#4―13b
一同が立ち上がり、ゴーレムたちの待つ倉庫へ移動――し始めた時、弥生は清歌が立ち止まり、石板を見つめていることに気が付いた。
「清歌、何か気になるの? ……清歌?」
「……え? あ、はい、弥生さん。その……何が気になったのかを、思い出そうとしているのですけれど……」
「へ?」
ルーナに案内されて中庭に到着し、少し離れた位置から石板全体を眺めた瞬間、清歌は直感的に「ああ、これは――――だな」と思ったのだ。
しかしその後、ミユが暴走して許可を出す間もなく飛夏が強奪されてしまい、奪い返すか制止するか、もしくはしばらく静観するべきか迷っているうちに、石板に関する何を直感したのか、明確に認識する間がなかったのである。
さらに続くパンツァーリザード戦の報告において、戦力的にはともかく戦術的には清歌はかなり重要なポジションだったので話すことも多く、石板のことは完全に頭から抜け落ちてしまったというわけなのだ。
「あー。……なるほど、分かるなぁ」
「えー? まさか石板を見て何か感じたっていうの? 悠司なのにー?」
しみじみと頷く悠司に、何やら胡散臭いものを見るような視線を注ぐ弥生。
「ヲイ、俺なのにってのはナンだ、まったくお前という奴は。……や、そっちじゃなくて、何か思いついたってのは覚えてんに、内容がスコンと抜け落ちちまう、って方のことだよ」
「あ、な~んだそっちか。それなら私だって分かるよ」
「そね。……っていうか、清歌は記憶力がいいイメージがあるから、ちょっと意外よね」
もはや清歌のことを完璧超人だとは思っていなくとも、やはりどこかイメージというものが残っているようで、たまに清歌が自分たちもやりそうなポカをすると、それが顔を出すのだ。
ただ今回の場合は、ピンと来たことの内容を清歌自身が確かに認識する前に、横槍が入ってしまった形なので、記憶力とはあまり関係の無い話かもしれない。
なんにしても、清歌も我ながらちょっと間の抜けた話だと思っているので、弥生たちの反応に肩を竦めて見せる。
「俺もちょっと気になっていたのだが、だいぶ前に読んだ小説……確かホームズの何かだったと思うのだが、こんな感じの絵が出てきたような覚えが……」
実は聡一郎も石板に関しては思いついていたことがあって、それは清歌のように直感的なものではなく、記憶に基づくものだった。しかし残念ながら、その小説を読んだのは小学生の頃で、しかも読書週間だかなんだったかで適当に図書室から借りた本だったために、今一つ記憶が曖昧で今まで黙っていたのだ。
「小説? シャーロック・ホームズねぇ……」
絵梨は小説と聞いて、元正統派文学少女としてのプライドが刺激されたようだ。モノクルに指を当て、石板を改めて観察してみる。
ほぼ円形の石板は、直径およそ百八十センチ。樹木の年輪のように同心円状に区切られていて、その帯状の領域の中に簡略化された魔物――古代の壁画に描かれているようなデザインだ――が、恐らく某かの規則性をもって描かれている。同じ魔物の絵でも、ポーズに何種類かのバリエーションがあって、人によっては魔物が踊っている絵だと思うかもしれない。
「……あ、わかった! ソーイチが言ってるのは、“踊る人形”のことでしょう?」
「おお! そうだ。確かそんなタイトルだったような気がする」
移動しようとせずに石板の前に立ち止まってしまった五人に、いつの間にか石板の前に戻って来て仁王立ちしていたミユが、好奇心に目をキラキラさせながら話し出した。
「ねね。どしたのどしたの? もしかして……君たちも、石板に興味が出てきちゃったのかな? だよねだよね、この石板の絵柄ってな~んか興味を引かれるよね! そもそもこの石板は、スベラギの東エリアにある砂漠から発見されたんだけど、学院の定説ではあの砂漠は何らかの人為的・魔法的要因が絡んでできたもので、純自然的なものじゃないってされてるんだ。……ってことはね、ね。あの砂漠には、何らかの遺跡が埋まってるはずで、これはたまたま表層に出てきちゃったものなんだと思うの。そんな石板に魔物が描かれてると来れば、それってやっぱり、砂漠化する以前にいた、もしかしたらもう絶滅しちゃったかもしれな……」
スパーン! とルーナは無言でスリッパを思い切り振り抜いた! 妙にすがすがしい表情をしているように見えるのは、恐らく気のせい――か?
「いたっ!! ちょ、ルーナぁ。い……いまのは、この子たちが石板に興味ありそうだから、説明してあげてただけじゃないか……」
乾いたとてもいい音が中庭に鳴り響いただけあって、今回のスリッパ攻撃は結構痛かったようだ。
「先生が話し始めると、関係ないことまで延々と喋り続けてしまいますから、そうならないよう、早めにストップをかけただけです。それはともかく、皆さん、先ずは倉庫の方で用事を済ませてしまいませんか? 石板が見たければ、また中庭へ戻ればいいだけですし……」
ミユの抗議はサラッと流し、ルーナは五人に提案をする。
結果的に全員を引き留める形になってしまった清歌は、ミユとルーナへ頭を下げた。
「引き留めてしまって、申し訳ありません。……眺めていれば思い出すというものでもなさそうですから、そうすることにします。あ、その前に石板を撮影してもよろしいでしょうか?」
撮影については快諾を得られたので、清歌は冒険者ジェムを取り出し、カメラ機能を使って石板を撮影し、同時に雪苺にも録画させておいた。
「ほうほう……マリワタソウの能力で録画もしてるんだね。よっし、じゃあ今度こそ倉庫へいくよー!」
こうして中庭にいたやたらと目立つ一団は、倉庫へとぞろぞろ移動するのであった。
「うわぁ~……。これはソーカンだね~」
「はい。これだけ並ぶと、迫力がありますね」
「ええ……動かないって分かってても、ちょっと怖い感じがするわねぇ」
「ってか、場所が倉庫なせいか、ゴーレムじゃなくロボって感じがしないか?」
「ふむ。たしかにロボットの整備工場という風情だな」
ミユに案内されて着いた建物は、外観こそ学院の他の建物と同様の石造りだが、中に入ってみるとまさに倉庫で、整然と並べられたゴーレム以外には何も置かれていない、広いだけのスペースだった。
「おー! いいことを言うね、キミは。実は魔導ロボットと呼ばれている魔物も存在していて、それはゴーレムとは似て非なるものなのだよ! どちらも分類としては魔法生物系に属するんだけど、ゴーレムって言うのが……ハッ!」
またもやノリノリで説明をしていたミユは、さあこれからギアを上げて――というところで何かを感じたらしく、バッとルーナの方を振り返った。
「……先生。説明はもうよろしいんですか?」
「ル……ルーナ。そのスリッパを振り上げたままで、いつも通りにこやかに話すのは止めて欲しいなーって、思うんだけど……」
「ふっふっふ……。それは失礼いたしました」
言いながらルーナはすちゃっと懐にスリッパをしまう。流石の彼女も三連続は可哀想に思ったので、わざと大きなモーションでミユに気が付かせたのである。もっとも、言うまでもなく、もし気が付かなかったならば彼女は容赦なく振り下ろしていたのだが。
「まったく、ルーナはもうちょ~っと先生を敬うべきだと思うよ。……ま、それは後で話し合うとして。おーい、キミ達!」
ずらりとゴーレムが立ち並ぶ光景に圧倒されていた五人は、ミユの声に我に返って振り返った。
「ここに置いてあるゴーレムは、もう全部データの収集は終わっているから、どれでも好きなのを持って行っていいよ~」
非常に気前のいいミユの言葉に、五人は思わず顔を見合わせる。彼女たちとしては願ったり叶ったりなのだが、そんな簡単にホイッと冒険者に研究素材を渡してしまっていいものなのだろうか?
「え~っと……とってもありがたいお話なんですけど……ね」
「だな。あのー、研究素材って、つまり学校の備品ですよね。それを俺たち部外者が、そんな簡単に貰っちゃっていいんですか?」
全員の注目を集めるミユ。学院サイドのルーナまでも、少々いぶかしげな視線を向けているところが興味深い。おそらく石板に夢中になっていた為に、伝達がおろそかになっていたのであろう。
「大丈夫大丈夫! この倉庫の中にあるものは、ナヅカ研究室創立時に当時のメンバーが個人的に蒐集したもので……、要するに私物なんだよ。で、今は曾お祖父ちゃんから受け継いで、私のものになってるの。だから、私の一存で君たちにあげちゃっても、まったく問題なーし!」
そういうことなら、折角の申し出なのだ。ありがたく貰ってしまっていいだろう。
――ということで、五人はお題に合った良さげなゴーレムを探すことにする。何しろ数が多いので、さっさと絞り込まなければ時間切れになってしまいかねないのだ。
「ねね、清歌。あっちの方になんか可愛いのが並んでるよ。見に行こ」
「はい、弥生さん」「ナ~」
効率を考えて五人で手分けして、と絵梨が提案する間もなく、清歌と弥生は仲良く並んでこの場を離れていってしまう。クエストをしているというよりも、ちょっと珍しい博物館に遊びにでも来たかのような雰囲気だ。
(フフフ……。弥生もせっかくの機会だから、手でも繋げばいいのにね)
立ち去る二人をニヨニヨと見守る絵梨に、男子二人は少々引き気味だ。取り敢えず、絵梨の良からぬ妄想は早めに断ち切るべきだろう。
「……まぁ、二人はあのままでいいだろ。俺たちは手分けしてお題に合ったものを探そう」
「うむ、こちらは効率的にいこう」
「りょーかい。じゃあ、ちょうどいいから、列ごとに見ていきましょ。あっちから順にソーイチ、ユージ、私……ってかんじでどう?」
怪しげな笑みを消した絵梨の提案に二人が頷き、それぞれの割り当て場所に早速移動を始めた。
「さて、じゃあ私はちょっとアドバイスに……」
「無用ですよ、先生。……というか、二人のお邪魔をしてはいけませんよ」
「……ふぇ!? え、え? あの二人って……もしかして、そういう関係なの?」
「あら、先生。私はまた先生が飛夏さんにちょっかいを出して、二人のゴーレム選びを邪魔するんじゃないかと、危惧したんですよ?」
「んぐ! そそ、そ、そうだよね~、流石はルーナ。イイ読みをしているね!」
「恐縮です。……で、先生? そういうって、いったいどういう関係なんでしょう? ぜひ詳しく教えて下さい(ニヤリ★)」
「そ、それは、その……う~、ルーナぁ。分かってて聞くのはいぢわるだよぉ~」
「ふふっ。ごめんなさい、先生。……まあ、二人の関係は分かりませんが、私達はここで大人しく待っていましょう」
「は~い」
小一時間ほどかけてじっくり吟味したところで、マーチトイボックスの五人と学院側二人は聡一郎が選んだものから順番に見ていくことにした。
ということで、先ずは一体目。聡一郎がお勧めの一体。
「こりゃまたでっかいなー。二メートル以上はあるな」
「確かに、お題にはちゃんと合っているわね。と言っても、コレが使う道具は間違いなく武器でしょうけど。ソーイチはなんでコレにしたの?」
「うむ。恐らく、あの島に住み着くことになるのだろう? これがいれば戦闘の訓練ができるのではないかと思ったのだ」
「これなら門番にもなるね」「そういうことでしたか」「ソーイチらしい選択ね」「模擬戦用か……」
聡一郎選んだゴーレムは、頭頂部まで二メートル以上ある、大きくてゴツゴツとしたもので、どこからどう見ても戦闘用だった。一応、お題に合ってはいるようだが、手の構造が親指と人差し指、そして残る三本の指をくっ付けたものという、某有名ロボットプラモデルの手のような構造になっている。絵梨が言ったように、武器を保持するための手なのだ。
ちなみに頭部は、城壁にある塔の天辺部分を胴体にくっ付けたような形で、側面にぐるっとスリットがあり、その中を一つ目が動くような構造になっているらしい。
図らずも聡一郎は、微妙にネタ臭を感じるゴーレムを引き当てていたようだ。もっとも、手の構造に関するネタは分かる者がこのメンバーにはいないので、若干不発気味である。
「っつーか、あの島に住み着くってのは同意するが、お題の内容的に門番的な方向じゃなくて、建物とかのメンテナンス用なんじゃないかと、俺は思うんだか?」
「……あら、なかなか鋭いこと言うじゃないユージ。じゃ、次はユージが選んだのを見に行きましょ」
「さっき言った基準で選んだ俺のお勧めは……コレだ!」
悠司の推薦するゴーレムの前に立った他のメンバーは、しばし言葉を失った。
「ふむふむ。いいじゃない、いいじゃない。キミはなかなか目の付け所がいいよ! ゴーレムは基本的にどれも戦闘用に開発されたものなんだけど、これは戦闘そのものじゃなくて、そのバックアップ用に開発されたものなんだよ!」
四人が絶句しているのでこれ幸いと、ミユが嬉々として解説をする。
「具体的には補給部隊とか、もしくは工兵とかそう言う使われ方をしていたみたい。あ、ちなみにこのゴーレムには一部に魔導ロボットの技術も使われていて、いわばハイブリッドタイプってところだね!」
悠司の選んだゴーレムの全体像は、強いて言えばダチョウやエミューといった飛べない鳥の様な姿だった。
逆関節構造の長い二本脚と細長い首が卵型の胴体にくっついているところはダチョウなどと同じだが、更に長い尻尾もついているところが特徴的だ。
面白いのは背中に荷台が付いていることで、その両脇には妙に機械的な構造の、腕も付いていて、恐らくこの部分が魔導ロボットの技術ということなのだろう。また尻尾の先端にも三本の爪がついていて、こちらは荷物の上げ下ろしや牽引、姿勢を保つための脚代わりとして使うものと思われる。
「これは……ちょっと変わった形をしてるけど、理に適ってはいるわね。土木作業とか、庭仕事も出来そうじゃない」
「ふむ。いわば重機タイプのゴーレムというところか」
「これってさ……、背中に乗れたりするのかなぁ」
「ふふ、それも楽しそうですね。……意外と可愛らしい顔をしていますね」
微妙にズレたポイントの感想を言う二人も含め、概ね感触は悪くないようである。
さて、お次は絵梨の選んだゴーレムである。
「あ、先に断っておくと、ソーイチとユージは真面目に選ぶと思ったから、私は敢えてネタに走ってみたわよ」
そこへ向かう最中、絵梨が微妙に不吉なことを言い出す。何しろ、この<ミリオンワールド>に仕掛けられているネタは、著作権やらなんやらの危ういところを突いてくることがあるので、あえてスルーすべきかびみょ~に困るのが厄介なのだ。
「いや、そこは真面目に選んでいいんじゃ……」「うむ。俺もそう思う」
真面目に選んですでに披露している二人は、絵梨の物言いに少々呆れ気味である。
「でも、真面目に選んじゃうと、戦闘用か作業用になるでしょ? それだけじゃつまらないわ」
「ふふっ、確かにいろんなタイプを見てみたいですね」
「どんなネタなのか楽しみだね~」
和気藹々と楽しそうな女性陣を見て、男子二人は揃って溜息を吐いて肩を落とす。考えてみれば、自分たちのプレイ方針は、この世界を目一杯楽しむことなのだから、彼女たちの方がむしろ正解なのである。
そして絵梨の選んだネタゴーレムの前に五人がたどり着いた。
「どう? 私の見つけた危険なゴーレムは(ドヤッ☆)」
「こ……これは」「その……」「や、ヒナのこともあるし」「うーむ……」
そのゴーレムは丸みのある平べったい胴体に、小さな頭と足の接合部になる腰パーツが付いていて、身長に対して短めの脚と、逆に地面に付きそうな程長い腕、そして五本指の大きな手という、バランスはともかく、ごく普通の人型と言っていいものだ。
特徴的なのは腕と脚が、平べったい板状になっているところだ。――そして、その特徴が大問題なのである。
「まあ、アレだ。ちゃんと肘と膝の関節があるから、まんまパクリって訳じゃないな」
「うむ。短冊状の板がたくさん繋がっているようだったら、流石に問題があっただろうな」
男子二人も見上げるほどの高さがあるこのゴーレムは、動いていないせいもあり、どこか古代遺跡の彫像めいた雰囲気がある。そんなところもまた、元ネタを想起させる。
「あの作品の中では確か……、空を飛んでいましたよね?」
「そうそう、手を横に伸ばして翼にしてね。……え!? まさかコレは飛んだりしない……ですよね?」
現実的にはとても飛べそうに思えないモノだが、こちらもネタ元と同じくファンタジーの世界だ。その辺りは魔法でちょちょいと――なんてこともあり得る。
「う、うん。このゴーレム自体に飛行機能はないよ。石とか金属とかがベースのゴーレムはかなり重いから、飛行機能を搭載しても効率が悪すぎるんだよ」
なぜか妙に真剣な五人の視線に、ミユは若干たじろぎつつもちゃんと返答した。どうやら開発陣の仕込みも、そこまででは――
「あ、でもでも! この機体のログを解析したら、オプションの飛行ユニットがあったみたいなんだよ。そっちは発見されてないんだけど、どうやら頭にくっ付けるプロペラ状のユニットみたい」
――などと五人が油断したところに、ミユが新たな爆弾を投下した!
「まさか……、別のネタを重ねてくるとは……」
「はい。ネタを仕込むにしても、世界観は統一して欲しいですね……」
「清歌さん。そういう問題でもない気がするんだが……」
「だが、一理ある。ごちゃ混ぜというのは、なんというかすっきりしない」
「……えっと、なんかゴメンなさい。まさかこんなことになるとは……」
五人はもう一度ゴーレムを見上げ、思わずため息をついてしまうのだった。
気を取り直して、弥生と清歌が選んだ四体目に向かう。
「私たちのが最後になっちゃったわけだけど……。なんていうか、あんまり期待しないでほしいんだよね~?」
「ええ……そうですね。これまで見た三体の候補とは、方向性が全く違うものですね」
そんな二人の会話に、しかし絵梨たちは疑問を感じることはなかった。というか、目の前に回答がずらりと並んでいるのだ。
「なんつーか、えらくちっさいゴーレムばっかだな」
「うーむ。……少なくとも戦闘用のゴーレムではなさそうだな」
そう。これまで見てきたゴーレムは比較的小さなものでも、平均的な成人男性よりも一回り大きいくらいだったのだが、この列に並んでいるものはそれらよりもずっと小さく、弥生の身長を超えるようなものは見当たらないのだ。
またデザイン的にも、頭が大きめだったり腕や脚が短めだったりと、デフォルメされている者が多く見受けられる。
「……これって、もしかして愛玩用のゴーレムなんですか?」
「うんうん。いい質問だね! その答えはイエスでもあり、ノーでもあるよ」
絵梨の問いかけに、ミユは手を後ろに組んで頷きながら解説を始めた。
ここに並んでいる小型のゴーレムは、そもそもは開発過程における実験で作られたものだったらしい。デフォルメしたようなデザインになっているのは、頭部や手など複雑な機構が組み込まれている部位は、小型化が難しかったというだけのことなのである。
「ただ作ってみたら見た目が可愛かったから、それはそれで需要があったんだ。それでお金持ち相手に、警備用も兼ねてのペット……って感じのものが作られたんだよ。あ、マリワタソウと方向性は同じだって考えればいいんじゃないかな。だから、モノによっては面白い、変わった機能が付いてたりするから結構侮れないんだよ!」
ミユの解説が一区切りついたところで、ちょうど最後の候補の前に到着した。
二人が選んだ候補は、分類としてはウッドゴーレムになるのだろう。外見としては二本の足――というか根というべきか?――から太い幹になり、涙滴状に枝と葉が生い茂っているという形で、一見すると腕は見当たらない。ただ良く観察すると生い茂る葉の下から手が見えるので、おそらく枝の一部が腕になっていて、直立状態だと一本の木になって見えるのだろう。
高さは弥生の身長とほぼ同じで、パッと見では観葉植物サイズのメタセコイアという風情である。
「ふむ。あの島に上手く溶け込めそうではないか?」
「……まあ、部屋に飾っておくには良さそうね。緑は心を落ち着けるわ」
「普通の観葉植物なら、まあそうなんだろうがなぁ」
これを見た三人の反応は微妙なものだった。普通に清歌が従魔として、島に放し飼いにするならばむしろ賛成するところなのだが、これはクエストのお題なのだ。もし仮に続きのクエストがあるならば、ここでの選択は今後のクエストにも影響を及ぼす可能性があるのだ。
ゲーム経験値の高い弥生、絵梨、悠司の三人による考えでは、清歌のお題である三体の魔物は島の維持管理に使われることになるはずなのだ。そして今選んでいるゴーレムは、瓦礫となっている屋敷の修復や管理を行うのではないか、と推測できる。
そういった面から考えると、このゴーレムはどうにも力不足感が否めない。――癒しにはなりそうだが。
「話の腰を折るようで申し訳ありませんが、このゴーレムは候補から外してもいいのではないかと、弥生さんと話していたのです」
「そうなんだよね~。この並びのゴーレムって、お題に合うのがほとんどなかったんだ。背が低かったり、四足の動物型だったり、道具を使える手じゃなかったり……って感じでね」
清歌の候補取り下げ宣言に、弥生が補足を加える。二人は積極的にこのゴーレムがいいと選んだのではなく、消去法でこれになってしまったのだ。
ちなみに小さいペットみたいなゴーレムを見ているうちに、お題選びのことをすっかり忘れて楽しんでしまっていたことは、皆には内緒である。
「ああ。これを選ばないなら関係ない話だけど、このゴーレムは植物部分が生きてるから、季節によって紅葉したり、花が咲いたりするよ。もちろん冬には葉っぱが落ちちゃうから、ちょっと寂しい感じになっちゃうけどね」
ミユの蛇足的な解説に、五人は驚いてゴーレムをまじまじと見つめてしまう。観葉植物――もとい鑑賞用としては、なかなか面白そうなゴーレムのようである。
さて、候補として挙がった四体のゴーレムは、全て確認できた。後はこの中からどれか一つを選ぶだけである。
「ま、私の選んだネタゴーレムは外しましょ。自分で選んでおいてなんだけど、あれを廃墟のある宙に浮く島に置いておくのは……なんとなく不吉な気がするわ」
「そう……ですね」「うーむ」「例の三文字を言いたくなるな」「あ! 滅びのなんちゃらだね!」
組み合わせればある意味ネタとして完成と言えるだろうが、島が解放されるにしても、仮にホームになるにしても、妙なネタを毎回見るのはちょっと勘弁願いたいところだ。
「私らの選んだゴーレムも殆ど鑑賞用だから……」
「はい。少々力不足でしょうね」
ということで、最初から二択になってしまった。後は聡一郎の選んだ戦闘用か、悠司の選んだ作業用のどちらにするかである。
しばし相談の結果、クエストに最適と思われる、悠司の選んだちょっと変わり種のゴーレムを選ぶこととなった。模擬戦用や鑑賞用の魔物は、いずれ清歌が従魔とすればいいのではないかということで落ち着いたのである。
そうと決まれば話は早い。全員でダチョウ型のゴーレムの前に戻り、清歌が捕獲アイテムを取り出しスイッチを押し、ゴーレムに触れさせた。
「……あら? 反応がありませんね」
「え~!? って、もしかすると起動してる状態じゃないと、魔物扱いにならないんじゃない?」
「えーっと、どうもそうみたいね。魔物マーカーが表示されないし、アイテム扱いでもない。……背景オブジェクトなんかと同じ扱いみたいね」
理由は判明したのだが、どうするべきか対処が難しい。不用意に起動してしまって、もしこのゴーレムが暴れ出しでもしたら大惨事である。
まずはこのゴーレムを起動したらどうなるのか、それを確認しておかなければ――
「なになに? 起動すればいいんだよね。じゃあ……ポチッとな」
と思ったところ、ミユがあっさりゴーレムの起動スイッチを押してしまった!
ブン、と小さな音が鳴り目に光が灯ったかと思いきや、なんと起動したゴーレムが前方にジャンプキックをかましてきた。
たまたまゴーレムの前にいたのが、メンバーの中でも特に俊敏性に欠ける弥生と絵梨だったのが不運だった。これば戦闘時ならば、移動系アーツで対処できたはずだ。しかし、今は普段は戦闘など起きない街中であり、その上確認を取ろうとしていた矢先という、完全な不意打ちだったのである。
「弥生さん!」「ふっ!」
しかしこの不意打ちにもしっかり対処できたものが二名、このメンバーには存在した。清歌は弥生を、聡一郎は絵梨をそれぞれ抱き寄せるよう掻っ攫い、ゴーレムの突進を見事に回避してのける。
「悠司さん、お願いします」「オッケー。任された!」
清歌が体勢を崩しながらもパスした魔物捕獲アイテムを受け取った悠司は、スイッチを押し、素早いモーションでゴーレムへ投げつける。回転しながら飛ぶ捕獲アイテムは、まっすぐゴーレムへと命中し、周囲に被害を出すことなく無事に捕獲が完了した。
緊張していた空気が一気に弛緩し、咄嗟の行動を起こした三人は、ほぼ同時に溜息を吐く。悠司が二人に向けてにゅっと親指を立てて見せると、それに応えて清歌と聡一郎も親指を立てた。
一方、抱き止められた二人はというと――
(わ、わ~。清歌がぎゅって……、ぎゅ~って……)
(こ……これはけっこう……、ドキドキするわね……)
硬直したまま、顔を完熟トマトのように真っ赤にするのであった。
「せ、ん、せ、い。今のは、いったい、どういう事、ですか?」
取り敢えず落ち着いたところで、いっそおどろおどろしいと言った方がいいような声で、ルーナがミユを問い詰める。一言一言、強調するように区切って言うところに、いい加減な返答は許さないという彼女の決意を感じる。そんな口調にもかかわらず、普段と同じ表情というのがまた怖い。
どうやらミユにとっての恐怖はこれからのようだ。
「え、えーっと、あ、あはは……。ちょ、ちょーっとうっかりしてた、かもしれない……よ?」
「……で?」
「えーっと、ここのゴーレムは間違いなく私の物なんだけど……」
流石のミユも、今のは拙かったと思っていて口調が重い。言葉を切ってルーナの視線から逃れるように目を泳がせるが、追及が収まることはないと観念し、先を続ける。
「個体の主人登録を更新していなかったから……、今は誰の言うことも聞かない状態に……」
「……はぁ~。先生……」
「あ、あはは。でも彼女たちは流石だね、うん。けが人どころか、周囲に何の被害も出さずにキッチリ捕獲してのけるんだから! やー、パンツァーリザードを討伐できた実力はダテじゃ……」
「先生。その前に言うことは?」
据わった目で、しかし口元だけはにこやかという、世にも恐ろしい表情で言うルーナ。ミユはビクンと体を震わせ硬直する。なんとな~く、この二人の間にこれまであった歴史が垣間見える様子である。
「ご……ごめんなさい~」
半泣きで謝るミユに、思わず逆に彼女が可哀想に思ってしまう五人である。彼女たちからすれば、突発的な戦闘などクエストには良くある話で、幸い怪我人もなく、首尾よくゴーレムも捕獲できているので、特に問題はないのである。
「えっと、私たちは大丈夫ですから。ちゃんと捕獲も出来ましたし……」
「そう……ですか? 本当に、うちの先生が申し訳ありませんでした。先生は後でお説教です!」
「ええ~。それは酷いよ、ルーナぁ……」
「だまらっしゃい! 以前から行動が不用意すぎると注意していたのに、この有様です。今度ばかりは、ちゃ~んと分かって頂けるまでやりますので……、覚悟してくださいね(ニッコリ★)」
とてもいい笑顔で言い放つルーナに、他人事であるマーチトイボックスの面々も思わず身震いしてしまうのであった。
最後に若干のトラブルはあったものの、これで清歌のお題もクリアできた。後は生産組がポータルを修復すれば、クエストは完了である。