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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第四章 おもちゃ屋さん、はじめました!
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#4―12c



 ショートカットの艶やかな銀髪、澄んだ水色の大きな瞳、弥生とほぼ同じ身長でバストは控えめという小柄な体躯。そんな少女にしか見えない容姿の女性が、ブラウスにスベラギ学院の紋章入りネクタイ、チェックのミニスカート、チャコールグレーの長いマントに身を包んでいると、魔法学校の生徒か魔女の見習いであるかのように見える。


 ともあれ、少なくとも第一印象ではとても二十歳には見えない。ナヅカ博士はそんな人物だった。その上――


「キャ―、カワイイ!! ね、この子ってブランケットドラゴンよね? 触っちゃダメ? イイよね? うん、触るくらいなら、何も問題ないよね! ぎゅ~……。わぁ~、スッゴイ良い抱き心地~。……ね、知ってる? 最近、中央広場で空飛ぶ猫を連れた美少女がいるって、ちょっとした噂になってるんだ。それって、キミのことだよね! もしかしたらって思ってたけど、ホントにブランケットドラゴンだったなんて……。この手で触れるなんて、私ってば運がいい! あ、大げさだって思った? 思ったよね! いっつも一緒のキミ達はピンと来ないかもだけど、ブランケットドラゴンは、ホントーに幻の魔物なんだよ? 触れるどころか、近寄ることさえ難しいんだから! そもそもブランケットドラゴンっていうのはねぇ~……」


 ――と、それはもうスゴイ勢いで、清歌たち五人にツッコミを入れる隙すら与え

ないハイテンションでまくし立てたのである。


 その様子はまるで、どんな些細なことでもカワイイを連呼して盛り上がる、思春期の少女のようであり、第二印象でも成人女性には見えないのであった。







 スベラギの北地区は、中央広場から順に学校や研究施設のある区画、いわゆる官庁街、そして最も奥に王城があるという風に、概ね三つの区画に分かれている。


 <ミリオンワールド>における町とはイコール国であり、その政治体制は基本的に王制である。しかし、所謂貴族という階級は存在せず――無論、豊かな暮らしをしている富裕層はいる――王家が決めた方針に従い、一般市民から登用された役人が実務を担当するという形を取っている。もっとも現実リアルに置き換えて考えるなら、町や領地(島)が国という程の規模ではないので、貴族などと言う階級がないのも当たり前のこととも言えるだろう。ちなみに、ゲームをプレイする分にはまったく意味の無い情報ゆえ、殆どのプレイヤーは知らないことである。


 さて、そんな他の区画に比べて若干お堅いエリアであるスベラギ北地区は、石造りの建物が立ち並ぶ落ち着いた雰囲気で、由緒正しい中世ヨーロッパ風ファンタジーの街並みだ。そこを行き交う人々も、学生や役所に勤めている者が殆どのようで、冒険者の姿はちらほらとしか見かけない。


 マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)は五人とも、北地区に足を踏み入れるのは地味に初めてのことなので、スベラギ学院へと向かう道すがら、それぞれ興味を引かれるものに視線を向けていた。


「こっちの区画に来たのは初めてだけど、たぶんいつ来ても緊張しちゃいそうな気がするなぁ」


 いつもより少し抑え気味の声で弥生が言うと、居心地悪そうな表情をしていた悠司と聡一郎は大きく頷いた。


「うむ。特に嫌いな空気……というわけでもないが、少々居心地が悪いな」


「あー、確かに。ちょっとここでは寛げそうな気はしないな」


 どうやら区画全体に漂うアカデミックな空気感が、三人の肌にはあまり合わないようだ。一方で残る二人はと言うと、こんな雰囲気にも慣れているようで、それほど気負った様子は見受けられない。


「あら、図書館の空気なんてこんなものでしょ? 慣れよ、慣れ」


「そうですね。確かに少々、他の区画よりも堅い印象を受けますけれど、拒絶されているわけではなさそうなので、すぐに慣れるのではありませんか?」


「慣れる……かなぁ~」


 絵梨と清歌の言葉にはあまり同意できなかったらしく、弥生が溜息まじりにボヤく。基本的には真面目な性格である弥生が、そこまで嫌がるというのは意外で、清歌と絵梨は顔を見合わせてしまう。


「弥生さんがそれほど苦手に感じるというのは……、少し意外です」


「そね。こういう正統派ファンタジー的な街並みなんて、むしろ好きなはずじゃない?」


「あ~、うん、その辺は確かにね。こういうクラシックな街並みはすごい好きだよ。や……でも、そういうことじゃなくって、なんていうか私らの場違い感が……」


「あー、それだ! ここにいる人たちって、学生は制服着てるし、大人は学者風だったり役人風だったりキッチリした服装だからなぁ」


「……なるほど、それで微妙に視線を集めているのか」


 マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、それぞれが単純に目立つ容姿だということもあるので、必ずしも服装のせいだけということではない。


 ただ、場違いレベルが突き抜けている清歌と、逆に学生風に装備をコーディネートしている絵梨は、この場の雰囲気に意外と上手く溶け込めている。しかし、冒険者然とした弥生、髪型も含めてサムライのコスプレっぽい悠司、武闘家そのものという聡一郎は、はっきり言って悪目立ちしていると言っても過言ではない。


 どうやら装備の選択で、明暗が分かれたという側面もありそうだ。――まあ、清歌の場合は、装備云々など関係なく、どこに行ってもマイペースを崩さなそうではあるが……。


 そうこうしているうちに、五人は目的地であるスベラギ学院の正門前に到着する。


「お~! これはまさしくファンタジーな魔法学校だね~」


 学生たちの邪魔にならないよう少し離れた場所に五人は並び、正門とその先にある校舎をじっくりと眺める。


 石造りの校舎には、華美にならない程度に装飾が施され、現実リアルの教会や聖堂といった趣がある。ひときわ高いシンボルとなっている塔の先端は、鐘楼になっているようだ。キャンパス内はレンガ敷きの歩道と、芝生の広場、そして花壇と街路樹がところどころに配置されていて、なかなか居心地が良さそうである。


 学校の敷地内は学生がほとんどになる所為か、アカデミックな雰囲気はそのままに、外よりも賑やかで活気のある印象を受けた。


 ちなみにスベラギ学院の制服は男女共通で、黒に近い濃紺のローブだ。ローブの内側に着るものには特に規定は無く、動き易さを重視している者もいれば、オシャレを楽しんでいる者もいるなど様々である。なお、左胸には校章のエンブレムがあり、その下に着けるバッジで学年が分かるようになっている。


 弥生が魔法学校のようだと言ったのは、建物のデザインなどよりも、ローブ姿の学生たちから受けた印象の方が大きかったようである。


「まあ、こうして眺めていても仕方ないし、さっさと要件を済ませに行こうぜ。……まずは事務室に行くんだっけ?」


「うん、そう聞いてるよ。そこで許可証みたいなものを貰って、ついでにナヅカ研究室の場所も教えてもらえる手筈になってる……ハズ」


 自分の通っている学校以外を訪ねることなど、現実リアルでも経験がないので、弥生は今一つ手順に自信がないようだ。――いつもなら入ってきそうなツッコミがないのは、他のメンバーも同様だからである。


「弥生さん、アポイントメントもありますし、こういう時はむしろ堂々としていた方が目立たないものですよ? さ、参りましょう!」


 清歌は弥生にニッコリ笑いかけると、その手を取って意気揚々とスベラギ学院の門をくぐっていく。


「はぅ! ……そ、そだね。どうどうとしてればいいんだよね~」


 堂々としていた方がかえって目立たないというのは、確かに清歌の言う通りだ。なのだが、美少女二人が手を繋いで校内を闊歩していたら、それは目立つこと受け合いである。


どうにも清歌にはその辺りの視点が欠けているようだ――などと、絵梨はニヤリと黒い笑みを浮かべつつ、仲良く手を繋ぐ二人の後についていくのであった。







 事務室はあっさり見つかり、そこで五人は首からカードをぶら下げるタイプの許可証を受け取り、ナヅカ研究室へと向かった。


 なかなかファンタジックな外観のスベラギ学院は、中身については意外と普通な学校という印象だった。もちろん現実リアルではお目にかかれない様々な魔法関係のグッズや、ファンタジーならではの教室や学科などはあるのだが、例えば喋る絵画だの動く階段だのといったものは見当たらなかった。


 いっそもうちょっとファンタジーな演出をしてくれた方が良かった、などと身勝手な感想を抱きつつ、五人は目的地へと到着した。


「ほんっと~~に、すみません。来客があると言っておいたのに、あのチビッ子博士……もとい、ナヅカ先生は先日発見された石板に今夢中で……」


 しかし、残念なことにナヅカ博士は研究室には不在だった。冒険者協会から連絡を受けていたというのに、研究室で大人しく待っていることが出来なかったらしく、出迎えた助手はかなり恐縮していた。


「はあ……。まあ、ちゃんとお話が聴けるなら、多少待つくらいは、なんでもないですけど……」


「それがその、夢中になってしまうと時間を忘れてしまう、困った人でして……。大変申し訳ないのですが、石板のある中庭まで行った方が早いかと……。ご案内しますので、着いて来て頂けますか?」


 あっちこっちたらい回しにされるのは、ある意味RPGのお約束だな――などと、弥生と悠司は妙なところに感心しつつ、苦労性の雰囲気漂う助手――ルーナという名で十九歳の学生と自己紹介していた――の後に続き中庭へと移動を始める。


「ところで、その石板っていうのは何なんですか?」


 基本的に魔物の生態や分類に関する研究をしているというナヅカ博士が、なぜ石板に興味を持っているのか。疑問を感じた絵里がルーナに尋ねた。


「最近発見されたその石板には、簡略化された魔物の絵が何らかの法則性に従って描かれているんです。ナヅカ先生はもしかしたら、自分の知らない魔物に関する記述があるんじゃないかと期待しているみたいです。……まあ、あくまでも先生の勘なんですけどね」


 微妙に眉を下げてルーナが答えた。ナヅカ博士の期待や予測を信じていないということではなく、何かに興味を持つたびに振り回されることにお疲れ気味――という感じである。


「えーと、なんつうか……なかなか個性的な人なんですね。ナヅカ博士は」


 表現に困った時の必殺技である“個性的”という言葉で纏めた悠司に、ルーナは曖昧な笑みで頷く。振り回されることはあっても、本質的には慕っているということなのだろう。その様子に、なぜか(・・・)共感するものがある弥生であった。


 そんな話をしている内に、目的地である中庭に到着する。そこには、ところどころ壊れて欠けている部分はあるものの、ほぼ円形と言っていい石板が横たえられていて、その周りを虫眼鏡持った少女が、ちょこまかと動き回っていた。――どこから見ても間違いなく少女なのだが、おそらく彼女がナヅカ博士なのだろう。


「先生。……先生!! お客様がいらしていますよ?」


「……うーーん。さっぱり分からない! ……けど、まだもうちょっと観察したいから待ってもらってー」


 石板に目を向けたまま振り返ることすらせず、ルーナへかなりおざなりな返事をするナヅカ博士。


 その態度にピキッとこめかみに青筋を立てたルーナは、懐から(・・・)取り出したスリッパ(!?)で思い切りスパーンとナヅカ博士の頭をひっぱたいた!


「いたっ! ……もぅ、痛いよルーナ。いつも言っているけど、スリッパで人の頭を叩くのは良くな…………いぃ!?」


 助手の頭をはたかれて初めて振り返ったナヅカ博士は、抗議しつつ振り返り――清歌の隣にふよふよと浮かんでいる飛夏を見て目を思いっきり見開いた。


 ――そして、ナヅカ博士の暴走が始まったのである。




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