#5―00
今回から新章になります。
高度にネットワークが発達し、世界に先駆けフルダイブ型のVRが誕生したここ日本に於いて、ビジネスや教育などの場ではその技術がフル活用され、会議や授業などがオンラインで行われることは日常茶飯事だ。
にもかかわらず、個人間の連絡でメール――対話型の通信アプリも含んで――が使用されるのは、記録が残った方が都合の良い事務的な連絡をする場合や、或いは時間的な問題でメールにした方がいい場合などに限られる。現代では本当に親しい間柄での連絡は、通話を使うのがセオリー、というか気軽に通話できるかどうかが仲の良さのバロメーター扱いになっている。
そういう風潮が世の中に広まったのは、とある無料プラグインソフトウェアがネット上に拡散したことに端を発する、極めて深刻な事件が原因となっている。
事件の収束から現在に至るまで、“飽和コミュニケーションの崩壊”、“アーティフィシャル・フレンドシップ”、“私に恋をした虚像(AI)”などなど、フィクション・ノンフィクションを問わず様々な著作物を生み出したその事件は、皮肉にも間接的に<ミリオンワールド>誕生にも関わっているのだが――詳細は長くなるのでここでは割愛する。
さて、短くとも密度の濃い時間を共に過ごしている清歌と弥生は、既に気軽に、どーでもいい話題でも通話し合える仲になっている。実は、まだ<ミリオンワールド>が始まる前の頃、弥生はいろいろと多忙そうな清歌にはメールの方がいいだろうと、連絡はメールで行っていたのだが――
「弥生さん。私には……電話を頂けないのでしょうか?」
などと、ちょっと寂しそうに――もっとも、あからさまに演技と分かるようなわざとらしいものだったが――言われてしまい、それ以降は全く気にせずポンポン他愛ないことで通話をするようになった。こんな風に相手の言葉を信じて、ストレートに行動に移せるのは弥生の美点であり、味方の多い所以でもある。
定期メンテナンス兼Q&Aイベント準備により、<ミリオンワールド>がお休みだったその日の夕刻、弥生からの電話を清歌が受けたのは車中でのことだった。
『うぇ!? ぱ……ぱぁちぃー……って、これから!? ご、ごめん! そんなときに電話なんて……』
「いいえ、弥生さん。パーティーと言っても、今回は同世代で集まるくだけたものですから、それほど大層な集まりではありません」
実際これから赴くパーティーは、付き添いを除けば十~十八歳と若者ばかりの集まりで、所謂正式な社交の場ではなく、言うなれば親睦会といったものだ。従って清歌の服装もフォーマルなドレスではなく、ちょっと気合を入れたおしゃれといった程度のものである。
「こういった比較的ゆるいパーティーは、まだ社交の経験が浅い子たちに、場慣れする機会を提供する……という側面もありますので、割と頻繁に開催されています」
『ふむふむ、なるほど。……ええっと、つまり良家の皆さま限定の合コンって感じ、なのかな?』
「ふふっ、合コンですか……、流石は弥生さんです。鋭いですね」
必ずしも毎回そうというわけではないのだが、年若い男女が集まるのだから、気になる異性ができる可能性も、無論あり得る。参加者は皆、立場的にあまり軽率な振る舞いはできないし、また気になったところで家同士の問題があるので、実際にすぐ行動に移せるわけではないものの、気になるものは仕方ないのだ。
『あはは。……あ~、でも清歌は正式なパーティーにも慣れてるんでしょ? 今日はどうして?』
「確かに、黛の娘として私が参加する理由は、特にありませんね。ただ、中学でクラスメートだった友人が何人か、出席するとのことでしたので」
『そっか。個人的には理由があるんだ』
「はい。……それと千代ちゃんも出席するそうですから、あまり凛ちゃんに変なことを吹き込まないように、釘を刺してこようかと(ニッコリ★)」
電話越しにもかかわらず、清歌の完璧な、しかしなぜか妙に迫力のある笑顔が想像できた弥生は、思わず身震いしてしまう。――弥生たちが思っていた以上に、気品ある装いの指針の一件は、清歌にとって知られたくない過去だったようである。
『ねえ、清歌。あんまり、厳しく叱らないであげて……ね? なんかさ、凛が清歌のことを聞くのをやたら喜んでたっていうのも、千代ちゃんがしゃべり過ぎちゃった理由みたいなの……。もちろん、凛にはちゃんと注意しておいたから』
清歌と絵梨がお泊りに来た日の後、弥生が凛から聞きだしたところによると、どうも千代が話す清歌の中学時代の逸話に、やたらテンション高く凛が反応したために、千代も話し過ぎてしまったのではと思われるのだ。それが元で千代が叱られてしまうとなると、姉としては、いささか居たたまれないものがある。
「ああ、そういう経緯でしたか。……そういえば千代ちゃんは、時々調子に乗ってお喋りになってしまう、困った癖がありましたね」
『あ~……、それって凛も似たトコがあるかも。な~んか時々、妙にテンションが高くなって捲し立てることがあるんだよねぇ。周りが付いていけなくなっちゃうから、気を付けなさいって、言ってるんだけど……』
「ふふっ、お姉さんは苦労しますね」
『まあ、お姉ちゃんだからね~。そこは仕方ないよ。……ってか、もしかして凛と千代ちゃんって、似た者同士?』
清歌のファンという意味ではむしろ同好の士、というべきかもしれない。いずれにせよとても気が合う二人なので、首尾よく凛が清藍に入学出来たら、さぞ楽しい学園生活が送れることだろう。
「かも、しれないですね。……ふふっ」
凛と千代が清藍で楽しくやっている姿を想像して、清歌は思わず笑いを漏らしてしまう。
『清歌? どしたの?』
「いえ……。ただ、清藍で二人があのテンションで賑やかにしていたら、私たちとは違った意味で、先生方を困らせそうな気がして……」
『…………確かに。そだね』
電話越しに笑いあってしまう二人なのであった。
清歌が参加するパーティーの類は、その規模や趣旨、さらに参加者の内容によって、主催者の屋敷が会場の場合もあれば、どこか会場を借りて催される場合もある。ただ、今回のようなタイプのパーティーは、主催者の屋敷で行われることが多い。弥生が言ったように合コン的側面もある集まりだが、流石に居酒屋やらカラオケやらで――というわけにはいかないのだ。格式の問題というよりは、主にセキュリティー上の問題で。
そんなわけで、本日の会場は主催者である清歌の友人の――正確には家の――屋敷だ。黛邸のように出鱈目な広さの敷地や、人を招く為の別邸があるというわけではないが、それでも数十名の参加者を招いても余裕のある、一般人の感覚から言えば十分に豪邸のカテゴリー入るお屋敷である。
パーティーは立食形式で、メイン会場である広い部屋に置かれたいくつかのテーブルには、色とりどりの料理が並べられている。サブの会場もいくつかあって、座って落ち着いた話をするためのティールームや、ライトアップされた庭園と温室も解放されていた。今日の主催者は植物を育てるのが趣味ということもあり、部屋の中にはさりげなく品の良い花が飾られている。
余談だが、こういったパーティーに清歌を招く時、主催者は必要以上にいろいろと気を遣うようだ。例えば、絵画を飾るなら名のある作家の作品にしたり、調度品のデザインや配置にも拘ったりという具合である。清歌自身は招待されたパーティーで、その辺にツッコミを入れるような無粋で礼儀知らずなことはしないのだが、それとこれとは別の話――つまるところプライドの問題なのだ。もっとも主催者以上に胃が痛い思いをするのは、生演奏の為に呼ばれたプロの演奏者だとかなんとか。
今日の参加者は清歌にとっては面識のある者が殆どで、手早くかつ完璧な作法で一通り挨拶を済ませると、友人と雑談に興じていた。
「あ、これは後輩から聞いたんだけど……。清歌さん、先日、中等部の学校説明会でピアノを弾いてきたんですって?」
「もうご存知だったのですか? 相変わらず、耳が早くていらっしゃいますね。……はい。確かに演奏してきましたけれど、私はあくまで代役としてです」
「え~!」「中等部にいらしてたなんて……」「私もお聴きしたかったですわ」「初等部の子に混ざるのは難しいのでは?」「そこは、こっそりと……ね?」
こういうとき清歌の周囲には自然と人の輪が生まれ、面白いことにその輪の中に同世代の男性が含まれることは稀だ。高校の教室と同じ現象が見られるわけだが、その理由は若干異なる。
幼い頃からこういう場にたびたび出席し、また大舞台にも慣れている清歌の自然な立ち居振る舞いは、まだまだ経験の浅い同世代やそれ以下のお嬢様からすると、非常に頼もしく見えるのだ。清歌自身は面倒見の良い性格というわけでは全然ないのだが、慣れない場で心細いお嬢様が少しでも安心感を得ようと寄ってきてしまうのである。
またもっと単純に、清歌の現実離れした容姿に惹き寄せられた者も当然いる。そういったいささかヨコシマなものの場合は、黛という名の威光が特に男性に対して効力を発揮し、やはり女性が集まってしまうのだ。
ゆえに清歌のいるパーティーは男性陣からすると、異性と知り合えるきっかけが減ってしまうところが少々不満であり、一方で清歌の姿を近くで直接見ることができるのはラッキーとも思え、なんとも悩ましいのだそうな。
「清歌お姉さまっ!」
聞き慣れた声がした方に清歌が顔を向けると、つられて周囲もそちらに顔を向けて、自然と人の輪に隙間が生じた。そこへ小柄な少女がするりと飛び込んできた。
「ごきげんよう! 清歌お姉さま」
そう言って清歌の胸に飛び込んで、ギュッと抱き着く少女。ふんわりとしたデザインのワンピースに身を包み、セミロングの髪の両脇にリボンを着けた可愛らしいこの少女が、清歌の後輩であり凛の同志――もとい友人の小澤千代である。
「ごきげんよう、千代ちゃん。……元気なのはいいけれど、ここは学校ではありませんよ? もっと慎みを持たないとね?」
「はぁーい。ごめんなさい、お姉さま」
ちょろっと舌を出して謝ると、清歌から離れる千代。
「千代さん、清歌様に抱き着くなんて」「ずるいですわ!」「そうですわ。抜け駆けはダメです」「……羨ましい(ボソ)」「本音を言ってしまっては……」
清歌を囲んで輪になっていた少女たちが、気安い千代の態度を見て、びみょ~に不穏なことを言い出す。
「ふふーん。だってお姉さまとは、もう長い付き合いなんですもの!」
千代は子供が宝物を自慢するような表情で、胸を張って宣言する。ここのグループの中では千代が最年少ということもあって、不満を漏らしていた少女たちも、小動物を愛でるようなホワンとした表情に変わる。
「清歌さん、長い付き合いって……どれくらいなのかしら?」
「あれは……中学一年の時でしたから、三年前からです。小澤家で主催されたパーティーでのことですね。……ふふっ、そういえばあの時の千代ちゃんは、お母様にずっとくっついていて、可愛らしかったですね」
「あら、意外と人見知りするところがあるのね、千代ちゃんは。ちょっと意外だけど、その様子は見てみたかったわ」
清歌とその友人にちょっと弄られた千代は、顔をポッと朱く染めてしまう。すぐに表情に出してしまうところも、社交の場に出るお嬢様としてはまだまだ経験不足と言えよう。
「お、お姉さま~。そんなことはバラさないでください~」
情けない声を出して萎れる千代に、さざ波の様な笑いが生まれるのであった。
会話と食事、人によってはちょっとしたゲームなどをして過ごすこと数時間、そろそろパーティーもお開きとなるころ、清歌は再び千代から話しかけられた。
「……あの、清歌お姉さま」
「はい。……どうかしましたか、千代ちゃん。そんな深刻な表情で」
いつも元気で明るいイメージのある千代の、珍しく妙に深刻な――というか、まるで“先生に叱られに来ました”というような態度に、清歌は訝しむ。
「ごめんなさい。……あの、凛ちゃんから聞いて……。グレイス・コードを話されるのは、あまりお好きでないと知っていたのに……私……」
そこまで切り出されて清歌は、そういえば今日は釘を刺しておこうかと考えていたことを思い出した。弥生とのやり取りで、凛経由でその目的は達せられていたことを知ったので、清歌の中でその案件は処理済みになってしまっていたのだ。
清歌は口元に小さな笑みを浮かべ、しかたないな~という口調で話す。
「もう十分反省しているようですから、これ以上は何も言えませんね……」
「お姉さま……」
「今回は……まあ、どうでもいい内輪ネタで、話した相手も友人ですからね。けれど、凛ちゃん。あまり喋り過ぎはいけませんよと、忠告しましたよね? これからは、もっと気を付けるようになさい。いいですね?」
「はい、お姉さま。肝に銘じます」
敢えてわざと、少し堅苦しいやり取りをする二人。そして、同時に表情を崩す。
千代が謝罪をし、清歌がそれを受け入れ忠告をする、というプロセスを経てこの件を解決としたのである。仲のいい間柄とはいえ、お嬢様同士で先輩と後輩という関係ゆえに、一応筋は通したのだ。まあ、一種の儀式であり、天真爛漫に見えて千代もちゃんと良家のお嬢様なのである。
「……そういえば清歌お姉さま、凛ちゃんのお宅に遊びに行かれたんですか?」
「ええ。……正確には弥生さんにお招きされて、ですね。その時、凛ちゃんともお話しました。学外の子とあんなに親しくなるなんて、人見知りの千代ちゃんにしては珍しいのではない?」
「もう、さっきの事を蒸し返さないでくださいよ~……、確かにそうなんですけど。凛ちゃんとはピアノ教室で知り合って、なぜか意気投合しちゃって……。中学は一緒に通えそうで、とっても楽しみなんです!」
嬉しそうに弾む口調で語る千代に、そういえば例の件も忠告しておいた方がいいかもしれないと気付いた。
「千代ちゃん。凛ちゃんは私の大切な友人の妹さんで、仲良くしてくれるのは私も嬉しいです。……けれど、あまりはしゃぎ過ぎると、中等部の先生方に目を付けられてしまいますから、気を付けて下さいね」
「はぁ~い。……でも、お姉さま方も目を付けられていたんですよね?」
清歌の忠告は、見事に自分に跳ね返って来てしまったようだ。しかし、そこはお嬢様スキルがカンストしている清歌である。その程度のことで、動じたりはしない。
「ふふっ。私たちの場合、目は付けられても、実際に注意されるような失策は一度もしませんでしたからね。問題なしですよ?(ニッコリ☆)」
「さ……流石、伝説の生徒会副会長……。はい。私たちはちゃんと気を付けるようにします……」
笑顔でのたまう清歌に、格の違いを感じて降参する千代なのであった。
新章では、手に入れた島を過ごしやすくするために、手を入れていくことになる予定です。
モフモフも増量予定です。
では。引き続き、よろしくお願いいたします。