#4―12b
マーチトイボックスの五人は、ログインと同時に冒険者協会へと直行した。最近ちらほらと他の冒険者とすれ違うようになった協会には、今も装備に身を固めた冒険者が三人ほど、ATM風クエスト受注システムでクエストを見繕っているところだ。――まだ順番待ちの列ができるほどではないようである。
清歌たちの目的はクエストの受注ではなく、協会職員に相談することなので、今回そちらはスルーして窓口へと向かった。
「すみませ~ん、ちょっと相談したいことがあるんですけど……」
弥生が窓口の一つ、優しそうな女性職員が担当している場所を選んで声を掛ける。ちなみにカウンターに用意されている二つの座席には、代表の弥生とブレーン役の絵梨が付き、残る三人はその後ろに控えている。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「え~っと、実は今……」
「の前に、討伐クエストの事後報告ってできでないんですか?」
「え! そっちが先!?」
学校へのアポイントメントに関しての相談をしようとした弥生の横から、それよりもまずはという感じで絵梨が横槍を入れる。
「事後報告……ですか? それは何の話でしょうか?」
説明を求めてきたのは、職員よりも清歌の方が先だった。そういえばこの話題が出た時、清歌は演奏中だったことを思い出し、絵梨がこれこれこういった経緯でそんな話題が出たのだと話す。
「なるほど、確かに貰えるものは貰っておきたいですね。あの……けれど、そもそもパンツァーリザードに討伐依頼があるのでしょうか?」
「あー」「……そだな」「……むぅ」「……盲点だったわ」
清歌の指摘に、四人は一瞬ポカンとした表情になってから、職員へ「どうなのですか」と尋ねる。
「ええと、パンツァーリザードという魔物の討伐クエストは……、今のところ出ていないですね」
設定的に言えば、冒険者協会の出す討伐クエストというのは、現実でいうところの害獣駆除に近い。町近辺の魔物が増えすぎてしまうと、町の住人が外で採取をできなくなり、流通と経済に深刻な影響が出るのだ。また、繁殖力の強い草食獣系の魔物が増えすぎると、それを獲物とする肉食獣系の魔物が強大化してしまう可能性もあり得るのである。
それを踏まえて考えるならパンツァーリザードは、こちらから手を出さなければ特に危険はない上、個体数も少なく増えすぎる心配もないと、討伐クエストを出す理由がない魔物なのだ。
「それから討伐クエストの事後報告についてですが、討伐から十二時間以内で、かつ討伐クエストが受注可能な状態ならば可能ですよ」
「あ、そうなんですか。……確認しといてよかったわね」
「うん。ってことは、たまたま遭遇したレアな魔物を斃したら、すぐに町に帰還した方がいいかもね」
「だな。……でも結構冒険者に親切なシステムですよね?」
「それは今仰っていた、たまたま討伐対象の魔物に遭遇したという場合でも、冒険者の方には積極的に狩って頂きたいからですね。ちなみに、レアな個体の討伐クエストを複数の冒険者が受注されていた場合、いずれかの方が達成されると、他の方には冒険者ジェムにその旨が通知されてクエストは消滅します。これは、クエスト失敗の扱いにはなりません」
職員の丁寧な説明に、五人はそれぞれ頷いた。
なお、冒険者協会で受注したクエストを一定数失敗すると、一時的に利用できなくなるというペナルティがある。もっとも、制限時間の設定されているものは多くはないので、よほど身の丈に合わないクエストでも受注しない限りは、失敗することなどないのだ。要するに、ペナルティは冒険者に無理をさせないようにする、一種の安全装置なのである。
ともあれ、そもそもクエスト自体がないパンツァーリザードの討伐は、事後報告のしようがない。ついでの話はここまでにして、そろそろ本題に入るべきであろう。
「え~っと、いきなり話が逸れちゃったんですけど、本題は別にありまして……」
弥生は現在進行中のあるクエストで、特定の魔物を捕獲しなければならないこと、その情報を得るために、魔物の研究をしている学校――というより研究室ないし先生を紹介して欲しいということを説明した。
「そういう事でしたら、スベラギ学院をご紹介できますよ。魔物の研究をしている研究室はいくつかありますが……。ちなみに、その探している魔物というのは、どういった種類の魔物なのですか? 差し支えなければ、お聞きしたいのですが……」
「えっと、探している魔物は……って、アレ? ゴーレムっていうのは私が勝手に思ってただけだよね? お題は何だったっんだっけ?」
少々間が抜けている様な気もするが、それを正直に暴露してしまうところが弥生のキャラクターなのである。
そんな弥生の素直さに清歌はクスリと微笑むと、他のメンバー――主に絵梨と悠司だが――のからかいが始まる前にフォローを入れた。
「正確には、魔力のみを力の源とする、二足歩行で道具を使える、身長一メートル以上の魔物、ですね」
清歌の説明に、職員は思わず眉をひそめてしまった。表現に幅があり、対象となる魔物の種類もそれなりの数になりそうなので、思わず考えてしまったのだ。――が、職員たる自分が考えるべきは、お題に当てはまる魔物を割り出すことではないと、直後に思い至る。
職員は手元の端末を操作して、五人のいるカウンターに、スベラギ学院で主に魔物に関する研究をしている教授のデータを表示させた。
「……対象となる魔物に幅があるようですから、魔物の生態について広く情報を持っている研究室が良さそうですね。……とすると、やはりナヅカ研究室が一番でしょうね」
「ナヅカ研究室……?」
呟いてモノクルに指を当てていた絵梨だったが、程なくして顔を上げる。
「あー、思い出した。ブランケットドラゴンの説明書きに、ちらっと出てきたんだったわ。確か魔物大全とやらを編纂したのがナヅカ研究室って……、ああここにも情報が出ているわ」
絵梨が指さした箇所には確かに、魔物大全に関する記述があった。それによると現在、新たに発見された魔物や、判明した事実、誤りの訂正などを加えた第二版を鋭意製作中とのことである。
「あと、ナヅカ研究室でしたら、皆さんがパンツァーリザードを討伐した時の情報提供を交換条件にすれば、すぐにアポイントが取れるかと思いますが……どうされますか?」
他の研究室を選ぶ理由も特にないところに、さらに職員から好都合な情報がもたらされる。弥生は一応四人にアイコンタクトで確認を取り、情報提供にオッケーを出した。
果たして、職員の予想通り、ナヅカ研究室はレアな魔物の情報に、「すぐにでも来てくれて構わない」ともの凄い勢いで食いつき、あっさりアポイントが取れたのであった。
「そんな凄い勢いで食いつくんだったら、もうちょっと条件を上乗せしても良かったかもな?(ニヤリ★)」
「あら奇遇ね、私もそう思ってたところよ。(ニヤリ★) ま、今回は欲張らずに行きましょ」
「だな。コネを作るためと考えれば、安いものか」
「フフフ……、そういうことね」
――と、そんな黒い話をヒソヒソとしていたのが誰なのかは、敢えて伏せておくことにしよう。
ナヅカ研究室はスベラギ学院設立当初からある由緒ある研究室で、魔物大全(初版)の編纂を行ったのも、ナヅカ教授をはじめとする創立メンバーである。――というか、魔物大全を編纂するためのチームが、そのまま研究室になったと言った方が正しいかもしれない。
時は流れ、創立メンバーは既に研究室に残っていないが、現在の責任者はナヅカ教授の曾孫に当たる人物で、十四歳という若さで博士号を取り責任者となった女性である。ちなみに現在は二十歳、独身、恋びtwzsxでchyんじゅみk――※情報規制がかかっています※
「(情報規制で文字化けって……)ってプロフィールらしいよ。……十四歳で博士号っていうと、日本じゃ普通は無理だけど、海外だとそう珍しくもない、のかな?」
中央広場から北の王城へ向かって伸びる大通りを五人で連れ立って歩きながら、弥生は冒険者協会で受け取った、ナヅカ博士のプロフィールを読み上げていた。
「どうかしら? 十代前半で博士号っていうのはやっぱり優秀だし、それなりに珍しいんじゃない。……清歌はそういう知り合いって、いる?」
「いいえ。なんと言いますか……私とは畑違いなので、今一つ交流がありません。……父や兄は、そういった知り合いもいるようですけれど」
絵梨の問いかけに、清歌は首を横に振った。確かに清歌は国内海外を問わず、黛の娘として社交の場にもちょくちょく出席している。そういった場には著名人や、様々な分野の優秀な人物も参加していて、交流を持とうと思えばそう難しい話ではない。
とはいえ、全くの畑違いだとさほど興味をそそられることはなく、会話も弾まないために、自然と交流が少なくなるというのが普通だ。まあ、完全に被る分野同志の場合も、それはそれで会話が白熱し過ぎて問題になることもあるので、お隣さんや通りを挟んで向かい――くらいが丁度いいかもしれない。
さて、そういった場に於いて清歌の場合はどうなのか? 彼女自身は好奇心旺盛であり、様々な分野の人物と交流を持ちたいと思っているのだが、周囲が放っておかないのだ。ご存知の通り芸術界隈を生業とする者にとっては、行ける伝説のような存在である。
敢えてゲーム的に言うならば、滅多に遭遇できない上に、やっと会えたと思ったらすぐに逃げてしまうような、レアモンスターの様な――「あの、モンスターというのはあんまりではありませんか?」――いえいえいえ、ゲーマーが血眼になって追い求める、ありがた~い存在なんですよ?――「はあ、ありがたいモンスターですか?」――ええ、大量の経験値やお金を持っていたり、レアアイテムや称号をゲットできたりしますからねぇ――「私と会ったところで、そんな幸運があるとは……」――思っている人が大勢いる、ということでしょうね――「……はぁ~。あまり嬉しくない話ですね」――それは……、ご愁傷さまです。
――とまあ、そんな理由で清歌は、自分の得意分野に比較的近い人物としか交流を持てないような状況なのである。
「まあ、現実の話なら、かなり優秀なんだろうが、こっちではどうなんだろうな? ……なんつーか、<ミリオンワールド>って文化レベルが良く分からんからな」
「……確かに、そね。冒険者協会とかの施設は、妙にSFっぽいというか、技術レベルが高いような気がするものね」
「ふむ。そこは魔法という裏技が、こちらにはあるからではないのか?」
「あらソーイチ、なかなか鋭いじゃない。確かに現実では今のところ実現できてない技術も、全部魔法ってことにしちゃえばいいものね。……まあ、科学技術の一部が魔法で補われてるって考えれば、総合的には現実と同じレベルって感じじゃない?」
「ということはやっぱり、ナヅカ博士は天才少女だったんだね」
十四歳で博士号というのは、確かに優秀なのは間違いないが、天才とまで断言できるかというと、なかなか微妙なラインかもしれない。
「なるほど、天才少女ですか。お会いするのが楽しみですね(ニッコリ☆)」
それがたとえ<ミリオンワールド>内の住人だとしても、今まで交流の無かったタイプの人物と会えるのが嬉しいようで、清歌は実に楽しそうだ。
その様子を見た他の四人は、表情をピシリと固めて思わず立ち止まってしまう。
「……? 皆さん、どうかされましたか?」「ナァ~?」
振り返った清歌が小首を傾げ、横にふよふよと飛んでいる飛夏も首を――傾けるのは無理なので体全体を傾けている。
その様子はとても可愛らしく、何とも和む姿なのだが――弥生たちは知っているのだ。彼女が見た目通りのお淑やかで完璧なお嬢様などではなく、なかなかにとんがった性格をしているということを。
なにも“天才”と称される人物全員が、難儀な性格というわけではないだろう。が、会う前にちょっとした心構えはしておいた方がいいかもしれない。
――しかし、そんなことを清歌に言うのは、いささかデリカシーに欠けるというもだ。なので、四人は瞬間的な目配せで意思の疎通を図ると、何事もなかったように一つ前の清歌の発言に乗っかることにした。
「なんでもな~い。ね?」「ああ。ただ……」「うむ。どんな人物なのだろうな」「ええ。楽しみね(……いろんな意味で)」