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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第四章 おもちゃ屋さん、はじめました!
45/177

#4―09



 爽やかな空気が満ちた平原で、キャンプを楽しむかのようにテーブルセットを広げておいて、席についている男女四人が腕を組んで頭を抱えている姿は、傍から見ればかなり奇妙なものだろう。


 弥生は我が事ながらそう思ってしまい、思わず笑ってごまかしつつ、清歌の為に椅子を用意する。


「あー……あはは、ちょ~っとやりにくい相手だったんだ、パンツァーリザードは。清歌の情報は大当たりだったよ、ありがとー」


「いえいえ、どういたしまして。……私の方は無事二つのお題をクリアできました。森の方は少し厄介でしたけれど」


 五つ目の椅子に座り、清歌もクエストの結果について報告する。ちなみに妙に疲れていた弥生が癒しを求めたので、飛夏は弥生の膝の上で大人しくナデナデされている。


 ちょうどいい気分転換になるからと聞いてみると、どうやら森の中も一筋縄ではいかない場所のようである。アクティブに絡まれない清歌と飛夏のコンビでなければ、あちらこちらから不意打ちを受けて消耗を強いられる可能性が高い。森に足を踏み入れるときには、ちょっと覚悟が必要のようだ。


 ちなみについでに採取したという素材の数々は、微妙に怪しげなものばかりだった。光るキノコ程度ならまだマトモな方で、うねうね動く巨大なゼンマイ、手招きするように動くシダ、うごめく苔などなど――既に素材として採取されているのに未だに動いているのはどういうことなのかと、この素材を加工する絵梨と悠司にしてみれば、突っ込みを入れたくなるというものだ。


 若干引きつった顔で素材と清歌を交互に見る二人と、その様子を見てキョトンとしている清歌との対比が笑いを誘う。


「まあ、奇妙な素材のようだが、溶鉱炉や釜に放り込んでしまえば一緒だろう。それで、清歌嬢はどうやって魔物を見つけたのだ?」


 素材についての話はぶった切って、聡一郎が話の軌道修正を図る。清歌の目を持ってすら、普通には見つけられなかった魔物に興味を持ったのだ。言っていることは一応正論なのだが、その放り込む際に素材を手づかみしなければならない絵梨と悠司は、「自分はやらないからそう言うけど」とでも言いたげな表情をしている。


「今回は、森の中から見つけるのが難しそうでしたので、上空から探すことにしました」


「上空から?」


 清歌の肩に乗っている白い綿毛を見て、弥生がぽんと手を叩く。


「…………あ、分かった! ユキに探してもらったんだ!」


「正解です、弥生さん。植物モードのユキなら、魔物も姿を現すのではないかと思いまして……」


 手札を上手に使って魔物を捕獲してきた清歌は、流石と言うべきである。ただ、弥生としては数々の魔物がウヨウヨしているであろう森のすぐ上で、雪苺を呼び出していることが、どうしても気になってしまう。


 清歌は相変わらず装備の防御力は皆無であり、攻撃力も雪苺の魔法だけという心許なさだ。弥生としては、そんな彼女が単独で飛夏の能力を無効にしてしまったことについては、少々苦言を呈したいところなのだ。とは言っても、戦闘では魔物にやられてしまう危険性があるのは自分たちも同じことなので、そういうことはしないで欲しいとも言えない。


「う~ん。今更のような気もするけど、あんまり無茶なことはしないでね、清歌?」


結局、心配しているということだけは、ちゃんと伝えておくことにする。


「心配してくださって、ありがとうございます、弥生さん。……一応、私なりにリスク回避は考えていますので、大丈夫ですよ(ニッコリ☆)」


「なら……いいんだけど(むー……笑顔でごまかされている気も……)。それで、捕まえたのはどんな魔物だったの?」


「それは…………浮島に放してのお楽しみ、ということで」


「ええ~、なんで~!?」


「ふふっ、意地悪ではありませんよ、弥生さん。説明を聞いたら実物を見たくなりますよね? けれど、ここで放したら逃げてしまうかもしれませんので」


「……あ、そか。従魔にしてきたんじゃないんだっけ」


 清歌が魔物を捕まえたということから、てっきり従魔にしてきたような感覚でいたことに気づく弥生。あのモンスター捕獲器の元ネタも、そういう気にさせていた要因の一つであろう。ちょっと残念だが、実物を見るのは浮島に放してからである。


「私からの報告は、以上ですね。湖で見つけた方は大人しい子で、特に何もありませんでしたので。……ところで、皆さんの方はどんな感じだったのでしょう? やはり、凄く強かったのですか?」


 清歌の問いかけに四人が顔を見合わせる。斃すとなると難儀な魔物なのは確かである。しかし強かったのかと問われると、なんと答えていいのか微妙だ。


 弥生はぎゅむっと飛夏を抱きしめつつ、言葉を選びながら感想を話した。


「う~ん、強いっていうよりは……カタい? 確かに、見た目のインパクトはあるけど、気を付けていれば攻撃はそれほど怖くないんだよね。逃げようと思えば、いつでも逃げられるし……」


「そうねぇ。ただ防御特化型だから、どうにも攻める手段がね……」


 かなり難儀な相手らしいと察した清歌は、神妙に説明を聞いていたのだが、あるポイントを聞いた時に「おや?」という表情になった。


「ね、清歌。どうかしたの?」


「えっと……あの……、首を落とせば勝負が決まるのですよね?」


 困惑気味の表情で清歌に聞き返されて、四人の方も同じような表情になってしまう。わざわざ確認する意味が分からないのだ。


「ええ、そね。……ま、それができないから手詰まりなんだけど……」


 絵梨が再度説明すると、逆に清歌の困惑はさらに深まった。何やら根本的な部分で、お互いの認識に齟齬があるようだ。――となれば、まずはそのズレを修正するべく、四人に送った写真を表示してテーブルの上に置いた。


「皆さんが戦っていたパンツァーリザードは、この魔物で間違いありませんか?」


「うん、間違いないよ。実物を見た後だから、シルエットでもちゃんと分かる」


「あの……では、この部分が……」


 清歌は写真に触れてズーム操作をし、件の魔物が映っている場所を目一杯拡大した。


「……首、ではありませんか?」


「へ!?」「えぇ? 嘘でしょ」「なん……だと!?」「なに!?」


 驚愕の声を上げて、四人は清歌の指さす部分を食い入るように見つめる。


 ズームしているために画像が荒くなってしまっているが、確かに目を凝らしてよ~く見ると、尻尾だと思っていた部分の先を水面に着けているように思える。尻尾の先っちょだけを水に着けても意味はなさそうなので、これは水を飲んでいるものと考えるのが妥当だろう。


 思い返してみれば、最初の会話でも清歌は「水を飲んでいる」と言っていた。あの時は湖の傍にいるのだから当たり前のことと流してしまったが、考えてみると弥生たちが戦闘中ずっと頭だと思っていた部分で水を飲むには、湖の中に入るか、岸辺に腹ばいになるしかない。変なところでリアルを追及している<ミリオンワールド>に、そんな非効率的な生き物がいるだろうか?


「え? ってことはなに? パンツァーリザードはずっと後ろ向きで戦ってたってこと……なのかな?」


「う~む……、妙な話だが、そう考えれば合点がいくところもある。あの顔のように見える部分は一種の擬態で、本体と一体化しているのではなく、本体から変化してあの形になったのだろう。それに攻撃が、妙に大雑把な感じなのも納得がいく」


「後ろ……っていうか前? に回り込もうとした時の過剰な反撃も、弱点を守るためと考えれば説明できると。どうやら“実は尻尾が頭でした”説は正解のようね」


 そうと分かれば話は早い、多少のリスクは覚悟の上で尻尾を狙うだけだ。後はどうやって狙うかなのだが――


「浮力制御とエアリアルステップを使えば、から回り込むこともできそうですけれど……。私の攻撃では、役に立てそうにありませんからね」


 サラッととんでもないこと言い出す清歌に、弥生と悠司がギョッとしてまじまじと見つめてしまう。聡一郎は自分にもできそうか脳内シミュレーションしており、絵梨の方はそれを上手く利用できないか考察中である。


「あとは……最初から二手に分かれて仕掛ける、という手はどうでしょうか?」


 思案中の二人は置いておいて、清歌はもう一つ思い付いたことを確認してみる。こちらは特に難しいことは何も無いはずだ。


「あー、それは私らも考えたんだけど……」


「尻尾……じゃない、首を湖に向けてるから、最初から警戒されない距離に回り込もうとすると、深い水の中ってことになりそうなんだわ」


 やはり簡単に取れそうな手段は封じられているようだ。この厭らしさはある意味で、やはり尻尾は首であるということを裏付けているともいえるだろう。


「……っていうか、回り込むことに成功したとして、すぐに回転して向きを変えるよね? 一回で首を落とせるかな……」


「そね。だから向きを変えてきたら、逆側に残った方が攻撃を仕掛ければいいわ、上手くはまれば袋叩きにできるかもしれない。……まぁ、結局どうやって回り込むか、ね」


 全方位に攻撃を仕掛けてくる巨大な敵で、大きく迂回して回りこむことは地形的に難しいとなると、後ろに回りこむのは結構難問だ。さてどうしたものかと、なんとなく皆で腕を組んでしまう。


「ユキのエイリアスをこっそり回りこませて、攻撃を仕掛ける手もありますけれど、この策もあまりダメージは与えられないでしょうし……」


 呟くように清歌が言う。雪苺の使える風属性魔法は、今のところ風属性のマジックミサイルと、<ウィンドカッター>という初級攻撃魔法のみである。なおウィンドカッターはマジックミサイルよりも若干威力の高い魔法で、斬撃属性も併せ持つという特徴がある。


 もっともこの時、清歌は少々思い違いをしている。確かにウィンドカッターの火力は、武器を強化しアーツのレベルも上がっている前衛二人と比較すれば見劣りするが、悠司や絵梨と比較すればほぼ同等なのである。さらに付け加えると――


「……いや、考えてみれば、この際火力は気にしないでいいのかもしれん。回り込もうとするだけで、あれほど過剰な反応をするのだ。ならば、攻撃を当てるだけで振り返るのではないか?」


 聡一郎の言葉には充分な説得力があり、四人は納得して頷く。方針はこれで決まったようである。


 乱射してくる魔法弾については、この際何発か食らう覚悟さえ持っておけば、何とかなるはずだ。そもそもリスクに対して効果が定かではないために、踏み出せなかったのであって、リスク自体を忌避していたわけではない。マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の面々は、皆チャレンジャーなのである。


「なるほど、確かに仰る通りですね。……ふふっ、これで弥生さんが怖い思いをする必要はなくなりましたね(パチリ☆)」


 清歌がなにやら意味深な台詞を言いつつ、弥生に向けてウィンクをする。全くどうでもいい話だが、慣れていない人がするウィンクは、大抵ぎゅっと目を瞑ってしまうので、あまり漫画的な可愛らしさが出ないものである。それに比べて、清歌は上の瞼だけしか動かさない、実に綺麗なウィンクができている。


「はぅ(……なんて、みとれてるばあいじゃない!)。さ……清歌? 私が怖い思いってどういうことなのかな? かな?」


「いえ……ただ、他に策がなかった場合は、振動の前に体を起こしたタイミングで、弥生さんにブーストチャージで背後に飛んで頂くしかないかな……と思っていたものですから」


「む。そんな手が」「あら、いい手じゃない!」「……確かに移動に使えそうだったな」


 清歌の提案した最終手段は当事者以外の三人には好評のようで、このまま採用して一回はトライしてみよう、みたいな流れになりそうだ。危機感を覚えた弥生は、慌てて軌道修正を図った。


「ちょっ、待っ……やらないよ!? あ、いやー、他に策が全然なかったら……やってみてもいいけど……最終手段だからね? 分かってる、最・終・手・段だからね!」




 方針が決まった五人はテーブルセットを片付け、パンツァーリザードを討伐すべく湖の畔へとてくてく徒歩で向かった。五人が休憩していた場所は、監視も兼ねてパンツァーリザードのシルエットが確認できる見通しのいい場所なので、街道を使う必要はない。


「あれ? 考えてみると、清歌がちゃんと戦闘バトルに参加するのって初めてのことじゃない?」


 ちゃんと、とわざわざ付け加えたのは、パーティーには加入していない状態で周囲の警戒をしていたことは何度かあるからである。


 なお、清歌が初の戦闘で上手く立ち回れるのか、という点については、不思議なことに誰も心配していない。なんとな~く清歌なら上手く合わせてくれそうだ、という妙な信頼感があるのである。ただ、これに関しては弥生たちが自覚していないだけで、授業で行ったバスケやサッカーで、清歌が実に上手に立ちまわっているのを何度も見ているからという理由がある。


「……と言いますか、私は戦闘そのものが初めてですね」


 ニッコリのたまう清歌は、いつも通りの完璧な自然体である。初戦闘で、しかも巨大な魔物に挑むとはとても思えないその様子に、四人は思わず絶句してしまう。


 もっともこの程度のことでいちいち突っ込むようでは、清歌の親友などやっていられないのだ。弥生はその辺については華麗にスルーし、そもそも清歌が戦闘を避けていた理由について、一応確認を取ることにした。


「そういえば、清歌が今まで戦闘を避けてたのって、フィールドの魔物を仲間にする条件に絡んでるかも……って理由だったでしょ? 今回、清歌は参加しちゃっていいの?」


「そう言えば、そんな理由だったな。雪苺を仲間にした経緯も、イベントの一種のようだったし……、まだ条件は分かっていないのだろう?」


 そう尋ねられた絵梨と悠司は一度顔を見合わせてから、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた。


「もしかしてお二人は、すでに見当がついていらっしゃるのでしょうか?」


「ま、おおよそのところは、ね?」


「だな。俺らの推測が正しければ、取り敢えず一回バトルするくらいなら、大した問題にならないはずなんだ。だから今回は、清歌さんにも戦闘バトルで存分に活躍してもらおう」


 謎が(恐らく)解けたことが嬉しいらしく、絵梨と悠司の口調はちょっと自慢げである。


「それでそれで? いったいどういう条件のせいで、いままで仲間にできなかったの?」


「私も話したいのは山々なんだけど……、ちょっと長い話になるのよねぇ」


 そう言って絵梨が向ける視線の先には、クエスト攻略に文字通り壁となって立ちはだかっているパンツァーリザードの姿があった。


 弥生がアイコンタクトを取り、全員で頷く。まずは目先のこいつを片付けて落ち着いたところで、種明かしを聞いた方が良さそうだ。


「うん。謎解きも聞きたいけど、やっぱりまずはアイツに勝ってからだね! 五人揃っての初戦闘だから、ちゃんと声を掛けていこう!」


「はい!」「ええ、了解よ」「おう、任せとけ」「承知した」







 マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の戦闘指揮担当である絵梨は、戦闘における清歌のポジションは前衛よりの中衛、状況によって間合いを自在に変える遊撃的な立ち位置になると考えている。


 無論、手持ちの従魔によって変わる可能性はあるが、高い身体能力を持ち性格的にもアクティブ――いや、アグレッシブか?――である清歌が、後方で従魔の指揮と支援のみを行う姿が今一つ想像できないのだ。


 その予想は見事に当たり、特に事前に打ち合わせることもなく、清歌は前衛の二人を確認できるくらいの場所に立っている。


「近くで見ると、本当に大きな魔物ですね。……今さらですけれど、ようやく冒険者になったような気がします」


 そんな彼女は魔物の巨大さに感心すると同時に、初参加する戦闘にわくわくしているようだ。少なくとも恐怖を感じているようには見えない。


 一方、五人が対峙するパンツァーリザードは、五メートルほど離れた位置に、冒険者など気にも留めていないとばかりに悠然と佇んでいるかのように見える。


 ――と、ここで余計なことに気づいてしまった悠司が、微妙に気の抜けるようなことを呟いた。


「なぁ、もしかしてこいつ……ノンアクティブなんじゃなくて、後ろから近づいてっから気づいてないだけなんじゃ……」


「あり得るかも……、じゃなくて! これからいざリベンジって時に、気の抜けるようなこと言わないでよ~」


 内容の是非は取り敢えず置いておいて、緊張感を台無しにしてしまった悠司に、弥生は一言苦情を言う。しかし、実のところ悠司にはもう一つネタがあるのだ。ただその内容が少々品の無いものであり、聞かせるのが憚られる相手が約一名いるのである。


「そりゃスマン。……つーか、ライトな方なんだから流してはくれまいか?」


「ライト? 気になること言うじゃないユージ。ついでだからヘヴィーな方も言いなさいな」


 いつの間にか悠司に集まっていた四つの視線が、早くネタを明かせと促している。


「しまった……藪蛇だったか。だが、まぁそれも後にしとこうや。まずはアレを片付けてから、だろ?」


 自ら墓穴を掘ったことを自覚しつつ、悠司は取り敢えず話を逸らすことにする。実際、既に敵は目前であり、余裕ぶって雑談に興じていい状況ではない。無論、それだけでなく、このまま話が有耶無耶になってしまうことも期待している。


「む~、確かに暢気にバカ話している状況でもないか……。うん、じゃあみんな、打ち合わせ通りに行くよ! 清歌、合図があるまでユキの分身は待機だからね」


「承知しました。ユキ、エイリアス生成一体、植物モード。では、ヒナはしばらくジェムになっていなさい、ね?」


「……ナァ~」


 戦闘に参加できないことが残念なのか、少々寂しげな声を上げる飛夏を清歌はひと撫でして宥め、ジェムに戻して袂にしまった。考えてみると、ログアウト前を除くと飛夏をジェムに戻すのは何気に初めてのことだ。


 清歌以外の四人も、それぞれ気合を入れ直しつつ、自身のポジションに着いて準備を整えている。それぞれ武器を装備し、弥生は砲撃魔法のチャージを始め、絵梨と悠司が事前に掛けられる魔法で能力値を強化しておく。


 清歌は武器を手にすることもなく、また防具を改めて身に着けてもいない。ただ、自然体で目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませているようだ。ここまでの道のりで、防具を装備しないのかと尋ねられ、清歌はいつもの姿のままでいることを告げている。手持ちの防具が初期装備品のままであるため、動き易く、かつ袂からアイテムを素早く取り出せる着物の方が、むしろ戦闘に向いていると思ったのだ。


 準備が整ったことをアイコンタクトで確認した弥生が、最初の一手を仕掛けるように清歌に指示を出す。


「よ~し、じゃあ清歌、ユキを尻尾……じゃなくって首に向かわせて。あ、念のためだけど、そ~っと、ね」


「はい。では、上空からゆっくり送り込みます。ユキ、お願い」


 清歌の呼びかけに二体の白い毛玉がふるりと震えると、片方が一旦真上に移動して十分に高度を取ってから、パンツァーリザードの向こう側へとゆっくり飛んで行った。


 それと知らなければ、本当にただ大きめの綿毛が飛んでいるようにしか見えないその様子を、五人は固唾を飲んで見守る。果たして、雪苺の分身は無事発見されることなく回り込むことに成功し、長い首をその射程に捕らえた。


「映像オープン。……やはり、よく見ると目と鼻の様なものが確認できますね」


「……ふむ、それは重畳。確証が得られたな」


「ああ、今度はキッチリ仕留めてやろうぜ!」


「おっけ。じゃあ、清歌の攻撃で戦闘開始だよ。……たぶん最初に回転攻撃で弾が飛んでくるから、それは何とか凌ごう。で、上手く策が嵌ってこっちに首が来たら一気に畳みかけるよ。じゃあお願い、清歌」


「承知しました。映像クローズ。ユキ、合図をしたらモードチェンジと同時にウィンドカッターで攻撃を仕掛けるように。では、カウントダウン、行きます。三……、二……、一……、ユキ!」


 清歌の呼びかけと同時にエイリアスが魔物モードにチェンジ、その時点でパンツァーリザードが反応を見せるが、そもそも動きが鈍重なために回避が間に合うことなく、放たれたウィンドカッターが首に命中した。


 前回の戦闘で、連続攻撃を叩きこんですら僅かしか削れなかったHPが、たった一発ウィンドカッターを直撃させただけで大きく減少する。


 推測が当たっていたことに「やった!」と思ったのも束の間、パンツァーリザードは重低音の雄叫びを上げると、地響きを立てながらその場で回転を始めた。もっとも回転と言っても、コマのように高速で回るというわけではなく、小刻みにジャンプしながら体の向きを変えているという動きであり、震動の発生は副産物とも言えそうだ。


 それと同時に無数の魔法弾が、まったく狙いなど定めず四方八方に放たれた。まさしく弾幕という攻撃は、言ってみれば下手な鉄砲も――という類のもので、その大半が明後日の方へと飛んで行っている。が、そもそも数が半端ではないだけに、清歌たちの方へも相当数が飛んでくる。


「イタッ! あーもー、やっぱり変な軌道で飛んでくるわね!」


 ちゃんと避けたはずだった魔法弾が突然急カーブしてきて、絵梨が一撃食らってしまう。悪態を吐いているところ、追い打ちをかけるようにもう一発が向かって来る。


 なぜか今度は直進して来る弾にイラッとするものを感じつつ、下手に避けるよりもいっそ盾で受けてしまった方がいいかと身構える。――と、その時、唐突に横から飛んできた円盤状の何かが弾に当たり、どちらも消えてしまった。


「はい!?」「え? ちょっと今のナニ?」


 同じことが弥生の目の前でも起きていたようだ。絵梨とほぼ同じタイミングで、妙な声を上げている。


「……どうやら玩具アイテムでも、障害物にはなるようですね」


 などと言いつつ、清歌は自身に向かって来る弾はきっちり避けつつ、弥生と絵梨に向かう弾にボールやらフリスビーやらを次々と投げつけて相殺していく。なお、別に女性を優先しているということではなく、聡一郎と悠司は基本的に身体能力が高く、きちんと避けられているからである。彼らの場合、変に手出しをして読み(・・)を狂わせてしまった方がむしろ危険だ。


「うわっ、すげえな! ってか清歌さん、それ……何で買ったの?」


 清歌よりも後ろのポジションで、その様子を目の当たりにできた悠司は、感心すると同時に思わずツッコミを入れてしまった。


「ヒナの卵を手に入れた頃に、生まれた子と遊んだら面白いかな、と思って買っておいたものです。……結局、まだ使っていませんけれど」


 なるほど、確かに言われてみれば、清歌が投げつけているものはペットと一緒に遊ぶのに良さげなおもちゃばかりである。この際、清歌が魔物を完全に愛玩用と考えていたことは、スルーしておくべきであろう。


「なんにしても助かったわ、清歌。っていうか、そろそろ回転が終わるわよ!」


「みたいだね! コイコイ~……、コイコイ~……」


 何やら日本の伝統的なカードゲームでもやっているかのような言葉を、おまじないのように弥生が繰り返している。回転の止まる向きに一喜一憂というところが若干ギャンブル的でもあるので、びみょ~に状況に合っているような気がしなくもない。


 五人がそれぞれ祈るような気持ちで見つめる中、遂に回転攻撃が止んだ。頭の向きは――こちら向きだ。多少、向かって左寄りになっているところも、真っ先に近寄らなければならない聡一郎にとってプラスである。


「ハンマーショット!」「シュート!」「三連マジックミサイル!」「ウィンドカッター!」「ステップ…………。纏勁斬オーラブレード!」


 今がチャンスとばかりに、五人は打ち合わせ通りに連続攻撃を叩きこむ。悠司の攻撃で首を仰け反らせ、そこに向けて遠距離攻撃を次々と加え、その隙に移動系アーツで素早く近づいた聡一郎が近接攻撃で追い打ちをかける。


 急所を破壊して即死を狙うというこの作戦は、はっきり言って完全な短期決戦だ。というか短期で決まらなかった場合、またあの回転攻撃に耐えなければならないので、非常に面倒だ。――場合によってはジリ貧になる可能性すらある。


 故に一気に畳みかけるべく、彼女たちは次々とアーツを連発する。本人の火力が皆無である清歌は、雪苺にウィンドカッターを撃たせながら、MPが減った仲間にポーションを使用して回復役を務めている。


 部位破壊はその狙う部位によって、耐久力はまちまちだ。が、比較的高い耐久力が設定されている急所部位であっても、HP全体の三~四割もダメージを集中して与えれば破壊できるはずだ。――現在、パンツァーリザードのHPは七割を切っている。


「このまま押し切れる! ……かしら?」


「マテマテ! その台詞はフラグっぽくないか!?」


 後衛二人のそんなやり取りに応えた訳でもなかろうが、アーツのクールタイムという止むを得ない理由で前衛が通常攻撃に移ったタイミングで、パンツァーリザードが大音量の咆哮を上げた!


「ぐ! これは!?」「……ヤバッ! 動けない!」


 咆哮は怯ませる効果のある状態異常攻撃の一種だったようだ。近接攻撃に移っていた弥生と聡一郎は、体の力が抜けて膝を付いてしまっている。


 咆哮の有効範囲は狭く、影響があったのは前衛二人だけだ。しかし、当然これで終わりなわけがない。パンツァーリザードは魔法弾を全てのトゲから斉射すると同時に、腹が地面に付くほどに、六本の脚をぐっと屈めた。


「あの……体勢って……、まさか……」「ジャンプ攻撃か!?」


 迫りくる魔法弾を避けながらでは、攻撃を阻止する行動がとれない。――いや、そもそもこの重量級の敵の行動をキャンセルするには、吹っ飛ばし効果のあるアーツを同時に複数叩きこんで、更にいずれかにクリティカルでも出ない限りは不可能だろう。


 万策尽きたかと思えたその時、清歌が弾かれたように前に(・・)走り出した!


 黒髪と襷を靡かせて走る清歌は、移動系アーツのステップも駆使し、あっという間に弥生の元へとたどり着いた。


「さ、清歌!?」


「ユキ。私と弥生さんに浮力制御、急いで!」


 雪苺がふるりと震えると、清歌と弥生がぼんやりとした光に包まれた。突然の出来事に目を丸くする弥生。――しかし理由を問う間もなく、予想通りパンツァーリザードがその巨体ではあり得ない様な大ジャンプをした。


 少し前方へ向けてのジャンプは、ちょうど先ほどまで清歌のいた辺りに着地しそうだ。恐らく咆哮と魔法弾で足止めをした上で、着地による大きな振動――場合によってはプラス衝撃波――のダメージで、一網打尽にするつもりだったのだろう。


「失礼しますね。……ふっ!」「はわわ!(お……、おひめさまだっこだ~)」


 清歌は弥生を横抱きに抱えると、パンツァーリザードを追いかけるように大きくジャンプをした。そして頂点に達した時、エアリアルステップでさらなる跳躍をする。


「ユキ、お願い! 弥生さん、ブーストチャージの準備を!」


 いかに清歌といえど、空中で、しかも女の子一人を抱えていては、魔法弾を避けることなど不可能だ。故に雪苺にマジックミサイルで迎撃させつつ、弥生に止めを刺す準備を促した。


「(さやかの……やわらか~い……かんしょくが……はっ! 呆けてる場合じゃない!)そっか! ブーストチャージ!」


 びみょ~にヨコシマな――というか、かなりアウトな感情に頬を染めていた弥生ではあったが、そこは自他ともに認めるゲーマーである彼女だ。清歌の意図を正確に察し、最後の一撃に向けて準備をする。


「エアリアルステップ、……セカンド! ……っ!」


 エアリアルステップを連続で発動させ、清歌が宙を駆ける。途中、相殺し損ねた魔法弾の攻撃を受けて、少し顔を顰めた。


「清歌!!」


 腕の中で悲鳴を上げる弥生に、清歌は力強い視線で答える。ちょっとビリッとくるくらい、大したことではない。


「大丈夫です! 弥生さんは攻撃に集中を。もう少しです!」


 清歌の言う通り、もう少しで首の真上に到達しそうだ。


 一方の地上では、絵梨と悠司は多少魔法弾を食らいつつ着地点から離れるべく走り、聡一郎も怯みからどうにか回復したらしくステップで距離を取っている。


 しかし、十分な距離を取って安全を確保する前に、パンツァーリザードが遂に地上に着地した!


「きゃぁぁぁ~~~」「なんじゃこりゃぁぁぁ~~」「…………ぐぉ!」


 ズシーン! という重低音の凄まじい音とともに、いままで現実リアルでも体験したことのない大地震に足を取られ、さらに土埃とともに襲い掛かって来た衝撃波で、三人は文字通り吹っ飛ばされてしまった。


「弥生さん、今です! 浮力制御解除!」


「おっけ! アターック!! ん~~~~~~~っ!!」


 弥生はブレードを展開した破杖槌を真下に向け、ハンマーヘッドに足を掛けてしがみ付いた状態でアーツを発動させた!


 重力とスラスターの力で急降下するアーツは、以前ヒノワグマに突撃した時よりもさらに速く、絶叫マシンどころの騒ぎではない。悲鳴を上げることすらできず、歯を食いしばるも一瞬。ズンという衝撃とともに破杖槌が首に突き立った。


 余談ながらその姿は、かの有名な緑の服の勇者の必殺技そっくりである。


「グガ、ギガャア゛ァァァァーーー!!」


 頭を上に向けて断末魔の声を上げるパンツァーリザード。声が消えるとともに首がぐったりと地に伏し、光となって消えていく。


 数秒、首の無くなった体が不気味に佇んでいたが、やがて脚が折れ、音を響かせてついに斃れた。


 彼女たちの勝利である。





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