弥生と比べると絢乃の方が可愛いと言う人もちらほらいる――というくらいなのだが、明るくハキハキとしたキャラクターと、ゲームの腕前、そしていっそ清々しいほどの重課金っぷりで話題となったのだ。そしてゲームのイメージソングを歌うことになり、CMに抜擢され――と、あれよあれよと言う内にメジャーデビューと相成ったのである。


「あっ! ちなみにブログにも書いたので知っている人もいるかもですが、ワタクシも<ミリオンワールド>の第一陣プレイヤーに応募しまして……見事に落選しました! なのでこのアバターは、今日の為に特別に用意して頂いたものなのです。プレイヤーじゃないのがちょーっと残念ではありますが、<ミリオンワールド>を体験できて、今スッゴイテンションが上がっていまーっす!」


 客席の端に張り付いていた観客たちは、すでに前の方から順に座席に座り、絢乃の言葉に拍手を送っている。なかなかどうして、見事な進行役ぶりと言えよう。


「ありがとうございます! さてさて、では早速、本日のメインパネリストの方々をご紹介いたしまーす」


 絢乃がステッキを持っていない方の手を大きく横に広げると、彼女の両脇からステージ前方に広がるようにテーブルが伸び、そこにモノリスの様な何かが立ち並ぶ。黒い板にナンバーと名前が光る文字で書かれている例のアレで、開発はイベントであってもネタを仕込むのは忘れていないようである。


 もっともそれは単に掴みのボケだったらしく、絢乃がスタッフを順番に紹介していくと、モノリスがアバターへと代わり、現実リアルで行われているシンポジウム風の光景になった。


「パネリストの方々のご紹介と挨拶も終わったところで、早速最初のコーナーに行ってみましょう! まずはー……」


 絢乃はステッキをくるくると回し、ついでに自分も一回転ターンしてから手を振り上げると、彼女の背後に巨大なウィンドウが現れる。


「じゃん! 題して、なぜなに<ミリオンワールド>ーッ! うーん、この魔法を使っている感じがとても楽しいです! あっ、コーナーのネーミングに関してはワタクシノータッチですので、苦情でしたらパネリストの方へお願いしますね」


 とても楽しそうにチラリと黒いことを言う絢乃に、観客とパネリスト双方から笑いが漏れる。


 このイベントは観客がリアルタイムにコメントを出し、それが対象パネリストの上に表示されていくというシステムが搭載されていて、早速先ほどのモノリスや、コーナーのネーミングに関してのツッコミが書き込まれている。


「こちらのコーナーは、事前に募集した質問の中から特に多かったものや、重要なもの、重要ではないけど面白いものなどをピックアップして、パネリストの方々がスッキリキッチリお答えしていくというコーナーでーす。……まあ、タイトルから想像できますよねー。……ゴホン。では、特に多かった質問をランキング形式で発表、順番に回答していくことにしましょう」




『オイ! 早くイベント会場に来いよ! 来ないと絶対後悔するぞ!』


『緊急連絡、緊急連絡。イベント会場にMa-Yaが出現中! 見たい奴は会場に急げ!』


『ちょっと、あんた……え? 戦闘中? それがどうしたってのよ。……だから会場にMa-Yaが来てるの! ……嘘なんてつかないわよ。疑うんなら、中継画像見てみなさいよ!』


『フハハハ! 貴様、イベントをバカにして損をしたなぁ。俺は、我らが天使たるMa-Yaが天から舞い降りる神々しい姿を、この目に焼き付けたZE! うらやましかろう~~』


 ――最初のQ&Aコーナーが始まったにもかかわらず、観客たちの多くが知り合いへの連絡をしまくっていた為、あまりステージが注目されていないという珍事が発生したようである。


 数分後、連絡を受けたプレイヤー達が続々と会場へと終結するのであった。







 魔物使いの真髄を無事習得した清歌がホームへと転移すると、そこには既に弥生たち四人が集まっていた。


「お待たせしてしまって、すみません」


「あ、清歌。ううん、私も今来たところだよ」


 返事をしつつ、「なんかデートの待ち合わせみたいだな~」などと妄想してしまい、ちょっと頬を染めてしまう弥生。びみょ~に挙動不審なそんな様子に、キョトンとする清歌と、ニヤリと黒い笑みを浮かべる絵梨、そして悠司と聡一郎はそっと目を逸らす。イベントがあろうがなかろうが、平常運転のマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の面々だった。


 ――コレが平常という時点で、このギルドの先行きが不安になるような気もするのだが、それはまた別の話である。


「ゴ、ゴホン。じゃ……じゃあまずは、皆が何を選択したのか確認しておこうか」


「はい。……あ、弥生さん。その前にちょっとよろしいでしょうか?」


 気を取り直して早速そう宣言する弥生に、珍しく清歌が待ったをかける。


「ん? なに清歌?」


「せっかくレベル二十になったことですから、ヒナのコテージの中でお話しませんか?」「ナ~」


「あ、そっか!」「それもいいわね」「お、ヒナの新能力か」「うむ。見たいな!」


「では……あ、ヒナ。花畑の花を潰してしまったりはしない?」


「ナ~ナ~」


 ヒナの返事に清歌は頷くと、ヒナはふよふよと花畑へと飛んで行き、中央で静止した。清歌たちは変形後のサイズが明確にイメージできなかったので、池の畔で待機している。


「よろしくね、ヒナ」「ナッ!」


 微妙にドヤッてる感じの返事をしたヒナが、五人が見守る中、にゅにゅっと変形――というか巨大化していく。何度見ても見事なモーフィングであり、またシュールな光景でもある。


「「「「「お~~!」」」」」


 ヒナが変身したコテージは、天井がドーム状になった低い高さの円柱といった形状のものだった。ドームの天井に顔と耳、翼が付いていて、短い四本足で立ち(?)、褒めて褒めてと言わんばかりに尻尾をゆらゆらと揺らしている。


 五人は急いでコテージに近寄り、先ずは周囲をぐるっ回りながら観察する。


「モフモフの感触は、コテージになっても変わりませんね。ヒナ~、コテージも、とってもいい感じですよ~」


「ナナ~」


「うん、良い感じだね! アイテムのコテージはバンガローっぽい感じだけど、ヒナはどっちかって言うとテントっぽいんだね。なって言ったけ? モンゴルだかどっかの……」


「ああ、パオ……いや、ゲルっつった方がいいんだっけか? 確かにアレによく似ているな」


 確かに全体的なイメージで言えば、いわゆるゲルと呼ばれるモンゴルの遊牧民が使用する伝統的な移動式住居に似ている。サイズ的にも直径五メートルほどと、大体同じくらいだ。


「私の記憶が正しければ、パオって言うのは中国語由来の呼び名ってだけだから、間違いじゃない……ハズよ。フフ、なんにしてもそっちには、足やら尻尾やらはついていないわね」


「おお、尻尾も大きいな! 飛夏、ちょっと触ってもいいだろうか?」


「……ナ」「ふふっ、どうぞ、だそうですよ」


 許可を得て聡一郎はモコモコした尻尾を存分にモフり、弥生もそれに便乗する。ちなみに清歌は既に尻尾の手触りも確認した上で、少し離れて全体像を撮影している。


 尻尾の素晴らしい手触りを一頻り堪能した後で、弥生が改めて気が付いたことを言う。


「はぁ~、たんの~したぁ。ありがと、ヒナ。……んでさ、このコテージって……どこから入るの、かな?」


「へ!? あ……」「そういや……」「ふむ。出入り口が見当たらんな」


 弥生の指摘に、改めて気が付く清歌を除く三人。出入り口や窓といった開口部が全くないこれでは、大きな寸胴の変わった魔物に過ぎない。


「それでしたらご心配なく。ヒナ、入り口と……あと窓も開けて」


「ナッ!」


 掛け声とともに、またもや音もなくにゅにゅっと飛夏の円柱部分に、円い窓が五つ現れ、正面に四角い開口部がペロンと下に開き階段となった。コテージになった時以上にシュールな光景に、清歌も含めてびみょ~な表情になる。


「ま、まあヒナのスゴさ(・・・)は今に始まったことじゃ……ないし?」


「え、ええ、そうですね。では、中に入ってみましょう」


 ふよんとした反応が返ってくる階段を上り、それよりも若干弾力の強い感触のコテージ内に入る。五人全員が入ったところでドアが閉まって、その部分に窓が現れた。


 室内は六方の窓から光が差し込み、想像していたよりもずっと明るい。床は毛足の長い絨毯が全体に敷かれているとイメージすれば間違いなく、壁面と天井は普通の絨毯といった感じである。


「うわぁ~、中もフカフカなんだ~」


「そね。結構明るいし、居心地は良さそうね。……ちょっとシンプル過ぎる気もするけど」


 清歌は知らないことだが、使い捨てアイテムの方のコテージは、外見だけでなく間取りや内装もバンガロータイプで、二段ベッドやダイニングセットなど一通りのインテリアが揃っているのだ。


「ナ~、ナ?」


 天井の方から聞こえてきた飛夏の声に、清歌はちょっと目を瞠ると一つ頷いた。


「そうですね、ではテーブルと全員分の椅子をお願いね」


 清歌のリクエストに飛夏が返事をし、同時に部屋の中央からまたまた音もなくにゅにゅっと丸テーブルと、シンプルな円柱の椅子が出現した。ちなみに椅子は毛足が長い状態のままで、テーブルの天板は短い方に変化している。


 そしてテーブルの天板の中央に、絨毯の時と同じようなミニ飛夏が出現した。


「ふふ、こちらにも顔を出せるの? ヒナは本当に器用ね(ニッコリ☆)」


 清歌が笑顔でナデナデすると、飛夏は目を細めて気持ちよさそうな声を上げる。


「えっと……、ここって一応ヒナの……なんだよね(ヒソヒソ)」


「そう……だな。窓やらドアやらが開いたのも驚きだったんだが……(ヒソヒソ)」


「うむ。まさか中に頭を出せるとは……流石だな(ヒソヒソ)」


「そして、相変わらずそれを器用の一言で流してしまう清歌……と(ヒソヒソ)」


 もう既に慣れてきているとはいえ、やはり清歌の図太さ――「図太さ……ですか?(ニッコリ★)」――し、失礼しました。えー、何事にも動じないところには、たまに驚かされることがある四人なのである。


「みなさん、どうかされましたか?」


 キョトンとして尋ねる清歌に、弥生たち四人は顔を見合わせ笑い合う。


「なんでもないよ~。じゃ、せっかくだから座って話そっか」







 飛夏が用意してくれた椅子に座って十数分、早くもマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、この椅子に座ってしまったのは失敗だったと気付いてしまった。


「コレは……、マズい、ね~~」


「ええ、なんと言いますか……こう、立ち上がる気力が……」


「そーねー、この何とも言えないフカフカ感がねー……」


「うーむ。この手触りは……癖になってしまいそう……だなぁ」


「なーんかもー、今日の冒険はいんじゃね……って思っちまうよ、なぁー」


 ゆったりと腰かけ、はっきり言って締まりのない声でそれぞれ感想を述べる五人。


 そう、とにかく座り心地が良い――いや、良すぎるのだ。ただの円柱だと思っていた椅子は、座ると体にフィットするように形を変え、ちょっと後ろに寄りかかるような姿勢になると、背もたれがにゅにゅっと伸びて自然に体を支えてくれるのだ。しかも手触りは、極上のフカフカな毛皮である。


 座ってこの感触を味わってしまってからずっと、五人はただその感触を味わい、とりとめのない感想を口にすることしかしていない。話し合いをするどころか、もはやお昼寝タイムにまっしぐらと言っても過言ではないというていたらくだ。


「あ゛~~、な~んか、ねむ~~く、なってきちゃいそうだね~~。…………って、ダメじゃん! 私らは、話し合いをするつもりだったんじゃない!」


 微睡まどろみに落ちそうになっていた弥生が、すんでのところでリーダーとしての使命を思い出し、ガバッと起き上がった!


「そ、そうですよね。報告会をするつもりでした。……ありがとうございます、弥生さん」


「や~、ヤバかったな。危うく今日のログイン時間の大半が昼寝で終わるところだった」


「むぅ。まあ、たまにはそれも良いとは思うが……」


「癖になりそうで怖いわね……。ま、昼寝ならいつでもできるわけだし、初回からそれは止めときましょ」

 

 同じく眠りへと誘われる直前だった四人も、弥生の掛け声によって無事覚醒できたようだ。


 このままではヤバイと認識を共有した五人は、取り敢えず椅子の心地良さから気を逸らすために、お茶とおやつをテーブルに広げ、それらを摘まみつつ報告会を始めるのであった。





お気づきの方もいるかもしれませんが、Q&Aイベントのステージは、とあるアニメ作品の中で出てくる、ネット会議のシーンを参考にしています。

あの義体化集団の公安が活躍する作品、特に笑ったロゴマークが印象的なストーリーは秀逸でお勧めです^^

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